小悪魔1
1スレ目 >>317
○月○日 晴れ
『パチュリー様から日記を頂きました。
これで管理カードとは違うわたしの記録がつけられます。
とりあえず今日のこの日から毎日日記をつけようと思います。』
○月×日 曇り
『今日はある人が紅魔館に働きにきました。
男性の方で、多分人間界からの人なのでしょう。わたしが本の整理をしていたら
それを手伝ってくれました。人間にしては優しい方みたいです。』
○月△日 雨
『雨が降っても図書館の仕事は変わりません。しょっちゅう本を借りては
返さない魔理沙さんの対策を考えたり、暇つぶしをされていたメイドさんたちの
本の返却に忙しかったです。その日のあの人はパチュリー様の魔導書を
読んでいました。結局、読みきれなくて借りて行かれましたが、その時に
「やっぱり、貴重な本は二日以上借りれないな…。明日中に返すよ」
と仰いました。本を返すのは当たり前なんですけどね…。出来れば魔理沙さんにも
見習わせたいと思いました。』
○月□日 晴れ
『今日は特に事件や事故なんかもなく普通の一日でした。
彼も仕事をスムーズに覚えていって。魔理沙さんが本を持っていこうとするのを
止めようとしたら魔法を打ち込まれてしまい、しばらくの間はお休みだそうです。』
この先一ヶ月以上の空白が存在する。
△月□日 雨
『ようやくあの人がお仕事に戻ってこれるようになりました。
やはり人間ですから、どこかしら脆いんでしょう。ですが治ってよかったと思います。
図書関係のお仕事はやっぱり人が多い方が良いですから、わたしも仕事が
減って少しは嬉しいです。それよりもパチュリー様が嬉しそうでした。
どことなく彼と話す事を…恥ずかしがっているような…そんな感じでした。
やっと日記を書くことが出来るようになりました。 最近は特に書くようなことがなくて
良かったです。』
△月×日 晴れ
『今日はあの人が体調不良でお休みでした。メイドさんたちにお休みがありませんが、
わたし達には体調不良に関してのみお休みがもらえます。だって環境が環境ですから。
いつ病気になってもおかしくありません。怪我から帰ってきてから数日で病気で欠勤
とはあの人も結構、運が悪いのかもしれません。パチュリー様も寂しそうでした。』
□月▽日 雨
『パチュリー様から衝撃の事実を聞きました。
パチュリー様はあの人が好きだって事を…。何故か聞いてから現実でないような感覚に
陥りました。あの人はいい人ですからパチュリー様が好きになるのも分かります。…けど
何と言えばいいのか、わたしの心の奥底で何かが重くなっていました。』
□月○日 晴れ
『…気付いてしまいました。
わたしは彼が好きという事を…。気付いたのはメイドの一人に、わたしの感情について
聞いた事から始まりました。彼女が言うには
「あなた、それは恋よ」
ということらしいです。呆れ気味に言われたのでちょっと困りましたが、確かに思い当たる節は
いくつもあります。やっぱり、わたしは彼に恋をしたようです。』
×月×日 晴れ
『最近あの人とパチュリー様の様子がおかしい気がしました。
多分、何かあったのでしょう。彼は今まで二週間に一度程度の失敗していたのが
一週間連続でミスするようになってしまったのです。
ある日、彼にその事を聞いてみると必死に誤魔化すという、分かりやすい答えが返ってきました。
多分、彼もパチュリー様のことが好きなんでしょう。だったら、わたしはその想いを繋げるだけです。
元気付けたらお礼を言われました。 あぁ、やっぱりわたしは彼が好きみたいです。』
×月□日 曇り
『翌日、パチュリー様は体調が優れなかったのでお休みでした。
とりあえず作業を早々に切り上げて彼をお見舞いに向かわせました。
……さすがに両手いっぱいに物を持っていてドアを開けられなかったので
開けるのを手伝ってあげました。
その日は閉館時間を早くしました。
わたしは自分の部屋に戻って、少しだけ泣きました。
きっとパチュリー様と彼の思いは叶ったのでしょう。
でも、わたしは彼に想いを伝える事が出来なかった。でも――』
この先は滲んでいて読めなくなっている
後日――
「おめでとうございます。――さん」
わたしは今祝福をするために、ここに来ていました。
彼とパチュリー様の結婚式に…。
「…ありがとう。キミのおかげで俺はこうなる事が出来た」
「いえいえ、私はちょっと後押ししただけですよ。だから、こうなったのはあなた自身のおかげです」
そう、パチュリー様と…わたしの心を射止めたのは間違いなくあなたなのですから。
「…それでも、ありがとう」
この実直な性格とお礼の言葉が何よりも嬉しい。
「どういたしまして」
そう言い残して、わたしは祝福する声の渦に入っていきました。
「…さぁてパチェ、そろそろブーケを投げなさい」
結婚式で神父の役をしていたお嬢様も既に着替えて、ブーケが投げられるのを今か今かと
待っていました。
他の人たちを見ると、魔理沙さんや他の女性達もそれを待っているのか、妙に
そわそわしています。
「パチュリー」
「…えぇ」
パチュリー様が両手にブーケを持って上空高く――投げました。
そのブーケは吸い込まれるようにして、わたしの手元に落ちてきました。
どうやら次は、わたしが幸せになる番のようです――。
後書き
えぇ、書いている内にわたしも幻視が見えました。
それから即座に書き始めたのがこれです。
正直、稚拙で出来が悪い文章ですが想いを書き殴りました。
1スレ目 >>671>>675-676>>678-679
自分でも馬鹿みたいだ。
そんな事を考えながら、俺は、紅い館の図書館に侵入していた。
面白そうなものが沢山とあるこの館で、俺はひとつの目当てを探していた。
目当てと言っても、高価な指輪とか宝石とか、そんなに小さいものではない。
俺が目当てで潜入しているのは、たった一人の人…。
人と呼ぶのは語弊があるかもしれないが。
暗闇の中、足音を消して進む。泥棒の真似事をした日々が、
こんな時に役に立つとは思わなかったが。
「…さて、居るかな?」
あくまで気配と足音を立てずに進む。
他の人に見つかるわけにもいかないし、何よりも『彼女』に出会うには夜中のこの時間帯に
こうして侵入しなければならない。
と、三つ目の本棚を曲がろうとしたとき、奥の方に微かな明かりが見えた。
どうやら『彼女』のようだ。
俺は気配を消しながら、彼女の後ろに回りこむ。
後姿からもはっきりと『彼女』と判った。
そのまま、俺は近づき後ろから彼女を抱きしめる。
「っ!?」
「静かに…」
驚きは腕の中の様子で既に判っている。腕と身体で『彼女』の体温を感じる。
『彼女』はなすがままになっている。
「あ、あの…」
『彼女』が大人しい声を上げる。
さすがに、きつく抱きしめすぎたか?腕の力を緩めると、『彼女』はゆっくりと離れていった。
「…また来たんですか?」
「あぁ、あんたに会いにね」
初めて見たのはとても遠くから、俺はその時から『彼女』に一目惚れしていたのかもしれない。
名前は知らない。『彼女』も俺の名前は知らないだろう。
初めて見かけたその日の夜から、ずっと今まで俺は夜中の屋敷に入り込み続けた。
「え、えと、早く帰られた方が良いですよ。朝にはパチュリー様も起きる頃になってしまいますから」
パチュリーとは『彼女』の主人の名前だったか。いや…そんな事は、どうでも良いかもしれない。
「あんたとは、長く居たいんだ。出来れば、朝までね」
俺の台詞に対して『彼女』の頬は赤くなった。
脈はあるか知らないけど、俺は間違いなく『彼女』のことが好きだ。
出来れば、この想いだけは『彼女』に伝えておきたかった。
「ご冗談はそこまでにして下さい。本当に取り返しがつかなくなりますよ」
「オーケー、分かった。…でもさ、明日も来るぜ?」
俺は『彼女』の頭に軽く手を置くと、侵入した経路を逆戻りしていった。
明日こそは…伝えよう、この想いを――。
その日は微かに紅い月の出る夜だった。
俺は彼女の紅い館で働く彼女の事を思い出す。
「今日こそ、だな」
ポケットの中には、ある場所から盗った…もとい、見つけた指輪が入っている。
その重さは、俺の想いの全てだ。
いつものルートを辿り、図書館に再び辿り着く。
「はぁ…」
断られたらどうしよう。なんて考えはずっと頭を巡っている。
けど、そもそも伝えないと先にも進めない。なけなしの勇気を奮い立たせる。
図書館に入って、まず最初に『彼女』の明かりを探す。
それが『彼女』を見つける目印だ。今の時間なら、間違いなく居るはずだ。
目印を探しながら、俺は誰にも勘付かれないように静かに歩く。
拍子抜けするくらい簡単に明かりは見つかった。
目当てだった『彼女』は机の上にちょこんと座っていた。
問題なのは、いつものように彼女を後ろから抱きしめる事が出来ないってとこか。
その位は仕方ないか…。俺は割り切って彼女に近づいた。
「や」
「あ…」
俺の登場に驚いたのか、『彼女』は目を瞬かせた。
これで皆勤賞か。ここに来るのを今日が最後の日にするつもりだから、皆勤賞は
欲しい所だ。
「今日は、ちょっと言いたい事があって来たんだ」
「…私も、あなたに言いたい事があります『泥棒さん』」
『泥棒』か、間違ってはいない。むしろドンピシャだ。
向こうがそんな風に呼んでくれる事も、ちょっとだけ嬉しかった。
「お話があるなら、どうぞお先に」
「あ~、先に言っていいなら…先に言うよ」
言え。言うんだ俺。今まで『泥棒』だったなら、今くらいこそこそするのを止めろ。
言ってやるんだろ?目の前の『彼女』にさ。
頭の中は軽くパニックだった。
「俺は、初めて会った時からあんたが好きだった」
「…そう、なんですか」
意外と淡白な反応だった。
「あー…っと、あんたの言いたい事って何だ?」
「言いたい事というよりは…クイズですね。
『泥棒さん』、あなたは…今までいくつの物を盗みましたか?全て挙げてください」
彼女から言われたのは、それだけの問いだった。
ある意味でそれは難題だった。俺が盗んだもの?それを全部だって?
「もし答えられなかったら?」
「あなたの返事をお断りします。あと、私の言う事でも聞いてください」
言うね。この小悪魔さんが。何を言う気なのやら。
俺の記憶だったら、挙げられるものは幾つもある。
今まで人から『盗んだ物品』。
『彼女』と話していた時の『知り合いから盗んだ話』。
幻想郷で『盗んだ名前』。
もはや俺が挙げられるのは、こんなものだ。
それでも、それだけ覚えているだけ奇跡に近い。
「…それだけですか?本当にそれだけですか?」
俺の記憶が正しければ、それが全て盗んだものだ。
幻想郷に来てから手に入れたものの、ほとんど全部に近い。
「あぁ、これが俺が盗んだ全部だ」
「…どうして」
彼女が呟く。
その声は涙声だった。
「どうして、『私の心』が無いんですか?あなたが勝手に好きになって…
私にはあなたを愛する資格が無いんですか?」
彼女は泣きながら、俺に抱きついてきた。
そうか。
彼女は愛して欲しかったし、人を愛したかったのか。
…俺はとんだ馬鹿野郎だった。
一方的に愛するだけ愛して、彼女の愛を受けようともしてなかった。
最悪だ。
「悪い」
「…ぐすっ」
泣き止むように彼女の背をぽんぽんと叩いてやる。
昔から泣いている奴を、泣き止ませるには俺はこうするしか知らなかった。
「さて、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
男に二言は無い。
むしろ食われたら意味無いけど、それも本望だったりする。
「泥棒さん」
「…何をする覚悟も出来てるさ」
何なら切腹しても構わない。
痛いのは普通勘弁だけど、愛ゆえなのか、俺は『彼女』に対してだったら何をしてもいいという
覚悟すら出来ていた。
「…えっと、私があなたに頼む事は」
彼女は目をあっちこっちにやったりしながら、赤くなり急にそわそわし始めた。
「…その、わ、私を…」
「あんたを?」
「私を盗んでくださいっ!」
その声は図書館内に響いた。
…今、彼女は何と言った?
『私を盗んでください?』
「悪い、あまりにも意味が遠回しすぎる。いかがわしい意味にも聞こえるから、
もうちょっと…出来れば具体的に…」
「あぁ~、ごめんなさい…。えっと、私を紅魔館の外に連れて行ってください」
あぁ、何だそういう事か。
「…出た事が無いのか?」
「その…恥ずかしながら、外に出るのが怖くて」
そういう彼女は呟きながら俯いてしまった。
辛うじて赤い顔という事が分かった。
「おし、なら俺が泥棒としてあんたを連れて行ってやる。
じゃ、予告だ。『あんたを盗むぜ』」
そう言いながら、彼女を抱えた。
やはり身体に合っている分、彼女の体重は軽かった。
たとえ彼女が重くても文句は言わないけどな。
「さて、ご到着~」
俺が辿り着いたのは紅魔館の屋根だった。
とりあえず、ここからなら待っていれば、綺麗な朝日が見ることが出来る。
何でも彼女はあまりにも忙しすぎて、本当にただ一度も外に出る事が無かったそうだ。
「…わぁ」
朝日の光が広がった。
光が彼女を照らし、闇で黒ずんだ館を再び紅く戻していく。
「ありがとうございます」
「どういたしまして…こんな物も――」
手にあるのは盗んで手に入れた指輪。
「…要らないなっ!」
朝日に向かって放り投げる。妖精のいる湖に落ちていくのが見えた。
これは決心だ。
「俺さ、泥棒からは足を洗うとするよ」
「…言っていいですか?」
「何をだ?」
「えっと…私は――あなたが好きです」
この紅い館の屋根で俺と『彼女』は抱き合っていた。
1スレ目 >>708
「つまんねえ・・・・・・・」
近所の公園で手の中の缶コーヒーを弄りながら俺は呟いた。
いつもどおりの毎日、無感動にただ日々を過ごしていく。
今まではそれは苦でもなんでもなく、当たり前のことだった。
だが、幻想郷からこっちの世界に戻ってきて以来どうもしっくりこない。
半年ほど前、ふとしたことから俺は幻想郷という場所に気がついたらいた。
そこの紅魔館と言う場所に厄介になりながら、元の世界に戻る方法を探していた。
1ヶ月前になんとかこちらの世界に帰ってくることが出来たのだが・・・
戻ってきてからこの一ヶ月に比べて、幻想郷での日々はいかに生を実感できていただろうか。
「いやまあ、毎日が冗談じゃなく命がけだったわけだが・・・」
紅魔館での俺にあてがわれた仕事は館にある図書館の手伝い。
最も男手が必要な仕事がそれらしかったのだが・・・
このヴワル魔法図書館、さすが魔法と名が付いてるだけのことがあり蔵書の取り扱い方がが半端じゃなく厄介で、本にかかっている呪に殺されそうになった回数も、軽く二桁は越してたように思う。
さらにこの図書館の本を狙って、ほぼ毎日といっていいほどの頻度で襲撃がおこる。
普通の魔法使い 霧雨 魔理沙
この少女以上に『嵐』という表現が当てはまる存在を俺は知らない。
彼女の襲撃の度に行われる、魔理沙と
紅魔館のメイドたちがが繰り広げる弾幕戦に、単なる一般人である俺は逃げ惑うしかなく、流れ弾に当たりそうになった回数は数え切れないだろう。
というか、今こうして生きていられるのはリトル---ヴワル魔法図書館で司書をしていた---が助けてくれなければ、俺はこうして生きていられたかも怪しい。
「ああ、そういえば・・・リトルのやつ、元気にしてるかな・・・?
また、何かヘマをしてなければいいけど・・・」
優秀なはずなのに何処か抜けていて、目を離していられなかった少女を思い浮かべる。
彼女の優しさに、微笑みに俺はどれだけ助けられたのだろう。
なれない環境に戸惑っていた俺を助けてくれていたのは、いつも彼女だった。
彼女が居たから俺はあの場所で生きていけたと言っても過言ではない。
ああ、なんだ・・・こっちの世界がつまらなくなったんじゃない。
此処には彼女が居ない・・・それだけなんだ。
俺は・・・あいつが・・・好きだったらしいのだから・・・・・・
「は、ははは・・・・・・
今さら、気が付いたって遅いだろうが・・・
もう、戻ることなんて出来やしないんだ・・・!」
俺が今此処にいるのは自分で選んで決めたことだ。
幻想郷の面々もなんだかんだ言って色々と協力してくれた。
そのおかげで俺は此処にいる。
その彼女たちの好意を無下には出来ないし、なにより・・・
半泣きになりながらも、笑って送り出してくれたリトルに、顔向けが出来ない。
「俺は・・・馬鹿だ・・・」
言って、空を仰ぐ。
幻想郷に比べて少し淀んだ空が、何故か滲んで見えた。
手の中のコーヒーはとっくに冷めていた。
1スレ目 >>922
「パチュリー様、お客様ですよ」
咲夜さんは図書館の分厚い木製のドアをゆっくりと押し開くと、眼前に開けた薄闇の中に、よく通る声を飛ばした。
中から漏れてきた古い紙と皮の香りが、鼻先をかすめる。
しばらくその場で待ってみたものの、誰かが出てくるような気配は無かった。
「また本の虫にでもなってるのかな。……ここまででいいよ。ありがとう咲夜さん」
借りていた本を返しに来たという程度の用事で、これ以上多忙なメイド長の手を煩わせるのも悪い。
「そう? ごめんなさいね。後でお茶を持っていくから」
本来の仕事に戻る咲夜さんに軽く手を振って、もう通い慣れた図書館のドアをくぐった。
「♪ヴワルよいとこ一度はおいでぇ~~、貧血魔女にぃ、プリチー小悪魔ああ~♪」
我ながら失礼極まりない歌を熱唱しながら、所狭しと立ち並ぶ書架の間を悠々と闊歩する。
自慢ではないが、俺は夜雀も金を置いて泣いて逃げ出す程のド音痴だ。まさに嫌がらせには最適である。
「♪持ってかないで~、いやぁっ! やめて、やめないで~~~♪」
「……あの、ひょっとして私たちは、貴方に嫌われてるのでしょうか……」
通路の中頃、いよいよサビに入ろうかというところで、棚の上の方から悲しそうな声をかけられた。
声のした方を見上げると、この図書館の主の使い魔が、ふよふよ浮かびながら、本棚にハタキを当てていた。
「よっ、リトル、こんにちは。俺の歌にこめられた親愛の情は伝わらなかったか?」
「あんな酷い呪詛、本場の大悪魔でもなかなか使いませんよ……」
……あんまりな言われようだった。
ちなみに、「リトル」というのは、俺が彼女を呼ぶのに勝手につけた名前である。
パチュリーとは、「あなた」←→「パチュリー様」で会話は成り立つし、
紅魔館の人々は彼女をそのまま「小悪魔」と呼んでいる為、不自由は無い……という事だったが、
そんな味の無い呼び方は色々と気に入らない、という訳で、そう呼ぶようにした。
それ以降、みんなが彼女の事を「リトル」と呼ぶようになった。大いに喜ばしい事だと思う。
「あの、ところで今日は何の御用ですか?」
リトルは、掃除の手を休めて俺の隣に降りて来た。絹糸のような紅い髪がさらりと揺れる。
「……ん、借りていた本を返しに。あと、よかったらまた何冊か貸してくれないかな?」
用件を告げて、持参した布袋を彼女に渡した。借りていた本は全てその中にまとめてある。
「はい、いいですよ。一応、確認させていただきますね」
にっこりと微笑んで、袋の中からごそごそと本を取り出し、近くの作業台に積んでいく。
楽しげに本の点検を行う彼女の横顔に、胸の中が暖かく満たされていくのを感じた。
……幻想郷に来て以来、いつの間にかこの娘といる時間が一番心の安らぐものとなっていた。
ただ何となく、それが彼女に伝えてよい感情なのかどうか、判じかねるところがあった。
「貴方はちゃんと本を返してくれるから助かります。まったく、魔理沙さんなん、……て…………」
とある本を取り出したところで、急にリトルの体が凍りつくように固まってしまった。
「?」
何事かと彼女の手にした本を見て――俺も一瞬凍りついた。
「ああっっ!!! それは何時ぞ香霖堂でこっそりリークしてもらった、『屈辱監禁爆乳ナースの恍惚淫行盗撮女体闇市場アンソロジー十傑・ジェノサイドキッス編』!!!」
「そ、そんなタイトルを絶叫しないで下さい!! 何でこんな濃ゆい本が混ざってるんですか!」
「来客対策に挟んでカモフラージュして、そのまま忘れてたんだよ……」
「……ウチの本をそんな事に使わないで下さいよ……」
リトルが顔を真っ赤にしながら、我が愛しのエロ本を突き返してきたところに、
「……まったく騒々しいわね。何事?」
この図書館の主、
パチュリー・ノーレッジがようやく姿を現した。
「ああ、こんにちは、パチュリー。実は、リトルがこの本を俺に贈ってくれるそうなんだ」
「ええっ!?」
リトルから返してもらった本を、パチュリーに手渡す。
彼女は表紙に目を走らせると、じっとりと湿った視線をリトルに向けた。
「リトル、貴方…………」
「ちちち違います! これは彼が……」
「……はいはい、分かってるわ。大方この馬鹿の悪乗りでしょう」
やれやれといった苦笑いとともに、パチュリーの手に炎がともり、男の浪漫が神火に炙られ大気に熔けた。
「わっ。あ、あの、パチュリー様? 何もそこまで……」
「あああっ、何て事を!!! この外道、アンタは魔女やない。鬼女、鬼女や!!」
滝のような涙を流し、何故か関西弁で慟哭する俺に、
「そう喚かないの。もう暫くしたら、あんな物必要なくなるわ」
パチュリーは、そんなよく分からない事を言った。
「はい?」
「ちょうどいいわ。疲れたので休憩にするから、貴方たちも付き合いなさい」
そこに、まるで計ったかのように咲夜さんが紅茶を持って来てくれた。
その後、勧められるままにティータイムの相伴に預かり、初歩の魔道書を数冊と、リトルが薦めてくれた冒険小説を一冊借りる事にした。
いつもどおり五日後に本を返す約束をして、紅魔館を後にする。
――さらば我が相棒、『屈辱(中略)キッス編』。お前の死は、決して無駄にはしない……!
燃え立つ夕日の向こうで、今は亡き爆乳ナースが、素敵な笑顔をキメていた…………
…………その後、ヴワル魔法図書館にて
「リトル、今日の仕事はもういいわ」
「え? でも、まだ結構お仕事が残ってますよ?」
「いいの、残りはメイドを何人か借りて、その娘たちに任せるわ。
それより、貴方はこれからこの本を読みなさい」
「はあ……」
生返事を返して、主から渡された、ピンク色鮮やかな本を受け取り、表紙を見る。
『恋の四十八手・春情の苛立ち編 神ホワイトサワー 慧ved!!!! 著』
……軽い眩暈を覚えた。
さっきの彼といい、我が主といい、一体何を読んでいるのだろう……
「あ、あの、パチュリー様。これを読んで、一体どうしろと……」
「これからその本でみっちり勉強して、そして…………さっさと彼をモノにしなさい」
「――――え゛っ」
一瞬で頭の中が真っ白になった。みるみる顔に熱が集まるのが分かる。
完全に硬直してしまった私に、パチュリー様はため息を漏らした。
「あのね……貴方、自分では巧く隠しているつもりなのでしょうけど、端から見て、残念ながら丸分かりよ。
恐らく、気づいてないのはあの朴念仁だけ」
「そ、そんなっ」
自分はそんなに分かりやすく態度に出していたのだろうか。
慌てふためく私に、パチュリー様は淡い微笑を返してきた。
「落ち着きなさい、誰も貴方を馬鹿にはしないわ。
……そうね、彼が貴方を名前で呼んだ日から……かしら?」
「…………はい」
今でも鮮明に思い出せる。
『そうか、それなら俺は、君の事を……そうだな、リトル、と呼ぶ』
彼のその言葉を聞いた瞬間、世界が一変した。
基本的に私たち魔族は、種の名前がそのまま個それぞれの呼称に転じるのが一般的だ。
それまでの私は、自身の名が無いという事に苦しみを覚えるような事は無く、けれど名を呼ばれる喜びも知らなかった。
彼が自分だけの名を与えてくれた事で、自分に向けられる感情や自分が持つ感情を、より深く理解し、より強く感じ取れるようになった。
……魔族として見れば、度し難い堕落なのかもしれない。
だけど、モノクロにくすんだ曖昧な世界に鮮やかな色をつけてくれた彼を私は尊敬し、そしていつからか強い恋慕を抱くようになっていた。
『……あー、ごめん。深く考えずにリトルって名付けたけど、実は結構大k』
『ななな何言ってるんですかこのエッチ!!!』
,. -- 、
,ヘ,´,.、 , ヽヘ
^Y ル_,ハ)ノリ^ パーン
⊂/イリ;'д‘ノi⊂彡☆))Д´)
……ついでに余計な事も思い出してしまったので、慌ててかぶりを振った。
「……でも、私……」
この紅魔館だけを見ても、私なんかよりずっと魅力的な人がたくさんいる。
きっと、もっと数え切れないくらいの素敵な人たちが、彼の周りにはいるのだろう。
……心が重く軋み、鼻の根元がツンと痛む。この胸の疼きも、かつての自分には縁の無いものだった。
「顔を上げなさい、リトル。貴方はこの私の使い魔でしょ?
私はあまり知人の多い方じゃないけど、貴方ほど彼を強く想っている人を、少なくとも私は知らないわ。
貴方にも、十分すぎるほどに分はある。」
「本当ですか?」
敬愛する主の心強い言葉に、胸の中に明るく炎が灯るのを感じた。
「そ、そうですよね。私、頑張ります! 頑張って、きっと彼をメロメロのドロドロの××××にしてみせます!!」
「……貴方、少しずつあの馬鹿に似てきたわね……
まあ、その意気。その本でしっかり男心とやらを勉強なさい。
して欲しい事があるなら、私や咲夜に言えばいいわ。今回だけ特別に私が使われてあげる」
「ありがとうございます。でも、私……自分だけで考えて、何とかしたいです」
借り受けた本を、そっと机の上に差し戻す。
パチュリー様は、そう、と薄く笑った。
「いい気構えだわ。もう私からできる事は無いようだから、精々頑張りなさい」
少々喋りすぎたから読書に戻ると、パチュリー様は机の本に意識を移した。
私は、大好きな主に心からの礼を告げると書斎を後にした。
火の点いた心が、春色に激しく燃えていた。
「まったく。いつまでもお互い鈍いままだから、こんな似合わない世話を焼く羽目になる。
……お似合いよ、貴方たち」
一人残された知識人は、娘を嫁に出す父親のような寂しげな面持ちで、そんな事を呟いた。
…………そして五日後。
例によって咲夜さんに図書館まで連れて行ってもらい、珍しく外出するというパチュリーとかち合った。
「今日はもう帰って来ないから、用件は全部リトルにお願い」
それだけ言って、彼女は咲夜さんを伴い、さっさとその場を後にしてしまった。
……珍しい事もあるものだ。彼女が外出するというところを見たのは、実に今日が初めてだった。
一人、もう通い慣れた通路をすいすいと歩く。目をつぶっても平気だよヘイヘイ!
――ごつんっっ。
「ふがっ」
……調子に乗りすぎた。だ、誰も見てないよね?
気を取り直して再び足を動かす事にする。
この少々埃を被った本の香りが、いつからか自分の家のそれよりも、心安らぐ大切なものとなっていた。
中程まで進んだところで、本の整頓をしているリトルの姿が見えた。
……これも見慣れた光景だった筈なのに、何故か、
「よっ」
「あっ、いらっしゃい。お待ちしてましたよ」
……何故か、今日の彼女が一際可愛らしく見えた。
「はい、これで全部ですね。今日は変な本も混じってないですし」
……混ぜた方が良かったのだろうか。今度とっておきのマル秘鬼畜変態本で期待に応える事にしよう。
「あの、今日これからお時間は空いていますか?」
「ん? ああ、もう予定は何も無いよ」
「それなら、少しお話でもしませんか?
今日はお嬢様もご不在ですので、咲夜さんが、特別に最上階のバルコニーを貸してくれるんですって」
つくづく珍しい日だ。もちろん断る謂われは無い。
いつもは下から眺めるしかない、紅魔館からの眺めというものにも、少なからぬ興味があった。
「よかった。私も初めてだから、楽しみなんです。それじゃ、行きましょう? ほらっ」
「お、おい」
リトルがにっこりと笑って、俺の手を引いて急かす。
その白く小さな、俺のそれよりほんの少し暖かい手を、苦笑とともに握り返した。
リトルの頬に、ほのかな赤が差す。
色々おかしな日だから、俺もコレくらいはおかしくなってもいいだろう。
彼女に手を引かれて図書館を後にし、そのまま館の中を悠々と歩く。
すれ違うメイドさんたちの目が、皆子犬を可愛がる時のそれになっていたが、悪い気はしなかった。
「わあっ、すご~い」
「へえ、見事なもんだ」
思わずため息が漏れた。
最上階に設えられたバルコニーからの眺めはまさに絶景で、美しく整えられた色鮮やかな庭木を余す所無く俯瞰し、
湖の遥か彼方にけむる水平線まで、何隔てるもの無く眺める事ができる。
草木の薫りをたっぷりと孕んだ瑞々しい風が、柔らかく頬を撫でた。
「こりゃあいいや。あの図書館と同じ敷地内からの風景だとは思えない」
「あらひどい。パチュリー様が聞いたら、怒りますよ?」
朗らかな笑みがこぼれる。あんまり天気がいいから、身も心もふわふわと軽くなる。
当ても無く辺りを見回してみると、門番が草むらに大の字になって、気持ち良さそうに寝転がっているのが見えた。
よくよく思い返せば、リトルと二人きりで話をする、というのは初めてだった。
――外の世界の事。最近館の外で起こった事。この前借りた本の事。
――彼女のいた世界の事。以前紅魔館で起こった事。彼女の好きな小説の事。
陽気に浮かされるように、お互いの知らなかった事、知りたかった事を、貪欲に埋め合った。
終わりの無いパズルのピースを一つ一つ探しては埋めていく、「知る喜び」に満ちた幸せな作業。
好きな人の事が分からないというのは、実はとてもありがたい事なのだ。
「いつだったかしら、二十人くらいの強盗団が入った時は凄かったですよ~。
次の日地下の拷問部屋から、昼夜問わずに豚みたいな断末魔や、水風船みたいに肉が砕ける音が絶える事無く聴こえてきて……あぁ(うっとり)」
「そ、そーなのかー」
…………ホントだよ?
…………
――さて、楽しい時間とは、あっという間に過ぎていくもので。
あれだけ高らかと漂っていた太陽は、いつの間にやら西に傾き空を真っ赤に染め上げていた。
緩やかに落ちていく陽の光が、空と湖の境界を融かし、幾層もの紅い揺らぎを作る。
「…………」
少しでも近くで見ようと、椅子から腰を上げ、欄干の方へと歩いた。
――――――きゅっ。
後を続いて歩いて来たリトルが、俺の手を握ってきた。
館を歩いてきた時とは少し違う、しっとりと包み込まれるような感触。
「綺麗だな」
「……はい」
具体的な言葉は無くても、繋いだ手から彼女の気持ちが十分すぎるくらいに沁みてくる。
元来控えめな性格の彼女が、ここまで俺の手を引いてくるのに、どれ程の勇気を絞ったのだろう。
……あとは、男の俺がしっかり決めてやらないと。
「リトル」
「はい」
握った手に、少し力をこめる。
「もう分かってると思うけど……俺、リトルの事が好きなんだ。
……どうか、恋人として俺と付き合って欲しい」
「…………」
自分の動悸が強く跳ねるのを心地よく感じながら、彼女の返事を待つ。
「……はい…………私も……わ、わた………し、も…………」
声が震えて、俺の手を握る力とともに、声色がどんどん弱々しくなってきていた。
……おいおい。
「泣くなよ……」
「っ、う…………う~~~~~~~~っ」
硬く閉じたまなじりから、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ出す。
「まったく……」
リトルの体をしっかりと抱きしめて、小さな頭を胸板に押し付けてやった。
「ほ~ら、よしよし」
……男の身長が女より高いのは、泣きたい時に胸を貸してやる為なのだろう。
大切な人の涙を上着越しに感じながら、そんなキザな事を考えた。
「……落ち着いた?」
どれくらい経っただろうか、リトルが落ち着いたのを見計らって、そっと体を放した。
「は、はい……どうもすみません……」
「気にしない。それじゃ改めて……答え、聞かせてくれる?」
「……はい」
大きく息を吸って、吐いて……深呼吸を三回ほど繰り返して、
「私も……貴方の事をお慕いしていました。こんな私でよろしければ……どうか、よろしくお願いします」
――俺の告白を受け入れてくれた。
「うん。ありがとう。……覚悟しとけよ? もうずっと放してやらないからな」
「はいっ、望むところです。どうか、ずっと放さないで下さいね……」
リトルの瞳が静かに閉じられる。
彼女の滑らかな髪を一房横にかき分け、そっと慈しむように、唇を重ね合わせた。
――――わああああああああああっっっ!!!!!
「わっ」
「きゃっ」
いきなり地鳴りのような歓声が轟き、驚きに慌てて身を離す。
……まさか。
二人して欄干から身を乗り出し、下を覗いて見ると。
「わ……」
「マジかよ……」
いつの間にか、館の周りが、紅魔館の人々で埋め尽くされていた。
「おめでとー――っっ!!!」
「お幸せにー―――――っ!!」
メイドさんや警備の人たち、果ては厨房の人たちまでが、俺たちに祝福の声を浴びせてくれた。
「お金貸して下さー―――――ーいっっ!!!!!」
「ふざけるなっっ!!!」
――ズガンッッッ!!!!!
「ぐぎゅ」
どさくさに紛れて金貸しを要求する門番を、椅子をブン投げつける事で黙らせた。
「焼きそばはいかが~、焼きそばはいかが~」
…………出店まで出ていた。
「もう無茶苦茶ですね……」
「……ははは……」
もはや笑うしかない。
「あっ、あそこ……」
リトルの指差す方を見てみると、そこには……
「あ、あいつら…………」
パチュリーと咲夜さん、それにレミリアお嬢様が、粘着質のめっちゃいい笑顔をしていた。
――今日儂がここに来たるはパチュリーが指図 はかった喃 はかってくれた喃
今なら、拳とエルボーで人の頭を倍の大きさに出来る気がした。
「……まあいいや! なあリトル。応えてやろうぜ」
「えっ?……きゃあっ!!」
不意打ちで、リトルの膝下に腕を差し込み、背中を抱いて持ち上げる。
俗に言うお姫様抱っこという奴だ。野次馬連中から、一際大きな歓声が上がった。
「ちょっ、は、恥ずかしいです! お、降ろしてっ」
リトルが顔を真っ赤にして抗議するが、当然聞く耳持たない。
「ダメで~す。もう死ぬまでずっと一緒だからな、リトル」
「ぅ…………は、はい…………ずっと……ずっと、一緒です……」
俺の宣誓にリトルは顔を蕩かせ、肩越しに廻された腕にも力がこもる。
斜陽降りる中、紅の盟主の館で、人々に祝福されて。
どうしようもなく、俺は幸せだった。
最終更新:2010年06月04日 01:31