アリス7



6スレ目 >>481


 「で、だ。俺に何か用か?」

 俺は自分を呼び出した少女に言う。

 「ええ。実は頼み事があるのよ」

 俺の言葉に彼女は答えを返すをする。

 「へぇ……。アリス、君が頼み事とは珍しいね」

 「ええ……。実はチェスで勝負して欲しいの」

 「はい?」

 彼女の答えが予想外なので俺は、つい声に出してしまった。




 「……確かに相手はできるが、何で俺なんだ?」

 俺は疑問に思い聞いてみた。

 すると――

 「最近始めたんだけど、相手をしてくれる知り合いが少ないからよ」

 ――と、答えてくれた。

 「つまりは暇つぶしの相手、と言うわけか」

 「まあ、そうなるわね」

 どうやら俺はこの少女の暇つぶしに使われるらしい。



 「最初に言っておくが、一戦だけだぞ」

 この手の勝負は負けた方が「もう一回」とねだってくる事が多いので、最初に釘を刺しておく。

 「ええ、それで良いわよ」

 すると彼女はそう言ってくれた。





 とりあえず勝負が始まった。

 「じゃあ、俺はここからいくか」

 そう言って、俺はe2のポーンをe4に動かした。

 「じゃあ私はここ」

 すると彼女はe7のポーンをe5に置く。

 「ここだ」

 次に俺はg1のナイトをf3に置く。

 「なら、私はここで」

 彼女はb8のナイトをc6に置いた。

 「じゃあ……こうだ」

 俺は先の事を考え、f1のビショップをc4に置く。

 「じゃあ私はここに」

 そして彼女はd7のポーンをd6に置いた



 「ふむ……」

 ここで少し俺は考える。

 このまま思うように進めば俺は勝てるからだ。

 しかしこのまま進むかどうか……

 まあ良いか。上手くいかなかったら、また考えればいい。

 そう思い俺は4手目を打った。

 「では、ここで」

 俺はb1のナイトをc3へ動かす。

 「……じゃあ私はここ」

 すると彼女はc8のビショップをg4に置いた。

 「う~ん」

 予想道理に事が運んだ。

 彼女はチェスを始めたばかりなので、まだこの状況に気付いていないようだ。

 「じゃあ、ここで」

 そう思いながら俺はf3のナイトをe5に動かした。

 「……○○私を嘗めているの?」

 と聞いてくる。

 当たり前だ。今の一手で俺のクイーンは今や丸裸になったから。

 俺的には作戦だから良いのだが……

 「いえ、そんな事はありませんよ、アリスさん」

 とはいえ、彼女は手加減されていると思い、少々ご立腹気味だ。

 とりあえず俺は、はぐらかす様に言った。

 「まあ良いわ。後悔させてあげるから」

 彼女はそう言って、g4のビショップ動かしd1に置く。

 そして俺のクイーンを取った。


 予想道理に事が進む。

 一々表情がにやけ無いようにするのが大変だ。

 そう思いながら、俺は次の手を打つ。

 「ふふ、つぎはここだ」

 そう言い俺はc4のビショップをキングの斜め前、つまりf7に置いた。

 「チェック」

 そして告げた。

 「な!?」

 彼女は驚き俺を見る。

 「そんな手で来るなんて……」

 彼女はそう言い次の手を探す。

 と、言っても、キングを動かさないと負けてしまうので次の手は容易に読める。

 多分キングを前進させるだろう。

 「……ここで」

 彼女はそう言い予想道理、キングをe8からe7に前進させた。

 「チェックメイトだ」

 俺はニヤリと笑いながら、最後の一手を打つ。

 内容はc3のナイトをd5に置くと言う物だ。



 「あ!?」

 彼女は自分が負けていた事に驚いたようだ。

 いつの間にかキングは動けなくなっていたからだ。

 「うそ……。全然気付かなかった」

 まぁ、始めたばかりなら気付かなくて当然ではある。

 と言うか気付く方がおかしい。

 俺も始めたばかりの頃はこんな事ばかりだったから。


 「まぁ、気にしない方がいいぞ。最初は誰でもこんなもんだから」

 だが、一応慰める。

 これで彼女がチェスを止めては勝負した意味がないから。

 こういうゲームはやれる人が多い方が楽しいから。

 まあ、他にも理由はあるけど、それは内緒だ。

 「……もう一戦よ」

 彼女はぽつりと告げた。

 「最初に言ったけど、一日一回しかしないぞ」

 しかし俺は最初に言っておいた事を告げる。

 少し内容は変わっているが、まぁ気にしない。

 「う、……。なら明日もう一戦よ」

 すると、少し予想外の言葉が返ってくる。

 「……」

 とりあえず俺は黙り込む。

 「ねぇ……ダメ?」

 すると今度は不安そうに聞いてくる。

 「ま、いいか」

 そんな言い方で言われれば断れ無いと思いながら俺は言った。

 「じゃあ、明日またきてね」

 俺が答えると、彼女はすぐに元気になってそう言った。



 ……何か騙された気がする。

 でも、ま、いいか。

 これで彼女の家に通う理由が出来たから。





 そう思いながら俺は自宅に帰るのだった。


※ チェスの板は8×8マス
  列はa~Hで行は1~8

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6スレ目 >>554


朝の陽射しに目が覚める。
窓を覗けば、いつもの森に粉砂糖。
キラキラと朝日をうけて輝いている。
ホワイト・クリスマスイブ。
うっすらと積もった雪は、すぐに融けてしまうだろうけど、
今日という日に、ぴったりだとアリスは思った。

クリスマス。
先日、香霖堂の店主が言っていたことが思い出される。
 「クリスマスはね。外の世界では恋人同士の聖なる夜なんだよ。
  イブに恋人同士でデートして、プレゼントを交換して、キスをして、その先まで行って
  2人でクリスマスを迎えるんだ」
恋人たちの聖なる夜。
何と甘美な響きだろう。
その、イブが今日なのだ。
彼は、来てくれるだろうか。
いつもシャイな彼だけど、
手を繋いで、自分を抱き寄せて、優しいキスを交わしてくれるだろうか。
なお、その先を事細かに説明しようとした店主には、ストロードールカミカゼをお見舞いしておいた。



ベッドから起きると、シャワーを浴び、お風呂に入る。
いつもは軽くだけど、今日はハーブ入りの石けんで念入りに全身を。
「その先まで」
霖之助の声がこだまする。
そこまで行く気はないけれど、少しは進展したい。
何しろ、恋人同士だというのに、手を繋いだこさえがほとんどないのだから。

風呂から上がり、鏡台の前まで行くと、
バスタオルを脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿になる。
デートの約束はしてないけれど、
いつもの服装の自分じゃ、きっと落胆するだろう。
彼が来た時に、思わず見惚れさせるように、可愛い服を着るのだ。
準備は万端。
最近大きなものに買い換えたクローゼットを開き、人形たちにも手伝ってもらって、
下着から一つ一つ並べ、選び始める。
ショーツは、コケティッシュなオレンジか、大人っぽく黒か。
清楚な白いブラウスか、ピンクの可愛い系でアクセントをつけるか。
ひだのついたロングのプリーツスカートは、黒で行こうか。それとも青か。
コートは茶色、黒、ピンクの3種が揃っている。
リボンは、この服の選択肢だと、赤か緑がいいかもしれない。
彼の好みを想像しながら、一つ一つ選んでいく。
「可愛い」って言うかな?
「綺麗」って言うかな?
気が付かない、ってことはないと思うけど。

服を着終わったら、次はおめかし。
ピンクのリップを唇に薄く塗って。
つぶらな瞳を意識して、睫毛を軽くカール。
香水は、ハーブの匂いと調和する、爽やかなクールミントで。
髪を梳かして、リボンをつければ出来上がり。
うん、自分でもよくできた。
服はちょっと大胆になっちゃったけど、彼に暖めてもらえばいいよね。



一通り、準備が終わると、お腹の虫がくぅ、と鳴いた。
時計を見れば、午後一時。
彼は、まだ来ない。

「ちょっとだけ、お昼食べちゃおうかな」

軽く、ブランチとなってしまった食事を用意する。
もう、よそ行きへ着替えてしまった服を汚すわけにはいかないから、
バターもつけずにパンのみを。
これなら、万一服に落ちても払えばすむ。

「人間だもの、寝坊することくらいあるわよね」

虚空への独り言はそのまま消え、
イブに一人で食べる食事は、いつもに増して味気なかった。



昼食も終わると、手持ち無沙汰になり。
寝室に戻って、ベッドへと腰掛ける。
朝、眩しかった陽射しは影を潜め、
どんよりとした雲が、空を厚く覆っていた。

「はぁ……」

思わず、溜息。
そして、服が乱れるのも構わず半身をベッドに倒そうとすると、

「あ……」

右手に触れたのは、今朝も抱いていた彼の人形。
一針一針、彼に秘密で縫い上げた自分の最高傑作。
その人形を取り上げると、自分の目の前に掲げ、

「もう、早く来なさいよね」

ポン、と。
軽く、デコピン。
――しまった。
いくら人形とはいえ、愛する彼に手を挙げるなんて。

「ご、ごめんなさい!」

慌てて、その人形のおでこを優しくさする。
少し経って。

「はあ、私、何やってんだろう……」

手に取っていた人形を枕元に置くと、そのままベッドに横から倒れ込む。
悪い想像ばかりが膨らむ。
何者かに襲われているんじゃないだろうか。
実は、私のことなんてどうでもいいんじゃないか。
そう言えば、最近彼は魔理沙と仲が良かった。
話も弾んでいたし、息も合っていたことを思い出す。
今ごろ、もしかして魔理沙を誘ってイブのデートを楽しんでいるのかも知れない。
あ、耐え切れない。
魔理沙とデートしてたら、私……。
どうしよう。
両目からの涙が止まらない。

「ばか……。女の子泣かさないでよね……」

自分の上に掲げた、彼の人形に語りかける。
何も答えてはくれないけど。
机の上のプレゼントに視線を移す。
クリスマスらしく、赤い紙に緑のリボンで可愛くラッピングしてある。
中には、長くて黄色いマフラー。
少女漫画で読んだ、二人で一つの長いマフラーをやってみたくて。
早目から編み上げた、普通の2倍のマフラー。
長さは2倍。愛は無限。
そんなプレゼントも、今は心なしか寂しそうだ。
いたたまれなくて、反対側を向くと、
涙が一つ、純白のシーツに零れた。

「ねえ、早く来てよ……」

祈りながらドアへと顔を向けると。
魔界から持ってきた大好きな少女漫画が目に入った。
漫画の中のデートが思い起こされる。
2人で手を繋いで映画を見て。
彼と手を組んで公園を散策。
しゃれたお店でペアのマグカップを買い、
ちょっと高級なレストランでディナーを食べて。
噴水の前で、指輪を貰ってキスをして。
永遠の愛を誓うのだ。

でも、今のアリスには。
そんな幸せなカップルの漫画も、拷問のようだった。
絵を思い起こすと、
顔がすべて、魔理沙と愛しい彼になってしまうのだ。
手を繋いでいるのも。
ペアのカップを買っているのも。
ディナーを食べているのも。
永遠の愛を誓っているのも。
すべて、魔理沙と彼。

「ぐすっ……、魔理沙、彼まで盗っていかないでよ……」
「神様のいじわる……。せめて、想像くらいまで幸せにしてくれたっていいのに……」

止まらない涙を枕に押し付けて。
アリスは、静かにむせび泣くのだった。



チリン チリン

呼び鈴の音が聞こえる。
いつの間にか、寝てしまったようだ。
宵闇が部屋に入り込み、辺りは真っ暗になっている。
魔法の明かりをつけて、
そっと、玄関の方を覗き見た。
彼だ。
アリスの顔に朱がさす。
慌てて、お化粧を直し、身だしなみを整える。
彼が来てくれれば、笑顔の準備はばっちり。

さあ、勝負だ。
彼を見蕩れさせて。
こんな可愛い女の子を1日放っておいたことを、後悔させてやるのだから。

いつの間にか、空からは白い粉雪が舞い降りてきていた。

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避難所>>78


「ッ……!」
 飛び起きたそこは、見慣れた我が家だった。
 嫌な汗が噴き出る。汗でパジャマが張り付く。気持ち悪い……。
 きっと、今の私は傍から見ればひどい顔をしているのだろう。
 鏡を見なくてもわかってしまった。そのくらい、気分が悪い。
 とてももう一度寝る気にはなれず、私はそのまま起きることにした。
「……水」
 喉がカラカラだった。
 あれだけ汗をかいていたのだ、当たり前だろう。
 私は外の井戸へ向かい、コップ一杯の水を汲むと、一気に飲み干した。
 冷たい。
 早朝の冷たい風と、喉を通り抜ける水により、次第に私の頭はいつもの働きを取り戻してきていた。
 それとともに、つい先ほど見た夢も明確に思い出されていた。
「どうして……」
 本当に、疑問だ。
「どうして、今更、あんな夢を見たのかしら……」
 よりによって、初夢。
 去年の大晦日、光り輝く来年に心ときめかせていたことすら吹き飛んでしまった。
「最悪の年明けね……」
 言葉に出し、違和感を感じた。
 "最悪"? 本当に?
 むしろ、私にとって、あの夢は……。
「……そう。そうね。私は……、私としたことが。目標を見失っていただなんてね」
 どうして私が、この道を選んだのか。
 それが全てではないだろうけれど、恐らくは、半分を占めるであろう理由。

 これは、私……アリス・マーガトロイドが、まだ人間だったころの物語。
 魔法使いになると決意するまでの物語。
 そして、今の私を形作っている物語。
「ありがとう……、○○」
 その言葉は、夜空に溶けて消えた。






 それは、空飛ぶ不思議な巫女や、白黒魔法使い達が来た少し後のお話。

「いってきまーす!」
「アリスちゃん、行ってらっしゃい。車には気をつけるのよ?」
「わかってるよ、お母さん」
 いつもの挨拶を交わし、私は外へと飛び出した。
 毎度ながら思うけれど……、空を飛ぶんだから車はないよ、お母さん。
 もう何度も通り、見慣れた道を抜けて、目的の建物の元へ。
 別に、建物自体に目的があるわけじゃないけど。
「こんにちは、○○。ごきげんいかが?」
「ん。……今日は、調子いいみたい」
「それはよかった、うん」
 そう、私はこの男の子に会うためにこの場所に来ていた。

 彼の名前は○○。
 彼との出会いは丁度1ヶ月前。
 私は、お気に入りの人形を失くし、それを探し回っていた。
 いくら探しても見つからず、半分泣きそうになっていた時。
「手伝おうか?」
 そう、声を掛けてきてくれた。
 結局、彼と二人で探しても人形は見つからなかった。
 でも、私は不思議ともう悲しんでいなかった。
 一緒に探してくれた彼のおかげだろうか。
 このことがきっかけとなって、私は彼の元に毎日遊びに行くことになった。


 彼は、病弱であるらしく、一日のほとんどを自分のベッドの上で過ごす生活をしていた。
 私は、晴れの日は窓を開けて歌を歌ったり、絵を描いたりし、雨の日は、童話を読んだりして彼と過ごした。
 思えば、私は彼に一目惚れしてしまっていたのかもしれない。
 ○○のする話、○○の歌う歌、○○の書く絵……。
 全てが私には輝いて見えた。
 その中でも、最も輝いて見えたもの。
 それは、○○の作る人形だった。
 ○○の作った人形は、まるでマエストロが作った物の様に、繊細で、かつ大胆で……。
 私は彼の人形の虜になってしまっていた。
 彼は、そんな私に2体の人形をプレゼントしてくれた。
 ひとつは、赤いドレスを纏った可愛らしい人形。
 もうひとつは、青と白のドレスを纏った、どこか影を帯びた綺麗な人形。
 彼は、その2体をそれぞれ『上海』『蓬莱』と呼んでいた。
 この2体は彼の最高傑作であるらしかった。
 一目見ただけで、他の人形とは違う何かを見て取れたからだ。
 流石に、これを受け取るわけにはいかないと、私は初め断った。
 しかし、彼の「どうしても君に受け取って欲しい」との言葉に、素直に受け取ることにした。
 嬉しい。
 彼は、こんなにも私に良くしてくれる。
 ああ、でも足りない。
 もっと、もっと彼が欲しい。
 ○○が、○○の全てが欲しい。
 もっと、もっと……。
 できることなら、いつまでも彼のそばにいたい。
 そして、変わらない笑顔を私に向けて欲しい。
 いつまでも。いつまでも……。


 そんな、ある日のこと。
 私がいつものように彼の部屋を訪れると、いつもと変わらぬ笑顔が出迎えて……くれなかった。
 彼の部屋はすっかり片付き、所狭しと置かれていた人形はひとつもなかった。
 そこにあるのは、ベッドのみ。
 主の姿はそこには、ない。
 ただ事ではないと感じた私は、部屋に降り立ち、ベッドに向かった。
 そこには、一通の手紙が置かれていた。
 急いで封を切り、中を読む。
 そこには、たどたどしい文字で綴られた彼の思いがあった。

『親愛なる アリスへ

 この手紙を読んでいるってことは、僕はもうこの世にはいないんだと思う。
 ……うん、いつかは、こんな日が来るってわかってたんだけど。
 でも、どうしても言い出せなかったんだ。
 ごめんね。
 これを読んだ君は、今どんな顔をしてるんだろう。
 泣いてくれているのかな?
 それとも、こうなるまで隠していたことを怒っているのかな?
 僕にはもう、それを知る方法もないんだね……。

 あの日、アリスと初めて会ったとき。
 実は僕は、君に一目惚れしちゃっていたんだ。
 だから、次の日君が来た時、驚いたけど、すごく嬉しかったんだよ。
 毎日僕のところに来てくれる、その事を考えるだけで僕は幸せな気分になれたんだ。
 そんな、僕を幸せにしてくれる君だから、僕はあの人形をプレゼントしたかったんだ。
 気に入ってくれたかな?
 気に入ってくれたら、嬉しいな。

 でも、ひとつだけ、心残りだったことは。
 アリスに、直接「好きだ」って言えなかった事かな。
 もっと、僕に時間があれば。
 この体が、他の人と同じように、健康だったら。
 この時ほど、この体を恨めしいと思ったことはないよ。
 もっと、アリスのそばにいたかったな。
 もっと、その笑顔を見ていたかったな。
 でも、もうそれも叶わないんだね……。

 最後に。
 こんな、僕と。
 仲良くしてくれて……本当に、ありがとう。

                                      ○○』

 手紙を読み終えた時から、いや、読んでいる最中から、私は涙を止めることができなかった。
 彼もまた、私を好いてくれていた。
 でも、もはや、もうその彼は……いない。
 私の手元に残されたのは、彼がくれた人形が2体。
 それだけだ。
 目の前が真っ暗になるような感じ。
 もう、私は何も考えることができなかった。



 それからのことは、あまり覚えていない。
 気づいたら、私は普段着のまま自分の部屋のベッドで寝ていた。
 ゆっくりと起き、周りを見回すと、2体の人形が目に付いた。
 緩慢な動作でその人形達に近づき、手に取る。
 『上海』と『蓬莱』。
 暫く眺めていると、『蓬莱』は今の私の姿に良く似ているように見えた。
 彼に何もできなかった私。
 無力な私。
 黒い感情が、私の心の底から湧いてくる。
 私は『蓬莱』を床に叩きつけ、何度も、何度も足で踏みつけた。
 ――私は、私は……、私は!
 ボロボロになったそれの首に縄を巻きつけ、天井から吊るす。
 首吊り。
 いっそ、私が死ねば、彼に会えるだろうか。
 ……でも、彼はそんなことを望んではいないだろう。
 急速に醒めていくどす黒い感情。
 それとともに、自分がしてしまった事の重大さに気づいた。
 なんてことを。なんてことをしてしまったのだろうか。
 よりによって、彼の、心が篭もった人形を。
 急いで縄を外し、抱きしめる。
「ごめんね、蓬莱……、ごめんね、ごめんね……」
 汚れを払い、解れてしまったところを繕う。
 私はこういうことに不慣れだったので、少し不恰好になってしまった。
 だが、『蓬莱』は元の形を取り戻した。
 私は『蓬莱』を元の棚に戻すと、静かに部屋の外へ出た。


「ちょ、ちょっとちょっと! アリスちゃん! こんな時間にどこに行くの?」
 お母さんが騒いでいるけど、気にせず進む。
「アリスちゃん!」
 お母さんの制止を振り切って、私は夜の空へと舞い上がって行った。
 目指すは、彼の部屋。
 なんだか、私はもう一度そこに行かなければならない気がしていた。

 彼の部屋に着く。
 主を失ったベッドと、がらんとした室内が私を出迎えてくれた。
 私は何かに吸い寄せられるように、そのベッドの下に潜り込んだ。
 そこにあったのは、一冊の本。
 そして、彼が使用していたであろう、ソーイングセット。
 本は、人形についての本だった。
 私はそれらを大切に抱きかかえ、家路に着いた。


 それからというもの、私は来る日も来る日も人形を作り続けた。
 私の部屋は、かつての彼の部屋のように、人形であふれる様になった。
 お母さんは、初めこそ不思議に思っていたようだけれど、今では私を手伝ってくれるようになった。


 そして、私は風の噂であることを聞いた。
 ここではない地上……便宜上人間界と呼ばせてもらうけれど。
 人間界では、人形に亡くなった人の魂を呼び戻す魔法があるということ。
 それを使えば……その魔法さえあれば、私は彼ともう一度過ごせる?
 もう一度、彼と……。


「ダメよアリスちゃん! 向こうは危険がいっぱいなのよ?」
 案の定、お母さんに人間界に行きたい旨を話したら、反対された。
「この間も外から来た人にひどい目に遭わされたばかりでしょ?」
 確かにそうだ。
 空飛ぶ巫女や白黒魔法使いが外の世界にはいる。
 でも……、それでも、私は……。
「ね? アリスちゃん、せめてもっと大きくなってから……」
「じゃあ、お母さん。お母さんの力で、私を成長させて」
「え? あ、アリスちゃん?」
 自分でもどうかしてると思った。
 でも、でも私は外に行きたい。
「お願い。どうしても行きたいの、お母さん」
「アリスちゃん……」
 もう一度、彼に会いたい。
 会って、話をしたい。
 もう一度。
「……わかったわ、アリスちゃん」
「! お母さん……」
「アリスちゃんには負けたわ……。そこでじっとしててね?」
 そう言うと、お母さんは呪文を唱え始めた。
 体が、熱い。色々な所が痛い。
 お母さんが呪文を唱え終えると、私はもうすっかり成長した姿になっていた。
「アリスちゃん……。気をつけて、行ってらっしゃい」
「お母さん……」
「車には、気をつけるのよ?」
「……うん!」
 いつもの挨拶で送り出され、私は力強く飛び立った。





 そして。
 色々な事を地上で経験し、今私はここにいる。
 どうしてこんな大切なことを忘れていたのだろうか。
 今の生活に、満足してしまっていた……?
 それでは、地上に出てきた意味がないではないか。
 私のバカ。
 まだ、死者を蘇らせる魔法は習得できていない。
 習得どころか、資料すら怪しいところだ。
 最近は、紅魔館の魔女が図書館を利用させてくれるから楽ではあるが。
 とにかく。
 彼と、また笑いあえる日々。
 初夢で見たような、日常。
 それを現実のものにする。
 もう私は見失わない、この目標を。
 そうして、私は彼にこう言うのだ。
「おかえり、○○」と――。

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6スレ目>>753


アリスから丁寧にラッピングされたチョコを貰った。

「ほらっ、これアナタにあげるわよ。
べ、べつにアナタにあげるためだけに作ったわけじゃないのよ!

ただ私が食べたかっただけで、材料が余ったからついでにアナタの分も作っただけで……
つ、ついでなんだからそこのところ勘違いしないでよね!

な、なにニヤニヤしてるのよ!!
べ、別にアナタのために作ったわけ……じゃ…


もう……バカぁッ!!」

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6スレ目>>806


「はいこれ」
「……チョコ?」
「どうせあんたの事だから誰からも貰ってないんでしょう」
「アリス」
「な、なによ」
「今日は4月1日だぞ」
「た、太陰暦での日付の話よ!」

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6スレ目>>979


アリスに「好き」って言ったら
『わ、私はあなたのことなんて何とも……
 むしろ、あなたがいると邪魔になって人形も作れないし、大嫌いよ!』
って物凄い辛辣な言葉を貰った。

切なかったから師匠特製の『嘘しかつけなくなる薬』を飲ませてやった。
「大好き」と言ったが最後、一日中からかい倒してやるぜ!


「俺、アリスのこと好きだ。お前は?」
『え……? だ、大嫌いだってば!
 それに、あなたなんかに好かれたって、嬉しくないわ!』



あれ? 師匠、これ効いてませんよ!

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うpろだ170


 久し振りに来る魔女の邸宅は贔屓目に見てもやっぱり不気味である。
 こうしてここに来られたのは今日の野良仕事が午前だけになったおかげで、リーダーの英断に感謝もしきりだ。
 最近の日差しは吸血鬼でなくても気化させられそうだし、いやマジで。

 扉を開いてずんずん進む。
 入り口が開いた時点で面会謝絶のセンは消えるので、出迎えがなくとも(゚ε゚)キニシナイ!
 ……あーっと、暑さでちょっとお脳が茹だってるかも。
 妙なテンションのまま彼女の自室の前まで来てみれば、ドアノブの上で蓬莱人形がくつろいでいた。
 中に入ってはいけないという意味だ。
 こんな具合に、俺が来たときは勝手に出入りしてもいい範囲を人形たちが教えてくれる。
 部屋には入れないということなので、扉をノックして名前を呼んだ。
「今、大事な作業中なの。気が散るから黙ってて」
 少しの間を挟んで返ってきたのは何とも手厳しいお言葉。
 しかしこれはいつもの事なので、それ以上の問答はせずに台所へと足を進めた。
 勝手知ったる他人の家、というヤツだ。



「遅いじゃない」
 料理を仕上げて一息ついてみれば当然のような顔をして食卓テーブルについているアリス。
 これもまあ珍しい事じゃないが、いつもと比べて表情が険しい。
 作業がはかどってないんだろうか、尋ねてみる。
「ちょっとしたスランプなの。それが何か可笑しい?」
 成る程、だいぶキてるね。
 別におかしくはないけれど、中断してる時くらいは気を休めたほうがいいと思う。
「……ごめん。ちょっと感じ悪かったかも」
 まあ誰でも腹が減ってるとイライラするものですよ、と。
 少し落ち着いてもらったところで上手くいったほうのオムライスをアリスの前に置く。
 出来栄えを眺めるアリスが笑ったのを確認してから、こちらもテーブル向かいの席に座る。
「今日はキノコのソースじゃないのね。安心したわ」
 森のキノコを使ったデミグラスソースは非情に評判が悪い。
 幻想郷でケチャップを扱っているのはせいぜい紅魔館ぐらいのもので、手に入れるのが面倒なのに。
 子供が好き嫌いするなよという俺の思考に対する皮肉か、人形たちがワインの瓶とグラスを運んでくる。
「貴方も飲むでしょ?」
 本当はあんまり好きじゃないけれど、アリスのおすすめということで初めの一杯ぐらいは戴くことにしている。
 なみなみと赤い液体に満たされた自分のグラスをそっと持ち上げ、
「乾杯」
 はい、乾杯。
 ……もっと甘いほうが好きなんだよなぁ、俺。
「じゃあ、こっちも戴くわね……って、何でいきなり笑うわけ?」
 そういえば、初めはナイフとフォークで食べてたんだよな。
 意地でもスプーンを使おうとせずにオムライスと悪戦苦闘していた姿を思い出して、思わず吹き出してしまった。



 お互いの近況報告を話題の種にしての食事が終わると、アリスは小さな欠伸をしてみせる。
 例によってまた二、三日休憩取らずにも作業に没頭していたパターンかもしれない。
「魔法使いってそういうものよ」
 威張られても困るが、そりゃ苛つきもするわな。
 効率、余裕といった単語を強調しつつやんわりと仮眠を勧めてみる。
「……そうしようかな」
 説得成功。
 俺がベッドの上に座ると、腿にクッションを置いてアリスがそこに頭を乗せる。
 いつ見ても首が痛くなりそうな姿勢である。
「平気よ。それじゃ、一時間経ったら起こして頂戴ね」
 部屋が静かになると、すぐに寝息が聞こえてくる。
 俺もいつも通りに座った体勢のままで読みかけの本を開く。
 すー、すー、すー、規則的に響く小さな寝息。



「ん……」
 しばらくして、僅かに寝返りを打つのがサイン。
 頭をクッションの上に乗せなおしてやると、もぞもぞと体勢を変えて腰に手を回してくる。
 クリーム色の髪を手で梳いてやると、少し口元が綻んだ。

 本当は魔法使いに食事や睡眠が必ずしも必要じゃないと知っていたりする。
 でもそれをバラしてしまうと、この甘え下手は真っ赤な顔で怒って次の日からまた試行錯誤するんだろう。
 どこまでも人間くさい魔法使いだから、俺はこうして好きになったんだと思う。

 ……こっちも少し眠くなってきた。
 おやすみ、アリス。



 目を覚ましてみればベッドはもぬけの殻で、時計はとっくに日没を示していた。
「起こしてって頼んだのに自分まで寝てるんだもの。呆れたわ」
 アリスはリビングでさも美味しそうに口元のティーカップを傾けていた。
 参ったな、もう夜か。
 一人じゃ夜の森は抜けられないし、アリスに送ってもらわなきゃいけないな。
「嫌よ。時間が勿体無いもの」
 うわぁいミもフタも無いお言葉。
「今夜はうちに泊まって、朝になったら帰ればいいだけの話でしょう?」
 あーそゆこと、要はもう少しここにいろと。
 でも俺なんかがいて作業の邪魔になったりしないだろうか。
「ご心配なく。誰かさんがぐっすり眠ってる間に粗方片付けておきました」
 そんなあっさり片付いたの?
 や、まあ満面の笑みを浮かべるくらいだから嘘はついてないんだろうけど、うぅむ。
「納得した? それじゃ、さっそく夕食の支度でもしてもらおうかしら」
 あ? ちょっと前に食ったばっかりなのにまた食うの?
「頭脳労働で消費されるエネルギーだってバカにならないのよ、そ、そんな事も知らないの? だいたい魔法使いは食事でも魔力を補充できるから ――」
 俺の反応が気に障ったらしいアリスが白い肌を紅潮させ、何やら魔法使いについての解説を始める。
 ~~云々かんぬんかくかくしかじかアメンボ赤いな紅魔館~~
 アホには全く理解できない内容の上、早口で語られるうちに頭痛がしてきたのでこの辺で平謝りしておく。
「だいたい休みの必要性を説いたのは貴方なんだから、ちょっとくらい付き合いなさいよ」
 こんな時のアリスはいつも不機嫌そうな顔になる。
 ああまったく、たまには素直にお願いできないのかねこのひねくれ者は。
「……なによ」

 ――まあいくらでも付き合うけどさ。アリスの事好きだし。

 うん。
 今更このぐらいの発言で真っ赤になるほど照れないで欲しいんだよね。
 や、なんか俺も恥ずかしくなってきたからちょっと、黙るのやめてくださいアリスさん。

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うpろだ205


○○は溜息を吐きながらゆっくりと起き上がる。
筋肉痛で体中が痛いが、まだ働き初めて二日目だ、休むわけにもいくまい。

香霖堂に住んでいた○○が、霊夢によって神社に連れてこられて一週間が経った。
毎朝霊夢に起こされ、彼女が作った朝食を食べる。
昼は霊夢が掃除をしていれば手伝い、寝ていれば彼もそれに習う。
夜も彼女が作った夕食を食べ、後は寝るだけ。流石に部屋は別々だが。
あとは偶に開かれる宴会に参加したり、遊びに来る萃香の相手をしたりする平凡な日常。
それでもまあ、香霖堂に住んでいた頃には考えられないほどの、規則正しい生活だ。

気になる事は最近アリスの姿を見ない事くらいか。
神社に住む時にアリスが霊夢に突っ掛かっていたが、ひょっとしてそれが原因だろうか。
なんて事を考えながら、○○は溜息を吐く。貴重な友達が減るのは、やはり辛い。
顔を見せに行きたいが、一人では彼女の家まで辿りつけない上に、そもそも場所を知らない。
ここで霖之助が浮かばないのは○○が男だからだろうか。やはり同性より異性だ。

「おはようございます!」
「おお、おはようさん。さあ、今日も頑張っていこうか」

そう、彼は男だ。だから意地もあり、霊夢に食わせてもらうのはヒモの様なので勘弁願いたい。
だからこうして人里まで降りて、大工の見習いとして働いている。
体力のない○○からすると、欲を言えば頭脳労働が良いのだが贅沢は言ってられない。
何せ彼単独では行動範囲が極端に狭く、できる事だってほんの僅かしかない。今雇われているのも、霊夢のコネみたいなものだ。

彼女は妖怪退治をしているせいか人里でも評判は良く、食べ物を分けて貰ってくる事が多い。
博麗神社のに住んでいるといると○○が話したら、驚かれたもののその後は暖かく迎えられたものだ。
活動的で人の役に立つせいか、人里でも霊夢は結構な人気者らしい。
普段だらけている霊夢の姿をしか知らない○○にとっては、何とも奇妙なものだが。

そうして仕事が始まる。
まだ見習いの○○に任せられるのは単純な肉体労働だが、運動不足の体には辛い。
元々現代人である彼は体力がないし、香霖堂の生活がそれを助長している。
慣れるまでは大いに苦労する事になるだろう。




そして昼の休憩。疲労で体がダルいし、作業の後では腹も減る。
本来なら弁当を食べている時間なのだが、○○は一人ひもじさに耐えている。
仕事場の人には霊夢のところに戻って昼飯を食べてくると伝えて冷やかされたが、実際はそんなわけにはいかない。
ヒモっぽい生活が嫌で仕事を始めたというのに、霊夢に昼飯をねだったり、ましてや弁当など頼める筈がない。
何時か余裕ができたら何か買って自分で作ろう。そう決心しながら、○○は空腹に耐える。

今の仕事は辛いが、香霖堂でお茶を飲む日々よりかは充実しているだろう。
霊夢に連れていかれてそのまま神社に残ったのも、仕事をしないといけないと思っていたところが大きい。
まあ、霖之助に「これからもタダ飯食わせてください」と頭を下げて戻るわけにもいかないが。

「あれ、アリスじゃないか。久しぶりだな、元気だったか?」

そこへ通りかかったのは、最近姿を見ないと気にしていたアリス。何の偶然なのだろうか。
もっとも、今はタイミングが悪いと言わざるを得ない。
○○は仕事で疲れていてダルいし、空腹で話すのも億劫だ。
が、久しぶりに会った友人だ。とりあえず精一杯と見栄と意地を総動員して外面を取り繕う。

「魔理沙から聞いたんだけど、仕事始めたってホント?」
「ああ。霊夢の世話になりっぱなしってのも情けない話だし、家賃と食費くらいは入れようかと思ってね」

手を後ろで組んでいるアリスに対し、○○は苦笑しながら返す。
そう言えばアリスの収入源は○○も知らない。いや、幻想郷の知り合いは本当に働いているのかも怪しい。
霖之助の商売はほとんど道楽だし、魔理沙だって働いているとは言い難い。
まあ、彼女らには生きていくだけの貯えや能力があるのだろう。
○○の様に何の力もない者は、汗水垂らして働くしかないのだが。

「で、何でこんなところにいるわけ?」
「その辺は察してくれるとありがたいんだが、」
「そう。で、お昼まだよね?」
「その辺も察してくれると実に助かるよ」

○○としても、まさか自分のちっぽけなプライドのために飢えてます。などと言えるわけがない。
適当にはぐらかそうとするも、返ってきたのは小さな溜息。

悟られてるかなと、○○は内心で溜息を吐く。
まあ、こんな昼時に飯も食べずに俯いていたら、何かあったか直ぐに分かるだろう。

「仕方ないわね。はい、これ食べなさい」
「……アリス?」

後ろで組んでいた手が突き出され、○○の前にピンクの包みが現れる。
あの仕草はこれを隠すための物だったのだろう。

「一応友達だし、分けてあげるわよ」
「あー、何かこう、照れるな。ありがとう、いただいておくよ」

ピンクの包みの中からは、大き目のおにぎりが顔を見せる。
アリスにおにぎりは似合わないよななどと考えつつも、○○は礼を言って頭を下げた。

そしておにぎりを受け取り、○○は遠慮なくそれを頬張る。
これでは霊夢に甘えているのとあまり変わらない気がするが、好意は素直に受け取っておくべきだろう。
何せアリスは洋食派で、○○は和食派だ。
そうなるとこのおにぎりの意味合いは○○にも想像できるわけで。

「アリス」
「何よ」
「ありがとな」
「……別に、何度も礼を言ったところでこれ以上は何もでないわよ」
「それは残念だ」

○○はわざとらしく肩を竦めてみせ、次のおにぎりへと手を伸ばす。
不恰好で丸とも三角とも取れない微妙な形だが、まあ味の方に問題はない。

アリスも○○の隣に腰を下ろし、不安げに○○の様子を伺っている。
隣といっても、人一人分の距離があるが、そこがアリスが近づける精一杯の距離だ。
流石に霊夢の様に、ごく自然に○○の隣に座る事はできない。

「なあ、もう一つ貰っていいか?」
「私はお腹は空いてないし、別に全部食べてもらっても構わないわ」
「そっか、それじゃあお言葉に甘えて」

少しだけ苛立ちながら、アリスはそわそわとしながら○○の言葉を待っている。
礼の言葉も欲しいが、本当に欲しいのはそんな言葉じゃない。
○○はそんなアリスの気を知らずにか、のんびりとおにぎりを頬張っていた。

「ん、ごちそうさん。結構美味しかったよ」
「……どうしたしまして」

美味しい。結構が余計だが、望んでいた言葉を聴けてアリスも満足だ。
結局○○が全てのおにぎりを平らげてしまったが、元々アリスもそのつもりでいたので問題はない。

「まあ、今回の礼は給料が入ったらするよ」
「期待せずに待ってるわ」

○○は横になり、雲を見つめる。
休憩時間はまだあるし、しばらくはここでのんびりしていてもいいだろう。

そうして二人の間に沈黙が訪れる。何時もの事なので、気まずいわけでもない。
まあ、二人の距離はこんなものだろう。
近過ぎず、遠過ぎず、互いが心地よいを距離を探した結果なのだから。

「なあ」
「ん、なに?」
「いや、なんでもない」

だが何時までもその距離を心地よく感じるわけでもない。
どうにか距離を埋めたいと、二人は少なからず思ってる。
まあ、焦る必要はないのだから、また手探りで探っていけばいいのだろう。
今日も今日とて幻想郷は平和だ。

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最終更新:2010年05月18日 08:13