てゐ3
5スレ目>>497
『樵と兎』
それは幻想の中であった昔話。
昔々ある所に、お爺さんとお婆さんはいませんでした。
代わりになんとも形容しがたい一人の青年がいます、真に残念ながら少女ではありません。
そんな彼は樵を生業として暮らしながら、人里を転々としていました。
「何処だ!? 何処に俺の運命の人がいるんだ!? 」
人里を転々とする樵の青年は、まだ会えぬ運命の人を探して転々としていたのです。
少し夢見がちな青年(年齢不詳)でしたが、樵としての腕は確かでしたので何とか生活していました。
人里から人里へと移る際に妖怪に襲われもしましたが、凶悪なまでの願望が彼を生かします。
「運命の人に会える前に食われてたまるか! むしろ食う! 」
斧を血だらけになりながら振り回すその様は、妖怪も裸足で逃げ出すほどの恐ろしさ。
素晴らしい樵としての腕前でした。
そんな素晴らしい腕前の樵が、近々村総出の土木作業をするとの事で、とある人里に来てくれと請われた時の事です。
樵の青年は、普通の樵で普通の人間だったので勿論空を飛ぶことは出来ません。
なので移動は徒歩、時々川を泳いだりもしますが基本的に愛用の斧(銘:キッコリー)を背負って歩きます。
春になり花粉症気味な青年がとある店で買った防粉マスクを付けて歩く様は、まるで新種の妖怪のようでした。
とにかく歩いて移動する青年が、途中の竹林で真っ直ぐ歩いていた筈なのに道に迷った頃、一匹の兎を見つけました。
長い耳と紅い眼の、兎の妖怪を見つけました。
実はその妖怪兎、因幡てゐと言う名前の『人間を幸運にする程度の能力』を持つ妖怪なので、それを見つけた青年はその幸運で竹林から出れる以上の幸運を授かります。
けれど、迷っている間は『早く此処から抜け出したいい』と考えていた青年は妖怪兎を見た途端に思考は別のベクトルに駆け抜けました。
「ちょっとそこ行くお嬢さん! 君はもしすると俺の運命の兎!? 」
ナンパし始める青年は、驚いて逃げる妖怪兎を『残念』だと思います。
そして幸運発動、何故か飛び出ている筍に妖怪兎が転んだのです。
「く、黒!? 」
何かを見た青年は驚きのあまり叫ばずにはいられませんでした、いわゆる外面と内面の違いに重度の精神的衝撃を受けたのです。
そして、その後樵の姿を見たものは居ない。
6スレ目>>406
てゐが騙すことに罪悪感を持ちかねない勢いで心底尽くしてあげたい。
クリスマスは大切な人と――(6スレ目>>571)
◆
空は凍ったように薄暗く、冷たかった。
それでも、幻想郷に住む人々に、不満の色はない。
もちろん、四季として受け止めていることもあっただろう。
死と隣り合わせの人間にとって、冬は畏怖の対象だが嫌がるものではない。
しかし、所々で楽しげな雰囲気の笑い声が聞こえるのは、少々変わっているのかもしれない。
冬を待ちわびた氷の妖精や、冬の季節妖怪でもなければ、厳しい寒さを喜ぶ者はそうは居ないだろう。
それでは何故、こんなにも嬉々とした空気が漂っているのか。理由は明確だった。
雪も近くなってきた空の下、幻想郷はクリスマスムードに包まれていたのである。
「明日はクリスマスイヴか」
そして、竹林の中の拓けた草原に、背を合わせて座る二つの影にとっても、例外ではない。
「てゐは何がほしい?」
俺は振向くこともなく、背後に座る因幡てゐへと声を掛ける。
僅かに背の影が揺れた、恐らくは、何か考えているのだろう。
「なんでもいいよ。私が喜ぶものなら、ね」
三つほど数えられる間を置いて、てゐはそう口にした。
大層意地の悪い笑みを浮かべているのだろうと、顔を見なくても分かった。
素直に悩んで、喜ばせてみろということなのだろう。
「それじゃあ、俺が一緒に居るってのがプレゼントで」
「それもいいけど、ちゃんと物もちょうだいね?」
自惚れと思いつつも、そんなことを呟くと、予想通りやんわりと却下される。
「……俺の前で、猫を被る必要も無いんじゃないか?」
「そう、それじゃあ……自惚れるんじゃないわよ」
率直な返答が返ってきた。
きっと最高の笑顔で言っているのだろう、分かっていながらも、少し気が滅入った。
「まぁいいや、頑張ってみるよ」
「……うん、楽しみにしてる」
「じゃあ、また明日な」
立ち上がると同時、背の温もりが寒空の下、霧散していく。
同時に感じた喪失感は、いつになっても堪えがたい。
これも、惚れた弱みと言うものだろうか。
最後にと振り返ってみたが、てゐはもう背を向けて帰路へと着いている。
俺は溜息を一つ吐いて、小さく手を振ってから帰路へと急ぐ。
妖怪と逢瀬していると知れたら、里にも居られなくなってしまうのだから。
◆
俺はとある商人の下働きとして日々を生きている。
店の番や配達などの雑用が主な仕事だ。
クリスマスと言うことで、店には普段よりも客が多い。
恐らくは、大切な人への贈り物なのだろう。店主が買い集めてきた雑貨が飛ぶように売れていく。
「え、真夜中まで、ですか?」
「あぁ、予想以上に冬の蓄えが少ないんだ……すまないが今日のうちに稼がないと……」
「いえ……わかりました」
そのせいか、日の沈む頃には終わる予定の店番も、急遽延長されることになってしまった。
てゐとの約束は、日の沈んだ頃だ。
店主にも待ち合わせがあると事前に伝えてはいたが、冬の蓄えは出来るときにしなければならない。
逢瀬と蓄え、下働きの俺に、選べる選択肢は無かった。
俺は店主に一言断って、待ち合わせ場所である広場に包まれたプレゼントを置いた。
書置きとして、来られなくなったことを書いたが、首を振って握り締めてしまった。
何となく滑稽に思えたのだ、待っても居ないのに、そうすることが。
明日は店主も店を休む。てゐも、プレゼントさえあれば、納得するだろう。
手紙を握り締めたまま、俺は店への帰路を急いだ。
◆
日が落ちていく、紅く染まった空が妙に眩しかった。
熱心に洒落た装飾に見入る客へと言葉を交わしつつも、考えるのはてゐのことばかりだった。
そろそろ、待ち合わせの時間だ。妙に時間に拘るてゐは、店主の気紛れで上がりが変わる俺よりも早く待っている。
今日も、待っていてくれるのだろうか。
首を振って、自惚れた妄想を掻き消していく。
悲しいことに、てゐにとって、俺はそこまでの奴じゃ無い。
「これ、包んでくださる?」
綺麗な声に意識が引き戻される。
目の前に居るのは装飾品に見入っていた、お得意様のメイドだ。
紅い夕焼けに映える銀髪、従事服でなければ、更に美人に思えただろう。
しかし、何故か彼女にはメイド服が一番似合っているように思えた。
本職のメイドとは、そういうものなのかもしれない。
「贈り物でしたら、このカードもいかがですか?」
「え、ええ……そうね」
送る相手は誰なのか、美女だからだろう、何となく気になって覗き込んでしまう。
宛名は、美鈴。恐らくは女性の名前だろう。
「御友人に、ですか?」
「そ、そうね」
顔を上げたメイドさんの顔は、戸惑いを残した笑顔だった。
そこに朱が混じって見えたのは、はたして夕焼けのせいなのだろうか。
◆
日は暮れて、里には夜が昇っていく。
遠くに見える山の竹林は、もはや暗くて見えない。
てゐはどう思っているだろうか、プレゼントは、喜んでくれただろうか。
明日になれば、またあの笑顔を見られるのだろうか。
衰えない客足に汗を流しながらも、気づけば彼女のことばかり考えている。
本当に、俺はてゐに惚れこんでいるのだった。
「……○○」
呆然としていた意識を、またも客の声に引き戻される。
しっかりしなくてはと思いながらも、何か、違和感を覚えた。
目の前には帽子を深く被った少女が立っている。
今、この子は俺の名前を呼ばなかっただろうか。
忘れもしない、忘れられるわけもない、聞き覚えのある声で。
「……ばか」
帽子が少しだけ上げられる。
影から出てきたのは、涙の浮んだ綺麗な瞳。
愛しい兎の、可愛らしい顔だった。
「てゐ? なんで、ここに」
「なんでじゃないわよ……ばかぁ」
声が震えている、大粒の涙が、綺麗な白い肌を伝っていく。
何故、この子は泣いているのだろう。
俺は慌てて店から飛び出すと、てゐの元へ駆け出した。
幸い、客足も途絶えた頃だった、てゐもそれを見計らって来たのだろう。
「ごめん、冬の蓄えの為にも、店を抜けられなかった」
「……なんで、書置きもなにもないのよ。これだけ置いて行かれたら、嫌われたのかって、会いたくなくなったのかって……!」
胸に抱かれた包み紙は、渇きかけた涙の跡で汚れていた。
待っていて、くれたのだろうか。泣きながら、一人で。
「一緒に居てくれることの方が、嬉しいに決まってるじゃない。ばか……」
声が細くなっていく。涙が止め処なく溢れていく。
気づくと、俺はてゐを抱きしめていた。そうしていいような気がした。
細い腕が腰に回る、か弱い手が、力いっぱいに抱き寄せてくる。
どのくらい待っていてくれたのだろうか、てゐの身体は、冷え切っていた。
「プレゼント、一つじゃ駄目なんだから」
「あぁ」
「明日は、ちゃんと。ずっと一緒に居ないと許さないから」
「……分かった」
「好きな人と一緒じゃないと、クリスマスじゃないんだから……」
「うん。俺も、てゐと一緒に居たい」
腕の中で、てゐは微かに、泣き顔の中で笑みを溢した。
唇に温かいものが触れる、一瞬のことで何かも気づけないまま、俺はもう一度てゐを抱きしめていた。
「……おい、そいつ……妖怪じゃないか!」
背後から声がかかる。
背筋が凍るようだった。聞き覚えのあるその声は、人間の、店主の声だった。
◆
「長い間、世話になってきた。それでも……分かるだろ?」
「……はい」
「手荒なことはしたくねえ。他に知れる前に、里を出てくれ……すまん」
「いえ、ありがとうございました。本当に、長い間……」
頭を下げて、暗くなった山道へと踏み出す。
隣には、困惑したてゐの顔があった。
「私の、せいだよね……」
「いや、禁を破ってたのは俺だから」
妖怪と抱き合っているところなんて見られたら、殺されたっておかしくない。
無傷のままこうして歩いていること事態、幸運だったのだ。
妖怪と人間が一緒に居るというのは、里の者にとって禁忌に他ならない。
故に、俺がてゐに惚れた時点で、こうなることは覚悟していたのだ。
「それに、俺はお前と一緒に居たいから。後悔はしてないよ」
「……ばか」
薄暗い山道、いつもの広場に腰掛けて、今度は背中合わせではなく、向かい合う。
月明かりに照らされたてゐは、綺麗だった。
白い肌は月光に蒼く照らされて、瞳は涙で美しく輝いている。
この子の傍に居られるのならば、本当に後悔は無かった。
「好きだよ、てゐ」
「うん、私も……好き」
月に照らされた二つの影が、ゆっくりと重なる。
時にして二秒程度の行為、俺達は互いに、気持ちを確かめ合った。
唇に残った微かな感触が、気持ちの証拠だ。
「ずっと、一緒に居よう」
◆
「と、いうわけで。今日から因幡に混じって雑用係に加わる、○○よ」
「よ、よろしくお願いします」
百を越える兎耳が、乱れることなく整列する光景を目にしながら、深く頭を下げる。
人間に対して嫌悪感を募らせるかと思ったが、兎達は概ね、快く迎えてくれているようだった。
自己紹介を終えてすぐ、俺の周りに兎達の壁が出来る。
やれ何が好きか、人参は好きか、何が出来るか、質問は様々だった。
薬に対しての体性はあるかと言う質問には、大きく首を振るも、看護師の格好をした女性は好都合と微笑むだけだった。
「皆離れなさい、一気に話しかけたら大変でしょう」
「じゃあ、恋人とかはいるのかー?」
てゐの号令に、静まる兎達の中からそんな声が上がる。
隣で、てゐが目を見開いて驚いているのが見えた。
「あー、うん。大切な人が、居るよ」
「な、何言って――」
「隣にね」
ざわめきが広がっていく、てゐの顔は、見たことも無いほどに真っ赤だった。
黒い髪の姫と呼ばれる女性が楽しそうにてゐを囃し立てている。
看護師の格好をした女性が、離れてクスクスと笑みを溢している。
「――○○の……ばかぁ!」
俺は生涯、この子の隣に居るのだろう。
本当に、楽しくなりそうだ。
メリー・クリスマス。
6スレ目>>976
永遠亭に遊びに行こうと竹林に入ったら、てゐが出迎えてくれた。
「今日も可愛いね」って挨拶したら、
「今日がエイプリルフールだからって騙されないもん」って得意げな顔された。
しばらくてゐの後についてって永遠亭が見えた所で、「大好きだよ」って告げたら
「そ、それも嘘なんでしょっ!?」ってえらく慌ててた。
帰り道、永琳さんの指示で渋々てゐが竹林の外まで送ってくれた。
別れ際、「大っ嫌いだもん!」って厳しい一言を言われたけど、今は手を繋げるくらいには仲良しです。
7スレ目>>710
「ん…?」
いつの間にやら寝てしまっていたらしい。 畳から身を起こし
大きく体を伸ばすと、凝り固まった間接がコキコキと音を立てて軋む。
開け放したままの窓から、風に揺れる竹林と夜空に掛かった月が見えた。
中々風流な光景じゃないか。 永遠亭に居候してからはゆっくり夜空を
見上げたことなど殆どない。 主に注射とか投薬とか人体実験とかで…。
「…思い出したら気分悪くなってきた」
ため息とともに嫌な記憶を吐き出して、再び四角く切り取られた空を見やる。
一枚の絵のような光景をしばらく眺めていた俺の頭を、一つの考えが過ぎった。
「月見酒ってのもいいな」
口に出したが最後、無性に酒が欲しくなってしまった。
『思い立ったら即行動』が信条の俺はすばやく宛がわれた部屋を出、
足取りに気を遣いながらも一路永遠亭の厨房を目指したのだった。
「「…あ」」
しかしそこには先客がいた。 俺の姿に気づいて口を開けると、
銜えていたニンジンの欠片がポロリと落ちて床に転がる。 勿体ねぇな。
「○○ッ…?」
「…何やってんだ、てゐ」
まぁ、何となく分かる。 おそらく俺と似たよーなモノだろう。
俺は珍しくもじもじしている(だがニンジンは手放さなかった)彼女の
脇をすり抜け、厨房の一角を漁りだす。
「…どうしたのよ」
「何がだ」
がさがさ。
「…大声で『盗み食いだぁー!』とか言うと思ってた」
「まぁ俺も共犯っつーか…同業者みてーなモンだしな」
ごそごそ。
「…ニンジンなら手前の籠よ?」
「残念、俺が探してるのは…っと」
奥まった場所にあった一升瓶を引っ掴み、返事の代わりにてゐへと突きつける。
「お酒?」
「ああ、夜空が綺麗だったからな。 月見酒だよ」
「…ちょっと似合わないわね」(こりこり)
「やかましい」
悪態をついたのも束の間、頭の中で閃いた考えのまま、俺は彼女に問いかけてみる。
「…なぁ、てゐ」
「な、何?」(もごもご)
「晩酌に付k」
「ノゥ!」
言い終わらない内に否決された。
「せめて最後まで言わせろよ!?」
「最後まで言ったとしても! 絶対にノゥ!」
幾らなんでもそこまで言うことないんじゃないのか…。
いつもならここで引き下がる俺だが…てーちゃんよ、今の状況分かってるのか?
頑なな態度を取る彼女に向け、俺は自信満々な笑みを浮かべてみせる。
「では君の心変わりを誘発しよう…」
「な、何よ?」
思わせぶりな様子の俺に怪訝そうな目を向けるてゐ。
「なーんか、急に大声あげたくなってきたなぁー」
「っ!?」
すーはー、すーはー、と深呼吸のマネゴトなんぞを
してみせると、てゐの顔がはっきり分かるほど青ざめた。 よしよし。
「寝てる皆には迷惑だろーけど、仕方ないよなー」
「あ…あぅ」
ここまでビビるてゐの姿を見るのも珍しいよな、などと思いながら俺は、
「てゐ、晩酌に付き合ってくれるか?」
先ほどよりも少し声音を落として訊いてみる。
彼女はしばらく石のように黙り込んでいたが、やがて小さく頷いて見せた。
…少女(と青年)移動中…
「ありがとなー、てゐ」
「脅迫しといてありがとうもないでしょ?」
「心外だなそれは。 交渉と言え交渉と」
「あ、アンタねぇ…!」
「…別に酌をしろとまでは言わないよ、隣に居てくれりゃ」
「えっ…」
「肴は多いほうがいいだろ。 月とか星とか…女の子とか、な」
「…! …それより、ちゃんと黙っててくれるんでしょうね!?」
「当然。 日本男児は紳士なんだぞー?」
「…意味分かんないわよ?」
するすると襖を開き、青白い月光に照らされる窓際まで歩を進める。
俺を見下ろす月は先ほどよりもやや高くなってはいたが、美しさは依然そのままだ。
ゆっくりと腰を下ろした俺の隣にてゐも座り込み、同じように夜空を見上げる。
「…そんなにキレイなもの?」
「少なくとも俺にとっては、な」
苦笑混じりのため息を吐いて、俺は持ってきた瓶の中身を猪口に注いだ。
揺らめく水面には、不規則に形を変える月が写っている。 それをしばらく眺めた後、
俺はゆっくりと酒を喉へと流し込んだ。
「…ふぅ」
「オヤジ臭いわね」
「うっせぇよ」
自分でもちらっと思っただけに指摘されると腹が立つ。 俺は続いて二杯目を飲み干し、
いざ三杯目を注ごうとしたところで、ふと頭を掠めた考えに手の動きが止まった。
「なぁ」
「何?」
「てゐも飲むか?」
「…うん」
小さく頷くてゐに猪口を手渡し、続いて瓶の中身をゆっくり注ぐ。
こくこく、と何度かに分けて酒を飲み終えたてゐが満足そうな息を吐くのを見て、
俺の顔にも自然と笑みが浮かんでいた。
「…ありがと」
「なーに、お気になさらず」
「そう言われれば、そうよね」
互いに笑いあう。 酒のせいか、それとも窓から見える月のせいか。
彼女との距離が
その声がが途切れたとき、てゐは神妙な顔つきで切り出した。
「ねぇ、○○」
「うん?」
「私が、さ」
「お前が?」
いつもの彼女らしくない、たどたどしい口調。
「貴方を好きだって言ったら、信じる?」
「…それが嘘なら流石に悪質すぎるなぁ」
くくく、と喉でだけ笑って見せる。
「どういうこと?」
言ってしまって構わないだろう。 見てるのは彼女と、月だけなのだし。
「だって、両思いになるんだからな。 俺たち」
「え」
「悪戯されてばっかだったけどさ」
それがいつしか。
「俺も、お前と居るのが楽しくなってたから」
俺は、彼女のことが好きになっていたのだろう。
てゐはとん、と猪口を置き、
「私も…○○と一緒に居るのが楽しかった」
同じようにクスクスと笑う。
「私を追いかける時は、私だけ見ててくれてたから」
「はは…てゐはいじめっ子タイプだったか」
「…どういうこと?」
「俺に構って貰いたかった、ってコトだろ?」
「…うん」
「随分と素直じゃないか」
珍しいこともあるものだ。 これが夢だったら恨むぜ、神様?
「素直な私は…嫌い?」
「嫌いじゃないが…俺はいつも通りのてゐが好きだな」
「嘘つきでも?」
「嘘つきで悪戯好きな詐欺師でも」
「あ、ひっどーい」
「今までのツケだ。 ありがたく受け取っといてくれ」
「踏み倒させて貰いますわ」
もう一度、二人して笑う。 この上なく心地いい。
「さて、そろそろお開きに…ってほど飲んでないな」
「逆に考えれば? またこうして飲めるって考えるの」
「おまえあたまいいな」
「誰かさんが言うように詐欺師ですから」
「…むぅ」
やっぱり口では彼女が上手のようだ。 俺は苦笑しつつも立ち上がり、
「そろそろ部屋に戻れよ、夜更かしは健康の敵だろ」
「此処で寝ていい?」
「…お前、襲われても文句言えねぇぞ」
「日本男児は紳士なんでしょう?」
それに、と悪戯っぽい-俺の好きな笑顔を見せててゐは続ける。
「襲うつもりならわざわざ警告したりしないわよね?」
「はぁ…ホンット、お前にゃ敵わねぇな」
「そりゃあ年季が違うからね」
「うるへー。 俺はもう寝ます!」
負け惜しみ以外の何者でもない叫びを上げつつ、俺は布団に倒れこむ。
少ないながらもアルコールの回った脳味噌へと侵攻してくる
睡魔に抗えるはずもなく、俺はあっという間に眠りの世界に落ちていく。
意識が途絶える瞬間、頬に柔らかな何かが触れた。 そんな気がした。
「んぁ?」
目を開けると、横倒しになってはいるものの見慣れた自分の部屋。
のそのそと起き上がり、6割がたぼやけたままの頭を何回か振っていると、
朝の清涼な空気が俺の頬を撫でた。 ふむ、今日も良い天気のようだ。
続いて脳裏に浮かんだのは、今や夢とも現ともつかない夕べの出来事だった。
「どうだったんだろ…」
時間が経つに連れ自信がなくなってくる。 やたらとハッキリ覚えている割には
隣で寝ている(と言っていた)てゐの姿も見えないし。 と、いきなり強い風が
開けっ放しの窓から吹き込んできた。 春も終わりが近いとはいえやはり朝の風は
冷たい。 思わず手で顔を覆い…指の隙間からあるものを認めて。
「…ははは」
知らず知らずの内に笑みを刻んでいた。 放ったらかしの酒瓶と猪口。
どうやら俺はまだ、神様を恨む必要はないらしい。 尤も、これからも
楽しい毎日が続きそうではあるから、永遠にその機会はないかも知れないが。
「…さて、と」
まずは、酒を持ち出した言い訳を考えないといけないな。
拾い上げた猪口を手の平の中で弄びながら、俺はそんなことを考えていた。
最終更新:2010年05月27日 00:29