幽々子10
新ろだ860
白玉楼。
幻想郷の冥界にある大きな屋敷。
屋敷の縁側には3つの人影――
「…でね、○○ったら普段は真面目なのに、夜になるともう……」
「えーと、幽々子…ノロケ話はいいんだけど……」
友人の紫が呆れたような目をしている。
視線の先には……
「前より食べる量、増えた?」
お茶請けの団子の皿の数が、普段の倍はあった。
普通の人間が見れば、間違いなく胸焼けを起こしてもおかしくない量だ。
「当たり前でしょう?お腹の赤ちゃんに栄養をいっぱいあげないといけないもの。まだ全然足りないくらいよ」
そう言って、少しだけ大きくなったお腹をさする。
幽々子の隣にいる夫の○○は、ただその様子に苦笑するしかなかった。
普通の人間である○○は、紆余曲折を経て幽々子の全てを受け入れ、結婚した。
種族の違いから子供を残す事は出来ない、それを承知の上でだ。
……しかし、結婚からおよそ3ヶ月程が過ぎた際に、それは起きた。
突然の体調不良。
そもそも亡霊である幽々子に、体調不良と言う言葉は実質無縁だ。
それなのに、だ。
突然の吐き気を催したのである。
そして、訪れた永遠亭で発覚した事実に誰もが(診察した薬師ですら)驚愕した。
まさかの妊娠3ヶ月。
これには幽々子も、あまりの事態に気絶してしまった。
付き添いの○○は唖然として、薬師に至っては「ありえない、ありえない……」と呆然とした。
白玉楼に戻り、妖夢にもこの事を話すと普段の冷静(?)さはどこへやら、異様に取り乱してしまった。
天狗の発行する新聞には、時折『人妖の夫婦に子供が出来た』と言う記事を何度か掲載されるのを目にしているが……
自分達も当事者になろうとは予測しなかったであろう…と言うより、出来なかった。
例によって、この事態も天狗の手により大スクープとして記事にされたのは言うまでもない。
「子供が生まれたら食費が大変な事になりそうねえ…。ところで男の子と女の子、どっちが欲しいの?」
「どっちも♪」
「即答ね…ええと、じゃあ何人くらい欲しいって思ってるの?」
「そうねえ…屋敷がいっぱいになるまで、かしらね?」
ニコニコしながら、団子をもう一本。
その顔は実に幸せそのものだ。
「あのねえ、幽々子…ただでさえ従者に苦労かけさせてるのに、今度は旦那も巻き添えにするつもり?」
「あら、巻き添えだなんて失礼しちゃうわね。○○なら『そんなの、愛でどうにかしてみせる』って言ってくれたわよ?…ね、○○?」
「あ、あはは……」
やはり苦笑するしかなかった。
「きっと、生まれてくる子は妖夢みたいに半人半霊になるわね。…うふふ、妖夢からすれば弟か妹になるかしら」
「はいはいノロケノロケ……」
ごちそうさま、と紫。
友人がこんなにも幸せな表情をするとは思わなかった。
…やはり愛は亡霊をも変えるのだろうか。
「これから育児の勉強もしなきゃいけないし…忙しくなりそうね」
「幽々子様ー、ちょっといいですかー!」
屋敷の中から妖夢の呼ぶ声。
それを聞き、幽々子は縁側から立ち上がる。
「妖夢が呼んでるから、ちょっと失礼するわね。…紫も早くいい人見つけて、子供が出来るといいわね?」
「はいはい、分かったから早く行きなさい」
ノロケ話はもう結構、と言わんばかりに紫がしっしっと手を払う。
…縁側に残されたのは、○○と紫の二人になった。
「……紫さん」
「何かしら?」
「貴女の仕業ですね?」
幽々子がいなくなったタイミングを見計らい、紫に尋ねる。
「あら、何の事かしら?」
「大体こんな事になったら、黒幕は紫さんしか該当しませんよ」
「……ふふ、やっぱりバレちゃったようね」
境界を弄って新しい命を授かれるようにした、それが紫のやらかした事だった。
「どうしてこんな事を?俺は子供が出来なくても構わない、それを受け入れた上で幽々子と……」
「私は幽々子の友人よ?それに、彼女の全てを受け入れると言う貴方に賭けてみたくなった…それもあるわ」
まぁ、結果的にはノロケ話を聞かされて胸焼けしそうになったけれどね、と付け足す。
「でもね、あれだけ幸せそうな顔をした幽々子なんて久しく見なかったわ。…そう言う意味では、貴方に感謝してるのよ?」
「…いずれ幽々子には感付かれるんじゃないですか?その時は…何を言われるか分かりませんよ?それに閻魔様だって黙っちゃいないでしょう…」
「それでも構わないわ。ただ、私はあの子に幸せを与えたかった…それだけだもの」
「……友人だからこそ、ですか?」
「そう言う事♪……まぁ、今は幸せの絶頂にいるから、当分は気付かないんじゃないの?」
なら、知らないままの方が幸せだ。
紫はそう締めた。
「でも、正直不安の方が大きいですよ?ちゃんと育てられるのか、養育費は大丈夫なのか……」
「弱気にならないの。それを何とかするのが、父親になる貴方の使命でしょう?」
「う…そ、その通りです…」
正論だった。
「…まさか貴方は子供が出来て嬉しくない、だなんて言わないでしょうね?」
「何を言うんですか。望んでも出来なかった筈なのに出来たんですよ?こんなに嬉しい事は……」
「それを聞いて安心したわ。そう言えば、幽々子にこう言ってたわよね?『きっとこれは愛が起こした奇跡なんだ!幽々子、元気な子を産んでくれよ』って…」
「ぎゃー!?」
おそらくスキマを通じて聞いていたのだろうが、○○からすれば恥ずかしい所を聞かれたも同然だった。
「…さて、幽々子が戻ってきたところで、またノロケ話を聞かされるのもアレだから、私はそろそろ帰るわね」
そう言って、紫はスキマを開く。
「ああ、そうそう。二人目が欲しいのなら、また協力するわよ?それじゃあね」
スキマを閉じると、紫は帰っていった。
まだ一人目も生まれてないのに、気が早い事を言う物だと○○は内心呆れるばかりだった。
――夜。
同じ布団の中にで二人は寄り添っている。
「ねえ、○○」
「なんだい、幽々子」
「今でも信じられないの。私の体の中で命が実を結んだなんて…私、亡霊なのに……」
「俺だってそうさ。それに、前も言っただろ?愛が起こした奇跡なんだ、って」
例え裏で紫が仕組んだ事であったとしても。
愛の結晶である事に、何ら変わりは無い。
「……夢、じゃないのよね?」
「現実に決まってる」
「じゃあ、証明してみせて」
頷くと、○○は幽々子に唇を重ねる。
「ん、ちゅ…ん、ん…ちゅ……」
更に舌を入れ、絡め合い、唾液を交換する。
それが数分の間続くと、○○の方から唇を離した。
「ん、ふはぁ……」
「ぷは、ふぅ…これでいいか?」
「ええ。……ふふ、幸せ♪」
嬉しそうに幽々子がくっついてくる。
新しい命を授かった事が、よほど嬉しいのだろう。
「ほら、○○…わかる?」
幽々子が○○の手を取って、自分のお腹に当てさせる。
まだ少し膨らんだと言う程度だが、そこには確かに新しい命が宿っている。
「ああ、確かに。…俺と幽々子の子が、な」
「…こんなにも幸せを感じられるのなら、私…もっと早くから貴方に出会いたかったわ」
「どうして?」
「だって…こうして命を授かれるのが、少しは早まったかもしれないじゃない?」
それはない。
本来なら、これはありえない事だからだ。
だけど、嘘でもいい。
最愛の人が幸せでいてくれるのならば、それは許される嘘なのだ。
「ああ、そうか。…そうだな」
「……愛してるわ、○○」
「俺も愛してるよ、幽々子」
「…例え世界が壊れたとしても、私を愛してくれる?」
「魂に誓ってでも、愛するさ……」
再び、二人の唇が重なった――
――それから数ヵ月後、一人の子供が冥界に生を受け、白玉楼が騒がしくなるのだが…
それはまた、別の話。
新ろだ972
夜が明ける。
月が傾いている。山の端に差し掛かっていた。
空が白んでいる。
襖の隙間から望むのは朝の調べ。
早いようで、遅いようで、それでもやはり早かった。
牛の歩みか。
烏の疾走か。
夜が――明ける。
遅くなった。既に時間は朝に迫っている。
縁側は直接に風が吹き込み少々、いや、凄く寒い。
「はぁ……」
吐き出す色は白く、冬の庭景色に混ざってしまえば見分けることはできないだろう。
スタ。
早足で。
走るように。
音を立てず。
スタ。スタ。
……。
スタ。
足の裏は、冷えるように痛い。
スタ。
着いた。
もう何度見たか。何度開けたか。両の指で数えられるだろうか、無理だろうか。
この向こうに、愛しい人が、待って、いる。
息を吐く。白い。怒ってるかなあ、怒ってるだろうなあ。
ようやく逢えるという希望と、怒っているかもしれないという不安。
両の想いを抱きつつ、ゆっくりと、音を立てないように――
鼻に残る、でも不快ではない匂い。
暖かい。温かいか。どちらでもいいか。
包まれてるような感覚。布団が一つ。そこに、いた。
「遅いわ」
と唇を尖らせる。口調から伺うに本気で怒っているようだ。
「何をしてたの」
有無を言わせぬ、というのが相応しい。
嘘は通じないだろう。
追求からボロが出る。
「……妖夢に、説教貰ってた」
「こんな時間まで?」
「こんな時間まで」
本当はもっと早く来れる筈だった。
だが、ヘマをしたんだな。
ここに来ようとするのが、妖夢にバレたのだ。
――毎夜毎夜、何をコソコソしているのかと思えば。
――成る程、そういう事ですか。
――貴方が誰と関係を持とうと勝手ですがね。
――この場所で、不順異性交遊は止めて頂きましょう!
そこからは、よく覚えていない。
気が付けば明け方だった。
妖夢はいなかった。
「私がいならがら、妖夢と、こんな時間になるまで、一緒にいたと?」
「い、いやぁ……」
「い、た、と?」
「は、はい……」
「バカ」
そうとだけ言って、布団に潜り、背を向ける。
拒絶だった。
自分がほったらかしにされて、他の女の子と一緒にいたのが余程気に食わなかったのだろう。
気持ちは、痛いほど解る。
逆の立場だったら、多分、拒絶じゃ済まなさそうだ。
それほどに、愛しい。
だから耐え切れなかったのだろう。
想いが、拒絶という形になって、表に出た。
だから、放っておけないな。
「ごめん」
「……」
布団に歩み寄り、枕元に腰を下ろして、囁くように言った。
「ごめん」
「……」
「傍にいる」
「……」
「約束、する」
「……絶対?」
「絶対だ」
「本当ね?」
「嘘は、言わないよ」
「……ありがとう。そして、ごめんなさいね」
振り返った。
顔が朝白の光に照らされて、艶かしく映る。
「本当に怒ったんだからね。憎くて憎くて堪らなかったわ。気が付けば夜が明けていたわ」
「うん」
「まるで、赤染衛門の歌の様、ね」
「赤染衛門?」
聞いたことの無い名前。
「やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな」
歌意は、解らない。
ただ、何となく。
――モノ哀しい。
「その歌は――」
「ふふ、まるで私達のようね」
言葉が遮られる。
何を言っているのか。
愛しい想いに変わりは無いが、いつも地に足が着いてないような気がする。そこがまた可愛いのだが。
それは、そうと、だ。
思い出した。
思い、出せた。
手放したとばかり思ってた。
幻想となったとばかり思ってた。
でも、この胸にはしっかり残ってた。
久しく忘れてた。
俺の――
「○○、気をつけてね」
「うん?」
「恋の想いって言うのはね、怖いものなの」
「……」
「人を殺してしまったり、自ら命を絶ってしまったり、ね」
「うん」
「いなく、ならないでね」
「解った」
顔を向け、体を寄せ、手を回し、優しく、ゆっくりと抱きしめる。
温もりが直に。
温かさが手の中に。
「幽々子様……」
「何?」
「お願いがあるんだ」
捨てた筈の物。
でも、しっかりと、この胸には残っていた。
夜が明ける。
朝が来る。
新ろだ978
春の足音が聞こえる頃。
桜は蕾を見せ、暖風が頬を擦っていく。
山の傾斜も、冬の厳しさは薄れ、春の柔らかさが見えてきた。
如月を前にして、白玉楼は早くも、春の足音が聞こえていた。
「ふぅ……一休みしましょうか」
「そう、ですね。西行寺“先生”」
「もう」
照れたような表情で頬を膨らませ、ジッと睨んでくる。
スッキリとした畳の和室。
普段は机が一つだけの閑散とした場所である。
その部屋も、今は雑然とした様子で、風の吹込みを受け入れていた。
転がった――本の類。
年代物であり、所謂、古書と言われるものである。
「それにしても、いきなりどうしたの?」
「ああ、まあ、色々あってね」
此処――幻想郷に来る前の事だが――まあ、割愛しよう。
長くなるだけであり、また面白くも何とも無いから。
自分語りは余り好きじゃないから。
さて、休憩といいつつ、古書を捲る手は止めない。
そこへ――
「はぁい」
「!」
「あら」
空間が割れ、顔が現れる。
金髪の美女である。
少女のような純真さ、母のような深さ、そして大妖怪としての、畏怖。
妖怪の大賢者、八雲紫がそこにいた。
「休憩と聞いて、おやつを持ってきたわ」
「あらあら」
「こりゃ、どうも」
スキマから取り出したのは饅頭と煎餅。
そして、いつの間にかお茶が三人分。用意が良い。
「幽々子様ーお昼をお持ちしました――って紫様、いらっしゃたんですか」
「ええ、ついさっき、ね」
障子を開けて入ってきたのは、使用人、魂魄妖夢であった。
いつものように刀を下げ、手にお盆を持ち、またか、といった顔をして立っている。
「はあ。……○○さんも……そういえば、いましたね」
「酷いなあ。言葉が刺々しいぞ?」
「ふん」
言いながら、踵を返し、部屋を出て行った。
「あらあら、○○も罪ねえ」
「何言ってんですか」
「それで、紫、何用かしら?」
若干ではあるが不機嫌そうな幽々子様の声。
「いや、ねえ、○○が学問を始めたと言ったからね。私に出来る事は無いかと思いましてね」
「無いわ。あなたは理系でしょう。○○は文系。意味無いわね」
「あらあら」
二人の会話を他所に、もう一度古書を開く。
相変わらずの古字体である。
読んだ当初は全くと言っていいほど解らなかったが、今は何となくではあるが、解る。
これも、西行寺先生のお陰と言った所か。
「へぇ、伊勢物語、ね」
「おわぁ!?」
耳元からくすぐる様な声。
紫さんであった。
「在原業平をモデルにした男の歌物語……といった所かしらね」
「まあ、はい、大正解ですね」
「当然の常識ね」
言ったとおり、在原業平をモデルとした男の初冠から辞世までを描いた物語だ。
作者については諸説ある。
業平の自記、紀貫之の作……といった物である。
さて、本から目を離し部屋をグルりと見渡せば、縁側の方を幽々子様がプイッと向いていた。
「……」
憮然とした態度である。
こちらを見向きもしない。
「あらあら……」
そこへ
「お茶をお持ちしましたー……って、あれ……」
「あ、や、やあ、妖夢……」
「○○さん……また何かしたんですか……」
「そうなのよぅ。○○ったら強引なんだから……」
「止めてくれますかね、そういうの!?」
「剣の切れ味は……良好ですね」
「止めて!?」
そんなやり取りをしていたら、ますます機嫌が悪くなった御様子の屋敷の主人。
背中からでも解るほどに、負のオーラを端逸している。
「世の中に たえて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし」
「……」
一斉にこちらを見る。
一瞬程、臆するが、それではダメだ。
前を向いて、振り向かず、言葉を、紡げ、
「俺は、桜が無かったら心穏やかじゃいられない」
見開いたようにして、ようやく、幽々子様は口を開いた。
「私も……私もよ! でも、桜があるから心穏やかでいられない……
貴方の事が、心乱れるほどに愛しいのに……貴女は……私を見てくれない!」
そう言う幽々子様の表情は悲壮な表情を浮かべていた。
そんなことはない……とは否定できなかった。
本人がそう思っているなら――きっとそうなんだ。
「私の心を乱さないで……あなたの、本当の気持ちを、聞かせて……」
どちらともなく手を差し出し、握り合う。
「大好きだ」
嘘偽りなど無い。
本心の言葉だ。
「ええ」
顔が近づく。
触れる距離。
「ん……んぅ」
指の間に指を通し、体を合わせあい、離れた距離が縮んでいく。
着物に手を触れ、白い肌が、吸い込まれそうな、
「そこまでよ」
「そこまでです」
声が上がったのは同時だった。
「むっ」
「何よ」
「仲良きは素晴らしいことだけど、場所と状況を弁えてくれるかしら?」
「そうですよ」
紫さんと妖夢が声を揃えて反論する。
「しょうがないですよね?」
「しょうがないわよね?」
「貴方達……」
パチンと何かが閉じる音がした。
「お帰りですか、紫様」
「ええ、ありがとう妖夢、ご馳走になったわ。それに、これ以上ここに居たら砂糖吐かされるからね」
「失礼ですね」
「失礼ね」
ふぅ、と、ため息を吐いてスキマへ消えていく刹那、
「大事にしてあげるのよ」
そんな事を言っていた気がした。
※注
伊勢物語に関する記述は適当に調べたので真実でないかもしれませぬ。
ご了承くださいね。
新ろだ2-310
……頼むからそんな笑顔で俺をみないでくれ。これ以上俺を夢中にさせないでくれ。
貴女にとっては何でもない笑顔なんだろうが、俺にとっては心を甘くかき乱すものでしかないんだ。
手の届かない人だってことくらい分かってる。
貴女は冥界のお嬢様だ。俺なんか微笑みかけてもらえるだけで幸運なんだ。
俺が返せるものなんて曖昧な笑顔くらいしかないんだから、これ以上俺を見つめて微笑まないでくれ。
その微笑みの先を、おこがましい妄想を、俺にさせないでくれ。
「よう、○○飲んでるか?」
「ああ、少なくともちょっとぼうっとするくらいにはな」
……またかわされてしまった。
どうして○○はあんな笑顔で私を見つめるのだろう。
彼の仕草一つ一つに目を奪われるようになってずいぶんたつ。
目が合ってしまった時には笑って誤魔化しているが、不審に思われてないだろうか。
……全くいつも私の心を惑わせてくれる。
隙だらけのはずなのに、全く隙が見い出せないのは一種才能ではないかしらん。
そのくせ誰にでも穏やかに接し、それを無自覚でやっているから恐れ入る。
その為に彼は誰からも好かれているんだけど、……これは少し問題ね。
「妖夢、ちょっと離れるけど気にしないでね」
「どちらへ?」
「……そうねえ」
数瞬ほど考えて、一番しっくり来る表現を見つけた。
「猫に鈴を付けに」
「ねえ、○○」
ギクリとした。何か不審な点があっただろうか。気付かないうちになにか粗相をしていたのだろうか。
身に余る妄想の直後に掛けられた声に、思わず緊張する。
「どうしたの?」
「い、いえ。少しぼんやりしていたので」
声が上ずっているのが自分でも分かる。
「そう。驚かせてごめんなさいね」
その様子を気にもせずにふわりと笑む幽々子。
……ああ、その笑みだ。
何度見ても思わず息を呑んでしまうほどに美しい笑顔。花が咲くという表現が相応しいその可憐な笑顔。
「○○?」
「あ、すいません! またぼうっとしちゃって。飲み過ぎですね……ははは」
再び呆けてしまいそうな意識を慌てて引き戻す。
「あら、私とのおしゃべりはそんなに退屈かしら?」
「い、いや、そんなつもりじゃ……」
「……ふふっ、冗談よ」
悪戯っぽく笑う幽々子と困ったように笑う○○。
「せっかくの機会だし、二人きりで飲みたいなって」
「……幽々子さん?」
○○に杯を渡し、隣に腰掛る幽々子。
思いもよらなかった行動に○○が固まる。
「ねえ○○、知ってるかしら? 最近この神社に猫が住み着いているのよ」
「……そ、そうなんですか」
「ええ、ここに来るみんなに可愛がってもらってる人気者なのよ」
「……へえ、是非見てみたいですね。何処にいるんですか?」
口実を作り離れようとする○○の手を幽々子が優しく掴んだ。
「……幽々子さん?」
「さんざん愛想振り撒いてその気にさせておいて、抱き締めようとすればするりと逃げていく。
……本当に猫みたい」
呆然とする○○を艶っぽい笑顔で見つめながら幽々子は問う。
「あんな笑顔で私を見つめるのはどうして?」
「……ええと」
戸惑いの声をあげる○○の顔は赤く染まっていた。
「私ね、目の前の猫がどうしても欲しくなっちゃったのよ。……○○」
たおやかな指が○○の頬から顎へと下がっていく。
「……だからね」
そして、猫をあやすように喉を擽った。
---だから、可愛くて大好きな猫に鈴を付けておこうと思うの。
二人の影が一つに重なり、わっと酒席が沸いた。
そんな笑顔で私を見つめて、これ以上私を夢中にしてどうするつもりかしら?
もう十分なくらいあなたに夢中だと言うのに、そんな素敵な笑顔をされたら、ますます私はあなたから離れられないじゃない。
これじゃあどちらが鈴を付けられた猫だか分からないわ。
「どうしたんだ幽々子?」
「鈴の音がするのはどこからなのかしらね」
「鈴?」
「ええ、鈴」
「……うーん、俺には聞こえないな」
「でしょうね。私にしか聞こえないはずだから」
「何だよそれ」
不思議そうに耳を澄ませる○○を笑う幽々子の声は、鈴の音のような涼やかで美しいものだった。
うpろだ0055
○○「あ、あれ…あの桜、あんなまがまがしい雰囲気持ってたんですか?」
幽々子「…○○。話があるの」
○○「?」
幽々子「私のお父さんがあの桜の下で死んだのはこの前話したよね?」
○○「ん?あ、はい」
幽々子「あの後、お父さんを追っていろんな人が死のうとしたのも知ってるよね?」
○○「まあ…」
幽々子「実はね…その人の精気を吸っちゃって…妖怪になってるのよ、あれ」
○○「え!?」
幽々子「なんの因果かしらねぇ、あの桜も人を死に誘うようなの」
○○「…相当危ないじゃないですか、それ…」
幽々子「私も死を操れるけどね」
○○「……」
幽々子「ま、あなたも言ったけど、あの桜、ほんとに危ないのよ」
○○「じゃあどうするんですか」
幽々子「実は一つだけ止める方法があるの」
○○「あれをですか?」
幽々子「ええ、簡単よ。私が死ねばいいだけ」
○○「!?」
幽々子「私の体を鍵に、封印すればあの桜は二度と満開にならないわ」
○○「え、でもそんな幽々子が死ぬなんて…」
幽々子「これしかないの。それに…父さんが大事にしてた桜があんな風になっちゃって…
私もこの通りなの…正直、もうしんどいのよ」
○○「……」
幽々子「それじゃあね
あ、○○。大好きよ」
スタスタスタ…
○○(あまりの事で思わず固まってしまった!何やってんだ俺は!?
止めに行かなきゃ!!)
幽々子「…ふぅ。もしかしてこんなことしようとしてるのも、この桜のせいかしらね」
○○「待て!!」
幽々子「○○君!?なんで!?」
○○「し、死んじゃ、死んだらダメだ!幽々子!」
幽々子「ダメ!これ以上近づいたらあなたも精気を奪われるわ!」
A.それでも助ける
○○「それでも!俺は君を!
……な、なんだこれ…生きる気が…」
幽々子「お願い!あなただけでも生きて!」
○○「く、くそ…ゆ、幽々子…俺は…
俺も…一緒に逝く…」
幽々子「あ、ああ…そんな○○君…」
B.踏みとどまる
○○「……!!!」
幽々子「……○○君、ごめんね。でも大丈夫よ、また会えるわ」
○○「死人にどうやって会えと…」
幽々子「幽霊になってずっとあなたにまとわりつくわ」
○○「うれしいけど、ちょっとやだな…」
幽々子「あら、ひどい。
…そろそろこの桜の力に勝てなくなってきたわ。見ない方がいいんじゃないかしら?」
○○「…そうだな」
幽々子(ありがとう…○○君。ほんとに…
また、私達会えるかな…)
桜を見る度、幽々子の事を思いだしてしまう。
あのあと、ほんとに死んでしまった彼女との最後の会話。
ちょっといやだとは言ったが、ほんとにずっと付きまとってくれていないのだろうか。
鏡を見たら後ろには死んだ幽々子。びっくりしそうな場面なのに、考えるだけで涙が出てくる。
…今日から桜を見るのはよそう。死にたくなるぐらい気分が落ち込むだけだ。
○○「…ん!?今水面に幽々子が…気のせいだよな。だよな…」
幽々子(私もなんで…この人に付きまとってるのかしら…
誰だか分からないけど、この人とずっと一緒にいたい、そんな気がする)
うpろだ0055
『
昼下がり。
白玉楼へ遊びに来た紫は、縁側で楽しく御喋りをしていた。
最近の流行や、新しく出来たお店がおいしい等の雑談。
そして、お互いの近況へと話は変わっていき。
紫が惚気たところで、幽々子は深刻な顔をした。
「ねえ、紫」
「なに? 幽々子」
幽々子の重い声音に、紫はなにかあったんじゃないかと心配そうに声をかけた。
「最近、旦那様とイチャイチャしていない気がするの」
「は?」
深刻そうな顔で何を告げられるのかと、思っていたら拍子抜けするような内容だった。
紫から見たら毎日イチャついてるようにしか見えていないから、鳩が豆鉄砲をもらったような返事しかできなかった。
毎日のように手は繋いでいたし、さっきだってお茶請けにと幽々子の好みに合わせて買ってきたものだろうお菓子を出していたし。
さらに言うと、遊びに来た時にも口付していたところに出くわしている。
その場面は気まずかったが。
それだけの事をしていて、イチャついていないとはどういうことなのだろうと思い、紫は片言で聞いてしまっていた。
「・・・・・・幽々子。ナニヲイッテイルノ?」
「えっ?」
幽々子はなぜ疑問形で返されるのか分からなかった。
端から見ればイチャイチャしてるように見えても、本人はイチャイチャしていないと思っているのだから。
「いつもイチャイチャしてるわよね?」
「していない気がするから聞いてるのよ」
紫の頭には疑問符しか浮かんでこない、いったいどういうことなのだろうと。
だから、一つ一つ確認するように訊ねた。
「幽々子・・・確認だけど。毎日、手は繋いでいるわよね?」
「繋いでいるわよ」
「口付もしてるわよね」
「してるわね。紫にさっき見られたし」
たんたんとそう応える幽々子に紫は困惑していた。
手を繋いで、口付をして、ベタベタしているのはイチャイチャではないのかと。
「傍目に見ても、手を繋いでいたり、口付をしたり、抱き合ってたら、イチャイチャしていると思うのだけど」
「私もそう思うわ」
紫は少し安心した。イチャイチャの概念を幽々子がちゃんと持っていることに。
だから、明るめの声で言った。
「幽々子。それなら毎日のようにイチャイチャしてるじゃない」
「でもね、紫。手を繋ぐのも、口付をするのも、抱きつくのも全て私からなのよ」
それのどこに問題があるのだろうか? と、紫は思った。
正直、彼は幽々子と手を繋いで、嬉しそうに微笑んでたのを覚えてる。
「旦那様からは、なかなか手を繋いでくれないし、口付だって・・・」
「えっと、幽々子・・・もしかして」
「旦那様から手を繋いだり、抱きしめたり、口付たりしてほしいの」
紫はそこで、そういうことかと理解した。
旦那様から積極的にイチャイチャしてこようとしないことに不満を抱いていることに。
自分ばっかりがイチャイチャしたいんじゃないかということを。
「ねえ、幽々子。それを旦那さんにそのまま言ったらいいんじゃない?」
「い、言える訳ないじゃない!! 恥ずかしいし!!」
えっ・・・自分から、手を繋いだり、抱きついたり、口付たりするのは恥ずかしくないの? と、紫は思わずにはいられない。
紫自身、彼に自分から抱きついたりするのは恥ずかしいと感じる。
彼の驚いた顔を見る為にスキマを使って後ろから抱きつくことはあるけれども。
それを考えると、言う方が恥ずかしくないんじゃないかと思える。
それに幽々子と旦那様は、亡霊と人間の時代から触れあえない分、言葉で伝えあっていた覚えがある。
どちらも生きていた頃は、想いを胸に仕舞っていた気がするが。
「・・・それを旦那さんからしてもらえたらいいのよね?」
「そう! してもらいたいのよ!!」
幽々子は、両手をグッと握って力を込める。
「なら、私から言って・・・」
「それは、駄目よ!! 言われてじゃなくて、自然とやって欲しいのよ!!」
「また、面倒な」
紫は面倒くさそうに頭を少し抱えた。
「面倒とはなによー!! 私にとっては大事なのよ!!」
幽々子は頬を膨らませる。
本人にとっては大事なのかもしれないけれど、言葉で伝えれば早いだろうにと本気で紫は思う。
幽々子と旦那さんは触れあえない時から、言葉で愛を伝えていたのを知っているから。
紫は過去に一度だけ彼に聞いた。幽々子の旦那様になった日の宴で。
『あなたは本当に、それでいいの?』
その時の彼は笑顔で答えていた。
『いいんだ。俺は幽々子を愛しているし。幽々子も俺を愛してくれてるのは分かる。だから、触れあえなくても言葉だけは伝えたいんだ。触れあえない事で感じる不安や負い目を、幽々子から取り除けるように。・・・本当は・・・触れあって、言葉でも伝えたいけどさ』
ああ、それほどに幽々子を愛しているんだと感じた。
今でも十分わかる程に幽々子は愛されてる。
そんなに愛されていながら、本当になにが不満なのか。
「幽々子・・・」
「なに、紫?」
だから、立ち上がって大声で言ってやった。
彼女の旦那さんが近くにいる気配を察して。
「手を繋いだり、抱きしめてほしいっていいなさいよ!! 今も十分に愛されてるんだから!!」
「ゆ、ゆかり?!」
幽々子は、紫を見上げたまま驚いた。
突然、大声で言われたことにも立ち上がったことにも。
その二人の背後で、ガタっと音がした。
振り向くとお盆を持ったまま、彼が固まっていた。
「え、えっと旦那様・・・」
「幽々子。えっと・・・その・・・ごめんな。気付いてやれなくて」
彼は申し訳なさそうな声で、幽々子の傍に座り、手に持ったお盆を横にやって頭を下げる。
それに焦った幽々子は
「私が悪かったの。私のわがままで、言えば良かっただけなのに。旦那様に愛されているのも、大事にされているのも分かってるのに。ごめんなさい」
と、彼に抱きついて泣いた。
彼は幽々子の背に両手を回して、片手で背中を優しく撫でた。
しばらく、そうして幽々子が泣きやんだ頃。
「今度からは、俺の方から抱きしめたりするから」
彼は照れたように、そう言った。
「ごほん・・・ごほん」
紫はその場に立ったまま、咳をすると
「あっ」
「あっ」
抱き合っていた二人はそそくさと離れた。
「私を無視するなんて・・・」
「ごめんなさい、紫。無視はしてなかったのよ。ちょっと二人の世界に入ってただけで」
「すまない、紫さん。無視してたわけじゃないんだ。ちょっと幽々子しか目に入らなかっただけで」
焦ったように弁解する二人。
正直、話している内容はどう考えても紫が視界に入っていなかったことを言っているが。
「もうすこし、ゆっくりしていくといい。ここにお茶とお菓子を置いていくから」
彼は、お盆を幽々子と紫の間に置いて縁側から離れた。
それを見送る二人は、顔を見合わせて笑った。
「ねえ、幽々子?」
「なに、紫」
「悩みは解決した?」
幽々子は微笑むと、自信満々に応えた。
「しあわせになるくらい、解決したわ!」
』
35スレ目 >>335>>336
335
妖夢に手当てしてもらってたら、幽々子様が悔しそうにこっち見てた。
「妖夢だけずるいわ。○○に触れられて」
「そんな目で見られても・・・幽々子様が触れたら○○さん死んじゃいますから」
「う~っ・・・でも、羨まし~い」
あ、ありゃ? このままいくと妖夢とイチャイチャすることになんぞ?
幽々子様とイチャできないとか、どうなってんだ。
336
>>335
幽々子さま、まず小町どんと「はぐれ死神コンビ」を組むのです。
それから思う存分○○に抱き付きます。当然○○は死にます。
なあに、昇天する端から三途の川に突き落としてもらえば、また生き返ります。
さあ!
最終更新:2021年04月26日 22:49