紫1
1スレ目 >>2
「紫さん、俺はあなたと一緒になれるならば食われてもいい!」
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1スレ目 >>52
ゆかりんへ
「俺の心の隙間を操れるのは君しかいない!」
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1スレ目 >>304
―壱―
空に輝く星を、手にしたいと願った者は一体どれだけいたのだろうか?
俺も幼心に、夜空に手を伸ばした事はなんどもあった。
その度に届かなくて、背伸びをしたらころっと転んで…
そして少し大きくなって、こう思うようになった。
―星は掴めない。そして…掴めないから、あんなにまで美しい。
…と。
その時から、考えを変えたつもりはない。それが真実だと思っている。
けれど。
それでも掴みとりたいと願う星が見つかってしまったら…
俺は、どうすればいいんだろう?
―弐―
「ふぁー…お早う」
「お早う御座います。っていっても、もう夜中ですけどね」
かちゃかちゃと食卓の用意をしながら、居間へ入ってきた紫さんを出迎える。
これが、マヨヒガに流れ着いた俺の最近の仕事だ。
特にこれという事もなく生きてきた俺が、何故こんなところに居るのか。
バイトの友人に連れられて、どこぞの山中で迷子になったのがそもそもの原因だった。
さんざっぱら歩き回った挙句、何の因果かここマヨヒガにたどり着いてしまった。
発見された当初は飛んで火にいる油揚げ状態だったのだが、俺には見に染み付いた調理技能があったおかげで命拾いした。
技能的には高いものではないのだが、ともかく作れる範囲が多岐に渡ったのが幸いした。
基本的に藍さんが作るのは和食と若干の洋食だ。大して俺は和洋中華、ドイツにタンザニアにインドごちゃ混ぜ何でも来いである。
かくして家長?である紫さんになんとか認められ、紫さん直属の飯炊きになることで食材行きは免れたのである。
…とはいっても、朝昼問わず起きてなきゃいけないのはなかなかに厳しいけれど。
「今日は何をお作りすればいいでしょーか?」
「そうねぇ…するっと食べられる麺類がいいわ」
「了解しましたっと…」
言いながらエプロンを身につけ、三角巾を被り料理を始める。今日はベトナムのフォーを作ることにした。
紫さんは手持ち無沙汰なのか、ぼんやりと卓袱台に肘を突いて、コッチを見ている。
「…紫さん、緊張してしまうんで出来たら見ないで欲しいんですけど」
「あらあら。それは失礼しました…」
ちっとも失礼していない声で笑う。その妖しくも美しい笑顔に、またも俺の心は悲鳴を上げる。
―そんな顔を、見せないで下さい。
「急かさなくてもすぐ出来ますから」
「別に急かしてなんかいないわ」
軽く会話をキャッチボールしながらも、手元はせわしなく動く。鶏肉を煮て、野菜を切って麺を茹でて…
程なくしてフォーは完成した。あつあつのまま、紫さんの前に置く。
「はい、どうぞ」
「いただきます」
きちんと手を合わせてから箸を取り、食べ始める。
普段の寝てばかりの姿からだと少し想像しづらいが…紫さんは凄く行儀正しくご飯を食べる。
箸の使い方から器の持ち方、食べる時の姿勢までもが完璧で、その姿は正しく貴族の令嬢もかくやといった感じだ。
―そんなに美しいから、また見つめてしまう。
「あら?私の顔に、何かついてるかしら?」
横顔を見ていた俺に、紫さんが問いかける。
「いえ、味の方はどうかなと思いまして。作ったものの感想は気になりますよ」
さらっと嘘をつく。これも自分に染み付いた技能だった。正直なところ、いい気分ではないけれど…
俺の言葉に、紫さんはひっそりと笑いながら答えてくれた。
「聞くまでもないことよ?美味しいわ。いつも通りに…ね」
「そうですか…よかった」
少しだけ高鳴る胸の動機を押さえながら、俺は笑顔を作った。
…多分、上手く笑えていると思う。
「ご馳走様でした」
手を合わせて深々と頭を下げる紫さん。本当に、普段の態度からは信じられない動作である。
「はい、お粗末さまでした」
食べ終わった器を洗い場へ持って行き、水を張った桶にするんと滑り込ませる。
水道があればごしゃごしゃと洗っておきたかったけれど、それもないから洗い物は明日まとめてやる事にしよう。
「あー、暖まったわねぇ。美味しかったし」
食後の冷たいお茶を飲みながら、紫さんが嬉しそうに言う。
その言葉だけで、ものすごく喜んでしまう自分がなんだかバカっぽく思えた。
「さて、あなたはこれからどうするのかしら?」
「そうですね…もし他にご用事がなければ、一眠りしようかと思っていました」
紫さんは起きる時間が不特定だ。ならば、可能な限り取れるときに睡眠はとっておかなければならない。
事実、最近は真昼だろうと明け方だろうと眠れてしまうのだ。俺も紫さんっぽくなったのかもしれないなぁ…
「そう…少し腹ごなしに歩くから、付き合いなさいな」
「…はい、分かりました。けれど、外は生憎と雨なので、傘を用意します。少し待っててください」
そういって、自室に転がってるであろう蝙蝠傘を取りに、席を立った。
* * *
「…まぁ、雨の中を歩くの一興…かしらね」
―参―
さくさくと、砂を踏みしめ歩く足音が二つ。雨音に包まれている。
咲いている花は、ピンク色の傘と真っ黒な傘だけだった。
「いいお湿りねぇ…恵みの雨、といった所かしら?」
傘から手を伸ばして、空から零れてくる雫を受け止める紫さん。
「そうかもしれませんが…あの紅い吸血鬼さまには、憂鬱な対象かと」
「あらあら、貴方も随分と言うものね?」
「そうですね…まあ、この場には二人だけ。聞き流して頂ければ嬉しいですよ」
「それもそうね。流石に疲れるのは嫌だから、特別に聞き流してあげるわ」
くすくすと、笑う紫さん。俺も釣られて、少し笑う。
「そう、その笑いよ」
突然変わる声音。まるで一瞬で存在までが変わったかのようだった。
「…紫さん?」
「それが貴方の本当の笑い。時折浮かべるモノではない、本物の笑顔」
紫さんの表情は、真剣そのものであった。一切口の挟めない、研ぎ澄まされた刃のようだ。
「紫さん…何を」
「貴方の笑顔が本物でないのは…私のせいかしら?」
「…!!!」
その言葉に、顔が歪むのを抑えることが出来なかった。
―ああ、その通りなんです。
確かに、俺がこんなに苦しいのも、悲しいのも、全ては貴女が…
「好きだから、かしら?」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
…今度こそ、心臓が止まった。そう感じるほどの、衝撃だった。
心を読んだのか。そう思ったが、頭を振る。
紫さんの能力に読心能力はないはずだ、だったら…
「…なん、で?」
「私は境界を操る妖怪。ならば…境界が見えて当然よ」
境界。何かと何かのハザマを意味するもの。
言われてようやく気がついた。そうか、心を読んだのではなく…
「あなたの境界をすべて見たのよ。心の境界、意識の境界…想いの、境界もね」
「…そう、ですか……」
―ならば。この胸の想いはとっくの昔に知られていたのか。
「あ、はは…ははははは…」
自分がどれだけ滑稽な演技をしていたか、思い出すと笑いが零れた。
傘が手から滑り落ちた。体が雨に打たれるが、それがどうしたというのか。
途方もない無力感に襲われていた。立ち続ける気力も失せて、地面にへたり込む。
「…一つ、貴方に確かめておきたい事があるのだけれど」
「……………なんでしょうか?」
虚ろな声で、答えた。力のない…まるで今の俺の心のままの声で。
「どうして貴方は…その想いを否定しようとするの?」
本当に、心から疑問に思っている声で、問いかけられた。
―そんなの、わかりきっていることなのに。
俺は顔を上げ、雨の振りくる空に手を伸ばした。
「いくら…」
「…?」
「いくら手を伸ばしたとしても、人間の手では…空の星を掴む事なんて、出来ないんです」
空は雲に覆われて、その上に輝く星は見えなかったけれど。
俺は確かに、そらに輝く星へむかって手を伸ばしていた。
そして知っていた。この手が、決して星を掴む事などないと。
「俺にとって…貴女は、遠すぎるんです…空の星と、比べられないほどに」
そう。彼女は永い時を存在し、あらゆる妖怪が怖れる力を持つ。幻想郷のジョーカー。絶対的存在。
対する俺は、どこにでもいる普通の人間。妖怪に食べられる程度の、ただそれだけの存在。
「俺にとっては、貴女を想うだけでも過ぎた事だったんです…!」
それだけいうのが、精一杯だった。伸ばした手は空しく地面に落ちる。
もう、顔を上げることも出来なかった。
静かに、雨は降り続いている―
―四―
「………どうして」
二人の間に満ちた静寂を破ったのは、紫さんの言葉だった。
「…ゆかり、さん?」
きっと、こちらをみつめ…いや、睨みつける紫さん。
その顔に浮かぶのは、俺でも見たことがない…本当に怒った表情だった。
「どうして、そんなに簡単に諦めるの!?そんな簡単に諦められる程度にしか、私は価値がないの!?」
「そんな…ことはっ…!!」
「だったら!!だったらもっと素直になりなさい!思いも伝えずに、諦めるんじゃないッ!!」
感情のままに、言葉を叩きつける紫さん。その瞳には、輝く何かが浮かんでいる。
「紫さん…泣いて…」
「泣いてないっ!!私は…私は怒ってるのよ!!貴方のその諦めのよさにっ!!!!!!」
急に大声を出したためか、紫さんはぜいぜいと息を切らす。
…その言葉の全てが、俺の胸をえぐった。
―そうだ。最初から無理だ、無駄だと決め付けていなかったか?
本当に何一つ言う事もなく…終わるつもりだったのか?
「…それと」
切れた息が整ったのか、穏やかな声で紫さんが呟く。
ぱたんと、傘を閉じる音がした。…傘の閉じる、音?
気になって顔を上げて…心底吃驚した。
空の雨雲が、綺麗さっぱりと消えてしまっていた。
先ほどまで降っていた雨が、まるで嘘のようだった。
夜空には、俺が言っていた…決して掴めない星がいくつも輝いている。
「貴方はさっき言ったわね。私は星のように遠くて、とても掴めないと」
「………はい。確かに…言いました」
「そう、それなら…見せてあげるわ」
そういって、紫さんは大きく両手を広げた。まるで、空を抱きしめようとするかのように。
「貴方が遠いというのなら、私が貴方の元へ行ってあげる」
ぎしりと、空間が軋んだ。ずしりと、重圧が増えていく。
だが、俺はそんなものは気にならなかった。気になっているのは、ただ一つ。
夜空の星が増えていっているのだ。さらに、一つ一つの星たちの輝きが、どんどんと強くなっているのが分かる。
…俺は唐突に、理性ではなく直感で何が起こっているのかを、理解した
―夜が、降りてきている。
「さあ、あと少しで星にも手が届くようになるわ」
一欠けらの冗談も含まない、完全に本気の声。
…それが、彼女の強い思いを表していた。
「わかりました!わかりましたから、もういいですから!!」
だが、流石にとめなければならなかった。星が落ちてきたら、マヨヒガが消し飛んでしまう。
「何故とめるの?念願の星を掴む事が出来るのに」
「分かったからです…俺がどれだけバカだったのかを」
答える俺の声も、少しずつ力が戻っていくのが分かった。
紫さんもようやく納得してくれたのか、広げていた両手を戻す。
空の星達も、全てもとの通りに戻っていった。
「そう…わかればいいのよ」
「わかったついでに…一つ、貴女に伝えたい事があるんです」
「…何かしら?」
ほんの少しだけ、顔を染めながら…それでも笑顔で、俺を見つめる紫さん。
―そうだ。彼女はここまでの心を見せてくれた。
ならば…今度は俺の番だ。
「紫さん…貴女を愛しています。どうか…俺と共に、いて下さい」
…紫さんは、静かにスカートの端を持って、まるで令嬢のように頭を下げた。
「八雲紫。貴方のそのお言葉、謹んでお受けしますわ」
とてとてと、俺の元へ歩み寄り…俺の腰に手を回し、ぎゅっと抱きついてくる紫さん。
…本来ならば、俺が抱きしめるべきなんだろうなと、何となく思った。
けど、今の俺はこれがきっと一番らしいんだろうな…
「…紫」
けれど、せめてコレ位はイニシアチブを取ろう。
「はい…なにかしら?」
「眼を閉じて欲しい」
「…こう?」
言われたとおりに瞳を閉じる紫。…既に何をしようとしているのか、分かっているんだろう。
それでも、言うとおりにしてくれる彼女を、本当に愛しいと思った。
だから、その愛しいひとと、そっと唇を合わせた。
これからずっと、貴女を愛し続けるという、誓いをこめて。
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規制って何時とかれるのかなぁ…(トオイメ)
親切な方、出来たらプロポーズスレに報告していただけると嬉しいかと…そこまではいいカ。
とりあえず今回は難産だけど書いてて楽しかった。
無茶苦茶ゆかりん、大好きです。
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1スレ目 >>955
「今夜は満月。貴方それでも行くの?」
「行くさ、待ってなくていい。新しい男でも探せ、お別れだ」
「……」
自分の持つスペカを全て持ち、部屋を出た。ベットを共にした彼女の哀しげな顔を無視して…
向かう先は紅魔館。吸血鬼が住む館。
逢いたかった。自分を死の淵まで追いやったあの妖に…。そして、見たかった、月明かりに反射して見えなかった顔を…
復讐ではない。寧ろ恋慕の情だ。『恐怖』の体現の様なあの女にもう一度…
あの日、森の中で半死の状態で助けられた時、周りは相手は紅魔館の主だろうと言っていた。
そして今、紅魔館の門番を叩きのめし門前に立つ。随分強引だが時間が無い、彼女かもしれない女性の力は満月の時が一番強いからだ。
ドアを開けると一人のメイドがいる。彼女も使い手なのが一目で解ったが彼女は無表情で主人の元へ案内すると言って歩き出した。
案内された部屋に入ると、誰もいない部屋からとてつもない妖気と共に声が聞こえた。
「ようこそ紅魔館へ、今夜は満月だ…間違えとはいえ容赦なく殺すよ…」
(違う、コイツじゃない)
声も妖気も違う、姿を表すが彼女には似つかない。だが、もう遅かった。
勝負はすぐについた。てんで話にならない。逃げる事など此処に来た時から諦めている。スペカももう無い。後は殺されるだけ。
もう指一本動かせない。俺に出来る事は、彼女が持つ赤い槍に貫かれる事だけ
「退屈しのぎにはなったよ」
吸血鬼から最後の一言と共に槍が放たれる…
「惚れた女を捨て、虎の尾を踏みに行き、餌になる…救い様の無い馬鹿だ、俺は…」
「本当、馬鹿ね…」
突然の声と共に自分を貫くはずの槍が目の前で消える。
忘れるはずもないあの声、この妖気、薄れ行く意識の中で顔を上げるとそこには夜中にも関わらず日傘を差した女性の後ろ姿
「…やっと逢えた…こっちを向いて聞いてくれ…あの夜から俺はお前の事が…」
彼女はゆっくりとこちら向き、自分に顔を見せてくれたはず…しかし、悲しい事に自分の意識はそこまで持たなかった…
そして暗闇の中に聞こえる声
「この人間、貰っていくわよ」
「勝手にしたらいい、生きてたら言っておけ、人違いにもほどがあるとな」
「藍、治療するわ、運びます」
「紫様、お戯れもほどほどにしてください、その人間の血で洋服が汚れているではありませんか」
「いいのよ…」
その言葉を最後に自分の意識は完全に途切れた。
「…ここは?」
目が覚めると見慣れた天井…体中が痛い…部屋?生きている?
なんとか首を動かすと、あの時別れたはず彼女が赤い目で見ている。
「どういう事だ?」
彼女の話を聞くと、あの日の朝方、治療された俺がドアの前に倒れていたらしい。
「とにかく生きて帰ってこれたのよ」
そう言うと彼女は泣きながら自分にキスをする。俺は生きてる事と愛されている事の幸福を実感する。
そしてその後、大変な事に気が付き、久しぶりに大笑いするのだ。
そう、二人の部屋にあの日傘がある事に…
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2スレ目 >>138
ピリピリした空気が肌に痛い。
じんじんとしびれる足が痛い。
ザックリと刺さる視線が痛い。
目の前には九尾を持った式神狐。
俺は畳の上に直に正座をして、その姿を正面から見つめていた。
隣には金髪と、特徴のある帽子を被った女性の姿。人間のように見えるがそうで
はない。彼女は大妖怪、名を八雲紫。目の前の式神の主人であるが、何故だか俺と
同じく正座をしていた。ただ一つ違うのは、直座りではなく結構品質の良さそうな
座布団を敷いていること。ちなみに用意をしたのは目の前の式神、八雲藍である。
チクショウ差別だ。
「……お話は判りました」
藍が重苦しい声でそう言った。そりゃーもう重苦しく。その重苦しさといったら
例えて言えば俺の身体すら押しつぶさんばかりの重圧だ。トンの位までいっている
に違いない。 ……やべ、あんまり例えじゃねえ。今現在の俺の状況じゃねえか。
「ら、藍? 何を怒っているのかしら?」
っで、隣にいる大妖怪さまで藍の主人であるはずの紫はなんでだかうろたえてい
た。今まで見たところ、藍に対しては強気というか尊大というか、それが普通みた
いに振舞っていたはずなのだが。実は弱みでも握られているのだろうか。具体的に
は晩御飯とか。
「これは異なことを。紫様には私が怒っているように見えるのでしょうか?」
一見にこやかに答える藍。あまり良く知らない奴ならば、これをただの笑顔と見
るだろう。しかしそれは間違いだ。藍は怒りがある一定水準に達すると笑顔になる。
その笑顔は、爽やかすぎて逆に不気味なのである。この爽やかさは、何だかとって
も重苦しいわけで。
「……見えるな」
俺は心を決めた。ああもう決めたともさ!
大体だ、そんなのはこんな状況に陥る原因になったときにだって考えただろう。
そう、あのときに、なにが障害になったって貫き通すと誓ったのだ。だから答えよ
う、答えて見せよう、俺のスッパの気持ちをな!
「……ほう。いい心がけだ。して、その根拠は何かな?」
視線を俺に向けて藍は言う。っというか、俺に視線を向けた瞬間笑顔じゃなくな
るのやめれ。その眼光は覚悟しててもちょっとちびりそうだから。あ、今ちょびっ
と出た。
「つまりだ。お前さ、――」
すう、と息を吸った。
覚悟完了。これからは多分ちょっとした乱痴気騒ぎになるだろう。
その原因。今から俺が吐く言葉、その言葉がでる原因を、思い返しながら吐くこ
とにしよう。
「俺に、紫をとられるって嫉妬してるんだろう?」
* * *
迷い人が訪れ、さらに帰ってこれない場所。それをマヨヒガという。
それは俺にしてみればただの御伽噺で、まあそれなりに面白い話でしかなかった。
だから、自分が「其処」に迷い込んだのだと、他人に言われてしか気付けなかっ
たのである。
いつの間にか広がる、見慣れない景色に戸惑う俺の、目の前に。異様な存在感と
圧倒的な美貌をもってして現れた彼女。
「ここはね、マヨヒガ……入り込んだら、普通じゃ抜け出せない迷い子の里よ」
それが、紫との出会いだったと覚えている。
なんの気まぐれだろうか、俺は彼女の家に招かれた。
ちなみにいうと、俺はちょっとしたチカラがあるだけの、普通の人間である。故
に、俺が初めて八雲家に来たときは大層驚かれた。
「ゆゆゆゆゆ紫様っ! 踊り食いは健康に悪いとあれほど言ったのに!!」
ちなみに藍の、俺を見ての第一声である。
どう見ても食料扱いです。
本当にありがとうございました。
……さて。そんなことがあったから俺の生存は絶望的かな、と思ったらそうでも
なく、いかなるやりとりがあったのか別室に引っ込んだ紫と藍が帰ってきたとき、
俺の居候が決定したらしい。
酷く不満そうな顔でこちらを見つめていた藍の顔は今でも忘れられない。正直、
あの九尾とほっかむりから覗く耳を見てもコスプレにしか見えなかったのだが、そ
の表情で妖怪なのだという事実を確認したくらいだ。
……まあ、なんだ、その。般若ってのは女の怒り顔がモデルらしいね。
それから、俺のマヨヒガライフは幕を開けた。
朝は藍の雑用手伝いをし、昼は藍の式神、橙の遊び相手をし、夜は紫の話&晩酌
の相手をする、という外の世界にいた頃では考えられない享楽の生活を送った。い
やまあ藍は俺に対してイヤに厳しかったのだが。小姑の嫌がらせレベルで。
「――ねえ。貴方、どうして私についてきたの?」
そんなある日のことだ。いつものとおり、紫の晩酌に付き合っていた時に、紫は
いきなり俺に問いかけた。瞳は潤み、頬は紅に染まり、その酔いは美しさを増進さ
せて、艶やかな魅力に満ちていた。しかし、そんな姿とアンバランスに、問いかけ
る声は混じりっ気無しに真剣だった。
「……? それは、どういうことだよ?」
とはいえ、俺は問いかけられたものの意味がわからない。呆けた表情で、問い返
すしかできなかった。全く歯痒い。
「あの日のことよ。私と貴方が、初めて出会った、あの日のこと」
「あー。あの時か。思い返せばラッキーなんだかアンラッキーなんだか迷ってたと
きだな。あれは吃驚したぜ、いきなり目の前からにゅって美人が出てくるんだからな」
あの時。外の世界から迷い込んだ俺は、うろうろと歩き回っていた。んで、疲れ
が限界に来て座り込んだとき、目の前の空間が開かれて、紫の上半身が出てきたの
だ。まあ、その瞬間。俺は死ぬんだなーって何となく考えたわけだけど。
…
……
………
『マヨヒガ? アンタ正気で言ってんのか?』
『あらやだわ。正気も正気よ。そもそも、この状況で私を信じない貴方の正気を疑
うわね』
『あー、だってなあ』
『そもそも。ここから出たって普通の人間には行く場所なんて無いわよ。ここは貴
方のいた世界とは違う境界の中。幻想郷という里なのですから』
『……なるほど。どおりで、空に人型の変なのが飛んでいるわけだ』
『ああ、妖怪でも見たのでしょうね――それで、貴方はどうするの?』
『あー……どうするもなにも。
――――俺、死んじゃうんだろう?』
『――』
『どうした? 俺何か間違ったこと言ったか?」
『ふふ、ふふふ、ふふふふふふふふふ!! あはは、初めてよ、そんなことを言い
出す人間は――!! ふ、ふふふ、ええ間違ってないわ、ここは弱肉強食の世界。
人間は妖怪に襲われ、妖怪は人間に退治される、そんな世界よ。チカラの無い人間
が生き残るなんて出来ないでしょうね――』
『やっぱりか。なんかそんな気がしてたんだ。この場所に来てから――ずっと死の
匂いがして、頭がクラクラしてたんだ』
『死の、匂い?』
『ああ、――どうせだ。死ぬ前に思いっきり説明してやろう。俺は、人間の死って
ヤツの匂いを感じ取れるらしい。だからさ、ここが俺の住んでた世界と違うっての
は薄々判ってたんだ。認めなかったのは、まあ、信じたくなかっただけ。ともかく、
この世界は人間が簡単に死んでる世界だってのは判るよ。それとあんま理解したく
なかったけど――アンタからも結構漂ってる。その匂いがさ』
『――はあ。つくづく面白い人間ねぇ。まあその辺はうっちゃっておいて聞くわ。
どうするの、貴方?』
『――驚いた。アンタ、俺を殺さないの?』
『最近はちょっと趣味が変わったのよ。あと無駄に食べるとお肉がついちゃいます
もの。だから、貴方を今食べるのは止めてあげるわ』
『へえ、そりゃ光栄なことで。じゃあさ、とりあえず家に行きたいんだけど』
『あら。見かけによらず結構大胆なのね。私の家に押しかけたいなんて』
『……いや、別にそういうつもりじゃないんだが。ああいや、アンタがいいならそ
れもいいんだけどな。休みたいだけだし』
『紫よ』
『はあ?』
『私の名前ですわ。八雲紫。それじゃあ行きましょう、ほら、お手を拝借――』
『はあ、こうか? ああそれと俺の名前は――――ッ!?』
………
……
…
「……っていうか俺がついてきたんじゃなくて紫が連れてきたんじゃないか」
思い出した。あのときのやりとりは、あまりにもアレ過ぎて脳がどっかに拒否し
ていたのか、記憶の端にもかからなかったのだろう。
「まあそうね。でも貴方は私が自分にとって危険であるかもしれない、と思っては
いたんでしょう? それなのにのこのことついてくるなんて、貴方人間にしては面
白すぎるから、もぅ気になって気になって」
そういうもんかなあ。というより、紫の言うことはちょっと見当違いだ。俺が面
白い人間だということはまあ、俺自身が理解しているけど、紫についてきた理由な
んて一つしかないだろうに。
「だってあの時言っただろ? 趣味が変わったってさ。だから大丈夫だって思って。
それに――」
「危機感ゼロね。見つけたのが私でよかったわね」
「――俺、紫のこと好きだし」
「………………………………………………え?」
なんすかその空白。俺そんなに意外なこと言ったかなあ。
「え、ええっと。ごめんなさい私急に耳が遠くなっちゃったみたいで。もう一度い
いかしら?」
む。せっかくの人の告白を天然スルーしやがって。だがまあ謝る紫はそれはそれ
でレア度高いから許してやろう。お返しはしてやらないとなうんうん。そう思った
ので俺は紫の豪奢な金髪をかきあげた。
「あっ……」
するり、と指に絡まるソレを感じていると、その感触だけでなんかもーいいやー
って気分になってくるがぐっと堪える。視線は、今まで髪に隠れていた耳に注がれ
る。カタチのいい耳だな。柔らかそうだ。俺はその耳に唇を近づける。
「俺は、紫が、好き、なんだよ!」
とりあえず大声で吹き込んでみました。
そしてこっ恥ずかしい体勢をとっているなと自覚したので、さっと離れる。ちら
りと見た紫は、ちょっと目を回していた。あら、ちょっと音量大きすぎたかな。
「……え、で、でででででも、なんで? え? 冗談?」
「いや、いくら俺でも傷つくぞその発想。なんで答えてくれないかなあ?」
「あ、ちょ、ちょっと待って! え? あれ? 待ちなさい!?」
……うわあ。あの大妖怪と名高い紫が動揺している。なんてレアな。これ、あの
パパラッチ天狗が見たら速攻で幻想郷中に広まるんだろうなあ。
「で? どうなんでしょうか紫さん」
「…………」
さっきのなんてまるで赤なんて言わせないぜ!という勢いで紫の顔が赤くなる。
唇は閉じたまま。彼女の右手はさっき俺が触れた髪を撫でている。その仕草に見と
れていると、俺の服が何かに引っ張られるような感触がした。左手。紫の左手が、
俺の服をぎゅっと掴んでいた。
「……紫?」
「…………これが、答えじゃダメかしら」
ああ。ダメじゃない、ダメなはずなんて無い。
言葉にこもる温かさも、掴まれる手の握力も。
それだけで、俺に答えを教えてくれたから。
「ありがと。好きだぜ、紫」
「…………ッ」
抱きしめた。篭る力は、もっと強くなって。愛しい想いは、膨れ上がる。
俺が俺であるかぎり。この想いを貫き通そうと――外よりもはるかに綺麗な、星
たちに誓った。
* * *
……誓ったんだが。
ちょっと、この目の前の光景を見ていると挫けそうになる。
「どこだぁぁ!! どこへ消えたぁぁぁ!!」
怖ぇえよ。どこの鬼だよ。いや狐だが、鬼より怖ぇよ。
ちなみにその狂乱狐は、飯綱権現降臨させながら狂ったように回転している。凄
ぇ、まだ発動直後なのにもう発狂状態だよ。
まあ、俺は発動直後に紫に抱きかかえられて、一緒にスキマの中に逃げ込んだか
ら無事なのだが。ああ、背中に柔らかいものが当たるぜ。役得役得。
「あーあ、藍ったらあんなに取り乱して……貴方のせいよ?」
「いやまあ申し訳ない。あんなに怒るとは思わなんだ」
やれやれと笑う紫は、いつもどおりに綺麗だった。でもその頬が赤いのは、俺の
気のせいじゃないだろうと思う。あの時に気付いたのだけれど、コイツはとかく直
球に弱いのだ。いや、幻想郷の連中は皆弱いのかもしれないけれど。
「ま、なんにしろ。もう俺のもんだからしょうがないっちゃしょうがない。藍には
諦めてもらわないとな。 ……あ。橙が出てきた」
「あらあら、それじゃあこれでおしまいね。面白かったのだけど」
二人して笑いあう。
さて、橙効果でおとなしくなった藍をなだめるなんて大仕事、簡単に終わるなん
て思っちゃいないけれど。まあそれも仕方ないだろう。
「っじゃ、戻ろうぜ」
「そうね。行くわよ――ほら、お手を、拝借」
「ほらよ」
これから、好きなヤツと生きていく。
そのために必要な第一の試練を、始めに行こう。
―――ふたり、手を、つないで―――
~beging,happy life!
―スキマの裏―
無駄に長いっての!あと最後の英文が自信ない俺⑨!!
―スキマの表―
ということでリクエスト、ゆかりんでしたー。
これが私の全力だッ! 受け止めてくれッ!!
……期待に添わないと思うけどごめん。マジで。
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最終更新:2010年05月21日 06:20