ルーミア7
新ろだ2-012
今夜も赤提灯から雀の鳴き声が聞こえる。
「ふぁふぁふいふぁーふぁふふぇふぇっふぉふ」
「とりあえず食ってから喋りなさいよ」
宵闇の妖怪・
ルーミアは幾本目かの鰻串を飲み込むと、炭の上で串を回すミスティアに詰め寄った。
「真面目に聞いてよ。こっちは本当に悩んでいるんだからー」
屋台店主の夜雀・ミスティアは意に介さないような顔で鰻を焼き、面倒くさそうに答える。
「あんたの口調は真剣かどうか判断しかねるのよね。…で、どうしたって?」
言いつつも、ミスティアは新たな鰻串をルーミアに差し出す。
それを見たルーミアは無言で二本食べ終えて、傍らのコップに注がれた天然水(果汁0%)に口を通した。
カタン、とテーブルに置き、彼女は片肘をついて自分に語るように言った。
「私、○○と結婚したいんだけどどーしたらいいかな?」
その刹那、ミスティアの指はよく加熱された鉄板の上に滑った。
「何──どわーーーーーっちゃあ!?」
「あら焼き鳥。美味しそうだわ」
三本目の鰻串を手にじゅるりと涎をたらすルーミア。無論、ミスティアに目を向けて。
「……私は非売品よ」
「そーなのかー」
割と残念そうに言葉を漏らす。
患部を咥えたまま、ミスティアはルーミアへたった今聞いた事実を問いただした。
「………で、結婚?」
「そう結婚。ご存知ないかしら?」
「…いや、そんなこと無いけど…」
結婚。それは女性の憧れ。
心から好きな人と一生を添い遂げる儀式であり、人にとって代えがたい幸福のときとされている。ってけーねが旦那とイチャつきながら言ってた。
ミスティアはそんな二人をイラつきながら見ていたわけだが。
「…え、ルーミア結婚するの?○○と?」
「そのはずなんだけど…ほら、私も結婚って初めてだから」
「…そんなの私だって知らないよ。けーね達に聞いたら教えてくれるんじゃない?」
「あいつらに聞くのは嫌。ベタベタするもの」
あんたも同じようなもんでしょ───という台詞は、心の中に飲み込んだ。
以前ルーミアと○○が二人で店に来た時なんかはもう「あ~ん」を要求するわ○○の膝の上に座ろうとするわ
○○は○○でほっぺたについてたタレを指ですくいとってひょいぱくするわやたら肩を抱くわで。
とにかく、そこまでゾッコンLOVEなルーミアが○○置いて一人で来るくらいなのだからきっと真剣なのだろう。
しかし結婚。そう、結婚。ミスティアにとって何が思い浮かぶといわれても、正直何一つとして思い浮かばない。
「…しちゃえば?」
あまりに自分に縁遠い話だったミスティアは、無責任に話を進めた。
「勝手が分からないのよ。綺麗な服着て、人集めて、何か食べるんだっけ?」
「…それじゃ吸血鬼のパーティとあんまり変わらないんじゃない?結婚って事は、なにか違う事があるんじゃないの?」
うーん…とルーミアは頭を捻る。
どうでもよかったミスティアは考える気も起こさずに焼き鰻を焼いていた。
三本目を皿に盛った辺りで、何故か考えていなかったミスティアが偶然に閃いた。
「例えば…誓うんじゃないかな?」
「誓うって?」
「神前で、永久の愛を」
そうだ、とミスティアは記憶をたどるように続ける。
確かどっかの年食ってそうな妖怪が旦那をいじくりながらがそんな事を言ってた気がする、と。
ルーミアは咥えた串をぴこぴこ動かしながら、しばらく手を当てて考えた。
それからふう、と息を吐き、こう言いつつ新たな鰻皿に手を伸ばした。
「駄目ね。誓いなら満月の日に済ませているもの」
「へー」
できるだけ心のこもってない声でミスティアは答えた。
「先月も、先々月も…」
「あんたら毎月やってんの!?」
そういえば、以前彼氏持ちの烏天狗が無理矢理押し付けた新聞にそんな記事があったような気がする。
あの時は自分の頭が春だからって春な記事書いてるんじゃないわよ、と思ったが、事実だったとは。
「…はあ」
溜息をつき、コップの水を流し込む。
ルーミアは鰻串を口に入れ、そのままもふもふと喋り出した。
「どうしよ。こんなんじゃいつまで経っても○○と結婚できないわ」
ミスティアも同じように溜息を吐き、空っぽのコップに一升瓶に入った真水をとくとくと注ぐ。
「しなくていいような気もしてきたわ。パワーアップされると面倒だし」
なんだかくたびれた雰囲気になってしまった屋台。
そこへ、思いもよらない人物が現れた。
「気持ちだけで十分…と言いたい所だが、そうもいかないなこれは」
「○○!?」
のれんを潜って現れたのは、ルーミアの思い人こと○○。
「いつから聞いてたの?」
「割と最初から。お前が居ないから探しに来てたんだよ」
○○はルーミアの隣に腰掛け、ミスティアに水を注文する。
ルーミアはどことなくばつが悪いと言う風に頬をかきながら、露骨に○○から視線を逸らしていた。○○を置いてきたのはやっぱり苦しかったのだろうか。
少しの沈黙の後に、○○が呟くように言った。
「結婚かあ…」
ルーミアがそれに僅かに反応し、食べ終えた焼き鰻の串をくるくるといじりながら○○に聞く。
「…ねえ○○。私達もう結婚しているのかな?」
「俺の常識だとちょっと違うかな。ま、限りなく近いとは思うけど」
と、○○は注がれた水を酒のように飲み干す。ミスティアは彼の前に鰻串を出しつつ尋ねた。
「それじゃ、どうしたら結婚したことになるの?」
○○は聞かれると、しばらく考えるふうに口元に手を置いた。(その間にルーミアは○○の鰻串に手を出そうとして、○○に手をつねられた)
「…昔、何かの本で読んだんだが」
微かな記憶を探るような険しい顔になり、○○は続ける。
「確か証人と「その場を取り仕切る責任ある人」とかの前で結婚を誓うこと…だったような気がする」
「えっと…その場を…何?」
「例を挙げれば、神社を仕切る神主とか船を仕切る船長とかって事だな」
「そーなのかー」
納得したように言いつつ、ルーミアは脈絡無く手に持った鰻串を○○の口に運んだ。
あーんパクッと何の恥ずかしげも無く食べる○○。○○が食べさせていたらただの餌付けに見えるが、逆だからこそ見ていてこっ恥ずかしいものだ。
鰻皿を空にしてから、少し考えるように腕を組むルーミア。しばらくして、思いついたように顔をあげた。
それから目の前のミスティアを指さして、嬉しそうに微笑んで言ったのだった。
「居るじゃない、屋台を仕切る夜雀」
「○○○○(○○の本名)は、ここにいるルーミアを一生かけて愛し、嫁にすることを誓います」
「私は…あー…なんか人前で誓うのって恥ずかしいな…ええと、私…いやルーミアは○○を愛し、夫にすることを誓います」
正直ミスティアにとってはかなりどうでもいい。他人のドラマに巻きこまれるってこういうことか。
「…まあ、とりあえずこれで結婚は完了。あとはミスティアが覚えている限り結婚は有効になる…筈だ」
「三歩歩くごとに思い出してもらわなきゃ駄目ね」
「…いや、一応覚えておく努力はするけどさ」
ルーミアと○○は、夫婦になったということで仲良く腕なんか繋ぎつつ鰻を食っていた。
幼な妻のほんのり赤く染まった嬉しそうな顔を見るに、一応の満足はしたのだろう。
でも、と一言置いてルーミアは言う。
「意外とあっけなかったわね。それにロマンチックじゃないわ」
「ぜーたく言うなって。結婚なんて大抵こんなもんだ」
と、何故かルーミアを抱き寄せて言う○○。金色の髪にさらりと指を通しつつ、ネコを可愛がるように喉をくすぐった。
ルーミアは鰻串を咥えつつ、○○の胸の中で甘い声をあげる。ミスティアは乾いたふうに笑いながらそれを見ていた。
「……ルーミア」
「ん……!」
鰻を食べ終えた口元を、○○の唇が塞ぐ。
ルーミアはその不意打ちに驚いたように目を開き、だが抵抗は一切しないで体を預けていた。
一方ミスティアは鰻を必要以上に観察していた。
────コゲの数がひいふうみい…あ、ちょっとタレ漬けすぎたかな。もうちょっと薄めていいのかも。
────こっちは焼きすぎかなあ…コゲの数がちょっとだけ多い…あ、串がちょっとささくれてる。
────…しかしこっちの活鰻達は今日も元気だなあ。明日になったら食べられるとも知らずに……あー…えー…
────……ええい!あいつらまだやってんのか!
二人は三十秒近い口付けを交わし、それからそっと唇を離した。
「…必ずやる必要はないんだけど…まあ、誓いの口付け」
少し気恥ずかしそうな表情をしつつ、にこりと笑う○○。
ルーミアは瞳を潤ませ、赤面した顔で○○を見つめる。やがて幸せそうな笑顔でこう言った。
「………そーなのかー♪」
積み上げられて行く鰻の皿。
出席者三人の小さな結婚式は、最終的にミスティアに叩き出されるまでじっくりこってり続いたと言う。
新ろだ2-126
「今日は子供の日、プレゼントを頂戴」
「プレゼントは子供の日だから貰えるものじゃないぞ」
○○がそう言うとルーミアは頬を膨らませた。
「ぶー、ケチんぼ。
チルノちゃんはもらってたよー」
「それはあげる奴の優しさに左右される」
「○○は優しくないってわけねー」
ぷい、とルーミアはそっぽを向いてしまった。
「嘘だ。ルーミアは子供だからな、プレゼントくれてやる」
ちゅ、と髪をめくりあげて頬にキスを落とす。
「……な、なななななっ」
ルーミアは頬を手で押さえて顔を真っ赤にした。
けれどもその真っ赤な顔の意味は二重であったようで、
「わ、私は子供じゃなーい!」
一気にルーミア火山は噴火した。
「それじゃあプレゼントは無しな」
ルーミアの頬に添えられていた手をはらって、キスされた所を丁寧にふき取る。
「あ、……うぅぅぅ……」
「じゃあこいのぼりでも見に行くか」
ルーミアの手を引こうとすると、ルーミアは顔を真っ赤にして言い放った。
「……私は子供だから、もっかいキスして」
に、と○○は笑って今度は唇にキスを落とす。
すると今度はルーミアが得意げな顔で、
「ふふーん。これでプレゼントげっと」
と笑った。即座に口元を押さえて、またふきとれないようにする。
「私は大人。でもプレゼントはもらうよ」
「こいつ!」
にか、と笑ったルーミアの頭に手の甲をぐりぐりと押しつける。
「あはっ、こいのぼりは見に行かなくて良いよ」
口を押さえたから少々こもった声で、ルーミアは言った。
「なんでだ?」
○○が顔をかしげると、ルーミアはほんのりと頬をピンク色にして言った。
「私達は”恋のぼり”。恋の滝を登っていきましょ」
そう言うと今度はルーミアから、○○へキスをした。
新ろだ2-316
「○○~ 開けてよ~ わたしだよ~ ルーミアだよ~」
気の抜けるような声と一緒にノックの音がする
何をしに来たか、はいまさら聞く必要はあるまい
どうせ両手には俺が買ってあげたマイ箸にマイ茶碗が握られてるに決まってるのだから
「今日のご飯はハンバーグだ。嫌いだったら帰んな」
「大好き!」
まあ、これも聞く必要はない
ルーミアには好き嫌いという概念がないのか? と思いたくなるほどに何でも食べるのだから
「ご飯のお代わりは二杯まで。それ以上は駄目だぞ」
「……がまんする」
ここをきちんと言っておかなければ、俺の米まで食われちまう
カレーなのに米をものすごい勢いで食われたときはさすがに頭に血が上ったね
「それじゃ、入んな」
「はーい!」
案の定、両手にはマイ箸にマイ茶碗……に、マイスプーンにマイフォークにマイナイフ?
まったく、こいつの食うことに関しての情熱はすごいね
「あれ、どうしてもうお肉二つ焼いてるの?」
う。痛いところを突いてきやがる
どうせ今日も来ると思ったから先に焼いておいた、とは言いづらい
来るのを期待してたみたいでなんかカッコ悪いだろ、そんなの
「一人で二つ食べようと思ってただけだ。他意はない」
「少食の○○が? へぇ~」
にやにや笑ってるところを見ると、こいつ分かってやがったな
「ルーミア、今日はおかわり抜き」
「ええーーっ!?」
と、まあ、これがうちのいつもの食事風景でした
その日、俺は紅魔館に泊まることになった
幻想郷に来た時に持っていた大量のレンタルDVD(推定延滞料金数十万円)をレミリアが見たいと言うので
紅魔館のホールを使って上映会をすることになったのだ
ちなみにDVDプレイヤーはこーりん堂にあったPS2(最初期の鈍器)である
しかし、レミリアが起きてくる時間からゴッ○・ファーザーPart1からPart3までぶっ続けで見るのはさすがに眠い
映画ファンとして不敬罪にとわれることになると思いつつも、俺は借りた部屋に戻らせてもらった
「……んぁ?」
ノックの音が部屋に響く
時計を見ると、2:30分
ちょうどPART1クライマックスの洗礼シーンのころだ
よりにもよってそこで上映会を抜けるようなやつは人間じゃねぇ
あ、そういえば見てるのはほとんど人間じゃなかったっけ
「○○~ 開けてよ~ わたしだよ~ ルーミアだよ~」
「はぁ?」
なんだそりゃ?
「飯なら無いぞ」
「ちょっと○○、わたしのことなんだと思ってるの?」
「ご飯大好きの腹ペコ妖怪」
「……まちがってないけど」
ここでいつものような掛け合いをしてもいいが、もしも館の誰かにルーミアが見つかったら面倒だ
そう思い、さっさと戸を開けて部屋に入れてやった
「うん。箸も茶碗も持ってないな」
「だから言ったじゃない」
「しかし、それだったらわざわざここに来なくても。映画ならホールでやってるぞ」
「知ってるけど、面白くなかったから」
「○ッポラに謝れ」
「え?」
「コッ○ラに謝れ」
後で聞いた話だが、その時俺は大の大人でも泣き出すようなすさまじい形相をしていたらしい
「ご、ごめんなさい」
「まったく」
「で、わざわざ紅魔館くんだりまで何しにきたんだ?」
「ん。なんとなく、かな?」
「……さいですか」
なんとなく、で突破される館 紅魔館
門番も映画を見てるとはいえ、さすがにセキュリティーに問題がありすぎる
「ただ、一日に一度は○○に会いたいんだ」
「物好きなやつだな」
「うん。わたしもそう思う」
悪びれもせず言うなよ
ちょっぴり悲しくなってきた、どうしよう 泣きそうだ
「えーえー 悪かったねー つまんない顔でさー」
「すねないでよ。わたしにとってはその顔が一番なんだからさ」
「一番って……」
子供の無邪気さ、ってやつだろうか
「おまえ、そういうことをサラッと言うなよ。ちょっとドキッとしちまっただろうが」
「……ちょっと? ちょっとだけなの?」
「そりゃどういう意味だ?」
とぼけるつもりは無く、本気で分からんのだ
しかし、ルーミアがだんだん不機嫌になってくのだけは分かる
「わたしが毎日毎日○○の家に行ってるのは、ご飯のためだけだと思う?」
「え! 違うの!?」
「……はぁ。何でこの人を好きになったのかなぁ」
「へ? 好きっておま……」
言葉が物理的に遮られる
正確に言えば、俺の唇をルーミアが自分の唇でふさいでいた
「わたしはいつもドキドキしてたよ。○○と一緒にいるときは、ずーっと」
なにがなんだか、わからない……
スペック極低の俺の脳内演算処理能力を超えちまったみたいだ
「わりぃ、現状を三行でたのむ」
「私が告白
○○が承諾
ハッピーエンド だよ」
「……本当か、それ」
「うん。ほんとほんと」
なんか違う気がするけれど、まあ
「本当なら、そういうことにしておこう」
「と、いうことは?」
「ああ。改めてこれからよろしくな、ルーミア」
「うん! ……でもね、わたし今日まだご飯食べてないんだ?」
「へ?」
「だから……いただきまーす!」
「ちょっ!?」
「そこまでよ!」
「パチェ、どうしたの? いきなり大声出して」
「……ごめんなさい。なんだか言わなきゃいけないような気がしたから」
「?」
新ろだ2-332
中秋の名月。
それは月が高須クリニックでも利用したんかいというほどべらぼうに美しくなる日だと聞いて、俺は真っ先にルーミアをデートに誘い出すことを思い出した。
当然だろう。俺は元々夜も月も好きだ。ルーミアは大好きだ。
綺麗なものと可愛いものが二つ合わされば、きっと俺の精神HPをジャンジャンバリバリ回復してくれるに違いないのだ。見たかチルノ、好き×好き=大好き。カツカレー的なこの理論こそが真の最強だ。
そんなわけで日中行脚する真っ黒い塊を捜索することにする。
虫は出るわ鳥は出るわで開始一時間でくじけそうになるが、それでも月夜に浮かぶ彼女の姿を脳に浮かべてエネルギーチャージ。
死ぬほど嫌いなカメムシの大量出現にもめげずに空を見上げて黒球を探すことはや二時間。
野を越え山越え川越えて、ようやくたどり着いた博麗神社の境内裏。
見つけた。
果たして人食いの妖怪である彼女は、網にぎっちぎちに詰まったカニを茹でてはむしゃ茹でてはむしゃと食らいにかかっていたところだった。
「よう!」
「……うわ。○○だ」
屍肉を横からかっさらうハイエナを見るような目で彼女は言う。
その目つきだけでHPはガリガリ削られて行ったが、俺が一言
「別にカニを横取りしようとか一匹よこせとか、そういうんじゃないから」
と弁解すると、彼女はカニの足を持ったまま
「…そーなのかー?」
と小首を傾げた。可愛すぎる。もっとやれ。
「…どうしたんだ、それ」
「川で親切な人がくれた。私を見た途端一目散に『わーっ』だって」
…恐らく高確率で人食い妖怪にビビッて荷物もそのままに逃げだしたが正解。
しかし私はあえて言わないの。
「ルーミアは神様みたいだねえ。人から恐れられて、親しまれてもいて、食べ物もらって」
「親しんでるのはあんただけでしょ?…でも、神様っていうのもお気楽よねー。ただで食べ物もらえるんだもの」
「じゃ、神様になってみる?」
「どうやって?」
「うちに来れば祭るよ。三食昼寝付き…」
「魅力的な思い付きだけど、嫌」
「えー…」
「家っていうのは苦手なの。ふらふらできないなら当分妖怪のままでいいわー」
「くそう、だがいずれ必ずラブラブ同居計画を…」
「カニ食べる?」
「ん」
許可が下りたので、いい具合に茹った足をもらう。
…というか今気付いたが、彼女から貰ったこれはどうみたってワタリガニ。
北海道より南の内湾の砂や泥の底に生息するこれが何故幻想郷のカッパの住む川で採れるのだろう。
しかも更に彼女が傍らに置く網の中を観察すると、真っ黒くてトゲトゲしたものがいくつか入っている。
…あれは、まさか中をかち割って橙色の中身を食う「う」で始まって「に」で終わる海で採れるものなんじゃないだろうか。
その事をルーミアに告げると、彼女は鼻で笑った。
「難しい話はどっかの紫にでも任せておけばいいの。カニは取って食べられる。そして美味しい。それが一番大事なことなのよ?」
真理だった。
彼女が手ずから茹でたカニは、言うまでもなく美味かった。
それからしばらく二人でカニを食べていた。
やがてウニにも挑んだが、そもそもトゲから中身を取り出す方法が分からない。
試行錯誤の末になんとか中身を少量取りだすことに成功するも、一口食べたルーミアは
「ウニは取って食べられない。決定」
と評価を下した。
そんな彼女だが、なぜかカニミソは食える。不思議だ。
やがて大量のカニでわさわさしていた網もすっからかんになる。
火の後始末をしようかとした俺がふと振り向くと、なんと物陰から巫女がこちらを覗き込んでいた。
俺とルーミアは互いに顔を見合わせて、こくりと頷く。網の中のウニを巫女へ差し上げた後、二人急ぎ足で神社を後にした。
彼女の首にしがみつき、ふよふよと飛行する。
だいぶ神社から離れたようなあたりで、ルーミアに語りかけた。
「…なあルーミア。世の中には、ウニをおいしく食べる人類っていうのがいるらしいぞ」
「あの巫女ならおいしく頂きそうだわー。ああ見えて、なかなか食えない巫女だから」
意味が深すぎてよく分からなかった。
そしてまた身のない会話をすること数刻。
「そろそろ落としていいー?」
「…せめてもう少し高度下げてから」
「えー、面倒くさーい」
口では嫌がりつつも体は素直なルーミア。
ふよふよな彼女は着地もやっぱりふよふよで、ふよふよと森の中に降りて行った。
足がつくのを確認して、手を離す。
周りの見えない闇の中、彼女の笑顔だけが浮かんでいた。
「じゃ、またねー」
「ん。なんか忘れてる気がするけど、次会うまでに思い出しておくよ」
ふるふると手を振る。
やがて闇が離れていき、あたりが夕闇の頃である事に俺は初めて気がついた。
「……さて。」
宵闇が見えなくなるまで見送った後、今一度気合いを入れなおす。
手をぱきぽきと鳴らし、頬をはたく。つるのが怖いので軽くストレッチなどをした。
ルーミアは光が嫌いな妖怪である。だから、行動は常に闇の中で行われる。無論、その中を移動する彼女に視界などある筈がない。
彼女は目的を持たない。なぜなら、目的を定めてもそこまでたどり着けないからだ。
故に彼女には、「俺を家まで送り届ける」なんてことは出来るはずもなく。
辺りは一面の闇。夕日はすでに沈みかけ。
遠くでは山犬とカラスの混声コンサート。近くでは、ガが俺の周りでワルツを舞っている。
ふと木を見れば、ピンポン玉大のぎょろりとした目がこちらを覗いている。
背筋に悪寒が走る──が、ただのフクロウだ。
かちこちかちこちと首を時計のようにぐるぐる回し、それでも視線はこちらへ固定されている。
首を520°回したその鳥は、俺を見つめてたった一言「呆」と鳴いた。
──いいんだよ。これは妖怪に惚れちまった馬鹿な俺への試練なんだから!
「よぉぉぉぉぉーーーーーーっし!帰るぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
俺は走り出した。足を木の根にひっかけて三秒で転んだ。
泣いてなんか、ない。
その日は三時間で家へ帰る事が出来た。
わりと近所に落とされていたのは、きっと彼女の優しさと解釈するべきなのだろう。
体にまとわりついた枝、葉、土、虫、ドウガネブイブイ、毛玉を振り払い、愛しの我が家へ辿り着く。
まずは風呂。そして軽く飯を作り、食う。食ったら歯を磨いてさっさと寝る。
水を吸ったロープの如く重たい体をベッドに横たえながら、夢うつつでルーミアの事を考えた。
妄想の中の彼女はそりゃあ綺麗で、大きな満月と楽しそうに踊って──。
ばっ!
と布団をはぐ。疲れは一時的に消え去った。
脳で言葉が精製され、それがそのまま喉へ降りていく感触。
俺は叫んだ。
「お月見デート忘れてたーーーーーーーーーーっ!!」
終われ。
Megalith 2012/07/10
幻想入りして早3ヶ月、山の中に今日の晩飯の材料を取りに行くと狼が何かに群がっていた。
「ん、何かの死骸でもあったか、何なら今日の晩飯のお供に…」
その狼の隙間から一瞬だけ幼い少女が見えた気がした。
「オイどけ、邪魔だ邪魔だ!!」
一心不乱に狼を火を使って追い払い群がっていた場所を見てみる。
「あれぇ」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。そこには何かの黒い塊しかなかったからだ。
「見間違えたかなぁ…」
少し不思議な気持ちになりつつも材料探しを続けようとそこから離れようとしたその時
ブワッ
いきなり辺りが"闇"に包まれた。
「うわっ、何なんだ一体」
…と目の前に先程見た少女が座り込んでいた。
「おっ、大丈夫だったか」
ほっと胸を撫で下ろすと少女がいきなり抱きついてきた。
「…うぅ、…ひっく…ひっく…」
可愛らしい女の子だった。髪は金色のショートカット、リボンも付けている。
「お嬢ちゃん、怪我はないかい?」
「……………うん」
とても弱々しく今にも消えそうな声だった。
「もうすぐ夜になるから家においで、夜は危険が多いからね」
「……………うん」
「ほら、背中に乗って」
「……………うん」
小さな体が背中に乗ったのを確認し、一目散に家へと向かった。
______________________________________
「ご馳走様でした」
「……………」
「まっ、不味かったかい」
「……ううん」
若干気持ちが落ち着いたのか、顔色も先程よりはずっといい。
「ところで、お名前を教えてくれないかな」
ずっとお嬢ちゃんで呼ぶのも何かと抵抗がある。
「………ィア」
「ん?」
「ルーミア」
「ルーミアって言うのかな」
「………うん」
「じゃあルーミア、お家はどこにあるのか教えてくれる?」
「………もり」
「えっ、さっきの森の中かい」
「……うん」
「じゃあ、明日お昼頃くらいに家まで送ってあげるね」
「イヤ」
即答だった。
「どうしてだい、お父さんとお母さんに会いたくないのかい?」
「………いないもん」
げっ、結構まずい話題に触れてしまったか?とりあえず空気を変えるべく別の考えを提案してみる。
「………分かった、とりあえず家にしばらくいていいよ」
幼気な少女の考えを否定できるほど俺は非情な人間じゃない。
とりあえず引き取り先が見つかるまで俺が預かることにしよう。
「今日から君の家はここだよ、ルーミア」
「………うん。ってええ!ふぇぇ!」
「イヤかい?」
「ううん!!」
なぜか嬉しそうだった。
「じゃあ、引き取り先が見つかるまで好きにしててね」
「イヤッ!!」
先程の口調より感情がこもっていた。そして
「わたし、あなたのいえにずっとすむっ!」
「うっ、うーん……」
どうしよう、同棲宣言が聞こえた気がする。まぁ親戚を預かるものと同じような感覚で世話をすればいいだろう。
「よしっ、じゃあ言われたことはちゃんと守ること。いいね?」
「うんっ♪わたし、○○とずっといっしょがいいもん」
心が少し痛かった。
「ところで、あなたのおなまえは?」
「○○だよ」
「○○、これからよろしくねっ♪」
「おう」
こうして、俺とルーミアの同棲生活が始まった…
続くカナ?
こんなんでいいんかな
Megalith 2012/07/24(2012/07/10続き)
「おーい、ルーミア山菜取りに行くぞー」
「うん、わかったー」
今日も晩飯用の山菜等を取りに行く。
もうこの森にも随分と慣れてしまったが、最初の方は何度も死にかけた。
その度に人形使いの女の子が俺を助けてくれた。
その人形使いとも仲は良く、時々顔を見に行っている。
「ねぇ○○、きょうもさんさいなのぉ?」
「おう、仕方がないさ。」
森に若干の動物はいるものの、そいつらを狩って食べるのはあまり気が進まない。
ルーミアは不満そうだが、どうしたものか。
「いっその事、俺を喰ってみるか?ルーミア」
と冗談半分で言ってみた。
「○○をたべるのはイヤ」
ルーミアは急に真顔になりそう言った。
「意外にイケるかもよ」
「○○がいなくなったら、わたしさびしい」
「大丈夫さ、ちゃんと引き取り先は見つけてあるし」
「えっ」
「ほら、あそこに見えるあの家。あれがルーミアの引き取り先」
例の人形使いの所だ。彼女曰く「放っておいても問題ない」と言っていた、が
やはり心配なものは心配だ。
「………」
「今日はそのために連れてきたってのもあるけどな、ははっ」
そう言いつつ俺は、ルーミアの方を向いた。するとルーミアは驚くほど小さな声で
「○○は、わたしがきらいなの?」
と聞いてきた。
「えっ、そっそんなことないって」
「でも○○はわたしをべつのだれかにひきとらせようとしてる」
「いやだってそっちの方がルーミアも安心だろう?」
「わたしは○○がいいのっっっっ!!!」
「えっ」
ルーミアはまるで語る様に話し始めた。
「○○はわたしをたすけてくれた。わたしすごくうれしかったんだよ。○○のほかにもわたしをたすけようとしたひとがいたけどみんなわたしをむしした。
わたしはひとくいようかいだったから。」
「えっ」
「ひとりだけたすけてくれたひともいたけど、わたしがひとをたべるようかいだってきいたとたん、わたしをもりのなかにほうりだしたんだ。
『なんだこの人喰いめっ気持ちが悪い。助けるんじゃなかった』ってね……さっ…さっきまでわたしと…あっ…あそんでくれてた…おっ…おともだちも、
そのにんげんがうわさをひろめたから『気持ちが悪い』『人間の敵めっ』『腹黒女』みっ…みたいに…ぐすっ…かん…かんじでね…
ひっく…わっわたしはそれにたえられそうになかったから…ひっく…もっもうしんじゃおうかなって…おっおもったんだ…うぅ…でっでもできなかった。」
「………っ」
「しぬのは…はじめてだったから…。どうやってしぬのかわからなくて、もりをぐるぐるしていたときにおおかみのしゅうだんにあって…
たっ…たべられちゃおうかなっておもったんだ……そしたら○○がきてくれた。『また、にげちゃうんだなぁ』っておもったけど○○はいっしょうけんめいにおおかみをはらってくれた。
わたしはやみをあやつってじぶんのからだをやみでかくしたの。わたしのしょうたいをみんなしっているから、わたしのことをきらいなにんげんなら『人喰いだぁ!』『たっ、食べられるぅ』っていうから…
そのにんげんがどこかへいったあとにしんじゃおうかなってね。」
「………っく」
「それでも○○はこわがりもせずに『大丈夫だったかい』って、わたしうれしくなってあなたにとびついたんだ。
………やっと…そんな、そんなやさしい○○とはなれるなんて…ひっく…ぜったい…ぜったいやだよぅ…こわくていきていけないよぅ」
「………ぅ」
知らなかった。ルーミアがこんな苦労をしていたなんて…、途中から泣きつつ話してくれていた所から察するに相当辛かったに違いない。
「ごめん、ルーミア。俺、冗談のつもりだったんだ…」
「わっ…わっ…わたっ…し…○…○○がっ…いっ…いなくなった…ったりした…っら…い…いぎでいげだいよぉぉ…ううっ…うえぇぇぇぇぇぇん」
泣き始めてしまった。そんなに俺はルーミアに頼られていたのか…知らなかった。
そしてそっとルーミアを抱き寄せた…
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「落ち着いたか」
「うん」
30分くらいの間、泣きじゃくるルーミアを慰めていた。慰めるといっても、俺はただルーミアの髪を撫で続ける事しかできなかった。
「○○はやさしいね」
「ルーミア…その、なんかごめんな」
俺は自分の失敗を悔やむように謝った。
「なんで○○があやまるの?」
「いや…冗談で言ったことでルーミアがあんなに泣くなんて思ってなくてさ」
「もうだいじょうぶだよ○○」
「本当に?」
「……えっとね、○○がね、かみをなでるたびにね、こころがふわーってなるの。だからねっ、かなしいきもちがぜーんぶふっとんじゃった」
「そっ、そりゃよかった」
少し恥ずかしかった。
「わたしも○○をしあわせにさせてあげたいなぁ」
「その気持ちだけで十分だよ。ありがとうな、ルーミア」
「えへへー」
天使のような笑顔でこちらを見上げるルーミア。最高に可愛い。
「あっ、いいことおもいついた」
「ん?どうした」
「さっきのおかえし」
「いや、いいって」
「いや!!ちゃんとするの」
「わっわかったよ」
「じゃあ、めをつぶって」
「おう」
タッタッタッと軽快な足音が聞こえる、どこかへ急いで行ってしまったようだ。
おそらく帰ってくるのはのは時間が掛かるかな。
そう思いつつ俺は眠りに落ちていった。
~数時間後~
「……ぃーてー、○ー○ー」
「う…んぅ…あと5分…」
「おーきーてーよー○-○ー」
「ん…ふぁーあ…おはようルーミア」
「いまは"こんばんわ"だよもう」
ぷぅーっとほっぺを膨らませて空を指すルーミア。
「…おっと、もうこんな時間だ。早く帰らないと」
「……まっ、まって○○」
「ん?どうしたルーミア。……あぁ、プレゼントか」
「うん♪」
嬉しそうにルーミアは言う。
「じゃあ、めをつぶってね」
さっきも聞いた気がするが、またどこかへ行くことはないだろう。
「おう」
俺は目を瞑った。
・
・
・
・
・
「ん?」
おかしい、まったくルーミアの気配がないのだ。
もしかして本当にどこかへ行ってしまったのか?
さすがに気になってルーミアの方を見ようと目を開けた、すると
「!!!!!!」
目の前にルーミアの顔があった。
「!!!!!!」
こちらも思わずルーミアと同じ状態になる。
「なんでめをあけたの!!」
怒りのルーミアが俺に詰め寄る。
「その…だって…さっきみたいにまたどっかに行ったんじゃないかと思って…」
「さっきなにもいわなかったのは、ごめんなさい」
「いや、謝らなくてもいいからね。で、プレゼントってなんなんだい?やけに俺に近づいていたけど」
「………ス」
「酢?」
「………ス」
「巣?」
「ん~~~もう○○のいじわる、わかってるくせにぃ!」
「いや…まったくこれっぽちも」
「"キス"だよ!"キス"!」
「あぁ、なるほど………ってちょっまっえっ、お、俺にききききキスをするのかっ!」
「!!!!だだだだだだってじぶんのすきなひとには"キス"がこうかてきだってきいてきたからっ」
「お、俺とかっ!」
「うぅぅ…○○といがいだったらしないよう」
「へっ?」
「なななななななんでもないよ!」
「?…ならいいんだが」
「………う…うん」
「ん~ぅっ、もう遅いし帰るか」
「えっ?」
「どうした、そんな大声出して」
「だだだだだだって"キス"してくれるのかなって…お…おもって…」
だんだん声が小さくなっている。おそらく相当緊張していたのだろう、家に帰ってゆっくりさせてやるか。
「ほら、いいから帰るぞ」
「うぅ、うん」
すこしがっかりさせてしまったようだが、俺もそんな唐突にキスができるはずがない……したいけどorz
「でもなルーミア」
「?」
「俺はお前のことを世界で一番大事にしていくつもりなんだぞ」
「!!!」
「手ぇ繋ぐか?」
「ほえっ、……うん!」
「今日の晩飯は何がいい?」
「○○がつくったものならなんでもいいよ!!」
「そうかい」
ぎゅっと握ってきたルーミアの手を優しく握り返し
ルーミアの事をいつまでも大事にしていこうと思った。
「でも○○」
「ん?」
「ばんごはんのおかずとってないけどいいの?」
「………ああぁ!!、忘れてたぁ!!」
「じゃあとりにいこうよ!まだうしのこくだよ!」
ルーミアにしてみればまだ早い時間帯なのだろう、生き生きしている。
別に遅くなって困る用事があるわけでもないので、付き合ってあげることにした。
それに、もっとルーミアと一緒の時間を過ごしたかったというのもある。
「よ~し、んじゃ行こうか」
「うん!」
夜はまだ始まったばかりだ…
了
夜中のテンションで書き上げた。後悔はしていない。
うpろだ0018
それは、二月十四日。
世間が浮き立つバレンタインデーの日──の、夜の日の事。
俺は足元さえおぼつかない真っ暗な森の中を抜け、ルーミアの住処を目指していた。
昼は太陽があるから嫌いと言うのは重々承知しているものの、やはり一応人間である俺としては、
夜に森の奥で待ち合わせというのは多少無理が生じているようにも思える。
そんな無茶を承知で何故わざわざ誘いに乗ったかと言えば、やはり今日と言う日であったから、としか言いようがない。
二月十四日、この日に愛する彼女からの誘いを断るような男は、そりゃ男とは言えない。ただの玉のついた猿だ。
愛なき人生は死せるに等しいといかりやも言っていた。要するに、断るという選択肢は最初から存在しないのである。
益体もない事を考えているうちに、生活感の無い小さな家屋にたどり着く。
紳士であればこのような時はノックのひとつでもして入るのだろうが、生憎俺の生まれはイギリスではない。
ちょっとした悪戯心も手伝って、何の前置きもなくドアをがちゃりと開いた。
ぎぎい、と油の切れた蝶番が金切り声を上げる。
その途端、ドアの隙間からお菓子のような甘い匂いが流れ込み俺の鼻孔をくすぐった。
「……るー、みあ?」
「ふあ……何?」
そう言って彼女はこちらを振り向く。
彼女の小さな唇の中には先客がいた。黒く平たく甘い匂いをさせる物体、それは正にチョコレート。
見れば普段から綺麗とは言えない彼女の部屋が今日は一段と散らかっている。
あちこちにだらしなく散乱したお菓子とラッピング、そして部屋に充満するどこか浮世離れした甘い匂い。
彼女は一面のお菓子に囲まれ、その中心で今正に至福の時を過ごしていたようだった。
「……なんじゃこりゃ」
「んーと、このチョコはみすちーに貰った。そっちのクッキーはフランちゃん、ケーキはれみりゃから。
おはぎは霊夢に貰って、あんみつは阿求ちゃん。えーと、それから……」
両手で指を折りながらルーミアは次々と幻想郷の人妖霊神を挙げていく。
俺はそんな彼女の様子に苦笑しつつも、成程ね、と納得したように一度頷いた。
ルーミアは放浪妖怪である。
一応こうした仮の住まい(略してカリスマ)はいくつか持っているものの、基本的に彼女はどこだろうとお構いなしに飛びまわる。
加えてルーミアは可愛い。それほど力を持たない弱い妖怪と言う事もあり、意外な程に広い人脈を持っていたりするのである。
このお菓子の山は、さしずめその証明と言ったところだろうか。
顔が広い事はなんとなく知っていたが、いざ目の当たりにすると何も言えなくなるものだ。
「あー、と。ルーミアは人気者だねえ」
「そーなのかー。でも、あんまりよく分かんないかな」
そう言うと彼女はふわりと立ち上がり、器用にも口からチョコレートを半分はみ出させながらこちらへとてとてと歩み寄る。
ぞくりとする程妖艶で、ほんわかする程明るい笑顔をこちらへ向けながらこう言った。
「私には、あなたがいればいいし」
そして俺に向けられる、黒くて平たいチョコレート。
男らしく抱きしめてキスの一つでもしてやりたかったが、彼女の口は愛のお菓子で占領されている。
物質主義、言いかえれば食いしん坊の彼女のことだ。一度口に入れた物はそう簡単に離すまい。
やむを得ず俺は彼女の額に軽く唇を当てると、それからなんとなくチョコレートの端を咥えた。
口に甘いカカオの香りが溶けて広がる。くらりと来そうになる強い刺激と共に、見れば板チョコ一枚分の距離を隔て彼女と目があった。
「……む」
ルーミアは獲物を横取りされたように少し不満げに眉を寄せ、それからパキリと音を立ててチョコレートを噛んで割る。
割ればすぐに一歩分口を進める。俺と彼女の距離が、チョコ1ブロック分だけ近くなった。
それを見て俺はニヤリと笑い、対抗するようにゴリッと奥歯で噛み潰す。こちらがもう一つ分食い進めれば、今度は彼女の方からバキリと鳴る。
ぼりっ。むしゃり。
かりっ。ぱきっ。
音が鳴るたびに距離は近づき、次第に俺の視界はルーミアで埋まって行く。
やがて互いの事以外に目に入らない程に近づくと、最後の一欠片を巡り唇と唇が触れ合った。
ちゅ、と小さな水音がして、ようやく俺と彼女は顔を離す。
口の中に残ったのは大量のチョコレートと、彼女の唇の感触だけ。
「……甘いな」
「うん。でも、おいしい」
そう言ってはにかむルーミアの頬は、りんごのように真っ赤に染まっている。
そんな彼女がどうしても愛おしく、気がつけば俺は彼女を胸の中に引き寄せていた。
「んっ……」
さして抵抗もなく抱き寄せられるルーミア。
十二月二十四日の夜、俺達のバレンタインは、まだ始まったばかりだ。
最終更新:2013年07月05日 23:13