咲夜3
2スレ目 >>42 おまけ
その日、上白沢慧音は血相を変えて転がり込んできた猟師二人を、自分の庵に保護した。
二人とも里で名の知れた猟師で、この付近の山ならば知り尽くしているベテランだ。
それが、慧音の庵に逃げ込んだときは、まるで恐怖に怯える子供のようだった。
「どうした、何をそんなに怖がっている。熊でも出たのか?」
最初、二人の猟師は文字通りの錯乱状態で、庵に駆け込むなり部屋の隅までゴキブリのように逃げ込み、
そこで四肢を丸め頭を覆い、ひたすら何かに怯えているような様を示していた。
後から主人の後を追って庵に飛び込んだ猟犬三匹も、様子はほぼ同じだった。
三匹とも狂ったように駆け回り、口から泡を吹いて死なんばかりの怖がりようだ。
これを見て、さすがに慧音も何か異常な事態が起こったのだと感じた。
妖怪の類が出たのかと庵から顔を出して周囲をうかがってみたが、何か強力な妖気のようなものは感じられない。
「慧音様……庵から出ちゃあならねえ…………奴に食われちまう…………」
入念に気配をうかがう慧音の背中に、猟師の一人の声がかけられた。
普段は、
「ほれ、慧音様も一つ召し上がるといいだ。精が付いていいぞ。がははははは!」
といった無遠慮な大声と共に、鉄砲で撃ち殺した雉や野兎を投げ与えるような大男が、今はまるで瀕死の病人のようだった。
「奴だと?」
振り返ると、青ざめた顔ががくがくとうなずいた。
まるで、二回りも痩せてしまったかのようだ。
恐怖というものは、ここまで人を醜くしてしまうものなのか。慧音は少しぞっとした。
「そうだ。…………化け物が出た。黒い……群れが出た…………」
もう一人の猟師も、こちらは完全に虚ろになった目でどこかあらぬ方向を見ながらぶつぶつと呟いている。
「しっかりしろ。里で名の知れた猟師がそんなことで怯えてどうする。奴とは何だ?」
「…………分からねえ…………最初は人だと思ったから、鉄砲を下ろした。…………けど、
いきなり人だと思った影が溶けて…………群れが俺たちを襲ってきた…………」
軽く肩に手をかけてゆすぶっても、猟師は全く反応を示さずにただぶつぶつと呟き続けている。
「山犬……大蛇……猪……鹿……鷲…今まで俺たちが殺生してきた獣たちが一度に俺たちに向かってきた
…………ああ、あれはきっと山の神様が俺たちに罰を与えに来たんだ…………。
恐ろしくて恐ろしくて…………食われちまうって本気で思って必死で走ったら……やっとこの庵が見えて…………」
ぎゅっと猟師は両手で自分の肩を抱くと、そのまま動かなくなってしまった。
慧音が何度呼びかけても、完全に反応はなくなった。
まるで、重度の自閉症の患者のような姿だった。
仕方なく、慧音は二人のその日の歴史を消去して、二人を助けてやることにした。
もちろん、あのかわいそうな犬たちもだ。
「何だ…………黒い、群れだと…………?」
日も落ち、ろうそくの明かりの下書物を読みながら、慧音はもう一度首をかしげた。
さっぱり分からない。人のようにも見え、かつ群れとして獲物に襲い掛かるらしい。
構成要素は様々で、狼や蛇、それに鹿なども含まれているとか。
なぜそこに草食動物が混じる?
「心当たりのある妖怪はいないのだがな」
あの猟師の怯え方は半端ではなかった。彼らが遭遇したものは、今まで一度もお目にかかったものではないのだろう。
しかし、彼らはベテランだ。
おまけに、それなりの魔よけも持ち合わせている。
そんな二人に魑魅魍魎が襲い掛かり、しかも発狂寸前まで追い詰めたのだろうか。
「ありえない話だが、そうとしか結論付けはできないか」
せめて満月の夜ならば、幻想郷全ての歴史を把握するハクタクの力でもってその元凶を確かめることができるのに。
「ワーハクタクといえど、万能とは程遠いな。情けない…………」
慧音は一人、やるせない思いを抱えたまま、自分の力の至らなさを実感していた。
想像せよ。
遍く三千世界に満ちる、命の輝きを。
何人も知りえぬ摂理に従って、それらは寄り集まり一つの型を描く。
すなわち、それは大いなる系統樹。
理解せよ。
一つ一つの命の存在を。
比類なきそのきらめきは、夜空に満ちる星の如く。
すなわち、それは天恩の証。
構築せよ。
命を理解し、命を配置し、命を蒐集する。
この身を、ありとあらゆる命の渦巻く一つの世界とする。
すなわち、それはたゆたう原初の海。
我を知るか、人よ。
我は666の獣の数字を解きしもの。
我は666の獣の因子を宿すもの。
我は――――混沌(カオス)なり。
「あら、どうしたんですかその犬?」
すっかり日の落ちた夜。湿気が強くじめじめとした空気は体にまといつき、門番の制服を肌に張り付かせる。
まさに、魔夜という言葉にふさわしい、そんな夜のことだった。
消灯時間には未だ早い。
見張り役の美鈴は、門をくぐろうとした青年が連れている犬に目を留めた。
足を止めない青年の足元に、一匹の黒い犬が影のように付き添っている。
どこに行っていたんだろう。今まではこんなに夜遅くまで出歩くことはなかったのに。
呼び止められた青年は、足を止める。
風が、コートの裾をはためかせる。
いつの頃からか、この青年は闇夜のような色のロングコートを身にまとうようになった。
今日はこんなに蒸し暑いのに、コートのボタンは全部しっかりと止められている。
「ああ、飼うことにしたんですよ」
青年はそう言うと、軽々とその犬を抱き上げて美鈴の顔に近づけた。
大きい。
シベリアンハスキーよりもさらに一回り大きいくらいだ。
しかも、その全身から放つ鬼気。
とても、飼いならされている犬とは思えない。狼の類だろうか。
けれども全身真っ黒の狼なんて聞いたことがない。
「結構可愛いでしょ?」
青年はけろっとしているが、どう見ても獰猛極まりない獣の鼻面を突きつけられた美鈴としては、
「ええ、とっても」
とは言えない雰囲気だった。
犬が口を開ける。
異様なことに口の中まで黒い。
だらりと長い舌が伸びて、美鈴の顔を舐めた。
「ひっ……………………」
一歩後ろに下がる美鈴。必死に頭を捻って、何か口にしようともがく。
「レ、レミリア様がいいっておっしゃらないかも…………」
「おやおや、それは困ったな」
青年は心底困ったような顔で犬を足元に下ろした。犬はこちらを赤く光る目で睨みながら、彼の足元に控える。
「実は、一匹だけじゃないんですよ。たくさんいるんです」
なんか、今日のこの人は変だ。
ようやく、美鈴はそう感じ始めた。
物腰はいつもと同じだ。丁寧で静かな、ごく普通の好青年。
それは、初めて出会ったときと変わらない。
でも、何かが違う。
こっちを見る目が、どこか違う。
「困ったな。もう僕にすっかり懐いて一緒にいるっていうのに」
はっきり言って、あまりにも不気味だった。
「ど……どこに? どこにいるんです?」
「おや、気づかないんですか。ここにいるじゃないですか。沢山沢山」
人ではない、むしろ妖怪のような気の流れ。
いや、妖怪なんてレベルのものじゃない。
青年の言葉に、美鈴は震えながら周囲を見渡す。
けれども、足元の犬以外には一匹も獣の姿は見えない。気さえも感じない。
けれども、青年は沢山いるという。途方にくれた顔で青年をまた見ると、彼はにっこりと笑った。
「仕方がないな。ならばお目にかけましょう」
コートのボタンが、ひとりでに外れる。
その隙間から見えるものは、周囲の闇と同じ質感のない黒。
美鈴は、自分が後ずさりしていることに気づいた。
この、禍々しいまでの気の流れ。
ああ、この気はまるで――――
「僕の蒐集した命たちを――――六百六十六の渦巻く生命の深海を」
黒の中から、光る目。
目。目。目。目。
こちらを睨みつける、獣たちの目。
ずるり、とコートの隙間からその黒が溢れ出す。
地面に流れ、這い、形を徐々に持って立ち上がる。
狼。蜥蜴。豹。熊。
ようやく、美鈴は理解した。
この気の流れは、レミリア様にそっくりだ。
吸血鬼と、そっくりだ。
理解してから、美鈴は悲鳴を上げた。
自分が、たった一人でおびただしい数の獣の群れに囲まれていることを理解してしまって。
彼女の悲鳴に呼応するかのように、獣たちがいっせいに吼える。
そして青年は、呟く。
「さあ――――まずは館ごと前菜といきましょうか、咲夜さん」
獣の臭いが、周囲に満ちている。
廊下のあちこちに転がる
紅魔館のメイドたち。
彼女たちに群がるのは、様々な獣だ。
抵抗するものはいない。
時折、思い出したかのように数人が小さな声を上げるが、それもじきに静まる。
阻むものもいなくなった長い廊下を、悠々と一人の青年が歩いている。
長身を長い黒のロングコートに包み、両手には何も持ってはいない。
ただ、不可解なのはコートの隙間から覗く彼の体だ。
まるで、コートの中には何もないかのように、そこには妙に質感を持った暗闇だけが広がっている。
青年の目はまっすぐ廊下の向こうを見据えたまま。
廊下を埋め尽くす獣と、横になったメイドたちには目もくれない。
「僕の可愛いペットたちは気に入ってくれました?」
一言、かすかに呟く。
「たとえ警備が万全であったとしても、この群れを阻むことはできない」
突然、廊下の向こうから激しい光が押し寄せ、辺りがまぶしいくらいに照らされた。
群がる獣たちの姿が、いっせいにはっきりと照らし出される。
それは――――
「僕に従う百を超える結束を解放して生まれる結界、愛玩『猫好きの楽園』」
それは、おびただしい数の子猫だった。
白、黒、斑、三毛、縞々、長毛、短毛、ありとあらゆる種類の子猫がいる。
その猫たち全てが、メイドたちにまとわり付いて首を擦り付け、喉をゴロゴロ鳴らしているのだ。
ふかふかの子猫が四方から取り囲み、いっせいに擦り寄り、なかにはそのままころんと手の中で眠ってしまうものまでいる。
ああ、これほど強力な結界があるだろうか。
ちょっとでも動いたら、今胸元で寝息を立てている子猫が目を覚ましてしまうかもしれない。
いや、それよりもあらゆる寝具を上回るこのふかふか感。
もはや、これに捕らえられたメイドたちは決して動くことができないのであった。
猫と一緒に寝てしまったものまでいる。
しかし、唐突に廊下をぎらぎらと照らすこの光の源は。
「図書館へは、行かせないわ」
「いや、図書館じゃなくて咲夜さんがどこにいるのか知りたいんですけど」
「咲夜ならこの上の階。とにかく、この先は進ませないわ。さっさと帰って」
太陽がそこにあるとさえ錯覚する輝きが、彼女の手にある。
動かない大図書館、あるいは知識と日陰の少女、
パチュリー・ノーレッジ。
いつものネグリジェのような衣装と、護符の留められた帽子。
そして、片手には分厚い魔導書。
「そっちに行けば近道なんですけど」
「絶ッッッッ対に駄目! 動物が図書館に入ってくるだなんて………考えただけでおぞましいわ。
本を齧るし、ところかまわずマーキングするし、臭いが付くし……絶対に進ませない」
想像しただけで怖気がするのか、パチュリーは普段からは考えられないほどの大声で青年の言葉を否定する。
想像を振り払うかのように、頭を必死で左右に振っている。
「もし進むって言うなら………この場でウェルダンに焼いてあげる」
「僕は昔はウェルダンが好きだったんですけど、こんな魔法使ってから急にレアが好きになったんですよ。なぜです?」
「当たり前よ。あなた使い魔として体に獣なんかくっ付けているからそんなことになるの。
さっさとはずしなさい。そのうち好きでもないのに獣と一体化してしまうわよ」
「使い魔?」
「そう。自分の肉体と偽って獣の体を肉体に補充しているんでしょ。体を削ってわざわざくっつけるなんて、ちょっと野蛮よ」
その言葉に、青年はなぜか口元に笑みを浮かべた。
笑いとは、もともと攻撃的な動作であるとか。
「これを使い魔とおっしゃいますか、パチュリーさん」
コートの裾が、風もないのにはためく。
青年はコートの襟に手をやり、ぐっとその隙間を広げる。
見えるのは、闇。
その闇の中から、のっそりと姿を現した獣がいる。
三頭の豹だ。
今産まれたばかりであるかのように、豹は首を振り、頭を上げて空気を嗅ぐ。
「まあ、行ってみて」
その言葉と共に、三頭は疾風となった。
一頭はそのまままっすぐに。
もう一頭はジャンプして頭上へ。
そして最後の一頭は、信じがたい膂力で壁を走り横から。
同時に、三方向からパチュリーに襲い掛かる。
けれども、パチュリーは動きもせずに一言だけ口にする。
手の中の光の球が消える。
「土符『トリリトンシェイク』」
彼女の操るものは、万物の構成要素。
瞬時に紅魔館の廊下を構成する石材が形を変える。
一瞬で突き出す無数の結晶のような形の杭が、三頭の豹を貫いた。
断末魔のもがきさえない。
まるで水を入れた風船であるかのように、豹は形を失い溶けて流れる。
青年は、笑みを浮かべたままパチュリーの方を見る。
パチュリーもまた、青年の方を見る。
「ならば見せてあげましょう。この生ける混沌の力を」
「ならば見せてもらおうかしら。あなたの魔法の力を」
青年の影が形となって次々と猛獣たちが姿を現す。
這い出る鰐。唸り声を上げる狼。前足で床を掻く猪。
互いに間合いは離したまま。
遠距離の攻撃を軸とする魔法使いらしいスタイルだ。
生み出された猛獣たちはひるむことなくパチュリーにむかって突進する。
けれども、書物を手にした少女はまるで意に介さず、淡々と自らのスペルカードを引く。
「火符『アグニシャイン』!」
蛇行する炎の列が、一匹残らず突進した猛獣たちを液体に変える。
「次よ。水符『ベリーインレイク』!」
上空に向かって噴水のように吹き上がるウォーターカッターが、滞空しつつ攻撃の機会を狙っていた鴉たちをまとめて叩き落す。
けれども、まだ青年の操る獣たちはストックがあるらしい。
「それじゃ、出番だ」
角を振りかざす鹿。疾走するチーター。なぜかのそのそ出てくるゾウガメ。
「金符そして水符『マーキュリポイズン』!」
空気中に突如出現した六価クロムをベースとした毒素が、獣たちの動きを止める。
「ええと………ならこれ!」
影が丸ごと持ち上がるなり、廊下を埋め尽くさんばかりの巨大な鮫の姿となる。
辺りの置物をなぎ倒しながら、鮫は牙を剥いてパチュリーを飲み込もうとして大口を開ける。
「焼き魚にしてあげるわ、日符『ロイヤルフレア』!」
まばゆい閃光が一薙ぎした後には、廊下には黒焦げの干物のようなものが転がっていた。すぐに溶けて流れる。
「あらら…………やっぱり耐久力が弱いな。どうも」
さすがに出尽くしたのか、青年の方からは獣の応酬はない。
どうやら、打つ手なしか。パチュリーは勝手にそう結論付けた。
なるほど、たしかに彼のレベルは上がった。これだけの数の獣を使い魔として使役するのはなかなかの実力だろう。
でも、ただ単にこれは獣をけしかけているだけ。
落ち着いて対処すれば、全然怖くなんかない。
パチュリーは余裕を見せる意図もこめて、わざと魔導書を開くとそこに目を落とした。
「ほら、見なさい。ただの獣じゃこの程度でおしまい…………きゃっ!?」
突然全身を濡らす液体の感触に、パチュリーは飛び上がった。
「うぇ………なにこれ?」
顔から滴る白濁の液体。実はどうにも苦手な臭い。
「ミ、ミルク…………?」
「そう、子猫の大好物です」
はっと前を見ると、どこから持ち出したのか両手に牛乳瓶をやたらと持った彼がいる。
蓋が全て開いて、中身はない。これをいきなりぶっ掛けたのか。
なんてことを、とパチュリーが怒りを覚えるその前に、
「行け、今度こそ出番だ」
突然、今までただの液体だったあちこちに広がる黒い塊が爆ぜた。
無数の滴となって散ったそれは、空中でおびただしい数の子猫に姿を変える。
いっせいに、四方八方からニャーニャーという心に訴える鳴き声と共にパチュリーに殺到する子猫たち。
「きゃ………きゃあああああああんッ!?」
たちまち、子猫にまといつかれて床に転がるパチュリー。
後から後から子猫はパチュリーにのしかかり、よっぽど空腹なのか体中に付いたミルクをその舌で次々と舐め始める。
「い……いやあああッッ! ちょっ! そんな……ザラザラが………やだ、もう…………くすぐったい……
……あ、足の裏は…………だ、だめ…………そこぉ…………!」
じたばたともがいているが、もはや子猫たちの結束は固い。
猫たちの舌に全身をくすぐられているパチュリーは、明らかにもはや戦闘不能だった。
「これはね、使い魔なんかじゃないんですよ」
その横で、聞いていないにもかかわらず青年は律儀に説明をする。
「僕と一体化した混沌の中に澱み凝る命たち」
ずるずると、他の黒い塊が青年の影の中に消えていく。
「いわば、六百六十六の群体みたいなものなんですよ。だから個を倒しても、残り六百六十五が生きていますから無意味」
猫団子となってもがくパチュリーを尻目に、青年は奥に向かって歩いていく。
「さて、咲夜さんに通じるでしょうか。どう思います、パチュリーさん?」
無論、返事はなかった。
ただ、ぴちゃぴちゃという舌の舐める音だけが、いつまでも廊下に響いていた。
「ああああッッ! な、なんてことを…………!」
これぞ必殺、とばかりに作り上げた我が結界、愛玩「猫好きの楽園」。
選りすぐりの人懐っこい猫のみを集め、解放と同時にいっせいにまとわり付かせて、いかなるものも無力化するはずのスペルカードだ。
それが、それが…………
「メイド秘技『操りドール』!」
木の葉のように飛び交う無数のナイフにスライスされ、元の混沌に返っていくかわいい子猫たち。
いくら混沌に戻れば再び蘇生するとはいえ、これは僕の方が傷つくよ咲夜さん。
今、分かった。
このスペルカードは、返されるとこっちの方に心理的ダメージが行く。
僕、猫大好きだし。
「ど、動物虐待ですよ咲夜さん!」
心が抉られるようだ。ああ、あんなに僕に懐いていたミケちゃんまでナイフの餌食に…………ごめんよ、頼りないマスターで。
「あら、でもあなたの中に戻れば大丈夫でしょ?」
「そ、そりゃあそうですけど…………もしかして咲夜さん、猫嫌いなの?」
咲夜さんは、ナイフを繰る手を休めずに言い放つ。
「私、動物アレルギーなの!」
頭を、鈍器で殴られたかのような衝撃。
そーだったのかー。
せっかく格好つけて「我は六百六十六の獣なり」なんて言ってみたけど、実際使えるのはせいぜい獣を飛ばしたり、猫を操ったり。
ましてや、咲夜さんは動物アレルギーだとか。
それじゃあ、せっかく作った子猫の結界だって無意味じゃないか。
ショックだ。
何のためにここまで苦労して混沌を練り上げ、我が身と同化させ、一つの世界まで作り上げたんだろう。
そして、こんなに沢山の猫を集めたんだろう。
実は…………混沌の性能がいまいち微妙で、再生に時間がかかる。
もう、手持ちの獣はせいぜい五十頭前後。
見境なく乱射しても、たぶんナイフの餌食だろう。
「奇術『ミスディレクション』!」
「ひえぇ…………なんてひどい」
「当然よ。もうくしゃみが出そうで仕方ないわ」
ついに、子猫たちは一匹残らず混沌に戻ってしまった。正直、涙が出てきそうだった。
「さあ、殺し合いましょうか」
「いや、そんなナイフ逆手に持って殺人貴みたいにポーズ決めないで下さいよ」
ていうか、咲夜さん知っているんですね月○。
ええい、でも向こうがリクエストしているなら、原作に沿ってみるか。
「さあ…………生を謳歌しろ!」
うわ、我ながら声が全然合わない。でも、こうなればやけだ。
すでに、愛玩「猫好きの楽園」が敗れた僕は、実質咲夜さんに負けているんだけど。
体に残った五十頭の獣たちが、それでも寄り集まって鎧となる。
無駄に高まる体力と破壊力。でも心は寂しいままだ。
ああ、やっぱり駄目だ。子猫たちの幻影が胸をちらつく。
「ミケ、トラ、タマ、その他大勢の敵ぃ――――!」
やけくそに叫びながら、突進。
無意味にスピードだけある。
床が砕け、衝撃波が壁を引き裂いていく。
咲夜さんは、瀟洒に立ったまま。
絶叫しながら、貫手を突き出す。
瞬間、指先が音速を超えて焼け焦げる。
当たる――
と思ったのは幻影か。
伸ばした手は、空を切る。
頭上か。
そう理解できたのは、僕の頭のてっぺんに咲夜さんの手が触れたのとほぼ同時。
空中で、恐らく倒立する咲夜さん。
そして、スペルカードの名が。
「極死『七夜』」
ごき、と。
手が捻られ、同時に首が…………嫌な方向に曲がった。
死の点を突くのではなくて、こっちですか。
薄れゆく意識の中、僕は心底後悔した。
やっぱり、ネタのパクリはやめよう、と。
極意「トゥ・メガ・セリオン」開眼の前に、こんなことがあったとかなかったとか。
2スレ目 >>174
備考:>>50>>51
50 名前: 前スレ951な人 投稿日: 2005/11/15(火) 03:00:50 [ xqEixf7g ]
>>42
戦闘シーンかっこいいよママン・・・
俺もこれくらい書き込める能力があれば。
主人公がスペル形態を選ぶ時に666の文字が出てきたので、つい混沌な教授になるのかと思ってしまった(゜∀。)
51 名前: 名前が無い程度の能力 投稿日: 2005/11/15(火) 08:27:49 [ gl6EvV4. ]
>>42
思わず時間も忘れて見入った。なんてかっこいいんだ戦闘シーン。
思慮のあるものは―の下りは某混沌教授でしか見たこと無かったから
俺も混沌教授ぽくなると思ってしまったw(。A。)^(゚∀゚ )
……混沌『武装999』?
2スレ目 >>217
酷く熱かった。
頭はズキズキ痛むし、身体の節々も痛む。
鼻の奥が詰まって気持ち悪い。
ボロ布で鼻をかんだら、鼻水がベットリついていた。
ゴミ箱に捨てて、脇に挟んだ体温計を取り出す。
古式奥ゆかしい水銀式の体温計は、40のところで止まっている。
「ちっともよくなってねえな……」
枕元に体温計を置いて、布団の裾を引っ張りあげた。
あと3,4日はベッド暮らしになるだろう。
陰鬱な気持ちで、布団の中に潜り込む。
数日前から、俺は高熱を出して寝込んでいた。
――こん、こん。
寝込んでいる俺の元に、ドアをノックする音が届いた。
誰だか知らないが、来客はあまり歓迎できない。
今の俺は風邪でうんうん唸ってる身分である。
客の相手をするのは辛いし、なにより移したら大変だ。
「ハンサム星人○○は、ただいま留守にしております」
御用のあるお客様は……と続けようとしたが、ドアの向こうからの声に遮られた。
「つまらない冗談はいいわ。入るわよ」
いいともダメとも言わないうちに、ドアが開いてひとりの人物が入ってくる。
銀の髪が目をひく、鋭い眼差しをしたメイド服の女性。
――
十六夜 咲夜。紅魔館の殺人メイド長である。
このぶしつけな客に、俺は布団にくるまったまま応対してやった。
「何の用だか知らないが、俺はご覧の通り病人だぞ?」
「知ってる。だから、見舞いと看病に来たの。
お嬢様に頼まれてね」
「最後の一言が無けりゃ、素直に感動してたんだがな」
「お見舞いひとつで感動なんてしていらないわよ」
彼女は愛想なく言って、手にさげていた袋をテーブルの上に置いた。
「そいつは?」
「おみやげ。林檎とか、蜜柑とか」
「あーん、とかしてくれる?」
林檎でやるのは変な気もするが、細かいことはスルーしよう。
咲夜は溜息をついて、「……バカ」 と言ったあと、
「ところで、ちゃんと御飯たべてるの?」
「森の新鮮な空気を、腹いっぱい吸ってるぜ」
「……何もたべてないのね」
食べなきゃ治らないわよと。
肩をすくめて、咲夜は台所の方に向かった。
「何かつくってあげる。どれくらいなら食べれそう?」
「……固形物は口にできそうにない」
「了解」
俺の調子を聞くと、さっそく作業にとりかかる。
ここに来たことは一度くらいしか無いはずだが、物の場所で迷ってる風は無かった。
さすがは殺人メイド長。
妙に感心しながら、俺はぽつりと呟いた。
「しっかし、レミリアが見舞いをよこすとはなあ……」
正直、あいつには嫌われていると思っていたのだが。
「あら、お嬢様は貴方をとても気にいってるのよ?」
「凡人の分際で偉そうな俺をか?」
「偉そうなくせに実は気の弱い貴方が、可愛くてしかたないんですって」
むむむ。ロリッ娘の分際で生意気な。
「ふん、俺は橋の上をスキップで渡るくらい強気ですっての」
「どっちなんだか、私は分からないわね。
逃げ出した件があれば、爆弾の件もあるし」
咲夜が言ってるのは、つい数週間前の出来事である。
俺が、この幻想郷に住むようになった、きっかけの出来事。
野山の探検が好きな俺は、ある日、山登りをしていて遭難した。
草木を掻き分け、さ迷っているうちに、偶然たどりついてしまったのである。
――この幻想郷に。
そんな俺の前に現れたのが、腹ペコのレミリア=スカーレット。
血を吸おうと迫る彼女に、抵抗することも出来ず。
吸われる寸前、苦し紛れに言った台詞が、俺の命を救った。
「あと一ヶ月ありゃあ、お前なんか倒すくらい強くなってみせるのになあ」
この台詞に、レミリアは原作のワムウの如く乗ってきた。
「面白いわ。凡人が一ヶ月で吸血鬼に勝てるのか? 試してみましょう」
そう言って、霧雨魔理沙なる魔法使いに俺の育成を任せたのである。
彼女は嫌そうにしながらも、結局引き受けてくれた。
一ヶ月の特訓は、想像を絶する苦しいものだった。
何度も諦めかけた。逃げ出しかけたこともある。
しかし、魔理沙に支えられて、俺はなんとか低級妖魔くらいの力をつけた。
レミリアとの決戦は、一方的な展開になった。
修行したとはいえ、俺の力など彼女の前では虫ケラ同然。
レミリアは俺を侮り、いたぶることに夢中になった。
力を小出しにして、必死に抵抗する俺を嘲笑って。
やがてそれにも飽きたのか。
つまんない。そう呟いた後、一瞬で。
殆ど反応も出来ないまま、俺は腕を引き千切られた。
――意識が白く焼けた。
次の瞬間、襲ってきたのは悶絶するほどの激痛。
恍惚の表情を浮かべ、レミリアは千切った腕の血を啜る。
俺が狙っていた展開どうりに。
――数秒後。
轟音を発して、俺の腕が爆発する。
さすがに防げず、レミリアは千々の肉塊と化した。
この展開を予期して、腕と脚に炸薬を仕込んでいたのである。
千切られたら爆発する、ウドンゲ印の時限装置。
腕一本と引き換えに、かろうじて俺は勝利を収めた。
再生したレミリアは、悔しげながらも俺を認めてくれて。
一ヶ月の間で幻想郷をすっかり気に入った俺は、ここに永住することを決めたのだった。
しばらくして、咲夜はお盆にカップをふたつ乗せて戻ってきた。
せっかく作ってくれたのだ。受け取るべく、俺は身体を起こそうとしたが、
「いつつ……お、起きれん……」
身体の節々が痛み、あえなくダウンする。
なんてこった。うら若き10代の漢が、まるでギックリ腰のじーさんだ。
「重症ね……仕方ないか」
咲夜はテーブルにお盆を置いて、布団を剥ぐと、俺の後首に手を回した。
「ちょ、咲夜……?」
「いいから、もう一度起きてみなさい」
支えるくらいで痛みが和らぐとは思えないが、再び身体を起こしてみる。
「……あれ?」
今度は痛みもなく、すっと起きることが出来た。
どういうことだろう。目でカラクリを問うと、
「昔、美鈴に習ってね。私も多少“気”を使えるの」
「ふうん……ま、たいしたもんだ。お陰で起きれたよ」
なんだか、少し体調も良くなった気がする。
咲夜は微かに笑んで、湯気をたてるカップをひとつ取ると、
「これは持てる?」
「どうだろな……ん、大丈夫」
握力も弱まっていたが、物を持てないほどでもなかった。
受け取ったカップの中には、濃い色の液体が入っている。
漂う甘い香り。微妙な酸味。これは多分……
「はちみつレモン、か」
「ご名答。飲めそうになかったら、残していいわ」
「いや、ありがたく戴くよ」
丁度こんな感じの飲み物が欲しいと思っていたのだ。
熱さに気をつけて、そっと口をつける。
口の中に広がっていく透明な甘味。
懐かしい味だった。よく母親に作ってもらったことを思い出させるような。
「……美味い」
吐息にまぜて、俺は素直な感想を零した。
「どういたしまして」
咲夜は心持ち嬉しそうな顔を見せて、自分もカップに口をつけた。
はちみつレモンを啜りながら、俺たちはたわいもない雑談をかわした。
「やっぱりさ、風邪ひいた時と冬はコレだよな」
半分ほど減ったカップの中身に目をやり、しみじみ呟く。
「玉子酒なんかも有名じゃない?」
「いやいや、あれは全然ダメだ」
「……どうして?」
首を捻る咲夜に、俺は素晴らしい実体験を聞かせてやった。
「一度、風邪ひいた時に飲んでみたことがあるんだよ。
そしたら……おもくそ悪化したんだ。いやマジで」
「貴方がお酒に弱いだけでしょ」
「な、なんだって―――」
言われてみればそうかもしれない。
酒を飲んだことはそれなりにあるが、美味いと思ったことは殆ど無かった。
「そうか、俺は酒に弱いのか……」
「……なんで落ち込むのよそこで」
「だって……酒に弱い漢なんて、格好つかないじゃん」
痛みも悲しみも、酒とともに飲み込んで隠す。
涙見せぬ孤高の漢が、酒を呷って微かに見せる哀愁はたまらないのである。
「貴方はそういうタイプじゃないと思うけど」
「憧れてるだけだっての。それに、酒が飲めないと宴会とか付き合えないだろ」
幻想郷の妖どもは、たいていが酒飲みである。
俺がこの郷に来る数ヶ月前など、三日おきに酒盛りをやってたらしい。
伊吹とかいう鬼にハメられて仕方なくやってたというが、みんな酒好きなのは間違いない。
「飲めないなら、ジュースとかミルクで付き合えば?」
「……絶対みんな大笑いするぞ。○○ちゃんはおこちゃまでちゅね――とか言って」
「実際お子さまじゃないのよ」
「お子さまじゃないやい。十八のうら若き好青年だっての。
……あ、そうか。あんたは三十路だったっけ」
ほんの冗談のつもりで、そう言った途端。
――カッ!
横髪を数本かすめて、ナイフが壁に刺さっていた。
「……てっとりばやく、熱を冷ましてあげましょうか」
爽やかな微笑みがメチャクチャ怖い。
「スンマセン、調子に乗りすぎました」
敵が第二射を放つ前に、俺は平謝りしていた。
「まったく……八雲紫だったら、今頃スキマ送りよ」
「ジョークひとつでスキマ逝きかよ……やれやれ、ここの連中はほんと短気だな」
外界から隔離された幻想の郷。
気のままに生きるのは結構だが、少しは愛と平和の大切さを知ってほしいものだ。
「やはり俺が愛を教えてやるしかあるまい」
「……なにが愛だか」
「ふふん、今に見てろ。お前だってデレデレさせてやるからな」
このツンデレメイドがデレデレする様は、さぞかし萌えることだろう。
夢溢れる俺の言葉を、咲夜は、
「私を口説くつもりなら、十回生まれ変わって出直してくることね」
ばっさり切って捨てた。
「むむう、俺の何が不満なんだ」
「はっきり言って全部」
○○にかいしんのいちげき!
「うぐっ……そりゃあないよ咲夜さん。どうダメか、はっきり指摘してくれないと」
「それじゃ訊くけど。私を甘えさせられるくらいの強さが、今の貴方にある?」
それは……ない。
未だ日々を生きるだけで精一杯の有様だ。
ルーミアや
チルノより弱い俺は、買出しに人里へおりるのにすら危険が伴う。
「……確かに、今は弱い」
それは認めなくてはならない。
単に戦闘力だけではなく、俺はきっと精神だって弱い。
例えばこの郷の少女たちの心が深く傷付いた時、支えになることが出来るか?
答えはノーだ。なぐさめにすらなるまい。
「でも、俺は強くなる。強くなってみせる。
紫と弾幕ごっこが出来て、えーりんをデレデレさせられるくらい。
みんなに認められるくらい、強くなるんだ」
遥か遠い目標。
夜空の星よりも遠く、たどり着くのは不可能とさえ思えるけれど。
漢の目標はそれくらい困難なものでなくてはなるまい。
「そして……幻想郷ハーレムを完成させてやる。絶対に」
青年よ、大志を抱け!
雄々しい俺の野望を、咲夜は理解出来ずに嘲笑う……ことは無かった。
俺を見つめる咲夜の目は虚ろに、どこか違う場所を見ている。
「おい、咲夜……」
「ん、あ……なに?」
「どうしたんだよ。実は咲夜も体調悪かったのか?」
心配して言う俺に、咲夜は首を横に振って、
「ちょっとね、考えてたの」
「何をだよ」
「今の、バカバカしいハーレム妄想について」
バカバカしいと言いながらも、表情に呆れた色は無い。
「今の私たちは、きっと幸せだわ。
普段は気ままにのんびり過ごして、たまにみんなで大騒ぎして。
こんな日々がずっと続けばいい。そう思えるくらい。
……だけど、そんな毎日もいつかは終わる」
わずかに俯いて、咲夜は言葉を続けた。
「五十年もすれば、私や貴方は寿命を迎える。
数百年で、大半の妖怪、妖精も死ぬでしょう。
お嬢様は妹様、パチュリー様と元の静かな暮らしに戻って。
幽々子や妖夢は冥界から出ることはなく。
輝夜は兎たちが居なくなって、いっそう妹紅との殺し合いに興じるようになるわ」
俺は黙ったまま頷いた。
多分、咲夜の予想はそのまま現実になるだろう。
「お嬢様たちにとっては、それはそれで楽しい暮らしなのかもしれない。
でも、私は……寂しいものとしか思えないのよ。少なくとも、今に比べたら」
「ならさ、あんただけでも吸血鬼になって寄り沿ってやれば?」
「それは出来ない。きっと霊夢や魔理沙も断るでしょう。
幽々子や輝夜が誘ったとしてもおんなじ。
断る理由はそれぞれだけど、説得してもきっと気持ちはかわらないわ」
「薄情なやつだな。愛するご主人様だろ?」
「……全てのものは変化するわ。人も、妖も、この世界さえも。
だから幸せな日々だって、足掻いたところでいつかは喪われてしまう」
だけど。
微苦笑を浮かべて、咲夜は言った。
「貴方がもし、私たち全員を骨抜きに出来るくらい、強く優しい素敵な男性になれたら。
幸せな日々をそのまま、永遠に出来るかもしれない。
――そんな、夢物語を想像してみたの」
ほんとにバカバカしい、夢みたいな話だけどね、と。
そう言って、咲夜は肩をすくめた。
「――バカバカしくなんてないさ」
強い語調で、俺は否定する。
なぜなら。
「それはまさに――俺が目指すところだからな」
幸せが永遠で何が悪い。
今の暮らしが永遠で何が悪い。
永遠にみんなを愛し、愛される。それが俺の夢。
「さあ、まずはキミが俺の胸に飛び込んで―――イタっ!」
咲夜に突っ込みチョップを喰らって、俺は再びベッドに倒れた。
チョップで倒れる弱々しい我が身が悲しい。
「痛いじゃないか。首のあたりがグキっていったぞ、グキって」
「調子に乗るからよ。あと三日はそうして寝込んでなさい」
呆れた風に咲夜は言ったが。
頬がほんのり染まっていたことには、突っ込まずにおいた。
――ハーレムマスターへの道程は、まだまだ遠い。
やがて、ふたつのカップも空になって。
「まったく貴方は……起きてるとろくな事を言わないわね」
言いながら、咲夜は俺の額の汗をタオルで拭い、そっと手で触れた。
やわらかな温もりが、心地よく頭部を癒す。
「本当に癒されてる気がする……」
「癒してるわよ。さっき言ったでしょ、私も“気”を使えるって」
なるほど、体調が少し良くなったように思えたのは気のせいではないらしい。
「つまり、咲夜の愛で癒されてるわけだな」
「まあ、病人を労る程度の愛は持ってるわね」
簡単にあしらわれてしまった。
「軽口たたくより、大人しく寝てた方が治りが早いわよ」
「ちぇっ……仕方ない、そうするよ」
しぶしぶと言った口調で、俺は目を閉じた。
実はそろそろ眠たかったのだ。
「子守唄はいる?」
「いらない。それじゃ御休み……」
咲夜の手の温もりが、心地よく眠気を誘って。
まどろみに、俺はそっと意識を委ねた…………
青年が眠りについたのを確認すると、咲夜は手を離して立ち上がった。
もう少し彼の眠りを見守っていたかったが、自分には仕事があるのだ。
「それに、後で魔理沙あたりも見舞いにくるでしょうし」
幸せそうに眠る、あどけない青年の顔を見つめる。
自分や紅魔館の皆、幽々子らや永遠亭の連中さえ落としてみせると言った青年。
とうてい実現不可能なことだが、この青年ならやるかもしれない。
事実、魔法のまの字も知らない凡人の身で、初級とはいえ一ヶ月で魔法を身に着けて。
まぐれだとしても、レミリア=スカーレットを撃破して見せたのだ。
そして、一番やっかいなのは。
この青年を、自分が気に入っているということだった。
今は好意止まりだが、これが愛情に変わらないとは自信が持てない。
「簡単には落ちてあげない。だけど……」
青年の頬に顔を近付け、そっと口付ける。
「早く、私を落としてみせなさい。
人間の私たちは、すぐに老いてしまうんだから」
顔を離して、やわらかに微笑み。
十六夜咲夜は、青年の家を後にしたのだった。
最終更新:2010年05月15日 23:07