小悪魔3

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>>316

「よし、これで最後、と……」
所狭しと立ち並ぶ書架を廻り廻って、手元に残った最後の一冊を、本来あるべき棚の隙間に埋めた。
これにて本日の書庫整理完了、と。


あの日の乱痴気騒ぎじみた告白劇の後、俺はこの紅魔館……と言うか、ヴワル魔法図書館で日々を過ごしている。
流石に『働いたら負けだと思ってる』などとのたまう訳にもいかず、
結局、司書二号として働く事で扶持を与えて貰う事となった。
それなりの食事にそれなりの労働。
割と人使いは荒いが煩わしい事は決して言わない鍵っ子の雇い主に、同僚は可愛い恋人。
今の自分は勝ってると思います(AA略)


回想に耽っている間に、傷んだ本の補強をしていたリトルも丁度作業を終えたらしく、ふよふよと傍らに降りて来た。
「お疲れ様でした。今日の作業は全部終了ですね」
「ん、リトルもお疲れ様。……う~~ん、今日もよく働いたなあ」
お互いの労苦をねぎらい合ったところで、重たい本を持ち歩いて凝り固まった肩を、ゆっくりと回してほぐす。
「ふふっ。ダメですよ、男の人がこれくらいで音を上げてたら」
リトルはからかうように微笑むと、俺の後ろに回って肩を揉んでくれた。
「あ~~~~~、こりゃあ気持ちいいや」
「あらあらお客さん、だいぶ凝ってますね~」
彼女の指先から加えられるこそばゆい圧力が肩口から全身に広がり、何とも心地よい脱力感が体中を巡る。
疲労と心地よさが綯い交ぜになって、何だか頭の中もボンヤリと蕩けてきた。
「う~~ん、極楽極楽。この指遣いなら、夜の高級エステティシャンにもなれるぞ」
首を彼女の方に傾げて、外の世俗に汚れた激エロ親父丸出しのセクハラ発言を放った。
「本当ですか? 何だかよく分かりませんが、ありがとうございます」
「…………」
何も識らずに無邪気に綻ぶ可憐な笑顔の眩しさに、己のどす汚れた性根が照らされ浮き彫りになる。
「わっ? ど、どうしたんですか? いきなり真っ黒な涙を流して」
「いや……どうやら、本当の悪魔は俺の胸の内に棲んでいたようだ……」
ありがとう俺の可愛いプリティーデーモン。
可愛いとプリティーが被っているが、いちいちそんな細かい事を言う奴は向日葵畑のフラワーマスターに水虫の花を咲かせてもらえばいいと思う。
涙と共に要らぬ煩悩を洗い流し、俺は0.00000000000026秒いい子になった。
「……? まあ折角褒めてくれた事ですし、もうちょっとサービスしちゃいますね」

――ぐにぐにぐにぐに。

「おっ、おお~~~っ?」
宣言どおり、細く柔らかな十の指が、さらに優しく蠢き肩に埋まる。
「それっ、それっ」
「ああ~~、ええのぉ、ええのぉぉ~~」
甘い痺れが身体を巡り、顔中の筋肉もだらしなく弛緩しまくる。
ふと脱力しきった視線の先に、一人のメイドさんが紅茶一式を載せたトレンチを抱えて来るのが見えた。
「お疲れ様です。パチュリー様にお茶をお持ちしましたので、よかったらお二人も……ぅひゃあっ!! エ、エロ妖怪っっ!!?」

――ガシャー――ンッ!!

「うごっっ」
メイドさんが俺の緩みきった表情を見るなり悲痛な叫びをあげ、ティーセットごとブン投げられたトレンチが顔面に炸裂した。
「はっ、早くそいつから逃げてリトルちゃん!! 犯されるわ!!」
「えっ……えっ?」
何が起こっているのか把握出来ていないリトルが、俺の肩を掴んだまま、あたふたと声を漏らす。
「ばばば馬ッ鹿野郎!!! 俺だよ俺俺!!」
「…………はい?」
素面に戻った俺の怒りの叫びに、メイドさんが素っ頓狂な声を上げた。
「……あ、ああ、貴方だったんですか……
 その、あまりに弛みきった性感全開放な御顔をなされていましたので、てっきり新手の妖怪かと……
 も、申し訳ありませんでした。お怪我は無いでしょうか?」
「あ~まあ大丈夫。色々引っ掛かるけど、大事無かったしもういいよ」
――むにゅむにゅむにゅ。
メイドさんが俺に対して気を揉んでいたので、それに応えるべく背後に両手を回してリトルの尻を揉みしだいた。
「っきゃあっ!!? な、何するんですかこのエッチ妖怪・好色絶倫魔人!!」
リトルは非難交じりに俺を新種の妖怪に認定すると、素早く身を屈めて俺の両足首を掴み、

――ぐるん……ぐるん……ぶぉんっ、ぶぉんっ、ぶぉんっっ!!

禁断のうつ伏せジャイアントスィングに移行した。(※良い子は絶対真似しないで下さい)
「うおおおおっっ!? い、意外と肉体派ああああああっっ!!?」
「スペルカードとか、使えませんからあああああぁぁっ、てぃりゃっっ!!」
すっぽー――――んっっ。
砲丸投げの容量で、俺の身体が天井をかすめ金メダル級の放物線を描いてスッ飛んだ。
「むむむむろふしいいいいぃぃっっ!!?」
幾つもの本棚の天板が眼下を流れ過ぎて行く。
着地点付近を見ると、何時の間にやら書斎から出て来ていたパチュリーがぼんやりと佇んでいた。
「よ、良かった! おおおいパチュリーっ、助けてえええええええ」
「……残念。没シュート」
彼女がそう呟いて天井からぶら下がった縄紐を一本引っ張った瞬間、
――がばんっっ。
着地点の床が音を立てて大口を開けた。
「うっ、嘘おおおおおおおおぉぉぉぉ~~~~…………(フェードアウト)」


…………


彼をスペシャル折檻用落とし穴に叩き込んでやり、爽やかに汗を拭った。
今頃、地下に放しておいた魔界快感巨大触手タコと死闘を繰り広げている事でしょう。
満足げに頷いていると、メイドさんが恐る恐る声をかけてきた。
「あ、あの、リトルちゃん? ……穴底に辿り着く音が聞こえなかったんだけど……」
「ええ、お気になさらずに。比較的いつも通りの事ですから」
「そ、そう……」
メイドさんが引き攣った笑みを浮かべたところで、パチュリー様がゆっくりとこちらに歩いて来た。
「お疲れ様。今日の仕事はもう終わったのね?」
「あ、はい。万事滞り無く」
「そう、それなら一緒に休憩にしましょう。
 そこの貴方、悪いけどお茶をもう一度用意してきてちょうだい」
「は、はい。ただいま」
ぱたぱたと、メイドさんの慌てた様子の足音が遠ざかっていく。

――今日も何事も無く、私の大好きな紅魔館は平和そのものでした。




…………




「いや~、死ぬかと思ったよ」
「……毎度の事ながら、よく何事も無く帰って来れるものね……」
いやはやギャグ体質万歳。
粘液まみれになりながらも、何とか紅茶のお替りが来る頃には帰還を果たし、定例通りに書斎で三者ティータイム中な訳である。
「……ん?」
ふと、パチュリーの机の上に分厚い新約聖書が乗っかっているのが目に入った。
十二月という時節柄、そこから気になる疑問が浮かんだので、率直に口に出してみた。
「なあ、ここってクリスマスには何かしないの?」
俺の疑問に、リトルがいつもの可憐な笑顔で答えた。
「うふふ、何言ってるんですか。ここは吸血鬼の城ですよ?
 キリストみたいな<<ピー――>>で<<ピー、ピー、ピー――>>な挙句、
 <<バキュンッ、バキュンッ!!>>な<<パオオォォォォン!!>>野郎の誕生日なんて、祝う訳無いじゃないですか」
「そ、そそそそうだよね。ごごごごめんね、お、俺が馬鹿だったでしゅね」
にこやかに放送禁止残虐用語を連発するので、逆にめっちゃ怖かった。
「…………ふむ」
だが、怯え縮こまる俺を尻目に、パチュリーは顎に手を当て少し思案すると、
「……面白いかも知れないわね」
そんな事を呟いた。
「面白い?」
「ええ。……よし決めたわ。レミィに掛け合って、今年はクリスマスパーティーとやらを開いてみましょう」
「ほ、本気ですか? パチュリー様」
珍しい事にリトルが心底嫌そうに渋面を作るが、無論そんな事で動じる知識人ではない。
「本気も本気。初めての体験は何事もいい刺激を与えてくれるし、何より……嫌がるレミィの顔がとても見物だわ」
……とてもサドい理由であった。
しかし、これだけの規模の館でのパーティーというのは、非常に魅力的なプランだと思う。
俺としては、拒否する理由は微塵も無い。
「決まりね。ところでクリスマスって、外の世界ではどういう風に祝うものなの?」
「う~ん、そうだなぁ……」
天井を見上げてしばし記憶を掘り起こしてみるが、信仰に淡白な国で育った俺の脳は、すぐに頓挫した。
俺の方にも、サンタクロースの伝承やら聖歌斉唱やらといった、普通のパーティーに毛が生えた程度の知識しかない。
「あら、しょうがないわね。それじゃ二人とも、明日は資料を集めてちょうだい。
 記録の新古、図書館の内外どこから引っ張って来るかについては一切問わないわ」
「うん、了解」
「はぁい……」
俺の快諾に、リトルのいかにも渋々といった感じの返事が続いた。



…………



「……もうっ、何で小悪魔の私がこんな……」
お勤めを終えて二人の部屋に戻ってからも、リトルはプリプリとご機嫌斜めな様子だった。
「何だ、そんなに嫌なのか?」
「う~ん……やっぱり、生理的に受け容れがたいものが……」
「そうか……」
まあ、その心情も分からなくは無いが。
俺の立場で言えば、邪神モッコス様の誕生日を盛大に祝え、と言われているようなものなのだろう。
しかし、せっかくの性夜……じゃなかった、聖夜だというのに、恋人がこんな暗い顔をしていては楽しめる筈も無い。
早急に事態を解決すべく俺は、眼前のプリチー小悪魔に性意……じゃなかった、誠意を見せつけ説得に当たる事にした。
「えっとさリトル。実は俺の育った所って、色々な宗教がチャンポンになっていて、正直信仰に疎いお国柄でさ」
「はぁ」
「クリスマスに関してもキリストの生誕を祝うって言うより、
 家族や恋人、大事な人たちとの幸いな日々に感謝する、っていう意味合いが強いんだ」
もし、この幸せな日々を与えてくれているのが見た事も無い神様だと言うのなら、感謝を惜しむつもりは無いが。
「……そうなんですか……それなら私も、感謝しないといけませんね」
線の細い口元が緩く綻び、頬に淡く赤が差す。
ようやく見せてくれたいつものあたたかな笑顔に、俺のいちびりハートに火がついた。
「うん、ありがとうリトル。
 ところで、以前に俺の居た所が環境破壊に悩まされてるって話はしたよな?」
「はい、覚えていますけど……それが何か?」
「実はアレ、クリスマスが原因なんだ」
「えっ?」
怪訝な顔をする彼女に分かり易く図解する為、
一日の予定を書き込む為に壁際に備え付けてある黒板の元に歩み寄り、手に取ったチョークを走らせた。


恋人たちの最終決戦 → 地球全土で一晩耐久デスマッチ → 惑星震撼 →
群発的な高速渾身前後運動により地殻変動が活性化 → 未曾有の大地震発生 →
さらに前後運動と大地震の相乗効果により大気中で原子核融合が発生 → 未曾有の大メルトダウン発生 →
人類は核の炎に包まれた!! → 媚びろ~!! 媚びろ~!! おれは天才だファハハハ!!


「……とまあ、こういう訳だ」
板書を終え、軽く手を叩いてチョークの粉を落とす。
後ろを振り返ると、リトルがはらはらと悲しみの涙を流していた。
「……ぐす、可哀相に……その変態性欲は、全部核のせいだったんですね……」
何だか失礼なベクトルに同情されていた。
「分かりました! 可哀相な貴方の為にも、ぜひ成功させましょう!」
「そ、そうやね……」
色々と釈然としないが、まあやる気を出してくれたのだから良しとしよう。
俺の方も当日は彼女の解釈に応えるべく、核融合級の変態性欲を見せ付けてやらねばならないだろう。
何もかも核が悪いのであって、俺には微塵の罪悪も無く、遠慮などする必要は皆無!
――胸の内で、正義ならぬ性義が燃えていた。




…………




翌日から宴の準備が始まり、冬の寒気にやや萎縮していた館の空気が、慌ただしくも熱く巡り始めた。
俺たちが集めてきた資料をパチュリーが吟味し、咲夜さんを通じて館の人たちに指示を飛ばす。
何処か懐かしい、お祭りじみた高揚感が心地よい。
やはりレミリアお嬢様は嫌がっていたようだが、
『敵に塩を贈る程度の事も出来ないような凡俗が主じゃあ、この館ももう長くは無いわね……』
というパチュリーの容赦無い一言が火付けになったらしく、今では俄然やる気になっているようだ。
元々が、俺を除けば有能な人たちばかりである。
大した問題も無く準備は着々と進み、界隈の関係者たちにも招待状が出された。




…………そして、当日。
誰かがあつらえたかのように小雪がまばらに散る寒空の下、
紅い悪魔の館に、信仰心など毛の先程も無いような連中が続々と集まった。




会場となる一階の大ホールに来客が集められ、宴を彩る様々な料理が、薫り豊かな湯気を立てながら続々と運び込まれる。
立食パーティーの形式を採用したので、場所を大きく取るのは料理を載せるテーブルだけだ。
紅魔館が誇る厨房の腕利きたち渾身の傑作群に、あちこちから興奮を隠し切れないため息が漏れた。
ちなみに迎える側である紅魔館の人たちは、全員いつもの制服ではなくサンタの衣装に身を包んでいる。
ちゃんと下がスカートになっている辺り、出来ておる喃 咲夜さんは……。
……しかし何だ、初めて穿いてみたけど、スカートってのはこう股下がスースーして、その、病み付きになりそうな……
「馬鹿っ、貴方はズボンでしょう、この倒錯的変態!!」
視察に通りかかったレミリアお嬢様にめっちゃ怒られたので、仕方なく裏に引っ込んで履き替える事にした。



ズボンに履き替えてホールに戻る道中、休憩用の控え室から、これまたサンタ衣装に身を包んだリトルとパチュリーの問答が耳に入ってきた。
一体どうしたというのだろうか。
ドアの隙間から首を突っ込んで覗いて見ると、リトルが顔を真っ赤にしながらスカートの裾を太腿の上っ面辺りで必死に押さえていた。
「あ、あの、パチュリー様。何で私のスカートだけこんなに短いんですかっ?」
「……おかしいわね。ちゃんと貴方の尺に合わせてあった筈なんだけど」
――何を隠そう、俺の仕業である。
昨晩リトルが寝入ったのを見計らい、こっそりと彼女の衣装を弄くり回しておいたのだ。
「私、こんな恥ずかしい格好で出たくありませんよぉ……」
「何言ってるの、可愛いじゃない。……あ、ほら貴方、ちょっと来なさい」
俺の姿に気づいたパチュリーが、手招きをしてきた。
「はいはい、どうしたんだ?」
「ね、この子の格好、どう思うかしら?」
「最高じゃないか」
即答だった。
「う……」
「ほら、大事な人もこう言っている事だし、観念しなさいな」
「うう……誰の仕業だか知りませんけど、酷いです……」
涙目で恥ずかしそうにしながらモジモジと腰をくねらせる姿に、大いなる達成感が湧き上がってくる。今日もいい事をした。
「まあ、そう嘆きなさるな。あっちに比べれば幸せなもんだろう」
そう言って指差した部屋の奥の方、あちらでは美鈴が咲夜さんに必死に詰め寄っている。
これまた涙目になっている彼女は、犯罪的に瑞々しいビキニサンタの衣装に身を包んでいた。


「ちょっと咲夜さん!! 何なんですか私のこの衣装ぉぉ!!」
「何って言われてもほら、ちゃんと図書館の資料に載っていた由緒正しき衣装なんだけど」
そう言って咲夜さんは、一冊の本を目の前に掲げて、ひらひらと振ってみせた。

『爆淫露出サンタの終わり無き性夜・冥府魔道肉質煙突責めでメリークリスマス編』

「何その最悪なタイトルセンス!!
 って言うか何でそんな本が図書館にあるんですか!!」
――何を隠そう、それも俺の仕業である。
しかし、厳重に隠しておいた筈のあのマル秘本を探り当てるとは、恐るべきは悪魔の犬の卓越した嗅覚……
「もう観念なさい。こういうお祭りには、貴方みたいな鮮やかな花も必要なのよ」
「うぅ……上手い事言って誤魔化そうとしてますね……」
一部の隙も見せない、完全で瀟洒なパワー&セクシャルハラスメントだった。
あの熟練の手管、俺も見習わなくては……!


「……そうですね。私、まだマシな方ですよね……」
眼前の無惨な光景に、リトルが同情のため息をついた。
「う~む……それにしても、凄いなアレは……」
美鈴がぶら下げている二つの中国製ジャンボ肉饅頭が、圧倒的な威圧感を放っている。
これが、幻想郷では非常にレアリティの高い能力だと言われている、万乳引力という奴か。
童心に還ってアホの子のように眺めていると、いきなりリトルに頬をつねられた。
「あ痛たたたっ! な、何だよ……」
「……ふんだっ、知りませんっ」
俺が抗議の声を上げると涙目で拗ねたように頬を膨らませて、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
こ、これは……!!
「んんんんん可愛いいいいいいいいいいっっっ!!!!!」
――がばあっっ!!
「きゃあっっ!!?」
その小さな体を抱え上げ、人波溢れる大ホールに向けて大疾走を開始する。

――ずどどどどどどどどどどどどどどどどどっっ!!!

「おおおおいっっ、みんな見て見てええええ!!!
 俺の彼女ったらヤキモチ妬いちゃってもうっ、すんげえ可愛いいいいいいいいいいいっっっ!!!!!」
「きゃあああああっ!! ちょっ、スカートが、降ろしてっ、降ろして下さいいいっっ!!!」
すれ違うメイドさんが生暖かい微笑を見せて、意味も無くクラッカーを鳴らした。


…………


「……………………」
使い魔と部下の変態行脚から取り残され、控え室を見回してみる。
ホールの方から彼の奇声とリトルの悲鳴が轟き、部屋の中では美鈴がさめざめと無念の涙を流していた。
「…………まあ、平和で何よりだわ……」
――この愛しき日々よ、どうか永く、永く。
どうせパーティーが始まってしまえば、いつものドンチャン騒ぎになるだろう。
そうなる前に、私は皆より一足早く、神様への感謝を済ませておく事にした。




…………




やがて滞りなく全てのセッティングは完了し、来賓も全員揃った。
乾杯の音頭をとるべく壇上に上がった、主催であるレミリアお嬢様に、まだかまだかと浮ついた視線が集まる。
お嬢様は一つ咳払いをすると、その幼き威容から、凛とした声を張り上げた。
「えー皆様、本日は厳しい寒中に関わらず我が紅魔の館にお越し頂き、誠にありがとうございます。
 ……と一応言っておけ、と咲夜に言われました」
凄まじく一言余計だった。
「……それでは、赦し難き我等が怨敵の誕生日を祝しつつ、
 今日この日、健やかにこの場に集う事の出来た幸いなる運命に……」

『メリー・クリスマス!!!!!』

祝っているのか呪っているのかよく分からない音頭に、ホール中に響き渡る歓声と、グラスを合わせる音が応えた。




基本的に、料理の追加を担当しなくてはならない厨房の人たちを除いて、
来賓からの用件が無い限りは、俺や下っ端の人たちも自由にパーティーに混じっても良い事になっていた。
まあ、言うなれば無礼講の一種という奴だろう。
辺りを軽く見回してみると、普段あまり関わりの無い人たちも、和やかな雰囲気で談笑出来ているようだ。
「うんうん何より。それじゃリトル、俺たちも回ろうぜ」
「はいっ。あ、でもパチュリー様は……」
「いいわよ、私は私でゆっくり楽しませてもらうから。今晩は二人で心ゆくまで堪能なさい」
「……はい、ありがとうございます……」
「うふふ、そしてパーティーの後は……うふふ……」
粘っこい微笑を浮かべると、パチュリーはボクシングのジャブのように拳を二度突き出してくる。
拳の人差し指と中指の間から、親指が突き出されていた。
「パッ、パチュリー様っっ!?」
「余計なお世話だ!! それじゃ行って来ます!!」
予期せぬ人物からの逆セクハラに二人して大ダメージを受け、慌ててリトルの手を取ってその場を離れた。
平時はセクハラする側だったので気付きもしなかったが、女性から受ける逆セクハラとは、こんなに強烈なものだったのか……
……癖になりそうだ!
喜ばしい事に、俺のフェチズムにまた一つ引き出しが増えた。




はてさて、どうも美味しい料理というものは、人の性分を悉く剥き出しにするらしい。
「う~ん、旨いなガツガツ、こりゃあ何て料理だモグモグ」
「モグモグあああ美味しいわパクパク、ねえ咲夜ゴクゴクゴク、ありがとうあんた達最高だわムシャムシャ」
「……料理は逃げないし、まだ沢山あるからもう少し落ち着いて食べなさいな……」
最初に覗いた一角では、サバンナの飢えた野獣と化していた霊夢と魔理沙に、咲夜さんが苦笑を浮かべていた。
「迂闊に近寄らない方がいいな、アレは……」
「は、はい……」
一緒に取って食われては堪らないので、そっとその場を後にした。



その後二人でのんびりと食べ歩きを楽しんでいると、最近館内でよく目にする顔と出会った。
忙しなく彼方此方を撮影している様子だったが、俺たちに気付くとカメラを下ろし、爽やかな笑顔を見せてくれた。
「こんばんは、お二人とも。今日はお招き頂いて、ありがとうございます」
「こんばんは、文さん。楽しんで頂けてますか?」
「ええ、それはもう。鶏肉メインなのが少々微妙なところですけど、時節柄仕方が無いですよね」
そう言って微苦笑を返してくるが、それ程深刻に気にしている風でもなかった。
「それよりも皆楽しそうで、いい写真が沢山撮れそうです」
「そっか。それは何より」
「ふふ……そうだ。ね、お二人の写真も撮らせて下さいな。カップルの写真もぜひ押さえておきたいところです」
勿論断る謂われは無い。
リトルと二人並んで文の前に立つ。
「それじゃ行きますよ~~、はい、チーズ」
「憤(フン)ッッ!!!」
文の掛け声に応えて、取って置きのハンサムフェイス&ポーズを決めてみせた。
『ひぃぃっっ!!?』
――ぼふんっっ。
文とリトルの悲鳴が重なり、俺の美貌光線に耐え切れなかったカメラが煙を吹いた。
「しっ、失礼な!!」
「何で貴方が怒るんですか……」
「な、何なんですか今のモザイク必須な表情とポーズは!!……あぁ……私のカメラ……」
文が半べそ状態で沈黙したカメラを弄繰り回している隙に、リトルの手を掴みさっさとこの場を退散する事にした。
「HAHAHAごめんよ文!! 請求書は紅魔館宛にプリーズHAHAHA!!」
「えっ、ちょっ……ご、ごめんなさい文さん!!」
ばびゅー―――ん。
「に、逃げるなあああ!!」
脚を360度回転させて、懐かしのマンガ走りで遁走する。
流石の天狗の足も、このコミック力場においては我がギャグ走法に敵う筈も無かった。



…………




ある程度の時間が経ち、場の雰囲気が落ち着いてきた頃合。
「は~~いっ、皆さん、注目して下さ~~~~い!!」
咲夜さんと美鈴の二人が壇上に上がり、美鈴が持ち味の大声を張り上げた。
会場中全員の視線が、壇上のビキニ一丁のエロサンタに注がれる。
「ああっ!? い、いやその、お願いやっぱり注目しないで」
「何やってるの貴方は。ほら、しっかり仕事なさい」
羞恥に身を縮める汚れ系アイドル風味な門番に、鬼メイド長の有無を言わさぬサドい視線が容赦無く突き刺さった。
「は、はい……おほんっ。……あの、これから事前に告知していたとおりに、プレゼント交換を行います」
『おおおおぉぉぉぉ~~……』
結構楽しみにしていた人も多かったらしく、所々からざわめきが起こる。
さあ、これからもう一仕事だ。
美鈴の告知を皮切りに、入館の際に一度預かり受けていたプレゼント群を、
この時間に合わせて空けておいた中央のスペースに、俺やリトルも含めた下っ端総出で運び込む。
「えっほ、えっほ」
こうして包装されて中身が分からない状態でも様々な大きさ、形があり、なかなかに想像力を刺激してくれる。
程無く全ての荷が集められ、美鈴が再び声を張り上げた。
「それでは皆さん、そこから一つずつ受け取って、輪っかになって下さ~~~い!!」
ぞろぞろと中央に押しかけて来る人たちに、深く考えずに手近な包みを次々と渡していく。
来賓全員の手に渡ったのを確認すると、俺たちも一つずつ包みを手に取り、人垣に加わった。
やがてホールの壁際を伝う形で、一つの大きな人の輪が出来上がる。
不備が無いのを確認すると、咲夜さんが傍らのグランドピアノに腰掛けて、説明を引き継いだ。
「それでは、僭越ながら私が一曲弾かせて頂きますので、
 その間、時計回りにプレゼントをどんどん廻して下さいな」
『は~~~~い』
すっかり童心に還りきった返事に満足したように柔らかく微笑むと、
咲夜さんの指先が鍵盤に沈み、軽やかなイントロを紡ぎあげる。
子供の頃によく歌った、『赤鼻のトナカイ』のメロディだった。

――♪真っ赤なお鼻の トナカイさんは~♪

事前に練習していた通りに、紅魔館の人々の歌声が響き渡る。
次第に紫さんや慧音さん等、この歌を知っているらしい外部の人達からも歌声が上がり始めた。
和装の輝夜姫や亡霊嬢がこの歌を諳んじる姿に盛大な違和感を覚えたが、まあそこに突っ込むのは野暮と言うものだろう。
ピアノの旋律と人々の大音声が、暖かくホールの伽藍を満たし、プレゼントの包みが一つ一つ手から手へと渡っていく。

――♪暗い夜道は ピカピカの お前の鼻が 役に立つのさ♪
「♪暗い夜道は テカテカの お前の××が 役に立ぶふっっ」
両隣のパチュリーとリトルに、鉄拳で両頬を挟まれた。

――♪いつも泣いてた トナカイさんは 今宵こそはと 喜びました♪

「――――はいっ、ストーップ!!」
一つ強く鍵盤を弾き、咲夜さんの制止の声が響く。
回り回り、元が誰の物とも分からなくなったプレゼントが各人の手に行き渡っていた。
「お疲れ様でした。今お手元に収まっている物が、皆様へのプレゼントでございます」
大きな拍手が沸き起こり、お待ちかねのスーパー開封タイムだ。
彼方此方から黄色い歓声が上がり、この面子では極めて珍しく、和気藹々としたムードに包まれる。
そんな微笑ましい情景に思わず笑みがこぼれ、さて、自分の手元に巡って来た包みに視線を落とす。
「……でけぇ……」
何だか随分と重量感溢れる箱だった。
丁重に包み紙を剥がし、そこから現れた物は……
「……なに、それ」
隣から見ていたパチュリーが、訝しげな声を出した。
――いかにも使い古された風情の、中華鍋。
「だっっ、誰だこれはあああっっ!!!」
「はいはい、それ私のだわ」
俺の絶叫に、紫さんが手を挙げて応えた。
「この野郎!! これプレゼントって言うより、アンタん家の粗大ゴミじゃねえか!!」
「あら失礼ね。人から貰った物に文句を付けるなんて、お里が知れてよ」
紫さんの挑発的な視線に、俺の憤怒の炎が激しく燃え上がった。
「ど許せぬ八雲紫!! いざ尋常に勝負せい!!」
人差し指を突き立てて宣戦布告、中華鍋を身構える。
「まあ勇ましい事。……言っておきますけど、今の私には誰も勝てないわよ?」
不敵に口元を笑みの形に歪めると、紫さんはプレゼントの箱から取り出したガ○ダムシールドとビームサーベルを身構えた。
「なっ!!? だ、誰があんな恐ろしい兵器を……」
「うぐっっ」
喉を詰まらせるような声が横の方から聞こえたのでそちらを覗い見ると、香霖が必死に笑いを噛み殺しているのが見えた。
……お前か。
しかし、今はそのような事を気にしている場合でもない。
脅威の新型MSと化したニュータイプゆかりんには、針の先程の隙も見当たらなかった。
何時の間にか周りの人たちがギャラリーと成り果て、囃し立てるように歓声を送ってきており、退くに退けない状況となっている。
俺の頬を、冷たい汗が伝い落ちた。
「――助太刀しますよ、紫さん」
さらに状況を絶望的にする声が、人垣の中からかかる。
「ふ、ふふ……カメラの恨み…………」
ゆらりと歩み出てきた文の右手には、よりにもよって俺が用意したブーマーのサイン入りバットが握られていた。
幾百幾千の名投手を血祭りに上げてきた、伝説の銘刀だ。
……これ、ちょっと洒落にならなくね?
「くっ、すまんリトル。助太刀を頼む」
「は、はいっ。及ばずながら」
慌ててリトルが自分のプレゼントの包みをごそごそと剥がす。
そこから姿を覗かせた物に、彼女の顔にパッと驚き混じりの笑みが輝いた。
「わああっ、可愛い!!」
――いかにも乙女風味全開な、クマさんのぬいぐるみ。
「う~~~ん、ありがとうございます。こういうの、欲しかったんですよ~~」
すりすりすりすり。
目尻をとろんとろんに垂れ下げて、いかにも幸せそうにクマさんのお腹に頬擦りする姿に、

『……………………』

揃いも揃って毒気を抜かれた。
「……すまなかった、紫さん。よくよく見れば、程好く油が染み込んだ使い易そうないい鍋だ」
「……いえ、喜んで頂けて何よりだわ……」
「……カメラは、直せばいいだけの話ですよね……私も少し狭量でした」
天下泰平カタルシス万歳。
「でも、どなたが御用意してくれたんでしょうか、このクマさん」
「ああ、それ私の」
リトルの疑問に、永琳さんが手を挙げて応えた。

『嘘だッッッ!!!!!』

――会場中の怒声が、一つに揃った。




…………




さて、プレゼント交換も終了して立食パーティーに戻り、宴もたけなわと言ったところか。
一同いい感じに酒が回り、そろそろ場のテンションが怪しい感じに盛り上がり始め、
酔い潰れて救護班送りになる人もちらほらと出始めた。
いわゆる、地獄開始という奴だ。


「おお~~いっ、芸の出来る奴はおらんかね~~」
「ふっふっふ、ここは一つ私たちが。ほら」
「あ~はいはい、しょうがないわね」
オッサンじみた魔理沙の呼び掛けに、てゐと鈴仙のイナバーズが応えて前に出た。
どいつもこいつもアルコールで真っ赤な顔をしている。
「さて皆様、ここに取り出だしたるは、タネも仕掛けも無いチョコクリームクッキーとブラッドオレンジジュース」
てゐが、手に取ったクッキーとグラスを鈴仙に渡す。
「……? コレをどうするの?」
よく分からない、という風に眉を顰める鈴仙に、てゐがチッチッ、と人差し指を振った。
「コレを同時に食べると、何と!!」
「?」
鈴仙は合点のいかない様子ながらもてゐの口上に従い、クッキーを咥え、幾度か噛んでオレンジジュースを口に含んだ。
「…………何と、雑巾のような味が!!」
「うぶうううっっ!!!」
鈴仙の頬が、風船のごとく一気に膨張した。
「アホかアンタ達っっ!!」
「だああっ、頑張れ鈴仙、ここで吐くなよ!?」
「うっ、ぐっ、ぐぐぐ……」
顔色を真紫に変えた鈴仙が、口元を必死に抑えながらこくこくと首を縦に振る。
「あーもうっ、誰か急いでバケツと砂!!」
咲夜さんの指示を受けて数名のメイドさん達が慌てて走り、
この場に残った妙に顎の尖ったメイドさん達が、外道詐欺兎を囲みスペシャルリンチに祀り上げた。
『カスッ…………ゴミッ…………クズッ…………!』
――ドカッ、ドゴッ。
「ううっ……!」

……ざわ…………

     …………ざわ……


「……あの、ごめんなさい。何だか、私も少し気分が……」
隣から聞こえた弱々しい声に振り向くと、リトルの顔から若干血の気が引いており、いつもより肌が白く見えた。
そう言えば、彼女はあまり酒に強い方ではなかった。
場に合わせて少し無理をしていたところで、眼前の惨劇に中てられてしまったのだろう。
「おいおい、大丈夫か?」
「はい……少し休めば大丈夫です」
俺に気を遣って笑ってくれてはいるが、これはどう見ても宴の空気に浮かれていた俺の注意力散漫だろう。
どうしたものかと辺りを見回してみると、丁度いい所に丁度いい人がいた。
「お~~い、永琳さ~~~ん」
自分の家の兎がリンチにかけられるのを何故か楽しそうに観ていた永琳さんが、俺の呼び声に振り向きこちらに歩み寄って来た。
「……はいはい、どうかしたの?」
今日の彼女は黒を基調にしたシックなドレスに身を包んでおり、いつもと毛色の違う淑やかな雰囲気を見せていたが、
右手からぶら下がった一升瓶が、見事にその雰囲気をブチ壊しにしていた。
「お楽しみ中に悪い。ちょっとこの子の気分が悪いみたいなんで、診てやってくれないか?」
「どうもすみません……」
「あらら、ちょっとはしゃぎ過ぎたのね。それでは少々失礼」
永琳さんは面倒臭がる風も無く軽く微笑むと、リトルの指を取り、続いて首筋、おでこへと指の背中を当てていった。
「……ふむ。体温等に別状は無いみたいだし、アルコールさえ抜けてしまえば何の問題も無いわ。
 どうせ当てにされると思って、特別性の酔い醒ましを持って来てるけど……よかったら飲む?」
「どうもすみません。それじゃ、お言葉に甘えさせて頂きます」
「よろしい。私、素直な子は好きよ」
そう冗談めかして笑うと、永琳さんは胸元のポケットから蝋紙の包みを一つ取り出し、リトルの手の平に落とした。
「ありがとうございます。それでは……」
受け渡された粉薬がリトルの喉を滑り、グラスの水で流し込まれる。
「…………わっ、凄い。一瞬でスッキリ……」
信じられない、という風にリトルが瞳をパチクリさせた。
「ふふ、永琳お姉さんの特効薬を嘗めて貰っては困るわね。
 ……ただね、良薬口に苦しとはよく言ったもので、その薬にも副作用があってね……」
「え?」

「――バストが、15cm程度大きくなるの」

――ぼよんっっっ。
「きゃああああっっ!!?」
「うおっっ」
中からガスを吹き込まれたかのように急激にリトルの胸が膨れ上がり、胸元のボタンが一つ弾けた。
「ちょっ、ちょっとこれっ、なななっ……」
慌てて両腕で胸を抱え込むように隠そうとするが、それでも服の下からまろび出る圧力を抑え切れない。
「うわあああ!! すごい、すごいよえいりんさん!! あんたてんさいだよ!!」
あまりの絶景に脳の働きの大部分を視覚に奪われ、俺の言語体系も激しく劣化してしまっていた。
「え、永琳さんっ、こんな、こんなの酷いですっ。……っ、ふえええぇぇんっ」
泣きべそをかきながら抗議の声を上げるリトルの頭をくしゃっと撫でて、永琳さんは笑った。
「あらら御免なさい、泣かないでちょうだいな。
 残念ながら10分程度経てば元に戻るから、安心してちょうだい」
……そいつは本当に残念だ。
心の中で一つ舌打ちをすると、こういう事にはまったくもって目敏い霊夢が、永琳さんに擦り寄ってきた。
「ねえ永り~~ん、私も酔っちゃったから、そのお薬ちょうだ~~い」
『……………………』
あまりに惨めなさもしさに、遠巻きに見ていた人々から哀しみの嗚咽が漏れた。
「はいはいしょうがないわね。そんな健気な巫女には、一番強力なのをプレゼント」
「あっ、ありがとう!!」
礼を言うのももどかしそうに永琳さんの手元から包みをふんだくると、一気に中身を飲み干す。
「…………あら、本当に凄いわね。スッキリ」
「その辺抜かりは無いわよ。ちなみに、一番強力なその薬の副作用はね――」
「ふ、副作用はっっ!!?」
わくわくが止まらない霊夢に、永琳さんが地獄の悪鬼のような邪悪な笑顔を浮かべた。

「――ウエストが、15cm程度大きくなるの」

――ぶよんっっっ。
「きゃああああっっ!!?」
「うおっっ」
中から餡子を詰め込まれたかのように急激に霊夢の腹が膨れ上がり、腰紐の結び目が弾けた。
「ちょっ、ちょっとこれっ、なななっ……」
慌てて両腕で腹を押さえ付けるように隠そうとするが、それでも腹の肉からまろび出る圧力を抑え切れない。
「ぶははははっっ!! 凄い、凄いよ霊夢!! アンタ見事なドラム缶だよ!!」
あまりの寸胴ぶりに腹の働きの大部分を馬鹿笑いに奪われ、俺の腹筋も激しく崩壊寸前だった。
「えっ、永琳っっ!!! こっ、こんなの酷いブヒ」
語尾に『ブヒ』とか付けながら抗議の声を上げる霊夢の頭をくしゃっと撫でて、永琳さんは嘲笑った。
「あらら御免なさい、もっといい声で泣いてちょうだいな。
 喜ばしい事に一週間程度経たないと元に戻らないから、絶望してちょうだい」
……長っっ!!
「う、う~~~ん」
「きゃっ、れ、霊夢さん!?」
永琳さんの鬼畜極まりない宣告が精神のボーダーラインをブッ千切ってしまったらしく、
気を失って倒れこむ霊夢の体を、慌ててリトルが支えた。
「う~ん、酒と薬って怖いよね……」
「上手い事まとめたつもりかしら」
だって、何だか収拾つかなくなってきたんだもんよ……



…………



何とか状況も落ち着きを取り戻し、再び悠々と歩いていると、とある集まりに目を奪われた。
レミリアお嬢様と魔理沙と、……あと一人、初めて見る顔があった。
あの容姿と雰囲気は、ひょっとして……
「……なあリトル。あれって……」
「はい。レミリアお嬢様のご姉妹、フランドール様です」
「そっか、あの子が……」
何度か話に聞いてはいたが、実際目にするのは今日が初めてだ。
大きく身振り手振りを交えながらレミリアお嬢様や魔理沙に爛漫に話しかける彼女の姿は、とても……とても、楽しそうだった。
レミリアお嬢様も、普段決して俺たちの前では見せないような、深くなだらかな眼差しを妹様に向けていた。
「……行こうか。邪魔するのも悪い」
「ふふっ。そうですね」
今日は、地上に生ける人々が、日々の幸せに感謝を捧げる祭日だ。
悪魔が幸せになったところで、神様としても文句は無いだろう。




……………………




こうして比較的大した混乱も無く、無事パーティーは大成功と言っていい成果を残して終了の時を迎える事が出来た。
『お疲れ様でした。お気をつけて~~』
「こちらこそ今日はありがとう。良いお年を」
最後に残った八雲一家を見送り、これで残る役目は会場の後片付けのみ。
だが俺にはそんな事よりも、日付が変わって聖夜が終わってしまう前にやらねばならない事があった。
「……なあリトル。ちょっといいかな。大事な話があるんだ」
「えっ? でも、これから片付けが……」
「いいからいいから。俺たち二人くらい抜けたって、そう変わりは無いって」
少し強引に彼女の手を引いて、こっそりとホールを抜け出した。


…………


「あ、パチュリー様。あの二人、何処に行ったかご存知ありませんか?
 もうっ、この忙しいのに……」
流石に今日は疲れたので椅子に腰掛けて休ませて貰っていると、下っ端のメイドの子が私に慌ただしく尋ねてきた。
「…………御免なさいね。二人には私から別の用事を頼んじゃったの。
 申し訳無いけど、こっちの片付けはあの子達を省いて考えてちょうだい」
「そうだったんですか。……ふぅ、それならしょうがないですね。一丁頑張りますか!」
一念発起、袖を捲り上げて気合を入れると、彼女は踵を返して再び仕事の山へと挑みかかった。
……まったく、世話の焼ける二人だこと。
最初に彼も言っていたが、クリスマスとは、常からの幸いに感謝を捧げる祝事である。
降りしきる星と波打つ雪に囲まれながら、甘く流れる神代の鐘。
友人との幸い、家族との幸い、そして…………恋人との幸い。
「……ふふ、完璧じゃないの」


…………


ホールを抜け出したそのままの勢いで、スルスルと三階の共用バルコニーまで逃げおおせた。
「……と。この辺でいいかな」
一階に住人全員が集まっているこの状況では、流石にここまで来れば誰にも見つかるまい。
地階から、修羅場の喧騒が微妙な振動をもって足元に伝わってくる。
窓から外を覗いてみると、館から漏れる灯火を深々と降りしきる粉雪が照り返し、庭の草木をほの紅く染め上げていた。
「もう……話って何ですか一体? あんまり遅れると、後で咲夜さんが怖いですよ」
「うん、それなんだけどさ。……ちょっと両手、出してくれる?」
「? ……はい…………」
キョトンと差し出された両の手の平に、ズボンのポケットから取り出した小箱を乗せた。
「メリークリスマス。俺から大切な恋人に、プレゼント」
「ええっ? そ、そんな、悪いです」
「いいから、開けてみてくれ」
「……、…………は、はい……」
らしくも無い俺の緊張が伝わったのか、彼女の細い指が、そっと神妙に小箱を開け放つ。
――その身の半ば程を小箱に埋めた指輪のダイヤモンドルースが、室内灯の薄紅色の灯りを一筋照り返した。
「……………………」
「……………………」
「……………………あ、あの」
呆然とした表情でカクカクと俺の顔と指輪に視線を動かしながら、搾り出すような声。
「その……これ、って……」
「……うん。多分君が想像している通り」
「……っ……」
俗に言うところの、給料の三ヵ月分という奴だ。
「――ただ今より、俺から君に、今生今身のお願いがあります」
「…………はい」
大切な、俺の大切な小悪魔の少女が、背筋を伸ばし姿勢を改めて、期待のこもった眼差しで俺の言葉を待っている。
もうここまで来たら後には退けない。俺は覚悟を決めて、一つ大きく息を吸った。

「その、さ。……俺が君につけたリトルって名前に、
 もうひとつ……苗字を加えて欲しいんだ」

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最終更新:2010年06月03日 00:32