紫21



Anniversary(Megalith 2012/04/20)


 カラン、と手桶の中の柄杓が音を鳴らす。

 卸したてでまだ木目がよく分かる真新しい手桶。

 だが、その中身は先ほどまたたく間にして透明な液体によって色濃くなっていた。

 来た時よりも重くなった手桶を持ち上げ、空いている手で置いたままになっていた持ち物を拾い上げる。

 片側に重量が加わった分だけ重心が傾きそうだったが、行き先までは大して距離があるわけではないので堪えることにした。

 傾斜の緩やかな坂を一歩、また一歩と登っていく。

 見晴らしの良いその場所は、決して華やかだとは言えない。

 ただ、そこにあるのは積み上げられた石。

 乱雑に積み上げられた有象無象なものではなく、意図的に形作られたものだ。

 そんな石には、簡潔にこう書かれている。



 "ここに眠る"と。




 「久しぶりね」



 今そこには彼女以外には誰も存在せず、ただそこにあるのは喋ることのない冷たい石だけ。

 誰に対して問いかけたのかは、彼女以外には分からない。

 果たしてその言葉に意味があったのか。それは彼女だけが知っている。



 「……すまないわね、この前はあんまり時間がなくて」


 そう告げて、いとおしいかのように綺麗で滑らかな場所を撫でる。

 まるで、いとおしい人が目の前に居るかのように。

 ゆっくりと、優しく。



 「大丈夫よ、今日は何もないから」



 そう言って辿り着いた時に置いたままになっていた手桶を手に取り、柄杓を使って水をかけ始めた。

 土埃がついていたのか、少し明るくなったようにも見えた。

 手桶の水がなくなり始めた頃、持ってきていたものを広げ始める。

 紙にくるまれたそれは、花。

 真紅に染まった、真っ赤な菊の花。

 それをそっと、石の前に供えた。



 「あなたに相応しい色でしょ?他にもいろいろな色はあったのだけれど」


 「やっぱりあなたにはそれが一番似合うわ」


 返す言葉はない。

 ただ片方が一方的に喋るだけの会話。

 しかし、彼女は嬉しそうだった。

 返答の無い言葉のキャッチボールは続く。



 「藍があなたの日記を見つけたわよ、勝手だけど見させてもらったわ」

 「……随分恥ずかしいことを書いてくれたじゃない、見てる方が真っ赤になるくらいに」

 「大体ねぇ、日記なのに私のことばかり書いてるっておかしいわよ」 

 「ほんと、馬鹿ねぇ」


 そう話す彼女の言葉はどう考えても罵倒なのだが、その口調と表情は真逆のものだった。

 どうしようもないと半ば諦めたかのように、でもそれは決して失望ではなく。

 優しさと、愛情に溢れていたのは誰の目から見ても明らかなものだと断言できる。



 「今日は天気が良かったので散歩していたら笑顔で日傘を持った女性に追いかけられた」

 「なんとか帰ってきたけど紫に心配されてしまった、それもそうか」



 「………あのねぇ、あのとき私がどれだけ心配したと思ってるの?」

 「寝て起きてあなたを迎えに行ったら、血まみれでボロボロになっているなんて誰が想像するのよ」

 「全くおかげでいい目覚ましにはなったけど。心臓が止まるかと思ったわ」


 けれど、その表情は少しずつ変わっていく。


 「………心臓なんてあるのかですって?あなた何度も私の鼓動を聞いていたでしょう」

 「そんなことを忘れるなんて馬鹿ねぇ」


 ポツリ、と一つ水滴が一つ大地へと落ちていく。

 それは土に触れあったと同時に飛散し、シミとなっていった。 



 「全く……他にもあったわね」



 「今日も人里へと向かうことにした、もうすぐ完成だ」

 「しかしどうしたんだろうか、紫の機嫌が日に日に悪くなっていく」



 「びっくりさせようとするのは分かるわ、確かにあなたの気持ちは嬉しかった」

 「手作りの指輪、すごく綺麗だった」

 「でもねぇ、流石に私のことを放置は酷くないかしら?一番堪えたわよ」

 「平手一発で手を打ってあげたけど、やっぱり今思い出しても腹が立つわね」

 「………ほんと、馬鹿ね」


 その後もまだまだお喋りは続く。

 過去を懐かしむように、ひとつひとつ噛みしめるかのように。

 ………けれど。

 ポツリ、ポツリと水滴が地に落ちるのは未だ止むことはない。

 いや、むしろ先ほどよりもその勢いを増していた。

 ついに堰き止めるものがなくなったかのように、それは大地に降り注いでいく。




 「……ねぇ、なんとか言ってよ」

 「いつもみたいに、うるせぇって返してよ」

 「ずっとずっと聞いてないから、寂しいから」

 「お願い、もう一度だけ聞かせて」



 「―――――――――――あなた」



 それ以上、彼女は何も喋ることは無かった。

 未だ空は晴れているその日の下で、祈りをささげるかのように一人彼女はうずくまったまま。

 そんな彼女の願いを裏切るかのごとく、冷たい石は何も返さない。





 「うるせぇ」





 それは、偶然。

 風に乗って、そんな声が聞こえた気がして。

 その声が正しかったのか間違っているのか、それは気にすることではない。



 「――――――――――――――」

 「……やっと、返してくれたわね」


 「馬鹿」



 彼女にとって、その言葉こそが最も待ち望んだことだから。

 見上げた先には―――――――――――――――――――。



 その瞳に映った景色は、彼女だけが知っている。

























 あれからどれだけの時が経ったのだろう、とそう考えることでさえも繰り返した回数は分からない。

 いつもいつも変わらない日常、ただただ同じことを繰り返すだけの日々。

 そんな反復運動を何も考えないで出来るようになった頃。


 「そしてそれも今日が最後、か」


 あの説教好きな閻魔様や、やたら気のいい死神ともこれでお別れになる。

 今、右手に持っている紙を提出してしまえば。

 貰った当初とでは大違いなほどに色褪せて、端がボロボロになったその紙には判子が押されている。

 この判子を貰うために、どれだけの苦労と時間を重ねたかはもう分からない。

 たった一つの判子を貰うことでさえ、地獄の方がマシかなと思えるほどに。

 しかし、ようやく手に入れることが出来た。


 "右の者を、以下の通りに転生することを許可する"


 書き殴った攻撃的な彼の文字の下に圧倒的な存在感を放つそれを。

 そこにでかでかと押された、貰ったばかりの判子を。


 「閻魔様、お久しぶりです」

 「あなたは……」



 書類の整理が一段落着いたのか、休憩中のようだった。

 ティーカップに注がれたオレンジの液体が未だ湯気を放つところからするに、まだ淹れたてなのだろう。

 常識的に考えれば、休憩中に仕事を持ってくることにはあまりいい顔はしないだろう。

 それが普通ならば、だが。



 「……まさか、本当に有言実行するとは思っていませんでした」

 「舐めて貰っちゃ困りますよ」



 そう告げた彼女の顔は驚き一色であり、とても信じられないようなものを見ている表情だった。

 まさしく今回のことは"絵にかいた餅を、本当に食べられるようにした"というくらいに無茶なもの。

 道理を無茶で押し通す、という常識破りなことをしたのだからさぞ驚いたのだろう。 

 無理だと言い張っていた彼女の唖然とした顔を、今すぐにでも拝みたくなった。

 それが、休憩中だと分かっていても彼女の元へやってきた理由。





 「しかし、酔狂な方ですね」

 「一途なんですよ」



 彼からしてみれば、始めからそれしかなかったのだ。

 それ以外は頭になかったから。



 「さぞあなたに思われている方は幸せでしょうね、……ただ」

 「分かりません、どうして彼女を好きになったのか」


 「人であるあなたが、なぜ妖怪を好きになったのでしょう?」



 狂気の沙汰と言われるかもしれない。

 ………でも、それでもいいと。

 たった一つの目的のためにここまでたどり着かせたのは、その信念なのだから。



 「誰がどう言おうとどうでもいいんですよ」

 「俺とって何が大切なのか?それで充分なんです」






 「紫を愛している。それが何より大事なことですから」






 ゴールは目の前…………いや。


 ―――――――――――――スタートラインは目の前にまで来ている。




 「さよなら、閻魔様。……行ってきます」

 「…………はい、気をつけて」



 そうして、彼は彼岸を後にする。

 目指すは、愛する人のもとへ。



 「……ねぇ、なんとか言ってよ」

 「いつもみたいに、うるせぇって返してよ」

 「ずっとずっと聞いてないから、寂しいから」

 「お願い、もう一度だけ聞かせて」



 「―――――――――――あなた」




 どうやら彼女がお呼びらしい。

 さあ。

 今こそ二度目の産声を上げよう。




 「うるせぇ」




 そう言って彼女が顔を上げたあの時の光景は、彼だけが知っている。




特に考えないで書いたらこうなった。もっとイチャイチャさせるべきだったと反省。


生きる意味(Megalith 2012/04/24)


 ○月○日


 今日、俺は幻想郷と言う場所に連れてこられた。

 というのも、金髪の日傘を持った女性に会ったがゆえにそうなってしまったのである。

 有無を言わさずいきなり空間が裂けて、気がついたら赤い無数の目の漂う場所にいた。

 そして笑みを浮かべながら近づいてくる彼女、その光景を見た感想は。

 「綺麗だ」

 そう一言告げただけなのに、そのまま固まったかと思えば俺の脚元の空間が裂け、いつのまにか見知らぬ土地へと来ていたのだ。

 よく分からないが、九本の尾を持つ狐の八雲藍という女性がいろいろと便宜を図ってくれたおかげで今日の寝床には困らなかった。

 見たところは人に見えるが、どうも雰囲気が少し違っているように見える。

 妖怪だと自らの正体を明かした辺り、やはり本当のことなのだろう。

 しかしながら、俺をさらった張本人は俺の目の前に姿を現さない。

 どうしたのだろうか。

 藍さんは明日になれば分かる、と言っていた。


 その言葉を信じて、今日はもう寝よう。





 ○月●日

 狐、こと藍さんに起床の時間だと告げられ、身支度をして居間へと向かう。

 だが期待に反して、まだ彼女は起きていないようだ。

 早く食えと藍さんに急かされたので、藍さんと一緒に食事を取ることにする。

 そして食事中に、戸が開きだした。

 寝巻で寝ぼけ眼のままで藍さんを呼ぼうとしたのか、その瞬間彼女と目があった。

 やはり綺麗だなと感心していたら、なぜか急に戸を閉めてしまってドタドタとどこかへ行ってしまった。

 結局、その日も彼女に出会うことは無かった。

 なぜ俺がここに連れてこられたのか、その意味は未だ分からないままだ。




 ○月△日

 俺がここへきてから一週間後、ようやく彼女と会話することが出来た。

 思えば随分長かったが、その間の待遇はかなり良かったから文句一つ無い。

 さて、ようやく話が出来ると思っていたがその考えはどうも違ったらしい。

 俯き加減で告げた第一声。


 「あの時、綺麗って言っていたわね。私のこと?」


 「そうだ」


 今日の会話はこれまでである。

 「今日はもういいわ」とか細い声で言われたかと思えば、彼女は姿を消していた。

 本当に何なのだろうか。




 ●月△日

 初めて会話するのに一週間かかったのだから、次も一週間かかるのだろうかと思っていたら今度は違った。

 一ヵ月。

 まさかだった。

 二度目に会うだけでここまでかかるとは考えていなかった。

 しかしここの生活にも随分慣れたもので、藍さんと共にこの屋敷の家事を分担する程度にはなっている。

 その家事の途中、いつものように料理の仕込みをしていたときに彼女とばったり遭遇した。

 俺を見たかと思えば、一目散に逃げ出す彼女。

 もう当たり前のようになっていたから、今回も逃げ出すのだろうとそう考えていた。


 「ね、ねぇ。あなたのあの言葉に嘘偽りはないのよね?」


 そう問いかけてくる彼女に振り返って告げた。


 「何度聞かれても答えは同じ、……貴方は綺麗だ」


 その先に居たのは、真っ赤な顔で微笑む一人の少女。

 初対面の時とは大違いなその態度に、心揺らいだのは確かだ。

 また彼女に会えるといい、そう思った。



 ●月▽日


 あの日以来、彼女……紫さんは俺から逃げることはしなくなった。

 それでも未だ俺と顔は合わせてはくれないが、それでも進歩したものだと思う。

 なぜ俺はここに連れてこられたのか、その意味を問おうとも考えたのだが。

 答えを聞いてしまったら、なぜかもうここにはいられない気がして。

 紫さんの笑顔がもう見られない気がして。

 だから俺は、その疑問にそっと蓋をすることにした。



 ●月◇日


 藍さんと共に人里に降りた。

 特に何か用があったわけではないのだが、その後に紫さんに全力で詰め寄られた。

 何もないよと言うのだが、紫さんは信じてくれなかった。

 一人で置いていかれたのが悲しかったのだろうか、今度一緒に行こうと誘うことにする。



 ●月□日


 紫さんを誘うことに成功したのだが、行き先は紫さんが決めたいと言うので一任した。

 辿り着いた先は、見事な桜の散る場所だった。

 その場所には紫さんの友人がいた。

 とても俺に良くしてくれて、いい人だった。

 ただ、紫さんの友人こと幽々子さんが俺を見て驚いていたのは何故だろう?




 ●月☆日


 今日、俺は気がついた。

 俺は紫さんが好きなんだ。

 調子はどう?と気軽に問いかけてくる紫さんに。 

 美味しいわね、と俺の料理を褒めてくれる紫さんに。

 じっ、とこちらを見つめている紫さんに。

 月が綺麗ね、と横で微笑む紫さんに。


 いつの間にか、俺は惹かれていた。

 だから俺は決めた。


 明日、その思いを告げよう。



 ●月★日


 紫さんを誘い出したその帰り道、小さな丘の上で夕焼けを眺めているところで告白した。 

 始めは何も反応がなくて辛かったが、紫さんの後ろの夕焼けに負けないくらいに顔を真っ赤にして答えてくれた。


 「はい、私もあなたが好きです」


 それを聞いて、俺も彼女に負けないくらいに真っ赤になっていたはずだ。

 日が暮れるから帰ろうと、立ち上がって歩き出そうとした時。

 手を繋いでくれたあの時の光景は、今でも目に焼き付いている。


 今日は人生最良の日だった。

 ああ、今日は眠れるだろうか?



 △月○日


 昼食を済ませた後、縁側でのんびりしていたら紫が隣に座った。

 そこまでならいつもと同じなのだが、今日は違った。


 「最初はね、あなたを食べるつもりで攫ったの」


 ……もう聞くまいと思っていたその答えを、紫の口から聞くこととなった。


 「でもね、あの言葉がそれを押し留まらせたの」

 「長い時を生きてきて、まさか一言だけでそこまで心乱されるなんて考えたこともなかった」

 「でもそれと同時に、嬉しかった。……こんな気持ちは始めてよ」


 そう言って、彼女の本音と共に"気持ち"を俺は受け取った。

 あの後で死ぬほどからかわれたけど、悪い気はしなかった。



 △月●日


 朝起きたと同時に目に移り込んだのは紫の寝顔だった。

 おかしい、俺は確かに寝る前に日記を書いてから一人で寝ていたはずだ。

 紫を起こそうかと思ったが、その安らかな寝顔を見ていると起こすのが躊躇われた。

 音を立てずに布団から出ようとするが、袖を引かれていることに気がついた。

 ゆっくりと一本一本指を引き離そうと試みるが、人と妖怪の力では違いすぎるのか俺では無理だった。

 仕方ないと諦めて、紫と一緒に寝ることにした。

 たまにはこんな日もあってもいいだろう、そんな日だった。


 ただ、起きたら日が暮れていたのは予想外だったが。


 △月◇日

 今日は天気が良かったので散歩していたら、笑顔で日傘を持った女性に追いかけられた。

 なんとか帰ってきたけど紫に心配されてしまった、それもそうか。

 寝起き対面でボロボロの血まみれになっているなんて誰も予想しないだろう。

 怒りながらも手当してくれた紫には感謝だ、ありがとう。

 でも最近物を落とすことが多くなってきた、年なのだろうか。


 ◇月○日


 最近変な夢をよく見る。

 なんでだろう、俺が人を襲う夢だ。

 でも起きて見ればなんてことなくて、いつも通り。

 ただの夢だろうけど、どうしてあんなにも鮮明に俺は覚えているのだろう?



 ◇月◎日


 夜にふと目が覚めると、俺は人里に居た。

 辺りには倒れた人がいた。

 大丈夫ですか、と肩を揺さぶるが反応は無い。

 そしてもう一度気がつくと、俺はまたいつもの部屋に居た。

 ……おかしい、何かがおかしい。




 ◇月□日


 思い出した、全部思い出した。

 人を襲っていたのは俺だ。

 それに、俺はもうとっくにこの世からいない。

 ここに来る前に、戦争で命を落としている。

 生きたいという願いがいつしか俺を亡霊とさせ。

 そうして過ごすうちにその理由さえ忘れ。

 ごく当たり前のように、人として生きていた。

 ……人の活力を吸い続けることによって。  


 人だと思って生きてきたけれど、実はそうじゃなかった。

 俺は、人ではなかった。


 それにもう、体も少し透けてきている気がする。

 あまり時間もないのだろう。

 生きることを実感し始めたから、その願いが達成されていくごとに成仏へと向かっているのだ。

 あと三日、それが俺に残された最後の時間。



 終わらせよう、全部。

 いい加減、この世から成仏してもいい頃のはずだ。

 今を生きる人たちにとって、俺は邪魔でしかないから。

 死者がいつまでも生者にとりつくわけにはいかない。

 でも、最後くらいは紫にいいところを見せよう。

 それで、成仏できるはずだから。



 ◇月☆日


 今日も人里へと向かうことにした、もうすぐ完成だ。

 しかしどうしたんだろうか、紫の機嫌が日に日に悪くなっていく。

 だけどそれも明日で終わり、紫がどんな顔をするかが楽しみだ。


 ◇月★日


 里から返ってきた直後、紫が待ち構えていた。

 ちょうどいい、と先ほど完成したばかりの指輪を渡そうとしたのだが。

 その異様な雰囲気にたじろいでしまった。

 どうも人里に内緒で通い詰めていることに疑いを持っていたらしい。

 ……例えば、寺子屋の先生に浮気したとか。

 そんなことは無いとそれを証明するために指輪を手渡したのだけど、直後に一発平手を浴びてしまった。

 予想していた紫の行動とは違っていたので驚いてしまい、かなり頬は痛かったがどうでもよくなっていた。


 「私を悲しませた罰よ」


 そう言って泣きながら彼女は、俺に抱きついてきた。

 その涙は悲しみでもあったのだろうけど、多分嬉しさもあったと思いたい。

 帰った後のことは、俺と紫だけの秘密にしておこう。

 でも、これでもう思い残すことは何もない。

 最後に俺の気持ちを伝えることが出来て、よかった。

 本当に、よかった。








 嘘だ。

 俺は、まだ生きていたい。

 成仏なんてしたくない。

 消えたくない。

 生きて、彼女と共に添い遂げたい。

 願わくば、彼女と共に。

 ずっと、隣で歩き続けたい。







 神様がいるならどうか聞いてください、どうか。


 どうか、もう一度彼女と――――――――――――――――――――――。 















 パチパチ、と枯れ葉が燃える音がする。

 山のようにかき集めたその枯れ葉は、いつの間にかそのかさを減らしていた。

 その前に佇むのは一人の男。

 彼が、この集めた枯れ葉に火をつけた張本人だ。

 右手に持っていた棒で、もう燃えることのなくなった枯れ葉の山を何かを探すようにかき回す。

 すると、紙にくるまれた長くて太い何かを手元に引き寄せていく。

 一つ、二つ、三つ、四つ。

 合計八つの何かが彼の元に集結する。

 分厚い手袋を何重にも嵌めたのち、それを持ち上げて。

 二つに折った。

 その物体の中身は、食欲をそそるような見事な色。

 焼き加減ともに完璧であることを示す、確かな証拠だった。


 「調子はどう?」


 「ああ、上手く仕上がった」


 どこからともなく現れた女性に対して、二つに折った片割れを手渡す。

 湯気を放つそれを素手で掴むが、何の反応も示さないあたり彼女が尋常でないことを表していた。

 そんなことはどうでもいいのか、それを包む紙と黒くなりかけた中身を包んでいるものを取っていく。

 現れたのは、彼女のよく知る化け猫と同じ色をしている巨大な物。


 「いい色じゃない、流石ね」


 「ありがとう、そう言ってもらえて嬉しい」


 召し上がれの言葉とともに、彼女は一口。


 「美味しいわ」


 「そいつはどうも」


 彼の覚えている、大好きな彼女の笑顔がそこにあった。

 それを見届けた後、四角形の分厚い何かを枯れ葉の中へ投下する。

 発火性の高い液体を充分につけていたお陰か、小さな火種で充分に燃え盛った。


 「……さよなら、亡霊さん」



 その煙はどこまでも、どこまでも。

 高く昇っていくようだった。



 「紫」


 「何かしら?」



 「今、幸せか?」



 「―――――――――――ええ、とっても」



 「だって、あなたがいるんですもの」




一応前作の"Anniversary"の続きだったりしますが、別に読まなくても分かるようにしました。
というかそれが大変でした。

イチャイチャできたので満足。



Megalith 2012/05/07


 ――女友達と3人で暮らしていて交替で夕飯を作っているのですが、どうしてもマンネリになってしまいます。
    2人は麺料理が好きなので何かおいしい麺料理を教えてくださいm(__)m 八雲紫(24歳)

「コレ、お前だろ」

 と、彼は私の目の前にあるメモ書きを差し出した。
 何かと思い、その紙片に書かれた文字を読み――

「おい、聞いてんのか?」

 文字通り停止してしまった。私ともあろうものが、情けない。
 しかし、ここ幻想郷でコレを知る事は出来ないはず。

「一体、どこでこれを……?」
「……お前、俺が前に頼んでやって貰ったこと、素で忘れてるだろ?」

 はて、目の前のため息をつく男に私は何かしてやったことがあっただろうか。
 時折、私の式神と仲良さそうにしている所に茶々を入れたりはしていたけど。

「隙間、電波、ラジオとテレビ。これで思い出したか?」
「あー……ああ!」

 思い出した。
 自家発電出来るようになったが電波が拾えないと苦悩していた彼の為に、
 小さな隙間を開いてやったのだった。
 テレビ等も使えるようになったといたく感謝されていた事は覚えているのだが――

「……もしかして、全部見てた?」
「衝撃のあまり茶を吹き出して、それを拭き取る間以外は見てた」
「いーやーーーーー!」

 まさか知人に、よりにもよって彼に見られていたとは。
 羞恥のあまりにスキマへと逃げ出そうとするも、彼に腕を掴まれてそれも失敗に終わる。

「はーなーしーてー!知られてしまったからには、知られてしまったからにはあああ」
「馬鹿、待て、落ち着け、腕を振り回すな危ない」

 空いていた方の腕をぐるぐると振り回すも、うまい具合に彼に絡め取られてしまった。

「別に何も馬鹿にする為にこれを見せたわけじゃない――まったく」
「……ぐす」

 知らずの内に涙が出ていたようだが、両腕を掴まれてしまっていては、拭う事も出来ない。
 私を捕まえている彼は再び、先程よりは大きめのため息を付くと私を開放し、涙をその手で拭った。

「わざわざ外界になど頼らずとも、俺に聞けばよかろうに」
「だって……」

 あなたは、知らないから。
 そう口から出かけた言葉を、無理矢理抑えこむ。
 わざわざ外界のテレビ番組に投書をしてまで聞き出そうとした料理の情報、それは――

(あなたが、そういうの好きだって、言ってたから……こっそり、驚かせようと思って)

 だからこそ、紫は自身の立場などを無視してあのような事をしていたのだ。
 それを本人に悟られたくはないし、悟られでもしたら恥ずかしくて合わせる顔もなくなってしまう。

「……それで」
「?」
「……何か、美味しい料理は、紹介してもらえたのか」

 視線を私から外し、ぽつりと呟く彼の頬は僅かに赤い。不器用ながらにフォローをしてくれているようである。
 そんな小さな事でも堪らなく嬉しく感じた紫は、彼の胸へと飛び込む事にした。

「うおっと」
「素敵な素敵なお料理を紹介してもらえたわ。
 だから……今から貴方に、作ってあげるわね!」



いつだったかの料理番組に、八雲紫名義で投稿していた猛者がいたのを思い出し。



Megalith 2012/07/11



 夢を見ている。

 不思議なことだが、目の前で起きていることが夢だと知っている。

 夢だと分かっていながらも、妙に現実味を帯びていると実感はしているのだけど、それでも夢だと疑うことは無い。

 誰かの視点でそれを見ているだけ、というわけでもないし、この体が自分の意思以外で勝手に動いているということも無い。

 ぐっと手の平を握れば、そこにあるのは自分の拳。

 それを開けば五本指の自分のよく見た手の平がそこにある。

 誰かじゃなくて、五体全てが自分の意思で動かせる。


 「あら、もう来てたのね」


 そう聞こえたその先から声に少しだけ顔を上げれば、日傘を持った金髪の女性が目の前にいる。

 少女というよりは大人の女性と言った方が正しいのだろうか、見る限りではそうとしか思えない次第だ。

 整えられたパーツと、それらが最適であろう位置についているその顔は、今まで見たことが無いくらいの美人だといえようか。

 二十年程度しか生きていない若造ではあるけれど、見てきた限りの中では間違いなく一番だと自信を持って答えられる。

 そんな美人さんが、いつも現れるのだ。


 夢の中だけに。



 「明日が早いから、いつもよりも早く寝ることにしたんだ」

 「そうなの?残念ね」


 期待していたのだろうか、少々残念そうな顔をする彼女。

 ただ、その表情の真意を測りかねるのは俺には難しく、果たして彼女が何を考えてその発言をしたのかは分からない。

 額面通りに受け取ればよいのかもしれないが、どうも彼女は本音というか本心を掴みにくい。

 霧に巻かれたような、雲をつかむような、まるで手ごたえというものが無いのだ。

 夢の中で手ごたえというのも可笑しな話ではあるが、ともかく彼女の言葉を鵜呑みには出来ない。

 飄々としていて、どこか胡散臭い雰囲気を醸し出している。

 そんな相手の言葉をそう簡単には信じるかといえば、答えるまでもないだろう。


 「いつもより長くいられると思ったのに」


 だけど言われて嬉しくないかと聞かれたならば、そんなこともないといえる。

 美人にそう言われて何も思わないような人間でもないし、ましてや特殊な人間でもない。

 むしろ嬉しい、いや誰しもがそう思うだろうと確信する。

 ついニヤけそうになる顔も、それを正そうとポーカーフェイスを貫こうとしていることも、全部そのせいだから。


 「………こっちにはこっちの事情があるんだよ、察してくれ」


 そして、特に大事なことなのだが。

 この夢の中では、どうやら俺の思い通りにはいかないらしい。

 彼女と初対面の時は明晰夢かとも思ったのだが、俺の思い通りにはならなかったからか、どうも違うみたいだった。

 むしろ、俺は呼ばれた側と言った方が正しいのだろうか。

 彼女の夢の中に入り込んでいるとでも言えばいいか、他人の夢に介入しているのだ。

 と、彼女に説明を受けたのだが、自分でも馬鹿だと認識している俺の頭ではその程度しか理解できなかった。

 ………ともあれお互いに迷惑な話ではあるが、俺もどうにかできるならばそうしたい次第ではある。

 けれども彼女は俺が入ってくることには抵抗が無いらしい、実に大らかだ。


 「冗談よ、真面目に答えなくていいわ」


 クスクスと笑う彼女を見て、美人には笑顔が似合うと感じたのだが、やはり掴みどころがよく分からないと思う。

 いや、それ以前にどうして俺に対してこうも友好的な態度を取るのか。

 前提条件が自分でも不思議で仕方無いのだけど、どうも彼女からは好かれているらしい。

 それがどう好かれているのかが、よく分からないけれども。


 「………あら、機嫌を損ねたかしら?」

 「………そうじゃないって」


 黙る俺を見てか、問いかける彼女に対して受け答えをする。

 その裏にはこちらの機嫌を伺うような本心が見え隠れしているような気もしたが、多分幻影だろうと見なかったことにした。

 あるいは俺の願望がそう映って見えたか、それはどちらでもいいだろう。


 「あなたが今、何を考えているか当ててあげましょうか」

 「私のことでしょう?」


 「そんなの、二人しかいないんだから当たり前だろう」


 それを聞いてか、少しだけ嬉しそうに見えた彼女の幻影を無視する。

 ………本当によく分からない、どうしてそうも俺を気にかけるのか。

 今に始まったことじゃないけれど、かといって数回会った程度の仲というわけでもない。

 それなりには付き合いはあるつもりだけど、それでもやっぱり彼女を理解するには足りなかった。

 いや、そもそもその程度では彼女を理解するのは無理なのだろう。

 一体いつになったら彼女を理解できるようになるのか、その答えは多分未来の俺が知っている。


 「そうね、"二人"きりだものね」

 「………そうだな」


 やたら"二人"の部分を強調して答えるが、多分幻聴だと思いたい。

 俺をからかっているのだろうかとも思えてしまうが、生温かいような、こうなんとも言えない空気を感じるというか。

 ふと彼女を見れば、何かに期待しているような、そんな視線を投げかけてくるものだから。

 ひょっとしたら、なんてそう淡い期待を抱いてしまうのも当然なのかもしれない。


 そう、ちょっとだけ顔が熱くなるのも仕方の無いことだ。



 「あ、照れてるの?」

 「うっせ」


 顔を見られたくないから、彼女のいない方向へと顔を向けるけれど。

 その向いたその先に、こちらの顔を覗く彼女の顔があった。

 再び違う方向へと顔をそむけるが、それでもやっぱり彼女の顔があった。

 どこをどう向いたところで、視界には彼女が映っていた。

 逃げられはしないと最初から分かっていたとしても、それでもこの顔を見せるわけにはいかなかった。

 だから何度も顔を逸らすけれど、やっぱり彼女からは逃げられなかった。


 「逃げなくてもいいじゃない、可愛いのに」

 「………あんまり嬉しくないな、その言葉」


 男が女に可愛いと言われても、あまり素直には喜べない。

 子供扱いされているのが悔しいというか、手の平で踊らされているという感覚に陥るからだろうか。

 それがいいという奴もいるかもしれないが、俺はそういう部類の人間ではない。

 こういうことを気軽に受け流せればいいのだけれど、まだまだ若い俺には難しかったみたいだ。


 「難しいわね、男って」

 「いや、思っているよりはずっと単純だろ」


 ちょっと気がある素振りを見せれば、心が傾いたりするとか。

 その場での据え膳に飛びつくような、単細胞というか条件反射的な行動を取るとか。

 人それぞれではあるけれど、世の中にはそういう人間もたくさんいるのだ。

 もちろんそうではない人も同じくらいいるとは思うが、男の俺から見たらそう難しくは無いとは思う。

 意中の相手がいたとしたならば、彼女は間違いなくその相手を撃ち落とすだろうから。

 変に難しく考える必要など、特にないとは思う。


 「いいえ、とても難しいものだと思うわよ」

 「一人の人間の心を御するなんて、簡単にできることじゃないと実感しているから」

 「こうも難しいものだとは思わなかったわね、本当に難しいわ」


 「珍しいな、弱音を吐くなんて」


 「偶にはそういう時もあるのよ」


 完璧超人とでも言えばいいか、そんな雰囲気漂う彼女にとってはとても珍しい光景だった。

 多分、世界を動かすことでさえ造作もないであろう彼女に、そこまで言わせるほど難しいものなのか。

 そうも彼女に対して難題として立ちはだかるそれは、彼女を弱気にさせるほどの難易度らしい。

 人の心はそれほどまでに度し難いものか、気になるところである。



 「あら、そろそろ時間かしら?」

 「ん?………ああ、そうみたいだな」


 ちょっとずつ視界の隅がぼやけ始め、絵の具で書かれた絵が水を吸ったかのようにぐにゃりと歪んでいく。

 声が少しずつフェードアウトしていく中で、最後に彼女に向けて告げた一言は。


 「また明日、紫」

 「ええ、また明日」


 別れの挨拶と、再会の約束。

 消えゆく視界の中、笑いながら手を振る紫の姿が見えた気がした。
















 ジリリリリリ、といつもの音が耳に響き渡る。

 それは何百回と聞き慣れた音で、何百回も繰り返された合図。

 労働者としての鏡であり、常にそれを忘れることなく繰り返せるという実に称賛に値するものだ。

 だが俺は、その働き者に対して恨みを込めるかのように、勢いよく右手を叩きつけた。


 「………八時二分か」


 俺が大学に通うために起床しなければならない、自分で決めた起床時間。

 予定時刻より数分遅れたが、対して気になるほどの遅れではない。

 体を反転させ、見上げれば何度見たことか分からない見慣れた天井がそこにある。

 けれどふと目を瞑れば、目の前に紫がいる気がして。

 "おかえり"と、そう言ってくれる気がして。

 夢の中へ旅立とうとするけれど、それを振り切ってベッドから出て立ち上がる。

 まだやらなくちゃいけないことがあるから、まだ眠るわけにはいかない。



 今日も一日頑張ろう、そして帰ったら会いに行こう。




 夢の中の彼女に。   




 洗面台に向かって寝起きの顔を見て、いつも変わらないと思いつつも顔を洗い。

 すぐ傍にある透明なプラスチックの中にある歯磨き粉と歯ブラシを手にして歯を磨く。

 磨き終えたらコップの水で口をゆすいで、あとは寝癖をその場で直す。

 それが終われば寝巻を洗濯機へと叩き込み、準備しておいた今日の服に着替える。

 買い置きしておいた菓子パンを口に無理やり詰め込み、掴み慣れたのバッグを手にすれば。

 ほら、もう行かなくちゃいけないんだ。

 夢じゃない世界はもう動き出しているから、俺も動き出すんだ。


 「今日は晴れか………」


 誰もいなくなった部屋を後にして、鍵をかけて扉を閉めれば。

 あとは大学へと向かうだけ、いつもの日常が始まる。

 電車に揺られ、駅に降りては歩き続け、大学に辿り着けば指定の講義室で授業を受ける。

 昼になれば食堂で食事をして、また講義室で授業を受ける。

 時間になれば大学から帰宅し、電車に揺られてここに戻ってくる。

 夕食を取り、風呂に入り、適当に家事やらをしていればもういい時間だ。

 そして灯りを消して、俺は夢の世界へと旅立つのだ。

 その繰り返し、それだけの繰り返しだ。

 月日が経てばいつかは俺も学生じゃなくなって働くようにはなるけれど、きっと同じルーチンを繰り返す日常がやってくるのだろう。

 それをつまらないとは思うけれど、でも。

 紫に会えれば、つまらない日常にも変化が起こるから。

 つまらない日の当たらない俺の日常にも、光が差しこんで見えるから。



 「いってらっしゃい」



 誰もいない部屋へと響き渡るその声、その言葉はなかったはずなのに。

 扉を閉めようとしたその時、どうしてかその声が聞こえた。

 その声色を間違えるはずはない、もう何度聞いたのかも分からない、正体不明だからと怯える必要もない。

 誰の声だったかなんて、もう考える必要もない。

 だから、俺はもう一度扉を少しだけ開いて応えるのだ。

 返す言葉はいらない、期待はしていない。

 でもどうか届いて欲しいと願いを込めて、誰もいない部屋へと声を響かせる。




 「いってきます」




 行こう、今日が始まる。



七夕で何か書くつもりが気がついたらもう過ぎていたとは………

ら、来年こそは何か書くつもりです

保証はしませんが



Megalith 2017/02/15


何処かの神社の縁側で

「…………はあぁ」
「『男が溜息を吐いていました。』」
「そこの語り部さんや」
「何よ、まだ一言しか喋ってないわよ」
「盛り上がる前に抑えたんだ」
「で? 真昼間から大きな声出して溜息ついて、黄昏時にはまだ早いんじゃない?」
「……昨日喧嘩したんだよ、紫と」

少しの間を挟み、やがて語り部は大笑いし始めた

「んだよ、そんなにおかしかったのか?」
「っくくく、……はぁ、まぁね。アンタ等、くっついて間もないのにいっつも口喧嘩してるじゃないの」
「あれは喧嘩っつうか……」

ただの意地の張り合いなんだけども

「今回はいつもの口喧嘩とは違うってこと?」
「まぁ……そうなるのか」
「……ふぅん、それで口数が少なかったのね……」
「ん? そうか?」
「やっぱりお似合いねー、喧嘩した後も同じことやってる辺り」
「つーとアイツも縁側で……」
「愚痴よ? アンタが来た瞬間にそそくさとスキマに消えちゃったけど」

どんだけ会いたくないんだ……

「喧嘩の内容教えてくれたら力になるわよ? この万能巫女さんが」
「万能ねぇ。んー……内容は深刻っちゃ深刻でな」
「ほうほう」
「昨日、バレンタインデーのチョコ作ってるとこに出くわしたんだよ」
「ばれんたいんでえ……うん…うん…で?」
「お前分かってないだろ……要は人に感謝する日だ」
「日本は甘味を贈与するアレね、うん」
「何だその妙に偏った知識……」
「はいはい続き続き」
「んで、アイツがチョコ作ってたから『食いもんより着るもんがいいな』って言ったら」
「待って、読めたから。もういろいろ読めたから」

話を中断し、冷めた表情でこちらを見ている万能巫女

「今から私出掛けるから、アンタの側室連れてくるから」

話が見えない、ふりをしたい

「万能巫女さん、私は一体どうしたr」
「愚痴を聞かされる前に言っておくけど、自分たちで解決しなさい! 痴話喧嘩は妖怪も喰わないわ!」
「ア、アイツはどこにいらっしゃいますでしょうか」

剣幕に怯えながらおずおずと尋ねる

「……じゅう、きゅう、はち」

札を取り出し、幣を構え、虚空を見ながら数を数えはじめる剣幕巫女

ブォン

「霊夢……その、怖いわよ」

すげぇ、出てきた……

「猶予は私が帰ってくるまで。それまでに解決しなかったら……潔く別れなさいな」

そう言い残すと鬼巫女は彼方へ颯爽と飛んで行った

「……」
「……」

二人して縁側に座り込み、冬の空を見ながら互いに黙り込む

「……」
「……」

去り際の言伝が口を重くするが、先に謝っておくことにする

「……悪かったよ、一生懸命作ってくれてるとこに水差して」
「……分かってくれたなら、許すわ」
「……」
「……」

三度無言、これじゃあ仲直りもままならない

「……」
「……」

少しだけ、ほんの少しだけ感じていたことを口に出す

「なぁ……俺、お前と付き合ってていいのかな……」
「……」

どう呼ぶべきか決めかねていたから、名前で呼んだことはあまり無かったなと思う

「合う度合う度互いに口喧嘩してさ、いっつも俺が負けてさ」
「……貴方が弱いのが悪いのよ」

今日は顔を合わせてくれない。いつもなら、見合っているのに

「何処か行こうって誘っても、無理難題を押し付けてくるし」
「……行きたい場所を言っているだけよ」
「用意してきた食べ物も、文句ばっかりで」
「……正直な感想を述べてるだけよ」

今日は淡々と返される。いつもなら、したり顔で話してくれるのに

「……そっか」
「……そうよ」

紫は変わらずそっぽを向いたままだ。どんな表情をしているのか分からない

「紫、お前本当は俺の事……」

『嫌いなのか?』そう言いかけた瞬間、紫がこちらを向いた

「……ばーか」

ぴん、と人差し指で額を弾かれる

「な、何だよ急に……」
「ニブチンの頭じゃあやっぱ分からない、か」

やや呆れた声で、真っ直ぐこちらを見ながら言う

「お前さぁ、人が真剣に話してる時にな……」

スッと目元に指が伸び、顔を寄せてくる

「なっ、何だよ急に」
「……貴方だけなの。私をありのままで見てくれるのは」

撫で下ろしながら、両の手で両の頬を包まれる

「貴方は私をいつも見ているでしょう?」
「んまぁ……か、彼女だしな」
「違うわ。『八雲紫』ではなく、私を見て話してくれる」
「そんなの皆一緒じゃないのか? 巫女さんにしろ、魔法使いにしろ親しげじゃねぇか」
「あの子たちが見ているのは、妖怪の賢者さんなのよ」

やはり紫との会話は難解だ……まったく意図が理解できない

「つまり、貴方は私にとって……特別な存在なのよ」

空を見上げ、彼女は俺に向けた独り言を始めた

「あのね……素直に甘えられないわけじゃないの」

「誰もが恐れるスキマ妖怪なのもあるけれど、その所為で距離を取られることも多くて」

「初めて会った時、貴方は不思議とそういう雰囲気を感じなかったの」

初対面の時は傘を持った不思議ちゃんってイメージだっけ
寝癖を馬鹿にされたことが癪に触って、本気で言い返した覚えがある

「貴方は私に対して自然に振る舞ってくれるから……つい意地悪したくなっちゃうの」

意地悪を好意的に捉えられず、今の軋みが発生してしまったのだろう

「そんな貴方が好きって言ってくれて、私が甘えちゃったら……今までの関係が崩れてしまうんじゃないかって」

「だから今まで通りに振る舞っていたのだけれど……裏目に出ちゃったみたいね。ごめんなさい」

語り終えたようで、ぺこりとこちらを向いて一礼
今までこういう話をしてくれなかったのは、彼女の不安もあるのだろう

「その……勝手に嫌ってるって思ってごめんな」
「私も、今まで愛想のない態度を取ったこと……反省するわ」

単なるすれ違いが大事に発展しなくてよかったと心底思う

「今までのお詫びじゃないけれど……はいこれ」

スキマから出てきた黒い箱に赤いリボンをかけたこれは……

「そっか、昨日渡せるような空気じゃなかったもんな」
「貴方の為に作ったちょこれいと。……頑張ったんだから」

左手で少し染まった頬を掻きながら、もう片方の手でチョコを渡される

「紫、今日ちょこっと可愛いな」
「……褒めてもチョコはもう出ないわ」

良かった、嬉しかったのか耳が真っ赤だ

「真っ赤だぞ、耳」
「人の事言えないくらい顔真っ赤よ?」

じんわり熱を帯びているのは感じたが、相当顔に出ているらしい
指摘されたことで余計に恥ずかしいので、露骨に話題を変える

「るっせ、んでこれ食っていいか?」
「んーと……あ、仕上げたいからちょっと目を瞑っててくれない?」
「今仕上げって、これ完成品じゃないのか?」
「ゆかりんスペシャルトッピングは、世にも珍しい後乗せタイプなの」

何をされるか予想だに出来ないが、ひとまず従う

「どーぞ、言ったからには驚かせてくれよ?」
「もちろんよ。じゃあ遠慮なく……ん」

唇に感じた濡れていて、心地のいい柔らかい感触

「ん……ちゅっ」
「……ぅお……」

そして、腕を首に廻され抱きつかれたようだ

「ふふーん、スペシャルでしょ?」

近い。今までにないくらい、近い

「んちゅ……だいすきよ。だーいすき」

金色の艶やかな髪を撫でながら、言葉を返す

「……紫、愛してる」
「ん……私も愛しているわ。未来の旦那様?」

幾度目かのキスを交わそうとすると、ふわふわと暮れの彼方から影が飛んでくる

「……あーそう、やっぱ仲直りしちゃったかぁ」

空から降りてきて面白くなさそうに言う巫女

「来るなり失礼だなオイ」
「そおよ、仲直りしないわけないじゃない」

まぁ仲直りと言うか、再出発と言うか

「荒治療が効いたみたいで何より。はいはい出てった出てった」

しっしと手で縁側から追い払われる

「んじゃ帰るか、結局チョコ食べてないしな」
「えぇ。じゃあ霊夢、ばいばーい」

神社から遠ざかる際に巫女が一言

「……あれじゃあ威厳も賢者っぽさも無い、只の一人の女性じゃないの……」

そんな聖なる日の夕暮


お久しゅうMegalith
かーなーりー久しぶりの書きものでありんす

かわいい ゆかりん は いいぞ!


35スレ目 >>381


紫「夢でもし逢えたら
 すてきなことね
 あなたに逢えるまで
 眠り続けたい」





『あっ…降りるバス停…』
『○○君…お、降りないと…蓮子との待ち合わせ遅れちゃう…』
○○『…zzz…ムニャムニャ…』
『…』
《もう少しこのままでも…いいよね…?》


あなたに逢えるまで
眠り続けたい


避難所>>281


紫「ん・・・」
○○「おはよう、紫」
紫「○○・・・私が目覚めるのを待っててくれたのね」
○○「起きた時に、最初に紫の目に映りたかったから」
ぎゅ
紫「次の冬まで、いっぱい愛して・・・」
○○「うん、いっぱい愛してあげる」


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最終更新:2024年08月11日 14:21