大妖精1



1スレ目 >>842>>844


「あっ、こんにちは」
 ん、こんにちは。
「えーと、今チルノちゃんいないんですよ」
 へぇ、珍しいこともあるもんだ。
「そうですね、大体この時間は湖で遊んでるんですが」
 ねぇ、ちょっと話があるんだけど。
「えっ? わ、私にですか?」
 うん、大切な話なんだ。
「え……えっと……、な、何でしょう……?」
 大ちゃん、いや、大妖精
「は、はいっ!」
 好きだ、愛してる!
「え……、えええええっ?」
 ぜひ俺と付き合ってくれないか?
「う、嘘です!」
 えっ? な、何で!?
「だって、だって! いつもチルノちゃんと遊んでくれる為に来てたじゃないですか!」
 あーえーっと……、ごめん……。直接会いにくるのが恥ずかしくて……
「でっ、でもでも! チルノちゃんと遊んでるばっかりで、私のこと全然見てくれなかった
じゃないですか!」
 んーと……、大ちゃんの顔見ると見とれて顔赤くなっちゃうから……。一度大ちゃんの
ほう見てて、その隙にチルノに落とされたことあったし……。
「えっと……、その……、わ、私なんてスペルカードも持ってないし、弾幕ごっこも弱いし、
全然魅力無いし……」
 そんなことない!
「えっ……」
 俺が初めて幻想郷(ここ)に来た時、俺は不安と絶望で一杯だった。見知らぬ土地で妖怪に
追われ、全身ボロボロでもう駄目かと思った時、初めて君と出会った。君はそんな俺に
にっこりと笑いかけてくれた。その後、ボロボロの俺をおろおろしながらも一生懸命介抱して
くれた。右も左も分からない俺に、幻想郷(ここ)での生き方を教えてくれた。幻想郷(ここ)
での生活は外の世界とは違って辛く厳しかったけど、ここに来る度に君は俺に笑いかけてくれた。
君の笑顔があったから俺はやってこれたんだ。
「う……嘘……です……、嘘……」
 嘘なもんか! 俺は大ちゃんが大好きだ!
「でも……でも…………、……うっ……ひっく……ふぇぇぇぇ」
 だ、大ちゃん!?
「嘘です……ひっく、嘘なんです……っく。わっ……わたっ……ひっく……ぜんぜ……ひっく……」
 ご、ごめん……。俺、自分の事しか考えないでこんな事言って……。やっぱり……
迷惑だったよね……。
「ちが……ひっく、違うんです……ぐすっ……」
 えっ……?
「わ……わた……ひっく、私も○○さんの……っ……事……。でも……ひっく……、私……
全然……っ……他の皆さんと比べると……ひっ……魅力無いから……、あっ……相手して……
ひっく……貰えないって……」
 だ、だからそんなことないって! 俺にとって、大ちゃんが一番だから!
「でも……ひっく、でも……」
 あーーもう! 俺の想いを証明してやる!
「ひっく……えっ……? んん!?」
 んっ……。
「んっんっ……! …………ん……」
 …………っは。…………、こっ、これでも分からない?
「…………(ふるふる)」
 ほっ……、良かった……。
「あ……あのっ。ほ、本当に私なんかで……」
 私なんかじゃない。大ちゃんじゃないと駄目なんだ。
「う、嬉しい……です。私も……、○○さんが大好きです」
 俺も大好きだよ、大ちゃん。
「あ、あの……、えと……」
 ん? なんだい?
「も、もう一度、あ、あなたの想い……、しょ、証明して……くれませんか……?」
 ああ、何度だって証明してやるよ。ほら……、目を閉じて……。
「は、はい」
 ん……。
「ん……」

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蛇足

――――博麗神社――――
「ほらさー、あたいの二つ名って恋娘じゃん」
縁側に座って足をぶらぶらさせながら、誰に聞かせるでもなく言う。
「誰が誰を好きかってぐらい、すぐ分かるんだよねー」
だから、大ちゃんとあいつが両想いってことぐらいすぐ分かった。
「やっぱり、好き同士はくっつくのが一番だよねー」
あいつの大ちゃんを見る視線にも、大ちゃんのあいつを見る視線にも。

――泣いてる?
気づかない振りしてたんだけど。
「泣いてないわよっ!」

――泣いてる?
あたいもあいつのこと好きだったんだけど。
「泣いてないって! あたいを泣かしたら大したもんよっ!」

後ろで紅白がクスクス笑う。
ムカついたけど、後ろを振り返ることは出来なかった。
なんでか分からないけど、外の風景が酷く歪んで見えた。



1スレ目 >>887


俺は紅魔館の近くの湖に住む妖精。
名前はまだ無い。
ていうかきっとこれからも無い。
唐突ではあるが俺は今恋をしている。
緑色のサイドポニー。
面倒見のよさ。
時折見せる笑顔。
全てが俺を狂わせる。
そう、俺は大妖精さんに恋をしていた。
今日こそこの思い、伝われ大妖精さんに!

「大妖精さん!」
「あ、えっと、な、なに?」
「好きです!付き合ってください!」
「え、えっと・・・ごめんなさい」
「ぐはっ」

弾幕ごっこの後のチルノのようにまっ逆さまに落ちていく俺。
大きな水飛沫を上げて湖に墜落した。

湖畔に流れ着いた時にはもう日も暮れかけていた。
「これで何回目だ?・・・6回?いや14回?」
「お前数も数えられないのかよ、23回目だ、今ので」
もうそんなに告白していたのか。
そしてその都度落ちていたのか。
「全く・・・だから高嶺の花だって言ってるだろ?おまえにゃ無理だって」
「やってみなきゃわからんだろ!」
「散々やってるだろ・・・」
やれやれといった様子で肩をすくめる仲間たち。
後で弾幕処刑だ。

俺が大妖精さんに初めて告白した時は丁度1年くらい前のことだった。
確か仲間内で告白することを宣言した時は、
「無理だな」「高望みだな」「バカだな」「⑨だな」
とか散々に言われたんだった。
そして次の日に告白してみたんだけど・・・
その時は確か、
「ちょっと、その、時間ください!」
って言われて、その次の日にキッパリと断られちゃったんだよな。
それからずっと、1ヶ月2回のペースで告白し続けて全部撃沈してるんだよな・・・。

「お前もういい加減諦めたらどうよ?無駄だって、無駄」
「いいや!俺は諦めないね!『諦めたらそこで気合終了』だってどっかの偉い人が言ってたし!」
「偉い人・・・?偉いのか彼は・・・?それに気合じゃねえ、試合だ」
「野球は9回裏3アウトからって言うだろ!」
「もう試合終わってるじゃねえかよそれ」
「とにかく諦めないからなー!」
「はいはい、好きにしろよ」
「ちくしょー!今に見てろよ!」
絶対、絶対大妖精さんを彼女にしてみせる!

それから数日後。
そういえば今日で丁度初告白から1年じゃなかっただろうか。
よし!今日はそんな特別な日なんだ!
今日は絶対に成功するさ!間違いない!
「大妖精さん待っててください!今行きます!」

住処を出て急いで湖の中心に向かう。
大妖精さんはいつもそこにいる。
もちろん今日だって・・・いた!
「大妖精さんっ!」
「あ、ど、どうも」
「今日こそおーけーもらいに来ましたよっ!」
一旦息を大きく吸い込んで、一息に言った。
「大妖精さん!好きです!俺と付き合ってください!」
そしてめくるめくパラダイスへ!
大妖精さんによって俺にとってのこの世界は楽園に変わる!
パラダイス・シフト!略すとPS!PSってプレステとかフェイズシフトとかいいイメージ沢山!縁起いい!
そんなくだらないことを考えながら大妖精さんを見つめる。
返事はまだだ。そういえば今日は返事までが長い。いつもは即答なのに。
これはもしかするともしかするかも!
「え、ええっと・・・はい、いいです・・・よ」
「・・・え?」
今なんと?
「だ、だからその、付き合っても、いいです、よ」
「ま、マジですか!」
「う、うん」
「やった!やったやった!やったやったやったやった!」
遂にやったぞ俺!成し遂げたぞ俺!偉いぞ俺!よくやった俺!
と、そこでふと疑問を抱いた。
「えっと・・・嬉しいんですけど、なんでまた急におっけーくれたんですか?」
「ええっ、あの・・・それは、その」
人差し指を合わせて上目遣いになる大妖精さん。
一瞬落ちそうになったのは秘密だ。
「今日で、1年じゃないですか、丁度」
「え・・・覚えててくれてたんですか!」
意外だった。そして嬉しかった。
でもそれがなんでおっけーと結びつくのかまだ見えてこない。
「その、初めて告白された時に、チルノちゃんに相談したんですよ・・・」
「あ、それで『時間ください』って言ったんですか」
「はい。そしたら、チルノちゃんが『ダメダメ!絶対ダメ!あんなバカとじゃダメ!』って猛反対して・・・」
ちくしょう、チルノの奴め、自分のこと棚に上げてバカだと?
後であいつも弾幕処刑だ。
「それで、賭けみたいなことしよう、ってことになったんですよ」
「賭け?」
「その、あなたがこれから1年間ずっと諦めなかったらそのときはおっけーしてもいいよ、って・・・」
なるほど。
それでこうなったのか。
「えっと、その、あの、今まで1年間ずっと素っ気無い態度とってごめんなさいっ!」
「え、いや、その」
「ごめんなさいっ!本当にごめんなさいっ!」
「ちょ、ちょっと大妖精さん、落ち着いてよ」
「怒って、ないんですか?」
そう言って上目遣いで俺を見る大妖精さん。
狙ってやってるわけじゃないと思うが、そんな顔されたら怒れない。
それに・・・
「いや、そのね、俺が好きで勝手に付きまとってたわけだし、むしろこっちが迷惑かけてたんじゃ・・・」
「そんなことないですっ!むしろ嬉しかったですよ!」
「えーと、でもそれじゃ俺の気が済まないから・・・」
「そんな、どうすればいいんですか?」
あれ、なんか立場がおかしい気がするぞ。まいっか。
「その、おあいこ、ってことで」
「おあいこ、ですか?」
「うん。おあいこ」
「あ・・・はいっ、わかりましたっ!」
どうやら意図を汲んでくれたらしい。
伝わらなかったらどうしようかと思った。ただでさえこの状況でいっぱいいっぱいなのに。
俺がホッと胸をなでおろして、大妖精さんの方をチラッと見ると、彼女は顔を赤らめながらこっちを見ていた。
「あの・・・ちょっと、いいですか?」
「あ、え、な、何?」
「えっと・・・キス、して欲しいです」
そうきたかっ!
もう俺の心臓は破裂寸前だ。
さっきから大妖精さんの可愛い仕草を見すぎている。いっぱいいっぱいなのに。
落ち着け、おつちけ俺!
「じゃ、じゃあその、目を閉じて」
何とか、息を整えそれだけ言った。
大妖精さんは、コクリと頷くと、目を閉じて俺のほうに向いた。
あんまり待たせるのもあれだよな・・・男らしく無いというかなんというか。
俺は覚悟を決めて、大妖精さんに近づいていった。
彼女の顔が視界いっぱいに広がっていく。
俺はさらにいっぱいいっぱいになっていく。

そして、俺は彼女に口付けをした。

唇を重ねるだけのキス。
それだけでももう心臓破裂寸前。てか破裂したんじゃないかこれ?
唇を離すと、大妖精さんはにっこりと笑ってこう言った。
「私、幸せです」
「ああもう俺も幸せって言うかなんと言うか幸せすぎて夢じゃなかろうかこれは」
「えいっ」
ぎゅううぅううぅ
「いでででででで!」
「夢じゃ、ないですよね?」
大妖精さんにほっぺたをつねられた。
「ああ、うん、夢じゃない、みたいだ」

そう、夢じゃない。
これから、ずっと、俺は大妖精さんと、一緒なんだ―――



1スレ目 >>894


 草木も眠る丑三つ時・・・とまではいかないがそれなりに夜も更けた時間。
 人間たちは眠りにつき、妖怪たちが目を覚ます・・・そんなあいまいな頃だ。
 俺たちは紅魔湖のほとりにある小さな広場にいた。
 前は湖、後ろは林。
 大きく開けた空には雲ひとつなく、たくさんの星がきらきらと思い思いに輝いている。
 月は出ていなかったが、そのおかげでいつもより星の輝きが増しているように見えた。
 まさに、絶好の飛行日和・・・もとい、絶好の飛行星夜だ。

「さて・・・準備のほうはよろしいでしょうか?」

 俺の前で湖のほうを見ていた大妖精さんが、くるりと振り返り尋ねてくる。
 星明りしかない今、彼女の顔をよく見ることができないのが少し悔やまれた。

「ああ、念仏はもう唱え終わったぜ。何があっても、心残りはないさ」
「なら安心ですね。これでもう心置きなく・・・」
「って、そこで流さないでくれ、すっごい不安になるから・・・」
「うふふ・・・そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。私の手さえ、離さなければ・・・」

 そう言って差し出される大妖精さんの手。
 暗闇の中でもわかるその細さ、その白さ・・・。
 俺は、その感触を確かめるように、ゆっくりと、しっかりと、その手をつないだ。



◇        ◇        ◇        ◇



 俺は、2ヶ月ほど前、幻想郷というへんてこな世界に紛れ込んだ。
 そこは妖怪が勝手気ままに闊歩し、魔法使いが豪快に魔法を放ち、巫女が平気で空を飛ぶという、元の世界では
考えられないような世界だった。
 たまに妖怪に追いかけられ、魔法使いの実験台にされそうになりながら経過すること半月、俺がたどり着いたのは
紅魔湖と呼ばれる湖のほとり。
 そこで、氷の妖精であるチルノ・・・そして、そのお姉さん的存在である大妖精さんに出会った。どうやら、この
あたりは彼女たちの住処だったらしい。
 大妖精さんは俺の事情を親身になって聞いてくれた。
 そして俺が元の世界に戻れるまでここで暮らしたらどうかと提案してきたのである。
 最初は俺も戸惑った。
 二人は妖精とはいえ、羽根が生えている以外はどう見ても普通の女の子だ。そんな二人と一緒に生活するというのは、
男として抵抗がある。(ちなみにチルノは大反対していた)
 しかし、大妖精さんは、

「事情が事情ですし・・・それに困っているのをほっとけないじゃないですか」

 結局、ほかに行く当てもなかった俺は、彼女の提案を半分だけ受けて、彼女たちの住処の近くに暮らすことにしたのだ。
(さすがに、二人と一緒に暮らすのは遠慮した)

 こうして、紅魔湖のほとりで二人と共に行動すること1ヵ月半。
 共に行動することによって、俺は二人とだんだんと打ち解けていくことができた。
 最初は俺のことを嫌ってことごとく攻撃を仕掛けてきたチルノも、だんだんと俺のことを気に入るようになっていった。
 チルノをからかって遊んだり、大妖精さんの手伝いをしたり、近辺に出没する低級妖怪を追っ払ってもらったりしている
うちに、俺はすっかりここでの生活に慣れきってしまったのだ。
 住めば都とはよく言ったものだが、まさかこんな辺鄙なところまで都になるなんて思っても見なかったな。

 さて、そんなある日・・・つまり今日のことである、



「あの・・・○○さん、空を飛んでみたいなって思いませんか?」

 大妖精さんがその話を持ちかけてきたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
 いつものようにチルノをからかい、チルノで遊び、アイシクルフォールの反撃から逃げていた時、そばにやってきた
大妖精さんがおずおずとそう切り出したのだ。

「・・・ああいうのにふっ飛ばされるのは勘弁だけど」

近くに落ちてきた氷柱を横目で見つつ答える。

「も、もちろん、本当の意味で飛ぶってことですよ」
「ああ、それなら、まぁ、そう思うこともあるよ。特にこの世界は空を飛べるやつばっかりだから
 うらやましいくらいだ」

 チルノに見つからないように体勢を低くして木の裏に隠れる。
 大妖精さんも気を利かせてか、俺と同じように木の裏に回りこんでくれた。
 細い木の後ろに無理矢理二人が隠れるものだから狭い。
 すぐ近くに迫った大妖精さんの顔にちょっとドキッとした。

「??」
「ああ、いや、なんでもない。んで、それがどうかしたの?」
「あ、はい。もし、○○さんがよければですけれど・・・」

 大妖精さんは、そこでいったん言葉を区切った。
 なんだろう? 次のセリフを言いあぐねているようだ。

「大妖精さん?」
「えっと・・・ですね。もしよろしければ・・・」

 少しの間、もじもじとした後。

「よろしければ・・・今夜、一緒に空を飛んでみませんか?」
「空を・・・」

 思わず飛んでくる氷柱に目を向ける。
 そして想像。


 星の輝く夜。

 空を星を映す湖面。

 緩やかな風。

 降ってくる氷柱。

 吹っ飛ぶ俺と大妖精さん。


「・・・・・・」
「えっと・・・たぶん、○○さんの想像しているものとは違いますから」
「あ、やっぱり?」

 馬鹿な想像をかき消す。

「しかし、空を飛ぶって言っても、俺は飛べないぞ?」
「あ、それは大丈夫です。私が何とかしますから」
「んー・・・」

 どうするのかはわからないが、大妖精さんが言うのであれば大丈夫だろう。
 これがチルノだったら、絶対信用ならないけどな。

「ん、わかった」
「一緒に飛んでくれるんですか?」
「ああ、いいよ」
「わぁ・・・あ、ありがとうございます!」

 俺の言葉に大妖精さんが満面の笑みを浮かべる。
 そして、頭を下げようとするから顔がさらに近づきそうになって焦った。

「ちょっ! 大妖精さん、近いっ、近いっ!」
「あ、あら・・・すみません、私ったらつい・・・」
「ったく・・・それじゃ、今夜のことをチルノにも言っとかないとな。おー・・・」
「あっ! 待ってください!」

 チルノに向かって呼びかけようとした俺を大妖精さんが止めた。
 不思議に思い彼女に振り返ると、

「あの・・・今日のことは、チルノちゃんには内緒で・・・」
「え・・・」

 言葉に詰まる。
 チルノに内緒ということは。
 えっと、『俺+大妖精さん+チルノ-⑨』だから・・・。

「えっと・・・テンコー?」

 なんでやねん。
 いかん、混乱して思考がおかしくなってる。
 落ち着けー! 落ち着け俺!
 つまーり、つまりだ。
 大妖精さんが言っているのは・・・。

「・・・俺と大妖精さんだけ?」
「・・・はい」

 そううなずく彼女の顔は、ちょっとだけ赤くなっている気がした。
 あーと・・・こういう場合はなんて言えばいいんだろうか?

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・ようは、素敵でムード満点な空の遊覧デー・・・」
「で、では! そういうことですから!」

 俺の話が終わる前に大妖精さんが立ち上がり、全速力で飛び去っていってしまった。
 その場にぽつんと残される俺。
 うーむ、どうやらセリフを間違えたらしい。

「・・・しかし、大妖精さんと・・・か」

 ポツリとつぶやいて、俺は彼女の顔を思い浮かべる。
 笑っている顔、怒っている顔、さっきの少し照れた顔。
 鮮明に思い浮かぶいろいろな表情。
 そして・・・。
 ひときわ鮮明に思い出される、あの・・・。

「・・・・・・」

 俺は首を振って、思考を振り払った。
 しかめた顔を元に戻し、気を紛らわすように声を大にして言う。

「・・・なんにしても楽しみだなぁ」
「あたいにぼこぼこにされることが?」
「そうそう、チルノのぼこぼこをさすること・・・はい?」

 今、聞こえてはならない声が聞こえた気が・・・。
 あはは、そんなはずがないだろう? まさかこんなところにやつが来るなんて・・・。
 あれ? でも、よく考えたら、俺、さっきまで何してたんだっけ?
 たしか、いつものようにチルノをからかい、チルノで遊び、アイシクルフォールの反撃から逃げていたところで
木の裏に隠れてやりすごし・・・。

 ゆっくりと振り返ると、そこに仁王立ちしたチルノがいた。

「あら、ちるのさん、ごきげんよう。どうしてここがわかったのかしら?」
「大ちゃんが猛スピードでここから飛び出してきたのが見えたから」
「ああ、なるほど。なっとくなっとく。おっと、きゅうようをおもいだした、おいどんはこれにて・・・」



「大ちゃんに何をしたのよ!! 雹符『ヘイルストーム』!」
「うぎゃああぁぁぁぁーーーー!!!」


 俺、必死に逃げたのち、体力が尽きてばたんキュー。
 日が落ちる前に目が覚めたのと、チルノに今夜のことがばれていなかったのが不幸中の幸いだった。



◇        ◇        ◇        ◇



「○○さん? 何惚けてるんですか?」
「ちょっと回想シーンを」
「回想?」
「いや、なんでも・・・」

 いつの間にか回想シーンに突入していた俺に、大妖精さんが首をかしげる。
 仕方ないじゃないか、そういう都合なんだから。

「それより、そろそろ出発しよう。じゃないと、チルノが起きてくるかもしれないし」
「あ、はい、そうですね」

 チルノは先ほど豪快な子守唄で寝かしつけ・・・ようとしたらあまりに豪快すぎて氷柱が飛んだ。
 まぁ、さっき見た分じゃしっかり寝ていたみたいなので起きてくることはないだろう。

「・・・では、行きますね」

 大妖精さんが再び俺に背を向ける。

 少し風が出てきたのか、俺の身体を涼しい風がなでていく。
 大妖精さんの羽根がゆっくりと動いて・・・、だんだんと早くなって・・・、俺の身体をなでる風がさらに強くなって・・・。
 ふわりと浮かぶ大妖精さん。ふわりと浮かぶ俺の身体。

「わわ・・・」

 思わず大妖精さんの手を握る力を緩めてしまいそうになる。

「だめです! 絶対に手を離しちゃいけません!」

 大妖精さんの鋭い声。
 その声に俺は再び彼女の手をしっかりと握った。

 俺の身体が大妖精さんと共に宙に浮かんで、そのまま高く、高く上っていく。
 感じる風はさらに強く、俺をしっかり包んでいる。
 いや・・・これは決して比喩ではない。
 俺の身体の周りを風が包んで、そして俺の身体を浮かべているのだ。
 以前、大妖精さんが言っていた。妖精というのは自然の一部であり、妖精の力は自然の力であるということを。
 そう・・・これは大妖精さんの力だ。
 大妖精さんの力が風の力となり、俺を宙に浮かべているんだ。

「すごいな・・・」
「えへん、すごいでしょう」

 漏らした言葉を聞き逃さず、大妖精さんが自慢げに答えた。
 俺たちは順調に空を上っていき、しばらくすると上昇をやめ、水平にゆっくりと移動しはじめた。
 さっきまでいた広場はもう小さく、真下に広がるのは広い湖に映る広い夜空だった。
 上を見ても星、下を見ても星。
 星と星に挟まれての遊覧飛行は、まるで星の海を泳いでいるかのようにきれいで、心地よい。

「どうです? とってもきれいでしょう?」
「ああ、きれいだ。気に入ったよ」
「うふふ・・・○○さんに気に入ってもらえて、うれしいです」
「ずるいな、この世界の連中は。こんなにいい事ができるなんて」
「そうですね。でも、妖精も妖怪も、一部の人間も・・・普通に飛ぶことが当たり前になってますから、○○さんのように
 感動してくれる人は、きっといないかもしれないですね」
「うーん・・・それは、ちょっと悲しいな。もしかして、大妖精さんもそうなの?」
「私も・・・そうですね・・・。でも、今は違います。だって・・・」

 大妖精さんの声は小さくて、その先は風にかき消されてよく聞こえなかった。

「・・・? 何? よく聞こえなかった」
「内緒です」
「じゃあ、ヒント」
「ヒントもないですよ」
「ちぇっ」


 やがて、しばらく飛んでいると左手に小さな島が見えてきた。
 暗くてよく見えないが、島の中央に大きな建物が立っているような気がする。

「あれは何だろう?」
「あ、あれは紅魔館ですね」
「紅魔館? ・・・そういえば、前にどこかで吸血鬼が支配する紅い大きな屋敷があるって聞いたことがあるな・・・」
「それですよ、それ。あまりあのお屋敷に近づかないほうがいいです。そろそろ、引き返しましょうか」
「あれ?」

 そのとき、俺はそのお屋敷から黒くて小さな点がいくつも現れてくるのが見えた。
 その点はどんどん大きくなって・・・、やがて形がはっきりしてくる。

「もしかして、こうもり・・・?」
「え? あっ! 危ないっ!」

 大妖精さんが叫ぶ。
 その瞬間、俺たちはあっという間にこうもりの群れの中へと引き込まれてしまっていた!
 こんな夜空で形がはっきり見えるということは、それだけ近くまで迫っていたという証拠なのだ。

「うわぁっ!」
「きゃあっ!」

 何百という数のこうもりが俺たちの横をすり抜けていく!
 俺と大妖精さんの横を掠めていくこうもりも少なくはない!

「大妖精さん! 早くここから逃げないと!」
「は、はいっ!」

 俺たちはすぐさま方向転換し、こうもりの群れから離脱しようとした。


  ぱしんっ!


 と音がして、俺と大妖精さんがつないだ手に1匹のこうもりがぶつかってきたのがちょうどその時。

 その弾みで、つながっていた手が・・・離れた。

 ふっと、俺を包んでいた風が消えた。
 そして、再び風。
 でも、今度は俺を包む風ではなく、相対的に上方に流れていく空気の動き。

 「○○さんっ!!」

 大妖精さんの叫びも空気に阻まれて聞こえづらい。
 急なことで頭がうまく働いていない。
 俺の身体が押し分けていく空気が冷たくて痛い。

 ああ、そっか。
 ひとつだけわかった。


 俺は今、
 真下にある冷たい湖へと落下しているんだ・・・。


 でも、それがわかっただけだった。
 悲鳴を上げることも、無駄にあがくこともできなくて。
 その身を重力にまかせながら、ただ、落ちていく・・・。

 頭の中がかすんでいく。
 意識が霧の中に消えようとする。
 ふと、俺の身体を暖かい何かが包んだ気がした。
 でもそれも、やがて霧の中に消えようとして・・・


 ドンという衝撃と共に闇が訪れた。



◇        ◇        ◇        ◇



 最初に思ったことは、寒い。
 全身がずぶぬれになっているような感触。
 少しの風でも、それが俺の体温を下げていく。

 そして、身体が痛い。
 全身が鞭打ちにでもあったかのような痛みだ。

 頭はまだはっきりしない。
 ぼんやりと黒い靄がかかったかのよう。

 ・・・何か聞こえてくる・・・?

「・・・さん・・・」

 あれは・・・だれかの声だ・・・。

「・・・てくだ・・・い!」

 涙交じりの声。

「・・・んじゃ嫌です!」

 必死に俺に呼びかける声・・・。
 あれは・・・誰の声だったっけ?

「・・・さん、起きてっ! 起きて・・・ください・・・!」

 起きる・・・ああ、そうか・・・。
 起きなきゃ・・・。

「あ・・・・・・起き・・・た」

 うっすらと目を開ける。
 霞む視界の中、女の子が俺を驚いた表情で見つめていた。
 横で結んでいる、明るい緑色の髪。
 黄色いリボンも着ている服もずぶぬれになっている。
 そして・・・背中には4枚の羽根。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 しばらくそのまま見つめ合う俺と大妖精さん。
 ・・・ああ、そっか。
 彼女は大妖精さんだ。
 ようやく思い出した。

 そしてそのことを皮切りに、頭の中が鮮明になっていく。
 何で俺たちがこんなことになっているのか・・・。
 何があったのか・・・思い出す。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・寒いな」

 一言だけ・・・俺はそう言って笑った。
 その一言が、俺が無事である証拠となった。

「○○さん・・・よかった・・・」

 大妖精の顔が一気に崩れる。
 目に貯めた大粒の涙があふれて・・・こぼれる。

「よかった・・・うぅ・・・○○さんが生きてて・・・ぐすっ、ひく・・・本当に・・・よかった・・・」

 そのまま、大妖精さんは泣き出してしまった。

「ごめんなさい・・・私が、しっかり・・・ぐす・・・手を握ってれば・・・こんなことには・・・うぅっ」

 俺が生きていたことへの安堵、申し訳のなさ、自分への悔恨・・・大妖精さんの涙からそんな感情が読み取れた。

 そういえば・・・今日の昼間のこと。
 大妖精さんのことを思ったとき、特にはっきりと鮮明に思い浮かべた表情があった。
 それは涙を流して悲しむ大妖精さん・・・。
 でも、それを思い浮かべるたびにこちらまで悲しくなってくる。

 そして、今は・・・俺の目の前で、大妖精さんが泣いている。 

「・・・泣かないでくれよ」

 ゆっくりと身体を起こす。
 身体のほうは、痛み以外の異常はない。

「俺が湖に落ちる直前・・・暖かいものが俺のことを守ってくれたんだ。あれ、大妖精さんなんだろ?」

 泣きながらこくんと首を振る。
 自由落下のスピードに追いついて、俺のことを助けようとしたのだろう。
 結果的には二人そろって水没したが、そのぶん湖に落ちたときの衝撃が和らいだおかげで、こうして俺は無事でいる。

「今の俺はなんともない。もしあの時、大妖精さんが助けてくれなかったら、今頃俺はどうなっていたか・・・。
 だから、大妖精さんは謝る必要なんてない。涙を流す必要なんてない」
「で、でも・・・」
「それに・・・大妖精・・・」

 俺は、大妖精さんの・・・いや・・・大妖精の身体をそっと抱きしめた。
 びくりと大妖精の身体が震える。
 彼女の身体は俺と同じくらい冷たく・・・そして小さかった。

「俺は・・・大妖精の泣いている姿・・・見たくない」
「・・・・・・」
「大妖精の泣き顔を見ると、俺はとっても悲しくなる。大妖精のそばにいって一緒に泣きたくなってしまうくらい・・・。
 大妖精には笑顔が似合うんだ。大妖精の笑顔を見ると、俺もどんどんうれしくなってくる。大妖精の隣で一緒に
 笑って・・・幸せな気分になれるんだ」

 だから・・・大妖精にはいつも笑顔でいてほしい。
 だから・・・俺に笑顔を見せてほしい。

「だから・・・泣かないで・・・笑ってほしい」

 だって・・・俺は・・・。

「俺は、大妖精が好きだから・・・好きな人には、いつも笑顔でいてほしい」
「・・・・・・」

 俺の腕の中で、大妖精は静かにたたずんでいる。
 嗚咽はもう、聞こえなかった。

「・・・本当・・・ですか?」
「ああ、本当だ」
「本当に・・・私のことが・・・好きなんですか?」
「絶対本当だ」
「・・・信じて・・・いいんですね?」
「ああ・・・」

 俺の言葉に・・・大妖精が顔を上げる。
 まだ、涙は残っている。
 目も赤いし、顔も涙でぐしゃぐしゃだ。
 でも・・・。


「・・・じゃあ、私、○○さんのために、笑います・・・」


 その顔は・・・。


「だって・・・私も・・・」


 まるで太陽のような、笑顔だった。


「○○さんのこと・・・好きですから」



                              END





おまけ


「あのー、美鈴隊長ー。あの二人、どうしましょう? 一応ここ、紅魔館の敷地内なんですけれど・・・」
「ほっときなさいな。今ここで出てって追い出したら野暮ってものだわ。・・・それに」
「うおおおーー! いいぞー! もっとやっちゃえ!」
「そこよっ! キスしなさい! キス!」
「押し倒せー!」
「この盛り上がりじゃ、うちも役に立たないしね」
「・・・・・・」
「あっ、ほらっ! もうちょっと! もうちょっと顔を寄せるのよ!」
「たいちょ~~・・・」


最終更新:2010年06月01日 01:50