咲夜14
新ろだ100
秋晴れの風が気持ちいい日。紅魔館の庭では咲夜が洗濯物を干していた。
白いシーツが秋風になびき、鼻歌が風に乗る。
「ん~♪ ふんふ~ん♪ ふふ~ん♪」
「ご機嫌ですね。咲夜さん」
そこに執事長の○○がやってきた。
しかしいつもの燕尾服ではなくつなぎにTシャツ、手ぬぐいを頭に巻いたまるで用務員のような格好だった。
「そうね。天気がいいから久しぶりにいっぱい洗濯物を片づけたわ」
「お嬢様にはあまり良いとは言えませんけどね」
「そうね。○○は?」
「庭の手入れです。結構枝が伸びていたので剪定を」
しばらく軽い世間話を続け、ふと空白がうまれ二人の視線がからまる。
顔を赤らめて、○○に近づくと咲夜は彼と口づけを交わす。
「……んっ」
○○が目を開けると爪先立ちで肩に手を置いて懸命にキスをする咲夜の顔が近くにある。
ふんふんと鼻で息をして上気した顔は普段の凛としたメイド長からは考えられない可愛さだった。
「んっ、んん、ちゅっ……んふぅ、くちゅっ……ふうんっ、ちゅぴ、んんん……んっ」
どれ位の時が経ったのであろう。名残惜しげに咲夜の唇が離れると頬を赤くしたままはにかむ。
「うふふ……」
指で唇を撫で笑顔になる彼女を見て○○も笑みがこぼれる。
胸の前で握りしめているのが自分の下着だというのもなんだか照れくさい。
そこに一陣の風が吹き、洗濯物が翻ると――
「ひゃわああぁぁあぁぁっ!?」
「はひぃいいいぃぃっ!?」
両者驚きで声をあげて真っ赤になる。咲夜なんて茹でダコのようになり、わたわたと○○の下着を振り回し小悪魔も洗濯カゴを持ったままモジモジとしている。
確かにここまで接近されていれば洗濯物など遮蔽物にすらならないだろう。
「こぁ? どこまで見てたんだい?」
「はははは、はいいっ! さ、咲夜さんがは、鼻歌を歌っていたところからですっ!」
つまり全部見られていたということか。
「わわわ、私のことはお気になさらずどうぞごゆっくり~~~~!!」
すごい速さで駆けていってしまった。
「…………」
しばらく二人とも恥ずかしさで動けなかった。
咲夜の紅茶の入れる手つきは慣れたもので優雅さと気品さが溢れ、最近では優しさも追加された。
「その紅茶は誰に持って行くんですか?」
「パチュリー様に頼まれたのでこれから持っていくのよ」
紅茶の良い香りが漂い、○○はカップに鼻を近づける。
それを咲夜はそっと手で制す。
「行儀悪いわよ。これ運び終わったら入れてあげるわよ」
「ああ、ありがとう。咲夜さんの紅茶は美味しいから」
「○○も腕は悪くはないけどね。精進すればまだまだ伸びるわ」
と、またしても視線が絡む。
今度は○○から咲夜に口づけをする。
「……んっ」
彼女の吐息はまるで最高級の紅茶のような香りがした。
しかしそのなごりを楽しむ猶予もなくパチュリーの睨む視線に気づく
「きゃあぁぁあああっ!?」
今度は咲夜だけが声をあげる。
○○はまたか、という顔だしパチュリーは未だ○○と咲夜を睨んでいる。
「……遅いと思ったらやっぱり乳繰り合っていたわけね」
「ちちちち、乳繰り合ってなんか!」
「パチュリー様、いったいどうしたんですか?」
「ああ、魔理沙が来たからもう一杯紅茶を頼むわ。今度は早めにね」
言いたいことをいうとパチュリーは台所を後にするが最後にドアのところで振り向いて忠告をした。
「それと、所かまわずちゅっちゅしてたら色ボケ夫婦にしか見えないわよ」
その忠告に咲夜はまた気落ちしてしまう。
○○は変わらないが。もう完全に開き直っている。
「あうう……」
○○が買出しに向かうということで咲夜は必要なものを纏めたメモを読み上げていた。
「と、早急に必要なものはこれくらいね。はい、これメモね」
渡されたメモを受け取る時、○○と咲夜の指が触れる。
少しあかぎれがあるがそれでも柔らかく、細い指が透けるように白い。
またしても視線が絡まる。そうなればやることは一つだ。
「あ、あと、これもお願いね……」
ポケットから新しいメモを取り出す。
○○はそのメモを覗き込む。
「……す、少しでいいから」
「……少しでいいんですか?」
「……うん、…………んっ」
今回は軽く触れるだけのキス。
これなら誰にも見つかることはないはず……だったのだが扉から顔を覗かせているフランがいた。
声はあげなかったがずざざざっと○○から遠ざかる咲夜。若干涙目なのが潤んだ瞳から分かる。
やれやれとため息をついてフランに○○は近づいた。
「どうしました? 妹様?」
「あ、え、う、うん……○○がお買いもの行くって聞いたからお菓子買ってきてほしかったの」
「分かりました。いつものでいいですか?」
「うん、いいよ。……○○と咲夜、ちゅーしてたの?」
「はい、そうですよ」
もはや隠す気もない○○。
フランはほにゃっと可愛らしい表情になった。
「いーなー。私もちゅっちゅしたいー」
「そのうち誰か妹様を好きになってくれる人が現れますよ」
「そうかな?」
「そうです」
「早く会えるといいなー。私だけのひと」
そのまま機嫌良く、スキップしながら去っていくフラン。
○○はヘナヘナと崩れ落ちていた咲夜に手を差し出し、起こしてあげた。
「はぁ……どうしてこう……」
「それじゃ今後いっさい口づけしないことにします?」
その言葉を聞いた咲夜は見る見るうちに不安げな顔になっていく。
今にも泣きそうな咲夜を見て、慌てて○○は取り消す言葉を口にする。
「じょ、冗談ですよ」
「……言っていいことと悪いことがあるわ」
膨れっ面で腰に手を当てて可愛らしいスネかたをする咲夜であった。
「それじゃ行ってきます」
「気をつけてね」
「分かりました」
門まで見送りに来てもらい○○は扉に手をかけるがキョロキョロと辺りを見渡し誰もいないことを確かめると不意打ちで咲夜の唇を奪う。
「きゃっ」
「油断してましたね」
そしてもはやお約束。お手洗いから帰ってきた美鈴と鉢合わせする。
いきなり姿が消えたかと思うと咲夜は美鈴にナイフを突き付けていた。
「いいいい、いきなり何するんですかぁ!?」
「いい? 今会ったことは忘れるのよ。いいかしら?」
「わわわ、分かりました!」
解放され息をつく美鈴。
「そんなに恥ずかしいのならしなければいいのに」
「それじゃ我慢できないんだよ。俺も咲夜さんも」
「ひゃーラブラブですねー。羨ましいです」
「それじゃもう一回みせてあげようか?」
「はいっ!」
「えっ!? ちょっ!」
咲夜に近づき顎をくいと持ち上げ上向きにさせるとじっと瞳を見つめる。
咲夜は顔を赤くして目を閉じると○○のキスを今か今かと待ちわびる。
○○は顎からすっと手を離し門を開ける。美鈴と咲夜はぽかーんと間の抜けた顔をしていた。
「ふふっ、ああいうものは何度も見せるものじゃないんです。だからさっきのでお終い」
「なっ! き、期待させておいてそれはないでしょ!!」
「咲夜さん! 励むのです!! ○○さんがメロメロになるまで励むんです!」
「ええ! 貴女に言われるのは癪だけど!」
二人のやり取りにくすっと笑うと○○は里に向けて歩き出した。
「……ところで励むってのは……よ、夜の営みのことかしら……?」
「え? もうそこまでいったんですか!」
「わー!! く、口が滑っただけよー! こ、これも忘れなさい!!」
みなの話を聞いてレミリアはため息をついた。
「まったく、あの二人はしょうがないわね。暇さえあればちゅっちゅちゅっちゅして」
「で、どうするの? レミィ」
「決まってるでしょう? 二人を引き離して私が○○を『異議ありです!!』咲夜っ!?」
ドカーンとけたたましい音を立てて扉を開け咲夜が乗り込んでくる。
「いきなりなんでそんな展開になるんですか!」
「いいじゃないの! 咲夜のものは私のもの、私のものは私のものなのよ!」
「どこのガキ大将のセリフですか!」
結局いつものやりとりが始まる。
レミリアも○○のことが気にいっていたのだが、咲夜に先を越されてしまったため何かと理由をつけ○○を奪おうとする。
もはや日常じみた二人の口喧嘩に他のメンバーは静観する。ヒートアップしてきた二人はだんだんマズいことを口走る。
「だいたいその胸はなによ! 詰め物まで入れてまで大きく見せたいの!? ああ、そうでもなきゃ○○が振り向く訳ないわよねぇ」(そこまでよ!)
「これは自前です! ○○が弄ってくれたおかげで詰めなくてもよくなったんです!!
それよりお嬢様みたいな幼児体型じゃ彼を満足させることなんてできません!」(そこまでっていってるでしょ!)
「ふん、味わってみなければこの身体の良さは解らないわ! むしろ幼女じゃなきゃ欲情できなくさせてあげるわ!」(ちょっと聞いてるの!)
「おっぱいって触ってくれる人がいないと邪魔なだけですよね」
「肩こりの原因の一つですしね」
二人を止めようと息巻くパチュリーと何処かズレた話を始める美鈴と小悪魔。
そんな中ドアを開けてフランが中を覗き込む。
「やっぱりみんなここにいたんだ。またいつもの喧嘩?」
「あ、妹様。何か御用ですか?」
「うん。○○がおやつ作ったからどうですか、だって」
「それじゃ二人は放っておいてお茶にしましょうか」
「ほらパチュリー様も行きましょう」
「は、離してっ! 私は秩序を守るのよーっ!!」
この言い争いは明け方まで続いていく……
「ふぅ、お嬢様にも困ったものだわ……」
「あはは」
○○は睦み合った後にこうして布団の中で話を聞く。主に咲夜が淡々と愚痴を零すのだが○○は嫌な顔一つしない。
それが彼女のストレス発散になっているのだし、聞いてあげることで少しでも負担が軽くなればいいと思っているからでもある。
「ごめんね……毎回愚痴ばっかりで」
「いいですよ。それで咲夜さんの気が晴れるなら」
「……そういうとこ、好きよ。甘えたくなるじゃない」
胸に顔をすりよせ微笑む。○○はすっと手を伸ばして何もつけてない胸をつんと指で突く。
大きくはないが柔らかく張りのある乳房がぷるんと揺れる。
「やんっ。えっち」
「だって咲夜さんが可愛いから」
「褒めてもなにも出ないわよ」
胸板に顔を埋めて上気した顔でほう、と息をつく。
「○○、愛してるわ」
「俺もです」
「眠るまで顔見つめていていい?」
「いいですよ」
「それじゃおやすみ……いい夢を」
しばらくして彼女の重みと温もりに包まれてすうすうと寝息を立てる○○を見つめ、何度か起こさぬようにキスをして咲夜も眠りにつく。
この二人にさすがお嬢様のグングニルも割り込むことはできないようだ。
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うpろだ1509
音もなく、動くものもなく、心なしか色もない、寂寞とした――けれど見慣れた世界。
能力を使えばすぐにでも展開される、私以外の如何なる存在も停止する世界。
私だけの、世界。
それが、これほどまでに口惜しく思えた事はない。
「…………○○」
目の前にいる――いや、「在る」青年。最近、執事としてこの紅魔館に迎え入れた、何の変哲もない普通の人間。
普段なら、そんな者をこの館が受け入れる事はない。ここは悪魔の住処、ただの人間のいるべきところではない。
では何故、彼がこの館に迎え入れられたのか。
決まっている。
お嬢様が、御気に召したからだ。
「……○○……」
解っている。
彼は、お嬢様のモノで。
私は、お嬢様の従者。
その所有はお嬢様のもので、
その自由は、お嬢様が握っている。
――解っている、のに。
「○○…………」
今、彼はお嬢様と妹様の間に挟まれ、冷や汗をかくような表情を浮かべている。
おそらく、いつものように御二人が○○を取り合い、それを宥めようとして失敗しているのだろう。御二人は今にも弾幕を展開しそうな状態だ。
そしてそのまま、動かない。
動かない。
――そう。
「○○……○○……」
私が今ここで、どんなに呼びかけても、
「○○、○○」
どんなに叫んでも、どんなに想っても、
「○○っ、○○っ、○○っ!!」
私の心が、彼に届く事はない。
解っている。
そしてそれは、たとえ時が止まっていなかったとしても、同じ。
解っている。
解っている。
――けど、だからこそ。
「○、○……っ!」
だから、せめて。
せめてこの「時」だけは、私の。
私だけの――
「――愛してるわ、○○……」
彫像のようになっている彼にそっと口付け、彼の体を抱き締める。
そしてそのまま安全な場所まで移動して、能力の展開を終了する。
再び時が動き始めた後、彼がどんなリアクションを取るか。そんな事を思いながら。
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新ろだ227
2夜連続で行われた紅魔館でのクリスマスパーティー
それも咲夜さんと俺を残して皆潰れてしまうという形で終わりを告げた。
そして今は2人で片付けをしている。
「日にち的な意味ではクリスマスが終わりましたね、咲夜さん」
「えぇ、でもまだパーティーの後片付けが終わってないわよ?」
『パーティーは片付けるまでがパーティーなの』
そういわんばかりにテキパキと皿を片付けていく咲夜さん、流石瀟洒なメイド長
確かにそうですね、でも今は・・・・・・
「咲夜さん」
「なに?」
「渡したい物があるんです」
今だけは、この時だけは、俺とあなたの時間にさせてください。
「これは・・・・・・?」
俺は執事服のポケットに大事にしまっていた小箱を咲夜さんに渡した。
「最初は指輪にしようとしたんですが、仕事の邪魔になるかと思ったんでちょっと趣向を変えてみました」
中身は咲夜さんの象徴、時計とナイフを銀や宝石の欠片で模した小さなペンダント
「中々苦労しましたよ。両方の形を崩さないでうまく組み合った物にするのは」
パチュリー様や魔理沙、アリスなど、そういう技術に詳しそうな人に知恵を拝借してようやくだった。
「そう・・・つけてみてもいい?」
「えぇ。というかつけてもらわないと、せっかく作ったんですから」
ふふっ、そうね――と咲夜さんは嬉しそうにペンダントを身に着けた。
「・・・・・・どう?」
「似合ってますよ」
「よかった。これで似合ってなかったらあなたに悪いもの」
それはない。だってそれは咲夜さんを想って咲夜さんの為だけに作られたもの。
似合わないはずはない。
「ありがとう・・・○○」
瞬間―――心臓が止まるような錯覚に陥った。
咲夜さんが笑ったのだ。
今まで見たことないような笑顔で。
「それじゃあ私からもプレゼント」
「えっ?」
咲夜さんが俺にプレゼント?
―――――シュル
能力を使ったのか、気づけば首に温かみを感じた。
これは・・・
「マフラー?」
「そうよ。あなた、いつも首が冷えて寒いって言ってたじゃない」
あぁ、そういえばそんなこと言ってたような。
「・・・・・・暖かい、すごく」
「うん。後これはおまけ」
チュ―――――
唇に柔らかいものが触れたのが、咲夜さんの唇だと気づくのに時間がかかった。
「さ、ささささきゅやさん!???」
「うろたえないで、私も恥ずかしいんだから」
確かに咲夜さんは頭で湯が沸かせそうなほど赤くなっていた。
いや、俺もだろうか。
「・・・・・・(//_//)」
どうしよう、なんか気恥ずかしくなってきた。
こんな時は素数を落ち着くんだ、2、3、5、7、11・・・。
「あっ・・・」
頭が冷えたのか、一つ思い出した。
そういえば、まだ言ってなかったっけ。
「咲夜さん、言っておきたいことがあるんですが」
「奇遇ね、私もあるわ」
「じゃあ同時に」
「そうね。わかったわ」
「「せーの」」
「少し過ぎちゃいましたが、咲夜さん。メリークリスマス」
「少し過ぎてしまったけど、○○。メリークリスマス」
来年はきっと過ぎずに言えますよね?咲夜さん。
そう思いつつ、俺は咲夜さんと片付けを再開した。
最愛の瀟洒なメイド長が作ってくれたマフラーのぬくもりを感じつつ・・・。
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新ろだ241
騒がしさを劈く大声が、今日は頭の芯に響く。
今月の二十五日という日は紛れもなく、かの有名な某の誕生を祝う日であり、向こうの騒ぎもそれが故だ。
もっとも、某の誕生を祝う気持ちや心など誰も持ち合わせてはいない。
酒と肴、そして飲みあう仲間さえ居れば、後は名を借りて騒ぐのみ。
――どこへ行っても、一人は独り。
くずかごの中に積まれた歪な鼻紙を見て、昨日見た外の光景が頭に浮かんだ。
塵も積もれば山となる。人里も、神社も、森も、山も、そしてこの紅い館も、皆が皆、白銀の世界。
小さな明かりが里を彩り、大きな喧騒が館を暖め、どこかの家では眠れぬ夜を愛で語り明かす人達がいるのだろう。
騒ぎ合って、真に結構。
愛し合って、真に結構。
そんな今日ほど、虚しい日はない。
突然、僕には縁のないざわめきが、部屋にずかずかと入り込む。
華奢な造りの扉に目をやれば、今日は休む暇も無く齷齪働いているはずのメイド長が一人。
開けられた扉はすぐ、音も無いまま喧騒のみを締め出した。
「どうかしら○○、具合のほうは」
「あまり」
ベッドの傍の椅子に座し、先程のものとは対照的に、深く包み込むような柔らかい声で咲夜さんは僕に問うた。
自分は今日、その返事を曖昧に濁した。食事の度に様子を見に来てくれる咲夜さんへ、三度も。
「あまりあまりって、今日はそればっかりね。本当に」
「よりにもよってこの日とは……油断、してました」
「熱は」
がさついた自分の手を当てるよりも早く、きめ細かい手を咲夜さんは僕の額に添えてきた。
心地良い冷たさ。この時期にしては殆ど荒れていない、しなやかな肌の感触。
両方とも、いつかは何の気遣いもなく感じれるようになりたい。その決意が、僕には欠けていた。
「……あんまり下がってないわね。明日まで長引くようなら、永遠亭にでも」
溜息と共に自分の額を離れた手は、銀白の前髪に隠された額へとたどり着く。
まだ余韻が残るこちらの額を感じる最中、ふと、自分の腹から不機嫌な音が漏れ出た。
「あー、その……」
「いいわよ。朝も昼も殆ど食べなかったんだから、当然よ」
小さく屈み、一杯になったくずかごの袋の端を結びつつ、咲夜さんは僕の食の細さを嗜めた。
ここに来て三ヶ月ほど経つが、どうやら僕には咲夜さんから弟のように見られている感がある。
一人っ子の自分が咲夜さんに惹かれた根底には、そういった事も流れている。
「ああ、それと。執事が居ないのは適当に誤魔化しておいたから、私以外はここに入らないわ」
あまり人が来ては、落ち着かないでしょうしねぇ――
咲夜さんの気遣い。一言残されてすぐ、また独りとなった。
今まで咲夜さんを支えていた椅子の上にお盆が一枚。
その上に湯気の立つお椀と蓮華の一組が、所在無さげに佇んでいる。
やがて騒がしさは影を潜め、廊下から妖精メイド達の疲労を帯びたおしゃべりが細々と耳に入ってくる。
数少ない窓があるこの部屋から遠目に見る人里に、もう明かりはない。
熱は、館に静寂が押し迫るのとは反対に、徐々に引きつつあった。
「あ、そうそう、おゆはんの感想を聞いておきたいんだけど」
食器を下げに来たついでか、今晩の感想を咲夜さんからねだられた。
今後の参考にでもするのだろう。しかし、思った以上に言葉は出ない。
見た目、温度、塩加減、それらが全体の均衡を崩さず、見事に調和していた卵かけのお粥。
好みまで考慮された点も含め、正直なところ、一分の隙もないからだ。
唯一隙を突くとすれば、舌の一部分がうまく機能していない所為で、味がぼやけていた点だろう。
ただそれは、咲夜さんの隙ではなく、僕のものであるのだが。
「美味しく、なかった?」
少し八の字に眉を歪め、不安に満ちるその瞳で、咲夜さんは黙り込む僕を見つめる。
本当に美味しい物にはえも言えないが、うんうん唸り、まだ微熱に浮つく頭で無理に吐いた。
「よく、わからなかったです。でも……ずっと、食べていたい味、だった、かな」
「参考にならないですよね」こう付け足し、その場を誤魔化すように笑った。
御椀の湯気はいつの間にか消え去り、後は時の経過に従って冷める一方にある。
「頭おかしい人に聞いても、やっぱり何の参考にもならないわね」
研がれた言葉で乙に澄まされる。瀟洒の名も伊達ではない。
傍からみてもやはりおかしいらしいから、今日は早く寝よう。
枕に頭を横たえて見る咲夜さんは、常にあるどこか凛とした空気を、纏ってはいなかった。
「……ずっと食べさせてあげないことも、ないわ」
十二時の鐘と言葉の始まりが、寸分違わず重なった。
鐘の音がそのように聞こえさせたのか。少なくとも自惚れる自分だけはそう聞こえた。
意味深いような言葉に思わず身を起こし、咲夜さんの顔を見上げてみる。
目の前に立つ人はおくびにも出さず、深く紅い瞳が僕だけを見下ろしている。
「それはありがたいですが、毎日お粥はちょっと」
「鈍いのは、熱のせいかしらね」
鳴り終わった後のそんなやり取り。
咲夜さんの言葉に、僕は気づかされた。
……いつか打ち明けるはず想いが、不本意な形で伝わってしまったのは合点がいかない。
いずれ、もう一度。熱に惑わされない、真っ直ぐな心を、せきららな言葉で。
「……そろそろ、お嬢様が呼ぶ頃じゃないですか?」
「そうね、もう行くわ。でもその前に」
そう言って腰を屈め、僕が身を横たえるベッドに咲夜さんは左手をついた。
秋波を送り、僕の顎に右手を添え、下に誘われてから少し驚いた僕に、咲夜さんの口の両端が小さくつり上がる。
程なくずいと鼻と鼻が触れぬばかりに近づけられ、甘い吐息が鼻腔を撫ぜ返す。
後には、額に麗しい唇の感触だけを残し――
「……早く、私を見つけられるといいわね?」
靴は残さず、今日も瀟洒な従者は紅い悪魔の傍へと戻り着く。
窓硝子の外に広がる夜空からは、皓々と輝く氷輪の光が優しく部屋に差し込んでいる。
この光はこの冬限りで、もう少し経てば見れなくなるだろう。
それまでに、きっと――
一年後の孤独のホワイトナイトに、別れを。
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新ろだ253
「あら、博麗神社の穀潰しじゃない。まだ巫女に追い出されていなかったの」
「ふん。何の用だロリコンメイド。お嬢様中毒は大丈夫なのか?」
もはや日常と化した咲夜と○○の口喧嘩。
今日も出会い頭に罵詈雑言の弾幕ごっこが開幕した。
「何よその態度? 三枚目が何を格好つけてるのかしら?」
「三枚目なのはお前だろ。主にその服の下」
「……ハリネズミになりたいのかしら? このヒモ」
「誰がヒモだ。食い扶持くらい自分で稼いでる」
「その割にはろくなものを食べてないみたいだけど?」
「何を偉そうに。米つきバッタの分際で」
バチバチと火花を散らしながら、○○と咲夜が睨みあう。
外の世界から迷い込んできた人間である○○は、博麗神社に居候している間に、すっかり幻想郷に馴染み、帰ることが出来なくなってしまった。
そんなわけで、人里で仕事をこなしつつ、博麗神社に住み続けている。
人柄の良さが幸いしてか、人妖問わず好かれ、里の人間にも歓迎されるほど、信頼も厚い。
そんな○○と珍しく仲が悪いのが、同じ人間であるはずの咲夜だった。
全く腹立たしい。あいつに会ったおかげで最悪の気分だわ。
咲夜は鼻息荒く紅魔館の門をくぐる。用事も済ましたし、早くお嬢様のお姿で気持ちを落ち着けなくては。
それもこれもあいつに会ったせいだ。
今度と言う今度はこのナイフでハリネズミにしてやる。
そんな物騒なことを考えながら、玄関を通ると、パチュリーが人目を気にしながら、一つの部屋に入っていくのが見えた。
パチュリーが図書館から出てくる、しかもこそこそと。
これがおかしなことなのは、ここのメイドならばすぐに分かること。
いぶかしく思った咲夜は音を立てないように、その部屋に近寄る。
「パチェ遅いわよ。……咲夜には見つからなかったでしょうね?」
「ええ、聞かせるわけにはいかないから」
聞こえてきたのは、主のレミリアと、先ほど部屋に入っていったパチュリーの声。
「でもレミィ、本当なの? ○○が咲夜に惚れてるって」
「ええ、本当も本当、大本当。霊夢からの情報よ、間違いないわ」
……今、なんて?
耳を疑う咲夜。
「信じられないのよね。あんな喧嘩ばかりなのに」
「好きな娘には素直になれないっていうのがお約束じゃない」
「まあ、どっちでもいいけど、もし本当だとしたら、○○も馬鹿よね。咲夜なんかに惚れるなんて」
「普段喧嘩ばかりだしね。もし咲夜が知ったら、どうなるか予想つくわ」
「さんざんにこき下ろすでしょうね」
「○○もそれを分かっているみたいね。咲夜のことを考えては悶絶してるそうよ」
「悪い奴ではないんだけどね」
「むしろいい方なんじゃないかしら。基本お人好しだし、真面目だし」
「受けた恩は、利子つけて返さないと気がすまないのよね、あいつは。それが仇に対してもそうなのが玉に瑕なんだけど」
「悪口言われると黙ってられないのよね。惚れた相手に対しても」
「まあ、その真っ直ぐなところは、見ていて気持ちいいけどね」
「霊夢がぼやいてたわ。重症だって。口喧嘩した後の負のオーラといったらないらしいわ」
「咲夜に惚れたのが運の尽きね。なんとかして諦めてもらうほかないんじゃないかしら」
「相手が咲夜だしねえ」
部屋の中から二つの溜め息が聞こえる。
どうやら、喧嘩相手だった○○は、自分に気があるらしい。
……そう言えば、聞いたことがある。心を許したい相手に、素直になれないタイプの人間がいると。
思い当たる節が幾つもある。
……まさか、本当に?
○○は義理堅い働き者だということは知っていた。
ハクタクからも信頼されているし、二人が言ったようにどこまでも真っ直ぐだ。
喧嘩ばかりだった理由。
いつだったか、「冷たすぎる」と指摘された自分になかった暖かさを、彼は持っている。
それが、とてもまぶしかった。
……本当は、とてもうらやましかった。
そう自覚した後に生まれたのは、恋慕。
「……わたしも、ずいぶんひねくれ者ね」
まったく、とんだ災難だったぜ。
あそこであんな奴に出会ってしまうとは。まあ、仕方ない。茶でも飲んで落ち着こう。
博麗神社に戻った○○は、すぐにお茶を入れ、お帰りの一服を決め込んだ。
「咲夜のことよ」
「いきなり来て何を言い出すのかと思えば」
「音速が遅いにも程があるぜ」
そこに聞こえてくる三者三様の声。霊夢に魔理沙にレミリアといったところか。
女三つで姦しいとはよくいったもんだ。
しかし、咲夜? あの女がなんだって?
「そろそろ決着ついてもらわないと困るのよ。屋敷がまともに機能しなくて」
「しかし、○○も本気で気付いてないとしたら、恐ろしく鈍感だな」
「地獄行きよ。あんなに大きな好意に気付かないなんて」
……はい?
「咲夜ったらもう、時を止めるのも忘れてぼんやりして仕事が進まないし。
そう言えばこないだの朝なんかナイフの雨霰だったわ。なんであんな奴が夢にー!? なんて絶叫しながら」
「いっそのこと全部○○にばらしたらどうだ?」
「無理ね。あいつのことだし、罠だとか俺は騙されないとか言い出すわよ」
「全く、咲夜ってば何であんな奴に惚れちゃったのかしら?」
「瀟酒な従者の名が泣くぜ」
「でもまあ、実際仕事振りは見事よね」
「当然。自慢の従者だもの」
「ああいうのに気に入られた奴は、きっと幸せになるんだろうな」
「信じた相手は裏切らないわよね。他人には冷たいけど」
「何だかんだでいい娘だと思うんだけど……」
「○○が気付けば万事解決なんだがな」
「無理無理。好意に対する鈍感を煮詰めて漢方薬にしたような奴よ」
「本当、なんとかならないものかしらねえ」
……冗談、だろ?
あの咲夜が? 恋患い? しかも、相手は俺!?
……そう言えば、聞いたことがある。心を許したい相手に、素直になれないタイプの人間がいると。
思い当たる節が幾つもある。
……まさか、本当に?
ああ、確かにあいつはいい女だよ。悔しいがそれは認めるさ。
だけど、あの愛想の無さはありえない。
……いや、それこそが、本心の裏返しだとしたら?
ひょっとして、俺は酷い思い違いをしていたのかもしれない。
咲夜の気持ちを踏みにじっていた。謝らなければ。
……違うな。謝るだけじゃなく、咲夜を知りたい。
俺は彼女を知らなすぎる。
だからこそ、今まで平気で喧嘩を売って……
会いたい、咲夜に。
話したい、咲夜と。
「こんな形で気付かされるとは。……俺も、まだまだだな」
「っ!○○!?」
「のおっ!?」
唐突に聞こえた声は今まで夢想してた少女のもの。
「……咲夜?」
「なんでここに?」
「いや、俺ここに住んでるわけで」
「あ、そうか」
忘れてたわ、と頭を抱える咲夜。
「むしろなんで咲夜がいるんだよ?」
「……お嬢様を迎えに来たのよ。……悪かったわね」
「あ、……いや。……お疲れ様」
「な、なに? 突然」
いつもとは違う反応に戸惑う咲夜。
それを見て顔を赤らめる○○。
「あ~……その」
気まずい沈黙が場に降りる。
「ほ、ほら、レミリア迎えに来たんだろ」
「え、ああ、それじゃあ」
取り繕うように○○が言うと、取り繕うように咲夜は去っていく。
「……まいった。いい女じゃないか」
その後ろ姿に見惚れながら○○はつぶやいた。
最近仕事に身が入らなくて困る。
気が付くと時間を止めて机に向ってる自分がいるのだ。
「……これも違う! どうやって書いたら、この思いを全部網羅するのよ」
「咲夜?」
「お、お嬢様!?」
いつの間にか後ろにいた主に驚く咲夜。
「珍しいわね。仕事をさぼって自室にこもりきりなんて」
「……え? 時間、ああっ!」
「能力を忘れるくらい集中して、一体何を書いていたのかしら?」
「……申し訳ありません」
「休みがほしいのなら、一日くらいはなんとかなるわよ?」
「……いえ、大丈夫です。なにか?」
「ちょっと人里までいってきてほしいの」
「ひ、人里……いえ、かしこまりました」
内心の動揺を隠しつつ、時を止め準備を済まし戻る咲夜。
「それでは行ってまいります」
「あら? ずいぶん丈が長いのね」
着替えたメイド服は、見慣れない膝下までのロングスカート。
「その…… あまり短すぎるのも下品ですし……」
「いままで気にもしてなかったのに? まあ意外な姿にときめく男もいるかもね」
「そ、そんなつもりじゃ」
「はいはい。頼んだわよ」
「……行ってまいります」
そそくさと屋敷を出ていく咲夜を見送りながら、レミリアはほくそ笑んだ。
「ここまでうまくいくなんてね。さあ、最後の仕上げっと」
言いながら、咲夜の部屋へと足を運んだ。
「……眠い」
このところずっと眠りが浅い。
寝付いたと思うと咲夜が夢に出てくる。
一回「そこまでよ」な夢を見た夜なんか、本気で自分を滅したくなった。
「だらしないぜ。霊夢が感染ったか?」
「夜中いつまでも起きてるからよ。なにごそごそ何やってるわけ?」
「いや……まあ、眠れないから気晴らしに、な」
……咲夜への想いを書きなぐってるとは流石に言えない。
「ということは○○もみたんだよな、さくや」
「は?」
「さくやは綺麗だったなって」
「ああ、そうね綺麗だったわ、さくやは」
突然べた褒めを始める二人。
「お、お前ら何言ってるんだよ」
「お前は思わなかったのか? さくや、綺麗だって」
「いや、……だからな」
「どうなのよ、○○。わたしも知りたい。さくやを、どう思った?」
まさかこいつら、分かってて遊んでるんじゃなかろうな?
だがしかし、そうやすやすとからかわれる俺ではない。
「……べ、別にどうとも思わなかったね」
……からかわれる俺ではない。
「そうか? ○○なら分かると思ったんだがな?」
「そうね。いままで意識してなかったけどあれはあれで良かったわ、十六夜」
「……ぐっ!」
「本当は気付いてるんだろ? 十六夜の良さに」
「言っちゃいなさいよ。さくやは良かったって」
「お前ら……!」
いい加減にしないと本気で……
「いい眺めだったな。昨夜の十六夜月」
「……は?」
「そうね。満月の後があそこまで風情が有るとは思わなかったわ」
「……なんだよ。月のことか」
「あら、なんだと思ったの?」
「え……? あ、いやなんでもない。なんでもないんだ!」
危ない。バレるところだったぜ。
「変なヤツだな。まあ、いいや。それじゃ頼んだぜ」
「なにが?」
「あ、ごめん。言うの忘れてたけど、今日ここで宴会」
「……そうかい。俺の仕事は決まったわけだな」
「そ。準備よろしく」
「……はいよ」
○○が去った後二人は顔を見合わせる。
「で、首尾は?」
「ばっちり。ちょっと探ってみたら出るわ出るわ。大量の書き損じと一緒に」
「こっちもだ。レミリアから貰ってきたぜ。同じような感じだったらしい」
「ここまで見事に釣れるなんてね」
「宴会が見物だぜ」
霊夢と魔理沙は心底愉快そうに笑った。
……最悪だ。まさかこんな時に咲夜と一緒なんて。
準備の手伝いをレミリアが咲夜に命じたために、二人つまみを作るハメになった。
嫌なわけじゃない。嫌なわけではないが……
「あの」
「なんだ」
「……お酒は」
「……さっき外にありったけだしたじゃないか」
「……あ、ごめんなさい」
「……」
「あのさ」
「なに?」
「味付け」
「もう塩を入れたじゃない」
「……あ、悪い」
「……」
こんな感じできまずいことこの上ない。
おまけに何やら生暖かい視線が気になるし。
ええい。無視だ無視。
「……出来たし。持ってくか」
「え、ええ」
ぎこちなく、体を外に向ければ、ニヤニヤとこちらを見ているのが三名程。
「な、なんだよ」
「いやいや」
「気にしないでいいわよ」
「初々しいわね、咲夜も○○も」
「何言ってんだよ」
とっさに言い返せば、それに続いて咲夜も言い返す。
「誰がこんなやつ」
「む……」
そんなバレバレでまだ意地張る気かこいつ。
咲夜の方を向くと、あちらも俺を睨んでいた。
「おい」
「なに?」
「一言余計なんじゃないか? わざわざ言う必要もないだろう」
「そっくり返すわ。一言余計なのはあなたの方よ」
「……ふん。いいのかそんなこと言って。
今のお前じゃ、俺には絶対勝てないだろ」
「勝てないのはあなたよ。○○。貴方の心は私の物」
「何言ってんだ、お前? お前が俺に惚れてるんだろ」
「……冗談じゃないわ」
「俺だって」
「どこまでも強情ね」
「そっちこそ」
バチバチと火花を散らし睨みあっていると、視界の隅で霊夢が紙切れを掲げているのが見えた。
「○○、これ、なにかしら?」
「え?」
どこかで見た覚えが……
「って、それは!」
「なにこれ?」
「ぎゃああっ! 見るなーーっ!」
紙を受け取った咲夜の顔が勝ち誇った笑みに変わっていく。
中身は眠れない夜に想いをぶつけた、恥ずかしい言葉の塊。
所謂、恋文。
頭を抱えてると、目の前に再び紙切れ。
「こっちはお前用だな」
「あ、それは!」
受け取って開くと、そこには歯の疼くような甘ったるい文句が書かれた俺宛の恋文だった。
「……」
「……」
「さて二人とも、何か言いたいことは?」
ニヤニヤと、いやニタニタといやらしく笑いながらレミリアが言う。
「……この、悪魔」
「いかにも悪魔だけど?」
よくもいけしゃあしゃあと……
「……○○!」
突然強い口調で咲夜が切り出す。
「こ、この手紙のことだけど、う、うう、受け入れてあげるわ。
か、勘違いしないでよ。こんなことを書いたあなたが、可哀想なだけだからね」
「お、お互い様だろう。お前こそなんだよこれ。気の毒でしょうがないし、こ、恋人になってやるよ」
申し出は嬉しいが、毎度毎度余計だって言ってるだろう。
「なによその言い方。ありがとうくらい言ったら? まあ、態度でしめしてもいいけど」
「逆だろ。しめして欲しいんじゃないのか」
「あなたこそ逆じゃない。素直になったらどうなの?」
「そっくり返してやるよ、意地っ張り。だいたいお前はさ……」
なし崩し的に展開される口喧嘩。
なぜこんなことになってるのかと我に返り、横を見てみると……
「いいたいことは言ってしまいなさい。不満を遠慮なく言い合えるのは、理想の仲よ」
「……」
このままでは埒が明かない。こうなったら……
「よくも恥をかかせてくれたな、咲夜」
「誰のせいよ。恥かいたのはこっちだわ」
「だから……」
反撃の代わりに、咲夜の唇を奪った。
「仕返しに、これからたっぷりと恥をかかせてやるからな」
突然のことに真っ赤になる咲夜に言えば
「やってみなさいよ。返り討ちにしてやるわ」
勝気な笑みでそう返してくる。
近くで歓声が上がっているが、そんなものはもう聞こえない。
今はただ、目の前の咲夜と一緒に……
生涯続く喧嘩相手と結ばれた初めての夜のことだった。
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最終更新:2010年05月16日 00:44