リリカ2



(初出不明)



…一ヶ月ありゃあおれはおまえなんか倒すほど強くなってみせるのになあ
「いいわ、一ヶ月待ちましょう。
 一ヵ月後、もしアンタがあたしに勝ったら何でも好きにしなさい。
 ただし、負けたら…」

「○○ッ! ボーっとしてるんじゃないわよ!」
「へーい」
俺の名前は○○。どこにでもいそうな、普通の大学生だ。
だが、俺を取り巻く環境だけは普通じゃない。
「まったく、そんなんで”アイツ”に勝てると思ってんの?」
「さっすが騒霊、デカい声出すねぇ。100デシベルくらい?」
何せ、幽霊と話をしているからな。
「またワケのわからないことを…」
コイツはリリカ・プリズムリバー。三姉妹の末っ子で、騒霊。
「昨日私たちが助けてあげなかったら野たれ死によ!」
この世界…<幻想郷>には、俺のような普通の人間が時たま”迷い込む”らしい。
そうして迷い込んだ俺を襲った”アイツ”に会ったとき、たまたま通りかかったこの三姉妹に助けてもらったんだ。
「リリカ、その言い方はあんまりよ~」
「でも姉さん!」
「時間が無いのはよくわかるけど、流石に厳しいんじゃないかしら?」
「確かに、助けた次の日に弾幕を浴びせるのはな…」
「助けたのは昨日じゃなくて一昨日! 昨日は西行寺様のところに行ったでしょ?」
姉のメルランとルナサがなだめるが、リリカは聞く耳持たず。
「ほら○○! アンタにはもの凄い能力があるんだから、さっさと修行するわよ!」
どうやら、リリカは俺をアイツに勝たせたいようだ。
「能力、って言われてもなあ…」

               ※ 時は遡り、昨日の西行寺家 ※

「貴方、本当に人間?」
「ああ」
そんなことはわかっているわよ、と言葉を返すのは西行寺家の主、幽々子。
「不満だろうが、俺はなんの変哲も無いただの人間だ」
「にしてはもう能力が開花しているようだけど」
「能力?」
「そう、能力。幻想郷に住む者は、殆どが何かしらの能力を持っているのよ。
 私には死を操る能力があるし、貴方を助けた騒霊たちは手足を使わずに楽器を演奏できる。」
庭師の妖夢は剣術を扱えるわよ、と言ったがそれは誰でもできるんじゃないだろうか。
「それで、俺の能力ってのは…」

               ※              ※

音を集める程度の能力。
人の声、川のせせらぎ、ありとあらゆる”音”を集め、音を弾幕として解き放つ。
幽々子曰く「慣れれば音を貯めることもできる」らしい。
「よくわかんないけどさ…強いのか?」
「弱い」
「即答かよ」
「だって、弾幕どころか弾の一発だって出せないじゃない」
「んなこと言われてもなあ…」
「やっぱり、苦しいか」
振り返ると、そこには西行寺家の庭師…もとい魂魄妖夢の姿があった。
「体は私がどうにかするので、弾幕はそちらの方でお願いしたい」
「オッケーよ!」
「ちょ、俺の意見は聞いてくれないの?」
「となるとやはり、まずは基礎体力だな。○○、走れ」
「聞いてくれないのね…走るって、何処を?」
「西行寺の庭だ」
「どれくらいの広さ?」
「二百由旬ある」
「もしかしておもいっきしハードなやつ?」
「一月しかない」
「オー! ノーッ
 俺の嫌いな言葉は一番が『努力』で二番目が『ガンバル』なんだぜーッ」
「自分のことでしょうがッ!」
こうして、俺のおもいっきしハードな修行がはじまった。

               ※             ※

「一日にこの庭を三往復できるようになりなさい」
「10分間弾を撃ち続けて 10分間弾幕を避け続けなさいッ
 それができたらスペルカードを教えてあげるわ」
(く、くるピィーッ…)

               ※             ※

「ふむ…体力はこれだけあれば十分だろう」
「弾も…まあ、これだけ出せれば十分ね」
「うっし! まだチト早いがアイツにリベンジマッチを申し込んでくるぜ!!」
「待て、肝心な部分を忘れている」
「肝心な…?」
「ここから先は、貴女たちに任せる。○○、負けるんじゃないぞ!」
「おうよ!」
さようなら妖夢、君の事は決して忘れないよ…。
「○○、彼女はまだ死んでない…」
「あら姉さん、半分は死んでるわよ」
「ルナサ姉さんもメルラン姉さんも、そんなこと言ってる暇ないってばっ!」
「あと五日、か…最後の肝心な部分、教えてもらえるか?」
「もちろん! それでその肝心な部分ってのは…」

「リリカ、やる気ね~」
「私たちはお邪魔…かな?」
「あら、ルナサ姉さんはそれで良いの?」
「今は…ね」
「ふふふ♪」
「そういうメルランは?」
「私も『今は』これで良いわ♪」
「そう…」

「…っていうのがスペルカードよ、わかった?」
「まあ、なんとなくは」
「それで、これから○○用のスペルカードを作ろうと思うんだけど…何か無い?」
「何かって言われてもな、音に関するものだろ?」
「それが一番良いんだけど…そうね、音楽の経験は?」
「小学校のときにピアノを少しやったかな」
「それで行きましょう。 今でも弾ける曲や記憶に深く残る曲はある?」
「そうだな、…………と……、それと………かな」
「ふうん、どれも有名な曲ね。でも最後の………は間違い。………が正式な名称よ」
「へえ、そうなのか」
「作曲家が…って、こんなこと話してないでさっさと製作に取り掛かるっ!」
「はいはい」
「返事は一回っ!」
「へーい」
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・ 
 ・
───五日後
「…五日間でここまで仕上げられれば上出来ね」
「リリカ…今までありがとう」
「な、なによ突然っ」
「俺がここまで弾幕をはれるようになったのはリリカ達や妖夢のおかげだよ」
「べ、…別に○○のためにやったんじゃないんだからね!
 わわ、私はただ、アイツが勝つのが気に食わないだけなんだからっ!」
「そういうことにしといてやるよ(・∀・)ニヤニヤ」
「あーっ! もーっ! 笑うなっ!!」
「それじゃ、行ってくるぜ。帰るかわかんないけどな」
「ちょ、ちょっと…」
………………………………………
「べ、別に帰ってきてもいいんだからね…断る理由なんて無いし…」

               ※             ※

「よう、一ヶ月振りだな」
「そうね」
「……………」
「……………」
「…やる、か」
「ええ」

─試合は、始まった。
「先にやらせてもらうぜ、楽符『エリーゼのために』ッ!」
「なにさ、こんなスペルカードッ!」
呆気無く破壊される俺のスペル。
「あんた相手に、スペルカードなんて必要ないわ!」
「へえ…そうかい!!」
だったら、最初から全力でやらせてもらうぜ!
「それなら…こいつはどうだ!」

    ク シ コ ス ・ ポ ス ト
楽符『クシコスの郵便馬車』

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クシコス・ポスト ─Csikos Post
作曲:ヘルマン・ネッケ
           ─Hermann Necke

郵便馬車が超高速で駆け抜けた時代がある。
理由は…現金を多量に積んでいるからである。
高速移動は、それを襲う盗賊から逃れることが目的であった。
だが超高速がゆえ、当時は馬車が転倒して命を落とすなど、
命懸けの仕事であったとされている。

なお、『クシコスの郵便馬車』とは、和訳表記である。
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                          ク シ コ ス ・ ポ ス ト
───俺がはじめて作ったスペルカード。それがこの『クシコスの郵便馬車』
「弾が速けりゃ良いってモンじゃないわよ! こんな隙間だらけのスペル…」
───このスペルのモットーは『速さ』のみ。それ故、密度は薄い。だが
「隙間だらけ? 褒めてくれてありがとよ」
───狙いは撹乱でも時間稼ぎでもない。
「何を言って……ッ…!?」
───相手を、隅に追いやることだ。
「気づいたか? 俺が何をしたかったのかッ!
 気づいたか? 弾幕の形状が変わっていることにッ!!」

   ヘ ル ア ン ド ヘ ヴ ン
天地『地獄のオルフェ』

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地獄のオルフェ ─Hell and Heaven
作曲:ジャック・オッフェンバック
                   ─Jacques Offenbach

ジャック・オッフェンバックは、ドイツ生まれの作曲家である。
そして、オペレッタ(イタリア語で「小さなオペラ」)の
原型を作った人間でもある。
なお、この名前は彼の出身地からとったペンネームで、
本名はヤーコプ・レヴィ・エーベルストである。
日本ではドイツ語読みで、ジャックバウアーと呼ばれることもある。

日本では『天国と地獄』という名で広く親しまれている。
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「くそっ、これで決まると思っていたんだが…!」
「な…なまら相手が弱いと思ったから油断したから……あんなのに被弾した。
 これからは油断を捨てて『気合』だけで感じて弾を避けるわ!」
「『なまら』じゃなくて『なまじ』な」
「うるさいわね! どっちでも通じるじゃない!!」
「…ああそうだ、お前に伝えることがある」
───リリカ。お前にも、だ。
「…何よ」
「今から撃つのが俺の最後のスペルだ」
───このスペルは、お前の言葉が無ければ
「……………」
「こいつを当ててお前を倒せば俺の勝ち。避けきればお前の勝ちだ」
───…完成、していなかった
「…そう」  ラ ス ト ス ペ ル
いくぜ、俺の最大のスペルッ!!
───リリカ、本当に

真符『テレーゼのために』

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テレーゼのために ─Fuer Telese? Fuer Elise? Fuer Telise?
作曲:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
                  ─Ludwig van Beethoven

この曲は、『エリーゼのために』と呼ばれている曲である。
だが、ベートーヴェンの書いたものが悪筆だった為に、
『エリーゼ』『テリーゼ』などと間違われるようになった。
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「何これ、一番最初に使ったスペルじゃない。こんなので……ッ…!?
 ち、違う! あの時のとは比べ物にならないくらい速度と密度!
 そんな、そんなはずは…ッ!」
本当に…ありがとう。感謝する。
「お前と俺の実力差はスゴかった…
 だが おれにはリリカという強い味方が最後についていたのさ」

               ※             ※

「人間相手にここまでされるとはね…」
「妖怪相手にここまでできるとはな」
「最後の最後に気が合ったわね。けどそれももうおしまい。
 アンタが勝ったんだから好きにしなさい。」
「それじゃあ…そうさせてもらうぜ!」
「っ! …何をしているの?」
「握手だ」
「見りゃわかるわよ、どうしてそんなことをしてるのかt「好きにしていいんだろ?」
「えっ…ま、まあ確かにそう言ったけど」
「お前さえ良ければ、その…俺と『トモダチ』しないか?」
「えっ…えーッ!?」
「嫌か…?」
「そ、そうじゃないけどさ…」
「なら決まりだ。明日森を案内してくれよ」
「べ…別に良いけど。」
「ああそうだ。俺の名前は○○。お前は?」
「あたしは…リグル。リグル・ナイトバグよ。」
あたしは妖怪じゃなくって妖蟲だからね、とリグルは付け加えて自己紹介をしてくれた。
「そうだ、勝利報告をしたいんだが…良ければリグルもついてくるか?」
「暇だし、ついて行こっかな」

               ※             ※

「…○○、遅いな」
「大丈夫かな? 勝てるのかな?」
「相手がリグルって言っても人間と妖蟲…」
「…やっぱり、マズいよね」
「…大丈夫かな?」
「………はぁ」

               ※             ※

「~♪~~♪」
「メルラン、あれ…」
「あら、○○にリグル…」
「よっ、二人とも」
「おめでとう○○、どうやらリグルに勝てたみたいね」
「あれ、なんでわかるんだ?」
「リグルの服…」
「ああ、破けてるからか…」
「このくらいなら大したこと無いわ」
「そうだ、リリカに勝利報告しに来たんだけど、今いるかな?」
「ええ、部屋にいるわよ」
「でもリグルを連れて行ったら多分「うっし、ちょっと行ってくらあ!!」
「あ~、遅かったか…」
「良いんじゃないの? 物語がいつもハッピーとは限らないわ」
「…メルラン、変わったわね」
「姉さんが変わらないだけよ♪」

               ※             ※

「リ~リ~カ~! 俺は勝ったぞ~」
「○○っ!」
姿を見せる前に勝利報告だなんて…素敵よっ。
私の高鳴った胸の鼓動は○○だけのものよ。
長い廊下が邪魔。今すぐ○○の胸に飛び込んで…!
「あ、リリカだー」
「うぇ~!?」
なんでアンタがいるのよ、リグル・ナイトバグ!!
「リリカ、お前のおかげでリグルと友達になれたぞ。本当にありがとう!」
……………
「…リリカ、どうかしたか?」
こ・の・お・と・こ・は~!
「冥鍵『ファツィオーリ冥奏』!!」
「ひぇぇ」
「ちょ、何するんだよリリカ!」
「うるさいうるさいうるさーい!! 鍵霊『ベーゼンドルファー神奏』!!!」




= = = = = = = = = = = = = =あとがき = = = = = = = = = = = = = =
───ルナサの黒ストはジャスティス、そうだとは思わんかね?



3スレ目 >>511-514


勢いで作りかけだったのを完成させた。一応リリカ?

明日は幻想郷音楽祭。博麗神社を舞台に、腕に覚えありの猛者たちが演奏の腕を競うお祭だ。
既に神社にはパイプ椅子にスポットライトにマイク。それに特大のスピーカーが据え付けられている。
電気?ああ、紫さんが境界をいじくってどこかの発電所とここをつなげてくれているらしい。

バンドも揃いつつある。
魔理沙をボーカル&リーダーとしたメロディック・スピードメタルバンド《ドラゴンメテオ》。
紅魔館の面々で結成したデスメタルバンド《鋼鉄の処女》。
ミスティア率いるチルノ、リグル、ルーミアなどが名を連ねるプレグレロックバンド《TIN-TIN》。
なぜこうみんながみんなロックやメタルなんだ?

かく申す僕も、いつの間にか騒霊になってしまっていた存在だ。最初はただラップ音を使って騒ぐだけだったのが、
今ではちゃんと楽器を使って音楽を奏でることができる。
そんな騒霊としての生き方を教えてくれたのが、偶然出会ったプリズムリバーの三姉妹だった。
彼女たちと一緒に楽器を練習して、奏でて。楽しい毎日だった。

家の庭で最後のギターの練習をしていると、ルナサが来た。
 「こんにちは。どうかしら。明日はちゃんとやれそう?」
今回は、四人全員がそれぞればらばらになって個人でライブをやることにしたのだ。
 「うん。なんとかね。本番は緊張しそうだよ」
 「大丈夫。ちゃんと練習したでしょ。あなたならできるわ」
ルナサはいつもの糸目で安心させるように笑ってくれる。いいお姉さんだ。
躁鬱なメルランや、なぜか僕にだけつっけんどんなリリカとは違う、落ち着いた雰囲気がとても安心する。
騒霊になったばかりで右往左往している僕を見つけて助けてくれたのも、このルナサだった。霊だからもう死んでるけど命の恩人だ。

 「ルナサは、また憂鬱な曲をやるの?」
 「そうね。お祭でみんな盛り上がりすぎでしょ?一人くらいそれを静めるのも必要だと思うのよ」
確かに、ルナサの奏でるヴァイオリンの音色は、どんなに心が乱れたり荒んだりしていても、不思議と穏やかになる魔法の音色だった。
 「……でも、もしよかったら私のヴァイオリンとデュエットしてみない?」
いきなりルナサがそう言った。
 「え?ルナサと?」
 「もしよかったらでいいから。私と貴方って……相性がいいと思う。きっと、貴方となら素敵な曲が奏でられるって感じるの。どうかな?」
ちらりと遠慮がちにルナサがこちらを見る。
とっさのことで僕が答えられないでいると、
 「………ごめんなさい。本当だったら、自分の曲に集中しなくちゃいけないときなのにね。……もし一緒に弾いてくれるんだったら、明日私のライブ会場まで来て」
 「あの、ルナサ…………」
 「………待ってるから」
普段の冷静で静かなルナサとは違う、どこか思いつめたような口調でルナサは言うと、そのまま空に消えていった。

 「やっほー。ご機嫌いかが?」
次に空から逆さに降ってきたのはメルランだった。相変わらず無駄にハッピーな気配を周囲に振りまいている。
別にトランペットは何の音も発していないのに、手足が勝手に踊りだしたくなるような陽気さが辺りに満ちてくる。
 「ねえねえ。明日の音楽祭、君のライブが終わってからどうしてもしなくちゃならない予定とかってある?」
 「いや、今のところ特に決まってないけど」
 「うん、ならOK。実はね、私のソロライブに乱入してほしいんだ」
 「え?今回はみんなばらばらでやるって……」
 「でもでも、私一人じゃ音量がちょっと足りない気がするのよ。どうせお祭なんだし、思い切り派手に演奏したいじゃない?
君のギターが入ってくれると、ずっとお客さんも喜ぶと思うのよねー」
にこにことメルランは屈託なく笑う。

そういえば僕がギターを自分の楽器に選んでから、メルランは何かと練習に付き合ってくれた。
 「そのギター、リリカと同じ外の楽器でしょ?珍しいわね。でも音が大きくて派手でいい感じ。ぐるぐるな楽器じゃないけどテンション上がって私の好みね」
なんて言ってくれた事もある。
 「ということで、私からのお願い。明日、私のライブに飛び入り参加してほしいんだ。君のソロをばんばんお客さんに聞かせてあげて。
あ、もちろん君にも予定とかあるでしょ。無理にじゃないから。
でも、きっと楽しいわよー。それじゃ、OKだったら明日私のライブ会場まで来てね。待ってるからー」
即興でトランペットを奏でつつ、メルランはぐるぐる回って飛んでいってしまった。

 「なんだ、まだ練習なんかしてたんだ」
最後にやって来たのはリリカだった。
ふらりと飛んでくるなり、胡散臭そうにこっちの練習を見ている。
 「……前々から思ってたけど、あんたって本当、音楽の才能ってないのよね。何で騒霊なんかになったの?まったく、騒霊の先輩として聞いてられないわ」
いつにも増して辛らつな言葉が飛んでくる。
 「そ………そうかな?」
 「そう。下手だし、音感ないし、譜面通りにしか音が出せないただの量産型。はっきり言って、音楽祭でも自分のライブ以外出番なんかないでしょ?
そりゃそうよねー、あんた程度の腕じゃ、誰もバンドに誘おうなんて勇気ないわよ」
そこまで言うかよ。
なぜかこのリリカだけは、僕に妙に冷たく当たることが多い。「下手」「ダメ」「音感ゼロ」なんて言葉はしょっちゅうだ。
確かに僕も上手な騒霊じゃないから、リリカの言うことも事実なんだけど。

僕が無言でいると、
 「そんなわけで、騒霊の先輩であるこの私から、新米のあんたにありがたいお情け」
微妙にわざとらしく、リリカはため息をつく。
 「どうせそんな腕だから、音楽祭も一人で寂しいでしょ。まったくもう、仕方ないからこのリリカ・プリズムリバーのライブにギタリストとして使ってあげる。感謝しなさいよ。
………別に、あんたとデュエットしてみたいだなんて思ってないんだからね。ただ、あんたのギターなら、私のキーボードと合うかな、なんて……
……うそうそ!今の嘘だから。冗談だからね!」
少し顔を赤くしながら、リリカは宙に浮き上がる。
 「じゃあ、明日ライブ会場で待ってるから。いい?遅刻しないで私のところに来るんだからね。ちゃんとあんたのパート、用意しておくんだから」
ぶっきらぼうにそれだけ言って、リリカも飛んでいってしまった。

僕は…………
  ①一番最初に来てくれたルナサのライブに行く。
  ②たぶん楽しくなりそうなメルランのライブに行く。
 →③……リリカのライブに行ってみようかな。   

こんな感じになった。どうだろうか?


6スレ目>>529


今日はクリスマスである。
幻想郷では例年通り、紅魔館でパーティが開かれていた。それには毎年多数の人間や妖怪が招待され、俺も参加していた。
楽しい時間が過ぎていく。ふと時計を見ると、短針が11の文字を指そうとしていた。

「あっ!」

俺は慌てて紅魔館を後にした。実は今日は、もう一つ招待を受けていたのだ。

「12月24日の23時に、私たちの屋敷でクリスマスコンサートを開きます。是非ご来場ください プリズムリバー」

その道中で、手紙を今一度読み返す。しかし、この招待には奇妙な点があった。
まずどう考えても時間が遅い。もう深夜ではないか。こんな時間に、誰か来るのだろうか。
なにより、当の三姉妹はついさっき紅魔館で演奏をしていたのである。どういうことなのだろうか。
まぁ俺も深夜まであそこで騒いでいるのはあまり気が進まなかったので、別によかったのだが。
そうこうしているうちに、プリズムリバーの屋敷に到着した。

「すいませーん」
「ど、どうぞ!」

三女リリカのものと思われる声がしたので、ドアを開けた。
部屋の中は真っ暗だった。

「……間に合った……」

闇の中から小さな声が聞こえたが、気にしないでおく。
しばらく待っていると、部屋の一箇所に光がさした。
スポットライトの先には、一人の少女が立っていた。リリカだ。
なんとなく落ち着かない様子のリリカは、一度大きく息を吸うと口を開いた。

「ようこそ私のコンサートへ。では、聞いてください」

演奏が始まった。
いつもは手を使わずに演奏しているリリカが、今日は手を使ってキーボードを弾いていた。
その細い指が奏でる調べは、クリスマスソング。俺が一度も聞いたこともないような、幻想的な音。
俺はその場に自分とリリカしかいないことにも気がつかず、演奏に聞き入っていた。

「すごい……」

その時、突然スポットライトの明かりが消えた。
再び真っ暗になった部屋の中から、リリカの慌てる声が聞こえた。

「え、な、何!」
「リリカちゃん!」

俺は急に不安になり、真っ暗な部屋の中に足を踏み入れた。

「リリカちゃーん!」
「○○さーん!」

暗闇の中、二人が互いを呼び合う声だけが響く。
どこまで進んだだろうか。何かにあたるような感触がした。

「きゃっ!」

すぐ近くで、リリカの声がした。
手を伸ばすと、何かに触れた。俺はそれが何なのか直感的にわかった。
リリカの手を掴み、近くに引き寄せた。

「あ……」
「リリカちゃん、大丈夫?」
「う、うん……」

月が高い位置に来たようで、窓から月明かりがさしこんできた。
それでようやく、リリカの姿を確認することができた。
リリカは恥ずかしそうに俯いていた。

「ねぇ、お姉さんたちは?」
「…………だけ」
「え?」
「今日は、私だけ……」

消え入りそうな声で、リリカが言った。
リリカは言葉を続ける。

「私だけ、抜け出してきた。○○さんを招待したのも、私……」
「え、どうしてそんなことを……」

俺がそう尋ねると、リリカが顔を上げた。
その目は光っていた。涙を浮かべた瞳で、こちらを見つめていた。

「○○さんに聞いてもらいたかったの……私の演奏……」
「リリカちゃん……」

外には雪が降っていた。
月明かりだけが二人を照らしている。
二人だけの、ホワイトクリスマス。

「……どうだった?」
「うん……すごくよかった。最高だったよ」
「よかった…………ねぇ○○さん」
「なんだい?」
「私、私ね…………」

その時、後ろの方で大きな音がして部屋の明かりがついた。
振り向くと、そこには折り重なるようにして倒れているルナサとメルランがいた。

「いたた……あ」
「…………」
「……姉さんたち……?」
「…………メ、メリークリスマス!」
「……こらぁーっ!」

リリカは即座に俺から離れると、突然現れた姉たちに向かって行った。
その後、虹川邸を部隊に盛大な鬼ごっこが繰り広げられたのはまた別のお話である。

「はぁはぁ……全く……」
「ははは……」
「あっ……ねぇ○○さん」
「うん?」
「その……あの時私が言ったこと……忘れてね」
「ああ、あれか……いやー、実は最後のとこだけよく聞こえなかったんだよ。なんて言ったんだい?」
「あ、そ、そうなの。じゃあ気にしないで!たいしたこと言ってないから!」
「ふーん……まぁいいけど」

リリカにはそう言ったが、実はしっかりと聞こえていた。もちろん忘れるつもりもない。
このあたりは、自分は彼女よりよっぽど狡猾だと思う。

「それにしてもなぁ……また聞きたいなー、あの演奏」
「あれは特別気が向いたってだけよ。もうやってあげないもん」

来年もまた過ごせるといいな……二人だけのホワイトクリスマス。
頬を少しだけ赤く染めて話すリリカの姿を見ながら、俺は心からそう願ったのだった。


13スレ目>>26 うpろだ933


 幻想郷のとある場所に存在する洋館。門扉は外れ、窓は割れ、惨々たる様をさらしているその館はし
かし、幻視力に優れるものが観れば、まったく異なる姿をうかがうことができるかもしれません。実際、
とても人が住めたものではなさそうなこの館には、ちゃんと住人が存在するのです。
 もっとも、在りし日の豪奢な調度の幻と同じように、その住人たちもまた幻に近い存在ではあるので
すが。

「たっだいまー!」

 2月15日の朝、まったく人生が楽しくてたまらないといった風に玄関のドアを開けるメルランを、
妹がヘラヘラと出迎えます。

「おやまあ姉さんったら、朝帰りたぁいいご身分だ」

 生きてるのか死んでるのかよく分からないような存在の癖に、今日のメルランはやたら生気にあふれ
ていました。まあいつもあふれているんですが、今はもっとあふれているとご理解ください。メルラン
は妹のからかいに目じりを下げ、なぜかつやつやしている頬を薄く染めました。

「だって彼が帰してくれないんだもーん」

 聞く人が聞けば世界を呪いたくなるような台詞ですが、本当に心の底から嬉しそうに報告する姉の姿
を、リリカはしょうがないなあ姉さんはと苦笑交じりに眺めました。彼女とて独り身なのですが、よっ
ぽどのことでもない限りこんな顔を見せられたらおめでとうと言いたくなる。笑顔というのは実に強い
力を持っているのです。

「姉さん楽しいのはいいけど、またテンション上げすぎて夜中にトランペット鳴らしたりしなかったで
しょうね? 苦情処理が大変だったんだから」

「大丈夫よ、私だってちゃんと前回の反省を生かして、今回はバグパイプの霊持ってったから」

「そ、そういう問題なのかな……」

 夜の帳も降りきった人里、今日の業をなし終えて安らかな眠りにつこうとしたときに突如として鳴り
響くスコッティシュな木管楽器の調べ。想像するに、お相手の彼が引越しを考えざるを得なくなる日は
そう遠くなさそうです。

「ところでリリカ」

 メルランはそう言うと、小柄な妹の頭越しにエントランスの隅っこを見やりました。

「姉さんはどうして隅っこで体育座りをしているのかしら」

 もし空気に色が付けられるのなら、その一角の空気はまったく闇一色であったに違いありません。ル
ーミアも自分のアイデンティティが奪われて半泣きです。つまりそれほどまでにルナサは落ち込んでい
た。どれくらい落ち込んでいるのかというと、それはもう大変なくらい落ち込んでいた。近寄ったが最
後、その鬱磁場にとらわれて因果の地平まっしぐらです。妹の朝帰りにもピクリとも反応しないあたり、
要するに「よっぽどのこと」があったということなのでしょうか。
 リリカは姉に合わせて長姉の方を向くと、訳知り顔に口の端を吊り上げてへっへっへと声を漏らしま
した。

「それはねえ。まあ、姉さんの朝帰りとも、まったくの無関係ってわけでもないかなあ? 日付から言
って、さ」

「ふうん?」

 目線で先を促すメルランに、リリカが語った内容はおおよそ次のようなものでした。


 ○○という青年とルナサが出会ったのはいつのことだったのか、とにかくリリカが最初に○○を見た
とき、彼は館のそばの湖で太公望としゃれ込んでおり、そしてその横には姉がちょこんと座っておりま
した。一体何を話しているのかとリリカは興味を覚えたのですが、なんと何も喋っていません。ただ○
○はぼーっと釣り糸を垂れており、姉は起きてるのか寝てるのかよく分からない糸目で、しかもそれで
いて二人ともなんとなく楽しそうでした。
 不思議な光景もあったもんだと陰でこっそり眺めていると、一天にわかにかき曇り、まもなく夕立と
言うには少々パンチの効きすぎた土砂降りの雨が降り出しました。姉は青年の手を取って彼を館に連れ
て行ったのですが、なんとなくタイミングを逃して出るに出られなかったリリカが大いに体を冷やした
というそんなエピソード。とにかく、妹の目から見ても、この二人が一緒にいるのは実に自然なように
見えました。もう五十年連れ添ったような夫婦がかもし出すオーラを既に会得しているがごとくでした。
 また、話してみると意外にも彼は結構気さくな人柄であり、それもリリカにしてみれば中々好ましい
事柄であるように思えました。なぜかと言うと、彼女の姉は少々堅物すぎるきらいがあり、こういう男
と付き合うことによって、姉ももうちょっと柔らかくなれるのではないかと思ったからです。ただ彼は
少々鈍いようでした。どう見ても姉は彼にベタ惚れであるにも関わらず、自分に向けられる好意に対し、
一向に気づいていないようです。まあルナサがあまり表情や言語コミュニティー能力豊かではないとい
うのもあるでしょうが、おそらく、あまり異性から好かれることに慣れていないのでしょう。
 しかしそれでは一向に話が進みません。姉が奥手であることもまたリリカは知っていたので、このま
ま放っておいたらおそらくあと十年は進展がないと思われました。そんなに待ってられるかと彼女は思
いました。
 そこでリリカは姉を焚き付けました。バレンタインデーにプレゼントを贈れ、その場の勢いで告白し
てしまえ、云々。ルナサは何やかやと抵抗していましたが、結局妹の口車に乗り、端正なお手製チョコ
レートを作り上げたのでした。
 それでまあ当日、この寒いのに相変わらず釣り糸を垂らしている――釣れるんでしょうか?――彼の
元へ、緊張のあまりふらつきがちな足に乙女の決心を支えとしたルナサが訪れたというわけなのです。


「……その展開で、どうしてこうなるのよ? 普通に考えて、『好きなんです!』『僕もだよ』でめで
たしめでたしじゃない?」

 メルランの疑問はもっともでした。普通に考えればそうなります。でもそうならなかったということ
は、つまりは何かが普通じゃなかったのですね。
 はたして、リリカは遠い目をして、嘆息交じりに事の次第を話すのでした。

「まあこんな感じよ。まず姉さんがやってきて、『やあ』『や』と挨拶をする。ここまではいつものパ
ターンね」

「へえ」

「で、そこですぐに渡せばよかったのに、○○君の隣に座り込んじゃった。でそのまま何をするでもな
くぼーっと」

「それもいつものパターンね?」

「そうそう。それで、さすがにちょっとまずいと思ったのか、姉さんが一大決心をして沈黙を破る。
『ね、ねえ』『ん?』」

「ほうほう」

「それでねえ、姉さんも何か気のきいたことの一つでも言えばよかったのに、こう、『ん』って無造作
に」

「ロマンのかけらもないわねえ」

「で、○○君は当然まあ受け取るわね。『僕にくれるの?』『うん』『ありがとう、まさかもらえるな
んて思ってなかったから、嬉しいよ』で、爽やかに笑う」

「いい雰囲気じゃない」

 いつの間にか用意されているティーセットで紅茶を堪能しつつ、声帯模写を交えながら熱演する妹に、
メルランは中々上手いなと思いながら相槌を打ちます。しかしリリカはそれに対して眉根を寄せつつ首
を振りました。

「そっから先がよくなかった。照れたのか慌てたのか、姉さんこんなこと言っちゃった。『ふ、普段お
世話になってるから、そのお礼に、と思って』」

「あー。モロ義理よね、その台詞は」

「○○君。『そんなに気を使わなくてもいいのに。でもありがとう。本命だったらもっと嬉しかったか
な、ははっ』『へ、変な冗談やめて』『はは、ごめん』……という顛末よ」

「やっちゃったのね……」

「やっちゃったのよ……」

 姉妹二人で天を仰ぐ。鈍感な男と奥手な女をくっつけるのはかくも難しいものなのです。いつも元気
なメルランも、このときばかりは哀れを感じました。天の配剤を恨みました。もうちょっとこの二人の
性格なんとかならなかったんですか。

「それで、戻ってくるなり一晩中あんな感じなのよ。姉さんがよろしくやってる最中、私ずっとあのオ
ーラに耐えてたんだから少し褒めて」

「頑張ったわねリリカ」

「わーい。それで、あれどうしようかってことなんだけど」

「そうねえ。もう宇宙が滅んでしまえばいいとか思ってるわよねきっと」

「姉さんが暗くなるたびに宇宙が滅んでいたら、もう世界は三千周くらいしてるわよ。あとはそうねえ、
あぁー私のバカー、とか」

「きっと嫌われたに違いないー、とか」

「私ってなんて駄目な子なんだろうー、とか」

「もう○○君とどんな顔して会えばいいのかわからないー、とか」

 好き勝手に心の中を想像されている、そのルナサはといえば相変わらず体育座りでうつむいておりま
したが、話がちゃんと聞こえている証拠には、透き通った金糸の合間から覗く耳が真っ赤なのでした。
まあ要するに大体当たっていたのでしょう。長い付き合いの姉妹ですから。
 その辺はもちろんメルランリリカの両名とも分かっており、ニヤニヤしながらあーもう可愛いんだか
ら姉さんはーなどと思っているのです。仲良しですね。
 そうしているところで、メルランが「ん」と何かに気づいたように顔を上げました。

「ところでリリカ、やけに臨場感たっぷりの説明だったけど、それ姉さんから聞いたの? それとも陰
でこっそり見てた?」

 そうです。昨日の今日のこと、リリカがこの顛末を知るには、当事者に聞くか、こっそり見ているか
のどちらかしかありません。とは言うもののルナサから話を聞けたとは思えません。そうすると、覗き
見していたということになりますが、リリカはどっちでもないよ、と首を振りました。

「いや、私も姉さんが帰ってきたあとで、○○君に渡しに行ったから、チョコ」

 その言葉を聞くやいなや、今まで微動だにしなかったルナサが、首が千切れるんじゃないかと心配に
なるような勢いで顔を上げました。そのままガン見してくる姉にかなりびびりながらも、リリカはその
先のことを話し始めます。

「い、いや、だって何が起きたのか気になったしさあ? 一応私だって知り合いなわけだし、ぎ、義理
チョコくらい渡してきたっていいじゃない!?」

「ふうん、じゃあ○○君に直接聞いたわけだ」

「そういうこと。○○君、姉さんが急に帰っちゃったもんだから、『今日は忙しかったのかな』なんて
言ってたけど」

「鈍さもそこまで行くと、もう芸よね」

「でしょ? 鈍いのよ、彼。でもね」

 そこでリリカはいったん言葉を切り、にんまりと笑みを浮かべました。

「なんと○○君、この私のチョコレートを受け取りませんでした。どうしてだと思う?」

 そうして、目の前の姉と、隅っこの姉を見比べました。二人ともその顔に疑問符を浮かべ、早く言え
と無言の圧力をかけてきます。リリカはそれに満足し、ゆっくりと口を開きました。

「『ルナサさんから以外はもらいたくないんだ。義理だってことは分かってるんだけど、でも、それく
らい僕にとっては大事なものだし、嬉しかったから』……どうよ、中々カッコいいこと言うじゃないの
○○君」

「へえ」

 メルランが感心したように相槌を打ったのと同時、ルナサはこれまた心配になるような勢いで立ち上
がりました。目は泳ぎ、頬は染まり、何かを言いかけては止め、わたわたと落ち着きないその様子は中
々に面白いものでしたが、もちろんメルランもリリカも、それをからかうほど悪い子ではないのです。

「あー、そういえば」

 メルランが思い出したようにぽつりと言いました。

「○○君、さっきも湖畔で見たなあ」

 ルナサはその言葉を聞くとぴたりと静止し、数秒の逡巡のあと、何かを決意したような力強い目をし
て走り出しました。

「ちょっと、出かけてくるから」

 すれ違いざまに、こんな言葉を残して。

「いってらっしゃーい」

「晩御飯がいらないときは連絡してねー」

 そして妹二人は、こんな言葉をかけて、姉を送り出したのでした。


「はぁ、これでようやく一件落着ね」

 何事にもきちんとしているルナサにしてはほとんどありえないことに、彼女はドアを開け放したまま
出て行きました。きっと、それだけ必死だったのだと思います。リリカは苦笑交じりにドアを閉めると、
やれやれと息をつきました。

「要は○○君だけじゃなくて、姉さんも大概鈍かったってことなのねー」

「そうそう。まったく苦労させるんだから。でもこれで、ようやく収まるところに収まるってもんよ」

 メルランはカップに残っていた紅茶を飲み干すと、椅子から腰を上げました。

「リリカも早く彼氏作んなって」

「大きなお世話だ」

 そのままメルランは二階の自室に上がって行こうとしましたが、思い直してリリカの前まで来ると、
ぽんぽんと頭を軽く叩きました。

「な、なによ」

「よく頑張ったわね」

「何がよ」

「姉さんは行っちゃったし、泣いてもいいわよ?」

「なんで私が泣くのよ」

 リリカは仏頂面で反論します。その顔はまったくいつものリリカでしたが……でも、よく見ると、ま
ぶたがほんの少し、腫れているような気もしました。

「できた妹を持って、私は幸せだわー」

 メルランはそう言って、ふわふわと笑いながら今度こそ自分の部屋に行きました。残されたリリカは
しばらく一人でむくれていましたが、やがてため息一つ、頬を叩いて普段のリリカに戻ります。
 そう、分かっていたんです。
 どう考えたって、○○とルナサは両思い。お似合いの二人です。
 だから、ちょっとくらいこじれたところで、最終的に上手く行くのは、分かりきっていました。
 でも、ルナサが暗い顔で戻ってきたとき、少し……ほんの少しだけ、リリカの心のどこかが、よかっ
たと思ってしまいました。
 私にもチャンスがあるかも、と思ってしまいました。
 リリカはそんな自分を、とても汚いと思いました。
 だから、○○の気持ちがはっきりと分かったとき、リリカの胸はナイフで刺されたように痛みました
が、同時に、とてもほっとしたのでした。
 やっぱり、ちょっと泣いてしまいましたけど。
 でも、もう大丈夫です。○○とルナサが腕を組んでやってきても、リリカは笑いながら冷やかすこと
ができるでしょう。

「……私も、素敵な姉さんたちを持てて、幸せだわ」

 一人リリカはつぶやいて、彼女もまた二階の部屋に上がっていきます。

「あーあ、どっかにいい男いないかなあ」

 その言葉を最後に部屋の扉が閉まり、真っ赤なじゅうたんの敷き詰められた美しいエントランスは、
くもの巣が張り、埃の積もった廃墟へと変わっていきます。
 やがてどこからともなく楽器の演奏音が聞こえてきて、そうしてプリズムリバー邸の一日は過ぎてい
くのでした。



最終更新:2021年03月06日 11:22