咲夜15



新ろだ344


「○○様、紅茶をお入れしました」
本から目を離し、振り返る
テーブルの上には紅茶が湯気を上げていた
「ありがとうメイド長」
彼女は一礼すると部屋を出て行った
レミリアの世話になり始めてもう何か月か
幻想郷は居心地良く、だらだらと長居している
といっても基本的に紅魔館の中にばかりいる、たまに散歩には出るが
「・・・パチュんとこで魔導書あさるか」
空になったカップを持って、部屋を出た


カップを置いていこうと途中でキッチンに寄ると
「やぁメイド長、昼食の支度かな」
何人かの妖精メイドがキッチンをせわしなく飛び交っていた
「○○様?紅茶のお代りですか」
「いや、図書館に行こうと思ってね、カップだけでも返しておこうかと」
「わざわざありがとうございます」
カップを流しにおいてその場と後にしようとし、足を止め忘れていたセリフを
「美味しかったよ、また頼む」
「は、はいっ!」
おれはその返事を聞いてその場を後にした



「いつにもまして気持ち悪いわね」
「黙れ魔女、夜中にひゅうひゅう苦しそうに息してた時に助けてやっただろうが」
「押しつけがましいわね、大体何かしたわけじゃないじゃないじゃない」
「一晩一緒にいてやったじゃねーか」
少し前のことだ、夜中にふらふらしてるとこいつが苦しそうにしてたので一晩ついてやったのだ
「だからこうしてここで本を読むことを許可してるんでしょ」
「ああ、そうだな・・・確かに大きな見返りだ」
本に視線を戻した、ここにある貴重な書物、それは退屈しのぎには実に程よい
「それで、なんで機嫌がいいのかしら」
「んー、そうだな・・・紅茶が美味しかったから」
パチュリーはあきれ顔で俺を見ると数秒硬直した
「随分と些細な幸せね」
鼻で笑うように、俺を茶化す
「ああそうだな、しかしそういうものこそ得難いものだ」
「ふぅん」
理解できないか、彼女にはどうでもいいことなのか、今度こそ本当に、本へ意識を向けた




「やぁメイド長、夕食ごちそうさま」
夕食を食べ、ふらふらと屋敷を歩いていると、メイド長に会った
「御口に会いましたか?」
「うん、美味しかったよ、君みたいなメイドが我が家にもいればなぁ」
「あ、ありがとうございます」
「そうだ、後で紅茶を持ってきてくれないか?君の入れる紅茶はとてもおいしくてね」
「は、はいっ!喜んで」

「なぁレミリア、いつまで付いてくるんだよ」
咲夜と別れた直後、後ろの気配に言葉をかける
廊下の角からレミリアが姿を現した
「いやぁ、咲夜といちゃいちゃしてるものだから、気になるじゃない」
くすくすと笑いながら、彼女は近づいてきた
「のぞき見とは趣味が悪いな」
「咲夜を持っていくつもり?」
「ああそうだな、彼女が付いてきてくれるならうれしいけどなぁ」
「頑張って口説きなさい、私は邪魔するけどね」
それじゃあお休み、そういうと彼女は身をひるがえして
「おい、ちょっと待て、なんで神槍持ってんだ」
どこに持ってたのか、馬鹿でかい槍を肩に乗せて振り返る
「あなたは私の友人だけど、だからと言って容赦しないわよ(はぁと」
吸血鬼のくせに太陽みたいな明るい笑顔で言いやがった
「・・・頑固おやじかあいつは」
娘は貴様にやらん!なんて幻聴が聞こえたりした気がしなかったり


部屋に戻ると、扉が開いていた
部屋の中をのぞくとメイド長が椅子に座ってぼうっとしている
「メイド長?」
「え、あ、○○様」
彼女は跳ねるように椅子を立った
「すみません!紅茶をお持ちしたのですがお部屋にいらっしゃらなかったので、勝手に、その」
「いや、こちらこそすまない・・・紅茶、もらえるかな?」
「は、はい!」
ポットから注がれた紅茶は湯気を上げていて、入れたばかりのようだった
彼女に紅茶を頼んで、レミリアと会って話して・・・30分ほどか?
これの時を止めていたということか、なるほど便利だ
「まぁ座ってくれ、少し話し相手になってもらいたいんだが・・・いいかな?」
「そ、それでは、失礼します」

「・・・そうだ、お礼というかお詫びというか、これを上げよう」
棚の中をあさり、あるものを取り出した
「・・・板?ですか」
「チョコレート・・・こっちじゃこういう趣向品が貴重だっていうからいろいろ持ってきたんだけど」
いまいちセンス悪く人気がないのだ
「レミリアに土産を上げたんだが返品された」
「な、何を上げたんですか」
「インドネシアの魔よけの木彫り人形をやったんだ」
上げてから3日目に「夜中に動いたバカー!怖いだろー!」と言って突き返されたがね
お前それでも吸血鬼かと
「ぶっ、お嬢様・・・可愛い」
何やら肩を震わせて悶えてるぞ、鼻から赤い物体が見えた気がしたけど気のせいだ


それから少し話をした
彼女とお茶を飲むのは、なかなか楽しかった
本当は昼間に庭でお茶したいのだが、彼女はなかなか忙しそうで誘いづらい
「長々と悪かったね」
「いえ、お話できて・・・楽しかったです」
「・・・夜に食べると虫歯になるぞ」
彼女にあげたチョコを指して、そういうと
「う、気をつけます・・・」
カップやソーサーやらを片づけながら、彼女は意を決したように、こちらを見た
意気込みというか、気圧された
な、なんだ、何かしたか?
「あの・・・よろしかったらまた、ご一緒してもよろしい、ですか?」

一瞬理解が遅れた
「あ、ああ・・・良かった、もしよかったらまた、って言おうと思ってた」
「そ、それでは、おやすみなさい」
「紅茶美味しかったよ・・・おやすみ、咲夜」
「え・・・」
「あ、いやメイド長って呼びにくいなって思ってて・・・いやだったか」
「いえ!そんなことはっ」
「そっか・・・よかった」
「あの、私も・・・」
「ん、呼び捨てでも、好きに呼んでくれ」
「で、では・・・○○さん」
「・・・ひと文字しか変わらんではないか」
「いいんです、これが呼びやすいんです」
彼女はそういうと胸を張った
まぁ好きなように呼べと言ったし
「そ、それではおやすみなさい」
「おう、おやすみ」
ばたん
ドアを閉じる、静かなせいか
咲夜が歩いてゆく音が、はっきりときこえていた
振り返るとカーテンの向こうで何かが動いていた
「・・・・・・」
カーテンを勢い良く開く
そこには吸血鬼姉が窓に張り付いていた
「・・・みなかったことにしよう」
そっとカーテンを閉めた
がたがた
諦めて窓を開けた
「何の用だレミリャ」
「いちゃいちゃしてるじゃない、あんたって昔こんなだったかしら?」
あざ笑うように、小馬鹿にしたように
「あんたって、ジゴロ?」
窓の縁にかかった手、そして足を手で払う
とん、と軽く突き飛ばした
あ、という短い声を残して、窓枠という画面からフェードアウトした
「夜行性につきあってたらきりがないな」
ベットに上がって布団かぶった
窓がガタガタと言っていたが、きっと風が強いに違いない
俺は音を遮断して、眠りについた

終ワル


痛くて苦いマリッジブルー(新ろだ527)


「ほんとはもう、今日から誰も中に入れちゃいけないことになって
るんですけど……いいですよ、○○さんなら……」

「ありがとう」


 僕は扉を開け、滑り込むようにして中に入る。真っ暗な部屋の中
は、蝋燭の灯りだけが頼りだった。沢山の服が並ぶ、所謂ドレス
ルームの中を、気を遣って歩きながらとある場所を目指す。


 そしてある一角に辿り着くと、それに向かって蝋燭の火をかざし
た。すると暗闇の中に薄っすらと目的のものが浮かび上がった。






 ――ウェディングドレス。






 本来昼間であれば純白のそれは、今では黒がかったオレンジ色に
染まっている。それを見て僕は思わず息を飲む。改めてその繊細で
豪奢な意匠に圧倒された。

 ……僕はこれを見て一体どうしたかったのだろう? 見張りの妖
精メイドが偶然仲の良い子だったからか? それもあるけど、ただ
の切欠に過ぎない。



 ――ビリビリに破って明日の式を台無しにしたい?


 ――これを着た彼女が自分の隣に立っているのを想像して、悦に
入る?



 その何れかだったかもしれないし、そのどれでもないのかもしれ
ない。言葉に出来ない想いが身体の中に不純物のように溜まってい
て、それをどうにか処理しようと全身の細胞がもがいている。今に
も四散してしまいそうな心をかろうじて繋ぎ留めているという感じ
だ。




 ……こんなことをしていても仕方がない。明日は早朝から準備が
あるんだ。会場の準備は概ね終わっているものの、予行や料理や接
遇は当日でなければ出来ない。特に予行は、式の陣頭指揮を執るお
嬢様がギリギリまで注文をつけてくることは確実だ。その為にも、
少しでも休んで英気を養わなくちゃいけない。

 だからもう戻ろう。僕はドレスに背を向けて部屋を出て行こうと
した。




「…………○○?」


 暗がりから突然名前が囁かれて、僕は身体がびくっと震えた。そ
の足音は蝋燭も付けずに徐々に僕に近づいてくる。そして灯りの範
囲に入ると、滲み出るように見慣れたその姿が露わになった。


「咲夜、さん……?」

「○○……どうしたの? こんな夜更けに。貴方には、明日の準備
のために、ちゃんと休んでおくようにと言っておいたはずよ?」

「それを言うなら、咲夜さんこそ……。明日は大事な日なのに、こ
んなことをしていていいんですか?」


 目の前に姿を現した咲夜さんは今だメイド服のままで、僕はひど
くうろたえた。こんなところにいるのを見つかったのも勿論だが、
それ以上に……あってはならないことだったからだ。


「ちょっと眠れなくて。だからこの服に着替えて、いつものように
していようと思ったんだけど……気がついたら、足がこちらに向い
ていたの」


 咲夜さんは熱い眼差しでウェディングドレスを見やった。それは
憧れや不安がない交ぜになったような、複雑な色彩を帯びていたよ
うに思う。

 普段は落ち着いている咲夜さんも、やはり人生の重大事を前にし
て、冷静ではいられないということなんだろうか……。僕の胸がき
りきりと痛む。早く、ここから立ち去ってしまいたい衝動にかられ
る。これ以上、苦しいのはたくさんだ……。


「やっぱり、前日ともなると咲夜さんでも緊張するんですね」

「まあ失礼しちゃうわね。私だって、色々なことをしてきたつもり
だったけど、こういうことは初めてだし……冗談みたいに聞こえる
かもしれないけど、やっぱり落ち着かないわね」

「いえ、そういうつもりじゃなくて……なんというか、その……」

「……○○こそどうしたの? 最近元気が無くて、ちょっと心配な
のよ」

「そ、そんなことありませんよ! 僕は元気です、元気! 仕事も
ちゃんと咲夜さんに言われたとおりやってますよ」


 僕の顔を覗き見る咲夜さんに気恥ずかしくなって、力こぶを作っ
て強がって見せる。結局こうやって、お茶を濁すしかないのだ。


「くすくす……ありがとう。久しぶりにそういう○○を見たら、ち
ょっと元気が出てきたみたい」

「あは、ははははは……それは良かった」


 僕は無理にでも笑った。……自分では見えないが、泣きそうな顔
をしていないことを祈る。咲夜さんは笑い止むと、どこか遠い目で
語りかけてきた。



「……○○、覚えてる?」

「はい? 何のことでしょう」

「貴方がここに来たときのこと」

「……忘れもしませんよ」











 ……一目惚れだったんだ。

 里に買い出しに来ていた紅魔館のメイドさんに、僕はどうにかお
近づきになれないかと思って、里の人たちが止めるのも聞かず悪魔
の館の使用人になりたいと紅魔館の門を叩いた。

 うちは妖精しか使わないの、と僕が土下座して頼みこむ前で困り
果てる咲夜さんの顔は、今でもありありと思いだせる。


『絶対役に立ちますから! 妖精よりも絶対役に立って見せますか
ら! だからどうか僕を紅魔館で雇ってください!!』


 ただただ必死だったんだ、あの時は。しかしそこを偶然通りかか
ったレミリアお嬢様が


『いいんじゃない、咲夜? 敵意はないようだし、外から来た人間
を館の中に入れておけば、色々使えるかもしれないわ』

『ですがお嬢様……』

『咲夜、私に口応えをするつもりじゃないわよね。私が使うと言っ
たら使いなさい』


 そう口添えをしてくれたおかげで、咲夜さんは僕の採用にしぶし
ぶOKし紅魔館の使用人としての道を歩み始めることとなった。


 それから僕はどうにかして咲夜さんに認めてもらおうと、この閑
静な紅魔館には似つかわしくないほどの必死さで働いた。

 家事もろくに出来ない僕に、咲夜さんは一から仕事を教えてくれ
た。妖精メイドたちに交じって弾幕から逃げ回った。門番の仕事も
ときどき交換した。大量の本を抱えて大図書館を走り回った。ご機
嫌取りのためにお嬢様に見せるための宴会芸を練習したこともあっ
た。パチュリー様の魔法の実験台にされて、とんでもない目に遭っ
たときもあった。

 そんなことに耐えていられたのも、せめて一人前になるまではこ
の気持ちは伝えまいと考えてのことだった。そうしているうちに、
僕にも紅魔館内での立ち位置らしきものが出来てきた。そんな矢先
の出来事だった――



      『咲夜さんが里の人間とお見合いする』



 ――その時僕の身体に電流が走った。そのことは咲夜さん自身も
驚いていた。レミリアお嬢様が勝手に決めたことだったのだ。

 人間の里との関係をより盤石にするため、里の有力者の息子と十
六夜咲夜をお見合いさせる……というのが表向きの理由だったが、
咲夜さんはお嬢様の顔を立てて、一応その男とお見合いをした。

 ……咲夜さんは全然乗り気ではなかったので、僕はすっかり安心
してしまっていた。……それがいけなかった。




 お見合いから帰ってきたときの咲夜さんはとても困惑した表情を
していた。

『デートというのに誘われてしまったわ。どうしましょう、こんな
こと初めてよ』

 その相手は里長の長男で、僕は直接話したことはなかったが、そ
こそこ顔立ちもよく、里人の人望も篤いという、里とのパイプを太
くするのにはまさにうってつけの相手と言えた。……僕とはあまり
にも差があり過ぎる。




『ご愁傷様……貴方、ついてなかったわね……』

『だ、大丈夫ですって! ○○さんの気持ちは伝わりますって』

『こんなにお似合いの人が近くにいるのに、お嬢様も咲夜さんも見
る目がありませんね!』

『そんなどこの誰かもわからない人間、連れてきたら壊しちゃって
もいいよね?』




 よっぽど酷い顔をしていたのか、色んな人から慰めの言葉をかけ
られたが僕の気持ちは安まらなかった。いつも咲夜さんからかけら
れる

『御苦労さま』

 の一言のほうが、どれだけ僕の支えになっていたか改めて思い知
らされる。それがあったから、こんな僕でも頑張ってこれたんだ。
それが今はどうだ……。




 結局僕の手の届かない所で交際は続き、盛り上がった両方の親…
…主? が結婚を推し進めていった。

 これには、咲夜さんに幸せになってほしいという思惑がレミリア
お嬢様にあったということを館内の噂で聞いてしまったため、強く
言うことができなかった。

 ……続く交際、そして里から帰ってくる咲夜さんの満更でもなさ
そうな顔。あんな顔、僕といるときには見たことがない。結婚の話
にも、やがて嫌悪感を示さなくなり、咲夜さんも、あの男との結婚
を決めた。





 そして今が、その前夜。













「あの時は驚いたわ。まさか里の人が使用人に雇ってくれなんて言
ってくるだなんて。今さらだけど、美鈴もよくあなたを通したもの
だと思うわ」

「い、いいじゃないですか。そのおかげで今があるんですし」


 それもそうね、と言って咲夜さんが笑う。かつてはエネルギーの
源となっていたその微笑みが、今は針の筵のように感じられた。


「……でも、貴方が来てくれてよかったわ」

「僕が人間だからですか?」

「それもあるけど……うふふ、貴方に色々教えるの、結構楽しかっ
たから。まさかお掃除すら満足にできないなんて、思ってなかった
もの」

「すみません、出来そこないで……今は咲夜さんのおかげで、少し
は出来るようになったと思います」

「いいのよ、そうやって誰かを育てるのって今までにない経験だっ
たから……そういう意味では充実してたわ。妖精じゃ物覚えが悪す
ぎて張り合いがないんだもの。
 でも今は、こうして貴方に後を任せられるわ。お勤めは続けるけ
ど、ずっと紅魔館にはいられないでしょうし……でも、時間も距離
も、私にはあまり関係ないから、そんなに心配しなくてもいいの
よ?」


 咲夜さんの能力なら、時間も距離も関係ない。でも、もう想いが
通わないことは僕だけが知っていた。……僕だけが。


「……咲夜さん、明日は……これを着るんですよね。きっと良く似
合うだろうな、咲夜さん、美人だから」

「どうしたのよいきなり。褒めても何も出ないわ……最近そう言わ
れることが多くなったんだけど、本当なのかしら?」

「嘘じゃ、ないと思いますよ。……咲夜さんならきっと幸せになれ
ますって」

「うふふ、ありがとう――










――ねえ、○○……こんな風に考えてみたこと、あるかしら?」


 咲夜さんはおもむろに僕に背を向けて、語り始めた。


「もし……もしもよ、貴方が幻想郷で生まれて……お嬢様が見初め
たのが貴方だったら――」

「――もう夜も遅いです。明日に備えて早く休みましょう」


 僕は嫌な予感がして咲夜さんの言葉を遮る。もしそれを全部聞い
てしまったら……僕はきっと無様な泣き面を彼女の目の前に晒すこ
とになってしまいそうだったから。


「っ…………そうね……幸いお嬢様も、今夜はお目覚めにならない
そうだし」

「……咲夜さんは疲れてるんですよ。無理にでも眠ったほうがいい。
新婦が倒れたりするようなことが、あっちゃいけませんから。咲夜
さんは強いから、大丈夫だとは思いますけどね」

「…………ありがとう、○○。貴方と話して、ちょっぴり気分が晴
れたわ。これでどうにか眠れそうね」


 咲夜さん背を向けたまま、先に部屋を出ようとする。蝋燭の灯り
から離れ、影が完全に暗闇に溶けたときに聞こえた一言を、僕はず
っと忘れることはできないだろう。









「……ごめんなさい、○○」


新ろだ618


	一人の男と一人の女と、それと多くの妖精達が紅魔館傍の湖畔を駆け抜けていた。
	紅魔館門番の美鈴は脇に、それ以外は四列縦隊のその集団は、足並み乱さぬよう掛け声を出し合いながら走っている。

Mama & Papa were Laing in bed
Mama rolled over and this is what's she said
Oh, Give me some Oh, Give me some
P.T.! P.T.!
Good for you
Good for me
Mmm good

	時折何かが風を切る音が聞こえる。
	先頭を走る彼は、耳の傍で風が渦巻いているせいだろう程度にしか思っていなかった。

Up in the morning to the rising sun
Gotta run all day.till the running's done
Ho Chi Minh is a son of a bitch
Got the blueballs, crabs and seven-year itch

	しかして後続の妖精たちは風切音のするたびにばたばたと倒れていき、もう残りは半分というところにまで減っている。
	とはいえ、後ろを振り向くことはなく、そもそのような余裕のない彼と彼女らはそれに気づきようはずもない。
	隣がいなくなったと思ったら、即座に自分も転ばされ置いて行かれるのだから気づいたところで手遅れでもある。

I love working for Uncle Sam
Let me know just who I am
1,2,3,4, United States Marine Corps!
1,2,3,4, I love the Marine Corps!
my Corps!
your Corps!
our Corps!
The Marine Corps!

	走る最中、また幾本ものナイフが茂みから飛び出し、後の一列をまとめて倒す。
	すぐ後ろがいなくなり、美鈴は異変にやっと気づくが、そのときには彼女もナイフをわき腹に受けていた。
	とはいえ彼女も妖怪の端くれ、それしきのことで足を止めるはずもなく、腹を押さえながら声を出していた。

I don't know, but I've been told
Eskimo Pussy is mighty cold
Mmm good
feels good
is good
real good
tastes good
mighty good
good for you
good for me

	美鈴が数本のナイフを受ける間にも妖精メイドは続々と倒れゆき、後は二人が走るだけ。
	それも美鈴が7本目のナイフを額に受けると、残るは唯々一人となった。

I don't want no teen-age queen
I just want my M14
If I die in the combat zone
Box me up and ship me home
Pin my medals upon my chest
Tell my Mom I've done my best

「あら」
 やがて紅魔館正門前に到着し、ランニングを止めた男の前に、一人のメイドが顔を出す。
「じゃあ私はいらないのかしら」
 そう問いかけながら、そのメイドは彼の首に白いタオルをかけ、汗をぬぐってやった。
「ああ咲夜さんありがとうございます、それで何ですって?」
「だって若い女はいらないんでしょう」
 彼は暑そうに上着をばたつかせながら訊くと、咲夜と呼ばれたメイドは答えた。
 それを聞いて彼は一瞬驚いた顔をしたが、返事はわかりきっている、とでも言いたげな彼女の目にすぐに表情を苦笑いに変えた。
「そうですね、もういりませんね」
「もう?」
 眉間に皺を寄せて咲夜が尋ねる。どうやらいささか予想とは違った返答だったらしい。
「ええ、一人いれば満ち足りますし」
 言いながら彼は咲夜の腰に腕を回すとぐいと引き、咲夜も逆らう素振りを見せずに体を寄せた。
 汗の吹き出るのにも構わずにひしと抱き合いながら、お互いの目を見詰め合う。
 先に口を開いたのは咲夜のほうだった。男の肩に置いていたいた手を首の後ろで組み、二人離れないようにしている。
「でも私は一人じゃ足りないわよ」
 微笑みながらに咲夜は男の顔を見、次いで自分の腹を見た。
 その意味に気づいた彼は、また苦笑いを浮かべながら咲夜の顔を見つめ言う。
「それじゃあこれから頑張らないといけませんね。まず手始めにどうしましょう」
「そうね、ならとりたてて今はこれね」
 言って咲夜は目を閉じ、そして二人は口付けを交わした。後ろに横たわる屍には目もくれずに。


「それにしても、どうしていきなりランニングなんて始めたの」
 ナイフの餌食になった妖精たちが復活するころ、ひとしきり密着を終え、二人は門の近くに移動していた。
 怪訝そうな顔をしてたずねる咲夜に、彼は酷くいい難そうに答える。
「いや、この間妖怪に襲われた時に走って逃げたんですが、どうにも体力が続きませんでね」
「それで体力づくりに走りこみ?」
 彼は咲夜の言葉に何も言わず、ただ苦虫を噛み潰したような顔をする。
「外に出ないでずっと紅魔館の中にいれば良いじゃない」
「買い物とかは里まで出ないと駄目でしょう」
 あきれたような声色で咲夜が言うが、彼には懲りた様子もなく肩をすくめて見せた。
「まあ、今度からは気をつけますよ。適当に猟銃でも持って出かけます」
 ここに銃があるかは知りませんが、と付け加えながら男が言う。
 咲夜はその言に頭を抱え、大仰にため息をついて不満の意をあらわにしながら言った。
「今度から外に出るときは言いなさい。私も一緒について行くから」
 だがその言葉に、今度は男のほうが渋面を作り拒否を示した。
「咲夜さんは夜の仕事が忙しいでしょう。昼間は眠っておかないと」
 それに、咲夜は何のこともないと言いたげに答えた。しかし男は下がらない。
「大丈夫よそのくらいは。時間をとめて眠ればいいんだし」
「無理しちゃいけません。それにそれじゃあ早く老けますよ」
 これには流石の咲夜も堪えたようで、眉間を押さえて何か考えるような悩むような態度を取っている。
「まあ、老けるのはいやだけれども……」
 態度を改めて様に見える咲夜に、男はそうでしょうと満足げに頷く。
「私とデートするのは嫌なのかしら?」
 腹の前で手を組み、もの悲しげにする咲夜。彼女は少し俯き加減で男に言った。
 今にも泣きそうな調子の咲夜に、男は仕方がないと言いたげに一瞬眉間に皺を寄せ、やがて破顔して言った。
「それなら後で付き合ってもらえますか。妖怪のやっている店なんで、夜遅くに開くんです」
「ええ、よろこんで」
 言って二人はまた抱き合い、そして手をつないでゆっくりと扉のほうへ歩いて行った。

「ところであの卑猥な軍隊ソングはどうにかならないの?」
「なりません」


新ろだ845



「はい、チェックメイト」
 その言葉を同時にピタッ、と喉元に突きつけられるナイフ。
 その前に足払いを食らい、地面に仰向けに倒れこんでいる私には回避手段は無く、
こちらを悠然を見下ろすメイド長に降伏を宣言する。
「……参りました」
「はい、これで10戦9勝0敗0引ね」
 スッ、と喉元のナイフが引かれ、ヒュンヒュンと風邪を切る音を立てながら
メイド長……十六夜 咲夜さんがナイフを片手で回している。
 チャッ、と足に巻かれている皮帯にナイフを格納し、私に手を差し伸べる。
「立てるかしら?」
「すみません、ありがとうございます」
 差しのべられた手を借りて立ち上がり、服に着いた埃などを払う。
「最初に比べればマシになってきたけど……まだまだね○○」
「……面目ありません……」
「まあ、素人の貴方が私相手に30秒保つだけでも褒める事は出来るわよ?」
 はあ……それ、全く褒められた気がしません……
「でも、あと1戦で私に勝てるようになるのは……限りなく無理でしょうけれども」
 そう、あと1戦……あと1戦しか無いんだ。

 何故私が咲夜さんと戦っているか……それにはちょっとした説明が必要だ。
 簡単に説明すると、咲夜さんに告白した時、
咲夜さんから付き合う為の条件を提示されたのだ。
 それが、10戦する間に一度でも良いから咲夜さんに勝つ事。
 勿論、武芸ド素人で弾幕ごっこすら出来ない私に、マトモにぶつかって勝てるわけがない。
 その為、咲夜さんにはハンデとして以下の条件が付けられている。
 1つ、時を止める事を禁止(止められたら私には分からないけど……)
 2つ、ナイフは相手に降伏を宣言させる時だけ使用する。
 3つ、私は何を使用しても構わない。

 と、ここまでハンデを付けて貰っているにもかかわらず、先ほどの様に惨敗している。
「諦めるますか?」
 そりゃここまで手も無く捻られているのだ。
諦める……っていう選択肢も出てくるのかも知れない、だが……
「いえ、私はまだ諦めませんよ? まだ後1回ありますから」
 諦めてしまっては可能性は零になってしまい、
何があろうと実現出来なくなってしまう。
 勝つ可能性が千に一つ、万に一つ、例えそれが那由他の彼方でも……
私にとって賭ける価値には十分過ぎる!! ……と思えたんだけどなあ……
「ふふっ……そう、諦めが悪いのね。それじゃあ一週間後の同じ時、
この時計塔前でね」
「はい、よろしくお願いします」
 ペコッ、と頭を下げる。
 咲夜さんだって暇じゃないのに、私の為にわざわざ時間を作って
対決してくれているのだ。 礼儀はしっかりしなくてはいけない。
「明日も早いわ、早く自室に帰って寝なさいね? それじゃ」
 パッ、と数枚のトランプを残して消える咲夜さん。
 おそらくこれからお嬢様方のお世話をしにいくのだろう……凄いよなあ……
「おっと、長い時間居たら冷えますね……さっさと帰りますか」


 次の日、自身の仕事(紅魔館に居候させて貰っている為、簡単な雑務業務を命ぜられている。
妖精メイド達には出来ない細かい計算や、
(妖精達には何となく数が合えば良いよね、と思う風潮があるらしい)
在庫管理(これも同じ様に何となく数が合えば良いよね、
の考えでちょろめかす奴が居るらしい)
等を基本的に、メイド長(咲夜さんの事だ)の指示に従って臨機応変に仕事をこなす、
遊撃みたいな扱いになっている。
 まあ、今日の仕事は簡単に終わってしまったので、中庭で自己鍛錬
(と言っても走ったりするだけだが)をしている途中だ。
「あはは……その様子だとまた咲夜さんに捻られてきたみたいですね」
「紅さん」
 門番である紅 美鈴さんが声をかけてくる。
見た目通り武術が得意らしく、私も何回か格闘術の基本を教えては頂いたのだが……
「申し訳ありません、また負けてきました」
「でも前回より時間が稼げたみたいですね、つまり全く無駄では無かった……
と言う事ですね」
「10秒だけですが……」
 紅さんに教わった通り、相手との距離を目視で確認して距離を取り、
自身のペースを作ってから落ち着いて反撃を……
つまり防御主体でカウンター狙いの戦法だ。
 武術でド素人な私に、攻撃し続けるという選択肢は存在しない、
相手からのカウンターを確実に受けてしまう。
「たかだ10秒、されど10秒ですよ。塵も積もれば山となる。千里の道も一歩から、
ちょっとずつ成長していけば良いんですよ」
「成長する時間があれば……良いのですけどね」
「あはは……」
 最後の決闘まであと6日、それまでに何とかして咲夜さんを倒す方法を
考えないといけないなんて……
「う~ん……正攻法では無理、ならば搦め手からいくしか無いでしょうけれども、
……そうですね、こんな作戦ではどうでしょうか?」
 紅さんの提案してくれた作戦は確かに正攻法では無く、小細工と不意打ちに頼る芸当だ。
 しかしそれ以外何も思いつかない上、今まで真正面から戦って惨敗しているのだから……
やるしかない。

「咲夜、今日で最後だったな……○○との決闘」
「はい、お嬢様」
 紅魔館の主人、レミリア スカーレットに紅茶を注ぎつつ咲夜が答える。
「今宵は私も観戦させて貰おう」
「まあ、でしたら完璧な勝利で幕を閉じなければなりませんわね」
「くくくっ……咲夜、あいつを舐めたり手加減をしたりしない事だ。
奴の瞳には珍しい、純粋だが力強い力が見てとれる。 土壇場で巻き返すかもしれないぞ?」
「はい、心してかかりますわ」
 以上、咲夜さん側の最終決戦前の光景。
従者と主人は何時も通り時間を過ごしています。

「さて、時間丁度ね」
 カツン、と時計台の針が動く。
 スカーレット様や紅さん、ノーレッジ様が見守る中私と咲夜さんが構える。
「では、○○……」
「はい、咲夜さん」
「「参ります!!」」
 ザッ、と何時も通り咲夜さんが私の手を取ろうと跳躍する。
 私もその跳躍に合わせて、バックステップしながら距離を保とうとするが、
咲夜さんの方が速い!!
「もらっ……」
 咲夜さんの手がのびてくるが、私もそうそう何度も同じ方法で倒されたりはしない!
「でええい!!」
 腰に下げていた玉を掴み、思いきり叩きつける。
 地面に叩きつけられた玉は閃光を放ち、闇夜に瞬間的な太陽を生み出す。
 紅さんの提案に従って、咲夜さんの視界を一時的に奪う……閃光玉と名付けた。
それをノーレッジさんに作って頂き、咲夜さんが私の手を掴むその瞬間、
勝利を確信したその隙を突く不意打ちだ。
「くっ!?」
 サッ、と視界を奪われた咲夜さんが後退しようとするが、
それを許してしまったらもう勝ち目はない。
「でやああああっ!!」
 咄嗟に咲夜さんの肩を掴み、全体重を相手側にかけると、
姿勢を崩し、床に倒れこむ咲夜さんと私。
「いたた……あ、咲夜さん、大丈夫ですか!?」
「…………」
 思いっきり両手で肩を押さえつけ、咲夜さんの上に覆いかぶさる様に……え?
「ほう、○○も大胆だな。 こんな大衆の前で押し倒すとは……」
 ハハハッ、何を馬鹿な事を仰るのですかお嬢様。
 紅さんはやれやれ……と言った様な表情で顔を手で押さえ、
ノーレッジさんはため息を吐いている。
「……○○さん?」
「も、申し訳ございませんでした咲夜さん!!」
 咄嗟に謝りながら咲夜さんの上からにげr……もとい退く。
「……責任とって頂きますからね」
 すれ違い様にボソリ、と咲夜さんが呟いた。
 それってどういう意味? なんて聞く暇も無く咲夜さんとレミリア様は館へと戻ってしまう。
……え、私は明日からどうなるの?



新ろだ864


チク、タク、チク、タク――。


時計の音。


チク、タク、チク、タク――。


針の音。


トクン、トクン、トクン――。


貴方の鼓動。


カチッ――。


停止。


無音――。


死んでる貴方。


――チク、タク、チク、タク。

――トクン、トクン。


蘇生。






「――咲夜? どうかしたのか?」

貴方は、毎回尋ねてくる。私の自室で貴方と二人、貴方の胸に抱きついて、胸に耳を当ててると。
仕事が終わった後の時間、貴方と二人のこの時間。貴方の鼓動に耳を澄ませる――。

「――いいえ、何でもないのよ。」

私は毎回そう答える、本当に何でもないのだから。ただただ勝手に不安なだけで。
ドクンドクンと脈を打つ、貴方の心臓(ココロ)に思いを馳せる。

「――貴方は、まるで時計のようね。」
「……それは、どういうことなんだ?」
「毎秒毎秒脈を打つから。それはとても不規則だけれど、貴方の心臓(ココロ)は、貴方の時(いのち)を刻んでる。
 そんな貴方は時計のよう。」

そう言い、私は指を這わせる。耳は胸に当てたまま、貴方の胸に手を這わす。
ほら、また心臓(ココロ)が加速した。焦っているの? 困っているの? ――興奮してくれたのかしら?

「そうか、私は時計なのか……。」
「そうね、貴方は時計だわ。大きなノッポの置時計。」

早鐘を打つ、貴方の鼓動。どんどん加速をしていった。それは勿論この私も――。
愛する人と密着するのだ、心臓(ココロ)が踊らぬ訳がない。

「咲夜、こんな話を知っているか?
 人を含めて生物の、その内哺乳類と呼ばれるものの話だが。生涯その心臓が刻む鼓動の数は凡そ一定なのだそうだよ。」
「へぇ……。」

そんなことを聞かされても、私は反応のしようがないのだけれど。でもそうね、彼のこの心臓も、刻々(とくとく)時(いのち)を消費している。
それはとても不思議な感覚。永遠なんぞに興味は無いけど。でもそうね、いつかは死ぬんだわ。彼と勿論この私も――。

「……あまり興味が無さそうだな? まぁでも話はここからだ。」
「……別に、興味が無かったわけじゃないわよ? 本当よ?」

繰り返すのがうそ臭いのだと、彼は苦笑し言っていたけど、本当に興味はあったのだ。
……ただ反応に困っただけで。続けて彼はこう言った――

「――咲夜が居ないと遅くなり、咲夜が触れると加速する。そんな私の鼓動が、そんな私が時計なのなら
 私の心臓(ココロ)は、私の時間(いのち)は、咲夜、貴女のものなんだ。」
「――っ。」

彼は本当に困った人だ、自然に私を口説いてくる。殺し文句を言ってくる。

「それは勿論君も同じだ。私に触れて鼓動を早める、そんな君も時計(にんげん)ならば
 君の心臓(ココロ)は、君の時間(いのち)は、既に、私のものなんだ――。」
「――――っっっ!!」

あぁもう本当にどうしようもなく……彼は、困った人なのだ――。
私は優しく抱きしめられて、額にキスを落とされた。
そのまま瞼に、次に頬。私の腕を持ち上げて、今度は手の甲、掌に、順番にキスを落とされた。
そして最後は手首にキスして、口付けたままに真っ直ぐと、私の瞳(ひとみ)を見つめてくるのだ。
今夜も、私は抱かれるのかしら? 私を抱いてくれるのかしら? だけど――

最初に『友情』、そのまま『憧憬』、次に『厚意』。私の腕を持ち上げて、今度は『尊敬』、『願望』に。そして最後に『欲望』を。
キスする場所には意味がある。それは彼から聞いた事で、当然彼も知っている事。ねぇ○○……、一箇所足りないんじゃないかしら?

私も彼に顔を近づけ、強請るようにキスをする。
それは彼の狂気(くびすじ)に向けて。

「……今夜もするの? 相当鼓動が早まるわよ。
 一生の鼓動の数が決まっているなら、かなり時間(いのち)を削られるんじゃない?」
「……言っただろう、私の時間(いのち)は君のもので、君の時間(いのち)は私のものだ。
 ならただ互いの為だけに、時間(いのち)を消費するのも悪くない。」

そう言って彼はキスをするのだ。
それは私の唇(あいじょう)に――。






チク、タク、チク、タク――。


行為の後の、独りの時間。先に寝るのはいつも貴方だ。
それはちょっと寂しいけれど、貴方の寝顔を観察できる、それはちょっと貴重な時間。


チク、タク、チク、タク――。


貴方の時間は私のもので、私の時間は貴方のもので……。それは本当に幸せなこと。
だけど貴方には出来なくて、私には出来ることがある。


トクン、トクン――。


隣で眠る貴方の胸に、そっと耳を当ててみる。とても穏やかなその鼓動。
貴方の心臓(ココロ)、貴方の時間(いのち)――。


カチッ――。


停止。周囲の全てが停止する。私に出来て、貴方に出来ない、そんな程度のこの能力。
時間を操る程度の能力――。私は再び耳をつけ、貴方の鼓動に耳を澄ます。


無音――。


停止しているこの世界で、動いているのは私だけ。勿論貴方は止まっている。
鼓動も、心臓(ココロ)も、そして時間(いのち)も……。貴方の全てが停止する。

停止しているこの世界で、動いているのは私だけ。勿論貴方は止まっている。
鼓動も、心臓(ココロ)も、そして時間(いのち)も、私の全ては動いているのに――。

これは未来の暗示なのかしら? 貴方は只の人間で、特別な能力は何も無い。
これは未来の暗示なのかしら? 空も飛べなきゃ、魔法も撃てない。奇跡なんて以ての外だ。
これは未来の暗示なのかしら? 生きてる私と、死んでる貴方。動く私と動かぬ貴方。

貴方の心臓(ココロ)は私のもの。それは事実で、分かってるけど――
貴方の時間(いのち)は私のもの。それは事実で、分かってるけど――

どうしようもなく不安になるのだ、見知らぬ所で逝かないか。危険の溢れる幻想郷で、貴方は本当に只の無力。
どうしようもなく不安になるのだ、私を残して逝かないか。貴方の居ない停まった世界を、私に残していかないか。


だから――――


――チク、タク、チク、タク。

――トクン、トクン。


そして再び動き出す。鼓動に心臓(ココロ)に貴方の時間(いのち)
……この瞬間は、とても幸せ。貴方が蘇生を果たすから。
そしてまだまだ加速する。時間(いのち)に心臓(ココロ)に私の鼓動。
……それからの時間は、とても幸せ。貴方の時間(いのち)に触れるから。


だから――、今日も私は彼に抱きつく。……あなたの心臓(ココロ)に触れるため。











チク、タク、チク、タク――。


時計の音。


チク、タク、チク、タク――。


針の音。


トクン、トクン、トクン――。


貴方の鼓動。


カチッ――。


停止。


無音――。


死んでる貴方。


――チク、タク、チク、タク。

――トクン、トクン。


蘇生。



それは毎晩繰り返す、私の秘密の確認作業――。










(了)











チルノの裏)

咲夜さんって凄くセクシーですよね。大人のようで子供のような。妖艶なようで無垢なような。下世話な話、近くに居るだけで情欲を刺激されそうです。
パチェは猫度が足りないと言うけど、咲夜さんは彼氏に対しては猫のようになるんじゃないかな? と勝手ながら思ってます。
普段クールでいて、夜になると途端にくっついてきて静かに甘えだす。みたいな。そんな咲夜さんは好きですか? 私はとても好きです。
彼の胸に抱きついて、胸板に指でのの字書いたりするんですよ! たっ、タマリマセンワー!!


さて、本編中のキスの件(くだり)ですが、ご存知の方ばかりだと思いますけど、知らない方の為に一応の解説を。

手の上ならば、尊敬のキス
額の上ならば、友情のキス
頬の上ならば、厚意のキス
唇の上ならば、愛情のキス
瞼の上ならば、憧憬のキス
掌の上ならば、願望のキス
腕の上ならば、欲望のキス
さてその他は、狂気の沙汰

という話があるのです。キスする場所によって意味があるのだとか。ロマンチックですね。

本編中の○○は咲夜さんに向けて愛情と狂気以外のキスをしました。
それを受けて咲夜さんは、愛情が無かったことに不満を抱き、狂気(首筋)のキスを持っておねだりしたわけですね。エロいね、エロいよ咲夜さん。




ともあれ読んで下さった方々に心からの感謝を。イチャスレの全ての兄弟達に幸あれ!!




最終更新:2010年08月06日 21:17