慧音12



Megalith 2011/01/07(Megalith 2010/12/31続き)


 囲炉裏には紅い鍋が煮立っている。あの時と同じ、特製キムチ鍋だ。
しかし今回鍋を囲う相手は慧音さんじゃない。
慧音さんの家に居候している、藤原妹紅その人。
長い銀髪を掻き分けながら俺が作った鍋をさぞ美味そうに食べてくれている。
その見目良い顔立ちを近くで拝めるのは眼福だが、生憎恋心は抱いていない。
妹紅とは悪友に近しい関係だと思う。恐らく彼女も俺に対してはそう接している。
彼女の足元に置かれているコップに酒を注ぐと、それを一気に飲み干してしまった。
見た目十代半ばのくせにいい飲みっぷりしやがる。

「プハッ! 慧音から聞いたが確かに美味いなこの鍋。いや、熱い熱い」

 額の汗を拭い、服の襟をつまんで中に空気を入れる。
見え隠れする鎖骨と白い肌が妙に艶かしいと感じたのは黙っておこう。
妹紅は酔うと悪ふざけが過ぎるからな。俺の反応見たさに素っ裸になられても困る。
俺と慧音さん、そして彼女と三人での付き合いは割りと多かった。
しかしこうして二人きりで食事をするのは、案外久しぶりのような気がする。

「んで? 私に話って何?」
「うん……慧音さん元気かなって」
「別に変わりないけど……なんだ、○○慧音に会ってないのか?」

 あの一件以来彼女とはすっかり疎遠になってしまった。
約束していた食事も結局彼女は一度も来てくれなかった。
年が明けても俺は待った。ずっと、ずっと彼女を待った。
しかし彼女が俺の家に訪れることはなく、季節はもう冬を越していた。
家の近くの桜が咲き始め、もう少しすれば満開になる。そこまで時は過ぎていた。
嫌われた……そんな想いが俺の心を重くする。
そんな俺の心情を察したのか、妹紅が酒に手を伸ばしながら口を開く。

「……○○、お前慧音のことが好きなのか?」

黙っていると「言えよ」と睨んできたので、素直に首を縦に振った。
妹紅は嘲笑するでも落胆するでもなく、ただ物思いに耽っているようだった。
何を考えているのだろう。慧音さんのことか、それとも俺のことか。
彼女は一口酒で唇を濡らし、俺のほうを見据える。

「何の力もない単なる人間の男が、異種の存在と結ばれることが難しいことだと知っているよな?」
「……あぁ。そのことで悩んでいる。俺ごときが果たして彼女を愛していいのか」
「ケチを付けるつもりはないが○○、それはただの逃げ口上だと思うよ」

 彼女の言葉に一瞬眉を顰める。本心を見透かされたようで、少し気に入らなかった。
彼女の言うとおり俺は慧音さんからずっと逃げてきた。恋心を抱いているにも関わらず。
俺と彼女の間に立ち塞がる種族の壁。超えられない境界がそこにはある。
問いかけるほど、触れ合うほど近いのに、あまりにも彼女は遠くにいた。

「それじゃあ、妹紅は普通の人間の男に告白されたとき、素直に喜べるか?」
「……相手にもよる。本気で惚れた男だったら、そりゃ嬉しいさ」
「……その惚れた相手を看取る悲しみを背負ってもか?」

 妹紅は答えなかった。黙って、口にキムチを運んでいた。
彼女は不老不死の体を持っている。永遠と続く生、輪廻の輪から外れた大罪。
ゆえに彼女は愛するものを亡くす悲しみを誰よりも知っている。
俺よりも、慧音さんよりも。
そして妹紅は孤独の辛さを身をもって体感している。
数百年間も、たった一人で生きてきた。たかが二十数年生きた俺の想像の範疇を超えている時の長さ。
精神の崩壊寸前まで追い込まれた彼女を救ったのは、同じ不老不死の身を持つ姫君。
孤独はいともたやすく人間を滅ぼす。人は他人なしには生きていけないのだ。

「桜……綺麗だな」

 妹紅は窓の外から覗く桜の木を見て、そう呟いた。
月明かりで薄い桃色は蒼く輝き、散り際はまさに幻想的な美しさを誇っている。
古い民家だが、これだけは人里の住人に自慢できる。
桜を眺める妹紅。その瞳は遥か過去を映し出していた。

「春に咲いたと思ったらすぐ散って、後は次の春までたんなる立ち木。
それでも数千年も昔から、人々に愛されその記憶に刻まれて来た……。
桜は生と死を彷彿させる。死に際の華やかな姿に人は感動するんだろうな」

 妹紅の表情にどこか羨望を帯びたものを感じる。
いや、死に遠い存在の者は皆そうなのかもしれない。
生とは死に向かうこと。死に近づくことはそれそのものが生になる。
俺は生きている。生きているから必ず死ぬ。それは変わらないことだ。
妖怪と人間が相容れないのは、生の濃密さが違うからなのだろうか。

「明日は慧音も休みだそうだ。花見にでも誘ったらどうだ?」
「……会ってくれるだろうか?」
「女々しいこと言ってんじゃねぇよ。私からもそれとなく言っておくよ」
「……ありがとう、迷惑かけるな」
「私はただ、慧音の幸せを願ってるだけだ。私じゃ掴み取れない幸せを。
色んな男を見てきたけど、お前ぐらいだ。本気で慧音を任せられると思ったの」

 一気に顔面の温度が上がったのを感じる。そんな様子を愉快そうに妹紅は笑った。
彼女にとって慧音さんは姉代わりであり真の理解者である。
慧音さんの幸せを願うのは、家族として当然のことであろう。
俺にその資格があると言ってくれた。それだけで、心底あった不安が消えていく。
妹紅は微笑みだけ残すと俺の家から出て行った。



◆                  ◆                 ◆



 昼間の喧騒が嘘のように逢魔が時の今、花見客はすでに家路に着いていた。
目の前を花びらがヒラヒラと舞う。なんとか掴もうとすれど指の隙間からそれらは抜け落ちていく。
薄桃色の結晶はこんなにも近くにあるのに、触れることはこれほどまでに難しい。
まるでこの後の出来事を予知するかのように、そう思えて俺は目を瞑った。
暗黒の世界。それでも世界を感じることが出来る。
頭上で散る花弁、それらを吹き流す風、そして徐々に近づいていく足音。
振り向けば慧音さんが申し訳なさそうに歩いてきた。
その手には甘酒が入っているであろう大き目の徳利を持っていた。

「すまない……待たせてしまったか?」
「……正直来てくれないのかと思ってましたから、慧音さんに会えただけで嬉しいですよ」

 慧音さんは俺の隣に座り、コップに甘酒を注いで俺に渡してくれた。
白濁の酒は仄かに甘く、口当たりは良好。
俺は代わりに持ってきた団子を彼女に渡す。餡子とみたらし、彼女はみたらしを選んだ。
黄昏は互いの表情を暈しその存在そのものも薄くしてしまう。
西に沈む太陽。東から浮かぶ朧月。空はやがて朱から藍へと移ろいでいた。

「食事の件、約束を破ってすまなかったな」
「気にしてないですよ。慧音さんも年末年始忙しいでしょうから」
「……そうか」

 沈黙が続く。宵闇が互いを包む。月はいつのまにか空高く昇り、夜はまた濃くなっていた。
隣を向くと愛しい人はぼんやりと月明かりに浮かぶ桜を眺めていた。
その姿がとても儚くて、認識しただけでも崩れてしまいそうで。
俺の視線に気づいたのか、彼女もこちらを見つめてきた。
互いの瞳に映る自分。静寂が喧しく鳴り響き、二人は空間から孤立した。
同調する。呼吸も、鼓動も、思考も、何もかも。

「慧音さん……あの……俺、あなたに大事な話が――」

 彼女は全てを悟ったような瞳で、俺に笑いかけた。
その表情に憂いと寂しさが浮かび上がっていて、直視するのが躊躇われる。
わかっているんだ。互いに、互いの気持ちが。だからこんなに苦しいんだ。
おもむろに彼女は桜の木から外へ出る。月光が彼女を包み込んだ。
なぜ彼女が昼ではなく夜に会おうと言ったのか。
なぜわざわざ満月の夜である今日を選んだのか。
みるみる彼女の体に変化が生じる。蒼銀の髪は薄い翡翠色へ。
頭からは二本の角、長いスカートからは獣の尻尾が見え始めた。
上白沢慧音のもう一つの姿。その背中は悲壮感に覆われていた。

「○○……それ以上言うな……それ以上は……」

 振り返った彼女の瞳から流れ出る涙が俺の心を締め付ける。
俺たちは今境界線に立っている。人として、半人として。
踏み入ってはいけない、侵してはいけない領域。

「お前の好意に気づかなかったわけではない。白状すれば私もお前に心惹かれていた。
でも……お前もわかっているんだろ? お互い愛してはいけない存在だと……。
私は見ての通り妖怪の血を引いている。人間のお前とは根本から違うんだ」
「慧音さん……」
「忘れようとしたんだ! 冬のあの日に、これ以上近づいてはいけないと……。
けど、忘れられなかった! いくら頭の中から消そうとも、お前のことを思ってしまう」

 言われて嬉しいはずなのに、なんでこんなに胸が苦しいのか。
悲痛な叫びは俺にも伝わり、頬は涙で濡れていた。
慧音さんは近づき、俺の涙を掌で拭う。その手の温もりにまた涙が流れてくる。

「安心しろ……お互いこれ以上苦しまないようにしてやるから……
お前の持っている私への歴史を喰ってやる。これでお前と私を繋ぐものはなくなる。
……さよならだ○○、私を忘れて幸せに生きろ……」

 俺の髪を掻き揚げ彼女は寂しく微笑む。今生の別れを惜しむかのように。
彼女の唇が近づいてくる。俺の額に。歴史を喰らうために。
この口付けを受け入れてしまったら、俺は彼女のことを忘れてしまうのか。
もう互いに苦しまないように。もう彼女を泣かせることがないように。

「……だったら慧音さん」
「……何だ?」
「俺のこと……殺してください」

 彼女の動きが止まった。驚愕の表情、そして戸惑いが手にとってわかる。

「あなたに歴史を食われれば、確かにこれまでの記憶は消えてしまうでしょう。
けど俺はたとえ今までの記憶をなくしても、あなたに出会えばまた愛してしまう。
俺とあなたを断ち切るには、俺を殺すしかないですよ?」
「何を……何を言っているんだお前は! 殺すなんて、出来る訳ないだろ……!
私が存在したという歴史も喰えば、お前は私を認識することは出来ない。
それで十分だ、十分なんだ!」
「駄目です……駄目なんです……その程度じゃ、あなたのことを忘れるなんてできない。
たぶん死んだとしても、魂になってもあなたのことを想っているでしょう……」
「なんで! なんでだ! なんでそこまで私をッ!」
「狂おしいほどあなたに惚れているからですよ!」

 互いの気持ちは心を揺さぶり、流した涙は服を濡らした。
慧音さんは俺の胸に顔を押し付け、涙の濁流を止めようと必死になっている。

「私は……○○、お前を失いたくない……失うのが怖い……」

 それは彼女の心からの叫びだろう。愛するものを失うことはとても辛いことだ。
俺だって辛い。彼女を残し一人黄泉の国へと旅立つことは。
それでも俺は、彼女を愛したい。彼女を幸せにしたい。

「……妹紅が言ってました。桜が綺麗なのは、散る姿に生と死を彷彿させるからだと」
「……死を美化するか。妹紅らしい」
「俺の存在はあなたの人生にとってとても瑣末なもの。それは桜の花を愛でるに似る。
一時の蜜月、そして移ろう歳月と散る命」
「虚しいな。その桜の木は、次の年には枯れている……」
「だから俺は、俺が生きている間。俺という桜が咲き誇る間、俺の一生をあなたに捧げます!」

 彼女の肩を抱きその瞳を見つめる。困惑と悲哀と歓喜と。
さまざまな感情が入り乱れて、彼女の心をぐちゃぐちゃにしているだろう。
だから俺は真っ直ぐ彼女を見た。俺の気持ちが嘘じゃないことを証明するために。

「咲いて散る運命なら、俺はあなたの幸せに全生涯を賭けて尽くします!
あなたにとって刹那の時が、もっとも濃厚で幸福だったと言えるぐらい!
俺はあなたが好きです、大好きです! 恋焦がれ、温もりを感じたい!
慧音、慧音! 俺はお前のことが好きだ!」

 彼女の溢れ出る涙を俺は止めることはできない。
彼女の泣き叫ぶ声を俺は止めることはできない。
それでも、彼女のか弱い体を抱きしめることは出来る。
彼女の想いを一身に受け止めることは出来る。
それでいい、それだけでいい。決めたんだ、一生を持って彼女を幸せにすると。
満月の夜。桜の木の下でようやく、冬越しの春が訪れた。



◆             ◆               ◆



 慌しく結納の儀式を終え、俺たち夫婦は互いの住居に戻ってきた。
人里からも妖怪の連中からも祝福され上々の結婚式だったと思う。
飯や風呂もそこそこ俺たちは布団の中に入っていた。
もちろん同じ布団の中。お互いの体が触れ合う距離に少しドギマギする。

「なぁ○○……今日……やるのか?」

 慧音は少し心配そうな表情で問いかける。俺は微笑みながら首を横に振った。

「いや、慧音疲れているだろ? 言ってる俺もクタクタだ」
「そうだな……さすがに今日だと骨が折れる」
「それにそんなに急いでやることもないだろう。俺たちはこんなにも近くなったんだから」

 そっと愛妻の手を握る。柔らかくて少し冷たい。彼女も俺の手を握り返す。
そうだ、ようやく触れ合えたんだ。互いに境界を踏み越え、ようやく。
慧音は俺の手を引き寄せ軽く口付けをすると頬に摺り寄せる。

「幸せだ……とても幸せだ。ありがとう○○、お前に出会えてとても嬉しく思う」
「まだまだこれからだよ慧音。二人で幸せになろう」
「……あぁ。二人でな」

 どちらとも言わず瞼が落ち、そのまま夢の中へと誘われた。
それでも二人の手は強くしっかりと握られているのだった。



年明け一発目は去年最後の作品の続きです
「甘いだけでは語れない」を先に読了していただけたら幸いです
色々な恋の形はあるけれど、やっぱり最後はハッピーエンドがいいよね?



Megalith 2012/04/26


「○○?○○ー?団子を買ってきてやったぞー!
 ……いないのか?」

 三時のおやつにとお団子を買って来てやった慧音だが、
 玄関口で声を上げてもこの家の主人の反応が無い。
 「三度のメシより甘いモンが大好きだ!」と豪語する彼の事だ。
 すぐにでも飛んで来そうなものなのだけれど。

「むぅ……仕方ないな。上がらせて貰うぞ」

 ――出かけているのなら、書き置きと共に残していってやろう。

 そんな予定をざっくりと立て、○○の家へと上がらせて貰う慧音。
 普段仕事をするのに使っている書斎を覗いたが、やはりいない。
 どこかに出かけているのだろうかと思った矢先。

「○○、なんだいたの……って」
「スヤァ……スヤァ……」

 縁側にてとても気持ちよさそうに、しかしどことなく
 苛つく寝息を立てて寝ている○○を見つけた。
 手元に書きかけの原稿用紙があるあたり、
 寝転がりながら書いているうちに眠ってしまったのだろうか。

「全く……寝る時はきちんと布団を敷いて寝ろとアレほど……仕方ない奴だな」

 毛布でもかけてやろうと思い立ち、
 一先ず脇に団子を入れていた袋を置き、押入れから毛布を取って来る。
 ○○の近くに身を屈め、さてかけてやろうと毛布を広げていると、

「うぅん……けーねー……」
「!?……なんだ、寝言か……」

 名前を呼ばれた事にどきりとした慧音だが、只の寝言だと分かると
 安心したような、残念なような、複雑な感情が彼女の胸中に去来した。
 軽く首を振ってそれらを脇にどけてからふと見やると、
 寝返りでも打ったのか、横を向き、かつ腕を投げ出した格好に○○はなっていた。
 それは、つまり。

「……ちょっと、だけ」

 それはつまり、俗に言う腕枕が出来なくもない体勢であった。
 僅かばかりの葛藤に駆られた慧音であったが、
 普段気にかけている相手の無防備な姿と、
 たまには甘えたいという慧音本人の欲望に従う事にし、
 彼の腕の中へと身体を滑りこませた。
 インドア派であると言う割には男らしい体つきの○○に
 僅かばかり心拍数を上げる慧音。
 目の前には想い人の寝顔があった。

「ふふ……おやすみ、○○」

 彼が目を覚ましたらどのような反応をしてくれるのだろうか。
 楽しみと不安と、それと不思議な安らぎを感じながら、
 慧音もまた眠りの世界へと落ちていくのであった。



 数時間後、同じように遊びに来た妹紅が布団に仲良くくるまる二人を発見し、
 ○○を二時間にわたって尋問する事になるが、それはまた別のお話である。



本スレを見ていて書くのを止められなかったんだ……




Megalith 2012/10/27



 「―――今日は泊まっていけ」


 そう言われたのは、夕食を御馳走になったすぐ後のことだった。
 すっかり満腹感に満たされて、少し眠気が襲いかかってくるような頃。
 柱にもたれかかり、慧音さんの作る料理は相変わらず美味かったなぁとそんな感想を抱いていた。


 「え?」


 人間案外別のことを考えていると、他の情報が自動的に遮断されてしまうのだろう。
 何かを話しているということは分かる、がしかし何を話していたのかは理解できないなんてよくあることだ。
 『うわの空』とは正にこのことであり、慧音さんの料理に心奪われていたことに他ならない。
 それくらい美味かったのだと力説したい。

 胃袋を掴まれた、という表現が最も相応しいか。
 実際に掴まれたわけじゃないけど。 


 「今日は泊まっていけと言ったんだ、不服か?」


 振り返れば、台所から一仕事を終えて舞い戻ってきた慧音さんがいた。
 両手にお盆を持ち、その上には湯気の立つ湯呑が二つ乗せられている。
 ほら、という呼び声と共に、俺は湯呑を受け取った。


 「いや、そうじゃないですけどね」


 ずずず、と片手で持った湯呑でゆっくり茶を啜る。
 適度な苦味が口に染みわたり、喉を通り過ぎた後味はどこか甘みがあった。
 いつもと違うその違いか、それともそのお茶が持つ効力なのか。
 少し前に俺を襲っていた眠気は、どこかの彼方へと消え去っていた。


 「お茶、変えました?」

 「ああ、少し珍しい物が手に入ったからな」

 「へぇ………」


 よく見れば、いつもの緑茶とは少々違った色をしていた。
 秋の木枯らしに乗って揺れる木の葉のような、どこか赤みを残しつつある色をしていた。
 少なくとも金の無い俺には手に入りそうもない、随分と高そうなお茶だと感じた。


 「それよりもだ、泊まっていかないのか?」


 話が脱線しかかっていたところを、慧音さんは仕切り直してもう一度問いかけた。
 こういうところはしっかりしているなぁ、としみじみ感じる。
 お堅いイメージが常に付きまとう慧音さんだけど、それは慧音さんなりに正論を通そうとする結果なのかな、とそう思った。

 あるいは、浮ついた話の一つも聞かないからだろうか。


 「………別に構いませんよ、断る理由も無いですし」

 「よろしくお願いします、慧音さん」  


 その通りだ。
 別に変に断りを入れる理由も見当たらない。

 俺の家は、人里の中の少し離れた一角に存在する。
 随分と年季の入ったとはとてもお世辞には言えないような、オンボロという言葉が相応しい小屋に住んでいた。
 一目見たときは『最悪』以外の言葉を持たなかったが、"住めば都"という諺の通りに人間は適応するらしい。
 不便だと思っていてもいつの間にか慣れがそれを忘れさせ、そのオンボロ小屋は俺の我が家と変わったのである。

 が、しかしながらそのオンボロもいろいろとガタが来ていたらしい。
 ある日仕事から帰ってみれば、見るも無残な姿へと変わり果てた家がそこにあった。
 それで失ったものもそれなりにあるが、金や衣類、食料といったものは無事なものもあり全くのゼロというわけでもなかった。

 だが雨風を凌げないようでは日々の生活に支障が出る、竹藪にいる蓬莱人のような訳にはいかないのだ。
 ということで、友人たちの家を転々として家が再建するまでの日々を過ごしている。


 その意味がどうであれ、俺から見たら選択肢なんて始めから一つしかないのと同じである。


 「ああ、ゆっくりしていくといい」


 微笑む慧音さんを見て、やっぱり笑顔が似合う人だと思った。















 とっくの昔に夏は過ぎ去り、秋を超えて冬の準備をしようかという季節になりかけている。
 少し前では考えられないような冷たい風が、縁側から部屋へと突き抜けていった。


 「少し冷えるな」

 「そうですね」 


 お猪口に注がれた酒を、少しずつ口へと運んでいく。
 辛くもなく甘くも無い透き通るような喉越し。
 最高の米を使ったり、手間のかかる仕込みがあったり、何年も冷暗所で寝かせて熟成させたりといった恐らくそういう類のもの。
 俺の月給が飛ぶ、あるいはそれ以上の価値のあるものだろう。


 「今日は変な天気だな、夜は晴れたか」

 「ええ、朝から雨が降りっぱなしかと思えばいきなり止んだりと大変でした」


 今でこそ雲一つない夜空に月が昇っているが、その前は酷いものだった。
 気まぐれな曇り空は、泣いたり止んだりと忙しい空模様。
 はっきり言おう、今日は仕事にならなかった。
 その帰り道にたまたま慧音さんに出会い、夕食を一緒にどうだと誘われてそのまま。

 何をしたのかよく分からない一日だったが、慧音さんの料理が食えたのだからそれはそれでいいだろう。
 ある意味仕事せずに楽が出来て、美味い飯にありつけた、おまけに泊まる場所も確保できたと考えれば幸運だと前向きに考えることにする。

 慧音さんが俺の事情を鑑みて気を利かせてくれたと考えれば、それは嬉しかった。


 「そうだな、寺子屋でも外で遊べないと子供たちが嘆いていたよ」
 「中途半端な雨の中に居させるわけにもいかないから、止めるのが大変だったがな」

 「子供は元気ですからね、遊ぶのを楽しみにしている子も多いでしょうし」

 「違いないな、みんな不満そうな顔をしていたよ」


 それを思い出してか、慧音さんは苦笑いしながらそう答える。
 "子供は風の子、元気の子"とはよく言ったもので、寒かろうが半袖で大地を駆けまわるようなわんぱくばかりだ。
 みんなバラバラで、自分のやりたいことが一番で、わーっと雪崩のように統率もなく暴れ回るのだから大変だろう。

 それもいつか大きくなれば、立派な大人になるんだから不思議なものだ。
 きっと俺の両親も、先生も、周りの人もそう思っていたに違いない。


 「最近、お前が来ないから子供たちがやたら聞いてくるんだ、偶には寺子屋に来てくれ」

 「………避雷針になれってことですか」

 「よく分かったな、タダでとは言わないさ」


 ははは、と慧音さんは笑うが割と俺にとっては笑えない。
 わらわらと群がる子供たち相手に何をすればいいのか、正直言ってよく分からない。
 物珍しいのか、腕に足に胴にと俺を大木に見たてて登るのは勘弁願いたい。

 そして最後には体力が尽きるまで追いかけ回されるという、鬼は子供たちすべてという超理不尽鬼ごっこが始まるのだ。
 捕まったら最後、慧音さんが止めるまでおもちゃにされるのである。
 楽しくないわけじゃないけど、非常に疲れるのだ。
 精神的に、肉体的に"慧音先生"としての代わりを務めるのだから当たり前と言えば当たり前なんだろうけど。

 先生がいかに大変かなんて、もう何も言わなくたって分かる。


 「分かりましたよ、今度行きます」

 「ん、そうか…………じゃあ日時はまた知らせよう」


 ちょっと満足そうな顔をして、それ以上は追及してこなかった。
 色良い返事が貰えて満足したのだろう、『とりあえずは約束をしておこう』ということなのか。
 まあ俺にとっては、報酬と慧音さんの料理が食えるのならば特に文句も無いわけであって、別に何も不満などないのだが。


 「ふむ、誰かと飲む酒もいいものだな」

 「………一人で飲むことが多いんですか?」

 「まあな、そもそも酒を飲むことがあまり無いということもある」
 「教師が飲んだくれになるのも問題だろう?」

 「子供は大人の姿を見て育つから、ですか」

 「そういうことだ」


 教師たる者、皆の規範となるべきとでもいうのか。
 両親と同じくらいに近い大人である"先生"が二日酔いで情けない姿を見せるわけにはいかないということなのだろう。
 酒を飲んで二日酔いでも許される、という考えを子供たちに植え付けてはいけない。
 きっとそれは、子供達が大人になった時も受け継がれてしまうことだから。

 常にそうやって誰かに見られているという、気が抜けない仕事だ。
 いい加減な俺には、一生無理だろう。


 「先生って、大変ですね」

 「はは、だが成長していく子供たちを目の前で見ることが出来る」
 「今日より明日は強くなっていく、そんな姿が見ていると母親になった気分になるよ」


 人間は成長していく、特に子供から大人へと姿を変えるその時に。
 その間に様々な経験を経て、最初とは想像もつかないような形になることだってある。
 本人も周りの人も分からないような、とんでもないようなことをする奴だって現れるんだ。

 例えば凄い発明しただとか、大繁盛したた商人とか大人気の文豪だとか。
 二度目に会った時にはもう違う人になっていることなんて珍しくも無い。
 言葉通りに、人でなくなった何かにだってなることもある。
 魔法使い、妖怪、亡霊といった人間を超えた存在にだって。

 果てしなく遠い道のりだろうと、いつか辿り着くんだろう。
 皆が全部そうってわけじゃないけど、確かにそうなった奴らはいくらでもいる。

 そんな過程を見ていれば、親にでもなった気分にでもなるだろう。


 「………母親になったことはないがな」

 「偶に子供たちが、母親と私を間違えて『お母さん』と呼ぶことがあるんだ」
 「本意ではないだろうが、その、なんだ」


 一呼吸置いて、顔を赤らめながら慧音さんは答えた。
 多分、今まで見たことの無い顔で。


 「嬉しいんだ」
 「本当の母親じゃないが、それくらいに思ってくれるのかと思うと………な」

 「重ねてしまったんでしょうね、慧音さんのことを」


 小さい頃、先生をお母さんと間違えて呼ぶなんて話を聞くことがたまにある。
 母性を持つ母親を誤認して、先生をつい読んでしまうということらしい。
 後になって間違いだと分かっていても、その時はついそう思って口が開いてしまうのだろう。


 「だから、つい勘違いしてしまうんだ」
 「晴れた日の下で、息子や娘がいたらこうして遊んでいるんじゃないかって」
 「今は叶わないことだが、そんなささやかな夢を持つようになったよ」

 「いい夢じゃないですか」
 「子供たちから慕われる、いいお母さんになりそうですね」


 休日の午後、家の小さな庭で二人の子供たちが慧音さんとじゃれあっている。
 『おかーさん』なんて呼びながら、二人とも慧音さんの服を引っ張って遊んで欲しそうで。
 でも慧音さんは洗濯物を干している途中で、『やめないか、引っ張ると服が伸びてしまう』と言っている。
 けどその言動と口調は一致していなくて、仕方ないなんてそんな顔をしながら二人を宥めていた。

 ごくごくありふれた光景かもしれないけど、きっと幸せな形の一つだ。


 「…………何を他人事のように言っているんだ?」

 「え?」


 心底意外そうな顔をして、真顔で慧音さんは答える。
 それがさも当然であるかのように、何の躊躇いすら持たないで。


 「そこには、お前もいるんだぞ?」

 「――――――――――――――」


 多分、生まれて初めてだと思う、こんなにも度肝を抜かれたのは。

 あの光景の中に、俺がいて。
 俺と慧音さんの両方に似た子供たちがいるんだと考えてしまって。
 そんな、慧音さんの夢を垣間見てしまった。


 「…………黙るな、こっちが恥ずかしくなるじゃないか」

 「…………すいません」


 横目で見た慧音さんの頬はどこか赤みがあって。
 酒に酔ったとはまた違うような、そんな気がしていた。
 自分では見えないけれど、多分俺も同じなんだろうなと思う。

 いつか、そんな未来が訪れるとするなら。


 「慧音さん」

 「何だ?」




 「その夢、叶えて見せますよ」




 きっと、幸せだから。




 「……………期待、しているぞ」

 「ええ、期待してください」




 いつか遠くない未来に、心の中で描いた予想図を実現させてみせようか。 





は 慧音先生が好きです


うpろだ0035




寺子屋にて

「「「「けいねせんせいありがとうございました!」」」」
「気を付けて帰るんだぞ~」
「「「「はーい!」」」」
「元気が有り余ってるなぁ」
「子供は何事にも全力で取り組むからな」
「大丈夫か?」
「平気だ、これくらいで疲れていたら教師なんてやってないさ」
「そうかい……無理はするなよ?」
「もちろんさ」

と慧音と話していると向こうから女の子が走ってくる

「けいねせんせい……ちょっといいですか?」
「ん?どうした?」
「きょうおとーさんとおかーさんがるすだから……おうちにきてもらえませんか?」
「家にか?」
「だ、だめならいいんです……ひとりはこわくて」
「一人?誰か家に居るんじゃないのか?」
「いえにかえったらおてがみがあって、おとーさんとおかーさんきゅうようでおでかけだって……」
「そうか……よし!じゃあ今日は家庭訪問だ!」
「かてーほーもん?」
「そうだ、先生がお家に行くことを言うんだ」
「え!じゃ、じゃあきてくれるんですか!」
「勿論だ!一人は寂しいだろう?」
「わぁ……ありがとーございます!」

不安そうだった女の子の顔が明るくなった、流石元気づけるのが上手い

「えへへ……きょうだけのおかーさんとおとーさんができた」
「「え?」」

思わず口を揃えて言う

「わ、私だけじゃないのか?」
「けいねせんせいがわたしのおうちにきちゃったらこのおにーさんがひとりぼっちになっちゃう」

と女の子が俺の方を指して言う
慧音と恋人同士ということは生徒に言ってある……
もといばれてしまっているから、気遣ってくれているのだろう

「あぁ……」
「だからいっしょに!ね!」
「ど、どうするんだ?」
「そりゃぁ……行くしかないだろう、折角誘ってもらったんだしな」
「そうか……フフッ」
「ん?何笑ってんだ?」
「何でも無いよ、さ!行こうか!」
「うん!」

思わず場に流されてしまった……が、
よく考えるととんでもない事を引き受けてしまったんじゃないだろうか

~移動中~

「意外と近いんだな」
「あぁ、だからこの子は一番に寺子屋に来るんだ」
「成程な……歩いて3分だもんな」

ガラガラガラ

「どーぞこちらへ」
「お邪魔しまーす」
「失礼します」
「……生徒の家なのに随分腰が低いんだな」
「こっちは大切なお子さんを預かっているんだ、腰が低いのは当然だ」
「教育者は大変だな」
「慣れたらそうでもないさ」

何でも慣れで解決するのはよくないと思うのだが……

「晩御飯は……なさそうだな」
「おてがみにばんごはんはおとなりさんにいきなさいって」
「お隣さんに迷惑掛けるのも悪いな……」
「そうか?たぶん事前に言ってあるだろうに」
「別の理由もあるしな」
「?別の理由?」
「そうだ」
「特に頼らない理由なんてないとは思うんだが?」
「はぁ……お前は」
「あーいいから……聞いても無駄そうだな、手伝うよ」
「ありがとう○○、じゃあ……」

と言って俺がすべき作業を言ってくれる

「以上かな、質問は?」
「ありませーん慧音先生」
「よろしい、じゃあ作業に移ってくれ」
「あいあいさー」
「せんせい、わたしもなにかてつだいたいです」
「そうだな……じゃあこのお皿を並べててくれ」
「わかりました!」
「さぁって……やるぞぉ!」

いつも以上に気合が入ってるように見える
まぁ可愛い生徒に不味いは言われたくないだろうし当たり前ではあるか

~料理中~

「なぁ、味見していいか?」
「……言わないと分からないのか?」
「ごめんなさい」
「くいしんぼうさんですね」
「く、食いしん坊じゃないやい!」
「子供にまで言われてるぞ」
「ぐぬぬ」
「フフッ……○○らしいな」
「……るっせぇ」
「くいしんぼうさん、なにかたべる?」
「け、結構です」
「おなかがへったらいってね?」
「……はい」
「さぁて、我慢できるかな?」
「ぬがああああああああ」

~料理完成~

「ここに盛り付けて……よし、完成だ!」
「お疲れさぁん、さて……食べるか」
「くいしんぼうさん、がまんしなくていいからね?」
「……イッパイタベチャウゾー」
「食べ過ぎには気をつけろよ?」
「ワカリマシター」

完全に馬鹿にされている……何か食べてくればよかった
ちなみにメニューは鮭の塩焼き、きんぴらごぼう、ご飯、お吸い物とごく一般的だ

「ズズズ……うっめぇ!なんだこりゃぁ!」
「お、美味しいか?」
「今まで食べてきた中で屈指の美味さだ」
「やったぁぁぁぁ!」

といきなり立ち上がりガッツポーズをとる慧音

「せんせい、どうしたの?」
「い、いや……美味しかったのなら良かったよ」
「いやぁ……お前がこんなに料理上手いとは思わなかったよ」
「私も将来はその……嫁ぐ予定だしな」
「そ……そうか」
「どうしたの?せんせい、おにーさん」
「さささ、早く食べていろいろお話ししようか!
「おはなし!やったぁ!」
「ほら、○○も早く食べた食べた!」
「お、おう」

妙な雰囲気になった時の子供の意見は恐ろしい……
的確に会話の弱点を突いてくる

「ふぅ……ごっそさん」
「ごちそーさまでした!」
「ごちそうさま」
「ん、そういや風呂も沸かさなきゃいけないのか?」
「どうした?いきなりだな」
「いや、外暗くなるし、今のうち沸かしとかないと夜じゃあ苦戦するかなぁと思ってな」
「それもそうだな、薪の場所は分かるか?」
「えぇっと、いどのよこのなやにはいってたとおもう」
「井戸の横の納屋だな、了解」
「じゃあ先生達はお話してようか」
「はい!」
「入る順番どうする?」
「えぇっと……」
「あの、わたしゆぶねのそこにあしがとどかなくて、いっしょにはいってもらえませんか?」
「分かった、そういう事だ」
「了解、温度が熱かったら言ってくれ」
「言っておくが……覗くなよ?」
「へいへい」

近所の評判ほど直接響くものはない
そういや慧音と一緒に風呂入ったことないなぁ

~風呂の外~

「このくらいか~」
『あぁ、丁度良い温度だ』
『おとーさん、がんばってー!』
「あぁ、お父さん頑張っちゃうぞぉ!」
『あ、おとうさんっていっちゃった……ごめんなさい』
「いやいいよ、むしろどんどん呼んでくれ」
『なっ!……じゃあ先生の事お母さんって呼んでいいぞ』
「ちょっ、え?慧音、正気か?」
『君だけお父さんというのも……その……なんだ』
「あぁ……うん……そうだな」
『おかーさんのおかおまっかー』
『こ、これは少しのぼせただけだ!』
『あーてれてるてれてるー』
『ぅぅぅぅ……』

あの慧音が押されているとは……子供パワー侮りがたし

「大丈夫か~?」
『も、もうすぐ上がるから平気だ!』
「お、そうか」
『じゃあ10数えて上ろうか』
『はーい!』
『『いーち、にーい……』』

男の役目は終わりっと、んじゃあ布団敷きに行きますかね

~就寝準備中~

「ふぅ……なんか頭がくらくらする」
「せんせい、だいじょうぶ?」
「大丈夫だ、少しのぼせたかな」
「ほれ、水だ」
「ありがとう……どうも長湯しすぎたようだ」
「むりしちゃだめだよ?」
「あぁ、無理はしないさ」
「んじゃぁ風呂行ってくる」
「おにーさんおふろいっちゃうの?」
「あぁ、ごめんな」
「こんどはいっしょにはいろうね!」
「あぁ、そうだな」
「せんせいもいっしょだよ?」
「んー?あぁ……って!え?」

完全に聞いて無かったな、今更分かった所でもう遅いが

「たのしみだなー!かていほうもんまたあるといいなー」
「またあるさ、な?慧音」
「○○と混浴○○と混浴○○と混浴……」
「おーい、慧音」
「あ、あぁそうだな!」
「あと頼むわ」
「分かった、ゆっくりしてくるといい」
「じゃあおにーさんおやすみー」
「あぁ、おやすみ」

さて……子供パワーに振り回され酷使した体を癒しますかな

~青年お風呂中~

「あがったz……寝たか」

蝋燭でおぼろげな周囲を見回すと
布団には慧音と女の子が寝ておりスヤスヤと寝息を立てている

「今日は色々あったからなぁ……なんか俺も疲れた」

と敷いた二つの布団には女の子が豪快に横たわっている

「この子の親苦労してるんだろうなぁ」

どかすわけにもいかず悩んでいると

「こっちだ、○○」
「起きてたのか、寝てていいって言ったのに」
「さっきこの子が寝付いたばかりだからな」
「の割には寝相が悪いな」
「あーそれはだな……」
「多分俺が風呂行ってすぐ寝ちまったんだろ?」
「当たりだよ、それで○○の寝る場所をどこにするか悩んでいたら……」
「なぁるほど、んで?何か思いつきましたか?」
「その……私の布団で寝ないか?」
「……ド直球だな」
「し、仕方ないだろう!他に寝るのに適した場所はなさそうだし……」
「じゃ、お言葉に甘えますか」
「な!心の準備がまだ!」
「問答無用(ゴソゴソ」
「え、ちょっ!きゃっ!」
「……ぬっくいなぁ」
「うぅぅ……」

珍しく慧音の可愛い声が聞けた、明日は晴れだな

「しかし今日はレアな一日だったな」
「お父さんとかお母さんとか呼ばれそうになっていたな」
「なんかさ……子供持った夫婦みたいだったよな」
「……ふぁ!?」
「あー……意識したら恥ずかしくなってきた」
「ど、どうして今まで意識しなかったんだ!」
「俺は慧音と一緒に居るのが普通だしな」
「そそそ、それって」
「まぁ……うん」
「ありがとうな(ギュッ」
「おまっ……正面は卑怯だろ」

慧音が胸の中に蹲る形になる

「今日はお前に甘えられてないからなぁ……フフッ」
「へいへい、お好きなように」
「(ギュウウウウウッ)」
「胸が、慧音胸!胸!」
「ご褒美だ、むにむに~」
「はぁ……可愛いなぁ!本当に」

今宵も恋人達の深く熱い夜は過ぎていく……

※この後朝早く帰ってきた女の子の両親に驚かれました


35スレ目 >>331


慧音「センセェー!!」
○○「ヤンキー上白沢」
慧音「ご飯一緒に食べようぜー!!」
○○「イヤ」
慧音「ぐぬぬ」

慧音「センセェーオラァッ!!!」
○○「上白沢」
慧音「帰り車で送れゴラァ!」
○○「イヤ」
慧音「ぐぬぬ」

慧音「センセェーコラ!!」
○○「上白沢」
慧音「単位くれよ!!」
○○「イヤ」
慧音「ぐぬぬ」

慧音「センセェー!!アーン!?」
○○「上白沢」
慧音「テストやべぇーんだよ!ベンキョー教えてくれよ!!」
○○「いいよ」
慧音「やった」

慧音「せ、センセェ…」
○○「上白沢」
慧音「夜の学校は、ほら、暗くて危ないから、先生の職務として、生徒の身の安全を」
○○「さてはトイレに行けないな?」
慧音「ちげーし!」

○○「今日はもう遅いから送ってやる」
慧音「やったぜ」

慧音「せ、先生…」
○○「上白沢」
慧音「先生は、か、彼女とかいるの…?」
○○「上白沢、今後その話は一切禁止だ。わかったな?」
慧音「なんで?」
○○「察して」

慧音「先生、私先生のこと好き」
○○「…ぁ!?」
慧音「先生どうしようもない不良の私を見捨てないでくれた…」
慧音「先生の彼女になりたい…手つないだりちゅーしたりしたい…」
○○「(゜o゜;」
慧音「先生ぇ…」
○○「馬鹿野郎お前教師と生徒がそんなの許されるはずないだろ」
慧音「そんなの聞きたくない、ちゃんと女として見てよ」
○○「お前来年受験も控えてんだぞ」
慧音「先生の奥さんになれば関係ないもん」
○○「…」

○○「だったらタバコやめろ、飲酒も喧嘩も悪さは全部やめろ。大学行って、ちゃんと勉強して、ヤンキーだって真面目にやれば立派になれるって証明して見せろ」

慧音「…」
○○「そしたらお前だって大人だし、先生だ生徒だなんて言い訳なんか先生もしない」
○○「同じ土俵にあがってこい」
○○「そーして初めて向き合おう」
○○「万年赤点の上白沢にできるかな~?」
慧音「ぐぬぬ」






紫理事長「新任の先生を紹介します」
慧音「上白沢慧音です」
○○「」

慧音「○○先生」
○○「上白沢!?あのヤンキー上白沢!?」
慧音「どうです?ヤンキーだってやればできるでしょう?」
○○「嘘だろおい…まさか教師に…しかもこんな綺麗になっちゃって…」
慧音「フフン?あの頃手を出してれば良かったと後悔してるんですか?ウフフ」
○○「マジでツバつけときゃ良かった…」
慧音「…ぇ…あ…いや…その…私は…今からでも…全然…大歓迎…OK牧場っていうか…」

慧音「って!その発言は教師として問題があると思いますよ!!」
○○「はいはい」


私がたばこをやめた理由(避難所>>772,うpろだ)



陽光差したる日中でもまだ吹く風の冷たさが肌寒い季節、
私はふーっ、と肺に溜まった空気を吐き出し、
いそいそと箱に入った酒瓶と煙草の束を外に出していた。
吐息に揺られ箱の隅に溜まった埃と灰が銀紙のように光を跳ね返した。

「何をしているんだ?」

と往来から声をかけられたので目をやると、
私が住んでいる里の賢者様、上白沢慧音さんだった。

「引越しという訳でもないだろ?」
と荷物を抱えた私を一瞥して彼女は続けた。

「いやなに、鬼にでもくれてやろうかと思いまして」

すると箱の中身を見て彼女、
「煙草はどうかはわからないが……
 酒は喜ぶだろうな。
 しかし、まあ、遂にやめるんだな。」

と言い前々から口酸っぱく言われていた私の喫煙癖に思い馳せている様が見えた。

「まあ他に楽しみが見つかったって事ですかね、幸いに」

「そうか、それはいい事だ
 前々から言っていたが、健康は替え難いんだ。
 〇〇が息災でいるなら、私は嬉しいよ。」
といい、満足げな表情を浮かべていた。

「慧音さんはどういった御用で?」

私の住まいは特に用もなければ通ることも稀であったので疑問を口にする。

「いや、なに……なんとなくな。」

「私に逢いに来てくれたのなら嬉しいですね。
 せっかく会えたんですから慧音さん
 こんな話があるんですが聞いていきませんか?」

少し興味を持った顔で慧音さんが反応を返すので応えて話すことにした。
軒に置いた腰掛けに座らせ、口を開く。

「ある旅人がいましてね
 そいつは行く宛もない言わば放浪者だったんですが、
 ある夜歩き疲れて野っ原に倒れ込んで空を合わせてみたら
 見たことの無いくらい綺麗で大きなお月様が見えたんだと
 それで旅人はそのまま目を奪われて、腹が空いたのも足が棒になるくらい痛いのも忘れて、陽の登るまで見つめていたんだそうです」

少し呼吸を置いて、
転がっていた箱から煙草を取り出し1本を、
ライター代わりの火種入れに突っ込み火を点ける。

「こら、やめるんじゃなかったのか?」

「はい、人生最後の一服です。
 最後くらい、神様も許してくださいますよね、きっと」

どうだか?と肩をすくめる様な動きを返される。

紫煙を燻らせ、肺に煙を飲み込ませたところ、血管の収縮で目がチカチカする感覚を覚える。

視界の暗くなったまま、口を開く。
「これで最後にして、せいぜい10年かそこらは天寿もいただけるんですかね」
「それはわからんが、少なくとも続けるよりはましだろう」
と、いかにもといったことを返される。

「私がいつか老いぼれても慧音さんはいつまでも若くて綺麗なままなんでしょうね」
とうわ言の様に呟くと、慧音さんは間を開けて神妙そうに
「……そうだな、そうだろうな」
と、返した。

「贅沢を言うと私にも幾許か時間をもらえればいいんですけどね」

「縁起の悪いことを言うな
 今はまだ健康じゃないか」

「個人的に、せめてもう少し頂戴したいもんでしてね」
と言ったところ、慧音さんは怪訝そうな顔つきをしてお互い静かになってしまった。

「話を続けますね、旅人はそこに永住して、
 故郷に残してきたものも宛も無い旅もなにも忘れて月を見続けることにしました。
 そのうちもっと月を近く見たくて、来る日も来る日も土を積み上げるんです、
 そうして行くうちに旅人の盛り土は丘を過ぎて山のようになってしまいました。
 だけどある日、大きな嵐が起こって、旅人は崩れた山に埋もれて、死んでしまいました。
 その後、その山は人々の間で月見の名所になりましたとさ、といった具合です」

「……なんとも呆気ない終わりだな
 教訓としては、強欲は身を滅ぼすということだろうか?」

「まあどの物語にも教訓があるとは限りませんからね
 でも私はこの話の教訓は別だと思いますよ
 惚れてしまった手前、いつまでも見ていたいってのが人の性分ってところですね
 後は……人の一生なんて呆気ないものなんだよって事かもしれませんね」

慧音さんは一瞬呆気に取られたような素振りを見せて
なんでこんな話を?と問うてくるので
なんででしょうねと意地悪く返してやると、首を捻るようにして考え込んだ。

暫しの間を開けて、私は彼女に告げた。

「私も綺麗なお月様を出来れば長く見ていたいと思いまして、
 煙草も酒も辞めることにしたんです」

若干の空気の重くなるのを感じて、慧音さんは物憂げに目線を逸らす。


「慧音さん……あなたのことが好きです」
慧音さんはゆっくりと振り向いて、笑うとも泣くとも、怒るとも驚くとも言えない表情をしていた。

「な、なんで……
 なんで私みたいな、半端な人間のことなんか……」
「なんででしょうね」
と先ほどの問答を繰り返すように返してしまう。

「私もあなた以外を好きになれたらいいのにと思いました
 ……でもどうしても無理なので諦めることにしました」

「どうして……」

「ここに来て少しした頃怪我をした時にひどく心配してくれた優しい所も、
 寺子屋で子供たちに囲まれているときの笑顔も、
 意地悪な問答をすると頬が少し膨れるところも可愛らしくて好きです。 
 ……あの日満月の夜に見たハクタクの貌も、私は好きです。
 あなたのことを考えているだけで時間が過ぎてしまって、
 あなたのことを思っているだけで心臓が痛くなって、
 諦めるしかないかなと思いまして」

「……」

「私は見ているだけで構いませんから。
 だからどうか、あなたを遠くで見守ることを許してくれたら嬉しいです」
できるだけ努めてあっけらかんとしたように言い放ち、
立ち上がって慧音さんに背を向けた。

火を灯した煙草を咥え、足元に散らかしていた箱を抱え込むようにしようとしたところ、
私の腰元に違和感があり、上手く屈むことを許されなかった。
違和感の正体は慧音さんの両の腕で、それが私を抑えていた。

「……私はな、〇〇のその顔が嫌いだ。」
背中から震えた慧音さんの声が響く。
口元の煙草が邪魔で上手く言葉を返すことができなかった。
いや、なくても返せなかっただろうか。

「その自分を捨てたような冷めた目が嫌いだ
 作った笑いで無理に上がった口角も嫌いだ
 何でもひとりで抱え込むところも嫌いだ。
 ……あとは煙草臭い所と少し意地悪なところもちょっとどうかと思う」

そう告げた後、少し間を開けて
「けどな、私はそういうところも含めて
 ……〇〇のことが好きだ」
と紡ぎなおす。
腰に回された腕の締め付けが強くなった気がした。

「子供たちに話を聞かせて笑っている〇〇も、
 私の髪に似合うからと髪飾りをくれた〇〇も、
 私の人外の姿を見て綺麗だと言ってくれた〇〇も……私は好きだ」

それきり、お互い何も言わずに押し黙ってしまった。
心が体から離れて宙に浮いてしまったような、時間が止まったような感覚だった。
けれどもたまに吹く風と風に揺られる紫煙だけが時が進んでいることを報せてくれていた。
まだ慧音さんの手は私の胴に回っている。
今彼女はどんな顔をしているんだろう。

「私は、〇〇を失うのが怖い……。
 お前が先に旅立って、私が残されることを想像すると震えが止まらない……。
 けど、今〇〇が離れてしまう方が、私は怖い」

しばらくそうしていたところ、胴に絡みついていた手がゆっくりと解かれ、慧音さんと対面する。
慧音さんの目線は私の足元を見るようにやられていて、表情を窺うことは適わなかったが、
そのまま慧音さんは続けた。

「たとえ、〇〇が先に逝って私が残されてしまったとしても
 どうか、そばにいることを許してくれないか?」
そう言ったきり彼女はまた俯くようにさらに視線を落とした、
肩を抱いて引き起こすようにしてみると、
なんとも不安気な、ともすれば泣きそうな顔をしていた。

「そんな寂しそうな顔をしないでください。
 私は慧音さんのどんな顔も好きですけど。
 ……でも、やっぱり笑っている顔が1番好きですから」


そう言って、私は慧音さんの手をとって自分の下へ引き寄せて、
懐に顔を埋めるように小さくなった慧音さんを強く、だけど壊れてしまわない様に胸元に抱き寄せた。
口元から落ちた煙草は軒下に落ちて、人知れずに明かりを消していた。
抱き寄せた慧音さんに向かって問いかける。

「あなたを残して先にこの世を去ることを許してくれますか?」
「…………ああ」
「私がこの世を去るとき、笑っていてくれますか?」
「……それは、約束できない。
 きっとお前には見せられない顔をしてしまうから」
「ではその顔で構いませんので見せてください、冥途の土産にするのに寂しくないように。
 ……死んで化けてあなたの枕元に立っても許してくれますか?」
「そうなったら、毎晩出てくれ」
「……善処します」

「慧音さん」
「何だ?」
「もう一つ、我儘をしますので許してください」

慧音さんの背中を押すように顔を近づけ、私は慧音さんとお互いの唇を合わせた。

──────
その後「ポイ捨てはダメだ!さっさと拾え!」
とまくし立てられてしまったので煙草を拾いなおしていた。

割と不可抗力気味だった所はあった気もしたが、おとなしくしておく。

「そ、それに、いきなりく、口づけは……恥ずかしいからやめろ」
と慧音さんは力なく続けた。
「では次からしたくなったら許可を求めたらいいですか?」

慧音さんはそう返されて、
……知らんっ
とそっぽ向いてしまった。
だけど真っ赤になった耳だけで凡その表情も察せられた。

そういう所も好きですよ。
そう言うと、彼女の耳が殊更に赤くなった気がした。


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最終更新:2024年08月25日 22:46