アリス13



うpろだ1065


「アリスって脚綺麗だよな」
「ッ!!?」
 ○○の発言にアリスは大きく目を見開いた。
「い、いきなり何を言い出すのよ!」
「思ったことを言っただけだよ」
 ○○の視線が自分の脚に向けられていることに気づき、アリスは脚をテーブルの下に潜りこませる。
「でも、アリスの脚は本当に綺麗だと思うよ。外の世界でもそれだけ綺麗な脚の持ち主はそうそういない」
「……褒めても何もでないわよ」
 アリスは一瞬満更でもないような顔をしたが、悟られないようにいつもの表情を装って○○を見る。
「ところで、どうして急にそんなことを言い出したの?」
 ○○は待ってましたと言わんばかりの笑顔を見せ、部屋の隅に置いてあった箱をアリスの前に置く。
「俺からのプレゼント。開けてみて」
 再びアリスの目が大きく見開かれるが、その表情はすぐに明るい笑顔にかわる。
「○○、ありがとう」
 満面の笑みで礼を言い、アリスは箱を開ける。ご丁寧にも包装用紙をきちんと折りたたんで。
「あっ……」
 箱の中身は新品の茶色いブーツだった。
「俺がこっちにきてからずっと世話をしてくれたアリスへの感謝の気持ち」
「○○……ありがとう!」
「あの、出来ればさっそく履いてみてほしいんだけど……」
「いいわよ。待っててね♪」
 アリスは満面の笑顔で鼻歌をうたいながら奥の部屋へ消えていった。

~少女着替え中~

「どう? 似合う?」
 嬉しそうにくるりと舞うアリス。
「似合ってるよ」
「私もお礼をしなくっちゃね。何がいい?」
 アリスは屈託のない笑顔で○○を見つめる。
「何でもいいわよ」
「本当になんでもいいの?」
「晩ご飯のリクエストでも、私と結婚したいでも」
 冗談めかすアリスの言葉に、○○の顔が真剣なものになる。
「……どうかした?」
「……アリスとずっと一緒にいたい」


 沈黙。


「……○○!」
 アリスは思わず○○に抱きついた。○○はアリスを受け止める。
「私もあなたと一緒にいたい。ずっと一緒にいたい!」
「アリス……」
「○○……」
 二人の視線が交わる。
「……私はその言葉を待っていたわ」
「今まで言えなくてごめん」
 ○○は申し訳なさそうに目を伏す。
「気にしなくていいのよ。大事なのはこれからなんだから」
「アリス……」
「○○……」

 二人はどちらからともなくお互いの唇を重ね合わせた。

 何度も何度も重ね合わせた。

Fin

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うpろだ1080


「そこで何をしてるの?」
 自室の扉を開けたアリスが目にしたのは、ベッドの上で「アリスのニオイ~」と転げまわる○○の姿だった。
「あ、えーと……」
 ○○はベッドの上で硬直し、アリスを見つめている。顔からは血の気が引いていっているようだ。


「――変態」


 冷たい声で一言。
 ○○を見るアリスの瞳は汚物でも見るように細められている。
「ごめん」
 アリスは○○の言葉を無視し、顔に平手を食らわせた。
「……」
「……」
 ○○は赤くなった頬を押さえながら部屋を出て行った。その際「本当にごめん」と呟いて。



 アリスはため息をついてベッドに仰向けになった。
 どうして勢いだけであんなことをしたのだろう、と自問自答する。 
 つい先日、アリスも洗濯をする際に○○の服で似たようなことをしていた。むしろ、○○の服を着て意識をどこかに飛ばしていたことを考えると、先ほどの○○への仕打ちは身勝手以外の何者でもない。
「こんなことしてる場合じゃないわッ……!」
 おそらく○○はいたたまれなくなって出て行っただろう。ただの人間が出歩くには魔法の森は危険すぎる。
 アリスは○○を探すため、脱兎の如く飛び出した。



「○○! ○○!」
 木の根に足を取られて何度も転んだが、それでもアリスの足は止まらない。
 自分のわがままで大切な人を傷つけてしまったのだから、ちゃんと謝らなくてはならない。そして自分がしたことを告白し、罰を受け入れる必要がある。
 たとえ、それが原因で○○がアリスのもとを去ってしまうとしても。
 どれだけ○○の名を呼んだだろうか。発見した時には、○○は地面に倒れていた。
「○○!」
 ○○を抱え起こし、体に異常がないか確認する。意識を失っており顔も少し青いが、瘴気に当てられただけだろう。それ以外には特に目立つ異常はない。
「はやく……連れて帰らないと……」



 ○○が目を覚ますと、そこはアリスの家だった。あたりを見渡せば、目に涙を浮かべたアリスが心配そうに○○を見ている。
「よかった……!」
 アリスはなりふり構わず○○に抱きついた。
「ごめんなさい……。私のせいで○○をこんな目にあわせてしまって……」
「えーと、いったい何があったの……?」
 状況を理解しきれていない○○にアリスは状況を説明した。○○は少しの間目を閉じて何か考えていたようだったが、目を開けると同時にアリスを抱きしめた。
「え、ちょ……!」
「アリス、ごめん。俺が最初からアリスが好きだって言えばよかったんだ」
「ううん。そんなことない。拒絶されるのが怖くて、言い出せなかった私が悪いのよ」
「アリス……」
 アリスを抱きしめる○○の腕に力がこもる。
「アリス、改めて言うよ。俺はアリスのことが好きだ。一緒にいたい」
「私も改めて言うわ。私は○○のことが好き。一緒にいたい」
 二人は相手の気持ちにこたえるため、同時に口を開いた。


 ――喜んで。

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うpろだ1084


「大切な人が懸命に働いているのに、何も出来ない自分が情けないよ……」
「自覚してるならあなたも手伝ったらどうなの?」
 部屋の掃除をサボる○○に向けて、アリスは呆れたような視線を送る。
「知ってるか、アリス。外の世界で男に手伝ってもらうには、相手を罵るのが礼儀なんだ」
「……何それ」
「外の世界の礼儀」
 アリスは胡散臭そうな目で○○を見た。
「本当に……?」
 ○○をじっと見つめるアリス。○○もアリスを見つめ返す。
「まあいいわ。それくらいで手伝ってくれるなら、いくらでも罵ってあげる」
 ○○はアリスに背を向けてガッツポーズを取った。
「それじゃあ思いっきり罵ってくれ! 踏んでくれてもいいし、その魔導書でぶってくれてもいいから」


「――この変態!」


「こ、こうでいいかしら……?」
「まだまだだね。罵り足りない。もっと罵ってくれ」
 嬉しそうに目を輝かせながら迫る○○に、アリスは少し気圧される。
「え、えーとじゃあ……横になってくれる?」
 ○○は待っていましたと言わんばかりの満面の笑みで床の上に横になった。そしてその体をアリスが踏みつける。
「こんなことされて喜ぶなんて、どうかしてるわね。やっぱりあなた変態なんじゃない」
 アリスの足にぐぐっ、と力が入る。
「ホント気持ち悪い……」
 汚物を見るかのようにアリスは目を細めた。
「この下衆。あんたみたいな下劣な人間には生きる価値なんてないのよ」


(あ、ちょっと気持ちいいかも……)


「気落ち悪い。変態。見ているだけで吐き気がするわ」


「醜悪」


「存在そのものが不愉快っ!」


「バカじゃないの!?」


「変態!! 変態!! 変態!! 変態!!」


(こういうのもいいわね……ふふ)


「これくらいでどうかしら……?」
 アリスが○○の様子を伺うと、○○は鼻血を出して気を失っていた。
「ちょっと、○○!? どうしたの!?」

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うpろだ1088


 ○○が倒れて三日。
 アリスの看病と薬のお陰で○○の容態は順調に快方へ向かっている。
「○○……」
 ○○の頭を優しく撫でながら、アリスは永遠亭の薬師の言葉を思い出す。


 ――原因はおそらく森の瘴気ね。

 ――わかっているとは思うけど、彼はただの人間よ。命に別状はないとはいえ、私のように死なない人間やあなたのように人間でなくなった者とは違うの。

 ――私の言葉の意味、わかるわよね……?


 アリスは自分の下唇を噛み締めた。
 自分と共にいたせいで、○○はこんな目に合ってしまった。
 心のどこかで大丈夫だと思っていたから、二人で森に住み続けていた。だが、その結果が今の状況だ。


 ――俺、ずっとアリスと一緒にたい。ううん。ずっと一緒にいる。何があっても一緒にいる。


 ○○の言葉を思い出し、アリスの両目から涙がこぼれた。○○のことを考えて森から出ていれば、こんなことにはならなかったのに。
「アリ……ス……」
 耳元で囁くような○○の小さい声にアリスは顔を上げる。
「○○?」
 アリスは慌てて涙を拭い、いつもの調子を装って○○の様子を伺う。
「起きたの……? 一応食事の用意はしてあるけど、食べれそう?」
 ○○はゆっくりと、そして小さく首を横に振った。
「じゃあ、せめて薬だけでも……。飲めそう……?」
 ○○の首が再び横に動いた。
 どうすれば○○に薬を飲ませることが出来るかアリスは考える。そしてひとつの結論にたどり着いた。
「それじゃあ私が飲ませてあげる」
 アリスが導き出したのは、口移しで飲ませるという方法だった。薬と水を口に含み、口付けで○○の口に送り込む。
「……ありがとう」
 小さな声で礼を言い、○○は再び眠りについてしまった。
「○○……」
 ○○が想いを打ち明けてから、二人はずっと一緒にいる。片時も離れず、ずっとそばにいる。なのに、アリスにとって今日の○○はひどく遠くに感じられた。
 大切な人が傷つく原因を作ってしまい、不安になっているから発想も暗くなっているのかもしれない。しかし、この状況ではそこまで考えが及ぶはずもない。
「○○、私を置いていかないで……」
 アリスは○○に口付けをした。

 初めて交わした口付けとは違った。

 宴会の席で、誰にも見られないように交わした口付けとも違った。

 ベッドの中で交わした口付けとも違った。

 喜びもない、嬉しさもない、ただただ、悲しくて冷たいだけの口付け。
「○○」
 ○○がそばにいることを確認するための口付け。その感触は間違いなく○○のもの。なのに、○○をどこかに遠くに感じてしまう。
「……ア……リス」
 名前を呼ばれてアリスは振り向くが、それはただの寝言だった。
「アリス……ずっと……一緒に……」
 たった一言。それだけで、アリスの心の不安感を払拭するのには充分だった。
「○○」
 アリスは三度目となる口付けをする。今度は、距離を実感することが出来た。

 ○○はアリスのそばにいる。

 アリスは○○のそばにいる。

 問題はこれから解決していけばいい。

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うpろだ1106


 魔法の森にあるマーガトロイド邸。
 ここ数年は笑い声が絶えなかったこの家も、最近では幾分静かになった。
 正午を過ぎて、けだるいような日差しが窓から差し込む中、
 主が留守の間に上海人形が細かな用事をこなしている。

 数年前と比べて、人形の数はだいぶ増えていた。
 手入れが行き届いているため、昔からある人形でも古びて見えるなどということはない。
 だが注意深く観察すれば、新しい人形には共通点があることがわかる。
 最近数年間に作られた人形達は、皆どことなく製作者であるアリス・マーガトロイドの面影を備えているのだ。
 アリスに生き写しというわけではない。そのように作るのは造作もないことであるはずなのに、そうではない。
 具体的には半分ほど。眼、髪、顔つきなど個体差はあるが、人形一体一体のおよそ半分がアリスに似た要素で作られている。
 さらに家の中をよく見渡し、テーブルの上に載った写真立てに気付いたならば、
 人形達の残り半分の要素が、写真の中でアリスと並んで笑顔を見せている青年のものだと思い至るかもしれない。

 写真立ての横には、一枚の手紙が広げられている。
 読みにくいほど丸っこい文字で書かれたその手紙は、簡潔にまとめられた短いものだ。

『アリスちゃんへ
  一度魔界へ帰っていらっしゃい。
  アリスちゃんのやろうとしていることは上を目指せばきりがないし、
  できあがるまでに身体を壊してしまうわ。
  こう見えてもおかあさんはたくさんの魔界人を創造してきたから、
  きっと力になれると思うの。
                     おかあさんより      』

 整頓された人形作りの場は、いつもどおりに見える。
 しかし、もし魔法への造詣が深い者が見れば、
 置かれた素材のほとんどが強い魔力を備えた貴重な品々であることに驚くに違いない。






 ―○○がその人生を終えてから、しばらく経った。






 アリスと○○が一緒に暮らすようになって、何年かが過ぎた頃。
 ○○は突然病に倒れた。決して病弱な方ではなかったが、人の生き死にというのはわからないものだ。
 往診を繰り返していた永遠亭の薬師が、もはや彼の命を救う術がないことを伝えてから、
 アリスは一日の殆どを○○のベッドの側で過ごすようになった。

 せめて、両手で数えられなくなるぐらいの年を一緒に過ごしたかった。
 ふとそんなことを思い、それがおかしくてつい自嘲の笑みを浮かべたくなる。
 例え家中の人形を総動員して指折り数えるほどの年月を経たとしても、○○を失うことになったなら、
 もっと長く一緒にいたかったと願うことだろう。

 さっきまで苦しそうだった○○の息遣いは、ゆっくりと落ち着いたものになっている。

「……ねえ、○○。貴方は、幸せだったかしら?」

 眠っている○○への、答えを求めない問いかけ。

「人間じゃない私には、貴方との子どもが生めなかったわ。
 その代わりみたいに、たくさんの人形を作ったけれど」

 時々○○にも手伝ってもらいながら、
 アリスは自分と○○の両方に似せて人形を作った。
 初めは無意識の内に、子を成すことができないとわかってからは意識して。

「大きくならずに、いつまでもそのままの人形に囲まれて、
 貴方は不幸せじゃなかったかしら?」

 ふわり、と髪がなでられる。
 いつのまにか○○は目を覚ましていた。

「……幸せだったに、決まってるだろ」

 ひどく穏やかな○○の顔つきは、もう終わりが近いことを知らせていた。

「幻想郷に来て、アリスに会って、こうして一緒に暮らして、俺はすごく幸せだったよ」
「……ありがと」

 涙がこぼれそうになるのをこらえる。
 そもそも命の長さが違う以上、いつかは必ず訪れる別れなのだ。
 そう自分に言い聞かせて、涙をこらえようとした。

「ねえ、○○……」
「ん……アリス、泣かないで……」

 こらえようとして、やはりこらえきれない涙を拭いて、
 アリスは○○に呼びかけた。

「ずっとずっと側にいてほしいってお願いしたら、聞いてくれる?
 ずうっと、私の○○でいてくれる?」

 ○○は、応えなかった。わずかに微笑んで、頷きかけたように見えたが、
 その身体からはすぐに力が抜けた。

「……○○」

 もはや涙は出なかった。代わりに、アリスの目には決意の光が宿っていた。










「今日はありがとう、魔理沙」
「ああ、あんまり根つめるなよ?
 倒れちまったらできるできない以前の問題だからな」

 出かけていたアリスが帰ってきた。
 魔理沙の家で、お茶に呼ばれていたらしい。
 箒でアリスを送ってきた魔理沙は心配そうな様子だったが、
 やがて帰っていった。

「アリスー、オカエリー。マタスグハジメルー?」
「ただいま、上海。……そうね、先におかあさんに手紙の返事を書くわ」
「ハーイ、シタクスルネー」

 アリスはテーブルに向かうと、上海人形が持ってきた便箋に流麗な字で手紙を書き始めた。

『おかあさんへ
  気持ちは嬉しいけれど、もう少しここでがんばってみる。
  私の愛する○○の、新しい身体だもの。ちゃんと私の手で作ってあげたいの。
  なかなかうまくいかないけれど
                                      』

 ○○の命の灯が消えて、肉体を離れた彼の魂は冥界にも三途の川にも行かなかった。
 アリスが持てる限りの力を使って、手近にあった作りかけの人形に封じ込めたのだ。
 本来即席でできる魔法ではなく、しばらくアリスはベッドから動けなかった。
 回復すると、アリスはさっそく○○の新しい身体を作りにかかった。
 とっさに使った人形は、間に合わせの容れ物でしかない。
 ○○の魂は、眠り続けている状態だ。
 これまでと同じように、笑い、泣き、考え、動くことができる身体を自分の手で作る。
 自らの人形作りの技を以ってそれをなすことが、如何に困難かわかっていても、
 アリスの決心は揺るがなかった。
 強力なマジックアイテムをかき集め、失敗を繰り返しながら、それでもあきらめなかった。


『 なかなかうまくいかないけれど、きっと完成させてみせる。
  そのうち○○と二人で会いに
                              』

 ―ふと思う。自分のしていることは、自己満足以上の意味を何も持たないのではないか。
 死の間際、ずっと側にいてくれるかという問いに○○が頷いたのは、自らの願望が見せた錯覚だったのかもしれない。
 人間としての命を全うして死を受け入れることが、○○の望みであり、在るべき形なのかもしれない。
 それでも。

「―会いたいよ、○○」

 もっと一緒にいたい。一緒に生きていたい。
 作り物の、仮初めの命でも、ずっと一緒にいたい。
 その思いが、アリスを突き動かしていた。

『 そのうち○○と二人で会いに行くから、楽しみにしていて。
  心配してくれてありがとう。また手紙書きます。

                         アリス  』



















 それからしばらく時が過ぎた。
 魔法の森上空を飛んでいた魔理沙は、眼下に二つの人影を見た。
 一人はアリス。もう一人は。

「……完成させたな」

 魔理沙は帽子を目深にかぶり直すと、少し微笑んで飛び去った。




「大丈夫?何ともない?」
「ああ、大丈夫。生身の頃と何一つ変わらないよ」

 ○○が新しい身体で外に出るのは初めてだった。
 心配そうなアリスと対照的に、○○はとても明るい。
 その言葉通り、一見してただの人間だった頃と変わったところはない。



 ようやく出来た身体に魂を移し○○が目覚めた時、
 アリスは泣きながらすがりついて、二つの言葉をかけることしかできなかった。
 ○○が帰ってきたことへの「おかえりなさい」と、死の向こうへ行くはずの○○を呼び戻してしまったことへの「ごめんなさい」。

「ただいま」

 ○○がまず返したのはその一言だった。

「それと、ありがとう。……約束、守らせてくれて。ずっと側にいるって、守れない約束をしてしまったと思ってた」

 またひとしきり泣くアリスを○○が抱き寄せ、そのまましばらく過ごした後、
 二人は人形たちが用意してくれた紅茶を飲むことにした。

 ―またいつもどおりの、二人の日常が帰ってきた。



「それにしても、本当にこの身体で良かったの?」
「え、何が?」
「だって細かいところを作り直せば空だって飛べるようになるし、
 ちょっとしたものなら弾幕だってできるようになるわ。
 でも○○、そういうのはいいっていうから」

 確かに○○の身体の機能は、ただの人間と変わらない。
 人形作りの技でそれを作ることは至高の業だが、それでもそのために使われた魔法の力を生かせば、
 人間以上の力を持つのはそう難しくないはずだ。
 ○○は改めて少し考えると、笑って首を横に振った。

「五感もちゃんとあるし、何よりずっとアリスと一緒に過ごすことができる。
 やっぱり俺はそれだけで十分だよ。
 ……あ、それともアリスは弾幕ができた方がいいか?」
「……ううん。私は、○○が○○であれば、それで幸せだわ」

 お互いを支えるように寄り添う。




 ―○○の新たな生が始まってから、まだそう時は経っていない。
 だがこの先、それはアリスとともにずっと続いていく。

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うpろだ1182


コンコン

ノックする音が聞こえる。
誰だろう。
今日は台風。
外は大風が吹き、風見鶏は猛烈な勢いで回っている。
そして大雨。
神社の石段は、滝のように水が流れていっている。
こんな日に外出するのは、
「この暴風雨は怪しいわ!」
と言って出かけていった、そこの神社の巫女だけだと思っていたんだが……。

「はーい」

考えていても仕方が無いので、鍵を外して戸を開ける。

ガラガラガラ

そこには、ずぶ濡れのアリスがいた。
先日、俺が幻想郷に来て、何もわからず妖怪に襲われていたのを助けてくれた人。
その後、俺を神社へ連れていってくれた人。
今、こうして生活できるのは、この人がいるからといっても過言ではない。

「どうしたんだ? びしょ濡れじゃないか」
「あ……、うん。
 ちょっと出かけたら雨に降られちゃって。今日このまま帰るのはきついから、一晩泊めてくれない?」
「――とりあえず、風呂に入った方がいいな。今、湯を沸かすから」

大急ぎで湯を沸かし、アリスに入らせる。
その間に、何か体の温まるものを、と思ったが、この家にミルクだのココアだのといった、気の利いたものがあるはずもない。
結局、先日霊夢に分けてもらった新茶を濃い目に注ぐ。

「ありがとう、助かったわ」
「ああ、今お茶でも入れるから――」

台所から部屋へ振り返る俺。
そこに立っていたアリスは、Yシャツのみだった。
ほんのり上気した肌と、洗い立ての白のコントラストが美しい。
恥ずかしそうに、シャツの裾を指に絡めるアリス。
だぶだぶのシャツでも、胸の双丘だけは控えめに主張している。
――って。

「どわっ!
 ア、アリス! なんて格好してるんだ!」
「しょ、しょうがないじゃない! 下着までびしょ濡れで着れなかったんだから!
 そうしたら、脱衣所にこれがあったから……」
「……あー、すまん。着替えなんて考えてなかった。俺のミスだ」
「……別に謝らなくてもいいけど。押しかけたのは私なんだし」

沈黙。
それを破ったのは、第3者の声。

「シャンハーイ」
「ホラーイ」

声はすれども姿は見えず。
でも、この声は確かに、いつもアリスが連れている人形。

「あー、なんだ、上海と蓬莱は?」
「今、お風呂場で服を洗ってもらってるわ。いつまでもこのままのわけにもいかないし」
「とりあえず、座ったらどうだ?」
「そうさせて貰うわ」

コトン

俺は、アリスの前にお茶を置いた。
そして、自分の湯呑みにも注ぐ。

「とりあえず、これ。多少は体が温まると思う。
 夕食は?」
「もう、ここに来る前に摂ったわ。大丈夫」

両手で湯呑みを持って、ちびちびと飲むアリス。
シャツ1枚の姿とあいあまって、凄く可愛い。
直視できない。
目を背けると、大風で戸がガタガタと鳴った。

「雨、ひどそうだな」
「ええ。風も凄そうね」

そして。
寝るまでの時間。
俺とアリスは、取り留めのないことを喋りあった。
日々の出来事を表情豊かに話すアリスは、とても生き生きとしていた。

「そろそろ寝る時間だな」
「え、もう?」

いつの間にか、照明代わりの蝋燭が尽きかかっている。
相当な時間、話し込んでしまったようだ。

「俺、明日は香霖堂でバイトなんだよ。寝坊するわけにはいかないし、寝不足で行くのも失礼だ」
「そう、じゃ、仕方ないわね」

そこで、はた、と気がついた。
毛布、2人分、あったかな?
まあ、1日くらい、なんとかなるだろう。

「アリス、そこのベッドを使ってくれ」
「でも、あなたはどうするの?」
「んー、まあ、上着でも適当に引っ被って寝ることにするさ」
「ダメ!」

何か着る物はないかと押入れを開けた俺に、後ろからアリスが抱きついてくる。

「アリス?」
「ダメ! もともと押しかけたのは私なんだし、そこまで迷惑かけるわけにはいかないわ!」
「でも、ベッドは1つしかないぜ。なら、ここは薄着のアリスが使った方が――」
「……一緒に、寝ましょう?」

爆弾発言。
一瞬、呆けそうになったが、気を取り直す。

「そういうわけにも行かないだろう?
 そもそも、若い男とうら若き乙女が一つ屋根の下、というだけでも異常事態なんだし」
「いいじゃない。その乙女が良いって言ってるんだから。
 ……一緒にベッドに入ってくれるまで、この手は放さないからね」

やれやれだ。
結局、根負けした俺は、一緒に眠ることにした。
なんだかんだで疲れていたのか、アリスの暖かさに包まれた俺は、すぐに瞼が沈んでいった。

「少しくらい意識しなさいよね、バカ……」

夢の中で、アリスが何かつぶやいた。





翌朝。
まどろみの中で、小鳥の鳴き声がかすかに聞こえる。

「おはよう」

夢の中で、アリスが話しかけてくる。
そのまま、唇の距離が近くなって。

チュッ

柔らかい感触を感じた。
ああ、アリスが俺の家にいるはずがない。
これは、夢だな。
そう考えて、心地よい睡魔に身を委ねた。 
しばらくして。

ジュー ジュー

ベーコンエッグの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
そうだ、今日はバイトだっけ。
目を覚まして起き上がった俺の視野に入ってきたのは、
Yシャツにエプロンをつけて、料理をするアリスだった。

「上海、お塩取って」
「シャンハーイ」

そうか、昨日はアリスが泊まったんだったな。
そこに、ベッドの横から声が聞こえた。

「ホラーイ」

見ると、蓬莱人形が顔を真っ赤にしながら手を口に当てている。
あれ、アリスがいるということは、もしかしてさっきの……。
蓬莱に続いて顔を赤くする俺だった。

「あら、起きたの?」

蓬莱の声に気がついたのか、振り向くアリス。
シャツの裾がふわりと舞い上がる。
健康的な太ももが眩しい。

「朝食、作らさせてもらったわ」
「……ああ、ありがとう」
「ほんのお礼だから、気にしないで」

向かい合わせで朝食を摂る。
台風一過、雲ひとつない青空だ。
これなら、アリスの服もすぐに乾くだろう。
そんなことを考えているうちに、そろそろバイトの時間。

「じゃ、行ってくる。どうせ盗まれるようなものもないし、鍵開けて帰っちゃっていいから」

そう言って出る俺。
一時の、いい夢を見せてもらったな、と思った。





でも、夢はまだ終わらなかった。
バイトが終わって家に帰ってくると、明かりがついている。
はて、誰だろうか。
近くの巫女辺りが、また、たかりに来たのかもしれない。
最近はさらに賽銭の集まり具合が良くないとか言っていたし。
そう思いながら玄関を開けると、
そこには、朝と同じくYシャツにエプロン姿のアリスが。

「ご、ごはんにする? お風呂にする?
 そ、そそそそそれとも。わ・た・し?」
「……とりあえず、ただいま」
「お帰りなさい。それで――」
「ああ、2度言わなくていいから。
 帰ったんじゃなかったのか?」
「まだ乾かないのよ。もう一晩泊めてもらえない?」

どういう生地だ。
そう思ったけれども、眼の前で俯いているアリスを放り出すほど、俺も鬼畜ではない。

「まあ、いいよ。
 早速、夕食にするとするか」
「――ありがとう。
 今日の夕ご飯も私の手作りよ。献立はね――」

そして夕食後。
朝と同じ、Yシャツにエプロンで皿洗いをするアリス。
本人曰く、「泊まらせてもらってるんだから、これくらいはしないと」
とのことだが。
鼻歌に体全体を揺らして、本当に楽しそうだ。
家事が一段落したところで、声をかける。

「なあ、アリス」
「なに?」
「なんで、昨日と同じ格好をしてるんだ?」
「し、失礼ね! 昨日と違って、ちゃんと下着は着てるわよ!」
「いや、あの、その……」

予想外だ。
こんな切り返しが来るとは。
言った本人も、恥ずかしそうに顔を伏せている。

「じゃ、じゃあ、私、お風呂入ってくるから!」
「あ、ああ……」

そして、就寝時刻まで、気まずい雰囲気が続く。
アリスは、顔を赤くしたまま、俺と目を合わせようとはしなかった。

「じゃあ、アリス、俺はそこら辺で寝るからベッドを使って――」

言い切る前にアリスの声が割り込む。

「ダメよ! 昨日も言ったけど、私が押しかけているんだから。
 迷惑をかけるわけには行かないわ。
 どうしても別々で寝ると言うのなら――」
「寝ると言うのなら?」
「ボコボコにされてから一緒に寝るのと、素直に一緒に寝るのとどっちがいい?
 って、聞かなきゃいけないわ」

目がマジだ。
こうして、この日も、Yシャツアリスと一緒に床についた。
アリスは、俺を強く抱きしめて、足を絡めてくる。
小さな、規則正しい息遣い。
布越しでも感じる、柔らかいもち肌。
「眠れるかー!」と思いつつも、
いつしか俺も、眠りについていった。

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最終更新:2010年05月19日 01:59