幽々子9
新ろだ448
満開の桜の下、男二人が酒を酌み交わしていた。
見た目は親と子、見方によっては祖父と孫ほども離れている。
が、互いにそれを気にした様子もなく、楽しそうに桜を愛でていた。
「時に○○……」
「なんでしょう? 妖忌さん」
少々酒精の回った様子の妖忌が、空になった○○の盃に酒を注いだ。
○○も妖忌に返盃する。
「お前、桜、桜と言っておるが、どんな状態の桜が好きだね?」
「う~ん。そうですねぇ……」
人を楽しませる桜にも色々ある。
○○はどの桜が一番好きなのか何となく考えてみることにした。
満開。
木一本すべてが薄く色づくが、派手ではないし、香りだってあまりしない。
控えめ。
そう、控えめでありながら、数が揃ったときの艶やかさは、筆舌に尽くしがたいものがある。
散り際。
牡丹のようなボタッとした散り際ではない。潔さというか。
風に舞う姿は白い雪のように美しい。
葉桜。
青々とした葉が空に向かって生い茂る。
夏へと移り変わる季節感。そして塩漬けにするといい香り。
枯れ木。
手を空に向けたかのように、カクカクとした不気味な枝ぶり。
けれどもそれは春に向かって蕾を固めてじっと待つ姿でもある。健気だ。
……うん、正直、どれも捨てがたい。
『散る桜 残る桜も 散る桜』というやつだろうと○○は思った。
「難しいなぁ。どれもいいものだし……」
と、その時――
盃の中にひらりと花びらが舞い降りてきた。
ふわりと白く濁った酒の上に浮かぶ薄紅梅の花一つ。
手の中の盃を見ていた○○の口の端が、かすかに笑みの形に崩れる。
見上げると満開の桜が風に舞い、抜けるような青空が花と枝の向こうに覗いていた。
「うん、やっぱり散り際の桜が好きだなぁ」
盃にそっと口をつける。
○○の回答を聞いて、妖忌はフンと鼻を鳴らした。
「いいかい、○○。散り際が一番だという奴は、俄かだぜ」
「む……」
自分の桜好きが俄かだと言われた○○は、憮然とした。
「だったら葉桜」
「半可通め」
酒を注ぐ。
返盃される。
そこで銚子の中の酒がなくなったので、妖忌はその辺で動き回っていた幽霊に代わりを持ってくるよう命じた。
「じゃあ、枯れ木で」
「この、ひねくれ者め」
何を言ってもいい答えを返すつもりがないのかと、○○は妖忌を見つめた。
木で鼻をくくったような態度で妖忌は盃を傾ける。
否、盃の向こう側で○○が困った顔をするのを見て、堪えきれず笑っていた。
○○はそれを見て、困った爺さんだと思った。
しばらくして、館の方から両手で銚子を支えた白玉楼の主がやってきた。
「はい、妖忌、お酒のお代わりよ」
「おや、お嬢様。これはすみませんな」
幽々子は妖忌に向かって銚子の口を近づけた。
恐縮しきりで妖忌は差し出された銚子に盃を寄せ、酒を注いでもらう。
「なぁに? 妖忌ったら、また○○を苛めていたの?」
なにやら難しい顔をしている○○を見て、幽々子はこのちょっとお茶目で気難しい庭師を窘めた。
「苛めるなどとはとんでもない。こやつについては、たっぷり可愛がっておるだけにございます」
「あら、そうだったの?」
「あー、まあ。可愛がられるちゃあ可愛がられてますね」
○○は苦笑しつつ、妖忌の発言を肯定した。
人を悩ませるようなことを言っては、その困った顔をみて喜んでいる爺さんだが、不思議と○○は彼が嫌いではなかった。
「はい、○○も」
「ありがとうございます」
幽々子が○○の隣に腰を下ろす。互いの肩が触れんばかりの距離だった。
ふわりと甘い香りが○○の鼻腔をくすぐった。
酔いが回っていた○○は、この距離感について特に気にすることなく、素直に盃を差し出した。
幽々子に酒を注いでもらっている内に、桜のどこが好きなのかというパターンが残っているに気づいた。
「あ――。だったら一年通して好きだ、というと?」
「ほう。お嬢様をか?」
「……え?」
「……はい?」
突拍子もないことを言われて、○○と幽々子はキョトンとした。
「な……なっ、なっ、何を言ってるのよ、妖忌ったら」
「そーですよー。滅多なことを言っちゃあ、幽々子様にご迷惑でしょう」
何を言われたのかを理解した瞬間、かあっと顔を真っ赤にする幽々子。
一方の○○は幽々子の変化にはさっぱり気づかずに、彼女の発言にのみ追従した。
すると何故かムッとした表情で○○は幽々子に睨まれた。
「私は迷惑だなんて……」
「はい? 何か?」
「……なんでもないわ」
「そーですか」
何か言いたそうにしていた幽々子を見て、○○は聞き直したがはぐらかされた。
ここで突っ込んでしまうと訳の分からない話になりそうだったので、○○は話を戻すことにした。
「んで、妖忌さん。一年を通して桜好きな男への返答は?」
弁当箱から鰻の肝をひょいと摘まむ。
妖忌もう巻き卵を一箸摘まむ。
「ふむ……。では言ってやろう。
この中途半端者めが!」
「えーっ。だったら妖忌さんはどの桜が一番いいって言うんですか」
降参だと白旗を振りつつ、銚子を差し出す。
ぐいっと盃の中身を飲み干し、酒を受け取る。
「そんなこと決まっておろう。
仮令他人からどんな風に言われようと、自分は自分だって言える奴が粋な桜の見方というもんだよ」
にやりと男臭く笑う妖忌。
だぁぁっ! と○○はひっくり返った。
「はっはっは。○○、桜はいいものだのぉ」
「うーがー」
○○が寝転がって唸っているのを傍目に、妖忌は笑いながら席を立った。
「あれ? どこへ行かれるんです?」
「さて、な。酔い覚ましに、ちと歩いてくるわい」
「気をつけて行ってらっしゃい」
「うむ。それではお嬢様、○○の相手をお頼みいたします」
「ええ。任しといてちょうだい」
にっこりと笑って幽々子は手を振った。
さっさと行けといわんばかりに。
妖忌は○○の傍から動こうとしない幽々子の心情を理解していたので、好々爺然とした笑みを浮かべていた。
彼には主の意向を真っ向から否定する気はさらさらなかった。
「○○よ」
「はい?」
「酔った勢いというのはあまり褒められたことではないからな、気をつけるように」
ただし、搦め手から釘を刺すことは忘れてはいなかった。
「ちょっと、妖忌!?」
「はっはっは。然らば御免」
酔っ払いとは思えないようなしっかりした足取りで、向こうへ逃げるように歩いていく妖忌。
しばらくして遠くの方で、
『妖夢、お前に桜の見方というものを教えてやろう』
『はい。宜しくお願いします!』
『ではついて参れ』
『はい!』
だのという掛け合いが聞こえてきた。
元気な師弟である。
幽々子は○○を起こすと、耳元で囁いた。
「ねぇ、○○。私にもお酌していただけるかしら?」
幽々子は○○の使っていた盃を取り上げ、両手でもって差し出した。
○○は一瞬、何故自分のを使うのだろうかと首を捻ったが、すぐに彼女の分の盃がここにないのだということに思い至った。
であるならば、断る理由は○○にはなかった。
「ええ、勿論です」
頷き、銚子を持ち上げた。
酒を注ぐと、幽々子は数回に分けて酒を嚥下した。
ちらりと覗いた幽々子の白い喉が妙に艶かしい。
○○の視線に気づいた幽々子は、恥ずかしそうに頬を桜色に染め、はにかんだ。
うん、可愛いなぁ。
釣られて○○も微笑んだ。
「……ねえ、○○。
桜と私、どっちが好き?」
「桜は好きですが、幽々子様は大好きです」
「そう。私も貴方が大好きよ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
優しい雰囲気が二人をそっと包んでいた。
春の暖かな風が、満開の桜を揺らした。
後ろのNG
『応えよ、妖夢!』
『はい! 師匠!』
『流派、魂魄妖剣は――』
『王者の剣よ!』
『楼観』
『覆滅!』
『白楼』
『成仏!』
『見よ!
西行妖は未だ咲かず――!』
あの師弟は、一体何をやってるんだろうか。
参考/出典:2ちゃんねる『日本人の桜好きは異常』より
新ろだ450
幻想郷が桜に包まれた季節。
俺は白玉楼の一角で一人花見に興じていた。
「ん~、たまには一人もいいかもなぁ」
騒がしいのは好きとはいえ、流石に毎度毎度は疲れる。
一人で酒を呑み、一人で桜を楽しむ。
これもまた一興だ。
「あらあら、お一人かしら? 寂しいわねえ」
声の方に振り向くと、白玉楼の主、西行寺幽々子さんが立っていた。
「誘ってくれればいいのに」
隣に座り、顔を膨らませるこの屋敷の主。
「たまには一人もいいかなって思いまして」
「あなたが良くても私が良くないのよぅ」
プイっとそっぽ向いてしまう。
「ははは、すいません」
「全然謝ってないわ」
機嫌は損ねたまま。
さて、どうするか。
「お詫びにお酌しますから」
「いらないわ」
そっぽを向いたまま答える。
まずい、万策尽きた……。
「お酌も食べ物もいらない。そのかわり……」
「そのかわり?」
何を要求されるのだろう。
あ、まさか俺を食べるつもりか……?
いや、でも食べ物はいらないって言ったし。
……少しなら食べられてもいいかも……?
い、いかん!!
そんな邪な考えは!!
そうだ!
邪考えは捨てろ!!
楽園の向こうに存在する純白の布地の如く心を白くするんだ……!!!
「膝枕して頂戴」
「は?」
返ってきたのは想定外の、というより想定不可能な単語。
「何を言って……って!?」
「お邪魔するわ~」
返答を待たずに倒れこむ幽々子さん。
フワリと倒れこんできた感触は心地よい。
普通なら膝枕されている側の方が気持ち良いべきだが、今回ばかりは逆だ。
幽々子さんの温もりが、感触が、型にはまる様に心地よい。
これじゃ、まどろみに沈むのは俺の方だ……。
「ほら、ボーっとしてないで、これ!」
「……これ?」
差し出されたのは……耳掻き?
先っちょが曲がっていて、白い毛玉がくっついているスタンダードタイプ。
紛れも無い耳掻きだ……。
「それで、耳掻きして頂戴な」
「は、はあ」
急な展開に付いていけずなし崩し的に耳掻きをするハメに。
……普通逆じゃないか。これ。こう、性別的に。
「じゃ、じゃあ失礼して……」
「どうぞ~」
落ち着け、俺。
お前ならできる。
幾多の戦場を乗り越えてきたお前なら。
この戦場だって乗り越えることが出来る!
いいぜ、だったらやってやる……。
目の前の相手は強敵。
桜の花弁を飛ばす、弱いとは言えない風。
コンディションは決して万全とは言えない。
だが、それは無意味だ。
そんなペナルティに意味など無い。
たとえ、どんな悪条件下だとしても、俺は、この試練を乗り越える……!!
日の光を反射する木製の宝刀。
いけ、○○!
勝利をその手に手繰り寄せるんだ!!
「まぁだ~?」
「あ、今いきまーす」
ゆっくりと、静かに、そして優しく、
「……ん、っぁ、あっ、はいって、る……あ」
「……」
時には強く、潜伏するクリーチャーを殲滅する。
「んぁ……、ん、気持ち……いい、んっ」
「…………」
落ち着け。
いかがわしい事は何もしてない。
「っぅ、ちょっと……痛い……かも」
「………………」
そうだ。
幽々子さんに膝枕して耳掻きしてるだけじゃないか。
「ぁっ、んっ、っくぅ……はぁ……そんな、動かさないで……ぁ」
「……………………」
やばい、何かちらついてきた。
なんだ、パチュリーさんが見えるぞ……。
「……今日はここまでです」
「えー、どうしてよぅ」
わかりやすく頬を膨らませる。
可愛いんだけど、これ以上は色々と……な?
「とにかく、今日はこれまでです」
「むぅ~、○○のけーちー」
「また今度してあげますから」
「本当!?」
わぁお、すごい笑顔。
わかりやすいなあ、この人。
でも、ま、悪くないかな。
「じゃあ、これはお礼よ」
「へ」
何ですか、と言う前に視界は暗転した。
正確に何かが俺の視界を塞ぎ、世界を暗くしている。
そして、もう一つ。
口元から伝わるやらかな感触。
覚えのある香りは多分……、
「……幽々子さん?」
顔を離し、問いかける。
何を問うているのかはわからないが。
「お礼よ。また今度お願いね」
片目を瞑りウィンクをとばす。
そのまま立ち上がり、唖然としている俺を置いて屋敷の方へ消えていった。
幻想郷一の、いや、世界一の笑顔を置いて。
……まあ、二人ってのも悪くないかな。
うん。今度からは二人で花見をしよう。
残されてのは俺一人。
先ほどの余韻に浸りながら、散り行く桜を楽しんだ。
あとがき
何がやりたかったんだろうか。
後悔はしてないが反省はしている。
糖分が足りないという方は各自脳内補完をいうことで。
今度は、今度こそは誤字が無いはず……!!
新ろだ576
唐突だが風邪を引いた。
ちょうど今の時期、季節の変わり目だからと言うのもあるんだと思う。
そんな訳で俺は現在、高熱+頭痛+喉の痛みでダウン中。
布団から離れられない状態だ。
…うう、久々に風邪引いたけど、やっぱり辛いな……
因みに、ここは幻想郷の冥界。
白王楼と呼ばれる大きな屋敷。
いわゆる『外の世界』からやってきたらしい俺は、何故か迷い込んだ先がここだった。
そこで紆余曲折を経て、ここで厄介になっている。
当然、俺は生身の人間だ。
死んでないのに冥界にいるのはどう言う事だ?どうして僕はここに?テルミホワイ?と最初は何がなんだか分からなかったが…
人間の適応力ってのは恐ろしい物で、ここへ来て2ヶ月過ぎた辺りで、すっかり慣れてしまった。
…まぁ、それでも風邪は引くんだけど。
「○○、調子はどう?」
部屋の襖が開き、ここの主である幽々子さんが見舞い(?)に来てくれた。
「…しんどいです」
擦れた声で答える俺。
実際しんどいんだから仕方ない。
今も頭がボーッとするし。
「人間って不便よねえ…。生きている内はケガも病気もする……でも、亡霊になればそんな苦しみとは無縁になるわよ?」
「あの、幽々子さん…何気に怖い事言わんでください。…と言うか、まだまだ人間でいたいですから俺」
「えー…」
残念そうな声出してるよ、この人……もしかして本気で殺る気だった?
でも、亡霊なのに飯は食うんだよなぁ…どうなってんだ、この世界。
常識にとらわれてはいけない、って奴か?
「あ、そうそう。薬をちょうど切らしててね…さっき妖夢をお使いに出したから、もう暫く待っててね」
「何から何まで…いや、ホント申し訳ないです」
正直、なんでこんなに待遇がいいのか分からないが…好意は素直に受け止めておく事にしよう。
ここに来る前、一人で風邪と戦ってた時はホント地獄だったもんなぁ…。
「くすくす…気にしなくていいのよ?」
あー…可愛い笑顔だなぁ……今、二人きりなんだよなあ…って、俺は何を考えてんだ。
頭がボーッとしすぎて変な事考えすぎだろ、俺。
「…あ、そうだ」
ふと、何かを思い出したように幽々子さんが言う。
「薬を飲む前に、何か口にしないといけなかったわよね?…ちょっと何か作ってくるわね」
それだけ言うと、襖を閉めて部屋を出る。
…え、ちょっと待てよ?何か作ってくる、と言ったのか?
幽々子さんが?俺に?
いつもならそう言う事は妖夢がするのに?
って言うか、幽々子さん料理出来るのか?
……って、こんな事口にしたら恐ろしい事になりそうだ。
おお、こわいこわい。
うん、ちょっと横になろう。
まだ頭がボーッとするし、幽々子さんの方は時間かかるだろうし。
妖夢、早く薬買って戻ってこないかな。
そんな事を考えながら、意識が薄れていく……
「……○○、出来たわよー」
ゆさゆさと揺さぶられる感覚に意識が少しずつ戻る。
あ、そうか……確か何か作ってくるって言ってたっけ。
でも、何を作ったんだろう?
「出来、た?…何が、ですか?」
まだ覚醒しきってない頭で尋ねる。
あ、その前に体を起こさないとな…。
「薬を飲む前に、何か口にしないとでしょう?消化のいい物を持ってきたわよ」
お盆の上には水差し、それに白米を茹でて作ったと思われるお粥。
それもご丁寧に梅干が上に乗っていた。
うん?ちょっと待てよ…これ、幽々子さんが作ったのか?
いつも食べてばっかりなのに?
「○○……今、何か失礼な事考えたでしょ?」
言ってないのに何で分かるんですか!
アンタはエスパーですか!!
とは言え、黙っている訳にもいかないので返答する。
「いや、幽々子さん料理出来たんですねって……」
「出来ない訳じゃないわよ?いつも妖夢に任せっきりにしてて、普段はやらないだけだし」
あれ、そうだったのか。
出来るイメージが全く浮かばなかったんだけど…っと、これ以上考えない方がいいな。
ともかくお粥を食べよう、うん。
「えーと、それじゃ早速お粥を…」
「はい、あーん」
早ッ!?
俺が食べようとしたら、もうスプーンですくってるし!?
しかも食べさせようとしてるし!?
「あ、あの…幽々子さん。俺一人で食えますから」
(にこにこ)
ぐ、そんな顔されたら一人で食べるどこじゃなくなっちまう…
だが、俺にも男のプライドって物がある。
「お粥作ってきてくれたのは嬉しいですけど、その…風邪引いてても、それくらい自分で出来ますから、ね?」
(にこにこ)
心が動かされそうになる笑顔。
くそう、可愛すぎる…し、しかし!
「だから、その……えっと…」
(にこにこ)
……俺、TKO負け。
幽々子さん、その笑顔は反則ですから。
うう、これも男のサガ、か。
観念して、運んできたスプーンを口の中へ。
恥ずかしいったらないが、もう知った事か。
「どうかしら?」
「とても美味しゅうございます…」
味は非常に薄い塩味だったが、むしろ今の状態ではそれくらいが丁度いい。
シンプルだからこそ美味しいと言うべきか。
「ふふ、それは良かったわ。…○○が美味しいって言うなら、私もちょっと味見しちゃおうかしら?」
そう言うと、幽々子さんはスプーンを口に。
あ、あの?これってまさか……
「あら、間接キス?…んー、味が薄すぎるわねえ」
だから人の考えてる事を読まんでつかぁさい……
つーか、そんな能力あったのか、この人?
「でも、風邪引きさんにはこれくらいがいいのかしらね。…ささ、まだまだあるわよ。はい、あーん…」
また!?またなのか!?
この人、絶対楽しんでやってるに違いない。
もうこうなったら覚悟決めるか……。
「…ところで○○、熱の方は下がった?」
一通りお粥を食べさせられた後、体の調子を聞かれる。
「なんとも言えないですね…自分じゃ分からないですし」
「じゃ、ちょっと診てみるわね」
そう言うと、幽々子さんは俺の額に手を当てる。
ひんやりしてて心地よい手…亡霊だからか?
「んー、いまいち分からないわねえ。…あ、そうだ」
手を離すと、今度は…え、なんか急接近してる!?
ちょ、幽々子さん!一体何をするんですか!?
「えいっ♪」
「!?」
幽々子さんがぴたっ、と額をくっつけてきた事を瞬時に理解した。
顔が密着するまで、あと僅か。
多分、ちょっと唇を突き出せばこのまま……
そんな事を考えてた途端、部屋の襖が開く。
「幽々子様ー、頼まれた風邪薬を買ってきま、し……た…?」
…ああ、妖夢。
君はなんてタイミングの悪い時に帰ってくるんだ。
こりゃ怒られるかなあ。
「あ、えっと、その…薬、ここに置いておきます…ね。…し、失礼しましたーっ!」
薬を置いて、妖夢は逃げるように部屋を出てしまった。
…もしかして、こーゆーのに耐性ないのか?
「んー、やっぱりまだ熱っぽいわねー」
幽々子さん、あなたどこまでマイペースなんですか。
さっき妖夢が戻って来た事はスルーですか。
「妖夢の買ってきた薬も届いたし、早くこれを飲んでゆっくり休みなさいな」
あ、そこは忘れてなかったんですね…って、そりゃそうか。
俺は水差しを受け取ると、薬を飲む事にした。
これで明日は良くなってるといいけど…。
「さて、それじゃ私は行くわね」
やる事を済ませ幽々子さんが部屋を出ようとする。
そうだ、どうしても気になってた事があった。
せっかくの機会だし、今聞いてしまうとしよう。
「あの、幽々子さん…」
「何かしら?」
「外の世界から突然やってきた俺に、なんでここまで良くしてくれるんですか?」
迷い込んで早々、居候させてもらってる上、幽々子さんに看病までしてもらったのだ。
何か意図でもあるんじゃないかと、つい勘繰ってしまう。
「んー、そうねえ…外の世界から迷い込んだ人間がここに来た事自体、初めてだから物珍しいのもあるけど…」
まぁ、そりゃそうだ。
冥界は普通死んだ人間が行く所だし。
「あなたに興味を持った、と言う理由じゃダメかしら?」
え?俺に、興味を?
それは一体どう言う……
「ここ暫く、暇していた所へやってきたのが外の世界の人間だもの。興味を持たない訳がないでしょう?」
「…そーゆーモンなんですか?」
「そう言う物なの。……ふふ、○○の風邪が治ったら、もっとあなたの事を聞かせてもらうからね?」
だから、早く風邪を治しなさい。
そう言って、幽々子さんは部屋を出た。
……ひょっとして、これは脈アリと考えていいのだろうか?
俺に興味を持ってくれたって事なんだから、好意的と捉えていいんだよな?
なんだかまだ頭の中が悶々としているが、今はさっさと寝て風邪を治す事に集中しよう。
でも幽々子さんに看病してもらいたいが為に、もう暫く風邪引いていたいなあ…。
新ろだ707
段々と肌寒くなってきた季節。徐々にではあるが、布団から出るのが辛くなってくる。
そんな時期。長月――九月の終盤。
俺は、ある烏天狗の声で夢の世界から現の世界に引き戻された。
「号外でーす! ごうがーいでーす!!」
言いながら、烏天狗――射命丸文は新聞をここ――白玉楼にばら撒いている。
ああ、妖夢が激怒しそうだなあ。
そんなことを考えながら、開け放たれた窓から飛び込んで来た新聞を一部、手に取った。
『神無月外界旅行ツアーが今年もやって来る!』
『恋人との仲を深めるチャンスです!』
『気になるあの人を誘ってみるのも良いかも!』
大きな太い字で、そんなことが書かれていた。
概要としては、まあ簡単。
外界と幻想郷の結界を緩めて、一時的に外界へと旅行するという企画。
主催者は言わずもがな。
非常に面白そうな企画ではある。
ただ問題が――
「恋人なんていねえよ……」
そうだ。
幻想郷に来てから数ヶ月。
知人友人は着々と増えているのだが、いかんせん甘い関係になるような間柄のやつは一人もいない。
第一、その友人知人のほとんどが既に恋人持ちなのだ。
必然的に、俺に関する色恋の話は少なくなる。畜生、悔しくなんかないぞ!
「あら、その心配は無用でしょう?」
「あん!?」
部屋の中から声が聞こえた。
部屋には俺以外誰もいない。
ってことは……
「紫さんか!」
「はあい、紫さんよー」
空間が裂け、顔だけが飛び出してきた。
「あなた、問題ないでしょう? 妖夢か幽々子と行けばいいじゃない?」
「妖夢は既に恋人がいて、幽々子様は俺なんか相手にしないですよ」
「それは早計すぎないかしら? 特に……幽々子とか」
「はっはっは、冗談は止して…くだ……さ……い?」
「あら、おはよう○○、紫。随分と楽しそうね?」
部屋の入り口。
空色の着物を纏った幽々子様が立っていた。
「……二人ってそういう仲だったかしら……?」
「あら、誤解ですわ。私には心に決めた人がいるもの」
そういって扇子で口元を隠す紫さん。
「ふぅん……? まあ、いいわ。○○、朝御飯よ。紫も食べてく?」
「そうねえ……ご一緒しましょうか」
「そう。じゃあ、○○、急いでね」
「はい」
そうして二人は部屋から消えていった。
朝から美人を二人も見れて眼福、眼福。
今日は良い一日になれそうだ。
誰だ、良い一日になりそうだって言った奴。
出て来い、修正してやんよ。
「……」
「……」
「……」
「……妖夢、お代わり」
「……はい」
……。
重い。空気が。
幽々子様から発せられる正体不明の重圧が、この場を、とても、重くしていらっしゃる。
紫さんは何かを知ってるのか、とても楽しそうな表情で箸を進めていた。
俺はというと、
「……」
「……」
時折、突き刺さる冷たい視線――それに耐えながらする食事というのは楽しいとは程遠い。
他ならぬ御本人に、食事は楽しいモノって教えられたのにねえ。
「時に幽々子」
「何かしら紫」
沈黙を破ったのは紫さんだ。
一層に眼を冷たくし、けれども口元だけには微笑を浮かべ、幽々子様はテーブルの食品から眼を逸らし、紫さんの方へと向き直る。
「これ」
「?」
空間が裂け、幽々子様への手元に、一枚の紙が舞い落ちた。
チラッと見えた。今朝の紙だ。外界旅行の紙。
驚いたように眼を丸くして、幽々子様は紫さんと紙を交互に見比べていた。
「……何かしら、これ?」
「見ての通りよ。貴女は参加しないのかしら?」
「したいけど、できないのよね」
「貴女達は似たもの同士ね」
扇子で口元を覆い、紫さんはハアっと溜息。
「問題ないわよ。そこの彼と参加すればいいじゃない」
パチンと閉じた扇子で俺を指す。
同時に、顔を見合わせる幽々子様と俺。
「「え」」
後から聞いた話だと、大層間抜けな声だったとか。
「これはどうかしら?」
「そんな格好で出歩いていたら明らかに白い眼で見られますよ」
香霖堂の一室。
更衣室からは、やたらと布の薄い水着を纏った幽々子様が出てきた。
「それは困るわねえ……あ、アレとか」
それだけ言って、幽々子様は『男子禁制』と書かれた暖簾の向こう側に消えていった。
――朝のことだ。
俺と幽々子様は紫さんの発言に眼を丸くした。
「問題ないでしょう? だって、貴女……」
「ゆかり」
「ごめんなさい」
凍るような一声で、紫さんは押し黙る。
また、重たい空気に逆戻りだ。
さて、どうしたものか。
このままの空気で食事を続けるのは非常に良くない。
聞いていれば、外界旅行の話が問題なのだと思う。
幽々子様が外界旅行に参加するか否かが論旨なのだろう。
見れば紫さんも、不機嫌な顔をしている。
埒が明かない。
ならば、と。
こんな空気が続くくらないならと。
「だったら、俺と行きましょうよ、幽々子様。紫さんや妖夢は先約が居て、俺と幽々子様には居ない。丁度いいでしょう?」
一瞬、本当に一瞬だけ。
場は、これ以上無いくらい、冷えた空気に変貌した。
「やあ、○○君」
「あ、霖之助さん」
背後から声をかけられた。
ここ――香霖堂の店主、森近霖之助さんだ。
「大変だね、君も」
「霖之助さんこそ。お店は大丈夫なんですか?」
「ハハハ、いらぬ心配だね。この次期は稼ぎ時なんだ」
「そうですか」
ツケられなければ良いけど……
「○○~これはどうかしら~」
出てきた幽々子様が身に着けていたのは、
「おぉ、中々に妖艶だ」
「……いやぁ…」
大きく胸が肌蹴た、ミニスカ看護師の服だった。
人前に出ることを想定してないと容易に考えられるほど、胸元と太ももが露出している。おそらく、そういう趣味の方御用達の代物なのだろう。
まあ、鑑賞する分には問題無い。
露出は少ないほうが良い、とは言っても、俺も男だ。胸や太ももが見せられたら、嫌でも、視線はそちらに釘付けになってしまう。
――ただ、忘れないで欲しいのは、
「そんな格好で、外に出るつもりですか、貴女は!!」
目的は鑑賞じゃなくて――外界に旅行に行くことってことだ!
限界だ。
これ以上は、先に進まない。この人の服は俺が決めてやる。
「きゃー、放してー」
「静かにしてください! ほら、こっち来て!」
「おーそーわーれーるー」
「人聞きの悪いこと言うんじゃありません!」
幽々子様の手を引きずって歩くのは表の、呉服スペース。
なんでも、こっちは裏のヴぃっぷスペースなんだとか。
「ほら、この服、こっちのが断然良いですよ!」
「面白くないじゃない」
「そういう問題じゃないです。って、こら! 逃げないでください!」
「だって○○の選ぶ服、センスが無いじゃないの。何でデカデカと蝶の絵が描かれているの」
「えっ、だって幽々子様、蝶っぽくて……」
「はぁ……」
ため息をつく幽々子様。
「来なさい○○。乙女の選ぶ服というのを見せてあげるわ」
「……そう言って、また、あの部屋に入ってふざけた服を選ぶんでしょう?」
「あら、心外ね。今度は真面目に選ぶわよ」
「……………………解りました、信用します」
「何かしら、今の間は?」
「気のせいです」
そう、と一言。
そのまま腕を引かれ、普通の服が置いてある、表スペースまで連れられた。
置いてある服は、どれも外界の標準的な物ばかり。
ここなら、間違わなくてすみそうだ。
――これとかどうですかね
――こっちの方が好みねえ、私は
――えー、でも、これの方が似合いますって
――風情がなってないわねぇ。良い? 衣服って言うのは……
――そりゃ、そうですけど。あ、これとか……
――うん、それは良いかもしれないわね……
ああでもない……
こうでもない……
「ふむ。仲睦まじくて良いことじゃないか」
何か聞こえたが幻聴だろう。
その日は、夕方近くまで服を決めていた。
さあ、帰ろうの段階になって、幽々子様が駄々をこねたから、結局帰るのは夜中になってしまったが。
妖夢にこってり怒らられたのは言うまでもない。
夕飯にありつけたのは、帰ってから二時間後のことだった。
俺と幽々子様は、閻魔もびっくりの説教を妖夢から受けた。
まあ、俺は良い。日ごろの行いが功を奏したのだろう。
初犯ということもあって、直に解放された。
幽々子様は……推して知るべしというやつだろう。
兎にも角にも、忙しい一日は終わった。
幽々子様の外界用の服も選んだし、必要な物資も粗方揃えた。
後は神無月を待つばかり。
そうだ。今日はもうゆっくり休もう。
捲り、布団の中に入ると、心地良い気分になる。
目を閉じればまどろみが直そこまで。
寝よう……。
そう思い、更に深く、意識を落としていく――
ガラッ
襖の開く音がした。
この時期、冷たい空気が部屋へと入り込む。
けど、それは一瞬のことで、襖は直に閉じられた。
「起きてるかしら……?」
「……何ですか、幽々子様。夜更かしするとまた怒られますよ?」
「いいわよ、別に……それより、」
布団が開けた。
冷たい空気が。
暖かい、柔らかい感触が。
「……妖夢が激怒しますよ?」
「大丈夫よ~。それとも、何、○○は嫌なのかしら?」
「いや、そういうわけじゃないですけど……」
「じゃあ、いいじゃない」
背中を向けてるから相手の顔は解らない。
「寒いのよ……暖めて頂戴」
腰に手を回される。
同時に、体が先程よりも密着した。
「……どうしたんですか、今日……」
「別に? どうもしてないわよ」
「嘘でしょう」
「嘘じゃないわ」
「だっていつもなら、こんな事しないじゃないですか」
「気のせいよ。私はいつも通り」
「うっそだぁ」
「本当よ」
クスクスと笑みが零れる。
「ねぇ、こっちを向いてはくれないかしら?」
躊躇う。
身の程を弁える。
でも――
「あらあら、顔が赤いわよー」
「……誰のせいですか、誰の」
「りんご病かしらね。診てもらう?」
「結構です」
クスクスと今度は幽々子様。
何となく鼻についたので、両手を背中に回し、思いっきり抱きしめてやった。
桜の匂いが香る。
多分、驚いたような顔をしていた。
「……いきなりね」
「そういう性分なんです」
「……暖かいわ」
「……俺もです」
幸せな気分だ。
確かに、俺は幸せだ。
「ねぇ、○○……」
言葉は出さず、顔を向ける。
「外界旅行……楽しみにしてるわね」
「はい……」
とても、暖かくて幸せな気分。
多分、俺は――
「お休みなさい、○○」
「お休みなさい、幽々子様」
目を瞑る直前。
唇だったか、頬だったか。
何か柔らかい感触が触れた。
気のせいだろうと。
俺は眼を閉じた。
九月後半の夜は暖かい。
神無月はもうすぐだ。
最終更新:2010年07月30日 23:15