小悪魔10
大図書館の片隅で(Megalith 2011/05/22)
「〇〇さん、頼まれていた本ってこれでいいですか?」
「ああ、うん、ありがとう。そこに置いておいて」
小悪魔が抱えていた本の束が、机の上でどさりと重い音を立てる。
「助かるよ、こぁの手が空いていて本当に良かった」
このだだっ広い図書館で自分の望む本を見つけ出すなんて、考えただけでも目眩がする。
魔法使いに「なりたて」の〇〇には、パチュリーのような知識も小悪魔のような経験も不足している。望む情報がどの本に記載されているか、推測することも難しかった。
「いいんですよ、〇〇さんの書いた小説好きですし」
そう言って、小悪魔は〇〇の向かい側に腰を下ろす。
彼女の動きに合わせ、ふんわりと髪が揺れた。
「でも〇〇さんも不思議な人ですよね」
「どうして?」
「『書きたいものがありすぎて時間がない、だから魔法使いになろうと思う』なんて、普通の人は考えませんよ」
そんな馬鹿げた望みを叶えたのが小悪魔の主人であったりするのだが、その主人も〇〇が魔法使いになった途端に、〇〇の世話を小悪魔に丸投げしてきた。
当人曰く「彼が自分の使い魔を呼び出せるまで、手伝ってあげなさい」とのことだが、魔法使いになった〇〇が図書館に入り浸っていることが気になったのかもしれない。
〇〇は小説の資料を探し回っているだけだが、時折禁書にまで手を伸ばす悪癖がある。禁書は別箇に封印されているが、〇〇は何故かその封印を突破してしまう。
パチュリーが〇〇を危険人物と認定するまで、時間は掛からなかった。
「パチュリー様も〇〇さんの小説、楽しみにしているんですよ。本人は隠してますけど」
くすくすと笑う小悪魔に〇〇の頬が緩む。その名前とは裏腹に、心が暖かくなるような笑顔だと〇〇は思っていた。
「今度はどんな話ですか?」
机に身を乗り出す小悪魔。〇〇は苦笑して原稿用紙を隠した。
「まだ完成してないから、お預け」
「えー、お手伝いしてるんだから少しくらいいいじゃないですか」
「パチュリーだって執筆中の魔導書なんて中途半端なものを他人に見せたり預けたりはしないだろう? 同じことだよ」
「むー」
頬を膨らませてすとんと戻る小悪魔。〇〇は仕方がないな、と呟いて、机の下に置いてあった鞄から原稿用紙の束を取り出した。
「じゃあ、これを読んで感想を聞かせてくれないかな」
「いいですけど、これって新しい連載の原稿か何かですか?」
「連載……かな、続き物になるかどうかは、小悪魔の感想次第だけど」
〇〇が言うと、小悪魔は首を傾げながら原稿用紙を捲る。
そこには元人間の魔法使いが、とある図書館で司書を務める女性に想いを寄せる物語が綴られていた。
魔法使いと司書の思い出が続き、小悪魔はその内容に目を丸くする。
総て、〇〇と彼女が経験してきた思い出ばかりだった。
「あ、あの……」
「感想は、最後に纏めてお願いね。私はその間にこっちの原稿を書き上げるから」
「は、はい」
自分が贈った万年筆で原稿を書く〇〇の姿を振り切り、小悪魔は原稿用紙の中の世界に戻る。
様々な思い出の果てに、魔法使いが女性に愛を告白する場面で原稿は終わっていた。
続けようと思えば続けられる。ここでお終いにしようと思えばお終いにできる。そんな場面だった。
「――あの、読み終わりました」
小悪魔が言うと、〇〇が顔を上げた。
いつもと変わらない柔らかい表情で、じっと彼女を見詰める。
「で、どうかな」
どういう風に続けたらいいと思う、そう訊かれて、小悪魔は答えに窮した。
〇〇がどんな意図で答えを求めているのか、今更疑問に思う余地はない。
だから、彼女は顔を伏せ、ぼそぼそと答えた。
「……すごく、面白いと思います」
「そうかい、それは良かった。それで……」
〇〇は小悪魔の手を取り、再度同じ質問をした。
「此処から先、どういう風に続けたらいいと思う?」
小悪魔は、顔を真っ赤に染め、小さく呟いた。
「……二人が、一緒に幸せになるような、そんな続きが読みたいです」
「そうか、じゃあ……」
一緒に、作ってみようか。
〇〇の言葉に、小悪魔は小さく頷いた。
大図書館の片隅で その2(Megalith 2011/05/22)
「小悪魔、〇〇はどうしたの?」
ついこの間想いを交わして恋人同士になった〇〇と小悪魔。
しかし、パチュリーが知る限り、二人が恋人らしいことをしている場面に遭遇したことはない。
万が一図書館内で不純異性交遊でもしようものなら一言注意しなくては、と意気込んでいたパチュリーにしてみれば、拍子抜けもいいところだ。
「〇〇さんなら、永遠亭に取材だそうですよ」
パチュリーの読み終えた本を整理しながら、小悪魔が答える。
「何でも、日常生活で活用できる応急処置の方法を物語にして新聞に連載するそうです」
文さんの依頼だそうで、そう言って、小悪魔は本を抱えて飛び立った。ぱたぱたという音が遠ざかり、パチュリーは首を傾げる。
「……おかしい、わよね?」
付き合ったばかりの恋人というのは、こう人目も憚ることなく砂糖を撒き散らすものではないのか。
図書館が砂糖工場になることも覚悟していたというのに、本当に拍子抜けだ。
「はたてさんの新聞でも今度連載を始めるみたいですし、〇〇さん頑張ってますよね」
本を戻した小悪魔が、パチュリーの元に戻ってくる。
その表情は明るく、〇〇が世間に認められるのが本当に嬉しいらしい。
「でも、そんなことばかりしてると、あなたと会う時間も取れないんじゃない?」
「あ……! ちょうどそのことでパチュリー様にご相談したいことが」
「何かしら? 休暇でも欲しいの?」
これまでまともな休みもなかったことだし、一日二日ぐらいなら休みを与えても良いかもしれない。パチュリーはそんなことを考えていたが、しかし小悪魔の次の台詞に心底驚いた。
「今度紅魔館の敷地内に〇〇さんの屋敷を建てるんですけど、そちらから通ってもいいですか?」
「はっ!?」
パチュリーは驚きのあまり、持っていた分厚い本を取り落とす。小悪魔が慌ててそれを拾ったが、パチュリーはそれどころではない。
「パチュリー様? やはりダメでしょうか」
しょぼんと肩を落とす小悪魔に、パチュリーが震える声で問う。
「だ、ダメっていうか……レミィは……」
「妹様用の童話を書くことと、館内に貸し出し文庫を作ることで取引したそうです。お嬢様も〇〇さんのお話気に入ってくれたみたいで、今度自分をモデルにして一つ短編を書いてみなさいって」
「あ、あの子用の童話、ね……」
屋敷から出ることが難しい吸血鬼の妹にとって、暇を潰せる童話というのは存外貴重かもしれない。たとえ自分で書かなくても、香霖堂などで〇〇が選んだ童話を用意するだけでも退屈しのぎにはなるだろう。
レミリアにしても同じことで、長い時間を生きる彼女たちには「暇つぶし」ほど貴重なものはない。
屋敷内に邸宅を建てれば、色々注文も付けやすいと踏んだのだろう。
「で、あなたはそこから毎日通いたいと」
「はい、この間〇〇さんに誘われまして」
もう少し恋人の期間を楽しんだら、今度は新婚ですよーと嬉しそうに翼を揺らす小悪魔。
二人揃っている訳でもないのに、場の空気は大層な糖度であった。
「ええと、同棲ってことでいいの?」
「同棲というか、同居ですね。まだキスまでしかしてませんし、もっと進んだことは、今の関係を楽しんでからにしようって二人で決めたんです」
寿命の長い恋人同士、のんびりと愛を育もうということなのか。
パチュリーにとって、小悪魔の緩みきった笑顔は何ともいえない危険な匂いを感じさせた。
これから延々と、この甘ったるい空気を吸わなくてはならないのかと戦慄した。
喘息が悪化するどころか、糖尿病になりかねない。
「分かったわ……そうしなさい」
そうパチュリーが決断したのは、ある意味英断だった。
これ以降二人は小悪魔の仕事場である図書館でイチャイチャすることはなかったものの、それ以外の場所では文句も言えないくらい清い交際のまま、大量の砂糖を量産することになる。
ただ手を繋いでいるだけなのに何故か空気が桜色。会話しているだけなのに空気が甘く変化。執筆している〇〇を小悪魔が見守っているだけなのに、第三者は見ているだけで恥ずかしい。といった具合である。
「あ、〇〇さんがクッキーお土産に持ってきてくれたんですよ。お茶の時間ですし、用意しますね」
「……ええ、ありがとう」
ふわふわと笑う小悪魔がお茶の準備のために席を外すと、パチュリーは机に突っ伏した。
「……甘」
苦い紅茶が恋しかった。
うーん、甘さが足りない。もっと甘くする方法はないものか……
大図書館の片隅で その3(Megalith 2011/05/22)
妖怪の山の上空を、三つの影が行く。
ひとりは白狼天狗の犬走椛、ひとりは魔法使い〇〇、最後のひとりは〇〇の恋人兼司書の小悪魔だ。
「今日はありがとう、椛」
「いえいえ、山のお客様の案内とあれば、哨戒天狗としては晴れのお役目です。むしろ指名してもらったのが不思議なくらいです」
いや、文に頼むと色々訊かれそうでね。そう言って〇〇が頭を掻くと、椛はそれもそうかと納得してしまった。
新聞記者としてのサガか、最近同居を始めた恋人同士の旅行などという美味しい場面で文が黙っていられるはずもない。
「一応はじめの方は監視が付きますけど、変なことしなければすぐに引き上げる予定ですので」
恋人同士の旅行を監視する事自体、あまり感心できるものではない。
ただ、山の秩序を維持するためには必要だと判断されたようだ。最初の方だけというのは、二人の身元が明確で、その目的もはっきりしているからだろう。
無論、実際に監視が解けるかどうかは、山の考え次第なのだが。
「十分だよ、本当にありがとう」
「ありがとうございます、椛さん」
「あっはは、いえいえ……」
椛は手を繋いで空を飛ぶ二人の様子に、たらりと冷や汗を流した。
初々しく、微笑ましいのだが、何とも身体が痒くなる光景だ。
「あ、見えてきましたよ」
二人の周囲に形成された甘ったるい空間から逃げ出すように、椛は先行して地上へと降りていく。
その後に続いた二人は、椛が手を振っている場所に降り立った。
「はあ、すごいですね……」
小悪魔が目を輝かせて見上げる先には、太陽の光を反射して輝く滝の姿。
この旅行に合わせて〇〇が手に入れてきた白いワンピースを翻し、小悪魔が滝に近づいていく。
「〇〇さーん、すごい音ですー!」
ごうごうという水の落下する音は、小悪魔の声を幾分か遮っている。しかし彼女の楽しそうな表情を見てみれば、何を言っているのか大凡の見当はついた。
「楽しそうだなぁ、良かった良かった」
「そうですね。気に入っていただけて良かったです」
手を振る小悪魔に応える〇〇。その隣でほっとしたように溜息を漏らし、椛は微笑んだ。
「一応、滞在は今日の夕刻までというお話でしたが」
「うん、私も彼女も仕事があるからね。日帰りという形にしたんだ」
〇〇の言葉に、椛は少しだけ意外そうな顔を見せた。
この二人のイチャつき振りは妖怪の山にも伝わっており、もしかしたら一泊していくかもしれないと山の方でも考えていたのだ。
「お弁当を持ってどこかに出掛けるだけでも十分楽しいからね。こぁの作るお弁当が楽しみで、昨日は寝られなかったよ」
ははは、と笑う〇〇の様子に、椛は全身が痒くなった。
これ以上ここにいたら、砂糖を吐きそうだ。
「では、夕刻になりましたらお迎えに上がります」
「分かった、よろしく」
「はい」
椛は小悪魔に手を振りながら、その場を飛び去った。
その表情が少しほっとしていたのは、おそらく気のせいではないだろう。
「こぁ、あまり近付くと水しぶきで濡れてしまう」
「大丈夫ですよ、濡れたってそう簡単に風邪を引いたりしませんから」
滝壺の上をぐるぐると回りながら、小悪魔が笑う。
〇〇はその様子に苦笑しながら、今自分が見ている場面を記録に残そうと手帳を取り出した。
「あ、お魚がいますよ!」
「釣具は持ってきてないんだ、魚も山の資源だからね」
「あ、それもそうですね」
川の中を泳ぐ魚を追い掛けながら、小悪魔は納得したように頷いた。
妖怪の山を管理している天狗たちに許可を得ない限り、そこで魚や山菜を取ることは出来ない。
人里の人間たちが山の外縁すれすれで少し手に入れるくらいなら問題はないだろうが、一応紅魔館の関係者である二人が妖怪の山で好き勝手な行動を取ることは出来ない。
「ほら、虹ですよ!」
小悪魔がそう言い、滝壺の上に掛かった虹を指し示す。
〇〇はその虹と小悪魔を一つの絵として捉え、感嘆の溜息を漏らした。
「綺麗だ」
「ええ、本当に綺麗です」
小悪魔は〇〇の本心に気付かないまま、うっとりとした表情で虹を見上げる。
〇〇はそんな小悪魔の姿に釘付けになり、万年筆を動かす手はピクリとも動かない。
「〇〇さん?」
ふわりと自分の目の前に小悪魔が降りてきても、〇〇はその顔を見てじっと黙り込んだままだ。
不思議そうに首をかしげた小悪魔が〇〇の顔に手を伸ばすと、その腕が少し強い力で捕らえられた。
「ま、〇〇さん?」
「あ、ごめん」
〇〇は小悪魔に謝ったが、掴んだ手はそのままだ。
困惑する小悪魔を余所に、〇〇はその身体をぐいと引き寄せた。
「あ、あの……」
「……綺麗だったから、捕まえてみたくなった」
「え?」
〇〇の言葉に、小悪魔の動きが止まる。
短い言葉の中に、万感の思いが込められていた。
「こぁを捕まえていたい、本気でそう思った」
「〇〇さん……」
小悪魔が怖ず怖ずと〇〇の背中に手を伸ばす。
すると、彼女を捕まえている〇〇の腕が、さらに強くその身体を抱き締めた。
「独占欲かな」
「だったら、嬉しいです」
「そうかい?」
「ええ、だって〇〇さんもわたしと同じ気持ちだったってことですから」
小悪魔の嬉しそうな声に、〇〇は少しだけ力を抜いた。強く抱き締めていなくても、小悪魔は逃げ出したりしない。
「ずっと一緒だといいなぁ」
「はい、ずっと一緒だといいですね」
そう口に出しつつも、二人はお互いの居ない未来など考えられなかった。
それは希望というよりも欲望に近いものだったが、二人はそれを「幸せ」だと思っていた。
勢い以外の甘さを目指してみた。だが、まだまだ技量不足だった。
大図書館の片隅で その4(Megalith 2011/05/23)
パチュリーは自らの使い魔が休憩中に胸元から首飾りを取り出し、それを嬉しそうな表情で見つめていることに気付いた。
ごくごく簡素な意匠の首飾り。小さな無色の宝石とそれを支える台座で形作られたそれは、小さくも精緻な細工が施されている。
「小悪魔、それはどうしたの?」
魔力を感じないことから魔導具の類ではないのだろう。しかし、少なくとも自分は使い魔にこんな首飾りを与えた記憶はない。
となると、自ずと答えは明らかになるのだが、パチュリーとしては誰から贈られたものかよりも、何故贈られたかの方が気になった。最近使い魔とその恋人の記念日があったとは聞いていない。
「〇〇さんから頂いたんですよ、パチュリー様」
「それは分かるけど、何か記念日でもあったかしら?」
小悪魔の誕生日はまだ随分先で、付き合って何年何ヶ月という記念日でもない。
「違いますよ」
「じゃあ、どうしたの?」
何か小悪魔を怒らせるようなことでもして、その埋め合わせなのかとも思ったが、それにしては贈られた側の機嫌が良すぎる。
「うーん、わたしもよく分からないんですけど、〇〇さんのお母様が……」
「え!? あなた〇〇のご両親と会ったの?」
「違いますよー、〇〇さんのお母様が昔お父様に貰ったものらしいです。好きな人が出来たら渡しなさいって言われてたみたいで、昨日寝る前に頂きました」
昨日整理した荷物の中から出てきたそうです。そんな小悪魔の言葉にパチュリーは何とも言えない表情になった。
理由としては納得できないものではないが、それなら何かの記念日に渡す方が良いのではないだろうか。
そもそも記念日というのものはそれ自体が魔力を持っている。その日に最適な行動を取ることで運命が拓けたり、幸運を招き寄せることが出来る。
〇〇は魔法使いとしては未熟だが、それくらいの知識はある筈だ。
「〇〇も、もう少し色々考える癖をつけた方がいいかもしれないわね」
「あはは、本人も同じようなこと言ってました。自分はどうにも考えが浅いって」
「……自覚があるなら、もう少し努力すればいいのに」
パチュリーは溜息を吐き、抱えた本の頁を捲る。
「〇〇さんですから」
それで総ては問題ない、というような小悪魔の表情に、パチュリーは思わず目付きが怪しくなる。
恋は盲目と言うが、余りにも恋人を好意的に見過ぎてはいないだろうか。
〇〇は小悪魔を大事にしているが、傍目からは少し自分の時間に重きを置き過ぎている。物語を書くことは〇〇の生きる目的であるからとやかく言うつもりはないが、もう少し小悪魔との時間を作るべきではないか。
「ねえ小悪魔、〇〇とはどんなことをして過ごしているの?」
「何ですか、パチュリー様も誰か好きな人が出来たんですか」
「そうじゃないわ、そもそも〇〇以外にこの図書館に来る男なんて、香霖堂の店主くらいなものよ」
「それもそうですね、でも、どんなことと言われても……」
一緒に朝御飯を食べ、小悪魔が図書館に出勤すれば〇〇も仕事を始め、小悪魔が帰宅すれば〇〇と一緒に夕食の準備、夕食が終われば晩酌という日もあるが、基本的には〇〇の書いた原稿を読んで感想を伝え、一緒に入浴して眠る。
「それだけですよー?」
「……ちょっと待ちなさい、お風呂って一緒に入っているの?」
ぴ、と手を挙げ、パチュリーが確認する。
小悪魔が、小首を傾げた。
「え? 恋人ってそういうものじゃないんですか?」
「違うとも言い切れないけど、そういう如何わしいことはまだしないんじゃないの?」
「如何わしいことなんてしてませんよ、背中流し合いっこしてるだけです。それに、お風呂は一度に入った方が使う燃料が少なくて済むんですよ」
主婦の知恵です、と形の良い胸を張る小悪魔。
最近香霖堂で主婦の強い味方な雑誌を買い集めているらしい。
「おいしい料理とか、裁縫のやり方とか、お庭の手入れの仕方とか、咲夜さんとか冥界の庭師さんとかに色々教えてもらってます」
家計簿までしっかりとつけている小悪魔。いつの間にか主婦技能が向上している。
「〇〇さんも喜んでくれますし、何よりも一緒に暮らしてるって感じがして楽しいです」
小悪魔がにこにこしながら今日の献立と書かれた紙をパチュリーに示す。
今晩は和食だった。
「〇〇さんも人里で良い夫婦関係とは何かを訊いて回っているって、この間慧音さんが教えてくれました」
仲が良くて結構なことだ、と苦笑しながらではあったが。
「なんていうか、本人よりも、周りの人が〇〇さんの気持ちを教えてくれるんです」
〇〇が何を思っているのか、何をしているのか、小悪魔をどれだけ大切に思っているのか、本人が時折物語という形で伝えるそれを、小悪魔は日々の生活の中で感じている。
「人里に買い物に行ったら、お店の人がわたしの好物を知ってるんです。〇〇さんがすごく優しい顔で『これ、こぁが好きなんです』って言うから、店の人も憶えてくれてたみたいで」
ふわりと笑い、小悪魔は首飾りを両手で包み込んだ。
「言葉じゃなくて、他のもので想いが伝わるって嬉しいことですよね」
小悪魔も、料理や裁縫、庭で育てている花に〇〇への想いを預けている。
「〇〇さんはあまり言葉数が多い人じゃないですけど、わたしはそんな〇〇さんが好きです」
「そう……」
パチュリーは、小悪魔の様子に深々と息を漏らした。
何とも幸せそうで、見ているだけで笑みが浮かんでくる。
「じゃあ今度、小悪魔が〇〇を好きだって言ってたこと、伝えなくちゃね」
「えー、それはちょっと恥ずかしいです」
「一緒にお風呂入ってるのに、恥ずかしいもないでしょう」
「それとこれとは違いますー」
照れたように頬を染めた小悪魔をいなしながら、パチュリーは自分ももう少し勉強した方がいいかもしれないと思った。
人と人の繋がりは、どうやらどれだけ分厚い辞書でも説明しきれないようだ。
どうやら自分は、パチュリーと小悪魔のコンビが好きらしい。
最終更新:2011年12月03日 22:22