レミリア11
新ろだ232
暖炉の火がパチパチと音を立てる、紅魔館の大広間。
「クリスマスの予定?」
クリスマスの数日前、夕食に呼ばれて来ていた僕の質問に、レミリアさんは目を丸くした。
何も予定がないなら一緒にどこかへ、と思い、思い切って聞いてみたのだが。
「何を言ってるの、クリスマスは我が家で家族と過ごすものでしょう。
私の場合は、紅魔館で咲夜やパチェと」
がっくりと肩を落とした僕に、レミリアさんは楽しそうに笑いながら言葉を続ける。
「だから○○、貴方もイブからいらっしゃい。私の大切な想い人だもの、家族も同然よ」
「……レミィったら、またずいぶん見せつけてくれるわね」
二人きりでいたいという気持ちよりも、それだけ受け入れてもらえていることの嬉しさが勝った。
「まあ、どこぞの大工の誕生日を祝う義理もないけれどね。季節の祭りとして楽しむには悪くないわ」
不敵に微笑むその顔は、まさしく悪魔だ。
美しく、威厳に満ちた、幼い悪魔。僕は彼女に畏敬の念を感じるとともに、すっかり惹きつけられている。
「ところでお姉さま、今年もサンタさん来てくれるかな?」
フランちゃんがわくわくしてしかたないといった顔でレミリアさんに尋ねる。
「そうね、きっと来てくれるわ。フランはもう手紙は書いたの?」
「うん、お姉さまは?」
ああ、お姉さんしてるなあ。僕はいつごろまでサンタクロースを信じていただろうか。
「ええ、私も書いたわ。咲夜、メイド達には手紙を書かせたかしら?」
「はい、既に回収してありますわ」
「それは何よりね。当主の不手際でサンタさんに来てもらえないメイドがいては紅魔館の沽券に関わるもの。
……ところで咲夜、私の手紙読んでないでしょうね?」
「読んでませんとも。ちゃんと届けておきますから、ご安心ください」
……何だか違和感が。
サンタについて話しているレミリアさんの雰囲気は、
フランちゃんに気付かせないように、という感じではない。
それにしては目がきらきらしている。
「○○は人間だから……もうサンタさんが来てくれる歳ではないかしら?」
ふと我に返ったようにこちらを見たレミリアさんが問いかけてくる。
どう答えたものかと思案する僕に、咲夜さんがそっと目配せした。
お茶を濁すような答えしか思い浮かばなかったけれど、慌てて口を開く。
「……そうですね、さすがに僕はもう」
「残念ね。生きた年月だけなら私の方がずっと上なのだけれど」
心から気の毒そうに、レミリアさんが言った。
「サンタクロースって幻想入りしてたんですか」
「そんなわけないでしょう」
一蹴された。まあ、そうだよな。
「……咲夜がここへ来てしばらく経った頃だったかしらね、レミィがサンタについて知ったのは」
帰り際に寄った図書館で、僕は咲夜さんとパチュリーさんに話を聞いていた。
「『私のところには来たことがない』と仰ったお嬢様があんまり悲しそうだったから、
『きっと手紙を出してなかったからですよ、今からでも出してみては』って言ってしまって」
「私もつい『レミィは吸血鬼としてはまだ幼いんだから大丈夫じゃないの?』って」
「私やパチュリー様、美鈴はもうサンタが来ないぐらい大きくなったから、ということで納得していただいたのだけれど」
「メイドさん達の分は用意することになったわけですか」
さっきの会話を思い出し、合いの手を入れる。
「そう。妖精メイド達もなんだかんだで信じてはいるようだから、緘口令を敷く必要はないけど……
お嬢様と妹様と、住み込みのメイド山ほどのプレゼント、毎年眠ったところを見計らって、時間を止めて配っているわ」
「……お疲れ様です」
外の世界にいて、まだ小さかった頃、僕の両親もこんな苦労をしたのだろうか。
「それでね、○○。貴方にはクリスマス特別任務を与えるわ」
パチュリーさんが意を決したように口を開く。
どうも愉快犯的なところがある気もするけれど、
ちゃんとあれこれ動いているあたり、友達思いなのだなと思う。
「特別任務、ですか」
「咲夜の苦労を少しでも軽減するために、それと私からもレミィにプレゼント、かしらね」
「無理に付き添ってくれなくてもいいのよ○○」
「いえ、僕もサンタに会ったことがないので、ここで待ってれば会えるかな、と」
イブの夜。僕はレミリアさんの部屋にいた。
吸血鬼であるレミリアさんにとっては、普段ならこれからが活発に動く時間帯だ。
だがサンタというのは寝ている子のところに夜プレゼントを置いていくものだ、と聞いているらしく、
ふかふかした冬用のパジャマを着たレミリアさんは、既にベッドに入っている。
とはいえ、普段起きている時間になかなか寝付けるものではない。
去年までは眠れるまで咲夜さんが付き添っていたそうだが、それではなかなかプレゼントを配ることができない。
どのみち時間を止めるとはいえ、余裕を持ってプレゼントを配れるように、今年は僕がレミリアさんに付き添うことになったのだ。
「それに……」
「?」
「二人っきりで過ごせるのも、ちょっといいかなと思って」
「……そうね」
後者については本心からの気持ちだ。
寝室に二人でいるからといって、別に何をするわけでもない。
ベッドサイドに腰掛けて、布団の中のレミリアさんと他愛もない話をしながら、レミリアさんが眠れるのを待つだけだ。
ベッドの支柱を見ると、ずいぶん大きな靴下がぶら下げてある。いったい何をお願いしたんだろう。
「じゃあ、私が眠っている間にサンタさんが来たら、よくお礼を言っておいてちょうだい。
フランやメイドたちの分も含めて、毎年苦労をかけていると思うから」
「わかりました、無事会えたら伝えておきます」
咲夜さんに、になるが、後でちゃんと伝えておくことにしよう。
「ねえ○○……」
「なんですか」
そろそろ眠気が差してきたらしく、小さくあくびをしながらレミリアさんが言う。
「今すぐそうなってくれ、というわけではないけれど……
いつか私がサンタさんからプレゼントをもらえないくらいまで大きくなって……
その時も、貴方は私の側にいてくれるかしら?」
その言葉の意味するところをしっかりと理解した上で、肯く。
何しろ五百歳で今の姿なのだ。
ただの人間のままなら、レミリアさんが成長する頃には僕はもうこの世にいないだろう。
「許してもらえるのなら、ずっと、ずっと側にいたいです」
ただの人間をやめてでも。ただの人間として生き、死んでいくことがどんなに尊ばれていても。
「……そう」
レミリアさんは満足そうに笑うと、布団の中から優しく手を差し出した。
「私が眠るまで、手を握っていてくれるかしら」
差し出された手を、両手でそっと包み込む。
目を閉じたレミリアさんは、しばらくして寝息を立て始めた。
ふと我に返る。窓のない部屋なので朝日が差し込んでくるわけではないが、
おそらくは朝だ。どうやら僕も寝てしまったらしい。
レミリアさんはまだ眠っているらしく、静かな寝息が聞こえてくる。
傍らの靴下には結構な大きさのプレゼント箱が入っている。
咲夜さん、いい仕事してますね。
「んー……○○、サンタさんは?」
「……すみません、僕も寝てしまいました」
「そう……残念ね」
「はい、でもプレゼントはちゃんと届いてるみたいですよ」
その言葉を聞いて靴下に目をやったレミリアさんの表情は、ぱっと輝いた。
「開けてみたらどうですか?」
「そうね……ああ、ちゃんと頼んだとおりのものだわ」
「日傘、ですか?」
箱から出てきたのは、日傘だった。普段外出の時に使っているものよりも幾分大きい。
「ええ。昼間に貴方と外に出る時に、少し大きめの日傘があるといいかと思って。
ほら、その……相合傘、とか」
頬を染めてこちらを上目遣いに見るレミリアさんを見て、何だか胸が熱くなるのを感じる。
と、いけない、渡し忘れるところだった。
「あの……これ、僕からです」
小さな箱を取り出す。サンタクロースにはかなわないけれど、せっかくクリスマスなのだから。
「……開けてもいいかしら」
「どうぞ、ささやかなものですが」
笑みを浮かべながら、レミリアさんは箱の中身を取り出した。
「これは……ブローチね」
香霖堂で綺麗な紅い石を見つけたので、つてを頼って細工してもらったブローチ。
価値、とかはわからないけれど、それでも何かプレゼントを贈りたかった。
「ありがとう、大切にするわ。
……ところで○○、ベッドの下に袋が置いてあるから取り出してくれる?」
「はい、これですね……よいしょ、と」
何か色々と入っているらしいその白い袋はずいぶんと大きく、まるでサンタクロースが背負っているような……
「咲夜達にはもうサンタさんが来ないから。代わりに当主の私からプレゼントをあげるのよ。
今年は貴方にも手伝ってもらおうと思って」
ベッドから降りたレミリアさんは、ドアの方に向かった。
袋を担いで後に続く。
指折り数えていたレミリアさんは、不意に大輪の花のような笑顔で振り向いた。
「○○、ちゃんと貴方の分もあるからね」
「……ありがとうございます」
「さあ、出発しましょう」
幻想郷に来て初めてのクリスマスの朝。
愛しいサンタクロースに付き従い、プレゼントを配りに行くのはなかなか幸せな気持ちだった。
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れみりあといっしょ 或いは『夢見る少女じゃいられない』(新ろだ239)
ふと。
手に触れた冷たい感触に、少年は目を覚ます。
いつもと同じ暗いばかりの夢から目覚めても、そこはやはり闇。ただ違うのは、窓から差し込む半月の飛沫に包まれた、柔らかい闇だった。
自分の左手があるはずの方向へ、胡乱な意識のまま頭を巡らせる。
飛び込んできたのは、白磁の肌に、蒼白の髪、そして爛と輝く、紅玉の瞳。
「……お嬢様、どうかしたんですか」
視界に結ばれた見知った少女の像に、少年は声をかけた。
少女は──
レミリア・スカーレットは何も言わず、彼の手の平を自分の頬に宛がっていた。
レミリアの体温は人のそれより遥かに低く、だが冬の夜気よりは幾許か優しい。
「──夢を」
うっすらと開けた目を夢見るように泳がせながら、レミリアは言う。
「夢を、見たの」
今ここにいるレミリアを、少年は知らない。
少年にとってレミリア・スカーレットという少女は──少女の姿をした吸血鬼は、傲岸不遜で高潔で、しかしどこか子供じみた仕草を見せる、そういう人物だった。
けれども。今の彼女は、孤高なる狼の王というよりも、今すぐにでも霧になって消えてしまいそうに弱々しく見える。
「お前が死ぬ夢だったわ。お前はまるで眠っているかのように死んでいたの。
腐ることも枯れることもなく、ただ真っ白な部屋の中で真っ白なシルクの上に横たわっていた。
そこには私とお前しかいなくて、私はお前に薔薇を捧げた。真っ赤な真っ赤な血の色をした薔薇を捧げた。
けれどもお前ときたら、まるで冬の月のように真っ白な肌をして、目を覚まそうとはしなかった。
とてもおかしな話。そこでは、私とお前は同じ温度をしていたのに、私だけが動いていて、お前は死んでしまっていたの」
歌うようなレミリアに、少年は返す言葉を持たなかった。
それは、夢語りをするレミリアの姿が、彼の知るレミリアからあまりにかけ離れていたからだった。
「お嬢様……」
そう言葉を搾り出しても、続く言葉が出てこない。
何より、どう言葉をかけて良いのかも、まだ幼い彼には分からなかった。
怖い夢を見ることくらい、誰にだってあることだろう。ただそれは、彼の中のレミリア・スカーレットと、どうしても結びつかない。
悪夢ゆえに、こうして夜中に人の部屋を訪れることも。
吸血鬼である彼女が、少年が死ぬことに恐怖するという、それ自体にも。
「どうして、ここに?」
それが少年が出せた問いだった。
少年は、レミリアの『私物』として紅魔館にいる。
記憶も何もかもを喪っていて、湖畔に浮かんでいたところを拾われ、とても珍しい血液型の持ち主として、レミリアの舌を満足させるためにいる。
拾われてから、つい昨日、一年が経った。
その時間の中で彼が知ったレミリア・スカーレットという人物は、少なくとも、人前で弱音を吐くような性格ではなかったと思う。
レミリアもまたそれを自覚しているのか、くすくすと笑った。
「そうね、どうかしているわ。お前程度死んだところで、私の何が変わるというわけでもないのに」
少年は、この幼い吸血鬼のモノだ。その事実は変わらない。
それは両者が正しく認識している。普通の人間なら到底受け入れられる関係ではないが、生憎と少年には何もない。
産んでくれた母親も、十と少しの歳月を過ごした環境もあるはずだが、それらは全て彼の中から喪われた。
だから少年にとって、自分と同じ背丈のこの真白い吸血鬼こそが、世界の中心だった。
一年間生きてきて、色んなことを学び、それでもなお。
ここがまともな人間の住む場所ではないと知って、それでもなお。
どうしてかと言えば、それはきっと──とても簡単な、一つの理由。
「でもね、夢を見て、目覚めて──どうしても、お前の顔を見たくなった。
お前がまだ生きていることを確かめたかった。
ついでに、この喉の渇きを癒そうと思って、ね?」
ツゥと伸ばされた手が、少年の寝巻きのボタンを弾き、首筋を露出させる。
そこには二つの小さな傷痕が残っている。レミリアが少年の血を飲むときに、いつも牙を突き立てる場所だった。
「ああ、でも、どうしたことかしら」
傷痕を、ゆっくりと、優しく──まるで愛でるように、レミリアは愛撫した。
「今はもう、お前の味が、全然美味しそうだとは思えないの」
そう口にする吸血鬼は、笑っていながら泣いていて、喜びながら悔やんでいて、その全てを押し殺すように、表情を歪めた。
何にかは分からないけれど、苦しんでいるのだと、少年は思った。
だからどうにかして、それを取り除いてやりたいと思った。
「うまく、言えないと思いますけど、いいですか?」
「良いわ、言いなさい」
許可を得て、はい、と頷いてから、
「あの、僕は──咲夜さんもですけど──人間だから、きっとそのうち死んじゃうと思うんです」
「……そうね」
「それは仕方のないことで……えーっと、その前に、僕って、死んでもどうでもいい存在ですか?」
「……だったら私はここに来ていないわ」
少し憮然とした表情で、レミリアは応えた。心外だ、と言わんばかりに。
しかしそこまで言ったところで、はたと何かに気づいたように表情を変え、
「ええ、でもそうだということは、そうなんでしょうね。どうでもよくは、ないのよ、もう」
「あ、それはありがとうございます」
「いえいえ」
少年に釣られるようにレミリアまでもが頭を下げてから、
「いやそういうことじゃなくってですね」
「ええ、そういう話ではなかったと思うわ」
仕切り直し。
「えっと。僕は多分、そのうち死にます。
絶対に、ってわけじゃないですけど。死ぬのを、ずっと先にすることだってできると思いますし」
「そうね」
レミリアは吸血鬼だ。人の血を吸い、自らの眷属とすることができる。
そうして生まれた吸血鬼は、既に五百年を生きたレミリアと同様、途方もない長寿を得ることができるだろう。
「……私の眷属になるつもりは、ないの?」
そう、レミリアは口にした。
それを言うことは、彼女が本音を吐き出したのと同義だった。
ヒトである少年を、自らと同じ存在にしてまで生かそうとしているのだから。
咲夜にも以前、同じようなことを言ったことがある。そのときは断られ、レミリアも受け入れた。
それが自分と咲夜の最も正しい関係であると、レミリアが思ったからだ。
でも、今はどうだろう。
「ええ、そうよ、きっと怖いんだわ、私」
レミリアは少年の手を離し、代わりに両手で包み込むように頬に触れた。
「お前がいなくなるのが怖いの。私の時間の五百分の一しかないお前がいなくなるのが、とても怖いのよ。
どうしてだかは分からない。でも今は、眠るのが怖い。またあの夢を見てしまうのが、怖い」
少年は、ただの少年だ。珍しい血液型という以外には、何の変哲もない。
この感情の名を、レミリアは知らない。ただ、とても大切にしたくて、だから、喪われてしまうのが怖い。
「お前は私と同じ時間を生きてくれる? 私の永遠に近い旅路についてきてくれるの?」
声は哀願するようであり、強制するようでもあった。
普段ならば、少年がレミリアの頼みを拒むことはない。彼は彼女の所有物だから。
でも、今は。
「……僕はまだ、人間でいたいです」
真っ直ぐにレミリアの瞳を見つめて、そう返した。レミリアは、まるで最初から分かっていたとばかりに「そう」とだけ答え目を細めた
「でも」
「でも?」
「お嬢様とは、ずっと一緒にいたいです。……今は、それじゃダメですか?」
『まだ』は、『いずれは』と言い換えることもできる。
この一年、少年は一言も館の外に出たいとは言わなかった。ただレミリアの所有物であることを望み続けた。
それは彼が記憶を失くしていたからという事情もあったのだろう。
だが、最も大きな衝動は、彼がここで目覚めてから初めて見た、少女の姿。
横たわった自分を見下ろすレミリア・スカーレットを、『綺麗だ』と思ったから。
単に、鳥の雛の刷り込みのようなものだったのかもしれない。正常な触れ合いで獲得した感情ではなかったかもしれない。
けれども、彼はその理由だけで全てが足りているのだ。
「……そう」
今度は、レミリアは微笑んだ。処女雪のように柔らかな笑顔だった。
「そうね。あなたは人間で、いつか死んでしまう人間で、でもまだ生きている人間だものね。
ええ、そうね──仕方がないから、今はそれで満足してあげるわ」
そう言いながら、レミリアは顔を近づけていく。
血を吸われるときと同じ動作だったので、少年はなすがままそれを受け入れた。
だがいつまで待っても、皮膚を食い破る鋭い痛みはなく──代わりに、そっと唇に何かが触れる。
「…………」
何が起きたか理解できていない彼に、レミリアは悪戯っぽく微笑みかけてから、ベッドから飛び降りた。
「おやすみなさい」
そして返事を待たずに部屋を出て行く。
月光の薄明かりに浮かぶ顔には、心なしか、朱が差しているように少年には見えた。
と、そんなことがあったのが十年前。
「あの頃はまだ、あんな可愛い子供だったのにねぇ」
そう言いながらレミリアは、もう少年ではなくなった彼の肩に頭を寄せた。
時間が経つのは、早い。吸血鬼であるレミリアはそうでもないが、少年はおとなになった。
「ああ、そんなこともありましたね。今と同じような季節でしたか」
月明かりの差す窓辺で、二人は並んで椅子に座っていた。
何をするでもないこの時間を、たまらなく幸福だと、レミリアは思う。
「それで、目処は立ちそうなの?」
「ええまぁ、二、三年内にはなんとかしたいところですね」
「本当かしらね? もう少しパチェをつっついておくべきかな」
彼は現在、パチュリーの教えを受け、少しずつ魔法を学んでいる。
今はまだ『職業:見習い魔法使い』だが、いずれは捨虫の魔法を使って『種族:魔法使い』になるつもりでいた。
「そんなことしなくても、言えばいつでも眷族にしてあげるのにねぇ」
「まぁ、半ば意地みたいなものですけど。やっぱり、お嬢様と一緒にいるなら、自分で努力して並び立ちたいなって」
「別にいいけれどね。でも、本当に早くしてよ? 不老不死になったよぼよぼのおじいちゃんなんて、嫌よ、私」
「……いや、流石にそこまではないと思いますけど」
苦笑し、レミリアを抱き寄せた。
「大丈夫ですよ。パチュリー様も、ちゃんと教えてくれてますし。だから僕が魔法使いになったら、そのときは」
「ええ、そのときは」
手を、重ね合わせる。レミリアの左手薬指には、銀の指輪が光っていた。
鍍金とか錫入りとかそんなことはなく、純銀製だ。
「こんな、つけてるだけで痛いものまで嵌めてあげてるんだから……約束破ったら殺すわよ?」
「破りませんよ。でも結婚したら、もっと大きいのプレゼントしますからね」
「……意外と攻め手なのね、貴方」
言いながら苦笑しつつ、でも、とレミリアは空いている右手で、自分の下腹部をゆっくりと撫でた。
「本当、急いでもらわないと、どっちが先になるか分からないわ」
「滅多にあることじゃないと思うんですけどね……今までだって大丈夫だったんですし」
「どうかしらね? 何となく、そろそろかなぁって思うのだけれど」
「運命の糸が見える人が言うと、洒落にならないですよ、それ」
そうしてまた、二人で笑い合った。
紅魔館が上へ下への大騒ぎになるのは、これよりもうちょっと後の話。
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新ろだ319
「こんばんは、○○。まだ少し寒いけどいい夜ね」
「あぁレミリア、確かにいい夜だな。これで家の一部が吹き飛ばされてなければ暖かくいもっといい夜なんだが」
バレンタインだというのに仕事が入ってへとへとになってようやく寝ようといていた矢先、いきなり空より飛来した巨大な紅い槍に住居の半分が持っていかれた。
どうしてくれる、これでも建築にはえらく手間と金がかかってるんだぞ。
「じゃあ紅魔館に住めばいいじゃない。門番よりはマシな待遇をするわよ」
「遠慮しておくから我が家を直してくれ。つか何のようだ」
これでなんもないとか弾幕ごっこがしたいとかいいだしたら紅魔館のカーテンを全部奪ってやる。
「何もないわ。強いて言えば弾幕ごっこしにきただけかしら」
「よし、言いやがったなこのロリっ娘悪魔め。明日から朝日が拝めるようにしてやる」
「フフフ、冗談よ」
まるで悪戯が成功した子供のように笑うレミリア。まんまだな。
「1つ私のお願い事をきくか、死ぬか、どちから選びなさい。○○」
「えらく物騒な選択だな。というかどっち選んでも死亡しかなさそうなんだが?」
お願い事ときいてもロクでもない事が起こる予感しかない。
実際、何回か同じ様な事をきいて死にかけたり眷属にされそうになったり、嫌な記憶しかない。
「いいえ、今回は簡単なお願いよ。ね?いいじゃない」
「ね?って言われてもなぁ。まぁとりあえず内容は?」
なんだかんだ言ってもお願いを断らないのは俺の心が広いからだ。
決して、「ね?」の所でのレミリアのウィンクがかわいかったからではない。断じてない。
「流石○○、話がわかるわね・・・じゃあ目を閉じて?」
「えぇ~何する気だよ」
「いいから・・・お願い聞いてくれるんでしょ?」
はぁ・・・仕方がない。
「これでいいか?」
「・・・・・・・・・」
返事がない。ただの屍のようだ・・・って違うか。
「おーい、どうしたー?」
これってまさか新種の放置プレイですかー?
――――――――メキッ!!
「wwwwwwwwwwww!!!!」
「え?」
「・・・・・・痛いwww」
「あれ?あれれ??」
「レミリア・・・貴様・・・俺を亡き者に・・・する気か・・・」
顔になんか思いっきり刺さったぞ、しかも嫌な効果音つきで・・・。
「・・・・・・・・・」
おいおい、まただんまりかよ・・・。
一体何が刺さったのかのか気になり目を空けた。
「・・・なんだこれ?」
辺りに散らばった小さな茶色の破片。この甘い匂いは・・・。
「・・・チょコ・・・レーと・・・」
「はい?」
「○・・・○の・・・ために・・・・・・作って・・・咲夜に・・・教わって・・・」
ところどころ何を言っているのかはわからないが、大体の事情はわかった。
どうもバレンタインという事で俺にチョコを作ってきてくれたのはいいが、口に放り込もうとして加減間違って俺の顔面にぶち当てたらしい。
そして当のレミリアはさっきまでの笑った顔ではなく、ただ少女のように泣き出した。
「はぁ・・・」
全く、泣き顔は苦手だって前に泣き落としを使ってきた時に言っただろうに・・・しゃーないな。
―――ポンポン、ヒョイ
下に落ちたからってほとんど土もついてないし大丈夫だろ、3秒ルールってある。
何より惚れてる相手が自分のために作ってきてくれたものをこのままにはできないな。
「ん~」
「・・・えっ?○・・・○?」
チョコレート独特の甘さが口に拡がる。
「うん、うまいうまい。やっぱり疲れている時には甘いものだな。ありがとうレミリア」
「ホント?ホントにおいしい?」
「嘘言ってどうすんだよ」
「だって・・・こんなになってるのに・・・」
またしゅんとなるレミリア。あぁもうまどろっこしい!
「なぁレミリア」
「何?○ま――――」
――――――――チュ
「んんん~~~~!!???」
くちゅ・・・じゅる・・・ぶぢゅ・・・
「$%&’()=~!!!???」
「―――――ふぅ、どうだ。これでも信用できないか?」
「え、ちょ、な、何をするの!!」
「あ?口で言っても信用しないから直接的に味あわせてやろうかと思ってな」
まさか奥義・口移しを使われるとは思わなかったようだな。
さっきまでの俯いた顔もどこへやら、これでもういつものレミリアだ。
ただし思いっ切り顔を紅くしているのを除けばだが。
「う、う~」
涙目になってこっちを睨んでくるが、怖くない。むしろかわいいもんだ。
「さてと、で、どうすんだ?帰るのか?」
「えっ・・・」
あ~もう、そこで寂しそうな顔するなっての。
「はぁ・・・じゃあ吹半分吹き飛ばされた我が家でよければ寄ってくか?ちょうどお茶受けももらったしな」
「えぇ!是非に!朝まで居させてもらうわ」
「りょーかい。こんな家でよければ、いつまででもどうぞ」
「じゃあ咲夜達も呼んで一生暮らそうかしら」
「おいおい、勘弁してくれ」
そんな事を言いつつも、きっと俺は断れないのだろうと思う。
ただ、いつかの日にここが第2の紅魔館と言われない事を願いたい。
まぁでも、この願いがどうなるかは今目の前で微笑む愛しき悪魔のみが知るんだろう。
「あっ、ねぇ○○」
「なんだー?」
「またさっきみたいにチョコ食べさせてね?」
「・・・・・・」
こりゃ今度から大変だ。
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新ろだ339
様々な調理器具が並ぶキッチン、いつもなら料理担当のメイド妖精がいるはずなのだがその日は違った。
何故かキッチンには包丁を握った少女が一人。そしてそれを不安そうに見つめる男が一人。
事の発端は今から数刻程前に遡る、館に居候させている人間でもある○○が釣りから戻ってきた。
いつもなら坊主でした等と言って笑っているのだが、この日は珍しく入れ食いだったようでバケツ一杯の魚を抱えて戻ってきたのだ。
館に住んでから○○の釣りの成果でこれ程の成果が出た事は無い。それだけに館のメイド達も引き篭もりがちの魔女もそれを喜んでいた。
中でも一際喜んでいたのは館の主であるレミリア・スカーレットであった。
○○を館に住まわせているのもレミリアの判断である。
その理由を聞くと珍しい血液型をしているとの事であるが、彼がレミリアのお気に入りなのが本当の理由である。
「それじゃお夕飯はこの魚でフルコースで決まりね」
バケツの中の魚を見てメイド長の十六夜咲夜がそう言う。
「良いわね、楽しみにしてるわよ咲夜」
魔女のパチュリーは言いながら図書館へと戻って行ったが、声には期待の色が混じっていた。
バケツを運ぶようにメイド長が指示を出し、彼女もキッチンへと向かおうとした時だろうか。
「私が料理するわ」
ふいにレミリアからそんな事を言った。
その場にいた全員が唖然としていた。主人がおもだって行動する事などは極々一部に限られ、増してやそれが料理ともなれば尚更である。
「お嬢様、それはちょっと無理でしょう…」
「気まぐれでそういうのは止めておいた方が良いんじゃないかな、レミリア」
○○と咲夜、二人から止めるようにと声があがる。
「気まぐれなんかじゃないわ、それとも貴方達は主人の命に逆らうのかしら?」
こう言われてしまうと二人ともこれ以上何も言う事は出来ない。
それに彼女が料理をすると言ったのも単なる気まぐれでは無い。
○○が珍しく釣ってきた魚、この機を逃すと次に彼に手料理を振舞う機会など分からなくなる。
その気持ちが彼女を不得手な料理へと走らせたのだ。
「…分かりました。私は仕事をしていますので、何かあればいつでも聞きに来てください」
やれやれといった具合に咲夜がそう言い仕事へと戻っていった。
「じゃあ僕が手伝おうか」
「必要ないわ、私一人で出来るもの」
○○の申し出を蹴るとレミリアはバケツを持ってキッチンへと向かった。
これがここまでに至る経緯である。
いざ包丁を握ってみたのは良いが、どうすればいいのか途方に暮れるレミリアがキッチンにいた。
気の遠くなる年月を過ごした彼女であるが料理経験などは一度も無い。吸血鬼であるからする必要が無いのも一つだが、従者が有能すぎるのも一つである。
「まずはこうかしら?」
そう言い、レミリアが包丁をまな板上の魚へと思い切り振り下ろした。
豪快な音と共に魚が豪快に飛び散る。
返り血やら肉片やらがレミリアを赤く生臭く染め上げていた。
入り口からそわそわと不安そうに見つめていた○○であったが、今ので不安が頂点に達してしまったらしく
「ああもう!レミリア怖くて見てられないよ」
そう言いレミリアへと○○が向かっていった。
「貴方、どうしてここにいるのよ!」
当然今まで見られていたなど分かっているはずも無くレミリアは驚いた。
「不安だったから、様子を後ろから見てたのさ。」
「ほら包丁の握り方がおかしいよ」
言うと同時に彼はレミリアの手を握り、包丁の握り方を教えた。
「え、あ、ちょっと…体が…それに手も」
「陣羽織みたいだけどこっちの方が分かりやすいだろ?」
ほんのりだが彼女の顔が赤くなっていることを○○は知らない。
「左手は猫の手にする」
「ね、猫の手?こうかしら?」
「違うよ、猫の手はこうするんだよ」
「知ってたわよ…そのくらい」
予定は大きく狂ってしまったが、彼女はこちらの方が幸せだと感じていた。
夕飯の時間までたっぷり時間はある。
レミリアの幸せな時間はまだまだ続きそうである。
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新ろだ340
「ふい~、今日はまあまあだったな。やっぱりこの時期は流入河川まわりを攻めると型物でるな」
魚篭を除きながら外界では生息地の田沢湖に温泉水を入れられ滅んだ、かつては将軍家に奉納されてたほどの味のクニマスが入っている。
絶滅ギリギリで幻想入りできたのであろう彼らは元の生息地と環境が似ている霧の湖を最後の安住の地としたのだろう
俺の名は○○。釣りをしているうちに幻想郷にまよいこんだ所を紅魔館に拾われた。
そしてこの地で最愛の彼女レミィことレミリア・スカーレットと出会った
外の世界よりも自然が残っており釣り環境にも恵まれ、レミィもいるこの環境が気に入り俺はこの地に骨を埋めることにした。
「○○、おかえり~。どうだった?」
「まあまあかな、さてと捌いて刺身にでもするかな、あまりは咲夜さんに頼んで料理してもらうか」
「私がやるわ」
「へ?」
「私が全部やるといってるの」
えーと、このお嬢さまは何をおっしゃってるのかな?
「だからね、○○が釣ってきた魚で私の手料理を作ってあげるといっているのよ」
にっこりと微笑みながらレミィは魚篭ごと釣れた魚たちを持って台所にいってしまった。
「というわけなんですよ、咲夜さん」
「お嬢さまが料理なんて、心配だわ」
「ですよねー」
「台所が阿鼻叫喚の図にならなければいいのだけど」
心配事はそっちですか、そうですか。
あてにならない咲夜さんに見切りをつけとりあえず台所を覗きに行ってみる。
「うーん、とりあえず○○は刺身を食べたがっていたわね。なら三枚に下さないと。でも、どうやるのかしら?」
まじまじと魚を見つめる
「ま、適当にやればできるでしょ、夜の王の私に出来ないことは無いわ!!」
ドン!!と豪快に振り下ろされる包丁、胴体が少し残ったままの頭が壁にぶつかり砕け散る
「やだ、少し強すぎたかしら?まあ、気にしない、気にしない。次、行ってみよー!!」
無事(?)頭を落とされた魚は次は身と骨に分けなければいけない。
「えーっと、ここらへんに骨があるからここらへんを包丁で切ればいいのね」
「えいっ、ああ、骨まできっちゃった。なんか身もボロボロになって来ちゃった、どうしよう・・・」
なんとか三枚に下したが慣れない手つきで触りすぎたために身はボロボロ、骨が残ったり逆に骨に身が残っている。
要は失敗である。身がクタクタになりとても刺身では食べれない。
「ど、どうしよう、○○が、○○がせっ、せっかく持ってきたのに…うっ……ひくっ…」
「どうしたんだ、レミィ?」
「○○っ!?、みちゃダメ!!」
「あー、案の定クタクタのボロボロにしちゃったのかw」
「お、怒らないの?」
「だって捌いたことないレミィが一人で、それも柔らかくてモタモタしてるとすぐへたる鱒系やろうとしたら結果は、ねぇ?」
「でも、失敗しちゃったのが…」
「そんなの鍋に入れればいいさ、刺身じゃ無理だが鍋なら食べれる。鱒鍋だ」
「うぐっ…○○、ごめんなさい…、ひぐっ……」
「あやまらなくてもいいよ、レミィは俺に手料理を食べさせようとしてくれた、その事実だけで十分俺は幸せ者だ、な?」
「うん…」
「よし、釣れた魚はまだある、やり方教えるからレミィの切った刺身が食べたいな」
「…うん!!」
あとがき
言いだしっぺの法則で生まれて初めて書いてみた
下手糞とか分かってるから石とか投げないで
多分読んで分かるかと思いますが釣り好きです
なんかそっち系の要素かなりはいってます。ごめんなさい
ちなみに霧の湖は絶対カルデラ湖でクニマスが泳いでるに違いないと俺の中では結論付けられています
たぶん流入河川からのサクラマスやアメマスなんかと一緒に泳いでると思う
新ろだ691
「本当にいいのかしら?」
「はい、レミリアお嬢様」
一人の青年が、幼い吸血鬼の前に跪いている。
「……何故私に血を吸って欲しい、などと?」
「咲夜さ、いえ、メイド長に拾われて、お嬢様に助けられてから
ずっとお嬢様にお仕えしようと」
「それなら前にも聞いた」
青年の声をピシャリと止めるようにして、彼女が言う。
「わかってるのかしら?
吸血鬼に血を吸われる、ということは」
吸われた人間も吸血鬼になるということだ。
そして彼は幼い吸血鬼の眷属になる。
普通の人間であれば、そんなことは考えもしないだろう。
「後戻りできなくなるわよ。
本当に――」
「覚悟は、しております」
もう何も聞くつもりはございません、と言わんばかりの口調で
その青年は答えた。
彼女は小さくため息をつき、彼の元に近づく。
彼は顔を伏せ、跪いたままピクリとも動かない。
「高いわ、もう少し屈みなさい」
彼女は首元に顔を寄せたが、すこし届かなかったようだ。
しかし彼は動かない。
彼女は再度声をかけようとした時に気づいた。
彼が、震えていることに。
吸血により痛みに対する恐怖か、あるいは
人ならざる物へとなることへの恐怖か。
「…やめにしましょう」
「え、そんな!?」
「嘘をついているでしょう。 あなたは。
本当は、人間でありたい。 だからあなたは震えていた。
――従者であるあなたが、主の私に嘘をつくのは許さないわ」
青年は落胆した様子でうな垂れる。
彼女は一息つけて、彼に言った。
「その代わり、今ここで誓いなさい。
あなたはこれから死ぬまで、私に仕えると」
青年は夜更けに相応しくない大声で、
「はい!」
とてもうれしそうな声でそう言った。
「ところで、悪魔の『契約』にはいろんなものが必要よね。
変なものだったり、血生臭いものだったり」
「まぁ、今用意しろと言っても無理はあるし…」
「仕方ないわね。 『接吻』で我慢するわ」
「あの、お嬢様、それってつまり、その、キスってことですか?」
一人で勝手に話を進められて呆気に取られる青年を無視して
幼い吸血鬼は、彼の前に立ち
彼女の言う『契約』を今か今かと待っている。
「早くしなさい、今ここで出来なかったら
明日にはあなたを朝食の一部にするわよ」
この言葉は冗談でもなんでもない。
青年は意を決して、彼女の唇と自分の唇を重ねる。
一瞬のはずの時間が、何倍にも感じられた。
「これでいいわ。
明日からは私の正式な従者として働きなさい。
……人間は夜遅くまで起きると体に良くないのでしょう?
早く休みなさい」
「はい、では、失礼しました」
初めてのキスというものは、予想以上に胸が高鳴るものだった。
こうなる運命だと知っていたはずなのに。
最終更新:2010年07月30日 01:14