ルーミア6



うpろだ1490


360度の景色が闇に包まれた昼、俺はルーミアを抱き締めていた。

あたりが真っ暗なのは紛れもなく、「至って近い距離にルーミアがいて今が昼である」というふたつの事実に起因するのであって、光が欲しければルーミアの元を離れればよいわけだが、俺はそれができない。否、できる筈がない。
何故なら、少なくとも俺は「抱き締めたまま離れる」なんて器用な真似ができないし、俺が関わってきた数多の妖怪人間その他森羅万象のなかにもそんな事をやってのけた奴を見たことがなく、故にやりようがない。
つまりそれは俺が闇から出る事ができないということでもあり、そうあれば俺は目の前のルーミアをより強く抱き締めるということ以外できないという証明にもなる訳だ。

「彼女の事以外ろくに考えていない」という言葉の「ろくに」という意味は、脳の片隅で少し、ほんの少しは考えているということであり、
この時の俺の頭は実際ああいい匂いだなあとか柔らかい肌だなあとかそんな事でほとんど埋まっていたのだが、かろうじてほんの少し残ってたスペースでそんな事を考えた。

つまり、俺はルーミアをもう少し強く抱き締めたわけである。


さて、この状況下にたったひとつ些細な不満があるとするならば、それは彼女の顔が見えないということであろう。
今、二人は互いの首をすげかえるような(目のある位置が元と逆だが)、更に言えば首を交差させるような体勢にあり、これは肌の触れる面積こそ多くなれど、彼女が今どんな表情にあるのかが見えないのだ。

言うなれば視覚情報か、触覚情報かというところであろうか。しかし、まあ、実際見えなくても彼女の表情は分かっているようなものである。
あの顔───他の誰にも見せない、俺だけのあの表情。気恥ずかしさと幸福が入り混じったような、あの顔をしているのだろう。

……
………

顔を見るのをやめたまま1、2分ほど経ったが、先程ルーミアの顔を思い描いて以来、俺はなんとなしにまた彼女の顔を見てみたくなった。
いや、彼女の顔なら四六時中いつでも見たいというのが俺なりの「当然」なのだが、そういうのとはまた少し違う、といったらよいのだろうか。俺なりの「好奇的欲求」…いや、これも違う。
なんだかこんがらがってきたので、とりあえずルーミアの顔を見てから考える事にした。抱き寄せた手を一旦解き、彼女の顔をこちらに向ける。
闇の中だから何も見えるはずはないのだが、それでも薄ぼんやりと輪郭くらいなら分かる、気がする。
人はそれをただの妄想から来る幻覚だとでも言うかもしれないが、なに、元々彼女とは暗中模索の付き合いなのだから、多少を妄想で補った方がちょうどいい。多分。

「どうしたのー?」
彼女の声が聞こえる。妄想ではなく、本当の事だ。

「…いや、なんとなく、お前の顔が見たくなったんでな」
言葉を一切飾らず、事実のみで答える。一寸先も見えないような闇の中、どうして飾り付ける必要があるだろうか。

「ふーん。闇の中でも視界が利くのかしら。鳥目じゃないのね」


そういうと彼女は、不意に俺の顔にぴたりと手を当てた。
「私は夜目が利かないから、見たいものを見るときはいつだってこうするの」


そのまま指を動かし、存在を確かめるようにぺたぺたと触る。

俺もやり返すように、ルーミアの顔に手を当ててぺたぺた触った。その指が触れた肌は柔らかく、暖かで、彼女が確かにそこにいる事を俺に力強く教えてくれた。


「鳥目じゃないんじゃなかったかしら?」
少し意地悪そうに、彼女が聞く。

「…お前の感触を確かめたくなったんだよ」
ばつが悪いというふうに、俺が答える。
彼女はクスリと笑い、笑顔を浮かべてこう答えた。


「そーなのかー」


俺の手は一通りルーミアの顔を撫でまわし、そのまま額、頭、髪、首、肩、腕、手、胸、背、腹を経て、最後に彼女の腰回りを腕で抱え込むようにして落ち着いた。
そのままの体勢で言葉もなく、二人はただ、互いの体を確かめ合っていた。








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新ろだ476


さてこれから夕飯だというとき。
なぜか椅子には宵闇の妖怪が座っていた。

「…なんでルーミアが俺ん家いるわけ」
「おいしそうな匂いがしたからー」
「…そーなのかー、って違う違う!俺ん家の場所教えてないだろ?」
「んとねー、みすちーとかリグルちゃんとかチルノちゃんに聞いたの」

おのれバカルテット。
…ルーミアもその一員だけど。

「ねえ○○、早く食べたいよぅ」

よだれたらすなおなかぐーぐーならすな。
ああもう可愛いな!馬鹿な子ほど可愛い!

せっかく訪ねてきたわけだし追い返すのも酷というものだ。
向かい合って座り、まずは

「いただきます」
「いただいまーす」

うむ。感謝を忘れてはいかん。
ちなみに今日はたけのこご飯と味噌汁と納豆だ。

「もぐもぐ」
「もぐもぐ」

…そういえばルーミアは人間を食べる妖怪と聞いていたからてっきり肉以外のものを食べないと思っていたが。
ちなみに俺は捕食対象外らしい。

曰く「まずそう」らしい。
彼女の胃に収まらなかったのは幸いだが少々複雑だ。
落ち込んだ俺の頭を撫でながら慰められたのは記憶に新しい。

しばらくご飯を本当に美味しそうに食べるルーミアの顔をじっと見ていた。やがて目が合う。
きょとんとしていたがすぐに笑顔になった。少し頬が赤い。

「うまいか?」
「うん!」

こうして見てると本当にただの子供だ。
結局ルーミアは俺が一回おかわりしてるあいだにたけのこご飯を全部食い尽くした。
…納豆は残したが。


「「ごちそうさまでした」」


食事を終え、食器を片付ける。

「○○~」
「ん?」
「今日はありがとね。ご飯も味噌汁もおいしかったよ!」
「どういたしまして」
「えっと、ね」
「?」
「いつか私も○○に料理ごちそうしてあげる!」
「ん、待ってるからな」

正直なところルーミアの口からこんな言葉が出るとは思ってなかった。
どんな感情を込めて言ったにしろ、彼女なりの精一杯のこの言葉が嬉しい。

頭を撫でてやると目を細めて気持ちよさそうな顔をしていた。

「ねむくなるー」

次第にうとうとしてきた。
俺もつられて眠気に襲われるがさすがに風呂入らずに寝るわけにはいかない。
うとうとしつつもルーミアが聞いてくる。

「…○○どこいくのー?」
「んー、風呂だ風呂」
「…一緒に入ろー」
「うぇ!?んー、いやまぁ子供だしいいか。俺ロリコンじゃないし」

なぜか自分に言い聞かせるように言ってしまったが事実だ。


---------入浴シーンはスキマ送りにされました---------


「気持ちよかったねー」
「でも風呂の中で寝るのは勘弁な」
「うー、お腹いっぱいでずっと眠かったしお風呂も気持ちよかったからしかたないのー」
「はいはい」
「早く寝よう?」
「…あのさ、さっきと同じようなこと聞くけど布団ひとつしかないんだよね」
「? 一緒に寝るよ?」


確定事項でしたか。
それにしてもずいぶん甘えられるが、ひょっとして寂しかったのだろうか。
まあ悪い気はしないし彼女の色々な表情を見ているのが好きだ。
と、体に重さを感じるのでふと見下ろすとルーミアが寄りかかってすでに寝息を立て始めていた。

「ああ、こら立ったまま寝るんじゃない」
「んー、○、○ぅ…」

頬を軽く突っついて一旦起こす。
俺もさっさと寝たいので布団を敷き、消灯。
布団に入るなり小さな手が抱きついてくる。

「○○、おやすみ…」
「ああ、おやすみ」
「大好き…」
「ん?」

可愛らしい寝息を立てて今度こそ眠ってしまった。
明日の朝は何を作ってやろうかなどと考えるうちに、まどろみの中へ意識が落ちていった。




あとがき

ルーミアは過度な糖分を出すより甘えられるくらいがいいなー、とか。

あとは皆様方の脳内補完で糖分を調節していただきたいなーと。
稚拙な作品にお付き合いいただき、ありがとうございました。


バカルテット分全員書きたい^q^


新ろだ623


「ふにゅ~・・・すぅ、すぅ・・・」

不抜けた寝言が俺の腕を枕代りにして気持ちよさそうに眠る少女―ルーミア―の唇から漏れている。

ジリジリと暑くて眩しい日光に晒された縁側で寝ているはずだが、彼女の能力で周囲はそれなりに暗く、ひんやりとしてとても快適だ。

そんな中、うっすらと見えるルーミアの可愛らしい寝顔を見て俺は思わずふっと笑みがこぼれていた。


俺こと○○はここ幻想郷に来て早7ヶ月。今は人里と呼ばれる場所から少し離れた一軒家でお酒を売っている。(けーねさんが家と職を提供してくれたことに感謝している)

最初は吹雪で凍えそうな所をルーミアが助けてくれたのだ。
しかし、その時助けられた理由は、活きのいい人肉が食べたいという物騒な理由だった。

最初のうちはルーミアの棲み家で俺を食べるのかという疑惑と不安で一杯な生活をしたが、今にかけて俺を食べようとする気配はない。

というのも、ルーミアは俺と一緒に過ごしていく内に俺の事を食物感情から恋愛感情へ変わったらしい。

もちろん、俺だってルーミアの事を色々と知っていく内に怖いという感情から愛しいという感情に変わっていったのだ。

それからは彼女に怯えることなく、お互いに優しくし合えるようになった。


そして春の妖精が春を告げたある日にルーミアの友人が経営している屋台で告白をした。

酒の勢いがあったと言えども、お互いの気持ちがようやく一つになった。
まぁ、その後のお祝い騒ぎにはあまり思い出したくないが。



色々な出来事があれども、彼女と過ごして早7ヶ月。
今では幻想郷有数のバカップルだと囃されるが、きにしちゃぁいない。

「・・・あの頃よりも、かわいくなったな、ルーミア」
俺は愛しい彼女の耳元で優しく囁きながら、毛布をかけるように優しく抱きしめた。
その小さな体を抱きしめて、少し切なくなり、どこかに行ってしまわないように少しづつ腕に力を込める。


「・・・んんぅ」
 *おおっと*
少しきつく抱きついたのか、ルーミアは少し眉間にしわを寄せて目を覚ました。

「・・・ぁっ! ○○…・・・近すぎるよぉ」
状況がわかってきたのか、彼女は恥ずかしそうにつぶやく。
顔の方はうっすらと赤くなっているのがギリギリわかる。

「・・・おはよう、っていっても、お昼すぎてるよ。ルーミア」
俺の少しかさついた頬とルーミアの瑞々しい頬を隙間なくくっつけながら言った。

「うぅ、そーなのかー」
ルーミアは申し訳なさそうにいうが、俺に抱きついて離れようともしない。

「ルーミア、お昼の冷麦作るからちょいとはなしてくれよ」
「やだ」
・・・うーむ、少し困ったな。即答されちゃったし。

「・・・仕方ないなぁ。んっ、ちゅぅっ…」
彼女が何を求めているのか大体分かる。つまりはおはようのチューである。
「んんっ、ちゅっ、んくぅ…んっ…」

・・・こういうキスが結構長くするんだなぁ。まぁ、好きだからいいんだけど。


――10分後。

「・・・・・・ぷはぁっ、ふぅー。 これで済んだだろ?」
これだけ長くチューされたら口の中がふやけるし、頭がボーッとしてしまう。
しかしこのままでいるのもいけないので、彼女から離れるために立ち上がった。
暗闇からでた日光は恐ろしくまぶしく、熱いと思えた。さっさと台所へ向かおう。

「・・・えへへ」
俺の後ろから彼女のデレデレした、甘ったるい声が聞こえた。
彼女は暗闇の中にいるし、こんな眩しすぎる部屋では見えないだろうけど、きっと彼女の笑顔はどの笑顔でも負けないくらい、素敵な笑顔だろうよ。


新ろだ625


嫁と一緒に紅魔郷。

○「気持ちいい風だな」
○「神社の裏って…案外静かなんだな。妖怪が多いのは堪えるけど」
○「さて、そろそろあいつが通る頃なんだけど…」
る「呼ばれて飛び出てー」
○「よ。やっぱり来たか」
る「来たんじゃなくて、あんたが私の行く先にいるだけでしょ?」
○「闇の中じゃ目的地まで着けないだろ?それとも俺がいちゃ迷惑か」
る「そんな事ないけど」
○「んじゃ、そろそろ出掛けますか」
る「今日は満月の日。ロマンチックなデートになりそうねー」

■■■

る「なんだか寒くなってきたわね」
○「なんだか寒くなってきたな」
る「寒さも通さないような闇があればいいのに」
○「俺は欲しくないかな」
○「こうしてお前にくっつく口実が無くなっちまうし」
る「あら、口実がなきゃくっつけないのかしらー?」
○「それもそうか」
る「ぎゅーっとして、ね」
チ「来たね、二人組!」
○「居たのか、一人者」
る「居たの、一人者」
チ「誰が一人者よ」
る「デートの邪魔な妖精は」
る「闇に飲まれて蹴散らされるものよ」
チ「そんな理由で蹴散らされてたまるか!」

○「今お前が抱きついてくることに口実はあるのかな」
○「どっちだっていいや」

■■■

中「くそ、背水の陣だ!」
る「お腹すいたー」
○「じゃ、追うか」

中「ついてくるなよ~」
る「あら、あの子よく見たら妖怪じゃない」
○「妖怪は食えないものなのか?」
る「妖怪は食べられないものなのよ」
る「人間だったら食べられたのに」
○「俺はいつだって可愛いお前を食べてしまいたいが」
る「それとこれとは話が別」
る「それなら私だって食べたいわー」
中「頭の悪い会話は余所でやってほしいんだけど」
○「こんな所に館がある方が悪い」
る「これだけ大きなお屋敷だったら」
る「美味しいものがありそうね」

○「口に合う物があればいいな」
る「一緒に食べられるものがあればいいわねー」

■■■

○「本だらけだな」
る「薄暗くて嫌いじゃないわ。闇を出す必要もない」
○「闇を出さないでいると、お前の姿がよく見えていいよ」
る「目に焼き付けておいてね」
パ「そこの二人!」
パ「私の図書館でベタベタしない」
○「おや、お仲間?」
る「あんなのと一緒にしないで欲しいわー」
○「似てるんじゃないか?日光嫌いなところとか」
○「可愛らしさじゃ比べるまでもないけど」
パ「本が甘ったるくなるからどっかいってちょうだい」
○「本が甘くなるか?」
る「食べてみたいわー」
パ「霧に頭をやられちゃったのかしら」
○「俺達は前からこんなんだ」
る「これくらいはまあ、当然」
パ「迷惑極まりないわね…」
パ「とっとと追い出しましょう」

る「何処へ行っても嫌われ者ねー」
○「誰に嫌われても、お前さえいればいいけどな」

■■■

さ「あー、お掃除が進まない!」
さ「お嬢様に怒られるじゃない!!」
○「メイドさんだな」
る「取って食べれる人類?」

さ「また、お掃除の邪魔する~」
○「食べ物貰いにきました」
る「貴方を食べにきました」
さ「あれ、妖怪?」
○「なんか用かい?」
さ「掃除の邪魔よ」
る「貴方はデートの邪魔ね」
る「この館が出す赤い霧も」
る「月を一緒に見ようと思ったのに、五月蠅いったらありゃしない」
さ「お嬢様は日光が苦手なのよ」
る「今は夜よ。あるのは日を浴びた満月だけ」
る「今夜はひっこめてくれない?」
さ「それはお嬢様に言ってよ」
○「じゃ、呼んできてくれ」
さ「お嬢様を危険な目に遭わせるメイドがどこにいるのかしら?」
る「呼んでこないと貴方が危険よ」
○「お腹すいてたんだっけ?」
る「貴方の食事も出してくれればいいんだけどね」
さ「あんたの言うことを聞く理由がないわ」
る「主人も食べ物も、貴方を食べてからゆっくり探しましょうか」

さ「あんた達、何者?」
○「お腹を空かした妖怪です」
る「お腹を空かした妖怪の恋人よ」

■■■

さ「いい加減帰ってよ」
○「黄色い月を拝んだらな」

○「なんかいるな」
る「とびきり面倒くさいのがねー」
レ「面倒くさいって誰の事よ」
る「ほらでた」
○「霧を出してるのはあんたか?」
レ「そっちこそ、私の城を甘ったるくしてるのは貴方達?」
○「質問を質問で返すなよ」
レ「私の質問が先よ」
る「見てわからない?」
○「分からないなら分からせようか」
レ「遠慮しとくわ。まだ死にたくないし」
○「その心は」
レ「糖分過剰摂取」
る「罪な男ね」
○「罪な女め」
レ「だから、私の目の前でイチャつくな!」
○「で、霧を晴らして欲しいのですが」
レ「嫌よ。日光は嫌いだし」
レ「あんた達の言う通りにするのは絶対嫌」
る「そーなのかー」
レ「貴方を殺せば」
○「え、俺?」
レ「この甘い匂いも消えるのかしら」
レ「お腹はいっぱいだけど」
る「私はお腹が空いてるのよ」
レ「隣のを食べれば?」
る「目の前の吸血鬼で我慢するわ」
る「霧は晴れるし、お腹も膨れる」
○「まさに一石二鳥」
レ「ふう。こんなにも月が紅いけど」
レ「甘い夜になりそうね」
る「暗い夜になりそうね」

■■■

「………なにこれ」

博麗霊夢は紅魔の館の奥で、その異様な光景に絶句していた。
そもそも紅い霧が出て迷惑だったので夜中出掛けた彼女。しかし森も、湖も、館も全て様子がおかしかった。

湖では氷の妖精が溶けてたし、館の門前では中国産っぽい妖怪が「アベック立ち入り禁止」と門に血文字を書き残して倒れていた。
通った図書館の本は齧ったら全て甘かったし、その場所の主と思われる紫の少女は虚ろな目で「熱い…甘い…もう嫌…」と繰り返していた。
その先では妖精メイドと共に親分と思われる人間のメイドが居た。話しかけると「誰か…塩分を下さい……」とだけ言い残して倒れた。
更に奥へ行って、今彼女の居る一番奥。最初来たときはバルコニーの手すりで物干し竿に干された布団のようになっている吸血鬼がいた。先程ズリ落ちた。

「……新種の砂糖でも作ってたのかしら?」

博麗霊夢は気付いていた。
館全体に漂う甘い匂い、それを辿ると、バルコニーから覗く大きな黄色い満月に―――そこに浮かぶ、二人の人影に続いている事を。

アレを打ち落として事情を聞くことは、とても容易い筈だろう。
だが…アレに手を出してはいけない。そう伝えた巫女の勘は、この日は実に冴えていたようだった。

現にアレに手を出した魔法使いが、翌日森の中でトラウマこさえて倒れているのが発見されているのである。



ハタ迷惑な二人は、空にいた。
もう紅い霧は出ていない。眼前に広がるのはただただ大きい、黄色い満月だ。

「……なるほど、こりゃ見る価値あったな」
「ロマンチックでしょー?」

男はルーミアを背中から抱きしめ、愛おしそうにその髪を撫でる。
彼女もそれに答えるようにクスリと笑い、心地よさそうに目を細めた。

二人のその行動は、カップルに抵抗力のない幻想郷の住民達に見てて目の毒という程に影響を及ぼす。
後に「糖霧異変」と呼ばれる二人のデートは、この後夜が明けるまで続いたという。


新ろだ703



 ◆ルーミア宅にて ~昼時~◆


「ねぇ、○○」
「どしたルーミア。腹でも減ったか?」
「……もしかして私の用事は全部食べ物繋がりだと思ってない?」
「もしかしなくてもそうだけど、違うのか」
「う、違わないけど……もぅ」
「涙を溜めて上目遣いで俺を見るな。色々と堪え辛い。
 はぁ……森で何か獲って来るよ。それでいいか?」
「えへへー、うん!」


 ◆○○+α in 森◆


「あら○○さん、相変わらず精が出ますね」
「おー、大ちゃんか。そっちもお転婆娘の世話で大変だろう」
「あははー……ノーコメントってことにしておきます」
「……頑張ろうな、お互い」
「……ええ。それじゃあ、また」
「おう」


 ◆ルーミア宅にて ~夕刻~◆


「ということで」
「今日の御飯はー」
「「ぼたん鍋ー♪」」
「いやぁ、頑張った、頑張ったよ俺」
「よくやった○○、ほめてつかわすぞー」
「ありがたきしあわせー……って何やらすんじゃい」
「あはは、ごめんごめん」
「まったく……さて、冷めない内に頂くとするか」
「はーい」


 ◆ルーミア宅にて ~夜刻~◆


「もう……もう食えねぇや」
「小食だねぇ、○○は」
「いやいやこれでも里の人間の2倍は食ってるんだけどね!……慣れって怖いわー」
「ふぅ、御馳走様」
「相変わらず大食漢……じゃないか。大食乙女だな、ルーミアは」
「むぅ、しつれいな。これでも○○と出会う前よりは半分くらいに抑えたんだよ?」
「別に抑えなくてもいいと言うのはこれで何度目だろうな」
「だってー」
「だってもクソもあるか。俺と同じような食事だけで一緒に過ごしたいって言ってくれたのは嬉しい。
 嬉しいけど、無理をしないと叶えられない夢ならば俺は要らない」
「……私は、要らない……?」
「飛躍しすぎだ馬鹿。無理してるお前さんを見たくないだけだよ。わかったか?」
「……でも」
「俺はルーミアと一緒にいられるだけでしあわせなんだけどなー」
「ふぇ!?」
「おーれーはーしーあーわーせーだー!ルーミアのことが大好「わーわーわーわー!」」
「誰かに聞かれちゃうよぅ……」
「……それじゃあやめるか?」
「……うん」
「ならよし。さて、食後のデザートでも食うか」
「――うん!」



新ろだ756



神社に宵闇が居座っている。


時刻はもう昼を回ったあたり、博麗霊夢は辟易していた。
当然である。神社に妖怪が居座られては営業妨害も甚だしいし、第一中にいる奴らが、あの二人である。

「この間の月は綺麗だったな…なあルーミア、次は何処へ行こうか?」
「決める必要なんて無いわー。目的が必要なほど暇じゃないし、私は○○がいればそれで十分」
「そりゃお前らしいな…まあ、それもそうか。だったら当面は、こうして可愛らしいお前を存分に愛でる事にするかな」

こうも甘ったるい雰囲気を醸し出されては酒でも飲まなきゃやっとれん。
霊夢は杯に三杯目をなみなみと注ぎ、一気にあおる。
口に含んだ酒は、どこまでも甘かった。

できるだけこの歩く異変についてはノータッチでいたかった。が、こうも目の前に居座られては手をつけざるを得ない。
口元を苦々しげに歪め、霊夢は宵闇に問い掛けた。

「…で、なんであんたら神社にいるのよ」

闇の中から、面倒くさそうに声が返ってくる。

「あー?闇の中だから周囲のことは分かんないね」
「気がついたらここにいたー」

つまり周りが見えていないということか、このバカップル。そりゃこんな状態にもなるわ。

「今すぐここから蹴り出されるか、それとも自分から出て行くか。選ばせてあげるからどっか行って」
「…やれやれ、巫女は冷たいねえ」
「本当。あなたの身体はこんなにも暖かいっていうのにー」

闇で姿が見えずとも、中で金髪幼女と黒髪青年がベタベタイチャイチャひっついているのが目に浮かぶ。否、否応無しに目に浮かんでしまう。
最早問答は無用。少女は袖から一枚のカードを取り出し、それを読み上げた。

「夢想封…」


                  《待てぃっ!!》



その刹那、博麗に代々降りてくる勘の神様が今宵もひらりと舞い降りた。

《考えろ!あの物体を「封印」なんてしたらどうなる?神社から遠い山奥なら露知らず、場所は神社のど真ん中…》

「……!」

《余計ダメだ!例え漏れ出る甘ったるい成分が多少緩和されようとも、やはり甘いものは甘いっ!》
《封印した魔界から瘴気が漏れるように、アレから糖気が漏れ出ないと言い切れるだろうか!?》

「…………言いきれないわね」

そんな事になれば人はおろか人・神・妖・霊の誰もが寄り付かなくなる恐れがある。

「…結局、嵐が去るのを待つしかないのね…」

霊夢は出しかけた札を再び戻し、なすすべない歯痒さを噛み締めつつ再び縁側に腰を下ろした。


僅か数秒の間にそんな葛藤があったとは露知らず、尚も神社の一角には宵闇は居座っている。
闇の深部に潜む二人は、一つの生命体と言って過言でないほどに身を寄せ合っていた。
ルーミアの身体を包み込むように抱きかかえる○○。どちらも至福を表す安らかな笑みを顔に浮かべ、互いに視線を一切逸らさず見つめ合っていた。

「…あの日の月も綺麗だったが、やっぱり俺はお前が一番だな」
「ありがと。…ねえ、○○はどの月が一番好きー?」
「月?そうだな…俺はやっぱり新月かな。お前が闇を出さない唯一の時だし。あ、闇を出してても十分に可愛いけど」
「あら、姿ばかりが好きなのかしらー」
「おっと…。こりゃ失礼。だけど好きな人の姿が見たいと言うのは当然のような気もするがね」
「それはまあ、当然」
「ルーミアはどの月が好き?」
「私はね…貴方の瞳に映った月とかかなー」
「瞳に映る月か…そういや、今もお前の愛くるしい瞳の中には俺が映ってるのかな?」
「覗いてみる?暗くて見えるか分からないけど」
「じゃ、もう少し近づいてみなきゃな」

どんな話題を持ちかけようとも最終的にはスキンシップに発展する二人の会話。
その様子は闇の中で見えないが、宵闇を少し見つめればキャッキャウフフと必要以上に身体に触れまくる二人の様子が何故だか手に取るように浮かんだ。
よくよくスキンシップ以上に発展しないものだなあと霊夢はしょーもないことに感心する。
そうしている内に神社内の空気はショッキングピンクだかコンパドゥールピンクだか知らないがとにかく桃系統の色に染まって行った。
その瘴気にも近い空気は丁度神社に立ち寄ろうとした白黒魔法使いに回れ右をさせるに十分なものであった。

「…見えたー?」
「ああ、いや。その魅力的な瞳と伝わる肌の感触に心奪われて、何が映ってるか確認する余裕もなかったよ」
「そーなのかー」
「…しかし、どうしてお前はこんなにも可愛いんだろうな…いや、考えることもバカらしいか」
「あんまり褒めないでよ。照れちゃうわー」
「おお、存分に照れてくれ。照れたお前もまた可愛いからな。撫でてやる」
「…もう、子供じゃないんだからー」

もう顔も上げられなかった。

霊夢は突っ伏してひざの上の湯のみを食い入るように見つめ、浮いた茶柱を親の敵のように眺めていた。
肩が小刻みに震えている。嗚呼、無情なる勘の神よ。何故目の前の訳の分からない生命体を放置しなければならないのですか。新手の嫌がらせですか。

ふと見れば、いつのまにやら境内はぐったりとした妖精や毛玉があちらこちらに落ちていた。大方、二人のラブオーラにあてられて飛んでいる所を落とされたのだろう。
最早神社は飛ぶ者をラブの力で打ち落とす巨大蚊取り線香となっていた。


何事にも動じない事に定評のある巫女であったが、ここまで来ると流石に動かないわけにはいかなかった。
かといって封印すればどーせロクでもない事になるのは分かっている。

ならば逃げるしかあるまい。

異変を追って飛んだことはあるけれど、異変から逃げるために飛んだのは初めてかもしれないわね。
ふと、どうでもいいことを考え、宵闇をできるだけ視界に入れないように彼女は神社の地からふわりと足を離した────



ぐぅぅぅぅ~ぅ。



────辺りに響く間抜けな腹の虫に、出鼻をくじかれて空中でコケた。
思わず音の発生源…つまりは宵闇の中に目を向ける。

「お腹すいたー」
「…そういや、そろそろ正午か」

全力で札を投げつけたい衝動に駆られ、左手で右手を必死に抑える。

「昼飯の当てもないからな…。弁当とか持ってくればよかった」
「ねー、お腹すいたー」
「参ったな……だったら俺でも食うか?」
「んー?」

さらりと放つこの男。

「あなたを食べたらあなたが痛いじゃない。あなたが痛いのは私が嫌」
「俺は空腹のお前を見ているほうが辛いからな。お前に食われるのであれば、それ以上の死に方も無いさ」
「へーそーなのかー」

さらりと流すこの二人。
結局はのろけるのだからタチが悪い。

「…だけど俺が食われればルーミアが寂しがるからな…あれ、八方塞がりだ。どうしようか?」
「あら、もうそのことなら心配も無いわー」


その時、霊夢は一瞬だけ、宵闇の中からの視線を感じた。


「食べ物でもあったのか?」
「ええ。とっても美味しそうな…」




「とって食べられる巫女がいたのー」




闇がぬるりとこちらを向く。というかこっちに向かってくる。

「…毎度思うんだが、食事にだけは付き合えないな。ごめんよ」
「もー、別にいいって言ってるでしょー?人と妖怪は違うんだもの」

ぞわわわわと闇が霊夢の身体を包み、半強制的にルーミアのフィールドへ引きずり込まれる。

「覚えてる?私が言ったこと」
「ん?…ああ。俺が「ルーミア、お前とだったら人と妖怪の垣根を越えて見せるっ!」っつったら「えー、面倒くさーい」って言ったあれか?」

どこも真っ暗だがとりあえず適当に見まわしていると、目の前に二人が現れた。

「あん時は惚れ直したな…考えてみりゃそりゃそうだ。妖怪だの人間だの言う前に、俺は○○でお前はルーミアだもんな」
「互いが互いを好きなんだから、人間食べられないくらいでうじうじしない」
「…やれやれ、また教えられちまったな」

こちらを一瞥すらせずにルーミアを抱きかかえる○○と抱きかかえられたルーミア。

やがて○○はゆっくり彼女を降ろすと、保護者のような眼差しで少女二人を見た。
降ろされたルーミアは腕を広げてふわりと空を飛ぶ。一度だけ○○を振り向いて、ようやくこちらに目を向けた。
霊夢は右手に札を、左手に針を装備し、できるだけ逃げる態勢を保ちつつ弾幕に望んだ。


──────妖怪も人間も、これで少しはマトモになってくれるといいんだけど。


淡い期待を抱きつつ、霊夢は一枚目の札を宙に放ったのだった。



新ろだ758



自動ドアが開くたびに鳴り響くあのぴろりろりろという音になんの意味があるのだろうか。

かつては聞くたびに持った疑問だが、帰国子女となった今でも健在だった事に驚いた。


大した結論も出ないまま、うやむやにして歩を進める。
フリーザー(とでも言うのだろうか?)の中に入ったプリンを二つと、窓際に進んで週間少年ジャンプ。
それらをカウンターに差し出し、夏休みの終わった子どものような顔で会計をする茶髪の兄ちゃんに言いかけた。

「あと、焼き鳥二本とハイライト」

反応することすら疎かに、不躾なバイトはそれらをだらだらと並べた。



店から三歩出て封を切る。口にくわえるのは鳥串ではなく煙の出る串だ。
くわえてふと気づいたが、俺はまだライターを仕入れていなかった。

仕方無しにポケットを探ると、胸からホテル名の入ったマッチが出てきた。
マッチ擦るのなんて久々だなと思いつつ、俺は燃えカスを足で消化して前へ進んだ。


紫のたくらみに乗っかって参加した世界漫遊。
ぶっちゃけ自分が旦那と行きたいだけじゃないのかという疑問は残るが、色々サービスしてくれたので目をつぶってやる事にする。

そんな訳で俺らがやってきたのが、東北の一角の安ホテル。
遠野という事で途中までにとり組がついてきてそこそこ賑やかな旅であったが、奴らと宮城で別れると途端に静かになった。

古臭くもカビ臭いロビーを抜け、四人も乗れないエレベーターのヒビ割れたボタンを押す。
示す階は三階。俺は彼女の待つ扉を開けた。



もう正午も回ったというのに、カーテンを締め切り部屋の中は漆黒。
照明類は一切つけず、強いて言うならベッド脇に備え付けられたデジタル時計のみが淡く光を放ってる。

彼女はベッドに倒れこんでいた。
寝ているかと思われたがそうでもないらしい。ちょこちょこリボンが動いている。

照明ボタンを鳴らし、部屋全体を照らさせる。途端にルーミアは、その全体像を露にした。


「……んー…眩しい」

俺は一度吸殻に煙草をねじ込み、コンビニ袋をテーブルに置いた。

「プリンと焼き鳥、どっち食う?」
「焼き鳥」
「…だろうな」

透明なプラパックに並べられたそれを袋からだし、封を切った。まだ暖かく、塩ダレのいい匂いがあたりに広がる。



外界旅行ツアーなんて聞いた時は楽しそうだなくらいの認識しかもっていなかったのだが、そんな幻想は一日目から砕かれる事になった。

外界に出るからには能力を使わない事は当然。
だが彼女の能力は日光が嫌いだからやってるもので、必然的に昼間はろくに出歩けなくなったのだ。
それもこちらの夜はかなり明るい。都市部のネオンサインやカクテル光線を避けるように移動するのがどれだけ難しいか、旅好きの者ならすぐに想像はつくだろう。

そんな訳で深夜バスや夜行列車を駆使し(ルーミアは深夜バスの景色が気に入っていたようだが)、都市部を避けて東北の片田舎までやってきた訳である。
それでも昼は動けないので、専らお化けが出そうな丑三つ時に出歩く事となる。この間は職質かけた警察官を「のっぺらぼうの怪」で追い返し(どうやったかは秘密)、紫からイエローカードを頂いた。



二人して焼き鳥の串をぷらぷらくわえつつ、近場の城や関所跡が載ったパンフレットを開いた。

「今夜は何処?」
「海沿いにいい水族館がある。深夜営業はないから「いつもの」やり方になるけど」
「あら、あれは嫌いじゃないわー。暗くて楽しいもの」

ルーミアはスペアのパンフを寝っ転がって見始めた。
足をぱたぱたさせているあたりが見た目に忠実で非常に可愛らしい。

俺はまだ火の残る煙草を拾い、財布を開いてレシートを数枚取り出す。傍らに放られたノートを適当に開き、鉛筆を拾って出費を書き連ねた。



そうしている内に夜も更け、外では秋の鳴く虫がそれぞれに鳴き始めた。

「…ぼちぼち出るか?」
「んー」

ベッドの時計は午後零時。コートに袖を通し、レンタカーのキーを取り出す。
思えばこっちは三年ぶりの運転だったが、人気のない道ばかり走っているのもあるのかもしれない、案外何とかなるものだ。

「こっからは一時間ってとこだな。寝ててもいいよ」
「出発進行ー」

おー、と助手席でぶらりと手を上げるルーミア。つられて手を上げそうになったが、恥ずかしくなってすぐ引っ込めた。



それから一時間と十分ほど経ち、やがて海沿いの小さな水族館へ辿り着く。

飛ばされてしまいそうなほどに強い潮風、
光源など何もなく、水平線までがただ暗い海、
そして潮に吹かれてあちこち錆びた、光の消えた水族館。

そんなただ不安ばかりを煽られるようなシチュエーションに立ち、俺は隣に立つ宵闇の少女を少しだけ近くに抱き寄せた。

「どーしたのー?」

分かっているくせに、悪戯っぽく笑う彼女。
俺は少しそっぽを向いて、

「…潮風が寒くてな」

と返した。



時刻はもう一時二十分を回っていた。

目の前の廃墟もどきは、来客を拒絶するように鉄棒の門を閉じている。堅牢に閉じられたそれは、空を飛べない者を締め出すには十分なものだろう。
だが、俺達の前にはあまりに無力。
こっちは世にも珍しい、空飛ぶ少女がついているのだ。

ルーミアの首に両腕を回し、背中におぶさる。

「どこー?」
「東側の一番左、丸い窓のとなり」

彼女は切りそろえた髪をふわりとたなびかせ、俺の指差すほうへふらふらと飛んでいった。
やがて辿り着いた小さな窓は、俺が手を添えるとあっけないほどに容易く開いた。

昔はこの手でよくタダ見をしたものだ。
かつて悪友と行っていた行為を十年経った今、俺は俺のことが好きな妖怪とやっている。
一寸先は闇とはよく言ったものだ。幻想郷にいる間は、この技を使う事すら二度とないと思っていたのだが。


腕を伸ばして窓の縁を掴み、そのままルーミアから離れて宙ぶらりんになる。
懸垂の要領で窓に乗り込み、俺は落ちるように中に入った。

「…もっといい場所はなかったのかしらー?」

続けてルーミアが窓から侵入。
二人の入った窓は、果たして通路奥の男子便所の小窓であったのだ。

「あんまりデカい場所は見つかりやすいからな。昔はロープ巻きつけて登ったもんだ」
「ふーん」

さして興味もないという風にいい、とっとと奥へ進んでしまうルーミア。慌てて後を追った。



便所を抜けると、そこは幻想よりも幻想的な風景に満ちていた。

照明類は全て消え足元もろくに見えない真っ暗闇、点在する非常灯だけが妖しく緑に光っている。
壁一面に埋められた水槽には、多種多様な海水魚が闇の中を泳いでいた。

道中購入した芋けんぴを口にくわえ、魚と並んで宙を漂うルーミアを見てくすりと笑う。
俺は手元の手すりを気にしながらゆっくりと階段を降り、サメの大きさがわかりやすく図解された模型の前に腰を下ろした。

「あんまりフラフラしてると、頭ぶつけるぞ」
「それも闇の風物詩よー」

普通に言い放ったけれど…ほら、やっぱり柱に頭ぶつけた。

風物詩でも痛いものは痛い。俺は駆け寄り、何もしてやれる事がないのでとりあえず撫でておいた。
それと芋けんぴを一本くれてやる。彼女は長いのを一本くわえると、懲りもせずもう一度飛び始めた。

全てが眠った午前二時。
緑と青の微かな光を闇の中に抱え、思い出の中の水族館が思い出のままにそこにあった。


「…………」


ふと、昔を懐かしむ顔になる。
過去を思い出す男には煙草が似合うというものだが、あいにく車の中に置いてきた。

芋けんぴで代用し、舌先の甘い匂いに身をゆだねる。思い返されるのは、かつての悪友との小さな冒険。

ふと、思いついたように胸ポケットを探る。出かけに出費を書き留めたチビ鉛筆が……あった。
俺は立ち上がり、裏に回って小椅子が二~三並んだ休憩スペースに向かった。


このように人が休憩する場所には、誰が始めたか知らないがしょーもない落書きが為されているのが常だ。
ここもまた例外ではない。一番奥の給水器の側面に、若人たちの魂の叫びが書き連ねてあった。

チビ鉛筆をくるくると回し、少し悩んだがそこに「○○参上」と書き連ねておく。
周りよりやや色濃く残された名前。俺はにべもなく、かつて同じように記念の落書きを残した昔の親友を思い返した。

生きていればもう大学の頃。流石にこんなド田舎に今も身を置いてるとも到底思えんが、
俺が幻想郷へ消えてまた帰ってくるような奇跡もあったんだ。うっかり奴に見つかるような、そんな奇跡もあっていいように今は思えた。


「頼むぜ…蓮子」


悪友の名をぽつりと呟き、俺は鉛筆を戻してまた広間へ戻った。
広間ではルーミアがマンボウの大きさにびっくりしていた。俺も並んで見たが、やはりびっくりした。奴は意外とデカい。

そうこうしている内に時間は経ち、手元の腕時計は午前三時を示し始めた。

「…そろそろ撤退だな」
「んー」


すっかり慣れた目で階段を登り、一番奥の男子便所を目指す。
途中、脇に置かれたゴミ箱に芋けんぴの入っていた袋を放った。

身長よりも少し高い小窓へ、少しルーミアを持ち上げて外へ出してやる。
続けて俺が身を乗り出し、彼女の手を取って空に浮いた。

しばらくの浮遊感を楽しんだ後、やがてゆるりと地面に立つ。

レンタカーは盗まれる事もなくそこにあった。
俺はセカンドシートにルーミアを座らせ、ハイライトに火をつけてからエンジンをかけた。

波の音が心地よい。

やがて車はゆるやかに走り出す。
案の定ルーミアは(夜明けが近いという事もあったのだろう)走り出してから十分もしないうちに横になり、後ろですよすよと寝息を立て始めた。

俺は少し走ってから適当なパーキングに車を停め、トランクからタオルケットを一枚出して掛けてやる。
あどけない寝顔が可愛らしい。俺は思わず彼女の金髪を一撫でし、すっかりちびた煙草をコンクリートに落とした。


再び走り出して十分も経っただろうか。水平線の向こう側が、何か輝いて見えるのが分かった。
水平線から太陽が昇る。つまりは、彼女の嫌いな朝が来たのだ。


俺は軽く溜め息を吐き、アクセルを少し強く踏み込む。
今夜の出かけ先などを少し思案しつつ、昼なお薄暗いあのホテルを目指すのだった。



最終更新:2010年07月30日 00:58