美鈴7



うpろだ1188


 月の綺麗なある夜のこと。
 吸血鬼のお嬢様は、変な人間に出逢った。

「貴女に、お願いがあります」
「ふうん? 試しに言って御覧よ。お前を試してあげるから」
「俺、いや私の願いは――」

 そんな二人だけのお話。





 鼻歌交じりに紅魔館の廊下を闊歩する小さな影。
 彼女こそがこの館の主、レミリア・スカーレットその人である。
 向かう先は紅魔館居候にして唯一の男手、そして門番長の紅美鈴と恋仲である○○の部屋。
 大変に仲睦まじいその二人だが、どうにも度が過ぎたらしい。
 なんとかしてくれと従者に泣きつかれてしまった。
 だがレミリアとしてはそちらはどうでもいい。
 寧ろ放置して楽しむべきだと思ったのだが、事態はそれよりもっと面白いことになっていたようで。
 彼女の従者、十六夜咲夜もまた彼に想い焦がれていたという(本人は必死に否定していたが)。
 ああ全く、どうして自分に教えてくれなかったのだろう。
 そんなに愉快で素敵な色恋沙汰、混ざりたかったし掻き混ぜたかった!
 だからこうして、直々に態々。
 張本人であるところの○○の部屋を訪ねることにしたのだ。

 別にレミリアは○○を咎める気など毛頭ない。
 仕事についても、色恋についても。
 何故ならば、彼は彼女の出した約定に今もまた忠実であるのだから。



 妖精メイド詰所から離れた客室の一つ。
 ○○の部屋のドアをレミリアは開けた。
 無論ノックはなし。

「今晩は、良い夜ね○○。元気にしてるかしら?」
「……これはこれはお嬢様、お蔭様で。今晩は、愛しい美鈴にかけて、良い夜ですね」

 机に向かってペンを手に何やら書いていた○○は、最初からこの調子だった。
 ぎしぎしと音を立てて椅子から立ち上がる。
 レミリアは半開きのドアに寄りかかり彼の反応をうかがった。
 こちらへどうぞと椅子を引かれてそれに腰掛ける。
 音など、立つはずもない。
 屋敷のそれの中では些か安っぽい調度品。
 付け焼刃ながらも不快とまではいかない彼の態度。
 特に目を引くものはない、ように見える。

「紅茶でよろしいですか? 普通のものしか出せませんが」

 不器用に紅茶を注ぐその手つきはしかし、いつぞやと比べれば大した進歩だ。
 いただくわ、と言いつつカップを取る。
 何の変哲もない香りと味。
 まぁ、それはいい。

「近頃はあまりかまってやれなかったけど、調子はどう?」
「絶好調です。何せ私には愛しい人がついているのですから。ええ、人はパンのみに生きるにあらず。愛を糧に生を
謳歌するのですね、ラヴ。世界の中心にはマントルが。しかし私と美鈴の中心にはそれよりもなお熱い愛が。先達は
素晴らしい言葉を遺して逝きました。我々の愛のために。ありがとう偉人、さようなら英雄。そしてこんにちは私の
可愛い恋人よ!」

 なるほど、彼はいつもこの調子なのか。
 聞いてもいない惚気をぺらぺらと語る○○。
 咎めはしない。
 彼女には視えていた。
 下手に突付けば、喜々として朝まで説明せんとする○○の姿が。
 机に置かれている、先程まで彼自身が手がけていた本。
 タイトルには『愛の日々』。

「咲夜に聞いたわ。あんまり仕事に身が入らないそうじゃない」
「――ああっ!」

 突如、大仰な悲鳴と共にその場に崩れ落ちる○○。
 何故かコマ送り。
 FPSが足りないのか彼とその周りだけ処理落ち気味だ。

「嗚呼、わかっているのです。職務に殉ずるべきだというのは。しかし、私めの言い分もお聞き下さいますかっ」
「言ってみなさいな」

 なんと自分の職務態度に問題があることは自覚していたという。
 崩れ落ちた姿勢そのままにさめざめと涙を流し、どこから取り出したのかハンカチを目に当てる。
 美鈴の姿絵が刺繍されたそれは彼のお手製だ。

「今日の仕事中のことなのですが――」

 薄闇の中、彼だけにスポットライトのような光が当たる。
 どこから、どんなものが、どうやっているのかは全くもって不明だが。
 どうやら回想が始まるようだ。
 カップを片手にお嬢様、気分は安い劇の観客だ。



 そう、今日の仕事中のことでございます。
 私はいつもどおり花の世話をしておりました。
 以前は美鈴自らが手がけた花壇は瑞瑞しく可憐で。
 私にとっても花の一つ一つは、まさに彼女との愛の結晶に思えてならないのです。
 しかし、悲しいかな。
 その花々も彼女一人には及びもしない!
 水をやり終え、ふと振り返ったその時です。
 なんという偶然でしょう。
 時を同じくして近くで警備の任に就いていた美鈴。
 彼女も全く同時に視線をこちらに向けたではありませんか!
 目が合う二人。
 花咲くよう、という喩えが御座いますね?
 けれども足りない。
 恥じらいを秘めながらも慈愛に満ちたあの微笑みには到底届きはしないのです!
 そんな彼女の元に走り寄り、抱きしめた私は愚かでしょうか。
 いえ、たとえ愚行であったとしてもそれは愛ゆえに!



「――という訳でして。ああ、愛が重い。しかしその心地よさを抱いていけるのなら私は、私は!」

 ウネウネと悶える○○。
 独り善がり極まるその回想はしかし、どこからともなくSEが鳴るわ響くわ舞台効果満載、に見えた。
 結局は惚気で手一杯頭一杯ということか。
 まぁ、彼女にとってそれさえもどうでもいいことなのだけど。

 一人芝居を満喫したレミリアはカップを傾けるが、既に飲み干した後。
 カップの底には美鈴と○○の相合傘が刻まれており、飲み終えるとそれが覗く仕様だった。
 御代わりを注ごうとする○○を手で制して立ち上がり、ふわりと音もなく浮かぶ。
 茶は尽きた。
 芝居の幕は下りた。
 次は彼女の番だ。

「……お嬢様?」

 くるりくるりと回りこんだは彼の背後、その首にしがみついた。
 瞬間、ぴたりと○○の挙動は静止する。
 その口からは惚気も芝居がかった台詞もでてこない。
 いや、息すらも潜めているのだろうか。

「素敵な寸劇だったわ。なかなか良い役者じゃない、○○」
「光栄、です」

 レミリアはクスクスと悪戯っぽく笑いながら背中に縋りつく。
 幼子が負ぶさるように、だが支配権は彼女に。
 腕の下から回した手は彼のさして厚くもない胸板をくすぐる。
 肩にあごを乗せ、頬をぴたりと合わせて囁く。

「本当よ? 大した役者振りだわ。役に嵌り、役に浸り、自分すら騙すなんて」

 タイをほどきボタンを外し、シャツの中に手を滑らせる。
 じっとりと冷や汗に濡れた胸に掌をあてれば、その鼓動は早鐘を鳴らしていた。

「……お気付きでいらっしゃった」
「震えないだけマシになったじゃない」

 思い出されるはいつぞやの夜。
 ○○という只人は紅い悪魔を前にしてガタガタと震え怯えながら。
 それでも一つの雇用契約を交わした。
 その日その時から、彼は彼女の愉快な玩具だ。
 運命の操り糸もないのに滑稽に踊るお人形。
 もっとも、ここまで愉しく踊るとは予想外だったけれども。

「弁えた者は好ましい。それでいて予測がつかないのが、〇〇の愉快な所だけど」
「ひたすらに、光栄です」

 耳元にあてた唇は弧を描いたまま、頬を伝って首筋へと。
 緊張に引き攣る筋肉を舌で舐りながら室内のある場所を指で差す。
 そちらに連れて行けという合図、いや命令か。
 ギクシャクと棒のような足を引きずりながら、常よりも幾分時間をかけて○○は漸く其処、ベッドにたどり着いた。
 途端、彼女はその上に彼を押し倒す。
 その力は強く、体格の差など意味を成さない。
 ギシリとベッドのスプリングが軋み、不恰好にもつれ倒れた○○を受け止めた。

「お嬢さ、ま……っ!」
「こっちを向きなさい、○○」

 ○○は抵抗しない。
 その上に覆いかぶさり強引に顔を身体ごと向かせて、レミリアは笑う。
 互いの吐息を感じられるほどの目の前で。
 それはそれは愉しげに、それはそれは嬉しげに、婉然と微笑みを浮かべた。
 紅い目が爛爛と輝いて、紅い舌がちろちろと覗いて。
 花咲くなどと生温い。
 其は花を枯らす笑みだ。
 全てを傲慢に吸い尽くした上で満足げに浮かべる、捕食者の哂いだ。

 さあ○○、いつかの続きをしようじゃないか?

「美鈴が好き?」
「はい」
「愛してる?」
「はい」
小悪魔のあの娘より?」
「はい」
「咲夜より?」
「はい」
「……この私よりも?」
「……はい、お嬢様」

 レミリアの笑みが最早壮絶なまでに深まる。
 一方で、奥歯を噛み締めて頬を引き攣らせる○○。
 それもまた見方によっては笑っているように見えるかもしれない。

「この手で美鈴を撫でるの?」
「はい」

 身を離し、○○の上に馬乗りになる。
 シーツを握り締めていた彼の手を掴み、自らの白く滑らかな頬を撫でさせる。

「この腕で美鈴を抱きしめるの?」
「はい」

 ○○のシャツに袖口から指を差し込み、びりびりと裂いていく。
 露になる腕、その先の強張った指を口に含み、しゃぶる。
 唇を指先から掌へ。
 掌から手首へ。
 ゆっくりとゆっくりと、血の巡りを辿って頬を滑らせる。

「この胸に抱かれて美鈴は眠るの?」
「はい」

 腕を伝い、肩から胸へ。
 最早ボロ布となって纏わりつくシャツを、紙屑のように引き裂く。
 裸の胸に頭を乗せ、頬をぐりぐりと擦りつける。
 耳をピタリと当てれば鼓動が響く、それはちょうど心臓の上。
 息を深く吸えば、立ち昇る○○の血の匂いまでも嗅ぎ取れそうだ。

「――じゃあ、」

 胸元から名残惜しげに這い上がり、鎖骨を通って、首筋へ。
 胸と胸を合わせて頬と頬を擦らせて、頚動脈に鼻先を埋める。

「この血を、美鈴は飲んだ?」

 うってかわって縋るような問いかけ。
 両腕を背中に回し、○○が息苦しさを覚えるほどにきつく抱き、締める。
 彼からはレミリアの表情は伺えない。
 レミリアも、いま自分がどのような顔をしているかなど想像も出来ないだろう。

「いいえ、レミリア」

 そう、と彼女は吐息と共にそれだけを漏らした。
 身体の力が抜け、全てを委ねるように彼の身にしなだれかかる。
 いつの間にか開放された彼の腕は、彼女を抱き締めないけれど。

「ねえ、○○。貴方の血は――」

 ねえ、○○。
 あの娘も口にしたことのない貴方の血は。
 私への恐怖に怯える貴方の血は。
 あの娘への恋心に満たされた貴方の血は。
 私を前にしてなおも他の女への愛を謳う貴方の血は。

「きっと、歯が軋るほどに、甘いのよ」

 歯の先で血管を上からなぞる。
 ああ、どうしよう。
 このまま契約を反故にして、彼の血を思うが侭に啜ってみようか。
 このまま肉欲に溺れて、彼の身体を存分に味わってみようか。
 どうするの○○?
 何も言わないと、私は貴方をどうするかわからないよ?

「レミリア」
「! ん、ぁふ……」

 ここにきて初めて、彼がレミリアを抱きしめた。
 今夜初めて、彼自ら彼女を求めた。
 戦慄くように翼が震えた。
 脆弱で貧弱な腕の力に締められて、熱い息が漏れる。
 小さな耳に唇が寄せられ、くすぐったげに肩をすくめた。

「……お願いが、あります」
「聞くわ」

 刹那の惑いもなく即答する。
 彼の提案は、彼女にとって時に何よりも優先される。
 血も肉も、遂には埋めること叶わなかった、紅い吸血鬼の退屈を満たすが故に。

「私と美鈴に、部屋を一つ下さい。そこで二人が暮らすための」
「……それだけ?」

 よくわからない頼み。
 拍子抜け、期待外れ。
 寧ろそれはどちらかといえば咲夜の領分だ。
 彼女が耳を貸すには値しない。

 それだけじゃあつまらない。
 それだけじゃあ不合格だ。
 これはあの夜の再試なんだよ、○○!
 そんなことで、レミリア・スカーレットは満たされないよ。

 期待はそのまま失望に、そして新たに湧き上がる暗く純粋な欲望。
 翼が夜を覆うように大きく広げられる。
 犬歯が、今にもその首に突き刺さらんと鋭く伸びる。



「いいえ、もう一つ。私と美鈴の結婚式。その主催をお願いしたいのです」



 瞬間、時が止まった、ように感じられた。
 少なくともレミリアにとって。
 彼の血ではなく、その言葉を舌の上で転がして咀嚼して、漸く言葉を解する。
 パッと起き上がり、完全に毒気を抜かれた顔つきでパチパチと目を瞬かせる。
 まじまじと○○の顔を見つめた。
 その顔は冗談を言う顔じゃない、大真面目なもので。
 またこの男は、彼女の予想を表から切り捨ててくれたのだ。

「っふふ、くふ、ふふふ。ふはっ、あは、ははは。はふっ、ぅく、くくくくっ……」

 堪えきれなくなったのか、レミリアは遂に吹き出した。
 そのまま彼の上で笑い転げる。
 童女のように、鈴を転がすように、ころころと笑い続けた。

「――ふぅっ、はぁー。私も泣かされちゃったわ」

 何とか呼吸を整え、目尻に浮かんだ涙を拭う。
 もう先程までの威圧感はレミリアから失せていた。
 無邪気な少女のように、いまだ抜けきらぬ余韻にくすくすと小さな笑いを漏らす。
 もっとも、相変わらず半裸の○○の上に馬乗りになっているのが今となっては些か不釣合いだ。

「いい加減、どいてはいただけませんかね……」
「んー? んー、ふふっ」

 含み笑いを浮かべ、また胸の上に寝そべった。
 手を伸ばして○○の顔を両手で挟む。
 ぎくりと音が聞こえるくらいに表情を強張らせる○○。
 まだ彼女を満足させるには足りなかったのかと。

「ああ、心配しなくてもいいよ。○○の願いを聞いてあげる。レミリア・スカーレット、一世一代の結婚式典を催して
あげるわ。愉しみになさいな」
「それはそれは、有難いことです」

 それはそれとしてもう一つだけ。
 今夜最後の質問を、報酬代わりに受け取ることにする。
 顔を、今度は互いの吐息を吸い込めるくらい近づけて。

 これくらいはいいでしょう、○○?

「ねえ、この唇で、美鈴とキスはしたの?」

 答えようと開いた口を、自らの小さな口で塞ぐ。
 そのまま唇を深く深く、貪るようにぐいぐいと押し付けた。
 ○○の目が驚きに見開かれ、レミリアの目は恍惚に細められる。

「んっ――は、はぁ。んぅ、んんっ、んはっ、ぁは、ふっ。んむ――」

 なんて気持ちがいいのだろう。
 触れ合わせた唇は、ぴりぴりと電気が走るよう。
 絡ませた舌と舌は、蕩けて一つになったみたい。
 こうすれば○○に何も言わせることなく血を吸えるのではないかと、酷く魅力的で絶望的な案を思いついた。
 けどきっと無理だろう。
 こんな、こんなにも気持ちのいいことをしながら、他の事なんて何も出切るわけがない!



「――ん、ちゅ、じゅっ。ぷ、はぁ――」

 暫くの間、息をするよりも優先させて○○の唇を貪り続けた。
 そうして漸く満足したのか、彼を解放する。
 酸欠に喘ぎ息も絶え絶えといった感の○○。
 彼の胸から退き、ご満悦といった様子のレミリア。
 僅かにその頬が赤みを帯びているのは、決して酸欠などではないだろう。
 それをいうなら○○も同様ではあるが。

「は、ふぅ、はぁ。お嬢さ、ま? お帰り、ですか?」

 スキップでもしそうな足取りで扉へと向かう彼女に、ベッドから身を起こして尋ねる。
 僅かに期待と安堵が視えたが、今の彼女はそんなことを気にもとめないくらい上機嫌だ。
 この部屋を訪ねた時より、遥かに。

「えぇ、今夜はもういいわ。本当に、愉しかったわよ? ○○」

 お休みなさい、とかけられた労いに。
 同じく返そうとした○○だが、ふと思いとどまる。
 人は夜に休む。
 明日を迎える為、その次の夜を待つ為に。
 ならば、彼女は?
 夜に生き、夜を謳歌する彼女にかけるに相応しい挨拶は?
 少し考えてこう言った。

「お愉しみくださいませ、お嬢様」

 明日の夜を、そのまた次の夜を。

 バタンと閉められる扉。
 今夜最後に、○○が見たレミリアの表情は。
 夢に出るくらい可愛らしい微笑みだった。



 ○○の部屋をあとにするレミリアの頭の中は、式の計画で一杯だった。

 日取りは?
 こういったことは早いほうが良いに限る。
 いや、しかしあまりに急だと余裕がないように感じられるか。
 もったいぶるのが大物らしいかもしれない。
 そう、○○が焦れて焦れておねだりをしそうになったくらいが丁度いいかも。
 招待客は?
 招かなくとも来る連中は放っておこう。
 盛大な式に音楽はつきもの、樂団を忘れてはいけない。
 記事を書かせるためにもブン屋は――待てよ、事前に嗅ぎつけられては堪らないな。
 だとするなら、招待状は直前に。
 都合が付かない奴は……もういいや、召喚状ということでいいだろう。
 神前でなど誓わせるものか。
 私の名の下に――いや待て待て。
 あくまでも私は主催者なのだから、兼任するのは美しくない。
 いつぞや咲夜に聞いた閻魔とやらにやらせるか、それっぽい仕事をしてた気がするし。
 料理は? 規模は? そもそも結婚式ってパーティーと何が違うんだっけ?
 ああもう、決めることがあとからあとから前からも。
 本当に、本当に――

「愉しみで、しょうがないじゃない」

 歩みを止めれば、窓から差し込む月明かり。
 今夜も幻想郷から見える月は美しい。
 奇しくも月の形は、あの夜と同じものだった。




 それは邂逅の夜、始まりの夜。

「――貴女の屋敷に置いてください。それが、私の願いです」

 いったい何を言っているのだろう、この人間は。
 こんなにもみっともなく震えているのに。
 目の前の彼女をこんなにも畏れているのに。
 その住処に連れて行けという。
 私が怖くはないのかと、彼女は尋ねた。

「怖い、怖いけれどそれよりも何よりも、」

 屋敷の住人に恋をした、それが何よりも大事だと。
 レミリア・スカーレットを前にして、只の人間が。
 命乞いの一つもせずに、恋をしたとほざいてみせたのだ。

「愉快なことを言うのね、お前」

 変な人間、可笑しな男、愉快なことをいう奴。
 初めて見る種類の人間に興味が湧いた。
 よって彼女は一つの条件を出し、それを契約とした。

「その調子で、面白いことを言いなさい。
 そしたら私は貴方を置いてあげる。
 これは約束よ。レミリア・スカーレットの名に誓う。
 貴方が私を愉しませている限り、私は貴方を殺さないわ」

 彼に是非があろう筈もない。
 ここに契約は成った。

 それで、貴方の名前は?
 ――そう、○○。
 じゃあよろしくね○○。
 そしてようこそ。私の屋敷へ、私の夜へ。
 他でもない私が、貴方を歓迎するわ。



 闇夜における全てを哂う、三日月の映える夜のことだった。


新ろだ283


「ただいまー」

 大寒も過ぎて後は春を待つばかり、とは言え依然として寒い中、我が家の扉をくぐる。
 とたんにぱたぱたと小走りに駆けてくる足音が聞こえた。

「おかえりなさい! 寒かったでしょう?」

 靴を脱いで顔を上げると、いつものように暖かな笑顔の美鈴。
 立ち上がって廊下に一歩踏み出すと、
「じゃ、いつものおまじないです♪」
 俺の両手が美鈴の両手に包まれる。

 じわり、じわり。

 凍えた手の感覚が戻って行く。

 寒い季節になると毎日行われる我が家の儀式。
 と言うと大げさなのだが、美鈴は飽きもせず続けている。
 その内にあったまるからと言うのだが、
『頑張ってる旦那様のためですから、これくらい当たり前です』
 などと、照れもせずに言うのだ。

 そのたんびに俺はドキドキする。


「今度はあなたから、おまじない…して下さい♪」

 そう言うと美鈴は目を細め、顎を上げる。
 手は握ったまま。
 そして桜色の唇を薄く開き、その時を待っている。

「んっ…」

 最初はふんわりとした、鳥が啄むようなキス。
 回数を重ね、互いの唇の暖かさを確かめていく。

「ふふっ、やっぱりドキドキしますね」
 何度目かの軽いキスの後、美鈴は悪戯っぽく微笑むと再び顔を上げる。

「俺だってドキドキしてるよ。可愛い嫁さんとキスしてるんだから」
 返す刀でキスを再開する。
 目を閉じ、全ての感覚を唇に集中させ、互いの息が続くまで重ね合わせる。

 大抵は俺が先に息を切らせてしまうのだが。

「は…ぁっ」

 上気した頬、唇、瞳に艶が乗っている。
 ああ、可愛いなぁ。やっぱり。


「お邪魔するわ」

「わひゃぁい!?」

 唐突な声にびっくりして後ろを向くと、紅魔館のお嬢様が立っていた。

「あ、お嬢様、どうされました?」
 俺の手を握ったまま、全く動揺していない美鈴が呼びかけた。
「ええ、今夜は予定もないし、ちょっと思い出した事もあってね」
 どこか含みのありそうな緩んだ表情。

「ま、手ぶらっていうのもなんだから、はい」

 渡されたのは焼酎の一升瓶。
 見るからにかなりの上物だ。


 寒い日に食べる鍋物は格別だ。
 そして今夜は来客と共に軽く呑みながら囲んでいる。

「それにしても、わざわざこちらへなんて珍しいですねぇ」
「何言ってるの。あなたたち、今日で1年でしょ?」

 あ。

 二人まったく同時に出た一音。
 別に忘れていたわけではないのだが、そう言えばそうだったなと。

 それを聞いたレミリアは呆れ顔。
「まったく… いつまでも新婚気分なのもいいけど、せめてその日くらいは心に留めておきなさい」

「あはは… あ、それで、さっき言ってた『思い出した事』って?」
「あの“宴会”の事よ」

 あー、そういやあれから美鈴との仲が一気に縮まったんだった。
 とは言え、その時の事は良く覚えていなかったり。

 そんな雰囲気を見て取ると、含みを通り越したニヤニヤ顔をするレミリア。
 普段の彼女を知る身としては、こういう表情もできるのかと少し驚く。

「ちょうどいい機会だから、あの時の一部始終を話そうと思ったのよ」

 そう言うとコップを空け、訥々と話し始める。
 その内容は、以下のようなものだった───

==========================

 いつものように人妖入り交じった博麗神社での宴会。
 今回はそこに俺と、まだそんなに仲がいいというわけではなかった美鈴もいた。

 俺はすでに美鈴に恋心を抱いていたのだが、どうしても最後の一歩を踏み込めずにいた。
 そのモヤモヤを振り払うように慣れない酒を最初はちびちびと、そしていつの間にかペースが上がり、すっかり酔っぱらってしまっていた。

 そこへやってきた館のお嬢様。
 さすがにアルコールの許容量が段違いなのか、まだまだ素面と言っても良かった。
「あら、ずいぶん出来上がってるわね」

「あー、お嬢様、今日は月が綺麗ないい天気れすよー」
 ぺこりと頭を下げ、空を見上げた。
「…そうね。ほら、美鈴、ちょっと来なさい」

「んー? 美鈴?」
 俺は少し千鳥足でやってきた美鈴を見て言った。
「ほら、美鈴、足が危ねぇぞぉ」
「何言ってるんれすか、これくらいまだ大丈夫れしゅー」
「お前こそ何言ってるんらよ、フラフラしてるりゃねーか」

 ゲラゲラ笑う俺にちょっとムッと来たのか
「ほりゃっ」
 コップを俺に突き出した。
「お? まだ呑めってか? おう、呑んでやりゅよ」
 言うが早いか出されたコップを奪い取って中の液体を飲み干していく。
「おー、見事見事♪」
 かんらかんらと笑う美鈴。

 その笑顔が俺に火を付けたのかもしれない。

「なー、美鈴ー?」
「んー? なんれしゅか?」

「俺はなー、美鈴に惚れてるんだよぉ」
「あははは、私に? 惚れてりゅんですかー?」
「ああ、ずーっと前から惚れてるんだよぉ。けどなぁ、中々言い出せなくってさぁ」
「えー? 普通に言ってくれればいいじゃないれすかぁ」
「言えるわけねぇだろー」
「いや、言ってくらさいよー」
「だから言えねぇってば」
「気になるじゃないですかぁ」

 その時の俺は、盛大に、完全に、これ以上なく酔っぱらっていた。
 そんな状態での思考回路は当然ながらマトモではない。

「しつけぇなぁ、言えねぇったら言えねぇの!」
 少し言葉に棘が出てしまう。
 こうなってしまうと、後は売り言葉に買い言葉。

「そんな言い方ないれしょう! お姉さんに全部話しなしゃい!」
「俺より若く見えるくせにお姉さん言うな!」
「残念でした、あなたよりずーっと年上れすから!」


「だからだよっ!」

 そのとたん、俺の中で何かが弾けた。

「俺は人間で! 美鈴は妖怪っ! どうしたって俺は美鈴より先に逝っちまう!」

 狂ったように声を絞り出す。

「だから俺は美鈴の事がどんなに好きでも、一緒になるわけにはいかねぇんだ!」

 もう自分が何を言っているのか、わからなくなってきていた。

「美鈴を悲しませちまうから! だから! 俺は美鈴とは! 美鈴とは…っ!」

 気づけば、俺は泣いていた。
 なぜか酔いも醒めていた。
 顔を真っ赤にして、涙でぐちゃぐちゃになって、手にはコップを握りしめたまま。


「だから、なんなんですかっ!」

 一際大きな、凛とした声。
 俺の目の前に美鈴の顔があった。

「いつだったか、あなたは自分の事をこう言いましたよね? 莫迦だ、って! 不器用だ、って! 卑屈だ、って!」

 いつもの朗らかな表情は崩れ、眉は釣り上がり、眉間に皺まで寄せている。

「それがどうした! 本当じゃねぇか!」
「冗談じゃありませんよ! あなたはいつも真っ直ぐじゃないですか! 丁寧じゃないですか! 誰にでも優しいじゃないですか! しばらく見てれば私じゃなくたってわかります!」

 俺を見据えた深く蒼い瞳の中に、ギラギラした炎が見えたような気がした。

「人間だとか妖怪だとか、そんなの関係ありません! 私もあなたが好きなんです! どこまでも真っ直ぐなあなたが好きなんですっ!」

 言うやいなや、俺の頬を両の手の平で包み込み───キスをした。

 閉じられた瞳、長く綺麗な睫毛、そして暖かな唇。
 さっきまで荒れに荒れていた俺の心に、風が吹き込んだ。
 それはどこまでも柔らかく、とてもやさしい風。

 いつしか俺は美鈴を抱きしめていた。
 俺は莫迦だ。
 美鈴の言うとおりだ。
 今日、この時まで自分で全て抱え込んでいた。
 けれども、もう考える必要なんて、ない。

「美鈴」
「…はい」

 抱きしめている腕により力を込めて言う。

「俺の最初を奪った責任、取ってくれよ?」

 一瞬、美鈴は面食らったような顔をしたが、

「私の最初を捧げた責任、取って下さいね?」

 満面の笑顔。


 もう迷わない。
 今度は自分から、美鈴と唇を重ねた。


 周りはやんややんやの大喝采。


========================

「とまぁ、こんな感じだったわ」

 俺はあまりの恥ずかしさに、コップの酒をあおった。

 一方、美鈴はニコニコしながら
「実は…あの少し前から、そうなんじゃないかなーって思ってたんですよ」
「へっ?」
 思わず間の抜けた返事をした俺に

「いつか言ってくれるかなぁ、って思ってたんですけど、なかなか言ってくれないから」

 悪戯っぽく笑って言った。

「お嬢様にセッティングしてもらったんです♪」


 おいおい。
 参ったねこりゃ。


「さて、ずいぶん邪魔しちゃったわね」
 お嬢様は立ち上がって玄関へ。

 そして俺たちの方を向いて一言。

「それじゃ、ごゆっくり」


 二人で頭を下げ、見送る。




 ほぅ、と息を吐く。

「なぁ、美鈴」
「なんですか、旦那様?」

 俺はニヤリと笑って




「なんでもないっ!」

 美鈴の頬にキスをして、居間の炬燵までダッシュした。


めーりんとの話その2(うpろだ1498、その1は新ろだ283)


 夕暮れ、と言うには少し暗くなりすぎた道を走る男が一人。

 まぁ、俺なわけだが。

 俺は我が家に向かって走っていた。
 とにかく早く我が家に帰りたかった。

 なぜなら───

================================================================

「ただいまっ!」

 息せき切って玄関をくぐると、美鈴がいつものようにぱたぱたと小走りにやってくる。

「美鈴!」
「はい?」
「火の元の始末は!?」
「えっと… もう大丈夫ですよ?」

 ぎゅうっ。

 聞くが早いか俺は美鈴を抱きしめた。

「ひゃっ!? ど、どうしたんですか急に?」

 さすがに少し驚いたらしい。
 目を白黒させている。

「ごめん。しばらくこのままにさせてくれないかな」

 自分の声があまりに弱々しい事に気づく。
 そして美鈴を抱いた腕にはますます力がこもっていた。

「何があったかわかりませんけど… あなたの気が済むまで、いいですよ」

 やさしい声と体の温もりが心地よい。

 俺は、すうっ、と美鈴の髪の香りを嗅いだ。

「ああ…、いつもの、いつもの美鈴の匂いだ…」

 愛しくて愛しくて。
 どこまでも愛しい妻が俺の腕の中にいる、という事実を改めて噛みしめる。

 美鈴は何も言わず俺に抱かれたまま。


 たっぷり10分はそうしていただろうか。
 少し未練を残しながら美鈴から離れる。

「ごめんな、ご飯が冷めちゃったかもしれないな」
「大丈夫です♪ 今日も頑張っちゃいましたから、早く食べましょ♪」

 美鈴は笑顔で俺の手を引いた。

================================================================================

「おー、すげぇ」

 今日のメインディッシュは兎肉のソテー。
 具だくさんのポテトサラダにクリームスープ。
 そして籠にはこれでもかと盛られたロールパン。

「今日は何かあったっけ?」
「んー、そういうんじゃないんですけど、なんとなく」
「なんとなくでこんな豪勢な晩飯になるの?」
「いいじゃないですか。たまには♪」

 そんなやりとりをしながら夕餉は進み、食後のお茶の時間になった。

「それで」
「ん?」
「今日はどうしちゃったんです?」

 心底心配している顔だ。
 美鈴はいつもこうだ。
 俺が笑うと一緒になって笑い、俺に元気がないと一緒にしゅんとする。

「んー… 聞いても笑わないでくれるか?」
「笑うわけないじゃないですか」

 意を決して。

「実はだな」
「はい」
「甘えたくなった」

「…」
 ちなみにこの三点リーダーは俺と美鈴の二人分だ。

「ぷっ」
 しばしの沈黙の後、辛抱たまらなくなったのか美鈴が吹き出した。

 俺は少しむくれて
「何だよ、笑わないって言っただろ」
「ふふっ、ごめんなさい。何て言うかその、すごく可愛い理由だなって思ったら、つい」
「悪かったな」
「ほらほら、機嫌直して下さい♪」

 さも楽しそうに微笑む美鈴。

「今日、仕事しててさ、弁当食べて一服してたら」
「ええ」
「ふと、美鈴の事を考えてて」
「はい」
「なんでだかわからんけど、急に不安になったんだ」
「?」
「本当になんでだかわからん。で、気が付くと美鈴の事で頭がいっぱいでさ」
「はぁ」
「それでだな、甘えたくなった」

「本当に脈絡がないですけど… でも、嬉しいです」
 目を細め、どこまでも暖かな笑顔。
「あなたの初めてを、また知っちゃいましたから♪」

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「じゃ、今日はずーっと甘えちゃって下さい♪」

 お茶を飲み終え、少しまったりしてきた所で美鈴はそう言った。

「いや、そこまで張り切らなくても」
「だって可愛い旦那様が求めてるんですから、それに答えるのが妻というものです♪」

 すっかりやる気満々だ。
 つーかだな。

 その。
 なんだ。

 可愛すぎて、困る。

「んしょ」

 隣に座ると、えへへと笑って俺の頭を自分の胸元へ抱き寄せ、すんすんと俺の髪の匂いを嗅ぐ。

「タバコも吸うし、今日は汗かいてぐちゃぐちゃになってるから色々臭いだろ?」
「あなたの匂い、私は好きですよ?」
「そりゃどうも」

「…そう言えば」
「ん?」
「私に甘えてくれるのって、初めてですよね」
「あー、そうだったっけか」
「そうですよ、だから今日はちょっとびっくりしてるんです」

「初めてついでに、洗いざらい話ちまうかな…」
「…」
「俺さ、ここに来てから… その、家族、っていなかっただろ?」
「…」
「紅魔館のみんなは、こんな俺に家族みたいに良くしてくれてさ」
「…」
「でも、どこかにどうしようもない“線”ってのがあるなって思って」
「…」
「やっぱり“他人”なんだよな、ってのがあって遠慮、というか何というか」
「…」
「でもさ、美鈴は何かにつけて俺の話を聞いてくれて」
「…」
「気づいたら、そんな美鈴が大好きになった」
「…」
「美鈴も俺を受け入れてくれた」
「…」
「“家族”になってくれた」
「…」
「前に言ったよな、俺は人間で、美鈴は妖怪だ、って」
「…」
「俺は何の取り柄もない、美鈴に何かあっても守ってもやれない弱い人間だ。でもな」
「…」
「俺は命を賭けて美鈴を愛する。心の底から」
「…」
「…まぁ、虫の良い話だよな。 ああ、俺は何の話をしてるんだろうなぁ」

 思わず自嘲してしまう。

 ぎゅっ。

 美鈴の腕に力がこもった。
 しかしそれはどこまでも優しく、暖かさに満ちた抱擁。

「辛かった、んですね」
「ごめん、あー、なんかダメだなぁ。すっげぇ弱っちかったんだな、俺」
「誰だって、そうですよ。私だって」
「ごめんな」
「謝る事なんてありませんよ。私、とっても幸せなんですから」
「ああ、俺だって幸せだ。幸せすぎて怖いくらいに」

 その時、俺はなんだか急に泣きたくなった。
 なぜだろうか、さっぱりわからない。
 何かの感情が爆発しかけていた。

 そうだ。
 しばらく忘れていたそれは───


「何度も“ついで”が出来ちゃって悪いけど、俺、泣くぞ」

 美鈴は全てをわかったように微笑み、俺は美鈴の腕の中でしばらくぶりに泣いた。
 悲しい涙じゃない。
 悔しい涙でもない。

 幸せに満たされた心を確かめるように、噛みしめるように泣いた。
 その涙を、その気持ちを。

 全て、美鈴にさらけ出す。

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 ぱちり。

 目を覚ますと、美鈴の顔が見えた。

「可愛い寝顔でしたよ♪」

 どうも泣き疲れて少し寝てしまっていたらしい。
 その間、美鈴は膝枕をしてくれていた。
 のそりと体を起こす。

「今、何時くらいだっけか」
「えっと… 9時前くらいでしょうか」
「うへ、すぐ風呂沸かすから、ちょっと待っててくれな」
「はい♪」

 速攻で風呂を沸かし、それまで長々とわがままに付き合ってくれた美鈴を先に入らせる。
 その間に片づけを忘れていた湯飲みなどを洗っていると、なんだかいつもより早く上がってきた。

「お風呂、ごちそうさまでした」
「妙に早かったんじゃない?」
「ふふっ♪」

 含みのありそうな笑い。

「さ、早く入らないとお湯がぬるくなっちゃいますよ?」
 色々考える間もなく、風呂場に押されて行ってしまった。


「ふぃー…」
 たっぷりとした湯に肩までつかり、おもわず口から溜息が漏れる。
 昨日今日と久々に重労働だったからなぁ… 精神的に。

 だからなのかねぇ、アレは。

 とりとめもない事に色々と思いを巡らせていると

「お邪魔しまーす♪」
「待てぇーーーーーーーーーーーーーーい!」

 すかさずツッコミを入れてしまう。

「背中でも流してあげようかなーって思って」
「その前にその格好は何だっ!?」

 スクール水着。
 ご丁寧に胸の部分に名札がついている

 3-1 紅 美鈴

 妙に達筆だし。

 つーかだな、この家のどこにそんなもんがあったんだよ。

「えーっと、紫さんが『マンネリにならないように』とか言って、この間」
「あんのスキマ妖怪は全く…」

 にしても。
 色々と反則だ。
 微かに幼さの残る愛らしい顔に、色々と“女性”を主張する体つき。
 ふくよかな胸、適度に引き締まったウエスト、安産型のヒップライン。
 そして適度にむっちりとした太もも。

 正直に言おう。
 全てが俺好みだ。

 間違っても、断じて、“そういう体だから美鈴を好きになった”んじゃない。
 俺が好きになった美鈴がそういうプロポーションだった、というだけの事だ。

 それをさらに強調するかのように包む紺色。

「えっち」

 少しジト目だ。

「悪かったな。美鈴だからだよ」
「冗談です♪ さ、体洗いますよー♪」


 美鈴はそう言うと、問答無用で俺を湯船から引きずり出し───


 疲れを取ろうと風呂に入ったのに、さらに疲れてどうすんだ。

 ああ、精神的に満たされたからいいのか。
 お互いに。

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 月が、高い。
 気づけばそれなりに遅い時間。

 風呂から上がって一息ついて、あとは寝るだけだ。

 奥の部屋には布団が一組。

「一緒に寝ましょ♪」

 いい笑顔の美鈴。


 二人一緒に布団に入る。
 冷たかったのは最初だけで、あっという間にぬくぬくになった。

「今日の仕上げと行きましょうか」

 そう言うと美鈴は俺の頭を自分の胸に寄せた。

 とくん、とくん。

 静かな夜の静寂。
 かすかに聞こえる心臓の鼓動。
 どこかで聞いたような懐かしい音。
 とてもとてもやさしい音。

 だんだん瞼が重くなってくる。


 美鈴は静かに歌い出した。

 初めて聞く歌だが、何かの子守歌だろうか。
 彼女の名前のように、軽やかで心地よい鈴のように澄んだ美しい声。

 俺は無意識に美鈴を抱きしめていた。
 それに応えるように美鈴も。

 心がもっと温もりを求めている。
 こんなにも好き合っているのに、心も体も何度も重ねているのに。

 それなのに、今日はどうしちまったんだろう。
 わがままだ。
 どうしようもなく。

 ふと、顔を上げると美鈴と目が合った。
 今は蝋燭の灯火だけの部屋。
 その火に照らされた美鈴の瞳はどこまでも澄んでいて。

 いつも見ている顔なのに、俺はいつもドキドキする。
 手を握る度に、抱きしめる度に、笑顔を見る度に。

 ああ、多分、俺は───



 今でも美鈴に“恋”をしてるんだな。



 そんな事を考えていたら

「おやすみなさい、私の大事な旦那様♪」

 その言葉と同時に、俺の額に熱い点ができた。


                         End.


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「私が少し指を動かすだけで、あなたはずっとその娘といられるのよ?」
 扇子で隠された口からくっくっ、とさも愉快だという風な笑い声が聞こえる。

「お断りします」

 きっぱりと言った俺は内心、怒り狂っていた。
 目の前の大妖怪に。


「───何ですって?」
 ピクリと眉が上がり、声のトーンが変わった。


「はっきり言っておきましょう。俺は人間として美鈴を愛し、人間として死にます」

(追加妄想終了)


めーりんとの話その3(うpろだ1500)


「「ふあぁ~…」」

しばらくぶりに晴れた今日は小春日和。
俺と美鈴は縁側で並んで茶をすすっていたのだが、あまりの陽気に揃ってあくびをして
いた。

「美鈴?」
「ふぁい?」
「すまんけど、膝を貸してくれ」

 突然の申し出に半分船をこいでいた美鈴は『いつでもいいですよ♪』と言うように膝を
ぽんぽんと叩く。



「あ」
「ん?」
「なんだか唇が荒れてませんか?」

 俺の顔をのぞき込み、ちょっと心配そうな口ぶり。

「あー、冬だしなぁ。なんか荒れやすいんだ」
「いつも使ってるのはどうしたんです?」
「とうとう昨日弾切れしたよ。こっちじゃ手に入らないから半分諦めてる」

 眉間に皺を寄せ、しばし考え込む。
 しばらくの間の後にはたと手を打って

「そうだ。蜂蜜だ」
「蜂蜜…ですか」
「寝る前に蜂蜜を唇に塗って寝るといいとか、前に聞いた事がある」


 そんなわけで縁側に蜂蜜を持ってきたのだが、美鈴は壺から蜂蜜を取り出すやいなや
自分の口に塗り始め、

「塗るのは寝る前なんだけどなぁ」

 とボヤく俺に───




「そういうの、反則だぞ」

 言いつつも頬が緩んでいる俺に、少し頬を染めた美鈴。

「潤ったところで、お昼寝の続きはどうですか?」
「いい夢が見られそうだよ」


 ───急速潜行。


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 その30分ほど後の事。

「…」

 影がひとつ。

「やれやれ、今日の紅茶は砂糖抜きで決まりね」

 ポツリと呟き、そのまま引き返す。




 眠っている二人の手は、しっかりと握られていた。



                               End.

最終更新:2010年06月02日 23:54