パチュリー14
うpろだ1408
ある日の紅魔館の一室で、俺はメイド長と一緒にいた。
「しかしまたなんでこんなものを」
「お嬢様たちのおやつに作ったのよ」
目の前には小鉢に入れられたマロングラッセが数個。
「それを何で使用人が?」
「さあ、なんででしょう。何でだと思う?」
軽いクイズを出され、目の前にあるものをまじまじと見つめる。
小鉢の中は彩り豊かで、形も凹んでいたり穴が開いていたりと様々だ。
「ああ、不出来なのはお出しできないからですか」
「そういうこと。お嬢様や妹様のおやつになれるのは綺麗なものだけよ」
言いながら咲夜さんがフォークを渡してくる。
「後は味見と毒見ね」
お嬢様に毒なんて効かないんだけど、と言って咲夜さんは笑う。
それに釣られて俺も笑う。毒を混ぜたことがあるのかと戦々恐々としながら。
「いい感じに甘い……いやだいぶ甘い」
「少しシロップが濃かったのかしら?」
口に放り込むとパリと言う音と一緒に、栗の外の糖が割れる。
外の砂糖と共に栗の甘さも口に溶け出し、紅茶がないと少しつらい。
「まあ、これくらいなら許容範囲でしょ。お嬢様方は甘いもの好きだし」
そう言いながら咲夜さんは紅茶を口に含む。
すぐに口に含むあたり、やはり相当甘いと感じたのかも知れない。
「咲夜さーん、頼まれていた本持ってきましたー」
「ありがとう。そこのテーブルにでも置いておいて」
館内のことと図書館のことで多少話し合っていると、
小悪魔がやってきた。
数冊の革表紙の本をテーブルに置くとこちらにさらに近寄ってくる。
「おいしそうなの食べてますねえ」
「心配しないでも後でパチュリー様の分と一緒に持っていかせるわよ」
どうやら関心があったのは今日のおやつだったようで、自分の分もあると判ると歓声を上げている。
「お味はどうなんです?」
小悪魔が期待するような目でこちらを見る。
咲夜さんは我関せずといった体でやはりこちらを見ている。
ため息をつきながら小悪魔の口の中に栗をひとつ放り込む。
すると満面の笑みを浮かべながら小悪魔はそれを咀嚼し、口直しに俺の紅茶を少し飲むと礼を言って出ていった。
「あなたも大変ね」
こちらもため息混じりに咲夜さんが言う。
俺は何も言わずに紅茶を口に流し込んだ。
「パチュリー様、三時の紅茶とお茶受けです」
図書館に紅茶とお茶菓子を運ぶのは日々の日課だ。
妖精メイドが粗相をしては面倒だし、メイド長はお嬢様方の世話をしているのだから、当然とも言える。
「今日のお菓子はマロングラッセです」
テーブルにポットなどを並べながら言う。
普段なら最低限本から目を離しこちらに目をやるのだが、今日に限ってはぷいと向こうを向いたままだ。
それを特に気にせず砂糖壷を掴み何杯入れるかを聞くが、やはり返事は無い。
「パチュリー様、どうしました?」
返事は無い。どうにも機嫌が悪いようだ。
「なあ、今日何かあった? 白黒の来襲とか」
「いいえ、今日は誰も来客はありません」
不満の原因を探るべく、そこらを歩いていた小悪魔を捕まえて尋ねる。
「じゃあ、何か今日のおやつでパチュリー様に言った?」
そう問いかけるとすぐに返事が返ってきた。
「ええ、ひとつ食べさせてもらいましたが、甘くておいしかったですよ、って」
言動に何も不審な点は見当たらない。
「それ以外には?」
「特に何も。あとは咲夜さんの部屋に行ったらあなたが居た、ってことくらいでしょうか」
「確かに特に何も無いなあ。なら、不満の原因は別のところに……」
ここでハタと気付く。さっき小悪魔はなんて言っていた?
「もらったじゃなくて、食べさせてもらった?」
「ええ、そうです」
小悪魔が小悪魔らしい笑みを浮かべる。
「それで機嫌が悪いのか」
「パチュリー様にもおんなじことをして差し上げないと、きっと機嫌は直らないでしょうね」
「だろうね」
頭を抱えながら振り返るとパチュリーが見ていた。
「パチュリー様どうぞ」
フォークに一粒栗を突き刺し、口の前に差し出す。
しかし一瞥しただけで、またそっぽを向いてしまう
「小悪魔と同じようにしてくれないと食べないわ」
パチュリーが小さな声出つぶやく。
小悪魔の方へ向き直ると、やはり笑いながらこっちを見ていた。
フォークを置いて小悪魔に近寄ると、小悪魔は抑えてと言う風なジェスチャーをする。
「パチュリー様になんて言ったんだ?」
声を押さえ気味に、つまりは怒りを隠すように言う。
「食べさせてもらったって言っただけですよ」
小悪魔は笑いながら答える。
「じゃあ、どういう風に食べさせてもらったって言ったんだ?」
また尋ねる。小悪魔はやはり笑いながら言う。
「聞きたいですか?」
その笑みからおよそどう言ったのかがわかる。
「いや、やっぱいいや」
「指でつまんで、優しく口の中に入れてもらって、指についた砂糖は綺麗に舐めて……」
「だからいいって言ってるだろうに」
全く口移しといわなかっただけまだましとはいえ、この悪戯娘には本当に困る。
「この悪魔め」
「いいえ、小悪魔です」
小悪魔は平然とした顔で返してきた。
「ほら、早く戻らないとパチュリー様怒っていますよ」
振り返ると、こちらを凝視しているパチュリーと目が合う。
彼女は目を逸らそうともせず、ただこちらを睨め付けていた。
「パチュリー様お口開けてください」
栗を一粒つかんで、子供をあやすように言うと、パチュリーは少し見た後、口を開けた。
開けた口の中に、恐る恐るといった体で栗を入れていく。
何分少ししか口を開けないし、一粒入るとも思えないので、適当なところで噛み切らせないと息を詰まらせてしまうだろう。
ティーカップを見ると量も色も変わっているので、こちらには手をつけているらしい。
二口目で一粒全部を食べ終えると、パチュリーはカップに手を伸ばし一口二口紅茶を飲んだ。
その間に指を拭いてしまいたかったのだが、パチュリーの空いたほうの手で抑えられているのでそれが出来ない。
振り解こうと思えば、それは容易く出来るのだがそうしてしまうわけにはいかなかろう。
紅茶を飲み終えると、パチュリーは親指と人差し指を順繰りに口に含み、指についた砂糖を舐めとっていった。
こそばゆい上に噛まれるかも判らないので怖いのだが、言っても止めてはくれないだろう。これは意地のようなものだ。
考え事をしていると、袖を引っ張られ次の催促をされた。
テーブルの上においた腕を動かし二粒目を摘みあげようとする。
とここで気付いた。卓の上に肘を乗せるのは、いかにも行儀が悪い。
皿に伸ばした手を引っ込め、椅子から立ち上がる。
「こっちの方が食べさせやすい」
顔に疑問符を浮かべるパチュリーを持ち上げると、彼女の座っていた椅子に座る。
抱えていたパチュリーを膝の上に座らせると、二粒目を手にとり口元に近づけていく。
空いた左手で頭を撫でてやると、パチュリーは気持ちよさそうに目を細めた。
半分をかじると、パチュリーが小声で言ってきた。
「今日の仕事はもう終わりにしていいわ。だからパチェって呼んで」
早上がりは度々あったが、今日は特に早い。
「はいな、パチェ。紅茶のお代わりは?」
「いいえ、まだいいわ」
二粒目の残りを口中においてやり、言う。
仕事が終わった途端にフランクになるのは仕方が無い。こういう性分だ。
「それよりあなたも一つどう?」
「いや、俺はさっき味見したしいいよ」
「そう? これもおいしいわよ」
咲夜のことだから歪んだのしか出していないでしょうと、言いながら一粒手にとる。
それを口に半分咥え、差し出すように顔をこちらに向けて突き出した。
顔を真っ赤にしている様をじっと見てやろうかという悪戯心もでたが、やめておく。
せっかく直してくれた機嫌をこんなことで損ね、天国を失うわけにはいかない。
ゆっくりパチェの口に顔を近づけ、栗を攫う振りをしてパチェの舌を攫った。
ちなみに妙をした小悪魔の分は没収しようとしたが、いつの間にかすべて平らげられていた。
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うpろだ1491
「ふぅ、此処の冬は寒いなぁ」
真っ暗な廊下を蝋燭の明かりを頼りに歩いた
外は雪が降っているようだ、暗いので良くわからないが
吐く息が白くなる、窓は風でがたがたと音を立てている
「ん?」
咳き込むような、声のような
少し先の部屋から明かりが漏れていた
部屋の中をのぞいてみる
誰も居ない?
いや、背中を丸めて小さくなっている、誰かが
「大丈夫ですか?」
少女は声に振り向き、辛そうな顔を見せた
「貴方は確か・・・」
「○○です、先週から此処でお世話になってます」
少女、たしかパチュリーとか言う魔女の人だったと思う
「パチュリー様、苦しそうですが」
「ただの喘息よ、寒いとね」
喘息か、なるほど
俺はパチュリー様にしばし待つように言って、厨房に向かった
「お待たせしました」
お盆に魔法瓶やら何やらのせて部屋に戻った
彼女は相変わらず苦しそうだ
「それは?」
「お茶です、あったかいの」
「ありがと・・・」
「沢山飲んでください、その方が良い、それと・・・」
俺は自分のポケットからあるものを取り出した
「・・・なにそれ?」
「喘息の吸入器ですよ、此処をこうすると―」
彼はそれから背中さすったり新しくお茶を入れてくれたりと、私を看病してくれた
「・・・ありがと、だいぶ良いわ」
「みたいですね・・・じゃあ俺はこれ片付けて見回りに戻ります」
そういって部屋を出ようとする彼
私はそれを呼び止めた
「○○・・・ありがとう、助かったわ」
「・・・苦しいときは何時でも呼んでください、少しなら力になれるかもしれません」
彼は、一応置いて行きます、と言ってさっきの薬を置いていった
「・・・○○か」
その晩、私はゆっくりと眠る事ができたらしい、気がついたらお昼過ぎだった
しかもちょうど起きたときに、彼が居たのだ
「あ、おはようございます」
「○○?おはよう・・・」
何で彼がいるのだろう、まずその疑問が頭に浮かんだ
「いえ、心配だったので何度か見に来たんですが、ぐっすり眠ってらっしゃったので安心しました」
そう答える彼、つまり眠ってないのでは?しかし疲れた様子もなく、微笑んでいた
「あ、パチュリー様、おはようございます」
廊下を歩いていると咲夜に会った
「ご機嫌ですねパチュリー様」
自分でも良くわかる、今私は機嫌がいい
「ええ、好い事があったの」
「それは良かったですね・・・それで何があったんですか?」
「秘密よ・・・それより、レミィは部屋にいる?」
「はい、いま紅茶をお持ちしたのでまだいらっしゃるかと」
咲夜に礼を言って、レミィの部屋まで足を運ぶ事にした
部屋の前に立ったとき、ちょうどドアが開き、レミィが出てきた
「あ、パチュりー、ちょうど良かったわ、今からお茶するんだけど一人じゃ寂しいから、付き合って」
「良いわ、ちょうど貴女に話があったの」
それで話は?彼女の視線がそういっていた
レミィはおそらく茶会に相応しい暇を潰せる話を求めたのだろうが
残念ながら渡しにその手の話のボキャブラリーは存在しない
「○○っているじゃない」
「ええ、いるけど・・・彼が何か?」
「彼、私に頂戴」
レミィは少しだけ考えていた
そして
「いいけど・・・頂戴って言われると急に惜しくなるわね」
「ふふ、そんなものよ、なくなるからこそ愛おしいんじゃない」
「・・・それで、なんで彼?」
当然の質問だ、昨日の晩まで彼とは話した事などなかった
そう、一目ぼれだ
いやちょっと違う、だが、弱っているときは、やさしさが沁みるのだ
「気に入ったのよ、彼が」
レミィは何か納得したようで
ニヤニヤしながら紅茶を飲んでいた
「なによ、気味悪いわね」
「いや、だって貴女が・・・一個人を、しかもただの人間を気に入るなんて、珍しい」
私だって元人間だ、そういう感情を持ったりもする
だがレミィは違う、彼女は生まれついての、化け物なのだ、しかし・・・
さて、お茶もなくなったし、図書館に戻ろうか
「それじゃあレミィ、私は図書館に行くわ」
「そう、それじゃあ○○には私から伝えておくわ」
「レミィ、貴女にもいつか・・・素敵な出会いがあるわよ」
「なに、それわけ解んないわ」
「だってここは幻想郷よ?何が起こっても不思議はないわ」
だって私でさえ、こんな少女のような恋心を持つぐらいだ
「ふぅん・・・じゃあそれを楽しみにしてるわ」
私はそれを聞いて、扉を閉じた
私は彼をもっと好きになりたい
そして彼には私を好きになってほしい
まぁあってまだ二日だ、あまりあせるといい結果は出ない、魔術と同じだ
とりあえず、図書館に行って恋愛について書かれた本でも探してみるとしよう
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消えない虹(新ろだ126)
消えない虹
一話
「レミィ、しばらく紅魔館を留守にするよ」
七曜の魔女。
知識と日陰の少女。
動かない大図書館。
パチュリー・ノーレッジは親友に対して、こう切り出した。
秋の永き夜。
陽もとっぷりと暮れ落ちて、吹きわたる風の冷たさが身に染みてくるころのこと。
ようやく起き出した紅魔館の主人、
レミリア・スカーレットは友人の管理する(というか、住み着いている)大図書館へと顔を出していた。図書館とは言うものの、書庫にある本はまだまだ未整理のまま、乱雑に積み重ねられているだけだ。およそ百年という歳月を経て無尽蔵に集められた文物と、その時間に付随する、重苦しささえ感じられる埃と黴の匂いが支配するところ。気質的に夜と闇に属すレミリアでさえ、あまり寄りつくことはない。
しかし、今日はその珍しい訪問の日であったようだ。
「留守? どこか用事でもあるの?」
唐突なパチュリーの物言いに、レミリアは幼い眉を顰めながら問い返す。
当然の疑問だろう。
出不精という言葉で済まされるものか、パチュリーは十日くらい平気で図書館に籠りきりになる。さらには何か月単位で紅魔館の外に出ないこともざら、らしいと聞く。
会話を交わしながらも、吸血鬼の親友は長机に向って書き物をしたまま。厚い革表紙に幾つもの紋様が刻まれている。いわゆる魔導書の類らしい。そんなことを気にする様子もなく、レミリアは書物に埋もれた机の反対側に座る。彼女用の椅子は常備されていて、脚は高く背は低い。普通のものでは顔半分が机の上に出ないためだ。
待ち構えていたかのように差し出されるティーカップとソーサー。
瀟洒な従者はいつどんなときも、主の要望に応えることができる。次の瞬間には時を操りどこかへ居なくなっているが。
一呼吸。
紅色の液体を口に含んだところで、パチュリーが再び口を開く。
「用事……まあ、そんなとこかな」
「曖昧な答え方」
「そうかな? 外界に行ってみようかと思って」
この台詞に、聞いていた者たちは驚きを隠せない。呆けたような表情のまま、レミリアは固まっている。どうやらカリスマというものは何処かに忘れて来たらしい。
「驚いた。理由を聞いてもいい?」
ここ百年は友人やっている彼女が言うのだから、相当のことなのだろう。
「探したいものがあるのよ」
内容は曖昧に、しかしきっぱりと言い切った。羽ペンを滑らせていた手を止め、運命を見通すと言われる友人の瞳を見つめている。確かに答えは曖昧。曖昧だったが、魔術の詠唱をしているときのような確信と、弾幕を避けているときのような決断力を内包した言葉。深紅と紫紺の瞳が交錯している。
その間ほんの数秒の出来事だ。
先に視線を外したのは、驚いたことにレミリアだった。
二口目の紅茶を飲み込んだところで、
「行ってくるといい。ま、わざわざ私に許可なんて取らなくても良かったのに」
と、苦笑混じりで言う。
「ありがとう、レミィ」
反対にパチュリーは、明らかに緊張が解けている。どうやら彼女の中では大事なことだったらしい。しかし、目的をはぐらかしたことから、友人にも腹のうちを見せないつもりか。外界に行って何を探すつもりなのか、とんと見当がつかなかった。
「それで……外界に行くってのは、八雲紫がはじめた外界ツアーで行くんでしょ?」
「そういうことになるね」
いつのまにかパチュリーの手には新聞があった。
題字は『文々。新聞』だ。そこにはレミリアの言う、外界ツアーの記事が載っている。
掻い摘んで説明すると、神無月に神様たちが出雲大社へと里帰りする。そのとき幻想郷から出るのに、八雲紫の隙間を通じて行く。その隙間をほかの人妖たちにも開放して、一月だけの外界バカンスを楽しもう――というものだ。
「ってことは、外界に詳しい人物が必要じゃないの?」
そうだった。
流石に外の世界の常識を知らない奴らを、そのまま放りだすのは心もとない。何をやらかすか予想がつかないし。だから、現界に詳しい――外界から来た人間を付き添いとして連れて行かねばならないという条件があるのだ。
迷い人として幻想郷を訪れ、定住してしまった人間はそこそこ数がいる。大抵の者は、半人半獣のハクタク先生に斡旋されて、人里にて能力に似合った仕事についている。しかし、他に縁があって、博麗神社やら白玉楼やら永遠亭やら守矢神社やら地霊殿やらで暮らしている者も、僅かながら存在するのだ。例えばここ、紅魔館にも。
「ええ。だから、○○を連れていくわ」
パチュリーの隣でここ数日間に整理した蔵書の帳簿をつけていた、俺、こと○○は、紅魔館の大図書館にて司書と雑用を兼ねて、住み込みで働かせてもらっている。
「俺……ですか、パチュリーさん」
「あなたしかいないじゃない。外の世界に通じている人間なんて」
「確かにそうだけど」
いまの会話からもわかる通り、俺は外界の、生粋の人間だ。年齢は……まあ、二十歳前後とでもしておく。ここらに住んでいる連中から比べると、何の能力もない一般ピープルである。それで良かったとも思うが。どうして能力を持っている奴らは、こうも曲者揃いなのか。
ちょうど小悪魔さんが紅茶を運んできたので、俺たちも手を休めることにする。
「お疲れさまなのさ」
「ありがとう、小悪魔さん」
礼を言いつつ、一口目を啜る。琥珀色の液体が揺らめきならが口の中へ流れ込んでくる。ぴりりと引き締まった渋みを香りとともに楽しむ。埃っぽい仕事柄、時々の紅茶休憩は日課のようになっていた。
「咲夜も貴方たちの分まで紅茶の用意をしとけばいいのに」
「レミィが飲んでるのと同じのは、私たち飲めないわよ」
「それもそうね」
レミリアの飲んでいる紅茶は、人間の血を混ぜた特別製らしい。血が主食である吸血鬼だが、幻想郷内での吸血は基本的に禁じられている。外界の人間の血が提供されているようだ。最近では献血が盛んなので、昔より食料の補給は楽なのではないか。
「でも、この紅茶は美味しいわ。また腕を上げたわね、小悪魔」
「ありがとうございます、なのさ」
「俺もこっちに来てから、紅茶にハマったからなぁ……」
「そういえば、ここで働きだした頃は珈琲が欲しいって、いつも言ってたのさ」
俺が幻想郷に来た理由は、それほど難しいものではない。
実際のところ、ただの偶然だ。
七曜の魔女と言われるだけあって、パチュリーは七つの属性の精霊を使役した魔術を得意とする。普通は一つの属性の精霊を支配するので精いっぱいなのだが、彼女は同時に二つ以上の精霊を意のままに操ることができる。物凄い腕前らしいのだが、魔術そのものを理解できない俺にとってはよくわからんことだ。ただ、いつも図書館内で新魔術の開発と言う名目で、怪しい実験を繰り返しているのを見ると、努力家(ただの暇つぶしかもしれない)なのだろうということはわかる。
閑話休題。
そのときもパチュリーは新たな精霊召喚の魔術を試していた。同時に俺は、たまの休日を満喫していた……はずだった。激しい衝撃と眩暈とともに視界が暗転し、ここ、紅魔館大図書館の一角に転移させられるまでは。
要するに失敗である。術式の途中で召喚対象の設定を間違えたそうだが、未だに正確な理由はわかっていない。俺が選ばれる可能性なんて、それこそ天文学的な数字であろう。宝くじに当たったようなものだと、今では開き直っている。
「○○が来てからもう半年近くになるのね」
「初めの頃の狼狽ぶりからだと、見違えるわ」
「その話はやめてくれ。一般人がいきなりあんな状況になったらビビるだろ、普通」
突然わけのわからんところに連れて来られて、混乱しているわけで。目の前にはパジャマみたいな服を着た女の子が怪しげな呪文をもにゃもにゃ唱えてるし、その後ろには明らかに生モノの羽の生えた女の子もいる(今でもパチュリーの服装は魔女に見えない)。そりゃ腰くらい抜かしても仕方ないと思いませんか? 見かねた小悪魔さんが、この館の主に会わせてくれたと思ったら、見た目十歳くらいの幼女だし。吸血鬼だし。メイド長は人間だと聞いてたけど、どうみてもDIO様です本当にありがとうございました。むきゅ~。
「それで……他の外界の人間にアテがあるの?」
ああ、そういえば外界旅行の話でしたか。半年もこっちで暮らしてると、人里の方にも少しは知り合いがいるけど、そういうことができる人間はいない。
「うーん、ないなあ」
「あったとしても、見ず知らずの人間を連れて行くなんて嫌」
なら聞くなよ。まあ、赤の他人とは見られてないとわかっただけでも良しとしておこう。
「その程度には信用してくれてると?」
「そりゃあ……そうだけど」
だんだんと小さくなる語尾。旅行へ行くこと自体は良いのだが、本当は一人旅をしたくて、俺を連れていくのは嫌だとか? 俯いてしまったパチュリーの思考は、俺にはさっぱりわからない。
パチュリーが失敗の責任を取るという形で、レミリアは俺が紅魔館で働くことを許可してくれた。
最悪、食われるという結末も用意されていたのだから、かなりマシな結果だったろう。
幻想郷で生活することについて特に問題はなかった。向こうでは季節雇用の出稼ぎ労働者だったし、親しい身内や友人もいない。仕事して、仮住まいのアパートに戻って……というだけのモノトーンな生活である。
幻想郷に迷い込む中に、けっこうな数の自殺志願者がいるらしいが、流石にそこまでではないにしても、現実に希望を見出せないという点で俺も似たようなものだった。極端な話、働いてメシが食えればどこでもよかったのだ。だからかもしれないが、早くにこちらの気風に馴染めたんじゃないかと思う。
紅魔館は吸血鬼が住んでいることもあって、活動時間は夜に集中している。俺の主な仕事は、大図書館の蔵書整理と館内の雑用。他に力仕事があれば進んで受けることにしていた。働かないレミリアはともかく、パチュリーや咲夜さん、小悪魔さんは肉体的に女の子と変わりないわけで。男手は貴重な戦力になっているようだ。
そんなこんなであっという間に半年が過ぎ、春から秋へと季節はとめどなく流れていた。文明の利器のない生活にようやく慣れ、落ち付いて今後のことに思考が回るようになったころ、パチュリーの外界旅行の話が舞い込んできたのだった。
転機かな、と思う。ここらで一度、自分が生まれ育った世界を見つめなおしたい。いずれ向こうに戻るにせよ。こちらに居つくにせよ、いま俺がやっておかねばならないことのように思う。
パチュリーの沈黙に助け舟を出すようにして、
「これも――運命と思って諦めることね」
と、レミリアは言った。
獲物を狙う狼のような含み笑いを湛えての台詞。彼女がその言葉――運命――を口にすると、洒落にならない重みが加わるから困る。幻想郷を紅色の霧で覆った事件、それより前、紅魔館が幻想郷へ来たばかりの頃に起こした吸血鬼事変。二つの首謀者であるレミリアの能力とは、ありあまる力でも身体能力でもない。運命を操る――などという、わけのわからないものである。しかし、
「あんまり簡単に言わんで下さい。俺は運命って信じてないから」
何でも運命で片付けられたらやってられない。いまさら足掻いたって、どうにもならないこともある。既に起きた事実は変えられなくて、未来は変えられる。そこに至るまでの努力すら運命だと言うのなら、自分っていう存在はなんなのだろうか。
「そうかしら? 私には見えるわよ。数多の運命の糸が絡み合う世界が」
本当か? とは口にしない。言っても詮無いことだし、説明してもらって理解できるとも思わない。
「例えば……そうね、あんたたちの運命とか」
俺とパチュリーを見比べて言う。
「どういうことだ?」
「まんまの意味よ。あんたたちの辿るはずの数奇な運命――」
「やめてくれ」
「今回の外界旅行は――」
運命を未来の出来事だとするのなら、それは不躾なものだ。ましてや、それを操ることが出来るというのなら、押し付けがましいものでもある。出来るならば聞かせて欲しくない。
「レミィ」
と、パチュリーが静かな声で友人の言葉を遮る。珍しく棘があるように聞こえたのは気のせいだったろうか。俺としては有難かった。どうもこういう話は気に食わないようだ、理由はわからないが。
「○○も。レミィの能力は呼吸と同じように存在するもの。ある者はない者のことをわからないものよ」
思考を読んだかのような彼女の言葉。
当たり前だと思っていることで相手を不快にさせる。右と左を間違うくらいの確率で、ままあることだ。常識と常識のすれ違いといったところだろう。話してみなければわからないこともある。だから、別にレミリアのことが嫌いなわけじゃない、と、レミリアに視線を向けると、彼女も肩を竦めてみせた。
「話題が逸れちゃってたな」
「そうみたいね。パチェ、続きは?」
とパチュリーに視線が集まる。
「……そう、それで、○○はどうなのか。一緒に行ってくれるのかな? もしかしたら……外界に帰れるチャンスかもしれないよ」
うって変わって、風が囁くような声で言う。
パチュリーの意図が先ほどから掴めなくて困る。俺に対するときだけ弱気になっているようだ。それが何を意味するのか、わからない。
旅行については問題ない。喜んでついていくだろう。相方がパチュリーであることに戸惑いはあるが。
実のところ、普段の生活の場で、割と近くにいるはずなのに俺とパチュリーとの会話は殆ど無い。無限に知識を求める魔女――と聞いていたので、最初の頃は外界のことに聞かれるかと構えていたが、そんなことはなかった。仕事の場合も、必要最小限のことを指示するぐらいである。だからといって嫌われているわけでもなさそう。たまたま廊下で出くわしたときも、こちらから挨拶すれば目礼くらいは交わしてくれるし。レミリアに対する場合は別として、彼女は誰にもそんな感じの態度だから。
とはいうものの、こんな形でパチュリーに指名されるのは予想外だった。
他に外界出身で適任者が紅魔館にいないとはいえ、だ。
「うーむ」
どちらにせよ俺が頷かないと、この話は立ち消えになるわけで。わからない部分は、時間が解決してくれるさ、と自分を励ましておく。こいつらが本気になれば、意思など関係なく無理やりにでも良いのだ。そういうことはしない――緊急時じゃない限り――というのは経験上わかっている。だからこそ俺はこの場所に留まっているのだから。
それに、上目使いでこちらの様子を窺っているパチュリーの表情を見ると、ジェントルな俺は断れないじゃないか。
「仕方ないな」
小さく聞こえた溜息は安堵のものなのだろうか。パチュリーは、ほっとした様子で眉尻を下げ、木の芽が綻ぶような微笑みを見せてくれた。
それほどまでに外界に行きたい理由は何なのか。知りたいと思うが、聞いても語ってくれない気がする。あまりプライベートに立ち入るのは良くないとも思う。もし語れるような心境になったとしたら、自然と零れてくるものだろう、こういうことは。
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新ろだ198
どこまでも果てしなく広がる宇宙の姿が、丸窓の形に切り取られてロケットの壁に貼り付いている。
視界の半分を埋めるのは薄らと白く、優しくぼんやりと輝く青い星。
そこに住まう人々が名付けた数多の星座。尾を引いて飛んで行く彗星達。
自覚する。
夢を見ている。
頭に三角帽子を被って、お尻からコンロみたいな火を噴き続けている落書きロケットは、そんな自分を乗せて宇宙を飛び続けている。
不思議な、素敵な夢だ。
いっちょ前に備え付けられたコンピューターは静かな駆動音を響かせ、聞いたことも無い星系から発信しているらしいラジオは、緩やかな曲調の歌を流している。
そして、無重力に遊ばれてゆらゆらと部屋に浮かぶ、赤。
それをもっと良く見てみたくて、
手を――――
「……」
「……おはよう」
寝息一つ立てずに椅子にもたれて、珍しく眠っていた魔女は全く唐突に目を覚ました。
そのまま無遠慮に目の前にある顔をしげしげと眺めて「カボチャ……では無かったわね」と呟いた。
これっぽっちも腑に落ちないが、酷く失礼な事を言われたのではなかろうか。
しかし、謀らずも勝手に寝顔を拝む形になっていた事に少なからず引け目を感じた○○はその不満を飲み込み、変わりに思った事を口に出すことにした。
「パチュリーが寝てるところなんて初めて見たな」
以前、魔法使いには睡眠は必要ないとか言っていたような気がする。
「最近忙しかったから、気分的にでも休養を取ってみたの」
パチュリーは眠たげな目をしたままぼんやりと答えた。ちなみに寝起きでなくとも彼女は普段から大体こんな目つきをしている。
「意味あるのか? それ」
「病は気から」
「確かに気合が不足してそうだな。慢性的に」
パチュリーはそれには答えずにテーブルの上の本に手を伸ばす。
○○は、彼女がひとたび本に没頭しだすと完全に外界をシャットアウトしてしまうのを知っている。
「なぁ、忙しかったワケってさ」
「ロケット製作」
先に言われてしまった。
「門番から聞かなかった?」
「ワガママ君主と他数名で月旅行中らしいな」
聞きたいことはそれだけ? と、目が言っている。
窺うような視線を受けて、軽く息を吸ってから告げる。
「俺も行きたかった」
胡乱な瞳が僅かに揺れる。どうやらこの返答はそれなりに意外だったらしく、手の上の本を一時テーブルに戻してくれた。
「あなたが宇宙に興味を持っていたとは知らなかったわ」
男の子ですから。と返すと、何よそれ。と再びジト目で睨まれた。
「いつも土いじりの本ばかり借りて行くクセに」
「そっちは生活が懸かってるからな。いつも助かってるよ。ありがとう」
「私が書いた本じゃないし」
「拗ねるポイントはそこなのか」
ふと席を立ったかと思うと、彼女は近くの本棚から一冊の本を抜き出して戻ってきた。そして、そのまま手に持った本をこちらに差し出して一言だけ。
「はい、コレ」
「何だコレ」
渡された本は、やたら分厚いくせにその割に控えめな装丁を施された物だった。
「錬金術のハウツー本よ。書いたのは私」
脈絡が無い上に意味がわからないんですが。
「私が直接手渡しした時点で仕掛けは外れているから魔力の無い貴方でも問題なく読めるわ」
「はぁ」
「内容についてもヘルメス文書にも負けていないつもりよ」
「そうですか」
「宇宙に行きたいんでしょ?」
まさにその宇宙そのものを秘めているかのようなコスモ的な色の瞳でトツトツと語るパチュリー。さっきから微妙に話が通じていない気がする。誰か小悪魔を呼んできてくれ。
「錬金術の究極的な命題は魂の浄化にあると言えるわ。人の卑俗な魂を神霊のレベルにまで昇華させ、それによって遍く全ての物質を組成している第一質量を意のままに操ることができるようになる。つまり金の練成、万能薬の生成、生命の誕生、宇宙の創造すらも自らの手で実現する事が可能になる訳ね。そもそも宇宙というものを本質的な概念で捉えると」
俺の困惑なぞ知ったことかとばかりに頼もしくシカトをくれつつ、淀みなく長広舌をぶち続ける姿は、正直、かなりアレだ。
それでいて目線はしっかりこちらを捉えたまま動かないので冗談抜きで怖い。つうか持病の喘息はどうした。
「要するに、不完全を完全に。これを目指すのが錬金術なの。何か質問はある?」
これだけ熱弁を振るったにも関わらず、いたって涼しい顔をしている事についてこそツッコみたかったが、迂闊に口を開けば倍返し程度では済まなさそうなのでやめておいた。
目の前の何故か生き生きとした様子のパチュリーと、手元の本の表紙を交互に見つめて、軽く息を吐く。
「悪い。やっぱこの本、返すわ」
一瞬だけ翳ったその表情に、胸が痛む。
「そう。残念ね」
本を渡すと、既にいつもの眠そうな目つきに戻っていた。
「天地創造は俺にはちょっと荷が重い。おとなしく畑を耕してる方が性に合ってる」
床に置いていた鞄に手を突っ込んで収穫したばかりのトマトを取り出し、テーブルに置く。土産のつもりで持って来ていたのだがタイミングを逃してしまい、出しそびれてしまっていた。
突如として出現した赤い果実に、パチュリーの目が僅かに困惑の色を滲ませる。
元より月の石になんか興味は無かった。
月面に旗を立てて何かを主張したかった訳でも無い。
ただ、単純な理由だ。
「それにな、俺はパチュリーの造ったロケットに乗りたいんだ」
それだけの話だ。
机の上のトマトは、どこまでも普通のトマトだ。
赤くて、甘くて、少し酸っぱくて。
うちの畑で採れた、日の匂いのする宇宙のかけらだ。
トマトを見つめたまま動かないパチュリーが妙におかしくて、少し意地悪をしたくなった。
「どうぞ召し上がれ」
弾かれた様にトマトからこちらへ、またトマトへ。交互に視線を送るパチュリーを見て唇がつり上がるのを抑えきれない。
「あの、○○? ひょっとして」
「水洗いしてあるから大丈夫」
何が大丈夫なんだとはあえて言わない。
「……咲夜が帰ってきたらパイにしてもらいましょう。紅茶も淹れて。うん、そうしましょう。レミィも喜ぶわ」
「採れたてを食べるのが良いんじゃないか。五、六個持ってきたから、そっちを今度パイにしてもらえばいい」
「そもそも私、食事摂らなくても平気だし」
「好き嫌いは良くないな」
からかわれているのが分かっているのに無碍にも出来ないという内心の葛藤が手に取るように見えるので実に面白い。これはどっかの素兎でなくても「うささささ」と言いたくなるというものだ。
こっちがニヤニヤと笑っているのに気付くと、パチュリーは少しムッとして席を立ってしまった。
ちょっとやりすぎたか、と慌ててこっちも席を立とうとすると、パチュリーは難しい顔で眉をひそめたまま、ポツリと呟いた。
「本を戻しに行くだけだから。汁、飛んじゃうでしょ」
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最終更新:2010年05月16日 23:46