てゐ5
うpろだ318
漆黒の空の下、瑠璃色の浴衣姿のてゐさんの肩を抱き、闇を刹那に照らす華を見上げる。
「やっぱり幻想郷一といわれる玉家さんのは、最高だね」
と、ぼく。
「うん」
と、てゐさん。目の前でかわいらしくあわせている手の薬指には、白銀の指輪。
「うん」
ぼくは彼女の腰に回した腕をもっとひきよせて、
「てゐ」
「なぁに?」
とどろく花火の音。それは、はじめて聴くのに懐かしいような音。
「ぼくは、てゐさんが、」
やがて向かい合う顔と顔 --- 近づく顔、閉じられる目。
瞼の裏に、光り輝く一時の陽が映った。
てゐさんに唇を重ねたぼくが思い出すのは、一週間前の出来事。
夏の暑い夜。ぼくとてゐさんは手をとりあい、半年ぶりに竹林を散策していた。
「ねぇ・・・・・あなた、変わったよね」
「どこが? 普通だよ」
だが、ぼくの心境は普通どころではなかった。
真夜中に次から次へとかかってくるクライアントからの電話。
親しくしていた健太の交通事故死。
持病の悪化によって諦めた、大好きな趣味。
こんな状況で幻想郷に来た所で、ぼくは癒されるのだろうか。
今日来たのは、「いつもの」来訪ではない。
てゐさんとの最後のデート以来、八雲さんはそれこそ毎日のように僕を幻想郷に誘っていたが、
僕は避けるようにしてその申し出を断ってきたのだ。
(色々立て続けて起こりすぎたから。・・・・・でも、それだけが理由?)
てゐさんのことは忘れることはできなかった。でも、会っても何をしていいのかわからない。
何を告げるべきか、彼女の想いにどう答えてあげるべきか。
忙しさとあいまって、会うことを避けてきた。
そんなある日のこと。現れた八雲さんはいつものように、
「・・・今日こそ、行ってもいいんじゃない?」
ぼくは今見ていたTVを消した。
「もちろん、イヤならいいんだけど?」
思い出すてゐさんの微笑。
意を決したぼくは、開かれたスキマから幻想郷へと足を踏み出す。
どれだけ二人の沈黙が続いただろうか。
永遠亭に到着して彼女の顔を見てから、交わした会話は「散歩しようか」「うん」という二言だけ。
静けさの中、てゐさんの丸い声がぼくに届く。
「・・・・・あたしに会いにきてくれたんだよね?」
「うん。」(本当は、どうしようか)「そうだよ、」(迷い続けてた)「会いたかったから」
「・・・・・気遣ってくれてるの?」
「・・・・・・」
「時間がないとか・・・疲れてるのならわかる。それに」
彼女のつぶらな瞳。
「精神的に余裕がないなら、無理しなくてもいいんだよ?」
ウソつきのプロだからこそできること・・・・それは、他人を見抜くということ。
(ぼくはなぜここに来ているのだろうか。ぼくの本当の気持ちは・・・)
「あたしはあなたのことが好きだし、お互いのことを想ってるならそれで、」
ぼくは遮るようにぼそりと、
「遠距離・・・」
「?」
「遠すぎるよ。やっぱり、無理なんじゃないかな? ぼくたち」
てゐさんの足がとまる。彼女は地面をにらみつけ、
「・・・・・それが理由? じゃあ、どうして来たの」
そこではじめててゐさんの語調が強まった。
「そんなことを言いに来たの」
「・・・・・・」
「それなら・・・・・いっそのこと、もうこなけりゃよかったのに」
ぼくはてゐさんの目を見ようとするけど、彼女の視線は固定されたままだ。
「そんなんじゃないんだ」
「だったらどんなの? ねぇ?」
懇願するような目つきでぼくを見やる彼女。
はるかに年上の、でもぼくより少し背の低い、すてきな女性。
そのひとは、ゆっくりと確認するように言葉を紡ぎはじめた。
「・・・・もう逢いたくないの、かな」
「・・・・・」
「・・・・・・あたしは所詮、幻なの、かな」
「・・・・・・・・・」
「あなたに逢えなくなるなんて・・・さみしいな」
ぼくは口をこじあけるようにして、
「だから、最近忙しいんだ。もう来れない。じゃなくて、」
強い言い方になるぼく。
「来てるヒマがないんだ。来たくないとかじゃないんだけど、」
(ほんとは、どうしていいかわからない)
てゐさんの僕の手を握る力が強まり、はっとした表情で、
「来たく・・・ないの?」
心の奥底を見透かすような彼女の眼。
「ね・・・・来たく、ないの?」
泣きそうに声が上擦っている。
「ね? あたしに・・・・・もう、逢いたくないの? 逢ってもどうしていいか、わからないの?」
「・・・・」
「あたしは、あなたのものなの。何をしてもいいの」
「・・・」
「でも、逢えなくなるのは・・・・」
ぼくは目線を引き剥がす。見る方向を変えるのに、こんなに力が必要だっただろうか。
「あなたの終わりは・・・あたしの終わりよりも、早くくる」
また、それか。もう聞きたくない。だからぼくは、意識して、わざと嫌味にこう言う。
「時間軸の違い? しつこいよ。てゐさん」
(・・・・酷いことを言った)
視線の片隅で彼女が哀しく微笑むのが見えた。
「あなたにはよく分からないかもしれないけど・・・ここは、幻想の郷。
外界のあなたたちにとっては夢と幻の世界。
でも・・・・・あたしにとっては、ここは紛れも無い現実なの。『幻』という現実なの、」
ぼくは、ぎりっ、と歯を食いしばる。
「あなたが好きだっていう、この想いも」
「・・・・・」
「・・・・だから、今だからこそ、伝えたいことがあるの。あなたがもう来なくなってしまう前に。
あたしとの出逢いも、二人の思い出も・・・あなたにとっての幻となって・・・消えてしまう前に」
「・・・・・」
突き刺さるような彼女のまなざし。
「どうしてあたしを見てくれないの?」
「・・・・・」
やさしく、
「あたしを見て」
「・・・・幻想の世界の住人に惚れた俺が、間違いだったのかもな」
言ってしまったあとで、ぼくははっとして視線を泳がせる。
ながながとした沈黙が横たわり。
暫くすると彼女は、ぼくの名を、いたわるように、包み込むように、ゆっくりと二度呼んだ。
耐え切れなくなったぼくは、ついにてゐさんの顔を見る。
その、細められた眼からは、大粒の涙が溢れ出ていた。
「帰っちゃう前に言わせて。またここに来るときがあったら、そのときは・・・・・ううん、
あなたはもう来たくないのかもしれない。でも、これだけは言っておきたいの。
この想いは、真実だと思うから」
言うとてゐさんは、ぼくの背中に手をまわし、ぎゅっと抱きしめてくる。ほんのり苦しいほどだ。
そして耳に届いた、その言葉。
「返事をしてくれなくてもいい。頷いてくれなくてもいい。・・・・・・・・・あたしを、」
「あなたのお嫁さんに、してくれないかな?」
10スレ目>>389
まだ明るい日中、長い木の廊下を暗い顔して歩く影があった。
「あ~胃が痛え」
のそりのそりと、足を引き摺るように歩くその影は、腹を擦りながら漫然と天井を眺めていた。
「直に昼か。でもなんも食いたくねえなあ」
「そんなあなたに永琳印のこのお薬!」
テンション高く、どこともなしに永遠亭の薬師が現れる。
何時もどこにいるのだろうかと、影は会うたびに思うがいつも考えるのをやめてしまう。
どの道考えたところで答など出はしないし、考える意味も無いからだ。
「大丈夫。変な成分なんて入ってないから安心よ」
聞いてもいないことを喋りたてるが、肝心なことを話さない。
「……永琳さん、それ何の薬なんですか?」
「……1回3錠とりあえず飲んでみて頂戴」
「はぐらかさんで何の薬か教えてくださいよ!」
「いいからいいから、永琳を信じて」
手に持った薬を口元に押し付けながらにこやかに、かつ強引に飲ませようとしてくる。
「得体の知れん薬なんぞ飲めるか!」
そう言いながら抵抗するが、いかんせん胃が悪く物も碌に食えない体で、
健康体に勝てるはずも無く、徐々に押されていた。
「なあにお薬を飲むのが怖いの? なら飲ませてあげようか、口移しで」
「いらね~」
右手で器用に両腕をまとめ、永琳が薬と水(どこかから出した)を口に含む。
ところでゆっくりと水を溢しながら体を傾けていった。
「危なかったね」
倒れ伏す永琳の後ろから、大きな杵を持ったウサ耳少女が現れた。
「全くだ」
言いながら、そちらに近づく。
「大分手荒いけど、なんにせよ助かったよ」
「そう思うなら」
少女は手を後ろに回し、ごそごそと何かを探っている。
「あれ。あれれ」
が、どうにも探し物は見つからないようだ。
「ありゃ、賽銭箱を忘れちゃったみたい」
「それは残念。それじゃ……」
「まあ、なら私の部屋までおいでよ」
言って、服の裾を掴んで引っ張る少女。
助けられた手前抵抗する気もせず、部屋に連れ去られた。
障子を開けてはいれば、そこは存外多くの物であふれていた。
しかしあるのは幸せになれる壷やら霊験あらたかな塩やら、およそ胡散臭いものばかりである。
「座りなよ」
そう言って座布団を差し出してくる。さて座っていいものか逡巡していると、無料だから、と声が掛かった。
躊躇っていたのはそんな理由ではないんだが、と思いながらも腰を下ろした。
「はい賽銭箱」
数分後にどこかから賽銭箱を堀り出してきて、言ってくる。
「十円でも百円でも好きな額を入れてね」
「そうは言うが今手持ちは無いぞ」
それを聞いた兎はショックを受けたそぶりをし、そのままよよと泣き崩れる仕草をした。
「いや、そんなことしても無いものは無いから」
そもそも俺には給料なんて出ない。学生だからむしろ払う方だ。
「しょーがないなー」
けろっとした顔で言ってくる詐欺兎。本当に食えん奴だ。
「じゃあちょっと頼み事聞いてくれる?」
なぜ俺はこんなところで座椅子の代わりをやっているのだろう。
それは借金の形だ。俺は震える胴を腕で差し押さえている。
この間背もたれのある椅子が壊れちゃって、と言っていたが、プラじゃ無くて木ならすぐに直せるじゃないか。
「直そうと思って外に出していたら、いつの間にかなくなってて」
燃やしちゃったかもしれない。黙っとこ。
今てゐは膝の上で心理学の本を読んでいる。大方また何か詐欺にでも使うのだろう。
人間の心理学が妖怪相手に通じるのかは甚だ疑問であるが、読まないよりはマシか。
しかし目の前にウサ耳があるとこそばゆくてしょうがない。いっそ噛み付いてしまおうか。
それも面白いかもしれない。いや、耳の付け根を押してみるか。
普段髪に隠れている、人間なら耳のある位置に外耳はあるのか、それを確かめるのもいいだろう。
「ねえ」
てゐの頭に顎を近づけたあたりで声が掛かる。
「さっきなんでお師匠様に絡まれてたの?」
「うん? 胃が痛いってぼやいてたらどこかから出てきたんだよ」
声に変化は無い。これならばれていないはずだ。ミッション第2フェーズに入る。
ゆっくり上体を起こし重心を移動させる、と同時に右腕を床から離し自由にする。
膝上のてゐが肩を揺さぶるような素振りを見せたため体を動かすのを一旦停止し、右腕を背側の床に着地させる。
腕に力を込め体の位置を戻してやり、また右腕を解放する。
てゐはまた本に目を移しており、こちらに注意している感は無い。ミッション最終フェーズへの移行を承認する。
しかし、すぐに動いては拙いことになるだろう。ここは幾らか慎重になるべきか。
「ねえ、さっきからどうしたの」
! 感づかれた!
「いや、なんでもないよ」
そう言いながら極自然に右手を、てゐの右側頭部にかけそのまま髪をかき上げる。
事前に感づかれることを想定しておいて良かった。我ながら自然な仕上がりだ。
「うひゃあ」
存外かわいい悲鳴を上げるてゐ。ついでにウサ耳の付け根にも触っておく。
「なにするの」
「いや、ここに耳は付いているのかと思って」
むっとした表情をするてゐにしれっと答える。
「もーせっかく胃痛を治してあげようと思ったのに」
「無理だろ。永琳さんでもすぐには治せないんだから」
裏を返せば時間をかければ治るという事である。重症でないのだからゆっくり、他の臓器に負担を掛けない様にした方がいい。
「大丈夫、この液を飲めば。さあ口を大きく開けて」
何処より取り出だしましたるは青い液体、別名ポーション(旧)。死ねる。
「それはやばい。それはやばいからしまおうよ」
「大丈夫一日三回一週間飲んでれば治るよ。サービスで飲ませてあげるから」
「サービスって。無理だから青色一号は見た目にもきついから」
「平気だよ。私が飲ませてあげれば運良く治るよ」
「運良くとかそう言う不確定要素はやめようよ。特に医療で」
「薬飲むのが怖いの? なら口移しで飲ませてあげるよ」
「さっきの永琳さんと同じ事言ってるじゃないか!」
膝上で反転してこちらに向き直り言うてゐ。
その瞳に思わず俺はてゐの頭をそっと胸に抱くと、フェイスロックを決めてしまいそうになる。
「さあいってみようか」
そう思っている間にもポーションは俺の頬にピタピタとくっつけられる。
覚悟を決めた俺はてゐの頭に掛けていた手を解き、そのまま腕を下に持って行きまた力を加える。
すなわちてゐの体をかかえる様にして言った。
「口移し……できるものならやってみろ!」
そのときのてゐの表情の変化は随分と見物であった。
目を見開き口をぽかんとさせたかと思うと、すぐに目線を横にやり、顔を赤くした。
また数回体を振って逃げようとしていたが、廻した腕が多少緩んだだけで徒労に終わった。
「このままじゃ届かないよ」
幾らか後にてゐが言ってくる。こちらの胸に頭が当たる程度なのだから、そうだろう。
おどけた調子で腕をほどき解放するや否や、てゐが立ち上がる。
負けじとこちらも立ち上がる。すぐに座る。
「どうしたの?」
怪訝な顔をして見つめるてゐ。
「足が痺れた……」
子供程度の体重でも四半時程膝上に乗せていればこうもなるだろう。
「ということは……」
詐欺師が笑う。どうにも嫌な予感のするので、痛むが正座してすぐに膝で立てるようにはしておく。
「今ならやり放題?」
予感的中。
頬にぐいぐいとポーションの壜を押し付け、やれ飲めと催促してくるてゐ。
覚悟を決めて息を大きく吸い込み、その青い液体を一時に飲み下すと、喜ぶてゐの唇に口をつけ含んだ液体を流し込もうとする。
てゐも初め口を開けずにいたが、やがては口を開き液を受け入れた。
しかし双方嚥下することは無く、液は二者の間を行ったり来たりすることになる。そこに、
「ちょっとてゐ!」
機械仕掛けの神は何処かで見ていたか、スパーンと勢い良く障子戸が開かれ永琳が入ってくる。
それに驚き、双方共に口の中の液体を勢い良く噴出する。
「え、なにどうしたのかしら?」
突然のことに流石に戸惑う天才。
「いえ、何でも無いです」
咳き込みながら返す。
「それでお師匠様、ご用は何でしょう」
てゐも答える。
「あー、いえとりあえずこの子持って行くわね」
歯切れの悪い返事をしながら、俺の襟首をむんずと掴む永琳。
「さあ、さっきの薬飲んでもらいましょうか」
どうやら諦めていなかったらしい永琳は俺も捜していたらしい。
てゐに杵でどつかれたことは後で起こる腹積もりなんだろうか。
いってらっしゃい、とでも言うように暢気に手を振るてゐ。
「あ、そうだ」
俺が引き摺られていく最中、唐突に声が掛かる。
「一日三回だからまた後で来てね」
にこやかに言ってくるてゐ。
その笑顔に俺は今度は葛湯を持って来ようと決心した。
7スレ目896
「口下手なんで一言だけ、好きだてゐ」
8スレ目 >>403
「てゐ!俺はロ○コンでも良い!俺はお前のその毒気に惚れたんだ!」
10スレ目>>56
「なあ鈴仙、俺てゐに嫌われてるのかなぁ」
「え?なんで?」
「バレンタインにチョコくれたんだけど、『わさび仕込んだろ?』って言ったら図星だったのか怒っちゃってなぁ」
「ひょっとして、まだソレ食べてないでしょ?」
「当たり前だろ?わさび入りと解ったら食わないよ。
その外にも、『〇〇、本当は好きなの』と言ってきたから『はっはっは。金目当てなら他をあたってくれ』って返したよ」
「…………それって、てゐが一ヵ月帰ってこなかった前日じゃない?」
「そうだよ? きっと急にまとまった金が必要だっだんだろうなぁ……金策に一ヵ月もかかるなんて」
「てゐを泣かせてる自覚ある?」
「あぁ、もちろん。
俺はてゐの嘘を見破るスペシャリストだからな。天敵として見られてるんだよ
でも、俺としては嫌われたくないんだよなぁ」
「ちょっと彼岸で裁判長に、乙女心を傷つけまくった罪を裁いてもらったほうがいいわよ」
うpろだ1039
やけに広く感じられる四畳半のド真中、俺は床に伏していた。
「…ああ、こんな事ならもっと友人作っておけばよかった。誰か見舞いに来ても良さそうなものの、朝から誰一人来やしねえ」
寂しさの余り切ないことを口走った途端、タイミングを見計らったように戸があいた。
「邪魔するよ」
黒髪、クセっ毛、そして兎の耳──
こういう時には来なくていいタイプの人(?)が来た。
「そういうのは口に出して言うものじゃないね。はい、薬」
そう言うとてゐは、タンスの上に薬の壜を置く。
俺は重い頭をゆっくり持ち上げ、タンスの薬を取って蓋を開けた。
「ツッコむ気力もねーよ。…これ、八意さんとこの?」
薬を手にとってふと、張ってあるラベルがなにやらおかしい事に気づいた。
よく分からない文字が並び、大きな髑髏が書かれている。
「そう。どんなしぶとい人間も、それ一錠でイチコロだって」
適量が分からなかったのでとりあえず一錠出し、ふらふらと台所で水を注いで一気に飲む。
しばらくしても死ななかったのでとりあえず安心だ。
「…ありがと。正直、まさかお前が見舞いに来るとは思わなかったよ」
その言葉を聞いて彼女は笑顔を浮かべ、
「賢い将は、敵が弱りに弱りきったところを討ち取るものなの」
と、言ってのけた。
「…の割には、毒薬もただの風邪薬。ま、これがてゐなりの見舞いって事かな」
「ね、確か戸棚に人参あったでしょ。食っていい?」
聞いてねえ。
「駄目。それは今度野菜炒めにしようと──」
「そっか、それじゃ仕方ないよね」
と言いつつ戸棚に顔を突っ込むてゐ。
「…聞けよ、人の話」
いや、聞いたからこうなったのか。
その後はしばらく、人参を齧るてゐとの他愛ない会話になった。
ってか、てゐが帰らないようにと戸棚にダンボール三つ分の人参貯めといた俺も俺だ。
「…なあ、てゐ」
「何?」
「お前、俺のこと嫌いだろ」
「うん。考えるとさぶいぼ立つ。話してると吐き気もする」
「俺が風邪ひいたって知ったとき、どう思った?」
「んー…一番最初、「よっしゃ!」って思った。すぐに「殺るなら今だ!」と考えた」
「…この薬は?」
「「○○を毒殺したい」って永琳さまに言ったら、結構反対された。けど説得してもらってきた」
「………じゃあ、最後。お前は嘘つきか?」
「何言ってるの?私、嘘なんかついた事もないよ?」
「……あ、そ」
セリフが流石に恥ずかしかったのか、てゐの頬が染まり始めていた。
「ああもう、ホント素直で可愛いなあお前は」
なんかが限界に達した俺は、半ば強引にてゐを布団の中に抱き寄せた。
てゐの方も抵抗せず、むしろ体を預けるように擦り寄ってくる。
「○○………ん…大好き」
ふと、ものすごく小さな声で放たれた、てゐの本心。
本来なら喜ぶべきその言葉を聞いたとき、ほんの一瞬ギョッとした。
この日の風邪は病気だったようだ。俺は既に「因幡病 末期」にかかっていた。
※因幡病…他人の言動の意味をすべて逆にとらえてしまう病気。
薬についてのてゐのセリフから、風邪薬を欲しがるてゐと○○にあげるのかと冷やかす永琳、
そして必死に否定するてゐが見えたら貴方はもう末期。
新ろだ57
紫の企画した神無月旅行、多くの少女達が、パートナーと共に、外の世界を満喫している。
そしてそのうちの一組が、海へ向けて走っていた。
ーー鳥取県、砂丘
「おーい○○、早く早くー」
「ま、まってくださいよてゐさん・・・・・・」
「なさけないぞー、男の子でしょ?」
「荷物全部背負わせて・・・・・・それはないでしょう・・・・・・?」
ここに居る少女は、永遠亭の兎、因幡てゐ。トレードマークの耳こそ、優曇華が弄って、
見えないようにしているものの、その特徴的なウェーブの髪と、同伴者をおもちゃのように扱うその性格は、
知る人が見ればすぐに彼女だとわかるだろう。
「ぜい・・・・・・・ぜい・・・・・・」
「やれやれ、ま、とりあえず休憩っと」
「は・・・・・・はひ・・・・・・」
息も絶え絶えで、ようやく男は、てゐに追いつく。そこは海を一望できる、見晴らしのいい丘だった。
もう秋も深いというのに、ダラダラ汗を流しながら、男は座り込み、荷物の中にあった水筒から、水分を補給している。
「まったく・・・・・・一体どうしたんですか? 鳥取に行きたいなんて」
「ちょっと思うところがあってね~」
「・・・・・・砂丘にいたずら書きは駄目ですよ?」
「しないわよ、もう~。私が来たのは、もっと高尚な目的のためよ!」
「てゐさんが・・・・・・高尚ですか・・・・・・?」
「あーもう、五月蝿いな~。黙ってついてくる! ほら、次はあっち行くよ!」
「ちょ・・・・・・まって・・・・・・せめてもう少し・・・・・・」
男の懇願には耳を貸さず、てゐは何かを探すように走り出す。男は、悲鳴をあげる体に鞭打ち、
必死でそれについていった・・・・・・
ーー数時間後
「・・・・・・死ぬ・・・・・・」
日も暮れかけたころ、ようやくてゐは走り回るのをやめて砂丘に座りこみ、○○は、砂丘に突っ伏していた。
それでもとりあえず、てゐに抗議の声を上げる。
「まったく・・・・・・一体・・・・・・何だって・・・・・・?」
だがその声は途中で止まることになった。てゐが、それまで見たことの無いような、どこか寂しげな表情を浮かべていたのに
気付いたからだった。
「・・・・・・どうしたんですか?」
「なんでもない・・・・・・」
「そうは見えませんが・・・・・・」
「なんでもないよ・・・・・・ただ、昔をね・・・・・・」
「思い出したんですか?」
「逆・・・・・・思い出せないのよ」
「・・・・・・?」
起き上がり、てゐの横に座る。やがててゐは、自分の過去について、ポツポツと、語り始めた。
「因幡の白兎、ってさ、知ってる?」
「ええ、島から、鮫を騙して海を渡ろうとして・・・・・・」
「そう。それね、私のことなんだ」
「・・・・・・そうだったんですか」
「あの時は、ひどい目にあったわ~、服は剥れるし、神には騙されて大怪我するし」
「はあ・・・・・・しっかり覚えてるんじゃないですか」
「最後まで聞け。でね、あの時、私が渡ろうとしたのが、因幡の国・・・・・・丁度、この辺りなのよ」
「へえぇ・・・・・・ですが、何故その・・・・・・あんまりいい思い出のない土地に?」
「・・・・・・故郷」
「故郷?」
「そう、あんたが時々、自分の故郷の話してて、それで、自分の故郷はどんなとこだったっけなって思って・・・・・・
でも、思い出せなくてね。ここに来れば、何か思い出せるかなって思ったんだ。どんな景色だったとか、
家族や仲間はどれだけ居たとか、楽しかったこととか、辛かったこととか、色々話そうと思ったんだけど・・・・・・思い出せないの」
「何も、思い出せないんですか?」
「淤岐島って所から、渡ろうとしたのは覚えてるんだ。けど、その前辺りからが、全然・・・・・・もう千年以上も前の話だから、仕方ないのかもしれないけどね」
「てゐさん・・・・・・」
「・・・・・・いつかさ、○○が死んじゃって、ずっと、ずうっと経ったらさ・・・・・・こんなふうに○○のことも、忘れちゃうのかな・・・・・・」
「・・・・・・」
「こうやって、景色を見ても思い出せないみたいに・・・・・・○○の写真とか見ても・・・・・・誰だっけて・・・・・・
思っちゃったりして・・・・・・こうやって話したりしてるのも・・・・・・全部・・・・・・」
てゐの声が、少しずつ涙混じりになってくる。長く生きる妖怪には、人間には思いもつかないような、悩みがあるのだろう。
てゐが泣くこと自体は、本人の嘘泣きやら何やらで、よく見ているが・・・・・・こうやって、感情を吐露するような泣き方は、初めてかもしれない。
「てゐさん・・・・・・」
「何・・・・・・?」
「その・・・・・・上手く言えませんが・・・・・・私は人間で、てゐさんは妖怪。そこにある隔たりは、大きいと思います」
「・・・・・・」
「けど、その・・・・・・てゐさんに取っては、悪い思い出でしょうが・・・・・・鰐との話や、大国主神との話は、覚えているのでしょう?」
「うん・・・・・・」
「だったら、私もそれと同じようになります。千年、万年経っても忘れないような、思い出に・・・・・・それも、最高にいい思い出に」
「○○・・・・・・」
「だからその・・・・・・ええと・・・・・・」
「・・・・・・口説き文句くらい、最後まで考えておきなさいよね」
「あ、あはは・・・・・・」
「でも・・・・・・気持ちは伝わった。ありがと・・・・・・」
「・・・・・・はい」
「・・・・・・目ぇ、閉じて?」
「・・・・・・」
言われるまま、○○は目を閉じる。そして、その口に・・・・・・
ジャリッとした食感が飛び込んできた。
「ぶっ!?」
「やーい! 引っかかった引っかかった!」
「このタイミングでこう来ますか!?」
砂団子をかまされ、うろたえる○○と、してやったりという表情で笑うてゐ。そこには先ほどまでの泣き顔は無かった。
「騙される方が悪いのよ! 悔しかったらつかまえてみなさい~」
「こ、この・・・・・・!」
言うと同時に、てゐは自分の荷物を抱え、走り出す。それを追い、○○もまた砂丘を走る。
「まったく! いつになったらその悪戯癖は治るんですか!?」
「一生治らないよ! ずっと付き合ってもらうからね!」
「ああもう、困った兎ですよ、本当に!」
「引っかかった時の間抜け面、、全部覚えておいてやるからね! 覚悟しときなさい!」
夜の迫る砂丘に、二人の声が響く。その声は二つとも、とても楽しげだった。
新ろだ335
春といっても暦の上だけのこと。
昼を過ぎてもまださほど暖かくはなく、懐炉や炬燵、火鉢などの暖房器具はまだまだ現役稼働中である。
ここ永遠亭でも人のある部屋には火鉢を入れ、暖を取っていた。
これはそんなある日の昼下がりのこと――
姫様と八意女史は若いイナバの子達とお稽古、幼いイナバの子達は身を寄せ合って昼寝中。
鈴仙は配置販売業者よろしく人里へ出向中。
てゐは賽銭箱を持って幸せの募金を集めに人里へ。
そして我らが○○は寒くて外に出る気が起こらず、目下、自宅警備員として火鉢の番をやっていた。
かすかに琴を掻き鳴らす音や、甲高い笛の音が聞こえてくる。
同じ旋律が繰り返し鳴らされるのに混じって、時折輝夜やイナバたちの笑い声が聞こえてくる。
そんな優しい音色をBGMに、○○は艶本を開いて火鉢のそばでヌクヌクしていた。
途中まで読み進めたところで、ふと、○○は口寂しくなった。
何か摘めるものでもないかと、台所へ足を向けた。がさごそと戸棚を漁り、食い物を探す。
「……おっ、いいもの見っけ」
○○が見つけたのは、戸棚の奥まったところにあったメザシの束だった。
彼はそれを数匹と、あと餅を焼くのに使った網をそこから拝借した。
「……そういえば幻想郷には淡水湖しかないのに、どうやって鰯なんか取ったんだろ?
昨日の晩もアンコウ鍋を皆でつついたし。……謎だ」
○○はそれ以上深く考えないようにして部屋に戻り、火鉢にメザシを置いて炙ることにした。
赤々と焼ける炭。
かすかにゆらめく空気を介して、メザシがゆっくりと火から逃げるように曲がっていく。
やがて部屋の中にメザシの焼ける香ばしい匂いが漂い始めた。
ゴシゴシと指先を擦り合わせつつメザシが焼けるのを待つ。
焼き上がったそれを一口。
ハフハフと口の中で熱を冷ましつつ噛み締めると、じゅわっと広がる鰯の旨味。そして香ばしさ。
うんうん、美味いメザシだなぁ。
ついでに酒が欲しくなってきた。や、流石に真昼間から酒は飲めないけど。
こうして一人、幸せなひとときを過ごしていると、サッと障子が引き開けられた。
吹き込んできた冷気に思わず身を竦める。
膝の上に広げていた艶本の頁がパラパラとめくれていく。
開けられた障子の方を向くと、そこには小柄な体躯に健康そうな太腿が覗くスカート。
……もとい、スカートから覗く白い足と、腹の黒さのギャップが素晴らしいウサギがいた。
と――
「てりゃぁッ!」
「べぬろっ!?」
おかえりと声を掛ける前に、ウサギに飛び蹴りをかまされた。
テンプルに決まった。
突き抜けた衝撃が痛かった。
そして白だった。
「痛ぇな。いきなり人を蹴るなよ」
「じゃあ訊くけど、人が寒い思いをして外から帰ってきたら、一人だけヌクヌクと火鉢のそばで温まってる奴がいたの。
そんな男、許せると思う?」
○○が抗議の声を上げると、腰に手を当て、小さく胸を反らして無体なことをのたまった。
あまつさえ火鉢の上のメザシに勝手に手をつける始末。
てゐはそのまま○○が座っていたところに腰を下ろし、火鉢に当たり始める。
「横に寄ってくれと素直に言えんのか、このウサギは。
あと、人のメザシを勝手に食うな」
「なによ。あんただって勝手にコレを戸棚から持ってきてるくせに」
「…………それはそれ、これはこれだ。というか、なんで断りを入れてないと断言するかな、お前さんは」
「否定はしないのね」
「否定はしないとも。確かに勝手に取ってきて食ってるし」
いつまでも寝転がっててゐ太腿を眺めていると、それこそ真の変態扱いされかねないので起き上がる。
てゐの向かい側に腰を下ろし、残りのメザシを食べてしまうことにした。
この際、食われたものは仕方がないと諦めよう。人間、諦めが肝心だというし。
さらに転んだ拍子に畳の上に投げてしまっていた艶本を、こっそりと尻の下に――
……隠そうと思ったら、すでにそこにはなくなっていた。
どこにいったんだろうかと焦る○○。流石にてゐを始めとした女性陣に見られるのは恥ずかしいから、とっとと見つけたかった。
キョロキョロと部屋の中を隈なく探した。
すぐに所在が判明した。
「へー、最近の艶本も大分様変わりしてるわね。
何ていうの? こう、ホンモノっぽいっていうか、柔らかそうっていうか。……かなりエッチよね」
「女の子がそんなもの見ちゃいけません!」
探していたエロ本は、因幡てゐ女史の手の中にいらっしゃいました。
しかも開いている場所は、男女の絡みがバッチリ描かれているところだった。
ら、らめぇ! そこ、ストーリーの山場! 最も作者がエロ方面で力を入れて描いてる部分~~!
食い入るように本を見つめている彼女の目は大きく見開かれ、興味と興奮とで爛々と輝いていた。
慌てててゐの手の中から我が青春のバイブルを救出せんと、○○は手を伸ばした。
が、本に手が届く直前に、するりとそれが目の前から逃げていき、掌は空を切った。
「いいじゃない。あんたが普段どんなものを好んで読んでるのか、知る権利がこっちにはあるわ」
「アホなこというな。ンな羞恥プレイなんぞされても、俺はちっとも楽しくないわぃ!
それに俺の傾向と対策なんか知ってどうするつもりじゃ!」
「え? まあ色々と使えるわよ。
流石にこんな風に咥えたり挟んだりはできやしないけど、○○が変態プレイを仕掛けてきたら、原因に理解をしてあげられるわ」
そう言って可愛いものを見る目で流し目を送るてゐ。何を咥えたり挟んだりするかは、ここでは言及はすまい。
一方、彼女の視線に耐え切れず、ごろごろと転がり悶えるのは○○。
「いやー! そんな可愛いものを見る目で見んといてー。
出来心なんやー。博麗神社の例大祭で売ってたのを買ぉただけなんやー」
「うんうん、まあ○○も男の子だしねー」
うぷぷ、と笑いをこらえつつ同意するてゐ。だが、○○としてはそんな顔で理解を示されても嬉しくないわけで。
むしろどちらかといえば、腹が立ってくる始末。
てゐは○○からわずかに距離をとると、ふたたび手元の本に視線をやっていた。
そこまでして見たいものなのかと、ブツブツと愚痴を言う○○。
ふと、そこで○○は気づいた。
目の前でちょこんと座ってエロ本を読んでいるてゐまで、意外と距離が近いことを。
そして彼女の意識が半ば以上自分ではなく、手元の本に注がれていることを。
もう少し待てば、てゐの意識から自分が外れるだろう。
その時こそが本を取り返すチャンスではないだろうか、と。
○○は気づいていないのか、気づかないふりをしているのかは分からない。けれどもこれだけは言えた。
てゐが本の内容に集中し、○○がいるのを忘れるまで待つということは、先に読み進められるということもでもあるわけで……。
読まれる前に取り返すという当初の○○の意識からすると、本末転倒だったりする。
そろそろ行動を起こす時機かもしれない。
○○の視線の先には艶本に集中しきっているてゐがいた。
頬をほんのり赤らめ、呼吸が浅い。
パラリと頁をめくる度、ごくりと唾を飲み込んでいるのが傍目にも分かった。
ここまで気に入ってもらえたなら、書いた作者的にも幸せだろう。
が、鼻息荒くして読んでいるのが女子では色んな意味で浮かばれまい。
息を潜め、足音と気配を消し、てゐに背後から近づいていく。
――今だ!
ガバッとてゐのを背後から抱きしめるような形で捕まえに掛かる。
これだけ近距離からの突撃、かわせるはずもあるまいとの判断だ。
そういう判断だったんだけれども……。
背後から襲い掛かった○○は、何故か空気を抱きしめていたのだった。
より明確な表現をするならば、『スカ』、『はずれ』、『残念でした』。
さらに分かり易く表現するならば、てゐに逃げられたと表現すべきだろう。
この距離、このタイミングでよけられるとは思っていなかった○○は、自分自身を抱きしめた格好のまま、無様に頭から畳に突っ込んだ。
「ふっふーん。そう簡単にはこの素兎は捕まらなくってよ。というか、内容に集中してるフリをしたら、見事に掛かったわねー」
「ぬあ! 謀ったな! ウサギ~~!」
「君はいい友人であったが、君の持つエロ本がいけなかったのだよ」
いやらしい顔でプッククッと笑うてゐ。
障子口でにすすすっと艶本を携えたまま移動する。
待て。待て待て待て!
○○は嫌な予感がして止まらなかった。
「こーゆーモノは皆で分かち合わなくっちゃねー」
「ちょっ……てゐ、それっ……やめっ……!」
止めるいとまもあらばこそ。
○○が一歩踏み出した瞬間、てゐは脱兎のごとく彼の部屋から逃げ去った。
どたたたっ、と廊下を駆ける足音が次第に遠のいていく。
「姫様、皆ー! いいもの拾ったよー!!」
そして聞こえてくる破滅の足音。というか破滅に向かう声音。
「ぐあ。洒落にならーん! まてや、クソウサギぃぃぃ!」
○○も慌ててその後に続く。
もはや無駄かもしれないが、いや、八割方手遅れだろうが。
今日も永遠亭の騒がしき日常という名の戦場の幕が切って落とされた。
NGシーン(15禁注意)
息を潜め、足音と気配を消し、てゐに背後から近づいていく。
――今だ!
ガバッとてゐを背後から抱きしめるような形で捕まえに掛かる。
○○は見事ガシッとてゐを背後から捕まえることに成功した。
「捕まえた!」
「ひゃっ!?」
次いでそのままてゐを逃がさぬよう、背後からしっかりと羽交い絞めにした。
てゐの手の中にあったエロ本を取り上げる。
そして再度奪い返されない内に、ひとまず本を彼女の手の届かない距離に放り投げておいた。
バサッと部屋の隅に投げ出されるエロ本。
「…………あ……」
本を投げ捨てた途端、何やらてゐが切なげな声を漏らした。
そのままポスッと○○に身を預けてきたではないか。
をや? 何やらてゐの様子がおかしい。
そこで初めて○○はてゐの様子に目がいった。
息が荒いのは先程確認したとおりだ。
次に発見したことは、こうやって密着していて分かったことだが、てゐの体温が上がっているように感じられた。
そして目が潤んでいるように見えた。
ここで身の危険を感じ逃げていたならばと、○○は後になって時折思い返すことがある。
後になって考えている時点で手遅れだったわけだが。
とにもかくにも、てゐが力なく○○にしなだれかかってきた。
「おい」
普段なら○○の声に反応し、羞恥心や反発心からすぐさま離れるはずだった。
ところが、声に反応したてゐは逆に鼻先を肩越しに、○○の首筋に押し付けてきた。
少女の柔らかい頬が左頬に触れる。
少しひんやりした肌の感覚。
であるにもかかわらず、まったく反対の熱い吐息が○○の首筋を撫でた。
すっと上を向いたてゐの鼻先が、○○の鼻先とぶつかる。
「……てゐ?」
「……○○」
○○の失策は、ここでてゐの名を呼んでしまったことだろうか。
潤みを帯びたてゐの瞳が、名を呼ばれたことにより、より一層深いものとなる。
熱にうかされた様子のてゐ。
いつもと違った彼女の艶っぽさ。
てゐが彼の名を呼ぶしっとりした声に、○○は思わずごくりと生唾を飲み込んでしまった。
そのを様子見て、嬉しそうに微笑んだてゐは、背筋を伸ばし、軽くついばむように唇を重ねてきた。
――柔らかい。
――そして甘い。
女の子の唇ってこんなに柔らかかったんだと、○○は妙な感動を覚えていた。
「んふふふっ」
てゐのはにかんだ笑顔が可愛いかった。
「……○○……ちょうだい……」
はたして、何と答えるべきか。
彼女の熱がうつったか、霞がかかったような頭で○○は考えた。
だが、考えるまでもなかった。
言葉はいらない。
今はいらない。
○○は熱のおもむくまま、てゐの首筋に唇を這わせた。
くすぐったそうに身じろぎをする。
○○はキスの雨を降らせながら、薄い――が、それでも女の子を感じさせる――胸に掌を乗せ……
(裁かれました)
最終更新:2010年05月27日 00:39