アリス16
新ろだ212
「はー」
白い息を、かじかんだ手の中に丸くはく。
時計の針は、すでに今日があと2時間ほどであることを指し示し。
ところどころ豆電球が消えたイルミネーションは、その寿命が間近であるかのように小さく光っている。
「バカ、だなあ……。私」
1人、アリスは呟いた。
クリスマス・イヴ。
恋人たちの聖なる祭典。
しかし、キラキラした広場のクリスマス・ツリーや、趣向を凝らした店々のリースを一緒に眺めるべき、恋人の姿はない。
抜け出してきたパーティーで着ていたライムグリーンのイヴニングドレスは、背と肩が大きく開いていて、余計に寒さを感じさせる。
手持ち無沙汰に、肘までの白いレースの手袋を弄ってみたり。
「はあ……」
大きく、溜息をつく。
周りにいるのは、クリスマスを控えてイチャイチャしているカップルばかり。
商店街の広場なのに、あんなにベタベタして恥ずかしくないのだろうか。
そう思いつつも、羨ましい気持ちが止まらない。
あ、あんなに激しく舌まで入れて!
こっちの男、何でそんなところをまさぐっているのよ! 女も嬉しそうに身体を寄せない!
ふと、我に返った。
……楽しそう。
傍らを、眺める。
自分より、右側の半歩前。彼だけの特等席。
見えたのは、モザイク画をほどこした水色の石畳。
じわり。
涙がこぼれそうになって、慌てて天を見上げる。
はらり。
鼻先に、白いひとひら。
雪。
ホワイト・クリスマスに、周りのカップルも歓声を上げて空を見ている。
パラパラと、きめの細かい粉雪が金髪にまとわり付いた。
「あ……」
彼が褒めてくれた、自慢の髪。
「アリスの髪は、サラサラしてて気持ちいいな。眩しいお日様のような感じがする」
そう言って、唇で前髪をちょっと悪戯にはむ彼の姿が思い出される。
「できれば、濡れる前に会いたいなあ……」
わかっている。
それは、叶わない願い。
だって、クリスマスのデートを自分から断ったのだから。
眼を閉じると、まだその時のやり取りが思い出されるのは、自分が未練がましいからだろうか。
「いいのか?」
「いいの。だって、クリスマスケーキ作りで忙しいんでしょう?」
「そりゃ、俺が広めた責任もあるし、ある程度適当とは言え製法に一番詳しいのは俺だし……。でも、アリスとのデートぐらい時間取れるぞ」
「いいの! あなたに無理させたくないもの。デートはいつでもできるし。それじゃ!」
「お、おい。待てよアリス」
眼を開ける。
少しだけ期待した人物は、やはり目の前にいない。
クリスマスケーキと言う風習を幻想郷に広めた彼は、おそらく今も菓子屋の裏で汗水たらしてケーキを作っている頃だろう。
「何、考えてたんだろう……」
本当は、わかっている。
その時の自分が、少しだけ悲劇のヒロインを演じていたことを。
でも。
「こんな時に、来てくれてこその主役でしょう……」
ぼやけるクリスマス・ツリーのライトアップ。
近くの時計塔から、正確に11回、低い鐘の音が響き渡った。
『アリス?』
彼の声!
急いで振り返る。
が……。
そこには、誰も居なかった。
急にきびきびと動いたアリスに、隣で抱き合っていたカップルがぎょっとした表情を向けている。
「幻聴、か……。寂しいよ、○○」
滅多に吐かない弱音が出る。
新調したドレスは、すでに水を吸ってじっとりと重くなっていた。
「もう、11時か……。みんな、何しているかな」
抜け出したパーティーに思いを馳せる。
魔界では、神綺様以下、家族総出でクリスマスパーティーだった。
ワイン片手に、久しぶりのお母様や姉妹たちとの歓談は、とても楽しかった。
それでも。
姉妹たちと楽しんで話していても、どこか上の空で。
気が付くと、いないとわかっているのに彼の姿を探していて。
横に彼の笑顔がないことが、どうしようもなく寂しくて。
彼の声で囁いて欲しくて。
いつの間にか、イブニングドレスを着たまま、彼の働いているこの商店街まで、足を運んでいた。
だけれど。
邪魔だと言われるのが怖くて、どうしても彼のお店への一歩が踏み出せない。
「意気地なし」
ひとりごちる。
前も、今も。
クリスマスデートを断られたり、邪険にされたりするかもしれない恐怖に怯えて、思い切ることができなかった。
結果が、これ。
「ほんとに、なにやってるんだろ、私……」
ガラガラ、と。
シャッターの閉まる音が雪空に響く。
クリスマスで営業時間も長めに取ったとは言うものの、もう新しく客が来る時間でもなく。
商店街のお店が、ちらほらと店仕舞を始めているのだ。
それに合わせるかのように、周りが静かになっていく。
1組、また1組と、ホテル街のほうへ消えていくカップルたち。
深夜の静寂を取り戻しつつある広場に、店の片づけを始めた喫茶店から、クリスマスのスタンダード・ナンバーが聞こえてきた。
「きっと貴方は来ない♪ 1人ぼっちのクリスマス・イヴ♪」
自分の境遇に合わせて、微妙に歌詞を変えてみる。
歌よりももっとみじめになった気がして、悲しくて涙がはらはらと流れ落ちた。
すでに周囲にはカップルの姿も、開いている店もなく。
Silent Nightは、冷厳な神聖さを醸し出していた。
マッチ売りの少女、それにパトラッシュやネロ等も、こんな気持ちを味わっていたのだろうか。
「寒い……」
あまり感覚のない手で、ドレスの申し訳程度の襟をかき合わせる。
彼が褒めてくれた髪は雪に濡らされ、街灯の僅かな光でも判別できるほどくすんでいた。
その時。
ファサッ、と。
肩に、無骨な黒い男物のコートが掛けられた。
「おいおい。こんなところにそんな薄着で居たら、風邪をひくぞ」
髪が乱れるのも構わず、慌てて振り返る。
そこには、ずっと考えていた待ち人の彼。
思わず、本物かどうかを確かめるように彼の頬に手を伸ばす。
温かい。
ジョリジョリとした、多少の髭の剃り残しさえも今は愛おしかった。
「アリス?」
困ったような声。
本物であることが嬉しくて。
彼の白いポロシャツに、顔を押し付けてむせび泣いてしまう。
「どうしたんだ……? おい! 凄い冷えてるじゃないか!
いつくらいからいたんだ!」
私を抱き寄せた彼が、身体の冷たさに驚く。
「ん……ちゃんとは覚えていないけど、9時くらいかな」
「バカッ!」
手を振り上げる彼。
平手打ちが来る!?
反射的に、眼を瞑って歯を食いしばる。
しかし、その次に来たのは。
先ほどよりも強く抱きしめる、彼の胸の感触だった。
「あんまり、心配させないでくれよ。俺にとって、アリスは一番大切な女の子なんだから」
「ごめんなさい……」
顔を上げると、目が合った。
そのまま、どちらからともなく唇を近づけ。
そして、貪るように口付けた。
「ん……ん……くん……」
そんな、激しいキスを交わしていると。
ボーン、ボーンと、12回の鐘の音。さらには、不意に視界が明るくなった。
唇を離すと、さっきまでは申し訳程度にしか光っていなかったツリーの豆電球が、今は力いっぱいに煌々と輝いている。
うっすらと雪化粧が施されたせいで、煌きが倍となって2人を照らしていた。
「商店街の人だけが知っている秘密でね。このツリーは、クリスマスの午前零時に一番綺麗に見えるように仕掛けがしてあったんだ。
今、ここには俺たちしかいないから、独占状態だけどな」
「きれい……」
素直にその光に感動していると、横からくしゃみが聞こえた。
「くしゅん……。ハハ、俺も冷えてきたかな」
「あ、ごめんなさい」
無理もない。
私にコートを掛けてから、ポロシャツという軽装でこの雪の中にいるのだ。
肩に掛けただけのコートをするりと脱ぐと、無理に彼に持たせる。
「ダメだよ。脱いだらアリスが風邪をひいちゃうだろう?」
「大丈夫。私に考えがあるの。だから早く着て」
「あ、ああ」
強引にコートを着せると、すっぽりとその中に滑り込む。
そして、上目遣いに見上げると。
「ね?」
「ああ、そうだな」
微笑を交わした。
やさしい視線が絡み合う。
2人の間に、もう、言葉は要らない。
ツリーに背を向けて歩いていく2人の前に、イルミネーションの不規則な瞬きが1つの影を作り出す。
クリスマス・イヴは終わった。
けれど。
クリスマスは、今、始まったばかり。
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新ろだ261
「母さんは人形使いっ!」作品紹介
<あらすじ>
物語は魔法の森で始まる・・・
魔法使い「
アリス・マーガトロイド」は、帰り道に赤ん坊が落ちているのを見つける。
このままでは凶暴な野良妖怪に食われてしまうと危惧した彼女はその赤ん坊を家へと連れ帰ることにする。
帰宅、人形達が見守る中、赤ん坊を調べてみると、その赤ん坊は人里で生まれた人間の子で
「育てられないからあなたを捨てる。育てられなくて本当にごめんね」などと書かれた手紙が入っていた。
子供の境遇を理解し、そしてアリスは自らの意思を固める。
私がこの子の母になる、と。
おしめの取り替え方から離乳食まで必死に勉強したアリスの甲斐もあってか、
人間の子はすくすくと成長し、言葉を話せるまでになった。
魔界に住む母親や、自らの使役する人形は最初はとても心配していたようだが、アリスの固い意志と
のん気に成長する子供を見て安心しているようだ。
だが森でひっそりと暮らしてきたアリスもたびたび家を空ける用事がある。
子供を連れて行くことも難しいし、そのために魔界から親族を呼ぶのも迷惑をかけてしまう。
今居る人形達は単調な言葉しか喋れず、人間の世話をさせるほどの能力もない。
そこで彼女は新たな研究を始める。
上海人形、蓬莱人形。この二体を改造する。
成人と同じような身体、妖怪に引けをとらない思考回路。完全な自立する人形を目指して彼女の指が動く。
かならずや上手く作り上げ、人形を超えた存在、この子・・・○○の「姉」となる存在を作る。
そう、もっと、人間に近い・・・
現在、○○は「青年」と呼ぶのに十分な年齢へと育った。
人間をやめた母親の見た目は変わらないが、○○は背も伸びて、とてもたくましく育った。
空は飛べないものの、簡単な弾幕や魔法も使えるようになった。
母親の言うことをよく聞き、礼儀正しく。
昼間はのん気に森で過ごしたり、母親について行って手伝いをしたり。
家に帰ると、そこには二人の姉がいつものように待っていて温かい言葉をかけてくれる。
たまに魔界から祖母が遊びに来たり、はたまた白と黒の魔女が遊びに来たり、
あるいは神社の巫女やら、花の香りの大妖怪を巻き込んで・・・
「人間」と、「妖怪」と、「人形」と「神」と。
○○の生活は、ゆっくりと流れていく。
<キャラクター紹介>
・○○(あなた)
主人公。種族は人間。魔法の森に捨てられていたところをアリスに拾われ、育てられる。
姓はマーガトロイド。簡単な弾幕は出せるが、空は飛べない。
適度に腰が低く、礼儀正しい。魔理沙曰く「礼儀正しく話す程度の能力」だとか。
美しい二人の姉と、美しい母親に育てられ、特に不自由なく生きてきた。
ゆくゆくは母のように人間を辞め、魔法使いになろうと思っている。
母のことを慕い、恩を感じ、そして愛している。孝行息子。
色々と鈍感。
・アリス・マーガトロイド
主人公からの呼ばれ方:「母さん」
主人公の呼び方:「○○」
主人公の母親。元・人間の魔法使い。○○を育てた。
見た目は○○と同じくらい。でもずっと年上。
○○の話し相手ができるように、と人形を完全に自立させたことがあるが、
そのせいで多大な魔力を失っており、今は空を飛んだり人形を操ったりすることくらいしかできない。
○○を拾ってからというもの、難しい思考を辞め、料理や家事などを覚えなおし
母親らしい性格へと変わっていった。そのため戦闘能力はだいぶ衰えている。
「子供達には私の手料理を食べて育ってもらいたい」と考えるいい母親。
毎日寝坊する○○と蓬莱に手を焼いている。
○○が自分のように人間を辞めようとしていることに最近気づいたが、
○○には人間として最後まで生きてもらいたいために反対している。
・神綺
主人公からの呼ばれ方:「神綺様」
主人公の呼び方:「○○ちゃん」
魔界の神。アリスの母親。つまり○○の祖母にあたる。
だが本人は「祖母」というイメージを嫌い、○○には名前で呼ばせている。
見た目は何故かアリスや○○よりも若く見える。
○○がまだ幼い時はお守りなどにいろいろ借り出されていたが、最近は○○も大人になったので
安心しつつも何か物足りなく感じている。
暇を見つけては魔界をほったらかして遊びに来ては、魔界に、そして幻想郷にも迷惑をかけている。
ただ歩いているだけでつまづいて転んでしまうという困った特技を持つ。
○○を次の魔界の神にすることを密かに考えている。
当の○○はまだ魔界に行ったことが無い。
・上海
主人公からの呼ばれ方:「上海ねぇ」
主人公の呼び方:「○○くん」
人形。アリスに意思を与えられ自立できるようになった。
思考、生理的欲求、肌の質感等は普通の人間・妖怪と変わりない。
アリスのことは母と呼ばず「アリス」と呼ぶ。
得意な弾幕はレーザー系。
○○を弟としてかわいがり、自分も姉としてふるまおうと頑張っている。
○○のことは「かわいくていい弟」くらいに思っている。
背が高い。が、色々と言動が幼いため何かと手のかかる存在。
趣味はマジックアイテム集め。よく○○を手伝わせ香霖堂へ出向く。
牛乳が苦手。チーズも苦手。
美しく長い髪と美しく長い脚を持つ。アリスの自信作。
人里には隠れたファンも多い。
・蓬莱
主人公からの呼ばれ方:「蓬莱ねぇ」
主人公の呼び方:「○○」
人形。上海と同じくアリスに作られ意思を与えられた。
だが上海と蓬莱のどちらが姉、というのは無い。
得意な弾幕は大型弾。
○○を弟として好き、大切な存在として感じている。
○○のことは「言う事を聞くいい弟」くらいに思っている。
あまり口数は多くない。趣味は読書。また、森の妖精と仲がいい。
夜更かしは得意だが朝起きるのが苦手なタイプ。
魅力的で大きい目と魅力的で大きいバストを持つ。アリスの自信作。
人里には隠れたファンも多い。
・霧雨魔理沙
主人公からの呼ばれ方:「まりさん」
主人公の呼び方:「○○」
人間。魔法使い。アリスの友人。
昔からよく○○の世話をしてきた。幼い頃はよく赤ん坊の○○を連れ箒で飛び回り、
○○が魔理沙の子だと誤解されることもしばしばだった。
今は年を重ね、性格も落ち着き、理解ある人物となった。
○○はアリスと喧嘩して家を飛び出すとかならず魔理沙の家へと行く。
また、○○に簡単な魔法を教えたのは彼女。そのため○○は魔理沙に憧れを感じている。
・風見幽香
主人公からの呼ばれ方:「幽香さん」
主人公の呼び方:「貴方」
自称・幻想郷最強の妖怪。アリスの友人。花を咲かせる能力を持つ。
アリスが子を設けたと聞き、ちょっかいを出しにくるうちに○○にも顔を覚えられてしまった。
あまり人と仲良くするタイプではないものの、○○の誕生日(=拾われた日)には
毎年必ず花を贈るなど、几帳面な一面も見せる。
<サンプルボイス>
「朝よー、起きなさい○○。早く起きないと朝ごはん片付けちゃうからね?」
「○○ちゃんもすっかり大きくなっちゃって・・・ねえ、魔界とか、好き?」
「こら!○○くん、お姉ちゃんの言う事はちゃんと聞きなさい!聞きなさいってば!もう!」
「・・・○○、暇でしょ?ちょっと私の肩揉んでくれないかしら?」
「○○、お前はいい子だから魔法使いにならなくてもいいんだ。人間として幸せに生きるんだ、ぜ。」
「どうしたの?貴方、この花は気に入らなかったかしら?・・・黙って受け取りなさい。」
「・・・目の前の異性と積極的に仲良くなるには・・・」
『パチュリー様、がんばって!』
「むきゅう・・・」
「あら、いらっしゃいまた来たの?」
「来たなら来たでお賽銭でも入れていってくれるといいんだけど。」
「そうすれば・・・良くしてあげないこともない、かな?なんて。」
「嫌・・・っ、ダメだよ、○○くぅん・・・」
「いいの?・・・お姉ちゃん・・・人形だよ?やめよ?ね?」
「嫌っ!嫌・・・ぁ・・・!お願い、元の○○くんに戻ってぇ・・・」
「・・・どうしたの?○○。ここまで来て怖いの?」
「・・・意気地なし。」
「人形と人間で子供ってできるのかしら?・・・」
「ねえ、お姉ちゃんと試してみる?」
「ねえねえ○○ちゃん、すごいでしょ?ここが魔界って言うのよ?」
「これ、ぜーんぶ○○ちゃんのだからね?うふふ」
「好きにしていいのよ?」
「嘘・・・嘘よ・・・○○・・・・!」
「幽香・・・あなた、○○に何を・・・!」
『その子が望んだ事よ。貴方みたいに、魔法使いになりたい、って。』
『私は願いを叶える手助けをしてあげただけ。わかる?』
「違う!○○は・・・私の○○は・・・・!」
『違わない!』
『まだわからないの!貴方が、貴方が○○をそう育てたんじゃない!』
『○○は貴方を目指した。ただそれだけよ』
『・・・まだわかってないみたいね、それなら私が目を覚まさせてあげようかしら?』
「幽香・・・」
「貴方、もしかして○○のことを・・・」
「・・・幽香ああああああああ!!」
『"りん"をつけろよデコ娘ええええ!!!』
「ねえ・・・○○」
「○○は、私のこと、好き?」
「母親としてじゃなくて、女として・・・」
新感覚幻想郷アドベンチャーゲーム「母さんは人形使いっ!」
2009年春 発売予定!
こーとしーのーなーつもー おーわりーでえすー
おーもいーでーだーけがー わーたしのものですー
ひーとこーとごめんーねとー かーいてーましたー
ひーとこーとごめんーねとー かーいてえましたー
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新ろだ336
目が覚めた。
一瞬、何で起きてしまったんだろうとまだ起動していない頭で考えるのと、自分の視界が真っ白に塗りつぶされるのは同時だった。
「……ん」
眩しさに目を細めたところで、カーテンの隙間から日差しが自らの顔に容赦なく差し込んでいることに気付く。
どうやら、太陽が完全にその姿を現す時間になったらしい。もぞもぞと体を動かして、上体だけを起こす。
「さぶっ」
上半身を包む部屋の空気に身震いしながら、なぜこんなに寒いのか、なんてぼんやりと考えて、その原因はすぐに判明した。
上半身を包むものが何もなかった。
そこでようやく、思考と記憶が現実味を帯びてくる。
「ああ、そうか。昨日アリスと……」
「私がどうかした?」
独り言に答える、澄んだ軽やかな声音。
声の方に視線を向けると、美しい金髪の少女が、両手にカップを持って、部屋の入り口に立っていた。
「……おはよう、アリス」
「おはよう」
少女──アリス・マーガトロイドは白い足を惜しげもなく晒し、その肌の色に溶け込むようなカッターシャツを羽織っただけの姿で、
ベッドの上で寝ぼけたような顔をしている青年の傍に寄り、縁に腰掛けた。
「あなたにコーヒー、淹れてきたわ」
「……ありがとう」
礼を言い、白いマグカップを手に取る。口をつけると、珈琲の香りと苦味、熱が口の中に広がった。
「もう、その、体の方は、大丈夫か?」
寝起きの霞が頭から抜け、完全に色を取り戻した記憶に心臓が少し早打つのを自覚しながら、彼はだとだとしく口を開いた。
目の前の少女に誘われ、家で夕食を共にし。
夜も更けたので泊まっていくといいという彼女の好意に甘え。
お酒を口にしながら、話し込んでいるうちに酔いが回り。
そのまま少女に、ベッドに押し倒され──
そこでアリスに視線をやると、頬を紅く染めながら、俯く彼女が目に入った。
聞いているほうも恥ずかしいが、聞かれるほうも相当なものらしい。
「え、ええ。もう、痛みもないし」
涙を浮かべながら、堪えるような表情を含ませながらも、微笑んで彼を受け入れようとするアリスの姿を思い出し、青年の心拍がさらに早くなった。
寝室に気まずいような、小恥ずかしいような甘い沈黙が流れる。二人とも何も言葉を発さず、魔法の森のざわめきや鳥の鳴き声が、微かに空気に溶けていた。
「な、なあ、アリス」
無言の空間に耐え切れなくなったのか、先に口を開いたのは青年のほうだった。
「俺なんかで、本当にいいのか?」
この美しい種族魔法使いとの甘味な一夜を過ごしながらも、ずっと心に引っかかっていたもの。
手が届くはずなんて無い、と半ば諦めかけていた想いが、突然これ以上無い形で叶った戸惑い。
それがごちゃごちゃになり、彼の口をついて出る。
「空も飛べない、弾幕も撃てない、何の力も無い。顔だってお世辞にも良いわけじゃないし、それに」
「それでも、貴方がいいの」
自分の言葉を遮られ、はっと顔を上げると、昨夜のような、あの儚い微笑みを浮かべた彼女が、こちらを見ていた。
「意地っ張りで、どこか抜けてて、でも一生懸命で。そんな貴方に、心奪われちゃったんだから」
ずい、と顔を青年に近づけて。
「……責任、取ってよね」
二人の唇が、静かに重なった。
その後、この会話を出歯亀していた魔理沙によって二人の仲は幻想郷中に知れ渡り、 逆上したアリスと青年に一晩かけて性的に戴かれることになる。
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新ろだ372
初めはただの好奇心だったのだと思う。森で行き倒れていた外来人を介抱し、しばらく面倒を見るうちに彼の人と也を知り
しだいに情が移り一緒に過ごす時間が長くなり私たちは恋人どうしとなった。
彼は里で仕事をし、私は部屋で研究や人形作りにつきっきりで顔を合わせることは少なかったがそれでもうまくやっていた。
そう、あの日までは……。
その日私は珍しくパチュリーにお茶を誘われて紅魔館にお邪魔していた。当然のような顔をして魔理沙も席についていた。
「にしてもアリスに彼氏ができるなんて思わなかったぜ」
「たしかに。出不精の私が言えることじゃないけれど新聞を読んだときにはついにこんなガセを載せるようになったかと思ったわ」
「二人とも私を何だと思っているのよ。これでもれっきとした女なんだから」
多少不機嫌なふりをしてカップに口をつける。しかし、そんな私を見て魔理沙はニヤニヤ笑いをやめようとはしない。
「しかしなー、意外にあいつは里じゃ人気があるんだぜ。案外お前には内緒で浮気でもしてたりしてな」
「なっ!? そんなことあるわけないじゃない!!」
「分からないわよ? 生活時間があまりにも違い過ぎるし、最近顔を合わせたのはいつ?」
……確かに最近私は人形作りに夢中になり眠るのは明け方という状態が多く、彼が仕事に行く時間に眠りにつき、彼が眠る時間に起きるということを繰り返している。
いつ顔を合わせて声を聞いたことも思い出せないことに私は愕然とした。
「彼だって聖人君子じゃないのよ。魔が差すことだってあるわ。それを許すことはできるの?」
「もう手遅れだったりしてな」
「……ごめん、今日はこれで帰らせてもらうわ」
足早に図書館を立ち去る私の心の中には黒い何かが巣食い始めていた。
少し生活習慣を改めて彼と顔を合わす機会も多くなったが○○の行動が全てあやしく見えてしまった。
そして彼の部屋を訪ねたとき、○○がとっさに何かを机の引き出しに隠したのを見たときについに私は全身に湧きあがる黒い感情に支配された。
次の日に私は彼の部屋の引き出しを調べようとした。しかし……
「なによっ!? この鍵はっ!」
その引き出しに鍵穴はなく、ダイヤルのようなツマミがついていた。確かあのスキマ妖怪に聞いたことがある外の世界である鍵の一種なのだろう。
「ふざけないでっ! 開ける! こんな鍵すぐにでも開けてやるんだからっ!」
鍵の解除に躍起になっていた私だがふと目に映った姿見に映った私は嫉妬に狂う鬼の姿だった。
仕事から帰ってくると真っ暗な部屋の中でアリスが泣いていた。何かあったのかと心配して駆け寄ろうとしたその前にアリスに強い口調で止められた。
「だめっ! こないで!」
「いったいどうしたんだよ。そんな目が赤くなるくらいまで泣いて平気じゃないことくらい分かるよ」
「こわいの……○○が浮気しているんじゃないかって思ったら、私が私じゃなくなっていて……○○が信じられなくなって……こそこそ人の部屋の中漁って、なんで私、好きな人のこと疑ってるのよぉ……」
その言葉で何となく俺はアリスが何を気にしているかを察した。落ち込み、沈んでいるアリスの頭をぽんと叩き、引きだしの鍵を開けて中のものを取り出してアリスに見せた。
「えっ、なにこれ……」
アリスが手にしたスケッチブックには俺が描き留めていた彼女の寝顔のスケッチが大量に描き込まれている。ほんのささいな変化でもどれ一つとして同じ寝顔はない。
パラパラとページをめくるアリスはだんだんと顔を赤くしていき、パタンとノートを閉じると戸惑うように口を開いた。
「……どうして、こんな私の寝顔ばっか描いてあるの?」
「さびしかったから」
「え……」
「だって俺の一番好きな人の寝顔だもの。ずっと残して置きたくて。最近ずっと話もできなかったからせめてその顔だけでもいつでも見ていたいから」
またアリスはぽろぽろと涙を溢し始める。
「大好きだよ。アリス」
そう言いきる前に胸に飛び込んできたアリスに口を塞がれてそのままの勢いで押し倒された。
久しぶりに一緒の布団で眠る。彼の胸に顔を埋め仄かな匂いを堪能する。
そんな私の頭をやさしく撫でてくれている○○の表情はやさしい。
「居心地のよさに胡坐をかいてお互いのこと知ろうとしなかったのが悪かったんだろうね」
「うん……しばらくはちょっと人形作りも控えるわ」
「ん。それとさ、明日休み貰って一日アリスと居たいんだけど、どこか出かける?」
「……いいわ、どこにも行かない。ずっと傍にいて」
そう告げて私は彼にすがりつくようにして目を閉じる。
……さすがにもうあんな恥ずかしい寝顔を見せたくないし、逆に早起きして○○の寝顔を見てやるんだから――
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新ろだ412
「結論的に俺が言いたいのは」
ここは紅魔館の地下にある大図書館。そこでは三人の魔女と一人の男が静かに本を読んでいた。読んでいる種類はまちまち。
知識と日陰の少女こと
パチュリー・ノーレッジは精霊術の魔道書
七色の人形遣いことアリス・マーガトロイドは裁縫の上級者編
普通の魔法使いこと霧雨魔理沙はアザカ・クリスティ著、『そして誰もいなくなった』
外から来た一般人である○○は佐野洋子著、『100万回生きたねこ』
確かに四人は静かに本を読んでいた。別に雰囲気は剣呑でも気まずくもない。むしろ心地よい感じの沈黙。音は時折出るベージを捲る音と、耳を澄まさないと聞こえないくらいの呼吸の音くらいだろう
そんな沈黙を破ったのは、
「俺はアリスのことが好きだってことだ」
○○の放った爆弾発言だった。
パチュリーは持っていた本を落とし、魔理沙は思いっきり吹いていたが、当人であるアリスと○○はいつもの変わらぬ顔で椅子に鎮座していた。
「そう……」
いや、アリスの顔が若干赤みを帯びていた。しかし、いつもの澄まし顔で、
「私も貴方の事が好きよ」
と返事をした。
それを聞いた○○は「よかった……」と呟き、本に目を下ろした。アリスも少し微笑んで目を下ろす。そんな二人を奇妙な目で見ている二人の魔女。
(オイオイオイオイなんなんだよいきなり)
(知らないわよ……というかなんでこんなに冷静なのよ……)
(まったくだ……慌ててる私たちが馬鹿みたいだぜ……)
(という地味に空間が甘いなような……)
紅茶の時間となったのか、色々と乗せたワゴンを押して現れた完全で瀟洒なメイドこと十六夜咲夜曰く、
「何処となく甘い空間と慌ててる二人と落ち着いている二人が、随分シュールな光景でした」
と語る
新ろだ519
不安がない……と言えば嘘になる。それでも考えてしまう……彼……○○が私、アリス・マーガトロイドいつ
か嫌いになってしまうのではないかと……いつか私の前から消えてなくなるのではないかと……
私が○○と出会い、好きになり、恋人となったのはもう数十年以上前だ。出会い事態は普遍なもの。至る経緯
も同じ。多少も問題……例えば○○が捨食の魔法と捨虫の魔法を取得しようとしたときとか。幸いにも○○は
物覚えも良く、才能も悪くはなかった。教える先生も私と友人である魔女、パチュリー・ノーレッジというラ
インナップ。資料も大図書館や阿求の知恵、月の頭脳や八雲の賢者など選り取り見取りであった。(代償は…
…私と○○の私生活の赤裸々公開という……開き直って思いっきり甘えたのはいい思い出)
○○は外界に居た時の職業を活かして魔法薬を主とする魔法使いとなった。本人曰く、
「永琳とはベクトルが微妙に違うものだからね。面白いし遣り甲斐があるよ」
と言っていた。まぁ、やろうと思えばできるんだろうけどねとも言っていた。
最初のころはふっと考える程度だったか、ここ最近は何かとつけて考えてしまう……研究どころか生活にさえ
支障が出る始末だ。だからと言って本人に相談する訳にもいかず……私はパチュリーに相談することにした。
「・・・。咲夜、紅茶。砂糖もミルクもいらない」
私が悩みの全てを露呈した後の最初の一言がコレである……
「真面目に聞いてたの?」
「勿論。だから思いっきり渋い紅茶が飲みたくなったのよ……いっそのことどす黒い珈琲でも飲みたいわよ…
…咲夜まだー」
「どういう意味よ……私はっ「理由は二つ」……」
怒気を孕んだ叫びを上げようとしたところに冷静なパチュリーの声。突然の一声に押し黙る私。
「一つ。話している貴女の顔。確かに不安もあるでしょうけど……どころなく嬉しそうだったから」
嬉しそう?……言われてみればそんな気もしなくはないが……
「二つ。それだけの不安なら、裏を返せばそれだけ貴女が○○のことが好きで仕方がないということ」
…………確かにそうだけど………………だから不安で……
あっ
「わかった?貴女は盛大な惚気話をしてた訳よ。まったく……そこまで砂糖生産して不安?冗談は糖分だけに
してほしいわよ」
「でも……」
「デモもトスもないわ。貴女にとって彼は何より大切なんでしょ?だったら信じなさい。不安ならちゃんと言
いなさい。しないのは彼に対する裏切りよ?」
「……ありがとう。頭冷えたわ。んじゃ」
私は一刻も早く○○の元に向って行った。早く吐き出したい。早く安心したい。なにより……貴方に会いたい。
会って謝りたい。
「まったく…………次そんなことで愚痴愚痴悩んでたらロイアルフレアか賢者の石かましてあげるわよ……」
アリスが居なくなってから一言だけ漏らし、本へと視線を落とした。
「・・・。どうしたアリス?そんな血相変えて」
簡単な調合をしていたところに、我が恋人のアリスが文字通り飛んできた。しかも顔真っ青で。
「○……○……ごめん…………」
いきなり謝られました。どうしましょう?
なんて考えていたらその理由を洗いざらい吐いてくれた。
不安だったこと。
心配だったこと。
怖かったこと。
そして……好きだということ。
「馬鹿なことだとわかっているんだけど……でも!」
「はい。そこまで」
だから、
「心配すんな」
安心するための魔法を、
「好きだから」
愛しい愛しい、
「愛してる」
我が恋人に、
「俺を信じろ」
かけてあげる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!○○!!ごめんね!!本当に……」
あとは嗚咽と涙で顔くちゃくちゃにしたアリスが、俺の胸に飛び込んできた。それを優しく、強く抱きしめて
あげた。
「心配になったらいつでも言え。何度でも言ってやるから」
「うん……うん!大好きだよ……」
真っ赤に腫れた目で見つめ合いそのままキスした。
「んで、落ち着いた?」
「えぇ、ごめんね色々と」
そこにいるのはいつものアリス。・・・。もう大丈夫そうだな。
「さて、もう夜中だし、泊まる?」
「……うん」
「期待していいよ」
「ッッ!///」
肩をポコポコ殴られる。コレもいつものこと。
大丈夫。
「アリス」
「何?」
二人でなら
「ずっと一緒にな」
「○○……うん!ずっと!」
永遠に行けるさ
end
最終更新:2010年06月23日 22:35