フランドール8



blind love 1(新ろだ485)


 東の山の端から太陽の光が零れ出る頃。

「ん……今日の朝日も心地良いわね」

 紅魔館の門番である紅美鈴は目を細めながら伸びを一つ。
 館から出てきた美鈴は、夜番の妖精に取って代わって業務を引き継ごうと大手門へと向かっていた。
 美鈴の仕事の始まる時間は基本的に主のレミリアが眠る時間帯からとなっている。
 門番の仕事は言うまでもなく主を守る事にある。
 特に、主が眠っている間には最大限の警備を敷かなければならない。
 そうなると門番の中でも筆頭である彼女の勤務時間も必然的に決まっていく。
 勿論彼女が館の夜番をする事も少なくはないが、大抵は朝早くにこうして門に出向く事が多かった。
 門の前に辿り着いた美鈴は、うつらうつらと舟を漕いでいる妖精達に声を掛ける。
 寝ていませんよ。と弁明を図る妖精達に美鈴は怒る事もなく労いの言葉を掛けてやり、妖精に勤務終了の旨を伝える。
 するとそれを聞いて安心したのか、ふらふらと覚束無い飛び方で館の方へと向かっていった。

「さて、今日も一日頑張り……うん?」

 そしていつものように自分に気付けを行い、気合いを入れてから仕事をしようとした美鈴の視界の端に何やら仰向けになって倒れている人の姿が見えた。
 ―はて、昨晩の見張りは先程送り返した筈だけども。
 小さな声で美鈴は呟くも、倒れている人影が一向に動く様子は無い。
 仕方なく、恐る恐る警戒しながらも近づいてみると、見覚えの無い青年が気持ちよさそうにすやすやと寝入っているのが見受けられた。

「……えっと……」

 あまりに常識を逸脱した光景に美鈴は思わず言葉を失う。
 見た感じの様子では行き倒れというわけでもなさそうだ。
 が、そもそも何故こんな場所で眠っているのか、とか、どこから来たのだろうか、など、美鈴にとってみれば何から何まで分からない事だらけであった。

「……それにしても、気持ちよさそうに眠ってるなあ」

 何の気もなしに美鈴は呟く。
 が、朝を迎え妖怪が現れなくなる時間を迎えつつあるとはいえ、このまま彼を放置するのもどうかと美鈴は思う。
 彼女は一緒に見張りの番として付いてきた妖精に青年を館へと運ぶという事を伝えた後、館にある適当な空き部屋へと連れていく事にした。















「で、これが件の」

 紅魔館にある数ある客室の一室。
 その中で事態を聞いて駆け付けたメイド長、十六夜咲夜は確かめるように呟く。

「はい。門の目の前で寝ていた人間です。私の勝手な判断でこちらの部屋に運んできたんですが……」
「構わないわよ。館の敷地内でないにしろ倒れていたのは事実。お嬢様の威厳を保つ為にも倒れた人間を介抱した事は英断だったと思うわ」
「それにしても、何だってあんなところで眠っていたんでしょう」
「私に振られても分かりませんわ」

 思わず、といったように尋ねてしまった美鈴に咲夜は肩を竦めた。
 居た堪れなくなった美鈴は視線を泳がして眠っている人間をちらと見やる。
 今は布団を被っている彼の服装は上下とも薄緑の衣に包まれていた。
 寝間着、と言っていいのかは分からないが、少なくとも幻想郷の人々が纏うような服ではない事は確かだと言える。

「外の世界から来たんでしょうか」
「でしょうね。そうなると、あの大妖怪の仕事の適当さも窺えるわね。今に始まった事じゃないけど」
「館の前に置いてますもんねえ」

 美鈴と咲夜の頭の中に、幻想郷を管理しているというあのスキマ妖怪の姿が浮かぶ。
 幻想郷の人妖間のバランスの調整という名目で仕事として神隠しを行うだけ行ってはいるものの、幻想郷にやって来た人間の事後処理は管轄外であって適当なんだろう。
 咲夜はそこまで考え、これ以上の推測は無意味だというかのように思考を中断する。
 外界からやってきた人間は好きにしていいというルールのようなものがあるにはある。
 が、これではまるでゴミの不法投棄のようなやり方だろうと美鈴と咲夜は思わず渋い表情を覗かせた。

「兎角、私達は持ち場に戻るわよ」
「いいんですか?」
「勝手な行動を取れないよう施錠はしておきますわ。話を聞き出す事は空いた時間にでも出来るしね」

 そう言いながら咲夜はドアノブに手を掛ける。
 このまま放っておいても大丈夫なのだろうか、と美鈴は一抹の不安を抱くも、上司の命令には逆らえないのもあってか大人しく業務へ戻ろうと咲夜の後についていった。
 ぱたん、とドアが閉まる音の後にかちゃり、とドアに鍵が掛った音が室内に響く。
 そして、数刻遅れて聞こえるはベッドの布擦れの音。

「……ん。朝、かな」

 青年は誰も居なくなった部屋で一人呟く。
 くぁ、と小さな欠伸を一つ。
 まだ眠たげな眼を両手で擦りながら、しぱしぱと瞬きを繰り返す。
 青年の瞳は銀色というよりはくすんだ灰色を携えていて、黒髪とのコントラストが不相応のようにも見える。
 彼はしばらくベッドから起き上がったままの体勢を維持していたが、何を思ったのか布団を剥がし、ベッドから降りる。

「カップとソーサーは左に六歩っと……痛っ」

 歌うように呟いた彼は三歩目で壁にぶつかった。
 思わず尻餅をつき、壁に当たった際に額を強打したのかその場で身悶えてしまう。
 誰も居ない部屋で痛みに苦悶するその様子はどこか滑稽であった。

「うう、痛い……でも、おかしいな。いつの間にか部屋が移動したんだ。先生は何にも言ってなかったし部屋移動なんて今までなかったもんな。うん。あ、涙出てる」

 ―というか個室移動って意味が無いような。
 幾分か痛みも引いたのだろうか、そんな言葉が次々と青年の口から飛び出て来る。
 ぶつぶつと文句を連ねながらも、右に三歩。と反芻するように呟いて元いたベッドの位置に戻る。
 ベッドに腰掛け、手探りで枕を探し、ぽふりと抱き抱えたところで一先ず落ち着いた。

「……いい匂いだな。寝ている間に枕を干したって事はないだろうし」

 青年は鼻と指を利かす。
 枕が吸った日光の特有の香りと、柔らかな感触はつい最近に枕が干された事を意味している。
 彼の頭の中に疑問が生じ、ノイズが奔る。

 ―うーん……駄目だ、考えても分からないな。

 視力を失って困ったのはいつ以来だろうか。
 少なくとも、病室に慣れてしまった時以来――何歩で何があるのかを暗記した時以来。
 生活にほとんど不便を感じなかったというのにこうして環境が変化すると何もできなくなってしまう。
 改めて視力が無いという事は生活の障害となってしまうのだなと青年は再認識する。
 頭を捻る。

 ―ナースコールも無いようだし。さて、この状況をどう乗り越えたものか……

 再び湧き上がり始めた眠気にまどろみつつも、なんとか打開策を見つける為に意識を内に向けようと――

「……誰かいるのかな」

 ――したが、ふと何となく近くに人がいる気配を感じ、思考を外側に向ける。
 ドアの開く音が聞こえなかった事からドアの外にいるのだろうかと青年は勝手に憶測する。
 そうは思うものの、視力の無い青年は気配を感じる事は出来てもドアまで何歩あるかさえ分からないのでどうしようもない。
 ……にも関わらず、どことなく寒気がするのは。
 ――もとい、ここに居てはいけないというような警鐘を発しているのは、果たして気のせいなのだろうか。
 視力を失った分、昔から第六感というものは人並み以上にあるという事は常々感じてはいたが。
 なんとなく本能に従っておこうと青年がベッドから離れたところで。

「どーん!!」

 壁、もしくはドアを突き破ってきたとしか形容出来ないような音で何者かがつい先程まで青年がいたベッドの方へ突っ込んだ。
 仮に突き破ってきたのならおそらく突っ込んだ先のベッドはどうなっているかは想像に難い訳がない。
 いや、そもそも人間がドアを突き破れる筈がなく、ましてや聞こえてきた声が女の子の声からして想像した事が実際にあり得ようか。
 あの破壊音が幻聴なのか、女の子の声が幻聴なのか、双方間違っているのか正しいのかは置いておいて、青年は脳内を整理しようと画策する。
 それにしても、青年はあまりの急展開に視力が無い影響で得られる情報が限られる事に再度不便さを感じていた。

「あれ? おかしいな。廊下にいたメイドの噂ならこの部屋で眠っているはずなんだけどなー」

 女の子の声が聞こえてきた事、がらがらと崩れるような音からしてどうやら先程の音は両方間違ってはいないのだなあと呑気にそんな事を思う。
 青年は一見冷静でいるようではあったものの、内心ではかなり気が動転していた。
 耳から伝わってきた情報だけで想像に容易い事でも女の子が壁を突き破って部屋に入って来るなんて正気の沙汰どころの話ではない。
 取り敢えず気持ちを落ち着かせるためにも深呼吸を一つ。

「えっと、大丈夫ですか?」

 そして、普通は大丈夫じゃないんだろうけれど、何故だか無事のような。そんな風に思った青年は、至極当たり前のように心配した様子でその少女らしき人に声を掛けた。

「うん。大丈夫だよー」

 その声にぴくりと反応する物陰があった。
 青年からは見えていないが、全壊したベッドの瓦礫からむくりと顔をあげる少女の姿がそこにはあった。
 少女は部屋の周りを見渡し、壁にもたれかかっている青年を見つけるとお目当ての宝物を見つけたかのように瞳をキラキラと輝かせ、今度はゆっくりと近付いてきた。
 青年は目の前の気配の正体が本当にドアを突き破ってきたのだろうかと頭の中で考える。
 しかし、その気配の天真爛漫な様子からは破壊といった二文字は考え辛く、むしろこの人に自分の状況を尋ねてみるべきなんじゃないかと思い始めていた。

「えっと…あなたが外界からやってきた人間ね?」

 やはり聞こえてきたのは少女特有のソプラノボイス。
 青年が今まで聞いた声の中でも綺麗な部類に入るだろう透き通った声は聞いているだけでなんとなく心地良さすら感じていた。

「まあ、俺は人間だけど。それと外界? メイド? ……ごめん。視力が無いから色々と分からない事が多いんだ。よかったら教えてくれないかな?」
「……? しりょくが、ない?」
「うん。要するに目が見えないって事」
「えー! それじゃあ、フランの姿も見えないの?」
「ふらん? それが君の名前?」
「そう。私の名前はフラン。フランドール・スカーレットよ」

 青年は初めにこの少女は知り合いではないかと思いはした。
 が、よくよく考えてみれば外人の知り合いなんて今の今までいない事に気付くのにそれほど掛かるわけでもなく。
 そもそもこんなとんでもないような登場の仕方の知り合いがいる筈がない訳で、青年の現状はいよいよもってますます不明瞭になってくる。
 かたや混乱する青年とかたや凛とした様子で名前を名乗る少女との不思議な邂逅。



 これが青年――○○とフランとの初めての出会いだった。


blind love 2(新ろだ496)


 半壊した部屋の中。
 驚きを隠せない様子で壁にもたれかかる○○ときょとんとした表情のフランの間に静寂が広がる。
 フランからしてみれば、外の世界からの訪問客の反応に興味がある一方、○○は未だ混乱していてとても話せるような状況ではなかった。
 両者の間の沈黙が破られたのはどれくらい経った頃だっただろうか。
 静けさに耐えきれなかった○○が、こほんと一つ咳払いをする。

「それにしても、フラン、さん? つかぬ事を伺いますがあなたはこの部屋にどうやって入ってきたんでしょうか?」
「どうやってって、普通に入ってきただけだよ。まあ、あなたを驚かせたかったのもあるけど」
「……喉から心臓が飛び出るかと思いました」
「えへへ。じゃあ、成功ってところかな」

 ○○の反応に満足気に微笑むフラン。
 感情が表に出やすい子なのだろうと、目には見えなくとも伝わってくる気配から○○はそんな事を想像した。
 それにしても。いや、まあ、驚いたことは確かなんだけれども。
 壁を突き破って来る破天荒さといいこの少女は一体何者なのだろうか。
 そして、そんな少女がいる此処は一体何処なのだろうか。
 次から次へと湧き上がる○○の疑問は溢れ出る湯水のように尽きる事が無かった。

「ねえ、ところであなたの名前は?」
「俺のですか?」
「そ。私だけが名前を教えたのにあなたが教えないのはアンフェアだと思うんだけどなー」
「……言われてみれば」

 なんだか妙に説得性のあるような問い掛けに思いがけず納得する○○。
 何故自分は知らない場所にいるのかという事実は置いておくにしても。
 目の前の少女に礼をもって挨拶すべきなんだろうと○○はそう解釈した。

「えーっと……初めまして、○○と申します」
「……さっきから思ってたんだけど、何で敬語?」
「いや、初対面の人には礼をもって話すのが当然かなと」
「ふーん。変な人間。あ、そっか。私の姿が見えてないんだっけ。それに、私が世間からどんな存在として見られているのかも知らないんだもんね」
「それは――」
「妹様」

 どういう事かと○○が二の句を告げる前に遮る声が一つ。
 突然現れた気配に○○は思わず息を呑んだ。

「あ、咲夜だ」
「御自愛下さい、妹様。もうお休みになられる時刻を過ぎてます」
「えー。折角美鈴が外の世界の人間を連れてきたって噂を聞いたからどんな奴かと見に来たのにー」
「それに、もう日が昇りつつあります。先程壊されたこの部屋にも日光は蔓延っていくかと」

 咲夜の発言通り、壊された部屋の壁からは日の光が差し込んでいた。
 幸いなことに、日の出からあまり時間が経っていない影響か、フランの元まで日光は届いてはいない。
 それでも、廊下へと戻ろうとする際にはどうしても光を浴びてしまう位置関係にいた為に、フランは身動きが取れない状況となっていた。

「……メイド達が噂をしていたから――」
「自業自得ですわ」
「う。流石にそれは否定出来ないかも」
「外の、世界。さっきもそんな事を聞いたような気が……」
「あら? 目覚めていたのね」

 フランと咲夜の会話に口を挟めずにいた○○だが、"外の世界"という単語に先程フランに問い掛けようとした疑念も忘れ、思わずといったように口に出す。
 その声に少し驚いたように答えたのは咲夜だった。
 咲夜は今一度部屋の様子を見る。
 完全に崩壊しているドアやベッドや調度品、崩れかけた壁や天井を見ればもし彼が眠ったままでいたならば無事ではないことを意味していた。

「……なかなかの幸運の持ち主みたいね」
「そうなんでしょうか。ちょっと部屋の惨状が分からないのであまり実感はありませんが」

 総括して咲夜がそう呟く。
 ○○の方はというと何とも言えないのだろうか。
 苦笑しつつもなんとなく悪い気はしないようで、頬を軽く掻いている。

「分からない?」
「○○は視力が無いんだってー」
「……本当、よく無事でいられたわね」

 先程の○○の言葉が腑に落ちなかったのか。
 咲夜は怪訝な面持ちで○○を見るも、フランの補足に納得がいったようで、驚きと呆れの半分が入り混じったような表情で額に手を当てた。

「と、言われましても……やっぱり、何とお答えすればいいのかちょっと分からないです。そもそもここが何処なのかもまだ分かっていないですし」
「妹様からは何も?」
「フランさんのことですよね?」
「そうよ」
「はい。聞こうとしたらあなたが現れたので。まだ、何も」
「そう……」
「で、どうしてこっちを見るかな。咲夜が現れたせいで説明する機会を逸しただけって○○も言ったじゃない」
「まだ何も言ってませんわ」

 不服そうなフランに微笑んで返す咲夜。
 そんな会話を聞いていて扱いが上手いなあと○○は思わず破顔してしまう。

「……○○も何か言いたそうね」
「いえ、決してそのような事は無い、と思います」
「ダウト。言葉を濁した。あと、反応が分かり易過ぎ。私達初対面だよね。私に対するその苦言は失礼に値しないのかなー」
「と、兎に角。俺に現状を教えて下さい。えっと……」
「十六夜咲夜。咲夜で構わないわ」
「えっと、はい。じゃあ、咲夜さん」
「……さらりと無視されたわ」

 フランは自分を無視して話が進んでいることに対して不機嫌な心持ちを隠そうともせずにむう、と頬を膨らました。
 彼女が手を出さなかったのは単なる気紛れか、それとも暴れれば陽光が自分を襲うと分かってのことか。

 ―やっぱり、運がいいのかしら。

 フランが何もしない事を確認した咲夜は内心そんな事を思いつつも、自分の立場が理解出来ない○○の為にゆっくりと、慎重に言葉を紡いでいった。





「―――――と、このくらいかしら。で、質問はあるかしら?」

 咲夜の話が終わって。
 ○○がまず思ったのは、彼女が話した内容はまるでお伽話を聞かされたかのような。
 そんな印象がまだどうにも抜け切れていないようだった。
 幻想郷、妖怪、紅魔館、吸血鬼、そして外の世界。
 自分がいた世界が外の世界というのもなんだか不思議な気分になるのだけれど、異世界から見た自分達の世界もまた異世界なのだろう、と彼は思う。
 そして、咲夜の隣にいるだろうフランの正体。

 フランドール・スカーレット。
 曰く――この館の主、レミリア・スカーレットの妹。
 曰く――495年もの月日を生き、その生涯の長い間を唯一の肉親である筈の姉の手によって地下に軟禁された悪魔の妹。
 そして曰く――"ありとあらゆるものを破壊する程度の能力"を有する、危険度極高且つ人間友好度極低の妖怪。

 人間ではないのではないかという○○の予想は奇しくも当たってはいたものの、まさかそこまで人間に忌み嫌われた妖怪であるとは思いもよらなかったのか。
 特に、咲夜にしてみれば善意の警告であったのだろう説明も。
 そして咲夜自身が悪魔の犬であるという事も。
 そのどちらもが○○にとってかなりショックな内容であったことには違いなかった。

「……俄かには信じ難い話ですが、先程の崩壊音を聞いている身としてはやはり……」

 そう曖昧に呟く○○。
 その台詞に待ってましたと瞳を輝かせたのはフランだった。

「ふふん。まだ信じられてないみたいね。だったら証拠を―」
「お言葉ですが」

 フランの右手に宿り、今か今かと発せられそうになる収束された力が放出される前に咲夜が提言する。

「これ以上館を破壊しては御身体に障ります」
「もう。分かってるよ、咲夜。ちょっとしたジョーク……っとと。あちちっ。」
「妹様!」
「平気よ、咲夜。そこまで狼狽しなくても。ただ、ちょっと日差しが当たっただけ」

 先程の長い説明は時間にして約四半刻といったところだろうか。
 その間に高くなった太陽の影響で、当然作り出される影も小さくなる。
 ほんの一瞬、日に中てられ気化しかけた翼を気にも留めずフランは焦る従者を手で制し、自らは○○が寄りかかる壁に近寄る形で影の中へ入った。

「では、急いでメイド達に壁の修繕に取り掛からせるよう申し上げます」
「うん。壊した私が言うのもなんだけど、頼んだわ」

 事も無げに軽く手を振り、恭しく一礼する咲夜に答えるフラン。
 刻一刻と南中に近づいて行く太陽に焦燥した様子も無い表情は余裕すら窺えるようにも見える。

「それじゃあ○○さんはこちらに。別の部屋を用意するわ」
「え、あ、あの……」
「あなたは何も心配しなくても大丈夫よ。ちゃんとした衣食住は保証するし、あなたの失明も幻想郷一の薬師に頼んで――」
「ああ、それは嬉しいんですけど、そうじゃなくて……えーと、何と言ったらいいのでしょうか」

 咲夜の申し出に何か気になることでもあったのか、○○はそれを遮った。

「このままだと、その、フランさんは」
「大丈夫よ。壁の修理が済むか、日が沈むまでここにいればいいだけだし」

 ○○の心配を何とでもないように言うフラン。
 それでも○○は先程狼狽えた咲夜の様子からはとても何でもない様子には聞こえずにいた。

「あの、不躾なお願いだと思うんですが、もう少し彼女と話してもいいでしょうか」

 それ故か、先程吹聴された事実を知ってでも○○はフランと話す事を選んだ。
 ○○のその言葉を聞いてか、咲夜は思わず目を丸くしつつも、顎に手を当て暫しの間考えこむような姿勢をとる。

「……そう。そうね、別に構わないわ。ただ、あなたが無事でいられるという保障は出来ないけど」
「ありがとうございます。でも、やっぱり想像がつかないです」

 彼女が吸血鬼だという事が、という言葉は口唇の中だけで呟く○○。
 現に色々壊した音を聞いているというのに。
 現に彼女の正体を聞いているというのに。
 話を二言三言交わしてみた感じでは好奇心旺盛な人間の子供とあまり変わらないという認識が○○の中にあったのだろうか。
 咲夜は分からないといったような、なんともむず痒い表情を見せた。

「それじゃあ、私は仕事に戻るわ。この壁も直さなきゃいけないことだし」
「ええ、色々と教えて頂きありがとうございました」

 ○○のお礼の言葉を聞いて咲夜は軽く会釈して返すも、そういえば彼には視力が無いという事を思い出した。
 まあ、いいかと自己完結して咲夜は時を止め、二人を残したまま客室から離れる。
 彼女が時間を再び動かしたのは館の大きさからは想像出来ない程の長く長い廊下に出た時であった。
 空間を操作した影響で広く且つ長い廊下で、咲夜は窺い知れなかった○○の態度を思い返す。

 ―お嬢様がご覧になるのなら、果たして彼を気に入ることとなるのだろうか。

 フランからしてみれば挨拶代わりの必殺の攻撃を偶然かわした上に、あの悪魔の妹を逆撫でするような発言にも壊されることのなかったあの青年を。

「…所詮、仮定は仮定、ね」

 さも詰まらないというように咲夜は頭に巡らしていた思考を振り切る。
 或いは、彼の運命は自分が決めるものではなく、主やその妹が定めるものだと思ったのだろうか。

「さて、まずは客室の修復かしら」

 そして彼女は自らの仕事へとスイッチを切り替える。
 念頭に置く仕事を決めたメイド長は手を数回叩く事で近場の妖精メイドを集め、従事の内容を簡単に説明し始めた。















「で、何で○○は此処に残ったの?」

 咲夜がいなくなった後の客室。
 ○○の突然の提案から黙っていたフランがようやくといったように口を開く。
 彼女の表情はどこか訝しく、○○が残った理由が本当に分からないといった様子であった。

「ん、別にあのまま付いていっても一人だっただろうし。だったらフランさんと話してた方がいいかなって」

 そんなフランの質問に対してさも当たり前のように答える○○。
 暗に時間を潰せるから、という意味合いを孕んでいるようにもフランは思えたが、それが余計に彼の発言が紛れも無い本心である事を示しているようにも思えてしまう。

「ふーん。壊されるとか怖いとか思わなかったの?」
「思わない訳がないよ。目は見えないけど、実際に色々壊したのは君だしね」

 かたや○○はというと、咲夜の話を聞いていたこともあり、フランが破壊の申し子だということも何となくではあるが現実味を帯び始めていた。
 加えて、部屋に入ってきた時の衝撃も相まって、○○は彼女が普通の人間相手には危険である事も頭の中では理解も出来ていた。
 それを聞いてまで一緒に過ごすと言う彼にフランの疑念は絶える事がある筈も無く。

「じゃあ……」
「咲夜さんも言ってたでしょ。力を使ったら危ないって」
「建物を壊さなくてもあなただけを壊せるんだよ」
「……それは初耳だけど、それでも俺はここにいるよ。君の影くらいにはなれるだろうし」
「見えないんでしょ?」
「明暗くらいは分かるんです。何も見えないわけじゃないんです」

 どんなに理由を尋ねても、あっけらかんと答える彼が不思議に感じて。
 怖いと思っている筈なのに、自分に付き合っている事が疑問に思えて。
 論破しても、人間である自分の身より吸血鬼である自分を気遣う事に理解に苦しんで。
 妨げになるだろう視力を指摘しても、まるで意に介さないような態度が。そんな彼が、どういうわけかフランは面白くて仕方がなかった。

「あはは。何でそんなにムキになるの?」
「ムキに、なってますか?」
「そりゃもう。本当、変な人間ね。私の事を知っている人間は私を見ただけで助けを希い、媚を売り、這いずり逃げ回るのに……って、○○には見えないんだっけ」
「……それはまた壮絶な」
「で、それを聞いてまた怖くなったでしょ」
「俺だって凡庸な人間です。話を聞く前から震えていたのに」

 そして改めて恐怖を植えつけようとフランは脚色を加えつつ、彼を脅す。
 さて、これならどのような反応を彼は見せてくれるのだろうか。
 まるで何がいるか分からない藪を楽しんで突くかのようにフランは彼の一挙一動に注目していた。

「……それでもどこか余裕があるように見えるわ」
「……そうでしょうか」
「そうよ」

 確かに○○の言葉通り、彼の体全体が恐怖でガクガクと震えているようにフランは見えた。
 が、震えているにも拘らず、彼が落ち着いている様子だったというのが気にくわなかったフランは○○に不平を言う。
 ○○はどう返したらいいのか分からないのか、フランに問いかける事で返答とした。

「……日が出てきましたね」
「そうねー。ふぁ……」

 ○○が次第に明るくなる室内を感じてか呟く。
 そんな彼の言葉にさもどうでもいいように返した後、フランは可愛らしく小さな欠伸をした。

「眠いのですか?」
「そういえば寝てないの。あなたのせいで」
「俺の?」

 急に眠気を自分のせいにされて何が何だか分からないといった○○。
 抵抗のつもりだろうか、彼はすぐさまフランに訳を聞き返す。

「そうよ。あなたが来たって噂を聞かなければ私は今頃ぐっすりと眠っていたもの」
「……それは責任転嫁、だよね」
「残念。こればかりは、譲れないわ」

 責任転嫁、の部分を強調して彼が指摘すると、負けじと引けを取らずに彼の所為にしようとするフラン。 
 すると、○○は何かを思い出したのだろうか。
 あ、という単音が独りでに自然とといった具合に飛び出てきた。

「そういえば、吸血鬼ですもんね」

 失念していた訳ではなかったつもりでいたが、吸血鬼が夜行性ということを忘れていた○○は思わずといった形で告げた。

「……今更な御挨拶ね」
「視力が無い事。こればかりはどうしようもないので」
「む、まさか返されるとは……ぁふ」

 するとこれは本当に意外な反応だったのか。フランは思わず目を白黒させるも再び出てきた欠伸が最後まで言う事を許さなかった。
 それを見た○○は心配そうに彼女を気遣う。

「しかし、本当に眠そうですね」
「んー?」
「眠かったら眠ってもいいですよ。傍にいますから」
「……でも、太陽が」
「じゃあ――」

 先程まで意に介していなかった太陽も自分が眠るということとなっては話が別なのか。
 フランは取り繕ったように眠気を耐え忍ぼうと試みる。
 そんなフランの様子を感じ取ったのか、突然壁を背もたれにして座っていた○○が立ち上がると、自身の影がフランに重なるような位置で立ち止まった。

「言ったでしょ。明暗くらいは分かるって。俺が君の影になるって。このまま俺が立っていれば影はできるからフランさんはぐっすり眠ることも出来るよ」
「……やっぱり変な人間だわ」

 そう顔を顰めるフランも悪い気分はしないのか、彼を揶揄することぐらいしか出来ない。
 そんな嘲弄も特に気にした様子も無く○○は続ける。

「俺にはこの位しか出来ないから」
「でも、私は――」
「危険度極高、人間友好度極低の悪魔の妹? 世間がどう思うか俺がどう思うかは違うよ。幻想郷がつけた評価だとしても、外から来た俺には関係無いし」
「う、ん……」
「だから、眠い時には我慢しないで眠って欲しい。目の見えない俺から見れば、君は吸血鬼じゃなくて一人の女の子なんだから」

 ○○は手探りでフランの頭を探り当て、彼女の頭を撫でる。
 頭を撫でられた感覚やそれが初対面の人間であるという認識を知ってか知らずか、フランは彼の語った言葉のすぐさま後にゆっくりと目を瞑っていった。
 彼女が落ち着いた様子を肌で感じ取った○○はほんの少し頬を赤らめる。

「……何かひどくこっ恥ずかしい台詞を言ったような……」

 少なくとも、初めて顔を合わせた相手に言うべき言葉ではないだろうと反省しつつ、頭を撫でるという行為をよく享受してくれたものだと○○は内心冷や汗を掻いていた。
 いきなり触れてしまった自分にも驚いたが、彼女の不機嫌を買うような事が無かった事にも驚きを隠せなかったのは事実。
 尤も、それは彼女があまりにも眠かったことにも原因はあるのだと思うのだけれども。

「それよりも自分が貧血になることなく、彼女の影になってやり続けられるかどうかが心配だなあ」

 彼が過ごしてきた病院生活ではほとんど立つ事が無かった事を思い出してか○○は呟く。
 そして、最後まで自分の身よりもフランの身を案じるような口振りをこっそりと聞いていたフランは今度こそまどろみの世界へと溶け込んでいった。


中二病、U-1注意!(新ろだ563)


少女は窓辺に佇んでいた

地下から出してもらい館内を自由に動け回れるようになったものの、外には出してもらえない

少女は恋しかった


まだ見ぬ景色が
まだ見ぬ存在が
未知なる世界が




		こつん


窓に何かが当たる音がした


下には一人の人間と金属のような何か

数少ない少女の知る、生きた外の人間
そして彼女が慕っている人間

少女は窓を開け、人間に問いかけた

「どうしたの?」
「連れ出しにきた。行くぜ」
「え、う、うん…?」

人間は金属のような何かに乗り、言った

「背中に捕まれ。走るぞ」

少女は言われるがまま、窓から飛び出し人間の背中に飛びついた

「な、なに?これ…」
「あぁ、これか?これはな、っと説明する前に」

人間は懐からカードを取り出しつぶやく

 -スペルカード宣言- 
透明「ウンジヒィトバール」
浮遊「ティーフィルーク」

「あれ?スペルカード使えたの?」
「努力したんだぜ?これで心置きなく走れる」
「何をしたの?あと、これ何?」

少女は未知の存在に興味を示し問うた

「これはロードバイクっていってな。外の乗り物だ。
 あとさっき唱えたのは、少し浮遊するスペルと知覚されなくなるスペルだ」
「どうゆうこと?」
「フランは外に出たかったんだろ?」
「うん」
「簡単に言えばその願いを叶えてくれるスペルだ。よし行くぞ。
 俺の知る限りの幻想郷を見せてやる」


月夜が二人を照らす。
二人を知る者はいない。
二人にしか知らない。


夜は長い
少女は知る。幻想郷を
人間は知る。永き夜を



「わぁ。速い速い!もっと速くなるの?」
「あぁ成るぜ。捕まってな!」

 -加速「オーヴァースプリント」-


更なる加速、二人は幻想中を駆け回る


「でも飛んだ方が速くない?」
「高い高度で飛ぶと見つかっちまうんだよ、俺のスペル。未熟だなぁ。ハァ」



幻想郷のあらゆる場所を回った二人

紅魔の湖、幽霊の住む屋敷、竹林の永き屋敷、妖怪の山、山の上の社、天の都、地下の都、人間の知るあらゆる場所を回った

長き間、二人は駆け回った
もうじき白き宝珠はその姿を隠し、やがて赤き宝珠が現れる

「ねぇ。また連れていってくれる?」
「あぁ、いいぜ。お前さえ良ければ永遠に連れ出してやる。」
「うん…ありがと。大好きだよ、」
「はは、俺もだよ。フラン」

永い二人だけの時間も終わりを告げる。
紅き館の前には門番が一人。前を見据え、侵入者を拒む


「残念だけど時間切れだ。ここなら美鈴にも咲夜にも見つからない。誰にもバレないぜ」
「うん。ありがとう。」
「あ、そうだ。これやるよ。」

人間が差し出したのは赤白の宝珠


「これは陽月の宝珠って言う魔法の珠で二つにわかれるんだ」

赤白の宝珠を割ると、二つの赤と白の宝珠になった

「白い奴はフランがもってな。それでもし会いたくなったり、外に出たくなったら、それを握って外に出たいって願ってみな。また連れ出してやるよ」
「それじゃ、願い事を一つ。」

少女は宝珠を握り締め、願う


 -ずっとこの人と一緒に暮らせますように-


「えへへ、願うといいな」
「なぁフラン?声に出てたぜ」
「えっ!?えぇぇぇ!!?」
「はははっ、一緒に暮らせますようにか。」
「い、言わないでよぅ。は、恥ずかしいよ」
「あはははは」


しばらくした後、紅い館の居住者が一人増えた
名は○○。吸血鬼を慕い、生をともにする人間



陽月の宝珠---太陽の下生きる者と月光の下生きる者の想いを繋ぐ宝珠
   赤は日と情熱と愛を、白は月と優美と純粋を示す




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テラ中二病
フランと逃げ出すとき飛ぶとバレるし、走れば人間と吸血鬼では速度が違う
ならば自転車を使えば良いんじゃね?という安直な考えの下書いた
反省はきっとしてる


最終更新:2010年06月23日 22:29