フランドール9
新ろだ568
いつから入り浸るようになったのか。そんな些細な事は、誰も気にしていないように見えた。
最初は、偶々外出中だった咲夜が発見した事からだった。
人里から離れた森の中で妖怪に襲われている所を偶然助け、外来人である事が判明して。
一度レミリアに相談したところ、主の気まぐれで博麗神社まで送り届けられる事となり、以降、人里で暮らすようになった。
彼は『命の恩人だから』と、事ある毎に手土産持参で館を訪れるようになり。
その内顔パスで入場できるようになって、いつの間にか、館の全員と顔見知りになっていた。
だから、2人が顔を合わせても何ら不思議ではなかった。
「貴方が、噂の外からの人間ね?」
「はい。貴女は、妹様ですね。お噂は伺っています」
「妹様、じゃなくて、フラン!
フランドール・スカーレットよ!」
「あ、そっか……。ごめんなさいフランさん」
「えへへ、宜しくね○○」
相当気に入ったのか、フランドールは○○が館に来る度に会いに来るようになった。
「ねえ○○。海ってどんな感じ?」
「そうですね……。大きな大きな水たまりが、止まらずにずっと揺れ続けている、って感じかな」
「水たまりなの? 本には塩水って書いてたけど」
「うん、文字通り塩分がかなり高い塩水だよ。それが太陽の光を反射してキラキラと……っと、フランさんには太陽も水もダメなんでしたね」
「うん。触れることも出来ないけれど、とっても綺麗なんだろうな、って思うよ」
話題の中心は、殆どが外の世界の話。
○○は館の外に自由に出歩けないフランに、様々な体験談を聞かせていた。
「水族館って所があって、そこだったらフランさんでも、水を怖がらずに泳いでる魚を見れますよ」
「おっきな水槽なの?」
「うん。壁一面が水槽になっていて、ガラス越しだけど泳いでる海の生き物が見れるんだ。
中には、深海でしか生きれない珍しい生き物とかも飼育されてたりとかするし」
「すごーい」
「ふーん……。見てはみたいけれど、外の世界は不便ね」
「どうしてですか? レミリアさん」
「だって、自然をわざわざ狭い場所に押し込めないと行けない、って事じゃない? それ程、日常生活が自然から乖離しているのでしょうね」
「もー! お姉様の意地悪。見に行く時は思い切り楽しめばいいじゃない」
「む……」
「まあ、フランの言葉は正しい意見だと思うわ。折角の機会、無駄にはしたくないでしょう?」
「パチェまでー」
その感情が『恋』だと認識したのは、どちらからだったか。
「こんばんは、フランさん」
「○○、こんばんは。 ねえねえ、今日は何するの?」
「そうだね……」
館に訪れた彼は、いつも彼女の部屋に顔を出すようになっていて、館の主も特には咎めなかった。
その、当日までは。
「失礼します」
「……咲夜」
部屋に入ってきた○○を見て、レミリアは咲夜に声をかける。
既に判っているのか、彼女はそれだけで一礼し、部屋から退室した。
「パチュリーさんから、レミリアさんが呼んでいるとお聞きしたのですが……」
「座りなさい、○○」
まだ緊張している○○を気にせず、レミリアが命じる。
○○は素直に従い、レミリアの眼前の椅子に腰かける。
座ってからもレミリアは何も喋らず紅茶を口にするだけで、○○は困ったような表情を向けた。
それから暫くして、漸くレミリアの視線が○○を向く。
レミリアは、所在なさげな○○を気にも留めないで口を開いた。
「私はお前の入館を、特には咎めなかった。それは、館に良い刺激になると考えていたからだ。
その判断に間違いはないと思っている」
「はい。それはとても嬉しい事だと思っています。レミリアさんのお陰で、僕はこの館の皆さんとお話出来るんですから」
笑顔で返す○○に、レミリアは僅かに嘆息して呟いた。
「……そうだな。お前はそう言う奴だ」
意味が掴めず、首を傾げる○○。
「素直で実直で、嘘が下手で損をするタイプだ」
刃に絹着せない言い方に、○○は困ったような笑みを浮かべた。
口元に浮かんだ笑みを自覚して、すぐに表情を引き締める。
ティーカップをテーブルに置いたレミリアは、○○を見据えて言葉を紡いだ。
「結論から伝えよう。これ以上、フランの前に現れるな」
「そんな……。どうしてですか?」
レミリアは○○から視線を逸らし、天井のランプを見上げる。
「私の能力は、知っているな」
「運命を操る程度の能力、ですか?」
「そうだ。私は大なり小なり、この紅魔館に住む存在が平穏に暮らせるように尽力してきた。だが、お前は……」
言葉に躊躇いが混じり、嘆息する。
「お前は、フランに、私の大切な家族に笑顔を届けてくれた。それに関しては、感謝している」
○○はまだ言いたい事が掴めず、ただ黙って聞いているしかない。
「しかし、お前は人間だ。所詮は、この刹那を紛らわす存在でしかない」
レミリアの視線が○○を捉え、続けた。
「お前の運命をどれだけ手繰ろうと、お前の人生はまもなく終わる。それしか、私には見出せなかった」
「……僕、は。もうすぐ死ぬんですか?」
唐突の発言に、ついつい聞き返してしまった。
「この紅魔館に関わっている以上は、近い内に」
事実上の死期宣告に、○○の顔から音を立てて血の気が引いていった。
レミリアは視線を外し、そのまま扉へと視線を移動させる。
「私はこれでも、咲夜が私の下を去る覚悟がある。
だが、今のフランにそれを強いる程の覚悟は持ち得ない。
かと言って、私がお前を同族にしてしまえば、それはフランの希望を砕くことになりかねない。
なにせ、お前はフランにとって、初めて出来た『普通の人間の友人』だからな」
苦渋の混じった、呟くような言葉だった。
「お前の人生が終わる瞬間を、あの娘に見せる。そんな残酷な事だけは、私は許さない」
だから、もう館には近づくな、と。
ここに近寄らなければ、まだ生は在るのだから、と。
「……納得は、出来ません」
顔面を蒼白にしながらも、○○は言葉を捻り出した。
「僕は、フランさんが好きです。一緒に居たい。何故それがいけないのですか」
「お前が、死ぬ存在だからだ」
冷静に、諭すような口調で。レミリアが返してきた。
「死ぬお前は、只人世を全うして去れたのであれば文句はないだろう。
だが、残された我々は……フランはどうなる?」
それに対して返せる言葉が思い当たらず、○○は拳を握り締めた。
「フランは、まだ大切な存在との死別を体験した事がない。出来るならば、その機会も与えたくないものだが……」
レミリアの脳裡を過ぎったのは、咲夜であり魔理沙であり霊夢であり。
幻想郷に来て以降、紅魔館に関わる事となった人間たち。
「私は、これでもあの娘の姉だ。フランが、○○の事を特別に思っているのは判っている」
だからこそ、と、レミリアは再度伝えた。
「これ以上、フランの前に姿を見せるな」
「……ッ!」
紅魔館に作られたテラス。満月の光の下、ささやかなティータイムが開かれていた。
席に座るは、館の主とその妹、そして大図書館の主である。
メイド長は一歩下がって入り口に控えている。
○○が紅魔館を訪れなくなってから、はや半年が経過していた。
「ねえ、お姉様」
「何かしら」
ふとした会話の合い間に、フランはレミリアに問いかけてみた。
「○○、まだ来ないの?」
「……言ったはずよ。○○はもうここには来ないって」
何度も、数える事さえ疲れるほど繰り返されてきた返答。フランはそれを聞く度に、心が重くなっていくのを感じていた。
どうして来てくれないのだろう。あれほど、“またね”と言って帰ったのに。
それとも、気付かないままに嫌われるような事でもしてしまっていたのだろうか?
「…………私……」
ずっと我慢してきた感情が、鎌首をもたげて小さく動いた。
「妹様?」
フランの様子がおかしい事に気付いたパチュリーが声をかけるが、フランは椅子に座ったまま俯いていた。
「お姉様……。
○○が来てくれないのは、私が良い子じゃないからなのかな?私、何か嫌われるような事しちゃったのかな?」
静かに涙を流す妹を前に、レミリアは無言で席を立った。
テラスの縁まで歩いて行き、月を見上げる。
「○○が来ないのは、貴女の所為ではないわ。フラン」
こちらを気遣う気配を含んだその声に、フランは姉の背を見上げる。
「○○が来なくなった理由は──」
「レミィ!」
慌てて席を立つパチュリーに目配せしてから、振り返った。
「──それは、私がそう言ったからよ」
「…………ぇ……」
今、姉は何と言ったのか。
「お姉様、が?」
「ええ。私が、紅魔館に来る事を禁じたのよ」
凍結した思考のまま、フランが立ち上がる。
「どう、して?」
「○○は、ただの人間。咲夜の様に役に立つ訳でもない、必要ない存在だったからよ」
僅かずつ。凍った物が溶ける様に言葉がしみ込んで来る。
「必要、ない?」
「ええ、必要ないわ。我ら闇を支配する者にとって、その感情は……」
言葉の途中で、レミリアは真横に飛んだ。
「必要ない物。そうではなくって? フラン」
先程までレミリアが立っていた場所には、真っ赤に燃え盛る剣が突き刺さっている。
「お姉様には必要なくても、私は……私はっ!」
レーヴァテインを振りかざし、レミリアの眼前に飛び出す。
対するレミリアはグングニルを呼び出し、その直撃を払いのける。
「○○が来てくれるのが楽しみだった!
いつもいつも、面白い話を聞かせてくれて、とっても優しくて!」
感情を映したかのように揺れ動く剣をなぎ払い、滲む視界を切り裂く。
「私が我が侭を言っても、困った顔しながら色々と動いてくれたし!」
捌き切れなかった切っ先が掠り、レミリアの左腕が消し飛ぶ。
「私、わた、し……っ!!」
とうとう、フランはその場に泣き崩れてしまった。
「約束、っして、たんだ……。おねっ……さまに許可を得て、一緒に……遊びに行こ……ね、って」
「フラン……」
フランの前にしゃがみこみ、レミリアが右手を伸ばす。
「このまま関わっていては、○○の寿命は長くなかった」
「パチェ」
いつの間に移動したのか。レミリアの横に立ちながら、パチュリーが続ける。
「レミィの運命視をもってしても、この館から遠ざけるしかなかったのよ。判ってやって、フラン」
フランは声に出せないまま首を振り、レミリアにしがみ付いた。
パチュリーに言われなくとも、薄々は判っていた。姉が、そんな些細な事だけでこんな仕打ちをするはずが無いと思っていたから。
「パチェ、余計な事を……」
「事実よ」
にらんでやっても、この友人はしれっとかわして背を向けた。
「咲夜。後からでいいから図書館に紅茶をお願い」
「かしこまりましたわ」
テラスから二人が遠ざかり、姉妹だけが残された。
妹は姉の腕の中で泣きじゃくり、姉はそんな妹の頭を撫でてやって。
「お姉様……」
漸く泣き止んだのか、フランが小さな声で呟いた。
「○○は、元気かな?」
「ええ。元気なはずよ。もう死の運命からは逃れられたのだから」
「……うん」
頷き、ギュッと目をつぶった。
次に目を開いたそこには、いつもの天真爛漫な笑顔が戻っていた。
「お姉様、片腕落っこちちゃったね」
「満月だもの。すぐに戻るわよ」
レミリアもいつもの笑みを浮かべ、立ち上がる。
「ねえお姉様。久しぶりに弾幕ごっこしたい!」
「いいわよ。何処からでもかかってきなさい」
2人が宙に浮かび、魔法陣を描く。
「それじゃ、いっくよー!」
大きな声と同時に、夜空に弾幕の華が咲いた。
それから、また半年ほどが経過したある日。
いつものように門番を務めていた美鈴は、こちらに歩いてくる人影が二人分あるのを発見した。
大抵の、館に用事がある人物は、文字通り『飛んで』くる。わざわざ歩いてくるとは誰の何用か。
最初は警戒していたが、その人間の顔が判別できた時点で笑顔を浮かべた。
それから間もなく。
「はい、中国。ちゃんと門番しているかしら」
「中国じゃなくて、紅美鈴。何の用かしら、紅白」
「今日は、妹様に会わせたい人が居てね」
そう言って指さした先にいる人物。
会釈だけするその人に、笑顔で門を譲る。
「どうぞ。きっとお待ちかねですよ」
「ありがとうございます、美鈴さん」
外門を通り抜け、内門を開いて廊下に入る。
と、そこには待ち構えたかの様に咲夜が立っていた。
「お嬢様と妹様は、テラスでティータイムですわ」
「ありがと。まだ言ってないでしょうね?」
「ええ、もちろん」
笑みを交わし合う霊夢と咲夜に、付き従うように廊下を歩く。
やがて、テラスの入り口が見えてきた。
一方その頃。
「ストレートフラッシュ」
「またー?」
テラスでは、三人がポーカーに興じていた。
「お姉様、少しは手加減してよ」
「ふっ。甘いわねフラン。獅子は兎を追う時にも全力を出すものよ」
「……大人気ないわね」
パチュリーは軽く嘆息して周囲を見渡した。
「パチェ、咲夜は?」
何処か笑みを含んだ表情で、カード片手に返す。
「今頃、客人を案内してきているわ」
「「もしかして、魔理沙?」」
ぱっと顔を輝かせるフランに、顔をしかめるパチュリー。
それと同時に、テラスへと続く扉が開いた。
「悪かったわね、黒いのじゃなくて」
「私は霊夢の方が嬉しいわよ?」
「それはどーも」
扉を開けて入ってくる霊夢。その後ろに咲夜が続き、
「──っ!」
三人目の存在を確認し、レミリアは驚愕の表情になった。
「あ……」
フランも気付き、言葉を失う。
「お久しぶりです、フランさん、レミリアさん、パチュリーさん」
「久しぶり。元気そうで何よりだわ」
唯一冷静に返すパチュリー。その言葉が終わるか終わらないかと同時に、風が過ぎ去った。
「○○ーっ!」
「おわっ」
かなりの速度で突っ込んできたフランを抱きとめ、数歩たたらを踏む○○。
「○○だ○○だよねほんとうに○○だよねっ?」
そのまま押し倒してしまいそうな勢いのフランをどうにか押し止めながら、○○が笑顔で返した。
「うん。本人だよ」
笑顔に涙を浮かべてしがみつくフラン。その頭を優しく撫でてやりながら、こちらに向く視線に向き合った。
「……○○」
「こんばんは、レミリアさん」
「ここには来るなと、フランには姿を見せるなと、そう言わなかったか?」
「はい、言われました」
だから、と、○○は続ける。
「僕は、どうすればフランさんと一緒に居られるか必死で考えました」
「それで、答えを見つけたと?」
「はい」
フランを優しく引き離し、レミリアの眼前に立つ。
「時間が掛かってしまいましたが、これが僕の答えです」
○○を改めて眺め、レミリアは顔をしかめた。
「○○、まさか……」
「飲んだのね。蓬莱の薬を」
パチュリーの問いかけに、無言で頷く。
「これで、僕は死ねなくなりました。また、ここに来る事を許可してくれますか?」
黙り込むレミリア。フランは姉の言動を、文字通り凝視している。
「……何故、そこまでする? 只人の身で不死の覚悟を決めるのは、容易ではないはずだが」
険しい表情で投げられる問いに、○○は笑顔で返した。
「僕が、フランさんと一緒に居たいからです。
フランさんを守る事は僕には無理だけれど、守られるだけだけれどそれでも」
一度言葉を区切り、フランに笑顔を向ける。
「僕で、僅かでも心の支えになれるのなら……どんな苦労であれ厭わない。それだけです」
真っ直ぐに視線を向けられ、つい視線を逸らしてしまう。
「……言ってて恥ずかしくないのかしら?」
「だって、事実ですから」
始終笑顔の○○。やがて、レミリアが大きく息をついた。
「完敗よ。正直、フランの為だけにそこまで出来る人間だとは思ってなかったわ」
「それじゃあ!」
「ええ。○○、貴方はいつでも、紅魔館を訪れて良いわ」
「やったーーー!」
フランが再度抱きつき、唐突だったのかそのまま倒れこむ○○。
「ありがとうございます、レミリアさん」
「ありがとう、お姉様!」
口々に礼を言う○○とフランに、微笑を向けるレミリア。
その様子を入り口から見ながら、霊夢が呟いた。
「ねえ、咲夜」
「何かしら?」
問い返しながらも、何となく言いたいことは伝わっていたのか。
「これってさ……」
「ええ。見えるわね」
最後まで聞かずに同意し、同時に溜め息をついた。
「……まるであれね」
いつの間に横に来ていたのか。パチュリーの言葉が三人の心境を代弁していた。
「頑固親父に『娘さんを僕に下さい!』って頼みに来た人よね」
こうして、紅魔館に住み込みではないにせよ住人が一人増えた。
「○○、大好きだよ!」
「僕も大好きだよ、フランさん」
尤も、住み込む事となるのも、そう遠くは無さそうだが……。
新ろだ628
フラン「○○ー!」
てってってっと言う足音が部屋に近づき、自分の名と共に扉が開け放たれる。
その向こうに居るのはここ紅魔館の主・・・・・・の妹、フランドール・スカーレットだ。
外来人であった自分は、何故か彼女に気に入られ、この紅魔館で小間使いをやっている。
○○「ど、どうしたんだフラン?」
フラン「外! 外見て!」
○○「外って・・・・・・ん? 妙に薄暗いな・・・・・・」
フラン「太陽が欠けていってるの! いよいよ私達の時代が来るのよ!」
○○「太陽が? ・・・・・・ああ、それはにっしょ・・・・・・おうっ!?」
言葉が終わる前に、部屋に供えられたベッドに押し倒され、
と言うよりは投げ飛ばされて、そこにフランが馬乗りになってくる。
○○「フ、フラン? 何を・・・・・・」
フラン「今日から夜の一族の時代・・・・・・だから○○も、ね・・・・・・?」
○○「ま、まてフラン、これは・・・・・・んむ・・・・・・」
日食と言う現象を説明しようとすると、その口をフランの唇でふさがれ、
彼女の小さな舌が口の中で踊る。
フラン「ん・・・・・・はむ・・・・・・ぷはぁっ」
○○「はあ、はあ・・・・・・フラン・・・・・・」
フラン「ふふ、大丈夫・・・・・・痛いのは最初だけで、後は凄く気持ち良いって、お姉さまも言ってたもの」
○○「・・・・・・卑怯者め」
フラン「だって私、鬼で悪魔で人でなしだから。○○のこと、貰うね・・・・・・?」
再びフランの唇が押し当てられ、ゆっくりと顎、そして首筋へと移動していく。
自分が何をされようとしているのか解っていながら、彼女を止めることができない。
あの赤い瞳で、心底嬉しそうに見つめられたら、止めることなどできるはずが無い。
首に一瞬鋭い痛みが走り、液体をすする音と共に、力が抜けていくのを感じる。
その脱力感はどこか心地よく、恍惚的で、確かにフランの言っていたことは正しかったのだと、
そう思いながら意識は闇に沈んでいった・・・・・・
「じゃあ、輸血したからこのまま安静にね。後首の傷が塞がるまで激しい運動は禁止」
「解りましたわ。お手数をかけました」
目を覚ますとそこは、再び紅魔館の自室・・・・・・フランは居ない。
ベッドに寝かされたまま周りを見ると、腕に一本の管が刺さり、赤い液体が流れている。
咲夜「ああ、気が付いた?」
そう声をかけてきたのは、紅魔館のメイド長、十六夜咲夜。
状況を飲み込めずにいた自分に、何が起こったのかを話してくれた。
要するに、あの後たまたま部屋にやってきて自分を助け、医者を呼んだらしい。
○○「そうですか、それはとんだご迷惑を・・・・・・」
咲夜「ま、いいわよ別に。それに、私より心配しているのがそこに居るしね。
・・・・・・フランお嬢様、隠れてないで出てきたらいかがですか?」
咲夜の声に反応するようにドアが開き、フランが顔を出す。
咲夜「では、私はこれで」
言うと同時に咲夜は姿を消した。時間を止めて移動したのだろう。
そしてフランが、泣きそうな声でポツポツ語りだす。
フラン「○○・・・・・・えっと、そのね・・・・・・ごめんなさい。
あの後、パチュリーから日食のこと聞いたの。私、知らなくて・・・・・・ずっと地下に居たから・・・・・・
夜の時代が来たから、きっと○○のためになると思って・・・・・・私と一緒になってくれると思って・・・・・・」
○○「フラン・・・・・・ちょっとこっちに来て」
フラン「・・・・・・?」
怪訝そうな顔でこちらへ来るフラン、ベッドの横に来たところで、片手で彼女の頭を撫で、そのまま抱き寄せる。
フラン「あ・・・・・・」
○○「大丈夫、怒ったりしてないから。これからもフランと一緒に居る。
だからそんな泣きそうな顔をしないで」
フラン「うん・・・・・・」
○○「吸血鬼化は・・・・・・もうちょっと待ってくれないかな? まだまだ半人前だし、
紅魔館の皆に認められたら、その時は・・・・・・ね?」
フラン「うん・・・・・・約束だから、ね」
○○「ああ・・・・・・じゃあ、ちょっと寝る。お休み、フラン・・・・・・」
すりついて来るフラン、彼女の頭を撫でながら再び目を閉じ、眠りに入ることにする。
ベッドにフランが潜り込んでくるのを感じながら、意識は夢の中へと落ちていった・・・・・・
新ろだ692
「ね、本、読んで」
膝の上に乗って強請るフランドールに、彼は困ったように頬をかきながら頷いた。
「いいですけど、俺、上手くないですよ」
「いいの、貴方に読んでもらいたいんだから」
早く早く、という求めに応じて、彼は本を開いた。
気が付けば、紅魔館の暮らしにもすっかり慣れてしまった。
どうしてこの世界に来てしまったのかはわからない。
だが、右も左もわからず妖怪に追い回されているところを、此処のメイド長に助けてもらったのは本当に幸運だった。
最初は連れてこられたのが悪魔の館ということで随分と怯えたものだが、最近はこんなものだ。
『衣食住と、生命の保証。代わりに此処で働くこと。悪い条件じゃないと思うけれど?』
『まあ、他に当てがあるというならば、無理には止めないけれどね』
そんなものがあるはずも無く、とにかく彼は紅魔館の世話になることになった。
仕事は無論、メイド長の指揮下である。
せいぜい『妖精メイドよりは多少マシ』程度ではあるが、次第次第にこの世界になれるのにはいい時間だった。
里に買い物にも出たり、館の掃除をしたり、時には神社の宴会に引っ張り出され。
そんな日々を過ごすうち、彼も幻想郷に慣れ始めていた。
その彼に唯一、館に雇われている他の面々とは違う仕事が割り振られていた。
『妹様の話し相手』である。
彼が来た当初から、フランドールは何かと理由をつけて彼に会いたがったし、周りもそれを許容した。
彼としても、最初は吸血鬼である彼女に恐怖を全く感じないわけではなかったけれども、懐かれているうちに慣れてしまった。
我ながら危機感のないことと思うが、まあ何と言うか、惚れた弱みとでも言おうか。
こうして殺されず、ただ側に居られるだけでも幸せだな、などと思う今日この頃である。
「……ね、聞いてる?」
「あ、す、すみません、妹様」
「もう、聞いてなきゃダメじゃない」
むう、と可愛らしくむくれた後、彼の膝の上でフランドールはぷいと顔を逸らした。
「それに、名前で呼んでって、いつも言ってるでしょ」
「あ、えと、はい」
彼は困ったように微笑う。フランドールを名前で呼ぶのはこの館でも何人かしか居ない。
「すみません、フランドール様」
「ん」
機嫌を直したように、フランドールは彼に視線を戻した。
「ね、どう思う?」
「えと、この本について、ですか?」
「うん」
フランドールが読むようにせがんできた本は、外の世界の恋物語だった。
恋か、と彼は困ったように眉根を寄せる。これは難しい。
「恋愛について、ということでよろしいのですか?」
「そう。貴方はどう思うの?」
「あー……何と言いますか」
彼は困ったように眉根を寄せる。
「難しいですけど、その、誰かを好きになる、ってことは」
「うん」
「とても温かいもの、だと、俺は思います」
中々恥ずかしいが、一般的なものを話す。
「辛かったり、苦しかったりするときもあるけど、でも、誰かを好きになれる、ってのは、素敵なことだと思うんです」
「…………ね」
彼の言葉を聞いてしばらく考えていたフランドールが、くい、と彼の腕を引いた。
「貴方も、そういう恋をしてるの?」
「今、ですか?」
「うん、今」
真剣な瞳で聞かれて、彼は言葉に詰まった。まさか目の前、いや膝の上の貴女ですなんて言えるものか。
「…………あー、えーと」
「……好きな人、いるんだ」
「……ん、まあ、そうですかね。振り向いてはもらえないかもですけど」
下手な誤魔化しはフランドールには通用しないことを知っているので、苦笑しながらも正直に答える。
「……それでも、好きなの?」
「それでも」
「もし、もしだよ、貴方のことが好きだって子がいても?」
「……それが、その人であったら嬉しいでしょうけれど」
何だか詰問されてるようになって、彼はさらに困ったような表情になった。
「……そう」
フランドールは少し怒ったように言って、彼の膝の上からぴょんと降りる。
「あ、フ、フランドール様?」
「今日はもういい」
「そ、そうですか」
何か機嫌を損ねるようなことでも言っただろうか。不安になって、立ち上がって呼び止めようとする。
「あ、あの」
「全然気付かないんだもん」
「は?」
背を向けたフランドールに、間の抜けた声をかけてしまう。それも気にしないように、彼女は続けた。
「この最近、いろいろしてみてるのに。全然気が付いてくれなくて」
「あの、フランドール様?」
「でも、今日のでわかった気がする。でも」
フランドールはきっと彼の方を振り向くと、ぎゅっと自分の服を握り締めて叫んだ。
「私は貴方が誰を好きでも、絶対貴方を私のものにしてみせるんだから!」
言うだけ言って、べー、と一つ舌を出すと、フランドールは走り去っていってしまった。
「……え」
ずる、と手の中から本が滑り落ちたようだったが、それにも気が付かず、彼は思わぬ大告白に一人立ち尽くしていた。
一方、フランドールは廊下をひたすらに走っていた。
(どうしようどうしようどうしよう……)
言ってしまった。ついに言ってしまった。
あの人に好きな人がいるというのを知った瞬間、思わずいろいろ爆発させてしまったのだった。
(でも、私だってずっと好きだったんだもん)
館に来たときからずっと見ていて、好きだとわかったのは咲夜にこっそり相談したからだったけど。
下を向いてそんなことを考えながら走っていると、不意に声が聞こえた。
「お、フランじゃないか、どうしたんだそんなに急いで」
「あ、魔理沙ーっ!!」
見知った姿に思わず飛びつく。受け止めながら、魔理沙は微笑っていた。
「おいおい、どうしたんだ一体?」
「魔理沙、実は……」
ぼそぼそと顛末を語ると、魔理沙の口元が楽しそうに歪んだ。
「ほほう、ついにあいつにか、で、返事は?」
「わかんない、逃げてきちゃった……」
「なんだなんだ、だらしないな。恋は押して押して押しまくるもんだぜ。よし、この魔理沙さんが恋愛講座をしてやろう」
「ほんと、魔理沙!?」
「ああ、なんたって、私は恋の魔法使いだからな」
にっと笑った魔理沙に、フランドールは再び抱きついた。
「ありがとー!」
「いいっていいって。しかし、なあ……」
「?」
紅魔館の他の奴らが聞いたらどう思うかね、という小さな一言はフランドールには届いておらず、魔理沙は軽く首を振っただけだった。
「いやいや、何でもないさ。さ、行くぜフラン。お前さんを振るなんて絶対させないからな」
「うん、私頑張るよ、魔理沙!」
「よし、いい返事だ」
くしゃくしゃと頭を撫でられて嬉しそうにフランドールは微笑った。
この手があの人のものだったら、きっともっと幸せだろうな、と、そんなことを思いながら。
二人が紅魔館の公認となるには、もう少しの時間を必要とするのであるが、それはまた別のお話。
コイン 上(新ろだ2-072)
「…ふーんふーん…」
散歩をしているだけである
「うおっとっと…」
ちょっとこいしに躓いただけである
「うわわ…」
そのままがけから落ちて…
○○は死んだ
あまりにもあっけなくて、あまりにも衝撃的だった
第一発見者は鴉天狗だ、がけ下が不自然に赤くて近づいたら、○○が妖怪に食われていたそうだ
すぐさまおい払って、永遠亭に連れて行ったが手遅れだったらしい
崖から落ちた時点で脳を激しくやられていたらしく、その上この出血では、何もすることはなかった…何もできなかった
妖怪なら、その驚異的治癒能力で助かったかもしれない それ以前に空を飛べるから落ちたりしない
○○は、飛べないし弾幕も撃てない…普通の人間だった
「お嬢様…お茶のお時間です」
「うん、ありがとう咲夜…フランは?」
毎日この時間にお茶を運んでいるが、○○が死んでからレミリアはそのたびにフランのことを訪ねてきた
「部屋から出てきません…食事は毎回からになって部屋の前に置いてありますから、その点は大丈夫だと…」
「そう…」
紅魔館は暗い雰囲気に包まれていた
それは吸血鬼の支配による狂気の黒はなく、ただ純粋に、さびしさが赤色を暗く染めるような…
「全く、なんで○○は死んだのかしら…」
「逝ってしまわれてからもう…半月立ちますねぇ」
○○は紅魔館を恐れない数少ない人間だった
黒白に無理やり連れてこられて、まずパチュリーと出会った
泥棒時補佐として連れてきた by魔理沙
抵抗むなしく連れてこられた by○○
そして○○は泥棒の手伝いなんてせずに、魔理沙が帰るまでパチュリーと話していた
気難しい友人も○○とはなぜか話があったらしい
よほど気に入ったのかパチュリーは○○を今度正式に招待するといった
証として一冊の本を貸した
二回目の訪問
本を返しに来たことを伝えて、○○はすんなり紅魔館に入った
パチュリーとの談義中レミリアが○○を吸血 血がうまい もっと吸わせろ
無論○○は抵抗できなかった 貧血になった 紅魔館に泊った
咲夜に部屋を案内させた 咲夜だけはあんまり○○を気に入らなかった 嫌いではなかったようだが
その夜、晩餐にときには無論客人として○○も同席 その際にフランと出会った
あなたはだあれ?どうしてここにいるの?わたしもちすっていい?おはなしきかせて
フランの純粋で無遠慮な質問と要望に○○はしっかり答えた
強制的にフランに部屋に連れ去られ、外の話をいろいろさせられたらしい
朝部屋から出てきた○○は、目にクマを作ってげっそりしていた
帰り際にまた本を一冊借りて帰って行った
フランはそのの夜、○○は?とレミリアに聞いてきた
帰ったと言ったら暴れた
数日置いて遊びに来た
土産に本を何冊かと、茶菓子を持ってきた…自分で作ったらしい
パチュリーも珍しく図書館から出てきて、レミリア、フラン、パチュリーと○○
四人でいろいろと話した
○○の話は面白かった
外来人の中でも特別色々なことを学んだのか、話の引き出しは尽きなかった
フランはそれを喜んで聞いた、もっと話してとせがむほどだ
ちなみのそのころ、パチュリーはいちいち本を貸すのをめんどくさがった
というわけで承認証代わりにフランが○○に綺麗に輝くコインを一枚渡した
○○は代わりにといって、外界から持ち込んだ唯一の品、銀色の硬貨を渡した
○○は紅魔館のところどころに空いたスキマを埋めるようなことをしたようだ
無論紅魔館に入り浸りな人間として大々的に記事にされた
能力もない弾幕もない空すら飛べない…だからこそ皆驚く
幸い人里には住んでいなかったため非難を受けることはなかった
遊びに来る日の感覚はだんだんと短くなる 五日おきに…四日おきに…三日おきに
それが毎日になる
フランはよく○○に懐いた
遊びに来てから帰るまでずっとべったりだった
帰るときにはわざわざフォーオブアカインドして四人でひきとめようとした
もうここに住んじゃえばいいじゃんといった
○○も、それを受け入れていた 嫌がってなんかいなかった
少しも嫌がっていなかった
…たぶん、○○が死んで一番ショックを受けているのは、フランじゃないだろうか
パチュリーもかなりショックだったそうだが、表面からその気配は感じることができなかった
「○○…」
自分の部屋で、フランはつぶやく
自ら出たいと願った部屋に、今はこもっている
姉に許された館内の自由
うれしかった 狭い部屋から出られる…嘘偽りない喜びの感情
○○が死んだ、もう来なくなった
部屋から出たくない 誰の顔も見たくない…嘘偽りない悲しみの感情
「○○ぅ…」
泣いても泣いても涙が止まらない
クッションに顔を埋めて泣き続けた
クッションは真の意味で、涙で重くなっていた
少女は泣き続けた
死んだものは転生するか、未練を残して亡霊になる
知っている
転生したら記憶がなくなる
知っている
じゃあ亡霊になってまた来てほしいか?
そうなったら○○は、転生できないだろう 転生することのない魂は…いつか消えるだろう
おそらくはフランの寿命よりも早く
じゃあ転生してほしいか?
私のことを忘れてほしくない… 忘れられるくらいなら…
じゃあどうすればいい? ワタシハドウシテホシィ?
○○ニワタシハドウサレタイ?
「…ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
叫び声がこだました
部屋の机の上で、○○のコインが一枚きらりと光った
~~~~~~~~スキマの裏~~~~~~~~~~
Q続きますか?
A続けてみせる
Qなんでいきなり死んでるの?
A一度書いてみたかったから
Qこのあとどうなるの?
Aヒ・ミ・ツ♪
Q駄文さらすとか馬鹿なの?あほなの?Mなの?罵詈雑言のシャワー浴びたいの?
A浴びたくない むしろ浴びせたい
最終更新:2010年10月15日 22:23