美鈴10
新ろだ274
「美鈴、貴方暫く休みね」
「……はぁ」
いつものように門番をしていた美鈴は、レミリアに突然呼び出されて突然の休暇宣言に生返事を返した。
というかこの子、何を言われたのかまだ理解してません。
「それじゃあ、仕事に戻りますねお嬢様」
「貴方、私の話を聞いてたの?」
「はい」
「休みと言ったのよ、私は。いつも働いてくれている美鈴に、少し休んでほしいの」
倒れられても困るじゃない、とレミリアは照れくさそうに言う。妖怪である美鈴は体力も人間を遥かに
越えているが、それでも疲れというものはある。レミリアがふと門を見れば、そこにはいつも美鈴の立つ
姿。朝昼晩を問わず、そこには美鈴の姿があるのだ。
そりゃ心配にもなる。
「……あぁ、休みですか」
ようやく納得がいった表情で、美鈴は自分の休暇を知る。休みという概念が完全に頭の中から抜け落ち
ていたらしい。門番中にたまに昼寝をして、咲夜に叱られる美鈴だが休みらしい休みはあまり取ったこと
がない。精々、門番隊の者と交代した時ぐらいか。
「やっと分かったの? とりあえず今日から一週間ぐらい休みなさい。その間、何をしててもいいから」
「えーと、別に休まなくても私は大丈夫で」
「いいから休みなさい。というより、休め」
そんなわけで、美鈴は門番の仕事を取り上げられた。突然降ってわいた休暇に、美鈴は戸惑いを隠せな
い。自分の仕事場に向かってみると、門番隊の仲間が数人で立っている。自分も混じろうかな、と思った
がそうすると後が怖い。
きっと笑顔で威圧される。
(どうしよう。休みって言われても何をすればいいのか)
困った顔で門を見つめ続ける美鈴。一週間ぐらい休め、とは言われたもののやることがない。釣りにで
も行こうかとも考えたが、気が乗らない。はぁ、と美鈴はため息をついた。
(昼寝でもしようかな……あ、そうだ)
良いことを思いついた、とばかりに紅魔館を後にする。向かうのは上白沢慧音が守護者をしている幻想
郷唯一の人里。ふんふんふんと、鼻歌をしながら美鈴は人里への道をゆっくりと歩いていく。
「と、いうわけで遊びに来ました」
「何がというわけやねん」
笑顔で訪ねてきた美鈴に、家の主である○○は寝起き顔で突っ込みをいれる。その顔も可愛いなー、と
か思ってる美鈴。
この○○、一年ほど前に外の世界から幻想郷へと迷い込んで住み着いた外来人だ。その彼が美鈴と知り
合った経緯については、ここでは割愛する。
「朝っぱらから訪ねてきおって、人の睡眠邪魔するとはええ度胸やん」
「もう昼ですよ」
「俺にとっては朝やの。昼まで寝るんが俺のスタイルや」
ぼさぼさの髪を井戸から汲んできた水で梳かしながら、○○は独特の喋り方で美鈴と話す。関西地方出
身なのは間違いあるまい。
「まぁええわ。で、なんやねん」
「ですから、お嬢様に急に休めと言われたので、遊びにきたんですよ」
「休暇か、美鈴んとこのご主人も中々部下思いやな。その調子で俺のことも大事にしてくれると、非常に
嬉しいよ?」
主に俺の為に、と付け足す。それに苦笑を返すしか出来ない美鈴。○○はたまに紅魔館を訪ねてくるこ
とがあるのだが、その度にレミリアに吸血されて貧血になる。レミリアいわく、○○の血が美味しいから
らしいのだが、吸血される方はたまったものではない。
彼が紅魔館にくるのは、パチュリーの図書館で本を読むため。で、レミリアに吸血され貧血になった後
は必ず美鈴に人里まで送ってもらう。
「ま、遊びにきたんなら歓迎するわ。つっても、なんも面白いもんはないけど」
「いえいえ、○○さんと一緒にいられたらそれでいいですよ」
「恥ずかしくないんか、そんな事言って」
「……少しだけ」
顔を紅く染めて笑う。それを見た○○も、照れくさくなってそっぽをむく。何をするでもなし、二人は
他愛もない世間話で時間を潰す。人里でこんなことがあった、レミリアのカリスマが急上昇した、フラン
がそれをブレイクした、パチュリーがラジオ体操をはじめた、咲夜が新しい紅茶を開発した、など。
高く上っていた日は沈み、辺りは暗くなる。そろそろお開きか、と○○は判断し立ち上がる。
「どうしました?」
「いや、どうしたも何ももう日が落ちたし、お開きや。美鈴も帰るんやろ?」
「あー……そーですね」
煮えきれない返事だが、○○は気にせず夕食だけでも食べていけと言って、準備に取り掛かる。たいし
たものは作れないが、文句は言わないでほしいと切に願う。一人暮らしをしているからと言って、家事能
力があがるわけではないということを悟ってほしい。
夕食後、風呂も入ってもらい美鈴と別れる。幻想郷にはテレビやゲームといった娯楽用品がない。夜に
やることがないので、自然と寝入るのが早くなってしまう。それはこの一年ほどで身に染みるほどに理解
している○○は、ゆっくりと眠りについた。
家の扉の前に立つ気配に気付かず。
翌日。○○は日が高く上ってから起きだす。意識がまだぼーっとしているのを自覚しながら、外に繋が
る唯一のドアを開けた。外に出て目に入ったのは、壁に寄りかかって眠る美鈴。特になんのリアクション
も取らず、○○は井戸から水を汲み上げる。冷たい水で顔を洗って、意識がだんだんと覚醒して○○は水
の入った桶を持ち上げる。
それを美鈴に向けてぶっかけた。
「ぷぁっ、さ、寒い!? な、なんですか!?」
「何しとんねん人の家の前で。帰ったんとちゃうんか」
「いえ、暇だったので○○さんの家の門番でもしようかと」
「意味わからん。必要ないやろ」
「えっと……ごめんなさい。なんというか、門番の性分かこうやってないと落ち着かなくて。紅魔館に戻
っても門番できないですし」
申し訳なさそうに指をつんつん。門番をしてないと落ち着かないとは、とんだワーカーホリックな妖怪
もいたものだ。
「で、俺の家でやっとったと」
「○○さんなら、許してくれるかなーって」
舌を出して笑う美鈴は可愛いらしいと思う。仕事熱心なのはいいのだが、それなら門番中に居眠りなど
しなければいいのにと○○は思う。
シエスタだから仕方ない。
「まぁええけど、なんも問題なんかおきへんと思うよ」
「いいですよー。○○さんの家の門番、って考えると楽しいですし」
「物好きなやっちゃ」
ただ帰れないだけなら、家にいれてもよかったのに。そう思ったが、口には出さない○○。言えば多分
恥ずかしさで悶絶する。くさい台詞は仕入れていないので提供できない。
「昼飯いるやろ。はいり」
「いただきます」
昼食もすませ、美鈴は再び家の前に立つ。○○もそれに付き合い、美鈴の横に座り込んで時々話しかけ
ては無言になる。まだ肌寒い季節、美鈴はあんな格好で平気なのかと○○は疑問に思う。
そんな○○の格好は、厚めのガウンジャケットにジーパン。これでも少々寒いぐらいだが、不思議と美
鈴の横にいるだけで暖かく思える。
(なんやろ、やっぱ美鈴と一緒にいると落ち着くわ)
太陽の光を浴びた向日葵のような暖かさ。それを感じながら、○○の意識は闇へと落ちていく。
「○○さん?」
美鈴が何も言わなくなった彼を見ると、家にもたれかかって静かに寝息を立てていた。あんなに寝てい
たのにまだ寝るのか、と呆れる。彼女も人のことは言えない。
しゃがみこみ、○○の横に座る。ちらっと目を向ければ、無防備な寝顔。
「むぅ、一応私妖怪なんだけどな」
今更だ。
「……あは、可愛い寝顔」
ほわっと美鈴の胸の中が暖かくなる。外は寒いが、体まで暖かい。美鈴も家の壁に背をもたれさせ、
○○の肩にこてんと頭を乗せた。
普段は恥ずかしがって、引っ付かせてくれないのでこういう時にするしか手がない。彼女としてはいつ
でもくっついたりしてたいのだが、門番としての仕事もありそれは叶わない。今こうして○○とくっつい
ていられるのは、レミリアの休暇のおかげ。
美鈴は改めて、自分の主人の気遣いに感謝した。もっとも、レミリアはただ単に美鈴に休みをとってほ
しかっただけであり、こんな気遣いをした気は毛頭ない。
「~♪」
楽しそうに美鈴は笑う。すりすりと顔を肩に擦りつけ、マーキングでもするかのよう。その様子は飼い
主に甘える犬。寝顔を眺めていた美鈴だが、我慢できなくなったらしく○○の顔を少し起こし無防備な唇
にキスをする。
「ん~♪」
実に楽しそうだ。何度も啄ばむようにキスを重ね、さらに我慢できなくなり美鈴は舌を少しだけ○○の
中に侵入させる。流石に自分の口に中への侵入者に気付いた○○は、目を開け至近距離に美鈴の顔がある
のに気付くと驚き、さらにキスされていることに気付き二度驚く。そしていつの間に寝てたんだと三度の
驚き山椒の木。
「んっ、むぅっ」
「むーっ」
恥ずかしさで離れようとする○○だが、美鈴はそれを許さずさらに深く口付ける。言っておくが今はま
だ昼間であり、彼女達がキスを交わしている場所は家の外。人里の中である以上、人に見つかる可能性は
高い。それゆえに○○は離れたがっているのだが、美鈴からすれば見られて上等。寧ろ見せつけてやると
も言わんばかりの勢い。
博麗の巫女もきっとこの光景を目にすれば砂糖生産も容易に違いない。きっと甘さで糖尿病。
「んぅっ」
最終手段として○○は、美鈴の胸を掴んで揉む。体に走る快感に思わず美鈴は震え、その隙に○○は顔
を離す。あーと残念そうに美鈴。
「おま、人が寝てる隙に」
「えー、だって○○さんの寝顔見てたら我慢できなくて。てへ」
「てへ、やあらへん。こんな外でしとったら見られるやろ。恥ずかしさで死ぬわ!」
「大丈夫ですって。次第に慣れてくればそれが快感に」
「ならんっ! なるかっ! なってたまるかっ!」
尚くっついてくる美鈴から逃げ、○○はため息をつく。別にキスすることが嫌なのではなく、本当に人
の視線にさらされるのが嫌なのだ。彼には見られて興奮する性癖はない。美鈴も……きっとないと信じた
い。
一人でも見られてしまえば、きっと彼は人里を暫く歩けない。積極的な美鈴と、消極的な○○。カップ
ルとしてはいい相性なのだろうが、なにぶん美鈴の積極性は手加減を知らない。
「とりあえず、外ですんのはやめれ」
「じゃあ中でならいっぱいしていいんですね!?」
「そういう意味ちゃうわ阿呆! って、人を抱き上げるな!」
「えへへへへへ、今日も門番するつもりなので、○○さんに元気もらいます」
おろせと喚く○○の言葉をスルーし、美鈴は笑顔で家の中に入る。仮にも妖怪、男だとしても人間相手
に力負けするわけはない。○○の家のドアが閉まり、その中から
※この先を見たい場合は、紅魔館の門前まで行きPAD長と叫んでください。
一週間後、美鈴は休暇を全力で楽しみ再び紅魔館の門前に立つこととなった。戻ってくる際、○○に元
気をくださいといって迫ったのはいうまでもない。最後なので回数は多かった。何の回数かは明言しない。
しかしあえていうなら、○○のスペルカードが何枚もブレイクしたとでも。
「うん、今日も良い天気」
相変わらず外は寒いが、日差しは暖かい。吸血鬼にとっては疎ましい天気だが、美鈴が世話をする花達
にとってはいい栄養になる。
「えへへ、○○さん可愛かったなぁ」
何を思い出したのか、人が見れば引くような顔で笑う。それをたまたま目撃した門番隊の妖精が隊長が
壊れたーと叫んで飛んでいったが美鈴は気付かない。彼女の頭の中には、涙目で許しを請う○○の姿が映
し出されているから。
そんな事実はなく、美鈴の中で都合の良いように記憶が改ざんされているだけだ。迫る美鈴に○○が怯
えていた、というのは事実だが。
「あら、美鈴。ずいぶんと機嫌がよさそうね」
「あ、咲夜さん。どうしたんですか?」
「別に。それで、休暇はどうだった?」
昼寝をしてさぼっていた美鈴をお仕置きしていた咲夜だが、彼女も多少なりとも心配していたらしい。
「はいっ、楽しめました。いやー、好きな人と一緒にいるだけでも癒されますね」
「あぁ、○○の所に行ってたの?」
「えへへへへ、○○さん凄く可愛かったですよ。思い出しただけで……」
にへら、っと笑いをこぼす美鈴に引く咲夜。何があったのか気になるところだが、多分聞かない方がい
いと彼女の勘がいう。
「ま、まぁいいわ。それじゃ、ちゃんと門番しなさいよね。寝てたりしたら、また殺人ドールの刑よ」
「は、はい。勿論です!」
ナイフで刺されちゃたまらんとばかりに、美鈴はびしっと門前に立つ。それを見届け、咲夜も自分の仕
事をするべく館内へ戻る。
紅魔館は今日も平和である。
新ろだ287
ある暖かい冬の日。
小春日和と言うには少し遠いが、柔らかい日差しと風がないおかげで、猫が縁側に出る程度には暖かかった。
そして、紅魔館にもその恩恵を全身で享受している者が一人。
門前の紅美鈴を眺め、青年は口を開いた。
「……これじゃ『幻想郷縁起』にも載るわけだ」
地面に座り込んで門柱に寄りかかるという、門番にあるまじき格好で、美鈴は眠っていた。
いくら暖かいとはいえ、冬の屋外で居眠りができるのはある種の才能ではないかと、青年は思った。
とにかく、このまま美鈴を寝かせておくのはいろいろと問題がある。青年は美鈴を起こすことにした。
「ただ起こしてもつまらんな。チョップでも喰らわすか」
青年は美鈴の前にしゃがみ込んで、挨拶をするかのように片手をあげた。
それを振り下ろそうとして、ピタリと静止する。
手を止めた青年の視線の先では、眠ったままの美鈴が幸せそうな笑みを浮かべていた。遊び疲れた子犬を思わせる寝顔だ。
青年は黙って手を引っ込めると、着ていたコートを脱ぎ、そっと美鈴の肩に掛けた。
「まったく、どんな夢を見てるのやら」
季節は冬。虫も鳥も姿を見せず、紅魔館の周囲で様相を変える景色は、空しか存在していなかった。
ただぼうっと、青年は流れる雲を眺め続けていた。
* * *
しばしの時間が流れ、美鈴はパチリと目を開けた。自分が眠ってしまっていたことを悟り、慌てて周囲を見回す。
「やっとお目覚めか。残念ながら、メイド長も黒白も来てないぞ」
「そっか、よかったぁ……て、あれ? いつの間に?」
安堵の息を吐いて、ようやく美鈴は隣に座り込んでいる青年の姿に気づいた。
青年は自分の口元を指差す。
「お前さんがヨダレ垂らして寝てる間に、だ。ホレ、口のここんとこに跡が……」
「え!?」
手の甲で口元をゴシゴシとこする美鈴に、青年は冷静に言った。
「嘘だ」
この手の嘘に引っかかるのは何度目だろうか。美鈴はガクリと肩を落とす。
これが醍醐味だと言わんばかりに青年は笑った。
「あんまり起きないもんだから、額に『中』って焼き印を押してやろうかと思ったぞ」
「焼き印!? せめて落書きにして下さいよ! 落ちないじゃないですか!」
落ちないのが問題なのか、と青年は心の中で突っ込む。
ふと、美鈴は気づいた。自分の体にコートが掛けられていること、それに青年がしばらく自分の傍にいてくれたことに。
「コート、掛けてくれたんですか? それに、もしかして私の代わりに見張りを……?」
「まさか。お前さんの寝顔があんまりにも面白いんで、眺めてただけだ。
コートの方はパンツ丸出しでみっともなかったから隠してやった」
「え!? ……て、もう引っかかりませんからね」
ち、とわざとらしく舌打ちをして、青年は楽しそうに口元を歪める。
口ではああ言っているが、本心では自分のことを心配してくれたのだろうと想像し、美鈴は嬉しそうにコートを胸元に引き寄せた。
「何、嬉しそうにしてるんだよ。寝てるときもそんな顔してたな。いい夢は見られたか?」
仕事中に夢なんか見てるんじゃない、という皮肉のつもりで青年は言ったが、美鈴は気づかなかった。
起きた瞬間には忘却の彼方だったが、鮮明に呼び起こされる夢の記憶。
眠っていたときの幸せな気分を思い出し、同じように美鈴は笑った。
「ええ。見ましたよ、いい夢。それも、正夢でした」
「正夢? さっきの今で見た夢なのにか?」
嬉しさをこらえきれない表情で、美鈴は頷く。そして、言った。
「はい。好きな人が会いに来てくれる夢、です」
「好きな人って、誰だよ」
「……えへへ」
美鈴は答えず、青年を見て眼を細めると、頬を赤らめて照れ臭そうに笑うだけだった。
ドクンと心臓がひときわ大きく弾み、血液が顔面に集中する。
慌てて顔を背けると、反応に困った青年は常となっている減らず口をたたいた。
「へ。趣味の悪い女だ」
「そうですよ? 滅多にいないんですから、大事にして下さいね」
「……ま、俺なりにな」
ほんの少しだけ、青年の口の端が緩む。
ふてくされたような、愛想のない横顔。青年が照れたときにだけ見せるこの表情が、美鈴はとても好きだった。
* * *
一陣の風が吹き、青年の顔の火照りを吹き飛ばしていく。
顔の赤みは取れたものの、風で体温を奪われ、青年は自らの肩を両腕で抱いた。
「冷え込んできたな。起きたんなら、そろそろコート返してくれ」
「あ、そうですね」
体に掛かっているコートを取り払おうとして、美鈴は手を止めた。
コートから間接的に感じる彼の温もり、彼の匂い。この素直でない男がコートのように包んでくれるのはいつのことだろうか。
そう思うと、急にコートを手放すのが名残惜しく感じられた。
「あの、もうちょっとだけ、貸しておいてもらえません?」
「寒いんだよ」
「じゃあ、こうしましょう」
スススと青年に近づき、美鈴は自分と相手の肩を寄せ合わせた。そして、二人一緒にコートにくるまった。
さほど大きいコートではないため、身を縮こまらせて密着しないと二人同時に収まることはできない。
「これなら二人とも暖かいですよね?」
「……誰か来たら、すぐに追い出すからな」
つまりは、誰か来ない限りはこのままでいい、と言うことである。
ここは紅魔館、悪魔の棲む館。そうそう人通りがあろうはずもなかった。
「えへへ、暖かいですねぇ。あれ、何だか顔が赤くないですか?」
「お前さんにコートを取られてたから、風邪引いたんだろ」
「それは大変。もっと暖かくしないと」
そう言って、美鈴は負ぶさるように青年の背中にのしかかり、首から前に両腕を回した。
背中から伝わる体温と、柔らかな感触を感じながら、青年は言った。
「重てえ」
「愛の重みってヤツです」
笑いながら、美鈴は失礼な男の首を甘く絞めた。
* * *
美鈴を背負ったまま、青年は口を開いた。
「それにしても中国よ。この冬の最中にそんな軽装で寒くないのか?」
「そりゃ、寒いですよ。ある程度は『気』でどうにかなりますけど。あと中国ってゆーな」
「寒けりゃ上に何か着ろよ。見てるこっちまで寒くなる」
「厚着したり丈の長い服を着たりすると動きを妨げますからねぇ。
……実を言うと、いつもの魔法使いとの戦いで破れちゃって、着られたものじゃないんですよ」
それでも少しくらいは寒さをしのげるだろうが、そんなボロボロの身なりで門前に立っていたら、美鈴の前に小銭が飛んでくるかもしれない。
なるほどと青年は頷いた。
「なら、新しいのを買えよ」
「お金、無いんですよ」
「仕方ない、一着くらいなら俺が買ってやるよ。また、今日みたいな真似をさせられちゃ堪らん」
青年がそう言うと、美鈴はポンと両手を合わせた。
そして、誕生日には何が欲しいかと親に尋ねられた子供のように、キラキラと目を輝かせる。
「え! それってもしかして、プレゼントですか!?」
「プレゼントじゃない。施しだ」
いつものように青年は悪態をつくが、喜びの詰まった美鈴の耳に届くことはなかった。
「うわぁ、初めてのプレゼントだぁ。嬉しいなぁ……。
じゃあ今度お休みをいただいたら、一緒に選びに行きましょうね」
「俺が適当に見繕ってくるんじゃイカンのか?」
「だってセンスが……」
「……ヒデぇ言い草だ」
珍しく、青年の方がうなだれた。よほど精神的な痛手を受けたのか、自分の服装を見て何やらブツブツと呟いている。
美鈴は顔の横で両の拳を握り、その手を力強く下に引いて、気合い満々という構えを見せた。
「初めてのプレゼントに、初めてのデートかあ。これは気合いを入れてかからないと!
最初にお揃いのコートを買って、それを着て街を巡って、途中で甘い物なんか食べて、それから……えへへへ」
「コートを買いに行くだけのはずだったような気がするんだが……ま、好きにしな」
軽く肩をすくめ、青年は美鈴の腕からスルリと抜け出して立ち上がった。
そして、美鈴に背を向けたまま歩き出す。
「じゃあな。居眠りしすぎて風邪引くんじゃないぞ」
「そ、そこまで間抜けじゃないですよ!」
「どうだか。お前さんの間抜けさは筋金入りだからな。ま、せいぜい暖かくするこった」
振り向かずに手を振りながら去っていく青年を、美鈴は舌を出して見送った。
青年の姿が見えなくなったところで、気づく。美鈴の肩には、まだ少し大きめのコートが掛かったままだった。
コートを体に引き寄せて、美鈴は顔を綻びさせた。
「……どっちが間抜けなんですか」
ぶっきらぼうで、素直でなくて、自分をからかってばかりだけど、時折優しさを見せてくれる、彼。
どうせなら普通に優しい人の方がいいに決まっているのに、どうしようもなく彼が好きな私は、やっぱり間抜けなのかも知れない。
なら、間抜けでもいいや。でも、少し悔しいから今度のデートでは彼に仕返ししてやろう。
そう考える美鈴の耳に、遠くから大きなクシャミの音が届いた。
お母さん美鈴 その1(新ろだ297)
紅魔館の門を守護する番人、紅美鈴。幻想郷におけるスペルカードルールに乗っ取った弾幕
ごっこは苦手だが、こと生身における戦闘では高い実力を持ち、かつ自身の能力である気を使
う程度の能力で無類の強さを誇る。
彼女はいつも門前に立つ。紅魔館に侵入しようと考えない限り、世間話程度なら付き合って
くれる気さくな妖怪だ。愚痴なども零すが、それを聞くのも一つの話題。
人里の人間は紅魔館の面々には良い印象を抱いていない。当たり前だ、ここに住む者はメイ
ド長を除き全て人間ではない。人間である十六夜咲夜も、およそ常人とは言いがたい能力を持
っている為に中々受け入れられない。
そんな中、美鈴だけは例外だった。礼儀正しく、こちらから危害を加えない限りは危険度の
少ない妖怪。幻想郷縁起にもそう記されている。美鈴がたまの休暇で人里にやってきては、彼
女を慕う子供達が集まる。無論、里の者全員に受け入れられているわけではない。
話が逸れた。
紅魔館の門番として、日々立ち続け黒白こと霧雨魔理沙がやってきてはマスタースパークで
吹き飛び、その失敗を咲夜に責められる。いつもの日常だ。マスタースパークは痛いし、咲夜
のナイフもかなり痛い。それでも慣れると、あぁ今日もいつも通りだなと達観できる。
しかし、数週間前から門に立つ美鈴に見慣れぬ"モノ"が付属することとなった。それは美鈴
はおろか、咲夜にパチュリー、
小悪魔、レミリア、さらにはフランドールすらも手玉に取る最
強の存在。恐らく、紅魔館内部で最強といっても過言ではない存在だ。
そして今日も、美鈴はその最強の存在を"背中に乗せて"門に立つ。数週間前から増えた、美
鈴のもう一つの仕事。
それは――――――――
「ふぇ、ふぁぁぁぁぁんっ!」
「あぁはいはい、お腹空いたのね。すぐ御飯あげるからねー」
○○と言う名の、赤ん坊のお守りである。泣き声をあげる○○をおんぶから抱っこに変え、
美鈴は仲間に少しだけ門前に立つよう頼み、屋敷の中へと入る。その間、なんとか泣き止んで
もらおうとあやすのだが、やはり相手は可愛い傍若無人の赤ん坊。欲求を抑えるという考えを
もてない以上、早く御飯を……もっと直接的に言うのなら乳を寄越せと言わんばかりに泣く。
「うぅ、子育てって大変だ」
これをやっている人間の里の母親達は偉大だと美鈴は思う。母乳は出ないんだけどなぁ、と
チャイナ服の胸の部分をはだけ、○○に吸わせる。パチュリーにもらった育児の為の本(何故
そんなものがあるのかは謎だったが)には、赤ん坊は人の体温を感じることで安心すると書い
てあったからだ。食堂につくまでの間、これでなんとか気を紛らわすしかない。
もう数週間もやっていることだ、慣れはするが疲れは感じる。しかし、美鈴は決して子育て
が嫌になってはいない。
「ふふ、必死になってる。可愛いなぁ、赤ちゃん」
目を細めて自分の胸に吸い付く○○を見る。その顔は、どう見ても母親のそれ。
さて、何故この○○という赤ん坊が紅魔館に来ることになったのかの経緯を説明しよう。
それは美鈴が非番の日のこと。紅魔館の前にある湖で釣りでも楽しもうと用具一式をもって
湖へと行った美鈴だが、何やら騒々しい。何かの泣き声と怒る声、そしてそれを宥めるかのよ
うな声が聞こえてきた。
見覚えのある色が二つ、湖近くの茂みであーだこーだと言い合っている。そこに近づいてみ
ればチルノと大妖精、そして極めつけが籠に入れられた人間の赤ん坊。
「あ、門番さん」
「中国!」
「おはよう、大妖精。チルノ、中国じゃなくて美鈴ね? で……この子は?」
「その……私達がいた時には既に。それと紙が一緒にあったので呼んだんですけど」
はい、と手渡される。ある程度予想はしつつも、美鈴は紙を読む。大方の予想通り、貴方を
育てる余裕がない、本当にごめんなさいといった文章が綴られている。
「捨て子、みたいね」
「……可哀想です」
妖精や妖怪とはいえ、感情は持ち合わせる。相手が人間の赤子とはいえ、例外はない。それ
は彼女らが妖怪や妖精の中で少し変り種だから、という事だからかもしれないが。
「大ちゃん、中国。この子泣き止まないんだけど」
「おぎゃああああああああああ!」
「うるさいー!」
直感的に不安を感じ取っているのだろう、赤ん坊は泣き続ける。チルノにそれを分かれと言
っても難しいだろう。見ていられず、美鈴は籠から赤ん坊を抱き上げる。彼女にも子守の経験
はないが、なんとかならないかと考えた上での行動だった。
「よしよし、怖くないからね。良い子だから泣き止んで」
「ふぁ……あぅ」
美鈴があやすうちに、赤ん坊は少しずつ泣き止む。そしてきょとんとした目で、美鈴をじー
っと見つめている。
(なんか可愛い)
その顔に美鈴は愛しさを感じる。赤ん坊が泣き止むと大妖精は安堵し、チルノは突然泣き止
んだことに首を傾げる。そのまま美鈴は赤ん坊をあやし続けると、不意に楽しそうな声。美鈴
の腕の中の子は、少しでも力を入れて握ってしまえば折れそうな手を、美鈴へと伸ばしてきゃ
っきゃっと笑っている。
「あ、笑った」
「現金な奴ね。中国に抱かれて笑うなんて」
そう言うチルノだが、笑っている赤ん坊の顔を見てどことなく楽しそうだ。大妖精も母性本
能を刺激されたか、頭を撫でている。
「でも、どうしましょう。この子……」
「……とりあえず、私が連れていく。お嬢様になんとか頼み込んで、少しだけでも置いてもら
えるようにするわ」
難しいことだが、こんな無垢な赤ん坊を死なせるのは非常に心苦しい。心配そうな大妖精に
大丈夫と言い残し、美鈴は紅魔館へと連れ帰る。
結果だけを言うのなら、この赤ん坊――美鈴が○○と名づけた――は紅魔館にいることを許
された。最大の理由は、この○○がレミリア達のことを恐れなかったから。赤ん坊は直感的に
恐怖を悟る。ましてや、レミリアやフランドールは吸血鬼。ただでさえ弱い赤ん坊にとって、
彼女達の存在は近くにいるだけでも恐怖だというのに、この○○は怖がるどころか楽しそうに
笑ったのだ。
それがレミリアに気に入られたのだ。
そして話は冒頭へと戻る。
「あら、美鈴」
「咲夜さん、すいませんけどミルクお願いできますか? ○○がお腹空かせたみたいで」
「ふふ、えぇ。少し待っててもらえるかしら」
そう言う次の瞬間には、既に咲夜はミルクが入った哺乳瓶を片手に佇んでいる。時間を操る
程度の能力を持つ彼女だからこそ、出来る芸当だ。
美鈴から○○を受け取り、ミルクを飲ませる。小さな手で健気に哺乳瓶を掴み、ミルクを飲
み干してゆく姿を美鈴と咲夜は微笑ましそうに見つめる。
「やっぱり可愛いわね」
「はい。今じゃ紅魔館のアイドルですね」
「そうねー、お嬢様や妹様もご執心だし。パチュリー様に小悪魔も子守してる最中は楽しそう
だもの」
「でも、○○のお母さんは私ですからねっ?」
「そんなむきにならなくても。○○が一番懐いてるのは貴方なのは分かってるでしょうに」
苦笑する咲夜。ミルクを飲み終わってげっぷを出させた後、○○を美鈴へと返す。お腹いっ
ぱいになって眠くなったのか、美鈴に抱かれる○○は目をとろんとさせている。それがまた彼
女らの母性本能をくすぐり、顔が緩む。
「めーりーん」
「あ、妹様。お嬢様も」
噂をすれば影、フランドールとレミリアが食堂に姿を現す。本来吸血鬼である彼女らは夜行
性なのだが、こうしてふらっと昼に起きてくることも少なくはない。
「○○は?」
「ミルクを飲んで、おねむみたいです」
レミリアが美鈴の腕に抱かれ眠そうにしている○○を見て、頬を緩ませる。ふわりと少し浮
遊し、○○の頭をそっと撫でる。数週間、長い人生でたったの数週間過ごしただけだというの
に、レミリアの中には○○を慈しむ心が生まれていた。
今は赤ん坊でも、時間が過ぎていけば○○は成長し、そして死んでいく。それもレミリアや
フランドール、美鈴よりも先に。咲夜は人間である以上、○○より先に死んでしまうだろう。
それでも、今この瞬間はレミリアにとって何よりも何物にも変えがたい。
「ふふ、可愛いわね」
「○○おねむかー」
残念そうにフランドールはすぐにでも眠りそうな○○を見る。一緒に遊ぼうと考えていたか
ら少々残念なのだろう。遊ぶといっても、無論弾幕ごっこでは決してない。紅魔館の中を歩い
て色々なものを○○に見せ、そして笑う○○が見れれば良かった。
「ぁぅ……」
ゆっくりと○○の瞼が閉じていく。その瞳には、優しそうに笑う美鈴や咲夜、レミリア、フ
ランドールの顔が写る。暖かさを感じながら、○○は眠りにつく。
「お休み、○○。お母さんがずっと一緒だからね」
紅魔館に増えた新たな住人、○○。彼には優しい母親と、自分を見守る五人の姉がいる。そ
んな彼に幸あれ。
-------以下、小ネタ---------
「あぶ……ぁぅぁ」
「あれ、○○?」
「ぅーぉぅ……」
「な、何か言おうとしてる!?」
「お、お嬢様ぁぁぁぁぁ、妹様ぁぁぁぁぁ、パチュリー様ぁぁぁぁぁ、こあくまぁぁぁぁ!」
「何よ咲夜、そんな大声出して」
「ま、○○が喋ろうとしてます!」
『なんですって!?』
「ぅー……ぉぅ」
「ほ、本当だわ」
「な、何を言いたいんでしょう」
「こういう時の相場はママに決まってますよ!」
「……そうかなぁ? なんか別のこと言おうとしてるような」
「頑張って、○○。お母さん見てるからね?」
「……ぅーぉく」
「ん?」
「ちゅーごく」
『…………』
新ろだ306
(今年は逆チョコ・・・ねぇ)
紅魔館の門の前でおれは考え込んでいた。
「どうしたんですか?○○さん」
「え?…あぁ、ちょっと考え事をな」
隣に座っている門番の少女に話しかけられ、おれはドキッとした。
…この娘はチョコレートは好きなのだろうか?
「そういえば、もうすぐバレンタインデーですね」
「っ!?」
びっくりした…。心が読まれたのかと思った。
「といっても、私はお菓子を渡す相手なんていないんですけどね。たはは・・・」
頭を掻くしぐさをする。か、かわいい・・・。
「あ、でも今年は逆チョコって言ってさ、男性から女性にチョコレートをあげるってのがある、らしいよ」
「へぇ~そうなんですか。じゃあ○○さんは誰にあげるんですか?」
自分がもらえるとは考えられないんだろうか…。結構長い間一緒に門番の仕事してるのにさ。
「美鈴はチョコレートとかって好きか?」
「チョコレートですか?えぇ、大好きですよ。でもどうしてそんなこと聞くんですか?」
まだ気付かんか…。おれは誰よりも美鈴に渡したいと思っているのに。彼女は気付いてくれない。かくなる上は、
「でも、今年は男性から渡すんですか…。じゃあこんなもの持ってきた意味、なかったですね」
「え?」
美鈴の手には赤くラッピングされた小さな箱が。おそらくは、チョコレート。
「それ…おれに?」
「はい。少し早いんですけどね。○○さんが何ていうか気になって…できるだけ早く渡したかったんです」
「そうか。でもさっき、渡す相手がいないって」
「○○さんがどんな反応をするかと思って、無反応だった時ちょっとがっかりしましたよ。『俺がいるだろ』っとか言ってほしかったですよ」
「あ…ごめん」
言おうとは思った。でもさすがに自意識過剰ではないかと思った。きっとおれなんか眼中にないんだと。
「といっても、今年は逆チョコなんですよね。はぁ、わたしついてないなぁ」
「…もらうよ」
「え?」
「逆チョコなんてお菓子メーカーの陰謀だろうし、みんながみんなそうってわけじゃない。それに、美鈴がせっかく用意してくれたものをおれが貰わないわけないだろう」
「じゃ…じゃあ」
「あぁ、とってもうれしいよ。ホワイトデー、楽しみにしててくれ」
「あ、はい!」
彼女からもらった形の崩れた手作りチョコは、涙が出るほどおいしかった。
新ろだ371
「明日だな…」
おれは物思いにふけっていた。
明日は野郎にとってはうれし恥ずかしホワイトデー。先月美鈴にチョコレートをもらったおれは必然的にお返しを渡さなきゃいけないわけだが…。
「どうしたものか」
とりあえず何がいいか調べるべきだよな。
「美鈴に、お返し?」
「そうそう、ここって図書館だろ?そういう類の本もあったりしない、かなーって」
とりあえず喘息持ちの魔法少女に聞いてみることにした。ちなみにおれは美鈴と同じ紅魔館の門番の仕事をしているから紅魔館に入れるのは別に珍しいことじゃあない。
「さぁ、どうかしら。自分で探せば」
ひでぇ。まぁ仕方ないか。とりあえず近場にある本を適当に。
「ちなみに、私の魔導書に触ったら燃やすから」
「理不尽っ!」
家臣に対しても容赦なしか。
他を当ろう。
「ホワイトデーですか?」
「そうそう、なんかいい感じのネタないか?」
天狗の新聞記者に聞いてみた。紅魔館に取材に来ていたのをたまたま捕まえたのだ。
「無い…ことはないですが、どうしてですか?」
他人にホイホイ話すようなことでもないよな…。
「はは、いや、ちょっとな」
「まぁ別にいいですけど…あ、今から行く取材に協力してくれたら教えてあげますよ」
今日中に何とかしたいんだからあんまり時間ないんだけどな。
「どんな取材?」
「『吸血鬼の怒らせ方』っていうタイトルの記事で、いまからレミリアさんとフランドールさんにいろんなことを試しに行くんですよ」
「なんつー自殺行為だ…」
取材でも何でもねーじゃねぇか。誰が協力するんだよ。
他を当ろう。
「ホワイトデーかい?」
「そうそう、あんたなら何か知ってるだろ?」
道具屋の店主に聞いてみた。魔法の森で数時間迷った挙句この店に着いたわけだが…。もう二度と来たくない。
「そういえば、そういった関係の本が確か最近入荷していたはずだったんだが…あ、あったあった」
霖之助は奥から薄い雑誌のようなものを取り出してきた。
そこには『簡単!男でもできる手作りスイーツ』と書かれている。
「って、じぶんで作るのか?」
「当たり前だろう。相手の娘からは手作りをもらったんだろう?じゃあこっちも手作りで返すのが礼儀だろう」
そんなもんかなぁ…。
「まぁいいや、じゃあこの本いただくよ。
「毎度あり」
「…作るか」
とりあえずチョコレートをもらったんだからチョコレートで返す…でいいのかな。
「それじゃ安直過ぎるか。…なになに、『ホワイトデーのお返しはこれ!手作りキャンディー。飴を舐めてる彼女を見てムラムラしちゃおう!』って、なんつー…」
でもまぁ材料はそろってるし簡単そうだ。これでいいか。
―少年製作中―
「できた」
典型的な棒付きの飴を6本ほど。まぁ十分だろう。
明日に備えて今日は早く寝るとしよう。
翌日
「ひどいじゃないですか○○さん。昨日は仕事さぼったりして」
あぁ、そういえばそうだったな。
「ごめんごめん。ちょっと用事があってな」
お前のためにお菓子を作ってた、とは言えんわな。
「まぁいいです。今日も一日がんばりましょう」
「あ、ああ」
さてと、今おれは右手に美鈴に見えないように飴の入った小包を持っているわけだが。こういうのは渡すタイミングが肝心だよな。なるべく慎重に。
「あ、そういえば今日って何月何日でしたっけ?」
「え!?」
揺さぶりをかけてきた?いや美鈴に限ってまさかそんな…、純粋に聞いてきただけだよな。
「えっと、3がt」
ドカーーーーン!
唐突に轟音。
「わ、わぁ!」
「ひゃっ」
なんだなんだ?爆発音!?上から…。
「ごめんごめん、ちょっとお邪魔するぜ」
なんだ魔理沙か。驚かせやがって。ってかわざわざ紅魔館の壁をマスタースパークで破壊したのか?勘弁してくれよ。おれたちが怒られる。
「って危ない!」
「え?」
美鈴の上に瓦礫が!くそっ!
「避けろ!」
ギリギリのところで美鈴を押し倒す。危なかった…。
「痛たたた…すいません○○さん、私ボーッとしてて」
「ああ、おれもすまねぇ大丈夫か?」
「はい、平気です」
魔理沙の奴め、美鈴に何かあったらタダじゃおかねーぞ。でも、美鈴の上に乗っかれたのはちょっとうれしい…かな?
「…」
「…」
さて、会話が途切れた今がベストタイミングか?そうだ、今だ!
「あのさ、美鈴」
「はい?」
勇気を出せ、おれ!手に持つ小包を差し出せ!
「今日って、3月14日じゃん」
「あ、そうですね」
「これ・・受け取ってくれるか?」
「…なんですか、これ?」
よし渡せた。差し出された包みを開ける美鈴。どんな反応を…。
「わぁ・・・棒飴ですか?これ○○さんの手作りですか?」
「あぁ…今日ってホワイトデーだろ。ほら、バレンタインの時、おまえにお返しするって言ったじゃん。覚えてる?」
すると美鈴は顔を赤くした。
「あ、はい。覚えてます。そうか、今日はホワイトデー…。もしかして昨日休んだのって、これを作るために・・・」
「悪かったな。大変だっただろう」
「いえ、全然!…すっごく嬉しいです」
美鈴は目に少し涙を浮かべている。喜んでもらえておれもうれしい。
「せっかくです。仕事中ですけど、一緒に食べましょう」
「お、おお」
美鈴から1本差し出される。自分で作ったもんだけど・・・まぁいっか。
「いただきます」
一口食べてみる。うん、我ながらなかなかの出来だな。
すると隣で美鈴がくすくす笑っている。
「ん?」
「ふふ…その飴、さっき私が少しだけ舐めました」
「ゴフッ!!!ごほ・・・げほっ」
なん・・・だと?いやそんなまさか…。それがほんとなら間接キ…。
「あはは、冗談ですよ」
そ、そうかびっくりした。って冗談かよ。
「お、驚かせるなよ。まったく」
「ごめんなさい、怒っちゃいました?」
「おこってねーよ」
いや、ちょっと怒ってるかも。せっかく美鈴と間接…間接……。
「本当にごめんなさい。えっと、お詫びに私からもプレゼント、あげます。ちょっとこっち向いてください」
「ん?なんだy…」
次の瞬間、体全体に柔らかい感触が広がった。美鈴がおれの背中に手を回す。
美鈴は俺に抱きついてきた。
「な…なんななな…なにをおぅっ!?」
「ふふ、お詫びのしるしです」
すぐに美鈴は俺から離れた。
「今度は間接なんかじゃなく本当の、しましょうね」
美鈴は唇に人差し指を添えてほほ笑んだ。
その日の仕事は全く手に付かず、まともに美鈴の顔が見れなかった。
最終更新:2010年06月19日 00:02