美鈴9



新ろだ70


 神無月外界旅行に便乗して俺達もどこか出かけようということになった。
 とりあえず体を動かせるところがいいと美鈴がリクエストしてきたので
 新しくできたと言われる室内プールに入場できるコースに行くことにした。
 しかし間近で見るとこれはデカイ……。というより造る場所を間違えてないか?
 なぜこんなあまり知られていない地方都市なんかにこんなすごいものを……。

「ふえー、大きいですね。もしかしたら紅魔館よりも大きいかもしれませんね」
「そうだな。でもそれレミリアに言わない方がいいよ。絶対これより大きくしなさいって言うだろうから」
「あはは、そうですね。お嬢様ならそう言いそうです」

 ニコニコと笑う美鈴を見て俺は若干わくわくしていた。
 言うまでもなく美鈴はナイスバディの持ち主だ。
 今日は外界に行くというのでいつものアオザイではなくデニムの上着にTシャツ、ジーンズという姿だが胸もおしりも大きいのにウエストはキュッと締まっている。
 これが水着に着替えたらと思うと完全に頭が逝かれそうだ。

「あのー、○○さん? 大丈夫ですか?」

 ――ハッ!
 いかん、妄想だけで逆上せてどうする。平常心平常心。実物を見て即死したら映姫様になんて言われるかわかったもんじゃない。

「そ、それじゃ着替える場所は別だから中で合流しようね」
「はいっ!」





 10月というのにプールの中は夏真っ盛りだった。日差しがギラギラと照りつけまるで南の国にきたみたいだ。
 ……美鈴の水着かぁ。普段見えてる脚はすらっと長いし、巨大肉まんといったらもうね、言わなくても分かるよな?

「一種のスペルカードだよな……」

 幻想郷4大おっぱい四天王に迫る武器を持つ美鈴を待ちながらとりあえずプールサイドでぽけーっとしている。
 でないと茹であがりそうだから。

「○○さんっ、おまたせしました!」

 振り返るとそこには女神がいた――

「ふぇ~、熱いですねー。外は秋そのものなのに」

 考えることができない。完全に彼女の水着にやられてしまった。

「ふふふ、今日のために新しい水着買っちゃったんですよ? 似合いますか?」
「あ、ああ、にあってる」

 似合っているなんてもんじゃない。まるで彼女のために作られたかのような気がするほどピッタリだ。
 美鈴の水着はビキニ姿で白く透き通った肌と、たわわな身体を包み隠す布が申し訳程度にしかなっていない。

「……○○さん? 大丈夫ですか?」
「あ、う? いや、あの、その」

 ……どうしよう。うまくしゃべれない。せっかく美鈴と楽しもうとプールに来たのにこんな有様じゃどうしようもない。
 さっきまで『めーりんの水着たまらないだろうなうへへ』なんて考えていた癖に実物前にしてこれじゃ救いようのないヘタレだ。
 胸の谷間とか喉のあたりの柔らかさなんかを見て暴走している俺が不純だからわるいんだっ。
 えーきさまー。俺を裁いて正気にもどしてくれー。

「……○○さん」

 俺の両手を柔らかく包み込んでくれた美鈴の手はとても暖かい。

「ちゃんと私のこと見てください。その……ちゃんと見てくれない方が、恥ずかしいです……」

 ――そうだ、俺が照れていちゃ美鈴だって恥ずかしいだろう。
 しっかりと気を保ち、美鈴を見つめる。

「……すごく、かわいい。想像していたよりもずっと」
「ほ、ほんとですか!? お世辞じゃないですよね!」
「お、お世辞ならもっと凄いこと言うよ」
「や、やりました! 最初はちょっと大胆かなって思ったんですけど、勇気を出して正解でした!」

 満面の笑顔で腕を絡ませる美鈴。
 ぎゃぼー! う、うでに、に、にくまんの感触がぷにぷにとー! そこまで心の準備はできてないのじゃよー!
 は、早く水に入って頭を冷やさないと本当にピチュってしまう!

「と、とにかく泳ごう!」
「はいっ」

 ザブザブと水をかき分け俺達は沖の方へと泳いでいった。





 水に入ってまず思ったことはやっぱり美鈴は体を動かすのが得意だってことだ。
 まるで水泳の選手のような綺麗なフォームでスイスイ泳ぐので周りの視線集めまくり。
 ……なーんか俺と釣り合ってない気がするんだが、美鈴は俺に常にベッタリな訳で遠目からナンパ師達の刺すような視線が痛い。

「○○さん、楽しんでますか?」
「うんまぁ。それにしても泳ぐのうまいよね」
「えへへ、体を動かすことが好きですから。あ、でも背泳ぎだけは苦手なんです」
「――――そーなのかー」
「?」

 いかん、鼻血が出そうになった。あの胸じゃあ水の抵抗が強いからだろうなって何を考えているんだ俺は。
 そんなわけないじゃないか。
 そうだよな? そうだよね? そうだと言ってよバー○ィ!

「でも○○さんがついてこれないんじゃつまらないです」
「うー、一応泳ぎは得意なんだけど美鈴と比べるとね……」

 人間と妖怪の差はこんなところにも。

「うーん、あ! それじゃあ潜水で勝負です! これなら身体能力は関係ありませんから!」
「え? 潜水? 素潜りのこと?」
「そうです! それじゃあいきますよー」

 言うが早いか美鈴は水しぶきをあげて水の中に沈む。
 俺は慌てて彼女を追いかける。



 体が浮かないように気をつける。
 数秒しか経っていないのに若干苦しくなる。
 少しずつ息を吐いて耐え続ける。
 美鈴はというと涼しい顔をしてこっちを見て微笑んでいる。

「……ぅ」

 水の中は日の光が揺らぎ、音が遠くに聞こえる。
 身体を圧迫する水の感じが心地よい。

「…………、……ぐ、……っ」

 ……そろそろキツくなってきた。
 でもまだ耐えられる。
 だって普段の訓練だって、泳ぎだって美鈴に敵わないのに。
 彼女が楽しんでくれているのだからもっとつきあいたい。

 美鈴は笑顔のままだ。
 まるで陸にいるときとまるで変わらない。
 こっちはそろそろ限界だが先にあがることはできない。
 美鈴がこんな単純なゲームで喜んでいてくれるのだから一秒でも長く一緒に――

「――――」

 気がつくと美鈴が目の前にいた。
 頬に手を添えられ、唇と唇が繋がる。
 限界を超えかけた俺に彼女から口移しで空気が送られてくる。
 笑顔のまま美鈴が水面へと上がっていく。
 困惑したまま、俺も彼女に続く。

「あー、私の負けですね。○○さん凄いです」
「ふぅ、ふぅ……ふぅ。いや俺の負けだろ。だって美鈴が息継ぎしてくれなきゃとっくに浮かんでいたし。
 というかなんであんなことしたんだ?」

 そう問いかけると美鈴はざぶんと水の中に顔の半分ほど潜ってしまった。

「え、えーとですね。あの、○○さんが辛そうにしていて、それを見ていたら私が助けなきゃ――って思いまして……
 あ、あうぅ……恥ずかしいです……」

 つまり、限界で苦しんでいるのを見て勝負を忘れて俺を助けたくてあんな事をしたと。
 ……嬉しくないわけじゃないが男女逆じゃないのか? 情けないなぁ俺。
 美鈴も思いだしたのか、赤面しだして慌てだす。
 まったく可愛いなぁ美鈴。そんな顔されたら愛おしくなってしまう。

「じゃ、助けてくれたお姫様にはお礼をしなくちゃね」
「あ、○○さ――」

 今度はこちらから唇を塞ぐ。
 驚きで目を見開いていたがすぐにトロンとし、瞼を閉じてキスを受け入れてくれた。

「――ぷあっ。○○さん、大胆ですね」
「美鈴ほどじゃないさ」「あややややや! お二人さん熱すぎです! 少しは周りを気にし――はぅっ!?」

 水中から防水カメラを持って飛び出してきた鴉天狗は叫びの途中で急に倒れこみぷかーっと土右衛門状態で浮いたままになった。
 それをにとりが首根っこを掴んでもう片方の手には何かの玉を持ってスイスイと上手に泳いで運んで行った。
 向こうには苦笑いしている●●と顔に手のひらを当ててやれやれといった表情の□□がいた。

「ごめんねー邪魔しちゃって。続きをどうぞー」

 ――あいつら、ここに来てたんだ。

「だ、大丈夫かな?」
「た、多分……そうだ、○○さんお腹すきませんか? お昼ごはんにしましょう!」
「ん、いいよ」

 売店に向かって元気よく走り出す美鈴。
 何かうやむやになってしまったが、まだ喉の奥に美鈴の吐息が残っている気がする。
 指を口に当てると、温かく蕩けるように……





「何だか肩が重いですね」
「水泳は普段使わない筋肉を使うからね……いてて」
「はぁ……すごい瞬間を見たような気がしてたんですけど何故か記憶にないんですよね。カメラも壊れちゃってるし……」
「気のせいだよ、気のせい」

 午後からも美鈴といっぱい泳いだ。ウォータースライダーを下り、波のプールで大はしゃぎし、文とにとり達を探してビーチバレーをしたり
 にとりにバナナボートを引いてもらったりして全力で遊び倒した。
 どうやら宿泊先も同じらしくホテルに向かい騒ぎながら歩いて行く。

「みんなで泳ぐことがこんなに楽しいとは思いませんでした。今度夏には湖で泳ぎましょうか」
「それもいいね」
「その時は俺達も誘ってくれよ」
「今度もまたいい記事になりそうなことが起こりそうな気がします!」
「……ちょっとその記者魂少しは押さえたら?」
「無理じゃないかな? 押さえられたら文じゃないと思うし」

 陽光の中で笑う美鈴が今でも瞼の裏に焼きついている。それよりもあの水中でのキスが強く鮮明に残っている。

「来年、夏になったら海に行きたいね」
「海ですか? いいですね。見たことないので是非行ってみたいです。帰ったら紫さんに頼んでみましょう」
「すいか割りとかしたいな」
「す、萃香を割るんですか!? □□さんなんて恐ろしいことを!」
「……その萃香じゃなくて果物の西瓜だよ」
「わ、分かってます! ●●さん真剣に取らないでください!」
「いや、あれはマジだったね」

 はしゃぐ4人を前に美鈴に指を絡める。
 柔らかな手のひらからとくとくと彼女の鼓動が伝わってくる。

「みんなで行くのもいいけど、また美鈴と二人きりでどこかに行きたいな」

 あの元気な、太陽みたいな美鈴とずっと一緒に――

「そうですね。私期待してます。○○さんといつまでも一緒に――約束ですよ」
「おーい、二人とも遅いよー! はやくー!」

 お互い顔を見合わせ笑いを交わす。

「くすっ。行きましょうか」
「そうだね」


 先に行く4人を追いかけ、帰路につく。
 ずっと美鈴と手を握り合わせたまま――


新ろだ75


八雲紫によって幻想郷全土に発せられた『突撃!隣の外界旅行!(ポロリもあるよ!)』という企画。
もちろん健全な日本男児としてはポロリに反応せざるを得ずに早速参加する旨を伝えるが、
「誰と参加するか決めてからまた来なさいな、後ポロリとかいろいろと嘘よ」と冷たくあしらわれ俺は静かに涙を流した。





「……要するに主人に許可も得ずに飛び出していって、そのうえスキマに門前払いを受けておめおめ帰ってきたのね?」
「ポロリと聞いたらいてもたってもいられずについ……」

 紅魔館に帰るとすぐに咲夜さんから、お嬢様がお呼びよと言われたのでしょうがないなぁと思いつつスキップしながらレミリア様に会いに行った。
 しかし、待っていたのは、勝手に出て行ったからあんたクビ、という無情な宣告だった。
 ここをクビにされたら生きていけないので、得意の話術ともっと得意な土下座とさらに得意な泣き落としを駆使して
 一月の給金なしと、半月の晩御飯なしという条件でその場を切り抜けることに成功した。

「というか給料なんてもらったことありましたっけ?」
「ないわね、一度も」
 ちょっとひどすぎやしないだろうか? このロリ吸血鬼はもう少し従者を労わる心が必要である。
「それで誰と行くかは決めたの?」
「行ってもいいんですか!?」
 なんということでしょう、吸血鬼にも情はあったのです。
「今から庭の雑草全部むしったらね」
 なんということでしょう、吸血鬼には情はないのです。





「うーん、久しぶりの都会の空気はまっずいなぁ」

 思いっきり伸びをして深呼吸する、結局あの後草をむしりまくり館の外壁の掃除とついでに門までピカピカにした後に
 ようやく外界行きの許可をもらった。
「噂には聞いていたけど本当に壁と人間だらけ……」
 きょろきょろとまわりを見ながら普段のチャイナ服ではなくセーターとジーンズという格好の美鈴がつぶやいた。

「壁? ……ああ、幻想郷に比べたらビルやら何やらいろいろ建ってるからね」
「こっちではこれが木の代わりにこれが生えてるのね、光合成でもするの?」
「しないよ、夜中に光るけど」
 へぇー、と美鈴が返事をしてこちらを向く。
「そうそういい忘れてた。ありがとう、誘ってくれて」
「いやこちらこそ、断られたらどうしようかと気が気じゃなかったよ」
「せっかくの○○○のお誘い、断らないってー」
 えへへー、と少し恥ずかしそうに美鈴が笑う。
 可愛すぎる……どうなってやがるんだちくしょう。

「それでこれから何をするの?」
「とりあえずはショッピング、服とかいろいろ売ってるから、美鈴様のお好きなものをお買い求めください」
「え、でもお金は?」
「紫さんからそれなりにもらったから大丈夫」
「おお! それなら今日は買いまくちゃうわよー」
「ふははは、お父さんとことん付き合っちゃうぞー」





「そして、それが俺の最後の言葉でした」
「え、何?」
「……いえ、なんでもないです……」
 わかってはいた、わかってはいたはずなのだが……
「お、重たい……」
 やはり女の子、買い物を始めると恐ろしい勢いで店を巡って行く。
 ひとつの店から出るたびに俺の腕にぶら下がっていく紙袋の数は劇的に増えていく。
「あ、見て見て! あの服可愛いー」
 本当に楽しそうにはしゃぐ美鈴。それに対し俺は必死に笑顔をつくる。
 腕の感覚などとうに無いがそれでもいいのだ、美鈴が楽しければそれで満足だ。
 いやそれどころか彼女の笑顔を見るたびに力が湧いてくる。
 そうだ、まだ俺は戦える!

「美鈴」
「なぁに?」
「少し休もう」
 ……しょうがないじゃない、限界だもの。






「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「はい、おねがいします」

 とりあえず近くのカフェに入り休息を得た俺の腕。
 紫色に変色して痙攣がおさまらないがまだ動くようである。よかった。
「いろいろ買っちゃった、ごめんね荷物持ちさせて」
「これくらいなんともないぜ!なんたって鍛えてるからな」
 と言いつつ向かいにいる美鈴に見えないように腕を隠す。この楽しい時間に水を差すわけにはいかない。

「ねぇ、そういえばさっきからいろんな人にジロジロ見られているような気がするんだけど……」
「当たり前だって……」
 こんな美人である。誰だって目で追ってしまうだろう、それに先に旅行から帰ってきたカップル達も
 『いろんな人達から見られて大変だったよ、HAHAHAHAHA!』と言っていた。
 バカップルどもが、幸せになりやがれ。
「当たり前って……何か私おかしい?」
「おかしいんじゃない、美鈴がかわいいからつい見ちゃうんだよ」
「え、いや、ちょ、え? か、かわいいってそんな……」
 恥ずかしがってもじもじしている美鈴。それをニヤニヤしながら眺めていると
 店員がきて注文したものをテーブルに置いていく。
「いやー美鈴はかわいいなあー」
 美鈴の反応を楽しみながら早速注文したコーラを飲む、久しぶりの炭酸はなかなかおいしい。

「よ、よく本人の目の前でかわいいだなんて平気で……ってその腕!」
 美鈴がコーラを持っている俺の腕を指差して声を上げる。調子に乗って腕のことをすっかり忘れてた。
 まずい、これはなんとか取り繕わねば。
「こ、これは、ほら、あれだよ、俗に言うボディペイントってやつ?」
 飛び出した渾身のジョーク。
「いいから、ちゃんと見せて!」
 しかしそれをスルーして美鈴が隣の席に腕を見に来た。
 少し寂しい。

「ああ、両腕ともこんなにひどいなんて……ごめんね、私が○○○のこと考えずに買いすぎたせいで……」
「いいんだって、今回は美鈴に楽しんでもらうためにきたんだから、何も気にすることは無いぜ?」
「で、でも……そうだ、私がマッサージしながら気を送ってあげる! そうすればすぐに……」
「いやいや! そんなことしたら美鈴が疲れるだろう! 大丈夫だから! 問題ないって!」
「だめよ! ほっといたらもっとひどくなるから!」
「大丈夫だって! うわぁ!」
「きゃあ!」
 腕を掴んで離さない美鈴から逃げるために暴れる、だけどそのせいでバランスが崩れて後ろに倒れてしまった。
「いててて……美鈴大丈夫か?」
「う、うん大丈夫だけど……」
「……」
「……」
 怪我はなかったが倒れた俺に美鈴が密着しているという
 素敵なシチュエーションだという事に気づくのに一秒もかからなかった。



「……ごめんね、楽しくてまわり、見えてなかった」
 お互いの顔がとても近い、相手の目から視線をはずすことができない。
「いいんだって、美鈴が楽しければそれで」
「……ありがとう、○○○……」
「どういたしまして」
 会話が止まる、だけど俺たちは離れない、離れる気もない。
「……ねぇ、○○○」
 美鈴が微笑みながら話しかけてくる。
「私、どこか静かな場所に行きたい」
 急なリクエストに少し焦る。
「静かな場所?」
 どこかこの辺にそんな場所はあっただろうか?
「うん、そこで○○○と一緒にいたいな」
 のりかかったまま顔を近づけてくる美鈴。
「お、俺と……?」
 心臓がバクバク鳴っている。美鈴の顔が近づいてくるほど体の密着している面積は当然大きくなっていく。
「そう」
 もう美鈴の顔は目と鼻の先まできていてお互いの息遣いがはっきりとわかる。
「大好きな、あなたと一緒に」
 ふっ、とお互いの唇が触れ合った。






「な、なんじゃこりゃぁああ!!!」
 自分の絶叫が上映会の会場である博麗神社に響き渡る。
「なんじゃこりゃあって、そりゃああなたたちカップルの誕生の瞬間よ」
 企画主の紫さんに冷静に返される。まってくれ何がどうなっているんだ!?
「いつの間にこんなものをぉぉぉぉ!?」
「無論あなた達がイチャついてる間に」
 こんなの聞いちゃいないぞ何故こんなものがあるんだ!?て、天狗じゃ、天狗の仕業じゃ!
 いや待てよ、これは盗撮ではなかろうか、そうだ! これは盗撮という立派な犯罪行為である!
「こんなの勝手に撮って犯罪じゃないですか!」
「何言ってるの? 勝手じゃないわよ。企画の応募書に書いてあるでしょ、旅行の様子を撮影して上映するって」
 あわててクシャクシャになった応募書に目を通す。……書いてある、ということは俺が知らなかっただけのようだ。
「っていうかこれ、カップルだったりカップルになる予定の人たちが行く旅行だったんですね……」
「あなた、まさかそんなことすら知らずに参加したの……?」
 紫さんが心底呆れた、というふうにこっちを見ている。
 まわりの旅行帰りのカップルたちからもとてつもなくと冷たい視線が浴びせらる。
「そ、そんな目で俺を見るなぁぁ!」
 あまりのいたたまれなさに神社から飛び出す。チクショウ俺が何したってんだ!



「……あんなバカな男であなたいいの?」
 咲夜が呆れて美鈴に問いかける。
「ええ、告白しちゃいましたし、それに……」

「あの人のこと、大好きですから」


新ろだ268


 青い空に白い雲、陽の光を反射して煌めく湖面と草原の緑。
 見事に調和した自然の美の中に、異彩を放つ紅い館があった。悪魔の棲む家、紅魔館である。
 その門前には燃えるように赤い髪を風になびかせ、門番である紅美鈴が立っていた。
 美鈴は目を瞑り、微動だにしない。しばらくして、不意に頭が前に揺れた。
 居眠りである。立ったままという器用な格好ではあるが、居眠りである。
 野生の動物が休息を取るように、いつでも活動状態になれる眠り方をしている……ということは全くなく、無防備に寝姿を晒していた。
 鼻提灯が出ていてもおかしくないほどの居眠りっぷりだ。むしろ、出ていないのが不自然と言える。
 こんな姿を完全で瀟洒なメイド長に見つかれば、美鈴を恐ろしいお仕置きが襲うだろう。
 だが天は美鈴に味方したらしく、美鈴は自力で目を覚ました。

「……はっ。いけないいけない、こんなところ見つかったら、咲夜さんにおやつ抜きにされちゃう」

 慌てて頭を振り、美鈴は必死に眠気を払う。しかし、こらえきれずにアクビを一つした。

「ふぁ。今さらだけど、門番って退屈よね。そろそろ、あの人が来てくれないかなあ……」

 伸びをしながら、一人の男性を思い浮かべる。
 時折ふらりと紅魔館の前に現れて、暇つぶしに美鈴をからかっていく青年だ。
 いつもからかわれっぱなしの美鈴だったが、一応退屈はしないし、持ってきてくれる菓子の味も気に入っている。
 いつしか美鈴は、門前で彼が来るのを心待ちにするようになっていた。

      *  *  *

 再び睡魔が美鈴を襲い始めた頃、紅魔館に一人の来客があった。
 だが、美鈴の望んだ客ではない。
 いや、客ですらなかった。普通、図書館に襲撃をかけて、持ち主に無断で本を死ぬまで借りていく相手を客とは呼ばないからだ。
 それは普通の魔法使い、霧雨魔理沙だった。美鈴の天敵であり、最悪の賓客だ。
 美鈴は表情を引き締め、迎撃の態勢を取った。

「また来たわね。今日こそは、中には入れさせないわよ」
「さて、その台詞を聞くのは何度目だったか。今まで食べたパンの枚数を憶えてる私でさえ、憶えていられないぜ」

 先の尖った黒い帽子の広い鍔を指先で持ち上げ、魔理沙は挑発するように笑った。
 負けじと、美鈴も猛禽のごとき眼光で魔理沙を射る。
 二人の気迫にかき消されたかのように、風が凪いだ。
 それが弾幕決闘開始の合図であった。

      *  *  *

 紅魔館へ向かう道のりを、一人の青年がテクテクと歩いていた。
 いつもの場所にいるであろう門番の姿を思い浮かべ、青年は楽しげに独りごちる。

「この寒空の下、今日もアイツは元気に門前に突っ立ってるのかね」

 青年は右手に風呂敷包みを、左手には取っ手の付いた木箱を携えていた。
 ややあって、青年の視線の先に白い光が映った。続けて、鼓膜と肌を震わす空気の振動。爆音だ。
 そして、紅魔館から魔法の森の方角へ、青年の頭上を魔理沙が飛び去っていった。
 突然の爆音に驚きもせず、左手の木箱を胸の前に掲げ、青年は肩をすくめた。

「やれやれ。念のために持ってきては見たが、こんな物、役に立たない方がいいんだがな」

 鼻から息を吐き出し、青年はわずかに歩を早めた。

      *  *  *

 青年が紅魔館にたどり着くと、人影が地面に大の字で転がっていた。
 服のあちこちに焼け焦げと破れを作り、目を回して引っ繰り返っているのは美鈴だった。露出した肌にも、いくつかの擦り傷や火傷が見える。
 その様子を見て、青年は魔理沙が“マスタースパーク”で美鈴を吹っ飛ばしたのだと推測した。
 ただし直撃ではなく、余波のあおりを食って地面に叩きつけられたのだろう。直撃ならば、もっと酷い負傷のはずだ。
 青年は美鈴に近寄り、しゃがみ込んで声を掛けた。

「起きろ、中国。風邪引くぞ」
「中国ってゆーな!」

 即座に身を起こし、半ば反射的に美鈴は叫んだ。
 片手をあげ、青年は目を覚ました美鈴に軽く挨拶をする。

「よう。今日はまた、豪快な居眠りだったな」
「違いますよ! どんだけダイナミックなんですか、私!? 倒れてたんです!」

 さもありなんと、青年は頷く。

「だろうな。どうせ、いつものようにあの黒白にやられたんだろ?」

 どうせ。いつものように。その言葉が美鈴の心にチクリと刺さった。

「いつものように、とか言わないで下さい。私だって、気にしてるんですから……」
「そいつは失礼」

 美鈴が表情を翳らせるのも無理はなかった。なにしろ、魔理沙には全戦全敗なのである。
 紅魔館に襲撃をかけようなどという物好きは他にいないため、実質的に美鈴は侵入者を全て通してしまう、案山子同然の門番だったのだ。
 落ち込んだ美鈴に向かい、青年は口を開く。

「そんなことより、傷の手当てをしないとな」
「大丈夫ですよ、このくらい。ツバでもつけとけば……」

 今、下手に優しくされたら、憐れまれているようで余計に落ち込んでしまいそうだ。美鈴は丁重に断ろうとした。
 青年はニヤリと笑う。

「ほう、そうかい。俺ので良ければいくらでもつけてやるが」
「ヤですよ! 分かりました、ちゃんと手当てしますから。だから、その舌を引っ込めて下さい」

 本気で体中を舐め回されそうなので、美鈴は大人しく従うことにした。
 舌を引っ込めて満足げに頷くと、青年は木箱の蓋を開く。それは、薬箱だった。

「よろし。それじゃ、傷になってるところを見せてみな」

 袖を肘のすぐ下までまくり上げ、美鈴は言われたとおりに傷を見せた。
 青年は美鈴の傷口を洗い、膏薬を塗って包帯を巻いたり、綿布を貼り付けたりしていく。
 慣れた手つきで処置を終え、青年は言った。

「これでよし、と。中国、その包帯、よく似合ってるぜ……」
「全然嬉しくないんですけど……。それはそうと、よく薬箱なんて持ってましたね」
「ま、こんなこともあろうかと思ってな」

 つまり、美鈴と魔理沙がぶつかり合うだけでなく、その結果、無残に美鈴が敗北することまで予想していたのだ。
 ちょっぴり尖った優しさが、美鈴の心にサクッと刺さった。

「……手当てしてもらったはずなのに、なぜか傷ついたんですけど」
「ツバでもつけとけ」

 くっくっと喉を鳴らして笑いながら、青年は薬箱の蓋を閉めた。
 一見して馬鹿にしているように見えるが、あまり真剣に心配すると美鈴が気に病むと考えてのことだった。
 下手に優しくされると余計に落ち込みそうな美鈴だったが、優しくされた気がしなかったので、落ち込むことはなかった。
 だが、少しばかり思い詰めた表情をしている。
 膝を抱えて座り込み、ボソリと美鈴は言った。

「いつもいつも門を突破されて、門を守れない門番なんて、必要ないですよね……。
 私、ここにいる意味あるのかなあ……?」

 瞬間、緩みっぱなしだった青年の表情が引き締まった。真面目と言うより、不愉快と言った風な表情だ。
 何をくだらないことで悩んでるんだ。俺はそんな辛気くさい面を拝みにわざわざ来たんじゃないぞ。
 そんなことを考えながら、仏頂面の青年は美鈴の前に立った。
 ふと、視線を上げる美鈴。
 青年はゆっくりと、美鈴の顔に手を伸ばした。
 そして。

「あ、痛っ!」

 美鈴の眉間に手刀を喰らわした。軽く打ったどころか、手を振りかぶっての手刀だ。
 当然、美鈴は抗議の声をあげた。

「いきなり何するんですか!」
「寝ボケたことを言ってるから、目を覚ましてやろうと思ってな」
「……?」

 青年の意図するところが分からず、美鈴は怪訝な顔をする。
 青年はあきれて言った。

「お前さんがここにいる意味があるか、だって? 無かったらとっくにお払い箱だろうが」
「でも私、失敗ばっかりで……」
「ま、確かに門番としちゃあ頼りないけどな。お前さんの価値は他にあるってことだ」
「私の、価値……?」

 門番として以外の自分の価値とは何だろうか。美鈴は必死に考えを巡らす。

「うーん……。庭の管理、とか?」
「それもあるな」

 どうやら違うようだ。さらに考えていると、美鈴は一つの重大な答えに突き当たった。

「……は、まさか! 私がいなくなるとイジられ役が咲夜さんに集中するから、その身代わりとして……!?」
「それもあるな」

 冗談で言ったのに。ガクリと膝を折り、両手を地面につく美鈴。
 与太を飛ばせるくらいに元気が戻ったことを密かに喜びつつ、青年はやれやれとかぶりを振った。

「自分で言ったクセに」
「うぅ。少しくらい、否定してくれたって……」
「はいはい。中国はイジられ役じゃありませんよっと。……イジりやすいとは思うが」
「あうぅ……」

 ほんのちょっとだけ美鈴が可哀想になり、青年は話を本題に戻すことにした。その可哀想の大半は自分のせいなのだが。
 珍しく真面目に、青年は語った。

「要するに、だな。美鈴と一緒にいると、楽しいんだよ。和むと言うか、場が明るくなると言うか。
 みんなお前さんのことが好きだから、お前さんをここに置いてるんだろうさ。役に立つとか立たないとか関係なく」

 嫌みのない表情で、青年は歯を見せて笑った。

「仲間とか友達とか、そういうもんだろ? 少なくとも、俺はそう思うぜ」

 紅魔館のみんなが自分を必要としてくれている。そう聞かされて感に堪えず、美鈴は言葉に詰まった。
 少しだけ笑顔を意地の悪いものに変え、青年は美鈴の肩を叩く。

「ま、そう言うわけだから、お前さんはくだらないことで悩んでないで、ここに突っ立ってニコニコしてりゃいいのさ」

 帽子の上から美鈴の頭にポンと手を置き、青年は美鈴の隣にドスンと座った。
 目の端に浮かんだ涙を拭い、美鈴は嬉しそうに笑った。

「やっと笑いやがったな。そうでなきゃ、わざわざここに来た甲斐がないんだよ」

 言い方は悪いが、要は美鈴の笑顔が見たくてここに来ていると言っているのだ。
 青年は素直ではなかったが、美鈴にはそれが確かに伝わっていた。

「えへへ……。あなたに話を聞いてもらえて、本当によかったです。
 私、あんまり気兼ねなく話せる人っていないから」
「下っ端だからな」

 たまに優しさを見せたと思えば、この言い草だ。美鈴は唇を尖らせた。
 だが、その顔に怒りは微塵も感じられなかった。

「もう、すぐにそういう言い方するんだから」
「悪いが、性分だ」

 多分、この性格が治ることは一生無いんだろうなと、美鈴は思った。だが、それがどうだというのか。
 紅を差したように赤らんだ頬で、美鈴ははにかんだ。

「でも、そんなところも好きですよ」
「……そいつは、どうも」

 美鈴の告白にぶっきらぼうに答えると、青年は美鈴から視線を外した。
 おそらく、わずかなりとも赤らんだ顔を見せたくないのだろう。あまりにも素直な思いをぶつけられて照れているのだ。
 可愛いところがあるじゃないですか。
 愛想の欠片もない青年の横顔を、美鈴は愛おしく思った。

      *  *  *

「そう言えばさっき、私のこと美鈴って呼びましたよね」
「さて、どうだったか。記憶にないな」
「呼びましたって」
「知らないっての」
「むぅ。間違いなく言いましたよ。絶対に、もう一度名前で呼んでもらいますからね」
「俺が名前を呼び捨てにする女は、妹と嫁だけなんだよ」
「妹さん、いるんですか?」
「いないけど」
「意味もなくくだらない嘘をつかないで下さい!
 ……とにかく! そういうことなら、絶対に、絶対に名前で呼んでもらいますからね」

 目に思いっきり力を込めて、美鈴は宣言した。
 青年は鼻で笑う。

「へ。やってみな」

 やる意味はないけどな、と心の中で呟く。
 その隣では美鈴が両の拳を握りしめ、無意味とは知らずに気合いを入れていた。





      [後日談]

 久しぶりの休日。
 紅美鈴は少しばかりめかし込み、一人の青年とともに人里の繁華街へと繰り出していた。
 隣を歩くのは、友人以上ではあるが、主に相手のせいで恋人にはわずかに届かない存在。さしずめ、相方か相棒と言ったところか。
 その相棒の腕をとり、美鈴は表情から幸せを溢れさせていた。
 手を握るとか、腕を組むといった腕の取り方ではない。高級な酒の瓶を抱えた丁稚のごとく、絶対に離してなるものかという勢いで右腕を抱きしめている。
 対する相棒の青年はと言えば、表情から不機嫌さが溢れ出していた。
 二人を見る好奇の視線、嫉妬の視線、微笑ましげな視線。そのどれもが青年にとっては鬱陶しくて仕方がなかった。
 この世に光が存在することを怨みつつ、青年は言った。

「……なあ、動きにくいんだが」
「気にしないで下さい」

 声を弾ませて、美鈴は青年の発言を一刀両断に切って捨てた。
 腕に当たる柔らかな、弾力のある人肌の感触に気まずいものを感じつつ、青年は再度口を開く。

「……当たってるんだが」
「当ててますもん」

 青年の発言は十文字に切って捨てられた。次は八分割になるかもしれない。
 三度、青年は口を開いた。

「……何でまた、今日はやたらに引っ付いてくるんだ?」
「引っ付きたいからです」

 見事に八分割である。次は十六分割かと思われたが、美鈴は言葉を続けた。

「それに、こうすればあなたが照れて嫌がるかと思って。今までの意地悪のお返しです」

 ニコニコと嬉しそうに美鈴は言った。声の端々には余裕が見て取れる。慣れというものだろうか。
 まさに美鈴の言うとおり、青年は照れて嫌がっていた。だが、見事な読みだと感心するつもりは毛頭無い。
 青年は口の端を吊り上げ、奥歯を噛み締める。そのギリギリという音が、美鈴の耳にも届いた。

「……言うようになったじゃないか」
「意地悪な誰かさんに鍛えられましたから」
「そいつの顔を拝んでみたいもんだな」
「はい、どうぞ」

 悪戯っぽい笑みを浮かべ、碧眼を煌めかせて美鈴は青年の顔をじっと見つめる。
 何のつもりかと訝る青年に、美鈴は説明した。

「その人の顔、私の眼に映ってますから。存分に拝んで下さい」

 そんなことをすれば、真っ昼間の街中で見つめ合うことになる。それではまるっきり頭の中がお花畑の男女ではないか。
 冗談じゃないとばかりに、青年はさっさと歩き出した。

「くだらないことで時間を取ってないで、とっとと次に行くぞ」
「あ、逃げた」
「うるせ」

 先に歩き出した青年を追いかけ、美鈴は再びその腕をとった。
 青年はそれをジロリと見たが、何も言わない。

「そうですね。お休みは短いんだから、どんどん行きましょうか!」
「で、次はどこに行くんだ?」
「ええと、次は甘いものでも食べましょうか」
「あいよ」

 手頃な甘味処を目指し、二人は歩き出す。

「寒いから私はお汁粉が食べたいなあ。何食べます?」
「お前さんと違うものなら何でもいい」

 二人仲良く揃って同じもの、なんてやって堪るか。
 青年はそう考えたが、美鈴の方が一枚上を行っていた。

「じゃあ、二人で別々のものを頼んで交換しましょうね。私、食べさせてあげますから」

 青年の表情が、口いっぱいの苦虫を噛みつぶしたようなものになった。
 そこまで嫌ならば突っぱねればいいものを、青年は全て、美鈴のしたいようにさせていた。
 おそらく、甘味処でも嫌な顔をしつつ、自分に匙を向ける美鈴に向かって口を開けるのだろう。
 嫌がるそぶりを見せつつも、甘えてくる美鈴を振り払わないその態度は、誰がどう見ても恋人のそれだった。
 脈絡無く、美鈴は言った。

「えへへ、大好きです!」
「ああ、俺もだよ」
「え! 本当ですか!?」
「嘘に決まってるだろ。からかったんだよ」

 口元を歪めて、楽しそうに青年は言った。
 どこまでも素直でない男だったが、それでいて実は優しい彼のことが美鈴は心から好きだった。


最終更新:2010年06月03日 00:03