輝夜10
ツンデレ輝夜2(新ろだ2-335)
――――俺がお前を殺してやる。
――――分かったわ。
今日もよろしく熱っつい夏が全開である。
気が狂ったかのような太陽は見境なく人里の屋根を襲っていた。
その人里では、寺子屋の女教師が能力持ちの外来人にフラれたと噂になっており、人里の男共は「慰めて、つがいになる!!」と鼻息を荒くして、今日の夏祭りに誘おうと躍起になっている。
そんな情報も、疑う事なくこの○○宅にも舞い込んでいるのだが、どうにもそんな色恋沙汰は話の種には成らないようだった。
とんとん、とリズミカルなビートが止まるのを川きりに、○○は口を開く。
「あのさ、なんで、午前中から、居る訳よ? 用具箱を持って来てくれたのは、まぁ、嬉しいけど、人口密度高くない? おい、そこ、勝手に料理作るな」
「本当に器が小さいわね。 背だけはデカいくせに。 そういうのなんて言うんだっけ?」
「ウドの大木ですね。 あの、○○さん? 火を付けて良いですか? 味噌汁を作りたいなぁ~って」
「待て待て。 家主に断りなく、○○さん家のエンゼル係数を、存分に上げる気ですか?」
「朝飯食ってないからぁ~ね。 腹が減ったら、戦は出来ぬって言うでしょ? ○○? 言わないの?」
「おいおい、輝夜さん。 貴方は人ん家の食材を使って、朝飯を作ろうと? この家は食材も台所も貸し出していませんよ?」
「えっ? 有料?」
「突っ込むとこ、そこ!? 話の流れから、使うなって言ってたけど!! 会話のキャッチボールが成立ってない気がするけど!!」
そんな会話を続けている、いつもの三人。
鈴仙は玄関近くに備え付けられたあまりに粗末な台所でエプロンを身に着け、料理に勤んでいる。
土間など伝統的なものを匂わす台所には最低限の設備しかない。まな板一つで大半が圧迫されるスペースには料理し難さが詰まっていた。
○○はそんな台所に忍び足で向かう。
言わずとも、前日のようなギスギス感はなく、調子も常の通りになってはいた。
だが、何ともまぁ……○○に教えもらった『アンパンマンのマーチ』を口ずさんでいる輝夜はだらだらと横になり、絶賛人生怠慢中。
あの絶世の美女と謳われたかぐや姫がここまでになるとは、本当に七つの大罪の一つ――怠惰とは恐ろしい。
「止めて下さいよ!!」
そんなところに、台所から座敷へ、逃げるように戻った○○は、エプロン姿の鈴仙が握っていた大根を取り上げて、冗談半分に遊んでいた。
「ああ、取らないで下さいぉ~よ!!」
とそれを追って、飛び跳ねる鈴仙に、
「ほらほら、朝飯抜きになるぞぉ~」
と、取られないように大根を天井高く掲げているのは、小学生の頃、好きな相手に嫌がらせをするアレを思い返させる映像だ。
一方の鈴仙は、○○に対してすんごく真面目な顔をして大根を取り返そうと、ぴょんぴょん、と床を軋ませながら飛び跳ねている。
浮けばいいじゃないかとツッコミを入れたくなるが、彼女自身そんな事は毛頭考え付いていなかった。
必死に取り返したいのだから、仕方がないのだろう。
「もう、○○さん!!」
「これは俺の晩ご飯なんです!!」
そんなやり取りの中、この○○宅でひしひしと疎外感を感じている人物が一人。
言わなくとも、先程まで、「愛とッ勇気だけが友達さぁぁ」――と口ずさんでいた人物だ。
目の前で楽しそう(輝夜目線)に遊んでいる○○と鈴仙を見ていれば、それは、その遊びに入りたくなるもの。
輝夜はそっと、
「んっ!! 今よ!!」
と、○○の右足に全身を使い、抱き付いた。
「あぶっ――」
――ムニュ
と足のふくらはぎが一対の山に挟まれた感覚。
勿論、山はたんぱく質と他諸々で構成されている。
足に押し付けられた圧倒的な質量感が、彼の感覚細胞を伝わって、厳重に管理された大脳中枢部を完璧に覚醒させた。
それは男性なら誰もが夢見るロマン。 希望の果実。 夢の塊。
それは、
(ち・ち!!)
○○の頭に、ふっ、と一つの思い出が蘇る。
あれは二週間前の出来事である。
いつものように輝夜が○○の家で、彼の帰りをだらだらと待っていた日だった。
本来、その日は、○○の人里でのアルバイトが短時間で終わる日だった。
無論、輝夜もその事を知っている上で、座敷に上がっていたのだが、不覚にもそのアルバイトが長引いてしまい、○○が帰ったのは、日が暮れた後だった。
彼はもう帰っただろう、と考えながら、自宅の戸を開くと、
「!!」
月の光に照らされた可愛い寝顔の輝夜が小さな寝息を立てて、お出向かいしていた。
それは、○○の脳内フォルダに記録されているが、問題はもう一つの方だ。
まぁ問題というのは、横を向いていたせいで、胸元が空いてしまい、豊満な谷間が見て取れたという訳で。
実際、輝夜の胸はよくてBだなと確信していた○○には、凄まじい衝撃だった。
そして、EからF辺りという隠れ巨乳というポジションに輝夜は見事ランクインしたのだ。
言わずとも、好青年○○は、輝夜を家に返したのち、夜の布団内ではフィーバーしたのは…………。
そんな訳で、今、輝夜のに挟まれた足から伝わる感覚が、色々と大変で、前で鈴仙が飛び跳ねる度に香る女性の甘い匂いもやばい。
○○の頭に嫌な映像が過ぎる。
(下半身が無くなる!! キモい!! とか言って、吹き飛びますよ!!)
「返して下さいよぉ~!」
決め手として、勢いあまって跳んだ鈴仙のバストアタックが○○の腹部にクリンヒットした。
追撃と言わんばかりの、「あっ…………ごめんなさい……」と一歩退く鈴仙の姿が○○のセンセーションを頂点まで迫り上げ、
「早く私達のあさめ……し?」
輝夜の声を尻目に、あえなく自己陥落した○○は、天に掲げられた大根を、鈴仙に賞状授与さながら、ゆっくりと差し出す。
豆鉄砲を食らったような顔をした鈴仙は、
「え…………は、はい!!」
と、ドタバタした様子でその大根を丁寧に受け取った。
大根を、絵画のように扱う映像はシュール過ぎる以外のなにものでもない。
「面白くない……」
押し付けられた、までとはいかないが、触れたままの質量感から、輝夜の声が嘯いた。
○○としては、面白く無くても結構なのだが、少しは自分を男だと見て欲しい。
また、輝夜自身が女だと自覚して欲しい。
「私だったら、もう少し、やるじゃない。 なんで、鈴仙には甘いの?」
輝夜の方を向くと、彼女は口を尖らせていた。
「っつか、今日、テンションおかしいぞ、輝夜?」
「質問に質問で返すなんて、愚問ね」
「えっとな、愚問でいいから、少しどいてくれ。 壁の補修が出来ない」
「そうね」と言い輝夜は体を引いた。
ひとまず、下半身が吹き飛ぶ問題を解消した○○は息を吐き、ペタリと床に座る。
そんな拍子に、自宅のボロい台所に目を向けると、鼻歌混じりで大根を斬っている鈴仙。それなりに手際よく進んでいるようだ。
新婚夫婦ってこんな感じかなぁ~とその紫色の後ろ髪に○○は釘付けになる。
「何よ、料理さえ出来れば、良いと思ってるのかしら」
その声に振り向くと、なぜかムスッとした輝夜がいた。
「僻みにしか、聞こえないぞ。 それ」
「私だって、練習すれば出来るもん」
「いや無理だろ。 お前、不器用だもん」
「人間、やれば出来る。 鈴仙だって、この頃、料理始めたんだから、私も出来るもん」
妙に料理が出来ると自信満々に胸を張る輝夜を見ていると、○○は近所のガキを思い出した。
小さい子は何も知らないから、自信があるのだ。
「料理にはセンスが必要なんだよ」
「私にはセンスが無いみたいに言わないでよ」
「じゃあ、手伝ってこいよ。 うどんげの事」
○○は顎で鈴仙を指す。 今、丁度、味噌汁に切った具材を入れたとこれであった。
白米は今朝、○○が炊いた、残りを温め直して食べるのだろうか。
水分を含んで、ベチャベチャ、に成る気がしてならない。
が、炒飯にすれば問題ないかと○○は適当に納得した。
「嫌だ」
輝夜は面倒臭そうな顔をして首を横に振る。
「なんで?」
「私、料理、出来ないから」
はぁ、と○○は溜め息を吐いた。
「そんな事言ってると、また明日、ってなるから、料理の腕、上手くならないぞ?」
「でも、」
輝夜はまだ、首を振る。
これは駄目だと思い、○○は立ち上がり、輝夜の手を強引に引く。
○○が思ったより彼女の手は一回り小さく感じた。
「ほら、行って来いよ」
手を掴まれた事に呆然とした輝夜を立たせ、包丁を使う鈴仙の元へ催促した。
「えっ、でも、」
何処か浮かない顔の輝夜。
「分からなくなったら、この定食屋の準店員が教えてやるからさ。 ほら、行け」
手伝ったら空いた穴を直す事は出来ないけどな、と思いながらも○○は、ドンッと輝夜の背中を押す。
輝夜は一度、振り向いて、弱々しい視線を○○に送ったが、結局、鈴仙に歩み寄った。
そして、輝夜が、もじもじと背後で指を絡めながら、
「わ、私にも手伝わせて」
と言ったのを見ると、こちらが微笑ましくなる。
なんだか、親みたいな気分だな。と○○は心の中で呟いた。
そして、床に胡座を掻き、二人の後ろ姿を眺める。
しかし、最初の内は、そんな朗らかな気持ちではあったが、見ているにつれ、段々と悲しくなった。
いつかは、別れてしまうのか、と考えると、胸が縛り付けられたような言葉に出来ない感情が○○の中に姿を現した。
(いつかは……か)
しかし、そんな感慨深い事を考えていても、
「○○~、指切ったぁ~」
と輝夜の自分の指に悲哀した声がそんな思考を遮る。
それが、理由もなく笑えて、妙に心が踊った。
○○は笑みを噛みながら、立ち上がり、鈴仙が○○に助けのまなざしを送り、輝夜が切った人指し指を口に咥えている台所に、一歩、近付く。
本日、二回目の朝飯を腹に入れ、さて、穴を埋めますかと息込んだ時だ。
味噌汁の匂いが充満しているのはあまり好かない。
が、今更言っても仕方あるまい。
そんな事を○○が考えていると、
「あのさ。 ○○?」
壁に寄り掛かり、『アンパンマンのマーチ』を口ずさんでいた輝夜が何気なく言った。
「ん?」
○○は食器を洗い終え、タオルで手を荒く拭いている。
片付けをさせられたのは、不服だが、女の子の手料理を食べれたのでイーブンと言ったところだ。
丁度、彼がタオルを洗濯籠に放り込んだ時だろうか。
輝夜が思い立ったように口を開く。
「恋の病って治るのかな?」
「「えっ?」」
部屋の隅の本棚から取り出した本を黙々と読んでいた鈴仙と○○の声が見事に一致した。古びた本が手元から落ち、盛大な音を上げた。
そして、刹那の静けさ。
「ねぇ? 聞いてる?」
「あっ、ああ」
正直言うとあまり理解していないが、一応、流しておこうと思った○○は自然な動きを心掛けて、輝夜のすぐ脇に腰を下ろした。
鈴仙も同様に本を閉じ、視線を意味不明な事を嘯いた輝夜に変更した。
「もし、治らないなら、困ったものね。 馬鹿と一緒でしかも、」
自分の世界を拡張中の輝夜は真剣な顔をして語った。
「私、死ねないから一生治る見込みないわ」と。
そんなあまりに槃根錯節な言葉に○○は喉を詰まらせる。勿論、鈴仙も目を点にしていた。
そんな輝夜は小さな女の子ように伸ばしていた足をばたつかせる。
「恋の病で苦しみ続けたら、どうしようかなぁ~」
そんな子どもらしい行動をよそに○○は視線を鈴仙に向ける。鈴仙も鈴仙で○○に目をやる。
二人の視線がぶつかるとふと、○○は聞いてみたくなった。
「恋の病って、何?」
恋の病のゲシュタルト崩壊が起こり、もしかしたら、恋の病は感染症かもという、予感が脳裏を過ぎった故、質問したのだが、
「……えっと、好きな人が他の女子と話してるのを見たら、病状が露呈する病……?」
やはり、可愛いらしく頭を傾げる鈴仙が言うように常識の定義でよろしいようだ。
「そうよね。 そう、胸がキューと締まる感じのアレよね」
二人の会話に割り込んだ輝夜は自分の言葉に何回も頷いた。
一人納得されても、残り二人には理解されていない訳で、その後の会話は成立たない。
「…………あっと、え~と。 アン、アン、アンパンマン」
○○が苦し紛れに歌った歌詞に、
「優しい君はいっけ、みんな夢、守る為ぇ~」と輝夜は妙なテンションで返した。
ぽかんと口を開けたままの○○と鈴仙を尻目に輝夜は次のお題を提出する。
「そう言えば、何で空は青いのかな?」
答えられる問題に気を取り直して、○○は言葉を返す。
「それは窒素とか空気中にある色んな分子のせいで光の散乱が起こってだな……」
○○は気付く。輝夜が話を聞いていない事を。
また、輝夜はお気に入りの『アンパンマンのマーチ』を口ずさんでいた。
「おい、自分で話振っておいて、」
「そう言えば、あの噂、幻想郷中に結構、広まったね」
「ああ、そうだな。 それよりも――」
「――あの噂?」鈴仙が正直に疑問符を浮かべた。「何ですか、それ?」
「それはね、もう、知ってるわよ。 鈴仙は。 ねぇ?○○」
輝夜は自然な笑みを浮かべて、○○の方に顔を向ける。
そうすると○○は少し顔を赤らめ、背けた。
思った以上に輝夜の綺麗な顔が近かったからだ。
無意識に彼女の隣りに座っていたからであろう。二の腕部分が触れ合っていたのも気付いていなかった。
「あ、ああ」
顔が赤いのはを悟られないよう、ぶっきらぼうに○○は呟く。
片や輝夜も彼の少しおかしい態度に疑問を感じながらも、目の前で興味津津な鈴仙に噂に付いて言葉を放つ。
「なんか、おかしな○○。 そうそう、鈴仙、噂というのはね」
そんな輝夜を横目で見て、おかしいのはそっちだ、と言い返したい○○。
今日はおかしいことずくめなのだ。
前触れもなく話をし始める事もおかしい。鼻歌を歌っているのもおかしい。朝早くからやってきた事もおかしい。
俯瞰すると、何となく落ち着きがないように見える。
祭りに行きたくて逸る気持ちは分かるが、まだ、日が頂点を過去ってもいない。
「それ知ってます!! 夜な夜な現われる狼男の話ですよね!? 人だけじゃなく何でも切り裂いちゃう奴!! 結局、誰も狼男を見付けられないってオチだったような」
「そう。 しかも、それは私達が広めたのよ。 私が噂を作る事を提案して、話は○○が考えたけれどね!! 暇つぶしがこんなに広がるとは思ってなかったわ」
「なんか、嬉しくなりますよね。 そういうの」
しかし、彼がおかしいと思ったのはそれだけではない。
いつもから、感じているのだが、無意識な行動時にはこんなに積極的なのに、意識するとツンツンし始めるという事だ。
今のように、肩を寄せ合い、まるで恋人同士のように近くとも、何とも思わない輝夜だが、例えば、意識的に手を繋ぐとか、肩を揉むなどに対しては、頬を紅潮させて怒鳴り散らすのだ。
時々、そのギャップにキュンッ!!としてしまう○○ではあるが、そんな二面性がなければ、案外、△△はコロッといってしまうのではないかとも○○は考えてしまう。
恐らく、己自身も。
「なぁ、輝夜」
「ん?」
○○の鼻先に輝夜の吐息があたる。
――ホント、可愛い顔してんな。
自分の正直な感想に少しの恥ずかしさを感じた○○は
「俺達、近すぎじゃないか? 物理的に」
と○○はなるべく冷静を装うように簡潔な言葉を放った。
やはり、と言うべきか、輝夜の顔が緊急スイッチを押したかのように瞬時に紅潮して、バッと目に止まらなぬ早さで、立ち上がった。
「な、なんで私に近寄るのよ!!変態!!バカ!! 包丁の使い方を教えてもらった時もかなり恥ずかしくて仕方かたなかったのよ!! 普通、あんな教え方する!? あの時は教えてもらってたから、強くは言えなかったけど……もしかして、アンタ、私に気があるの?」
輝夜は、精密な顔のパーツ達を微妙に不快そうに歪ませた。
そんなに○○に好かれる事が嫌らしい。
一方の○○は不快感も感じずに鼻で笑い、「万一あっても言わねぇーよ」と軽い調子で答えた。
勝てない勝負はしない主義の彼らしい回答だ。
○○と向かい合う輝夜は当惑に目を開き、
「何で?」
「何でって、お前は△△の事が好きじゃんか。だから、俺が輝夜の心に入り込む事は無理かなってさ。
一応、恋愛経験はナシだけど、女心は少し分かってるつもりだぜ? あと、本当に好きな訳じゃないしな」
本当に女心を理解しているのなら、輝夜とも些細な事柄で喧嘩に発展するはずがない。
まぁ、彼がそう自分を認識しているのだから、それでいいのであろう。
「……バカ」
意に満たない答えなのか、輝夜は不満そうに小声で言った。
「バカって、俺は正論だと思うけどな」
「……………………やっぱり何でもないわ。……バカも取り消しね」
「ふ~ん」
○○は小さく疑問を頭に浮かべながら、でっかい欠伸を噛み殺し、背中の壁に体を預けた。眠気を催してた原因は先程、胃に入れ込んだブランチのせいだろう。
あと、昨日一日、輝夜に振り回された疲れと、座敷で博麗と二人っきりで居た際の緊張も要因か、と○○は鈴仙のウサ耳をぼんやり眺めて、思った。
(意味が分かんないッ)
輝夜は自分の言ってしまった事に心の内で繰り返し、否定をしていた。
無論、荒れ模様の心情とは違い、鈴仙や今にも寝そうな○○にバレないよう、顔は冷静を装っている。
「座ろうかな」
と輝夜は口にして、なるべく○○と離れるようにと正面玄関から対にある壁に寄り掛かり、ズルズルと尻を座敷に付けた。珍しく、小さな体育座りもした。
鈴仙も○○もチラッと視線を向けただけで、大きなリアクションはなかった。
そして、先程の意味不明な発言について彼女は考察を始める。
そもそも、何故“バカ”と○○に言ってしまったのだろう。今回は○○は何にも悪い事はしていないはずだ。恐らく、自分自身が何かに期待をしていた。
(もしかして、○○に、好きだって、言って欲しかったの?)
違う、と輝夜は心の中で首を振る。
私が好きなのは、△△だ。と。
○○はただの仲の良い友人だ。と。
私は○○に好きだなんて言われても、嬉しくないと。それ以上に只の迷惑なんだと、輝夜は自分に言い聞かせるように、何度も唱えた。
呪文のように。
(そうよね。私が好きなのは△△で、もし付き合えたら○○の家に一々、来なくていいのよ。それこそ、楽じゃない)
「…………、」
輝夜は顔を見せないようにと両膝におでこを当てて、唇をギュッと噛む。
それこそ、違うのだ。
この家に居る事や来る事は決して彼女の苦痛になっていた訳ではない。それよりも退屈な毎日の中で、楽しみになっていた。
もし、△△と手を繋いでいたら、○○とはずっとは一緒に居れなくなる。理由は○○が一歩退くから。
もし、○○とずっと一緒に笑っていたのであれば、△△との恋は成就しなくなる。理由は輝夜が前に進めないから。
(友情と愛情を選ぶなら、今の私なら)
――分から……ない。
彼女は毎日、寝る前に手を繋いだり、キスをしたり、色んな妄想を膨らませるほど、△△が好きなのだ。今日、一緒に祭りで居れるのも死ぬほど嬉しい。
だから、こんな意味が分からない言動で緊張をどうにか、とどめようとしているのだ。
しかし、何も分からない。
心がもやもやしたままで、霞みがかかっているようで、何も見えないのだ。
「姫様?」
その声に反応して、輝夜は顔を上げる。
「どうかしましたか?」
すぐ目の前で、鈴仙が厚手の本を片手に心配そうな表情をしていた。
ついでとばかりに、膝の痕がついている輝夜のおでこに手を当てた。
「熱は……無いみたいですね」
「今日は皆で頑張る日でしょ? 熱なんか出せないわよ」
「そうだよな、皆で頑張るんだよな。絶対、手を繋いでやるぜ。どうせ、出来ないけどさ」
眠そうだった○○が気楽な笑みを噛む。
一方、鈴仙は彼女らしくもないニヤついた笑顔を浮かべていた。
鈴仙は博麗の巫女が○○を慕っている事を昨日、鉢合わせたので気付いていたのだ。
だが、鋭い時は鋭い輝夜は今回は全くそんな事に気付いてなかった。
5人の王子から求婚がこようが、何だかんだ言っても、彼女は恋愛には疎い。
5人とは言っても、所詮、結婚未遂であり、男性経験も一度もない。
ましてや、夜の営みなど体験した事もない。
永琳の話を聞いて、学習しているだけで、決して、○○に対して胸を張れる立場ではなかった。
「私は手を繋ぐなんて、通り越して、もっと大人な事するから」
輝夜は澄まし顔でまた適当な言葉を放った。
「なぁ?霊夢?」
黒いとんがり帽子を被るブロンドの少女――霧雨魔理沙が隣りに座る黒髪の少女――博麗霊夢に気の抜けた様子で話し掛けた。
彼女達がいるのは、博麗神社まで続く石段の一番上の段だ。少し遠くに目をやれば、人里から博麗神社まで敷かれたお祭コースには、露店が意気揚々と構えている。
とってもご苦労様な事だが、そんな小さな事柄は目に入らない霊夢。
「いきなり、何よ」
「頑張れ」
女の子らしく股を完全にクローズしている魔理沙が何か含みのある言い方をした。
「突然、何言ってるの?」
霊夢は一応、疑問系で言葉を返した。何を頑張れと言われたのか分かってはいたが、自分からその話を切り出すのは何だかんだ恥ずかしいのだ。
一方の魔理沙はポカーンと口を開けて、
「○○の事だよ。○・○!!」
「ああ、○○さんの事ね。勿論、頑張るわよ。一緒に祭りを楽しむ予定だし」
霊夢の淡々とした言葉に大きな溜め息を吐く魔理沙。
「それだけじゃないだろ? 告白は? しないと私に先越されるぞ? 私も今日、好きだと言うから」
「分かってるわよ。そんなの……でも、」と声のボリュームが尻すぼみに落ちる。
「……だよな。緊張する」
そして、まるで事前に打ち合わせをしていたのか、
「「はぁ~」」
と全てを吐き出すよな重い溜め息が彼女達の口から出た。
そう、魔理沙と霊夢がこの石段最後段に座っている理由は、
別に死期を悟って、黄昏ていた訳ではなく。
将来、どんな自分がいるのだろうかと未来予想図を描いていた訳ではない。
ただ、告白と言う人生初の一大イベントへの緊張を紛らわす為だ。
そんな霊夢がハッと目をめいいっぱい見開いて、魔理沙の肩をグラグラと揺らす。
「ま、魔理沙、どうしようッ!! 私、なんて、告白するんだっけ!?」
「……止めてくれ」
「どうして!?」
魔理沙を揺らす腕は止まらない。
しかし、魔理沙ががっちり、霊夢の腕を掴み、何とか止める。
「私も忘れるから止めてくれッ!!」
「それは、ごめん……」
と霊夢は魔理沙の肩から手を退けて、ガクッと自分の肩を落した。
(一晩中、考えたのに)
昨日、というか一週間前から寝る前の習慣になりつつあるエキサイティングな妄想そっちのけで、考えに考えた言葉が出てこないのである。
今日も朝からリフレインをしていたはずなのだ。最初の一文字さえ出てくれれば、全て思い出す気がするのだが、
「駄目だ……魔理沙。私、駄目かも。思い出せない、抱き付くんだっけ……手を握るの……分からない!! 失敗する!!」
「……言わないでくれ!! 私も駄目になりそう!! 失敗なんて、そんなの嫌だぁぁぁぁぁ!!!!!」
「どうしよ――」
魔理沙がものすごいスピードで立ち上がる。
「――そうだ!! こんな時こそ、神頼み!! 私の日々の善行がここで発揮されるチャンスッ!!」
「はっ!! ここは神社!! 私達を恋愛の神様も見守っているはずよ、魔理沙!!」
「うん!!」
腋丸出しの巫女服を着用している霊夢が神社兼自宅にいることを忘れるのは、びっくりだが、自覚している神職者が神様にこびる方が何かとびっくりである。
それを許容してしまう魔理沙も魔理沙だ。
「じゃあ、お賽銭はいいから、」
魔理沙は「分かってるってッ!!」と言いながら、猛ダッシュで賽銭箱前に仁王立ち。
二礼したのち、カランカランと鈴を綱伝いに思い切り振る。
「届け私の苦悩!!」
と叫び、魔理沙はパンパンと手を叩き、手を合わせて一礼。
「魔理沙……」
何故か、心配そうに霊夢は魔理沙の近くに歩み寄る。
「なんか、」
グルンと衒うように回った魔理沙はニカッと人懐っこい笑みを浮かべている。
「勇気湧いたかも、だぜ」
「そう? じゃあ、私も」
ふぅーと冷静さを取り戻す為に息を吐き、霊夢も魔理沙の隣に立ち、腰を九十度に曲げて二礼。
そして、賽銭を抜かして、鈴を鳴した。
次にパンパンと軽やかに拍手をして、目を瞑る。
(○○さんとずぅぅぅぅぅぅと一緒に居れますように。あと、魔理沙も皆も私も好きな人と結ばれますように。あと、永遠亭のアイツには勝てますように。あと――)
アイツとは勿論、輝夜である。結局、あの後、輝夜達はすぐに帰ってしまった為、彼女は○○が好きだという誤解が解けないまま今日を向かえたという訳である。
前々から少しおかしいなと霊夢も思ってはいたのだが、まさか、(霊夢の見た感じ)楽しげにキャハハウフフをやっているとは考えも付かなかった。
思わぬところに強敵が現われたのだ。
(あと、もっと可愛くなりますように)
霊夢は顔やスタイルでは輝夜に勝てるとは思ってはない。
別に自分を卑下に扱っている訳ではなく、輝夜が幻想郷内でも飛び抜けて可愛い過ぎるのだ。
霊夢より長い睫毛や大きな瞳。
これでもかと言う霊夢のより一回り、二回り、膨らんだ胸。
いくら、着痩せしようと女子間ではそんな着痩せなど障壁にもならない。
彼女も自分の容姿にはある程度の自信を持ってはいるが、やはり、絶世の美女には霞む。
だが、霊夢は毛頭負けるつもりもない。顔がどんなによくても、結局は気持ちや覚悟の差なのだ。
などと彼女が心に誓おうが、これは霊夢の一人相撲である。
(最後にお金……じゃなくて、○○さんと笑みが絶えない家庭を築けますように。と)
霊夢は目を開き、ゆっくりと参拝の〆として頭を下げた。
「霊夢ぅぅぅぅ。なんて、願った?」
魔理沙の声を背に霊夢は口を開く。
「魔理沙と同じだと思うわ」
そして、夜。
Megalith 2011/03/09
大きな丸い月が空に浮かんでいた。
周りの星達も仲良く輝いていて、少し羨ましい気もする。
だけど、見方を変えたら、折角夜空を照らしている星達の努力を大きな月に無駄にされているような気もした。
それはとっても悲しい事だ。だって、何年もの歳月をかけてこの惑星に送った光が、水の泡になったのだから。
手が悴む。縁側から放り出した両足も同じく寒い。
流石に年の暮れ。雪が積もった晩の夜風は身にしみる。
「さむっ……」
両手をこすり合わせて、暖かい息を吹きかける。
だが、予想外に白に染まった呼気が上へと昇ってしまい、夜の闇に溶けた。
こうやって、人間も消えていってしまうのだろう。
短い人生の半分以上を無駄に過ごして、闇に還る。しかも、残されてしまった人には悲しみを置き土産にする。
月の寿命のように――月よりも何よりも長い人生を過ごすだろう彼女は正直、そんなことずっと前から知っていた。
昔過ぎて、いつなのかは分からないが、とにかくずっと前から分かっていた。
別段、思い返すことでもないはずなのにこのごろ、寿命について考えることが多くなった。
――――年をとったのかなぁ。
「…………、」
自分の赤くなった指先を見つめる。
それは違う。
彼女は分かっていたのだ。何で、こんな意味もない事を、無性に考えてしまうのかを。
彼女には後ろ姿だけで緊張してしまう人間がいる。
「姫……様?」
ふいに声が掛かる。
左へ視線をやると、暖かそうな白いマフらーをしたうどんげが心配そうに見つめていた。
「大丈夫よ」
一応、笑ってみる。
理由は特になかった。
「大丈夫じゃないですよ。なんか、今にも死にそうな顔してるから、心配しましたよ」
冗談めかしに、うどんげは口を尖らした。真っ白な頬や鼻先が林檎みたいに赤くなって、愛らしい。
「自殺したくても出来ないわよ」
彼女こと、輝夜は適当に言葉を返して、体重を支えるように後ろに手を付く。
指先は畳との境目に触れていた。
そういう溝を擦りたくなるのは、人類の性なのか。
輝夜は意味もなしに境目をなぞる。
「姫様は告白しないんですか?」
「え!?」
バッと輝夜は起き上がり、凄まじい速度でうどんげに顔を向けた。
「いや、しないのかなぁ~って思って」
とぼけた顔をして、うどんげは輝夜から月に視線を移した。
「何、失恋組を増やしたいって訳?」
先日、□□にふられたうどんげ。
輝夜は絶対成功すると確信していたのだが…………。これで永遠亭では、あの悪戯ウサギだけが勝ち組だ。
表面上は祝福しているが、皆の内心は、恐らく妬心に埋め尽くされている。
――――傷心の月の頭脳は、まだ布団の中で泣いているし。
今、永遠亭が妖怪達に攻められたら一瞬にして陥落する気がした。
「いいえ。だって絶対、○○さん、姫様のこと意識してるし」
「それは私が意識しているからよ。昔みたいに話せなくなったから……」
「じゃあ、姫様が告白しないなら、私が告白しようかな」
「そ、それはダメよ!」
声が大きくなった輝夜。自分でも分かるぐらいに顔が熱くなる。
一方のうどんげは、ふふっと笑って、
「冗談ですよ。私はまだ□□さん諦めてませんから。競争率が高くても頑張ります。巫女なんかに負けません」
ガッツポーズをする。本当にふられたのか疑いたくなるポジティブさだ。まぁ、彼女らしいと言えば、彼女らしい。
「倍率は6倍ってとこかしら。私なら絶対志願しないけどね」
「じゃあ、○○さんの倍率は1倍ですね。絶対合格ですよ」
「何よそれ…………」
まぁ、それならいいけどね、と輝夜は続けて、空を見上げた。
不変に黄色の満月が澄み渡った夜に浮かんでおり、月に引き寄せられたように月の周りには小さな星が点在する。
――――好きな人ができた。
そんな事を感じ取ったのは、丁度二ヶ月前。
気付いたその日はポタポタと雨が降っていて、○○の家で意味もなく雨宿りしていた日。
確か、その日もこんな夜空が綺麗な夜だった。
「星って何年もの歳月を経て、その光の意味を私達に伝えてるんですよね」
ドキッとする輝夜。胸の辺りがキュッと絞まる。
「ん? どうしました?」
「いや、」
まるでうどんげが自分の心情を察したような言葉を放つからだ。
もしかしたら、知らないうちに言葉に出ていたのかもしれない。
そう考えると無性に恥ずかしくなり、輝夜は赤くなった顔を伏せた。
隣で息を吸い込む音がして。
「なら、私の想いもいつか届いて…………、姫様の想いならすぐに届きますよ。
○○さんと繋がっている赤い糸を辿って。空に浮かんでいるかもしれない厚い雲を突き破ってでも」
そんなうどんげらしいロマンチックな言葉で締めくくった。
こんな事を言っておいて、恥ずかしくはないのかと、輝夜は頭の中で考えたが――――赤い糸……ね。
頬に触れている黒髪を掻き分けながら、輝夜は顔を上げる。顔がまだ少し赤いのは仕方ない。
「もし、赤い糸なんてロマンチックなものがあったなら、○○が死ぬとき一緒に死ねるかな?
天国でも地獄でも私の小指を引っ張って、連れてってくれるの?」
「やっぱり自殺……」
「違う。違う。
仮に○○と結婚して、子供産んで老後の生活があったら、私は死ねないから、どうすればいいのとか、何をすればいいのとか、ね。えっと、なんて言えば」
何言っているか、分かりません、とうどんげが笑みを含みながら一言。そして、立ち上がり、
「お茶持ってきますね」
と、言って逃げるように、縁側から居なくなった。
うどんげの後姿が襖の裏に消えていったのを見送って、
「はぁ~」
蓬莱人ならではの悩みなのか?
ふと輝夜は金色の故郷に目を向けた。
彼女の瞳には、遠方から届けられた星々の輝きが映っている。
――――まぁ、いいか。好きなら
スレタイ無視してすみません。イチャってませんよね。
最終更新:2011年06月16日 23:47