てゐ4



好きだよなんて言わずとも(うpろだ308)


~好きだよなんて言わずとも~





 「愛するものはいずれ去りゆく。だが人は、逝きし者を懐かしみ、そして愛するのだ。
 記憶は永遠ならずとも、帰るべき場所は消えることはないからである」        

 ---無名の詩人









「むぅ、迷ってしまった」

幼馴染である健太の趣味、それは彼の年齢(25)に似合わず、筍狩りというシロモノ。
それにつき合わされ、兵楼県は神生市・笹姫町のとある竹やぶに来ていたんだけど・・・。

(くそ、これじゃまったく樹海じゃないか! ぼくはここで・・・)

ふと、TVで見た、富士の樹海の餓死死体を思い出す。ぼくは震え上がった。

「……っ!」

時は弥生の半ばを過ぎたころだろうか。暮れかけた日が、聳え立つ竹林の影の闇色を強める。
季節柄…いや、土地柄、もまだ冬の名残があるのか、肌寒さが身にしみる。

(これはやばいぞ)

そもそもなぜ迷ったのだろうか。
というのも、健太は「ちょっと向こうの筍を刈ってくる」と言い、数メートル離れた場所で作業を始めた。
ぼくは彼に背を向け、ちょうど切り落としかけていた筍に向かい、それを切って背中の袋に入れる。
物音がして振り返ると……彼はいなかった。かわりに、一瞬、日傘を持った婦人の姿が見えたような気がする。

(おかしい。ぼくがあれを切る時間はものの十秒ほどだったはず…どこかに歩いていく足音も聞こえなかったし)

ぼくはバックパックに入れていた懐中電灯を取り出す。

(電池は…昼に新品を入れたばっかりだ。もつかな…)

もつ? ここから生還できるとでも思っているんだろうか。

「ふ」

嘲笑に近いため息が漏れた。生きて帰ったとして、そこに何の楽しみがあるというのだろう?
追われるような仕事、崩壊した人間関係、持病の悪化。

(でも、ぼくは)

生きたいと思う。ここで死ぬというのはあまりにあっけなく、そして心残りだ。
何しろ、構想4年・製作3年、300ページにわたる超絶クオリティな同人誌 --- これをコミケ参戦の主砲としたのだけれど、
まだ参加OKが来ていない。(爆 
主人公はもちろん、因幡てゐ。彼女の壮大な冒険を哀歓ともに綴ったロマン派大作なのだが。

(DL販売にするべきだったかな……)



カサッ。



(?)

物音がして振り向いた。

「健太?」

返事はない。イタズラだとすれば度が過ぎる。何しろあれからもう数時間経っているのに…

「健太?」

だが、そこから出てきたのは………

「迷ったのね」

年の頃17,8といった体格と面持ちの少女だった。
短めの袖をもつ淡い紅色のワンピースを羽織り、体の半分はあろうかという巨大な杵の柄を肩に掛けている。

「やっと会えた」

(!?)

その仄かな微笑は、どこかで見た感じのする懐かしさの漂う雰囲気を身に纏っていて。
しかも、ふんふんという鼻歌まじりの振る舞いの中に、時折ふと見せる妖艶なまなざし。

(かわいい)

ぼくは彼女の奇抜ないでたちに驚く間もなく、

「こ…ここは?!」

コロコロとした子気味良い声色で、彼女が答える。

「ん、幻想郷の、永遠亭に近い場所だよ」

「幻想郷? どういうこt……」

そこでぼくの脳に、衝撃の事実が隕石のごとく落下してきた。どうして今まで気づかなかったんだろう!
あれほどファンだったというのに……

(い…い……いな………いなば………!!)

「て……てゐさん?! あの、いな、因幡てゐさん?! そんな、」

ぼくは遠慮せず彼女に近づいてゆき、その兎耳をさわってみる。ちょっと力を入れると、

(あれ、取れない!)

「いてて、本物だってば!」

あわてて、

「ご、ごめんなさい……コスプレかと」

「あたしは、因幡てゐ。やっと気づいたのね、おバカな、」

彼女はぼくの名を呼んだ。

「ど、どうして知ってるんですか?!」

「隙間からのぞかせてもらったことあるの。花映塚だっけ? あれでよくあたしのキャラ使う人がいるって有名だったから。
 あ、もちろんあたしを自機とする人はゴマンといるんだけど、あなたの笑顔が……」

言うと黙り込み、下を向いてしまうてゐさん。頬がちょっと紅潮している。

「と、とにかく、幻想郷に来ちゃった以上、次の隙間が開くまでに時間があるだろうしさ」

手を差し伸べてくるてゐさん。

「こちらにどうぞ♪」

ぼくも手を伸ばす。半ば刺すような涼しさの中、二人の指と指がふれあい、指の先がからみあった。

(あったかい)

だが、

「う、うわぁぁ」

体が宙に浮いた!

「ど、どうなってるんだぁぁぁ」

ぐんぐん遠くなってゆく地面。筍の畑、竹林、町の区画。少しばかり静かだったてゐさんが口を開いた。

「手ぇ離しちゃだめよ」

「離すと、どうなるんですか?! くっついてる間だけ力が供給されてて、」

ぼくは好奇心から、

「手を離したりすると、」 (手を離す)






落下。





「うあああぁぁぁぁ」

上のほうから、「言わんこっちゃない!」とかわいらしい声が聞こえて来、全速力で降下してきたてゐさんに抱きとめられる。

「もう、子供みたいなことしないでよ」

「す、すみません…試してみたくなっちゃっ……」

二人の顔…それは、恋人同士のように接近している!

と、突如真っ赤になったてゐさんは、

「いやぁ」

と素っ頓狂な声を上げ、ぼくを突き放す!

「うわああぁぁぉぉ」

そしてぼくは再び落下をはじめたのだ。もちろん、てゐさんはちゃんと助けにきてくれたけど。





数十分ほど、手を手をとりあっての飛行が続いただろうか。
ぼくは彼女とタメ口で話すように言われた。実際の年齢で言うと大先輩だけど、見た目は僕が上だから、との理由だ。

「しかしこの竹林、えらく大きいんだね」

「そう? ……もうすぐ着くよ」

着く? 幻想郷の竹林の中にある場所といえば…それは、永遠亭だ。

「それより、ここは現実世界と比べてどんな感じ? 空気とか、違うの?」

「え、えっ」

ふふ、と笑うてゐさん。

「あたし…どうじんし? とか、ふらっしゅ? とか、言うんだっけ。そこに描かれてるのと、違う?」

「んー…」

「狂気のなんとか、とかいうふらっしゅも、好きなの?」

年頃の高校生といった興味津々さで、ぼくを矢継ぎ早に質問攻めにするてゐさん。

「いや、それは、なんとも…」

空いている手で頭をかく。

「見た目はこんなのだけど…現実には、あたしも相当のおばさんよ。それでも……」

言うとてゐさんは、僕の手をとる力を少し強めた。そして、

(!)

ぼくの手の指と指の間に、そのやわらかな指をからめてくる。

「それでもいい?」

両想いということ。

顔は飛行の方向に向けられているものの、細められた眼がこちらを艶かしく見やっている。

(……!)

このてゐさんという女性、現実世界ではありえない存在だ、とぼくはつくづく思う。
少女でありながら、長い年月を経た、しかも妖怪であるというひと。
その彼女が、ぼくの手をとっている。
その彼女が、ぼくの想い人。
これは夢なのだろうか。消えてしまい、いずれは忘れてしまう幻なのだろうか…

そんなことを思っていると、大きな屋敷が眼に入った。次第に高度をさげてゆくぼくたち。
地面に降り立つと、ぼくたちは絡められた手をちょっと意識したのか、恥ずかしそうにゆっくりと解いた。
玄関先を見渡すと、そこに居るのは……

「みんな、知ってるよね」

てゐさんの従者たちであろうか、兎たちと、兎耳をつけた -- 変化した兎だ -- 護衛らしき女性ら、
そして着物をばっちり着こなした輝夜さま、永琳師匠に、優曇華院さん。
地面に降り立ったてゐさんは開口一番、

「もー、なんでみんな勢ぞろいしてるんですかぁ」

姫さまが口を開く。

「久しぶりに迷い子が入ったって知らせがあったからね。楽しみだったの。
 それにあなたのお気に入りの男性と聞いちゃ・・・黙っていられないから」

凛とした、透き通るような声。よくある時代劇のお姫様といった顔立ち、という表現がしっくりくる。

「なかなか興味深い殿方ね。これはいい実験台になりそう」

(ちょ、実験て)

言ったのは永琳師匠か。見るからに科学者といったオーラに、さらに理知に富んだ顔つきと声の音色。
さらに、腕組みをして何も言わずにこちらをじっと観察している制服姿は、うどんげさんだろう。
先輩、といった感じが伝わってくる。

みんなの顔をみながら軽く会釈していると、姫さまが、

「堅苦しい挨拶はいいから、中に入って頂戴。ちょうどお夕飯の時間なの」

「あ、はい」

「それに、背中から見えてる筍…現実世界のものね。一度食べてみたかったの。永琳?」

呼ばれた師匠は、いつの間にかぼくの背後にまわっていた。

「ほぅ、なかなか美味しそうですね。早速炊事場に廻します」

姫さまはといえば、ささ、とこちらに歩み出てきて、手のひらを上にしてぼくに差し出す。

「?」

「私が直々にお連れするわ」

その華奢な手をとると、少しばかり体が浮かぶのを感じた。




狭めの応接室に通されたぼくは、そこで、姫さまと師匠、そしてぼくとてゐさんの四人で夕食をとることになった。
優曇華院さんは護衛のシフトがあるから、今はちょっとこれないそうだ。
現実世界の流行について、そして現実世界で言われている事と幻想郷の現実との違いについて、
果ては霊夢さんが最近開発した『賽銭防御システムA801』などについて談笑する。
きれいな食べ方をする隣のてゐさんを見ていると、さすが良家のガード役というのも頷ける。

夜もずいぶん更けてきたころ、姫さまはお箸を置くと、

「お粗末な食事で申し訳ないわね」

確かに、ご飯・味噌汁、そして幻想郷で取れるお魚の塩焼きに季節の野菜、というメニュー。

「そんなことないですよ。おいしくいただけました」

ぼくのとってきた筍も、ちょこんと添えてあった。

「最近、てゐの稼いでくるお賽銭が少ないの。だから…」

ぼくはふと思い出すことがあり、

「姫さま、それは姫さまが働かないk…」

言いかけたところで、太ももに激痛を感じた!

「っ」

見ると、てゐさんがにこやかな表情でぼくをつねっている!
姫さまは全く動じることなく、穏やかに

「ともかく、あなたはまたここに来ることがあるでしょうから、今度からは筍狩りをお願いしようかしら。
 おいしいものがとれる場所の地図を渡しておくわ。現地調達のほうが楽だし」

(…ここ、人、というか兎、足りてるのか…?!)

ぼくは苦笑いする。



食事の後は、みんなで(お粗末ながら)お菓子を食べる時間。
師匠が竹の葉にくるんだお団子を出してきた。親指の先ほどの小ささだが、とてもボリュームある味。

「あ、そういえば」

ぼくはある事を思い出し、バックパックからそれを取り出す。

「現実世界のお菓子で、ポッO-といいます」

姫さまたち三人はキャッキャと色めきたった。師匠はぼくが渡したパッケージを手に取り、

「姫さま、これがあの噂のポッO-というやつなんですね」

輝夜さまは両手を可愛らしく合わせて、

「長くて細い…そして、甘いの!」

てゐさんは僕を呼び、

「ねぇ、これはどうやっていただくの?」

ぼくが「いや、普通に、チョコついてないとこを持って・・・」と説明をはじめようとすると、
姫さまと永琳師匠が顔を見合わせ、ニヤリとする。
師匠は封を開けたところから一本取り出し、その端をくわえた。

「こうやるのよ」

「永琳も好きねぇ」

と、姫さまも反対側をくわえる! 

(ど、どこでこんな遊び方を……)

ポッO-をくわえた姫さまは、そのままで

「お二人もやりなさい」

(命令!?)

てゐさんの顔をさっと見ると、もう真っ赤だった。彼女は恥ずかしげに視線を斜め下に逸らす。
が、パッケージから一本、しなやかに取り出すその姿を見て、ぼくは言葉に出来ない感情に囚われた。

いやとは言えない……でも、しかし…いくら大好きとはいえ、初めて会った女性と!
合コンの経験なんて一度しかないし、そんな大胆なことはなかなかできないのがぼくの性格だ。
しかし見ていると、姫さまと永琳師匠の唇が近づいてゆく!

ぱりぱりぱりぱり・・・。

接近する二人の唇 --- ぼくは、恥ずかしさに眼を逸らす。しばらくの後、輝夜さまと師匠は笑い上戸になっていた。
永琳師匠が、ぼくの赤面に気づいたのか、

「さぁ、二人もやってみなさい」

姫さまもそれを後押しするように、

「さぁ!」

てゐさんが本当に恥ずかしそうにポッO-をくわえると、輝夜さまはぼくを指し、

「さ、あなたもくわえなさい。姫の命令よ」

(なんちゅう命令だよ…)

ぼくは反対側の端に口をやる。

(こんなに近くなるんだ……)

てゐさんの円らな瞳は恥じらってばかりだ。ぼくの眼をちら、ちらと見るものの、ふふ、と笑って視線を避ける。

「はーやーく! はーやーく!」

シラフのはずの姫さまが、お祭り状態になっている! てゐさんまでも、煽るようにぼくの名前を呼び、

「はやく」

ぼくは意を決した。

ぱり。ぱりぱり。

「おぉ~」

師匠と姫の歓声がユニゾンとなって部屋に響きわたる。途中あたりまで食べ進めたところで、突然二人が立ち上がった!

「じゃ永琳、私はちょっと用足しに」

「では姫様、私も例の実験の準備が」

スタスタ(歩く音)、サーッ トン(ふすまが閉じる音)。

こちらを見ることなく二人は部屋から出て行ってしまった。

(………)

部屋に残されたぼくたち二人。

ぱりぱり。

(!)

進んできたのはてゐさんのほうだった。両目をそっと閉じていて。

ぽりぽり。

(てゐさん…)

眼を閉じると、ぼくの両肩に腕が置かれた。やがて両手の平がぼくの頭の後ろにもっていかれ、優しく包むように。

ぱりぱり。

(……)

ぼくはためらいながらも腕を動かし、てゐさんのくびれた腰を探しあてる。そこに手をそっとそえて、


ぽりぽり。


ぱりぱり。



ぱり。





そして。





ヴァッタァァン!! という擬音が画面に浮かび上がりそうな大音量とともに、襖が倒れてきた!
ビクッとして飛び上がるぼくたち。そこには姫さま、師匠、そしてうどんげさんの姿が。

てゐさんはポッキーの残りをくわえたまま、赤かった顔をさらに染めて、

「ひ、ひどいです、のぞきなんて…」

ぼくも視線をそこらじゅうに泳がせる。姫さまが本当に惜しそうに、

「残念だなぁ…もうちょっとだったのにぃ」

三人の後ろに立っている、日傘を手にした女性は……見覚えがある。紫さんだ。
彼女が口を開く。

「そろそろ準備が出来たわよ。彼ももうすぐ帰らないと思ってるんじゃなくて?」

「待って」

言ったのはてゐさんだった。八雲さんを見据えたまま、ぼくの手を探し当て、しっかりと握ってくる。

「そんなに急がなくても…帰るための境界だっていつでも、それに…時間軸は、」

「いや、てゐさん」

てゐさんがはっとした顔でぼくを見る。

「ぼくも、健太が心配だ。こうしていたいけど、戻ってあいつを探さないといけない」

紫さんは諭すように、

「彼なら大丈夫。私があなたを神隠ししたのは、あなたが背中を向けた瞬間だから」

「えっ、じゃあ……」

「今回はあまり、その……ある兎さんがせがむもんだから。
 それに、あなたの想いが強いみたいだったから、ちょっと強引に隠したの」

手が強く握られるのを感じた。

「次からは直接あなたに訊ねることにするわね」

「…あいつ、俺を探してるんじゃないですか?」

「しばらくはそうだったみたい。でも実は、彼も別のところに飛ばしてるの。
 今回は彼には、幻想郷は文字通りの夢だったと思ってもらうことにするわ」

と、ぼくは急に眩暈を覚えて倒れこんだ。駆け寄ってきたのはてゐさんだろうか。

「大丈夫?!」

朦朧とする意識の中、永琳師匠の声がして、

「…まだ、ここの空気に慣れてないみたいね。しばらくは現実世界に戻って静養する必要があるわ……
 ……いえ、その前にちょっと処置しておきましょう。今ちょっと怪我しちゃったみたいだし。
 てゐ、彼と来なさい」





今、ぼくは永遠亭の医務室にいる。横たわるぼくの傍に座っているのは、てゐさんだ。
ふと自分の右手を見やると、小指に包帯が巻かれている。彼女が巻いてくれたものだ。
ここまで負ぶって(浮かんで)来てくれたのもてゐさん。
指を動かそうとすると鈍い痛みが走った。

「てゐさん……次、いつ、逢えるかな」

「わからない。あなたも、ここの空気に慣れる必要があるし……」

間。

「ぼくは、」
「あたしは、」

彼女に譲る。

「あたしは……あなたに逢えて、話せて、嬉しい。ずっと待ってたから」

「無理言って、境界開いてもらったんだよね」

「うん」

ぼくの足に手をそっと置くてゐさん。

「八雲さんは次からぼくに尋ねるとか言ってたけど…それも、彼女次第だよね」

「うん」

「いつ逢えるか、本当にわからないんだね」

哀しげな面持ちになるてゐさん。

「ねぇ」

と、彼女。

「ん?」

「さっき言ったの、嘘よ」

「どういうこと?」

「あなたよりいい人なんて、いくらでもいるから」

ぼくから視線をはずす。

「別にあなたじゃなくてもいいの。あたしは人気あるから。崇拝する男どももワンサカいるのよ」

嬉々とした顔の中には、しかしながら、哀切を帯びた瞳があった。

「……ぼくは、」

動かせる手で、てゐさんの手を包む。

「そんなてゐさんが、」

「……」

「…偶然とは思いたくないけど、東方って世界に出会った。最初はチャットで、東方アレンジをしてる人に出会って、
 CD紹介されたんだ。それでゲーム買ってみて、お店でアレンジCDとか勝って、自分で作ったりなんかして。
 花映塚で、てゐさんのキャラ見て……それにここが実在……幻なんだろうけど、本当にあるとこで、」

ぼくは唾を飲み下す。

「よくわからないけど、ここでてゐさんに逢えた。本当にいるんだってわかった」

「………」

「それに、ぼくみたいな奴でも見ててくれてたって」

てゐさんは視線を逸らす。

「ここでの記憶は…いつか、薄くなって、消えてしまうかもしれない。幻みたいに。でも、」

「キャラを好きな気持ちは消えないってわけ? あたしはずっとここで、」

ぼくをきっと睨むように、

「あなたを待つのよ?」

彼女の眼を見ることはできない。

「気まぐれなあのおばさんが次に気まぐれ起こすときまで……待つの」

言うと、ぼくの膝の上あたりに顔を横たえるてゐさん。腕を伸ばし、その頭をなでてあげる。
彼女はぼくを見ながら、

「あたしは、でも……忘れられても、いいかな」

ぼくは体を起こした。同時にてゐさんも椅子に座りなおす。

「どうしたの?」

「てゐさん、ぼくは記憶力がいいほうじゃない。人の顔も名前もよく忘れるほうだ」

「……」

「じゃあ、こんなぼくなのに、どうして選んでくれたの」

てゐさんは再び視線を床にやる。僕は寝台に腰掛け、彼女と向き合った。

「どうせなら、ぼくを選ばなきゃよかったのに。ぼくなんて奴を選ぶのが間違ってるんだよ。
 じゃあ何? ぼくのほうも、東方なんか、てゐさんなんか知らなきゃよかっ」



パシン。



(ぶたれた?!)

事態を把握しようとした次の瞬間、てゐさんがぼくの頬に両手をそえて、その顔を近づけてきた。

丸い眼はゆったりと閉じられていて……。


































気がつくと竹林の中に居たぼく。気配にさっと振り返ると健太が立っていた。

「お、健太。探したんだぞ。どこいたの」

「なんかよくわからんが、むちゃくちゃ眠くなったんで寝れそうな場所を探してたんだ」

(やはり、ぼくだけが記憶を…)

「いい夢みたか?」

「ん、よく覚えてない。…それよりお前、小指、ケガしたんか?」

手を見ると、そこには確かに、彼女が巻いてくれた包帯がしてあった。
触れてみると、

「いてっ」

だが痛みと同時に脳裏をよぎったのは、あの愛らしい笑顔。


てゐとお月見してゐたら(9スレ目>>27)


てゐとお月見してゐたら


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幻想郷を定期的に訪れるようになってはや五年。
多くの人間や妖怪たちとの人間関係もそれなりに出来、お気に入りの風景もあり、今では現実世界よりも好きな場所である。
…というのも、好きな妖怪(ひと)ができちゃった、というのが正解かな。
彼女の名は、因幡てゐ。僕よりはるかに長生きだけど、顔かたちはかわいい女の子。もちろん兎耳もついてる(本物)。

今日もぼくは、いつものように、輝夜さまのおわす永遠亭に向かった。
十五夜の下、お菓子をつまみながら歌詠みの会が催されることになっているからだ。

(今夜披露する歌は・・・これにしよう。カラオケでも練習したし、本番っていってもカラオケみたいなもんだし)

境界から出てきた僕は、地面に足が着くと同時に、手にしていたカンペを浴衣の懐にしまいこんだ。
目指すは竹林、姫さまと彼女の従者たちの住まうあの場所。

(前来たのは1ヶ月前、か・・・前々回の訪問から3ヶ月。サイケな壁紙に変わってないといいけど)



何度入っても迷いそうになる竹林。ここへの入り口というものは幾度来ようが未だにわからない。
でも僕はここ一帯でそれなりに有名らしくて、来る度、てゐさんの忠実な僕(と、彼女は呼んでいる)が案内してくれる。

(よくできた先輩ウサギなんだなぁ・・・かっこいいところもある)

よくできた、とぼくは書いた -- しかしながら、一度、こういうことがあったのを忘れてはならない。
その日、やたらとてゐさんについて褒め殺しの文句を紡ぎまくるウサギ(最近変化した新人らしい)に案内されたぼくは、
行き止まりと思しき、竹藪が文字通り壁のようになった袋小路にたどり着いた。彼女の言葉を思い出す。

『壁の下らへんに小さな穴があります。そこから潜りこめば、てゐさんのお気に入りのお昼寝場所に着けます』

すこしばかりニヤリとするぼく。

(だめだだめだ!)

次々と襲いくるあられもない甘い妄想をふりふり振りほどき、体をかがめる。

「うへぇ、ちょっと狭いな~」

ほふく前進を続ける。

「あれ。ここ・・・温泉?」

あたりにはもくもくと湯気がたちこめている。頭がようやく小穴から出たところで、

カチャッ。

何かが頭に突きつけられた。


(・・・冷たく、丸い・・・・・・・銃口?!)

覚えのある、鋭く透き通った声がぼくの耳にやさしく入ってきた。

「度胸あるわね」

鈴仙さん?!

「私の沐浴現場を大胆にも覗くとは・・・てゐに言いつけるわよ」

ゆっくり顔を横にすると、毛布で体を覆ったうどんげさんが見えた。

「こ・・・・これにはわ、わけ、その、教えてもらったうさぎさんがぁぁ」

ニッコリとしているレイセンさん。これは、まずい!! 微笑みを顔一面に湛えたまま、手際よくロックをはずす彼女。
そしてぼくは、ピチューンという音とともに、ポイント加算に貢献したのだった。



「今回は大丈夫だよね」

ぼくがそう独りつぶやくと、背中をつつくものがあった。てゐさんをそのまま小さくしたような、かわいらしい兎・みるさんである。
人間で言うと7,8歳あたりだろうけれど、五十年ほど前に変化した妖怪。もちろん僕より大先輩なのだ。

「あ、あの、今日は、みるが、案内、ですの」

「みるさん、また会えたね。今日も待っててくれたの?」

先輩相手にタメ口は躊躇われるけど、みるさんは『でも、みるのほうが、見た目は子供だから・・・ですの』と言って
妹のように接することを望んでいる。ちょっと微妙だけど、これはこれでかわいい。

見ていると、みるさんは手を振袖の中に入れ、なにやら文のようなものを取り出した。

「てゐ先輩が、これを・・・・」

「なんだろう」

ぼくはそれをそっと受け取り、手の中でいたわるようにして開いた。

<< たけのこ取ってきてくれないかな。前取りそびれたでかいのがあるから。区画・東ヰ45947cあたりにあるやつ。お願い  >>

「・・・・・」

コミケの配列かと見まがう記載だが、ぼくはなぜかこの場所だけは知っている。
手を背にやると、

「のこぎり・・・」

来訪ごとに何かお使いをさせられている気がするが、気のせいだろう。気のせいかな。そうだといいな・・・・・
ともかくぼくは、東(中略)に向かった。

てくてくと足を進めると、やがてたけのこ畑に到着する。

「これが・・・そうか」

人間の片足ほどの太さの巨大なたけのこ。

「これほど育つと普通は不味いけど、ここ・幻想郷産のは不思議と美味いんだよなぁ」

永琳師匠によると、どうやら特殊な製法と幻想の空気があいまって、熟成されるとのことだ。
ぼくはのこぎりを手にし、その根にえいっと歯を立てる。



「てゐさん、いますか?」

だが、ぼくを迎えたのは輝夜さまだった。仄かに笑みを浮かべつつ、

「あら、ちょっと遅かったじゃない。もうはじまってるわよ」

「す、すみません。ちょっとコレ」

言うと、背中にしょっていたたけのこを示し、

「とってたもんで」

姫さまは両手をそっと合わせ、顔を傾けて、

「あ~、ちょうど料理にたけのこが入用だったところなのよ。永琳が、足りない足りないってうるさくてね。ありがとう」

輝夜さまはぼくを見てずっとにっこりしている。
営業スマイルとも、友人との再会の喜びともとれない、不思議な微笑みだ。
不死のわびさびを知り尽くしているからといってしまえばそれだけなのかもしれないけど。
また見たいと強く思わされるけど、見るとどこか余所余所しいものを感じる・・・そんな、笑み。

「どうしたの? お入りなさい」

「あ、はい」

華奢な手を伸べてくる姫さま。ぼくがいつものようにその手をとると、

(つめたい)

広間に続く回廊に導かれる。
ふんふんと鼻歌を歌いながらぼくをエスコートする輝夜さま。

(もうすっかりペットになっちゃったな)

広間の襖の前に来ると、ぼくたちの足がとまった。姫さまはぼくをちらっと見て、

「彼女、待ってるわよ」

一瞬何のことかわからなかった。

「えっ?!」

「ふふふ」



響き渡る大音量のロックサウンド。兎たちはみな、えーりん、えーりん! と叫びつつ腕を上げ下げしている。
ぼくの席はてゐさんの隣に確保されていた。

(やった!)

毎回ランダムで席順が変わるようなのだが、今回は何かのまぐれだろうか。嬉しいことに間違いはない。
隣に来たぼくに気づくと、なつかしい声が響いた。

「もぅ、遅いっ」

えーりん、えーりん。

合唱が終わり、拍手と歓声がひと段落すると、ぼくの名前が呼ばれた。 

「さ、行ってきなよ」

「うまく、歌えるかな・・・」

「何甘えてんの」

「練習でも失敗ばっかだったし」

情けなくそう言うと、てゐさんが両手を広げ、ぎゅっとぼくを抱きしめた。
耳元で、

「久しぶりに会えたんだから、ちょっとは成長したとこ見せて」

(積極的に・・・なってる?)

ステージに上がったぼく。唾をのみこみ、目を閉じて、

(てゐさん・・・ヘタだけど、てゐさんのために、歌うよ)

ポーズを付け、マイクをかっこよく目の前にもってきて、目をカッと見開く。
てゐさんは

(こっち見てないじゃんorz)





歌の集まりの後は宴と決まっている。
メロンの仲間みたいな名前の妖怪さんが持ち寄ったお酒、脇が見えてる巫女さんが神社から運んできたお酒。
色んな種類の飲みものをあおりながら、一級品の料理をいただくんだ。

「うわー、おなかいっぱいになりました」

驚くなかれ、これはすでに三次会なのだ。ぼくは思わず声をもらす。
隣に座っていたてゐさんを見ると、その横の兎となにやら楽しそうに談笑している。
宴会もそろそろお開き。四次会としてお月見というオプションがあるけれど、参加する人はいつも数名である。

(てゐさん、お酒あんまり飲まないみたいだけど、こういう雰囲気は楽しいんだろうな)

見ていると、兎は立ち上がって部屋を出て行ってしまった。
片付けに帆走している兎たちを除くと、部屋にいるのは、姫さま、永琳師匠、そしてぼくとてゐさんだけだ。

(ん?)

ちら、ちら、と、ぼくに視線がやられるのがわかる。てゐさんがぼくを見ているんだ。
それが気になっていないフリをしつつ、ぼくはあえて姫さまと師匠のほうを見る。

ニコニコ。ニヤニヤ。
二人は何やら、ぼくらのぎこちない態度を話のタネにして愉しんでいるようだ。

(・・・・)

ぼくは何も言わず、てゐさんの手をとって --- 自分から、手を差し伸べて --- 縁側に出る。




垂らした足をぶらぶらさせ、月を眺めながら団子をほおばるてゐさん。
といっても、お腹はすでにいっぱいのようで、それについた餡を舐めているだけだ。
ぼくはちょっと恥ずかしくなり、視線を逸らす。

「てゐさん・・・」

「なぁに?」

「こうやってずっと会えないと、寂しいとか思わない?」

「うーん」

団子をお皿に置くと、

「兎たちが世話してくれるからね。友達もいるし」

(そういう問題じゃないんだけど・・・)

「でも、ぼくは・・・」

続けようとするぼくを遮るてゐさん。

「それは仕方が無いよ。お互い時間がいつもとれるわけじゃないでしょ?」

「そうだけどさ・・・」

「じゃあ何、毎日でも会いたい?」

そんな冷徹な声色を聴くのははじめてだった。

「毎日会ったら飽きると思うんだけど」

「・・・・」

(なんでこんなに冷たくなったんだろう。さっきまではあんなに・・・、それまで、今までこういう・・・)

「てゐさん、」

「お互いを縛り付けるのはよくないと思う」

ぼくは、ぎり、と歯をかみ締める。

「だって考えてもみてよ。あたしは永遠亭まわりの雑魚妖怪退治で忙しいし、あなたは現実世界で仕事に追われてる」

「・・・・・」

「これくらいがちょうどいいのよ」

視線を意図的に避けている彼女。ぼくはわざとおどけて、

「ちょうどいいって・・・どうして? 久しぶりに会えてうれしいな~、とか、もうずっと離さないわ~、とか言っても、」

「そんなクサいセリフとか態度、」

ぼくの中の何かがふっきれた。

「ちょっとまってよてゐさん。ぼくの・・・ぼくの気持ちだって、」

再び団子を舐め始めたてゐさんは、こちらを見ようともせず、

「スキスキ~、ってなったら負けよ」

「えっ」

「ほどほどが一番ってこと」

「そうだけど・・・そんな風に、言わなくてもいいだろ」

ぼくはてゐさんを見る。だが彼女の視線は、依然として円い星に注がれていて・・・

「てゐさん! ぼく、もう帰るよ。こんな会話しに来たんじゃない」

立ち上がりかけると、すっ、と彼女がぼくを横目で見るのがわかった。

(やっと見てくれた)

その唇の端が、ゆっくりと悪戯っぽくゆがむ。あの懐かしい、いつもの、かわいらしいイタズラっ娘の顔だ。

「ふふ、必死なところ、かわいいんだぁ」

ぼくは半泣きになりながら、

「ひどいよ、てゐさん・・・!」

彼女は見た目はちょっと年下とはいえ、やはり「おばさん」である。頭が上がるはずもない。

「ちょっと女王様が過ぎたかな」

声の調子も普段のそれを取り戻した。痒い所をさらにこしょこしょとこそばすような、甘酢っぱい色だ。

「女王様プレイにしては、ちょっとセリフが生々しすぎたと思います」

てゐさんは舌をちろりと出し、

「てへっ、ごめんね」

「てゐさんのイタズラ好きには困るなぁ」

月明かりが、彼女の無垢な(?)笑顔を照らしている。

「でも、そういうところがぼくは・・・」

言って、彼女の僕を見つめる瞳の様子がちょっと変なことに気づいた。

「てゐさん・・・?」

潤んだ目で僕を見つめる因幡さん。ぼくが何かを言おうとすると、かがむようにしてひざに飛び込んできた。

「てゐさん?!」

「ホントは・・・いつだって会いたいの!」

長い耳をそっとなでてあげる。ヴェルヴェット調のステキな肌触り。これにどれほど長い間、触れてなかっただろう・・・・

「ぼくだって、」

「あなたは何もわかってない」

ぼくの両膝に手をついて顔を上げ、

「あなたに会ってから四年・・・あたし、ずっと同じでしょ? 年とってないように見えるでしょ?」

「・・・」

「でも、あなたはどんどん死に近づく。いずれ、あなたは・・・・あたしは、」

ぼくはもう、彼女にそれを言わせたくなかった。

「てゐさん」

彼女の頬を両手で包む。

「あたしは、あなたを失いたく・・・」

「てゐ」













彼女の唇の甘さ・・・その切なさは、あまりに残酷で。


最終更新:2010年05月27日 00:32