輝夜11
Megalith 2011/04/09
「意外に長いわね知能線。というか、永琳より長いわ」
再チャレンジに失敗し、寝室から出てこようとしない女医を除いた永遠亭一行は、暇だからという理由でなんとなく人里にやってきていた。
まぁ、理由が暇だからという訳で特にコレと言ってやることもなく、三人ともぶらぶらしていたのだが、いい匂いを漂わせる団子屋の前で、これまた暇そうな○○に出会ったのだ。
無論、遠目で嫌そうに見ていた輝夜以外の暇なうどんげとてゐは、ぶらつく○○に「家にいきたい!!」とごり押し。
押しに弱い○○は押し込まれてしまい、結局、三人を自宅に招いてしまった。しかし、いいだっしぺの二人は用事があるといって、ボロい○○宅は出て行ってしまった。
そんな事なので、そわそわする輝夜と○○が二人きりになった訳で。
その息苦しさからか、○○は「手相を見てくれと」と手の平を差し出したのだ。
すると、そわそわしていた輝夜は差し出された手の平を、ぎゅっと素直に握り、先ほどの言葉。
「長い? そうか?」
「うん、多分私より」
ほら、と舌足らずの高い声で、輝夜は手のうらを○○に向けた。
「いや、ほらって言われても、俺の手と見比べないと分からないぞ」
「そうかぁ。でも、私の知能線は薬指辺りで途切れてるじゃない」
確かに輝夜の知能線は薬指の下辺りまで伸びている。普通かどうかは分からないが、短いほうではないのであろう。短いのであるなら、プライドが高い輝夜が見せるわけもない。
「でも、○○のはほら」
○○の手を輝夜は両手で翻す。
「……長いな。なんか、びっくりするぐらい」
長い――――自分で言うのもなんだが、長い。
○○の知能線は小指の下、しかも高さは親指の付け根辺りまで掘り深く刻まれていた。
「ねっ? 気持ち悪いでしょ?」
軽い笑みを噛んで、さらッとダメージを負わせる言葉を口にした輝夜。
恐らく、悪気はないのであろう。
○○はなんとも言えない微妙な顔をしながら、
「いや、えっと、いや。まぁ…………気持ち悪いな。ん? いや、待て」
もしかしたら、生命線がクソ長いのでは? という疑惑が脳裏を過ぎる。
永遠の命を持つ、蓬莱人なのだ。もしかしたら手の平に収まりきらず手首から、腕へ。もしかしたら薄く全身に刻まれているのかもしれない。
そう考えた○○は、口を開く。
「そうだ。輝夜の生命線を見せてくれよ」
「え? なんで?」
輝夜は顔をキョトンとさせて、可愛らしく首を傾げた。
「なんでって、そりゃなんとなく」
「ふ~ん」ぱっと○○の手を放して、考えるように黙り込む輝夜。
はたして考える事などあるのだろうか? と○○はとりたてもなく頭で浮かべていると、
「嫌だ。ぜぇぇぇぇぇたい、いやだ」
「人の手相見といて、不公平だと思いまぁ~す。つーか、なんで嫌なんだ?」
「それは、アレよ。アレ。アレ。地球が地軸を中心を回ってる理由と同じで、アレよ」
「アレってなんすか? もしかして、アレってローマ字表記? それって読み方間違ってるだろ? 多分、be動詞のareだよな?」
「違うわよ。areをアレなんて読まないわよ。バカ。その知能線の長さは無駄ね。神社のがめつい巫女に分けてあげたら?」
「あんな現金な巫女には嫌です。っつか、見せろよ生命線。心配するなよ、あまりに長すぎて引くかもしれないけど、心配するな。無論、俺がアレの意味は分かってる前提で心配しなくてもいいぞ」
輝夜は目を細めると、瞳の下にぷくっと涙袋膨れた。それがどういうわけか可愛く見えてしまった○○。
無論、輝夜は自分を可愛く見せようとした訳でもなく、
「キモイ。キモイし、しかもキモイ。あと、キモイ」
「さっきの言葉にキモイ要素ありませんけど!? いや、涙袋が可愛いなとか思いましたけど、キモイ要素はないっすよ!!」
「それがキモイのよ。知能線なんか嘘っぱちね。やっぱり、キモイ奴には手相なんか見せられないわ。うん、見せられないよね、輝夜」
「自己完結するなよ!! 俺は納得できません!! ほら、見せろよ!!」
○○は輝夜の左腕を握り、力ずくで彼女の生命線を見ようとするが、輝夜はグーを作って反抗する。
「このバカ!! 痛いわよ!! 大体、女の子に暴力振るうなんて考えられない!!」
「自分でそれ、言うなよ!! っつか、年齢的にお女の下に子は付かないじゃん!!」
○○に押され、輝夜は背中を床につけてしまう。言うまでもなく、○○の顔、胴体、他諸々が彼女に近付く。
「やめてよ!! 本当に蹴るわよ!!」
「その前に拳を開けばいいだろ!!」
もう、これでは傍から見れば強姦である。抵抗を試みるいたいけな少女の青い肢体を貪ろうとする、変態行為。○○の顔も危なくにやけているのも相乗効果的に、変態の感を醸し出している。
しかし、輝夜も輝夜で少し笑みがこぼれていた。
「絶対、嫌だから!!」
「意地になるなよ!!」
「意地じゃないもん!! ポリシーだもん!!」
「呼び方の違いだろ!! それ!!」
「うるさい!! areをアレって読む奴には言われたないわよ!!」
「あれは――――」
「――――ほら、言ったでしょ。どうせイチャついてるってさ」
彼には聞き覚えのある声、というか、15分前ぐらいには聞いていた声。
輝夜は上体を上げて、○○の肩越しに見る。
「て、てゐ? うどんげ?」
「お楽しみみたいですね。姫様。私こと鈴仙は裏切られた気持ちでいっぱいです」
恥ずかしくなって死にたくなった輝夜だったが、恥ずかしさも時間と共に多少消え、いつもの縁側に腰を下ろしていた。やはり、まだ2月。12月にあった寒さは健在である。
空には月。いつかの満月のように丸く、そして金色。
それを見て、どことなくおいしそうだと思ってしまう。
「故郷をおいしそうなんて、バカみたい」
ブスッと独り言。
誰にも聞かれていないつもりだった輝夜だったが、後ろから忍び寄る足音に気付かったようで、
「性欲と食欲は比例するんですね。姫様」
「う、うどんげ!!」
と、振り返りながら輝夜は目を剥く。
「なんかもう、姫様って女って言うより、もうメスですよ。性欲の権化です」
ギスギスと心に響く言葉を吐くうどんげ。湯呑みが乗ったお盆がドンと置いて、輝夜の隣に腰を下ろした。
うどんげがそんな態度であるからに、輝夜は慌てた様子で、
「ひ、昼間のことは、違うのよ!!」
「何が?」
「それは、そう生命線よ!!」
「単語を叫ばれても意味が分からないですよ」
「だから、手相を見せてって言われて、嫌だって言ったら、あんな感じに――――」
「――――なりません。大体、なんで手相から…………もう、私だってイチャイチャしたい!!」
「だから、手相よ。というかこのお茶貰っていい?」
あ? いいですよ。と不機嫌な様子で言葉を返したうどんげを尻目に、湯気立つお茶を口に入れる。ほろ苦さが口に蔓延。冷える身体を温める。
無性にお茶菓子が欲しくなった輝夜だが、グチグチと独り言を呟いているうどんげには頼むのは無理であろう、と判断し、湯呑みを置く。
輝夜は訳もなく空を見上げた。
「なんで、姫様はあんな事に?」
「?」
「だから、なんであんな事に? 別に参考とかそんなのではないですけど…………一応、興味はありますから」
「だから、○○が私の生命線を無理矢理見ようとして、あんな事になったのよ」
うどんげが額に皺を寄せて、疑問を呈した。
「じゃあ、見せればよかったじゃないですか。だって、姫様は別段、生命線長い訳じゃないんですから」
「えっと。色々あるのよ」
うどんげから目を逸らした輝夜。
生命線の長さが同じぐらいだと、○○に言えなかったのだ。
しかも、うどんげに、生命線の長さが同じだから言えなかったと教えるのも恥ずかしい。結局は、素直な自分をさらけ出すのが、恥ずかしかったのだ。
――――同じなのは、嬉しいはずなのにね。
輝夜は月に向かって、軽く笑みを浮かべた。
「もしかして、同じだから言えなかったとかですか?」
「ち、違うわよ!!」
「でも、相対的に考えると姫様の生命線、○○さんより短いですよね。手の大きさ的に」
「え?」
多分、誤字脱字があったと思います。
すみません。
やっぱりイチャ成分が少ない……
Megalith 2011/06/19
昔、おとこありけり。名をば○○とぞいひける。
ある女とあはむとするに、いかなるおもひやありけむ、「あはじ」とて、いとつれなくてやみにけり。
としごろになりて、○○、輝夜とあひにけり。里をありきけるに、かの女とあひたり。
女、よびかけむとて、○○
淡路とて過ぎつるものもとしごろに京にてあふもあやしかりけり
輝夜、「あしからず」とて、うちゑみてゆきにけり。
女、やるかたなくなりにけり。
訳
昔、男がいた。名前を○○といった。
ある女と恋仲になろうとしたが、どんな思いがあったのだろうか、恋人にならない、とたいそう冷淡なまま終わってしまった。
長年過ぎて、○○は輝夜と恋仲になった。里をあるいていると、あの女と会った。
女は呼びかけようとしたが、○○は
「淡路とて…(淡路へ行って長年たったものを、京で再会するのもおかしなことですね。→あなたが断ったものを、今更どうしようもありま
せんね。)」(と歌ったので、)
輝夜は、悪くないことね、と言って、少し微笑んで(二人は)行ってしまった。
女はどうしようもなくなってしまった。
訳を一応つけてみたが情緒がない気もする。
てか、○○が若干嫌な奴になってしまった。イチャも少ない
Megalith 2012/03/06
――――これは……危機ね。
○○に恋をする彼女、蓬莱山輝夜はおののいていた。
まさか、まさか、まさか。
○○が自分とアイツ以外から、バレンタインのチョコレートを貰っていたなんて。
それを判明したのは昨日。つまり、ホワイトデーから二日前だ。
ひょんなこともなく、「ただ暇だから」という理由にも成りそうにも無い理由で、輝夜は○○宅を突撃したのだが、その際に部屋の隅に丁度、三人分ぐらいのチョコレートを発見したのである。
何故、バレンタインが終わった今頃にチョコレートがあるのかと聞いてみると「ホワイトデーのお返しにだよ。バレンタインで余ったチョコレートが安売りしてさ」と○○は言ってのけたのだ。
ともすれば、永遠亭に向かう途中に「私とアイツ以外に○○に、誰かがチョコレートをあげたのでは」という杞憂にも似通った思案が頭の中に浮かび、永遠亭に着く頃には、その杞憂が、思い込みというガスを力にして風船のように膨らみ、彼女を苦しめる確固たる大きな不安に変化していた。
確かに「○○とは親友で一緒に過ごせればいいかな」と甘っちょろい考えを半ば容認していたのも容認するが、名前も知らないクソビッチ(仮)の憎たらしいチョコレート爆弾により、
自分と○○が築いた絶妙なバランスを保つ天秤を崩されるのだ。許せるわけもない。しかし、この自分を苦しめる不安にどうしてやれば良いのか分からなかった。
「どうしよぉーうどんげぇー」
輝夜は、うどんげを廊下で歩いているところを見つけ、彼女の胸に飛び込んだ。弾力のある胸は少し憎いが、渦巻いていた言い知れぬ不安が少々解消され、脈打つ音も聞こえて、ささくれ立った輝夜の心が落ち着き始めた。
だが、すぐに輝夜は納得がいかない事を発見した。
それは甘く、爽やかな、香水の香りだ。
「他の女を抱いてきたのッ!!」というドロドロで禁断の三角関係を疑っている訳ではなく、「何故、その香水を付ける必要があるのか」ということである。
今日は、一日中、家に居るとうどんげは言っていたはずだ。なら、香水を付ける必要性はありやしない。
輝夜はうどんげを弾くように突き放した。
うどんげは突然のことにびっくりしている様子で口を開けっ放しでいるが、輝夜にはそんな事など眼中に無く、「男の元へ!?」という天啓にうたれて、うどんげに向かって目を剥いた。
「男の元へ行くのねッ!!」
ピクッとうどんげの右眉毛が跳ねた。
――――これは…………アレだ。コイツも許せない。
「行けばいいじゃん。行けばいいじゃん。どうぞ。私なんかのお守りしてないでさ、好きな男の元に行って、見せ付ければいいじゃん。なんか裏切られてた気持ち。一緒に頑張ろうって言ったのに。うどんげなんて、うどんげなんて」
「あ、いや、その」
うどんげが手を振って、ごまかそうとする。
そんなことはやめて欲しい。
途端、悔しくが悲しい気持ちになって、輝夜は唇を噛み、
「行けばいいじゃんッ!!!!!」
廊下を走り出す。
背後からうどんげの呼び止める声が飛んできたが、彼女の足は決して止まらない。止められる勇気が彼女にはなかったのだ。
「はぁーい。質問でーす。○○センセー」
癖毛の金髪少女、霧雨魔理沙がおどけた様子で手を上げた。
「なんだ、不良少女。今までの悪行を悔いたのか?」
「いや、何で、チョコレート作ってんだ?」
台所に立つ○○は呆れた顔をしながら、後ろへ振り返った。
魔理沙と○○がいるのは、六畳一間の、今にも床板が抜けそうな、ぼろい元倉庫の○○の自宅である。台所においては、玄関と一体になっており、外で風が吹いている日などは、風にあおられた砂が家に入り、そこは難点だが、
それ以外は設備も整っており及第点である。一方の居間は、さすが元倉庫。所々が崩壊してもなんら不思議ではないほどに、みすぼらしいなりをしており――――よろしく不満である。
今日、二人が共にいる理由は、勿論、同棲している訳も無く、新婚でもなく、通い妻でもない。単に一友人として、魔理沙が○○宅に遊びに来たのだ。
文章だけを見れば、耳に優しく聞こえるだろうが実際問題、彼女はただの疫病神で、言いはしないが○○からすれば自宅にはあまり来て欲しくなかった。
彼の親しい友人の共通点である『勝手に食べ物を食べる』悪癖が一段と酷いのである。月の姫も同様だが、輝夜の場合は一応、断りを入れるのだ(まぁ、結局、食されるのだが)。
しかし、魔理沙は無断でムシャムシャと食べてしまう。もし、二人が揃った場合は、○○宅のエンゲル係数がうなぎ上りで、財布は軽くなり、持ち歩きに多少便利になるのである。
そんな迷惑魔法少女、魔理沙は自分自身を指差し、
「なんか、悪い事言ったか?」
と本当に気がついていないように、言葉を発した。
コイツは女として、自覚はないのか。
明日はホワイトデーだぞ。
その幼げな顔も、通りが良い声も、せっかく可愛いのだから、女らしさと淑やかさがあれば、男性諸君から人気が出るはずなのだ。
はぁ、と○○は勿体ないと溜め息を吐く。
「○っち。その反応、酷くないかぁ?」
「ああ。お前の将来が不安になった。結婚できんのかよ。友情ENDで人生がフェードアウトする気がさ……」
「それ、かぐやんにも言われた。まぁ、いつかどうにかなるんじゃない」
「気楽だな。つーか、その独特のあだ名をやめないか? 博麗さんにも○っちって呼ばれて恥ずかしいんだが」
「なっ。なんで、霊夢に言われたら恥ずかしいんだよぉー 私じゃならないのかよぉー」
そう言って、腕を突き上げながら「人権侵害だぁー。差別だぁー。裁判だぁー」と訳の分からないシュプレヒコールを始める魔理沙。
「博麗さんは、俺らのアイドルなの。アイドルには○っちなんて呼ばれたくなくて、君付けがいいの。お前と一緒にするなよ。これは差別じゃなく区別だ」
「詭弁を抜かすなぁー。我々は負けないぞぉー。人権侵害ッ。人権差別ッ。許せないッ。once again 人権侵害ッ。人権差別ッ。許せないッ」
魔理沙には、小気味よいシュプレヒコールを止める気配はない。
「博麗さんはアイドルなんだよ」
博麗霊夢は、年齢関係なく人里の男どものアイドルである。
あの穢れが見えない清純な笑顔に、陽光をきらびやかに浴びる艶やかな黒髪。肌もなめからで、声は鈴のように透き通る。悩みもよく聞いてくれるらしく、知的な助言を与えるらしい。もう、非の打ち所がない。
そんな子が巫女服を着て、歩いていたら、それは一撃必殺のコンビネーションだ。見とれないわけが無い。確か、八百屋の親父もそんなことを言っていた。
喩えるならば、魔理沙は花壇に咲く黄色のパンジーで、博麗霊夢は雨に濡れた爽やかで鮮やかな、紫陽花である。
「考えてみろよ。挨拶したら、あの容姿で笑顔で返してくれるんだぞ?」
「私だって、笑顔で返すぜ。こんな風に」
ニィと魔理沙は白い歯を衒い、作り笑いをする。アイドルはこうではない。こんなにもあざとくはないのだ。
「違う違う。そうじゃねぇーよ」
「でも、霊夢よりかぐやんの方が、美少女だけどなぁ。私だってキュンキュンするし」
「アイツはない。俺は断然、博麗さん派です」
「容姿だけなら一番だと思うけどなぁ。性格なら私だけどな!!」
「それこそ、ねぇーよ。つーか、俺は容姿で判断しません」
「さっき、容姿って言ってたじゃん。大体、霊夢を清純だと思ってる時点で性格を読み取ってない。確かに恋愛には奥手だけどさ、家ではゴロゴロしてるんだぞ? 私の前じゃ、尻を掻くし、腹は出てきたし」
「やめろ。聞きたくない。天使はトイレに行かないんだよ。ほら、話逸れたから、戻そうぜ。うん」
「でも、霊夢は便秘――――」
「あーーーーーー何も聞こえない」
○○はボンボンと耳を叩く。どうしても博麗霊夢という天使の像を壊したくない。しかも、この悪童のせいでは絶対に。
大体、どうしてこんな悪童と天使が仲がいいのだろうか。不条理だ。それこそ、創造神に対してデモ行進でもした方かいいのではないのか?
すると、魔理沙は諦めたように肩を竦めた。
「じゃあ、それでいいよ。っで、なんでチョコレートなんか作ってるんだ?」
「あ? ああ、それはホワイトデーのやつ」
「でも、ホワイトデーとかってさ、チョコじゃないじゃん」
「チョコが安かったんだよ。それだけです」
「ふ~ん。誰にあげるの?」
「お前と、輝夜」
○○の言葉を聞くと、魔理沙の眼にワクワクしたような光が宿した。
「マジで!? じゃあ、手伝おうかな」
魔理沙は靴を履き、○○の近くに寄ろうとしたが、
「お断りします。大体、本人が手伝うのは意味ないだろ」と、○○は片手を横に振った。
「乙女の心をむげにするのは、魔法少女的には許せない。トウッ!!」
掛け声を上げ、全世界の乙女の純情みたいな、そんな感じのものにかけて、魔理沙は○○にタックルを食らわせるのであった。
永琳は小説が好きである。
自分の知らない場所に旅行へ連れてってくれて、自分では到底体験し得ない夢、絵空事や恋愛を追体験的に味わえるのだ。また、あの月の姫の小さなわがまま、うどんげのくだらない愚痴や患者の面倒臭い世間話を聞かずに済むのだ。
いっそのこと、医者をやめて物書きにでもなれればいいのにと、自嘲気味に思っていた。
今日も、彼女は自室で読書に耽っていた。できるだけ部屋の隙間を埋めている為に、外部からの集中を阻害する雑音はなく、ゆったりと読書を楽しめ、時間が経るの忘れてしまいそうになる。
追っていた章が一段落つき、行間に差し掛かるときに、ふと時計を見た。
そろそろ、昼飯の用意をしなければならない時間である。
こんなとき、いつも永琳は「一応、師匠なんだけどなぁ」としみじみ思う。
最近、永遠亭でのヒエラルキーが変動しているのである。一位は無論、不動の輝夜姫。これは文句のつけようがないが、うどんげが自分を押し退け、二位の地位を手に入れている気がする。
しかし、いつものように「まぁ、いいか」と先にのばすのである。
永琳は手元のしおりを読んでいたページに挟み、立ち上がった。
そんな時に、締め切っていた戸がスパンッと乾いた音を上げて開かれた。
「永琳ッ!!」
姫だ。冷たくあしらったら泣き出しそうな顔である。
永琳は、「また面倒事が一つ……」と近い未来を憂いながら、形式的に「はい」と返事をする。
輝夜は唸り声を上げて、「助けて~~~~えーりん~~~~~」と永琳に、なだれ込むように抱きついた。
それにより倒れそうになった永琳だが、片足を突き出し、踏ん張り、なんとか転倒は免れ、心を落ち着けた後、口を開いた。
「どうしたんですか?」
「○○がね……」
輝夜は、自信が消え、弱弱しくなったその顔を上げる。
同性には興味はないが、永琳は、輝夜の儚げな美しさに一瞬ドキッとし、こちらを見つめる真っ直ぐな視線から目を逸らした。
「○○がモテ期なのよ、バレンタインにチョコレート貰ったのよ。ねぇ、どうしよう」
グイグイと掴んだ手を左右に引っ張る輝夜。
「どうしようと、言われましても。元から結構、人気が有ったんじゃないんですか?」
「それは無いわよ!!」
ここまで他人に断言される○○に情を寄せながらも、確かに輝夜の意見も一理あると思った。
○○は、見た目に関しては決してカッコいい訳ではないが、それほど悪いわけでもなく、普通にしていれば恋人がいてもおかしくはない。
だが、彼が不特定の女の子と楽しそうに話している所を、見た記憶はあまり無い。言うなれば、特定の女子としか戯れていない印象である。
恐らく、原因は彼自身の口の悪さもあるだろうが、自分の考察からよると、この輝夜の存在が一番の因子ではないのだろうか。
いつも一緒に居て、いつも歓談を楽しんでいる二人は、事情を知らない者からすると、恋人同士に見れるのはほぼ必然であり、否定要素はない。
ならば、好かれることはないというのは、無意識の内に出来上がった仮面であり、本来は人気はあるが輝夜が居るために、人気がないように思われているのである。あくまで仮定だが。
「ねぇ、黙らないでよ、永琳」
「私は○○君がモテても、おかしくはないと思います」
輝夜は上げている顔を疑問に染めた。
「彼女が居る相手に、本命を上げる事はないでしょう?」
「○○は付き合ってないわよ。友達だし」
「姫様と○○君は付き合ってるんではないんですか?」
「な、あ、」
輝夜は弾かれたように後ろに跳んだ。顔は真っ赤に染まっており、照れや恥ずかしさが一目瞭然だった。結局、誰よりも純真である。
「な、何を言ってるのよ!! ○○とはその、まだよ!!」
「知ってます」
「私も分かってるわよ!!」
――――動揺しすぎ…………。
永琳は笑う口角を隠すために、右手を口にあてる。
一方の輝夜は笑う永琳を見て、まだ顔が赤かったが、不機嫌を抑え込むように眉間に皺を作った。
「何よ、馬鹿にして。大体、解決したわけじゃないし」
「そうですね。じゃあ、○○君と姫様が付き合ってないのを知ったから、アタックしたのでは?」
「じゃあ、○○が付き合っていないのを知ってる相手が犯人ってこと?」
恋する乙女を犯人呼ばわりするのは頂けないとは思いつつも、永琳はコクリと頷いた。
数秒、沈黙が訪れ、ひらめいた様に輝夜の眉間がピクッと動く。
「うどんげ…………うどんげがどこに行くか聞いた!?」
「あの子は……さぁ? 聞いてませんけど」
「あの発情ウサギッ!!」
「え、え?」
表情を憎しみに変え、輝夜は踵を返して、部屋を出て行き、追って、永琳も部屋から廊下を覗くと、彼女の後ろ姿は小さくなっていた。
うどんげが裏切った。
ずっと信じていたうどんげに裏切られたのだ。
輝夜は涙がこぼれるのを歯を噛み締め、我慢し、人里へ飛び、ボロクソの○○宅の戸口に降り立った。
小さな玄関は閉じられている。
まるでそれが開かずの門のように思えて、中に誰もが敵わぬ悪しき化物が封じられているように思えて、輝夜の足は地面に縫い付けられたかのように動かなくなった。
心臓の脈は聞こえるほどにビートを刻み、そうすると、この場所に居る自分が白昼夢の自分より、現実味を帯びていないように思えた。
「大丈夫よ。落ち着け、私」
輝夜は深く息を吸って、吐き出した。
そして、戸に手をかける。
「○○ー、いいかぁ?」
それは、○○との繋がりで作れた友人で、自分の恋愛を応援してくれている内の一人、霧雨魔理沙の声だ。
輝夜はうどんげが誘惑していなかったことに二つの意味で安心して、気兼ねなしに入ろうと、戸に掛かる手に力を込めた。
「はっ、まてよ。そんなこと」
次は○○の声だ。
「いいじゃん、愛してるってさぁ」
愛して……る?
そんな単語が日常会話に出てこようか?
手が震え始める。
「おま、何やってるんだよ」
「いいじゃん、私の、なんだから」
私の……それはアレか。アレなのか。
一枚壁を隔てた向こう側で何をやっているのだ。
いや、コレは思い込みかもしれない。
輝夜は頭を左右に振り、婀娜っぽい邪念を払った。
「それはマジでやめろッ!!」
「いいじゃん!! ちょっと、やめッ!!」
「あっ!!」
「あーあ。出ちゃった。白くなっちゃったじゃん」
もう決定的だ。
「はは…………」
輝夜は永遠亭の縁側に座って、厚い雲が堆積する夜空を見上げていた。
それはただ大きくて、ただ暗くて、何も無かった。
口から漏れる白い息は敗戦を伝える狼煙のようにのぼり、そして、それは儚く空に消えていく。
夜の寒さは自分を責めていた。
「えっと、姫様」
うどんげの声に輝夜は反応を示さず、空を見上げたまま。
すると、視界の端でうどんげの癖のない紫の髪が下に垂れていくのが見えた。
「いつか、言ってましたよね、赤い糸のこと」
「そうね…………」
「私、思うんですよ。最善の選択って、結局、最悪の選択ではないなかなぁーって」
輝夜はそのロジックの難解さに視線をおろし、うどんげの方に向けると、うどんげはこちらを見て、彼女らしい爽やかな笑みを浮かべた。
「だって、最悪とか最善じゃないとかって、結果を見なければ分からないでしょ?」
では、自分の経験は、動機は、感情は、意味がなかったというのか。
空っぽだった心に小さな火種が落ちた。しかし、薪はなかった。燃え広がらないまま、くすぶって、小さな怒りの炎を言葉にできずに自分の胸を焦がした。
「そう考えた時にですよ、もし、結果でしか優劣をつけれられないのなら、最善と最悪の違いはないと思いません?」
分からない。
何を言わんとしているのか、うどんげが自分をどんな目で見ているのか分からない。
「つまりですね、過去の私達は、過去の私達以外にはなれないんですよ。そもそも未来なんて一つしかないんのだから、最善しかないんですよね」
それは励ましの言葉なのか、単なる独白なのか、はたまた、衒学的な詭弁を弄したものなかは定かではないが、輝夜の心に強い火が灯った気がした。
「……私、変われたのかな?」
「変わらない人間はいないと思いますけど。でも、おかしなもので、変わろうとしない人間もいるんですよね」
「私は怖いのよ。私が変わったら世界も変わってしまう気がして」
「なら、周りの世界も変えちゃばいいじゃないですか」
うどんげは何も見えない黒い空を見上げた。
「姫様が必死に変わって、世界が変わったのなら、それも最善ですよ。少なくとも、私はそう思います。そう思えば、青い鳥はとまるんですよ」
輝夜は強く歯をかんで、俯き、スカートを掴んだ。
「私ね、私ね、魔理沙も○○も好きだったから、私が変わったら、魔理沙も○○も変わってしまうじゃないかって。だから、何もしない自分より魔理沙が選ばれたのは仕方がないって。
少ない友達の内の一人だから、応援した方がいいんじゃないかって」
それは虚構だ。応援なんてしたくないし、魔理沙の顔なんて見たくない。もっと言えば、○○にも裏切られたという見当違いな憎しみもあった。そんな自分が嫌で、格好悪くて、それを隠すために再び虚栄を飾っていた。
しかし、手の甲に大粒の涙が落ちる。視界がすりガラスのように不透明になり、歪んでいった。
「だけど、やっぱり…………○○が好きだよぉ。うどんげ」
日が変わり、朝日が昇った。そして、太陽はゆっくりと進み、頂点を過ぎる。
空は晴れ上がって、青々としているが、やはり何も無く、何も感じえなかった。
こんな晴れた日は草花は世界や生命の為に酸素を作る。しかし、自分は二酸化炭素を吐くだけだ。
果たして、このまま永遠に生きていることは意味があるだろうか。
輝夜は目を赤くしている。昨日、一日、うどんげに甘えていたのだ。
「…………」
彼女は鏡台の前に立ち、失恋の烙印である黒く染まったクマを確かめるようになぞった後に、手に持ったヘアゴムで長く伸び過ぎて邪魔にも思える黒髪を一房にした。
○○は博麗霊夢が好きだった。
恋愛感情でなく憧れに近い事は分かっているが、無意識にこのポニーテールにしたことは博麗霊夢という外観の恩恵を得たかったのだろう。今更、無駄だというのに。
輝夜は鏡をもう一度見て、周りに視線をやった。
自室には、うどんげのような清潔感も、永琳のような女性らしさもなく、自分のような煩雑さのみだった。
○○が振り向かない理由など山ほどあるではないか。
失敗は自分に由来せず、自己修正などはなくて、他人の常在戦場の意気など屑だった。
今更、何を思っても○○との未来は来ないと分かっているが、後悔という杭が脆い胸に打ちつけ、そうすると無意識の内、○○に助けを求めていた。もう会えないというのに。
始終、この思いに苦しむなら、いっそ死んでしまった方が楽に思える。
――――こんな世界はもう要らない。
突然、襖をコンコンとノックされた。
「なに?」
「……○○君が」
輝夜は胸に手を当てて、その襖に手をかけた。
靴を脱がずに、○○は玄関に居た。
何かを隠すように背後に手をやっており、影になっている顔の表情も少し強張っていた。
○○がホワイトデーに渡すチョコレートを隠している事はすぐに分かったが、輝夜は嬉しくなかった。受取りたくはなかった。
「えっと、さ」
○○が言葉を発した。
それだけで胸が張り裂けそうで、玄関から望める竹林のように○○も自分も時間も止まって欲しかった。
しかし、○○は背後から銀紙に包まれた一枚の板を取り出す。
○○が意外に不器用なことを表すかのように、銀紙はグチャグチャのシワシワで、輝夜は自分と○○の繋がりがあるように思え、それから視線を外した。
「これ」
銀紙に包まれた一枚の板が差し出される。
輝夜はほんの少し震える手で、それを受取る。
「ありがと……」
それは軽いが、彼女には重かった。
すぐにその場から消えたい気持ちとは裏腹に、彼女はその中身に一縷の希望があるかどうかを確かめたくなった。
「開けていい?」
「あ。ああ、別にいいけど。期待すんなよ」
それには、恥ずかしさが感じられなかった。
――――本当に○○は私のことなんか。
輝夜はその銀紙をゆっくりと剥ぐ。
そこにはチョコレートがある。
『白い』チョコレートで『愛してる』と汚い形で書かれたチョコレートが。
輝夜は訳が分からず顔を上げると、○○もびっくりしたように目を大きくして、口を開けていた。
「え、嘘。いや、アレだよ。あの、魔理沙が勝手に書いたんだよ。だから、俺はこれをアイツのものにしようとしたんだけどさッ!! えっと、そう、すり替えたんだよッ!! うん。だから、その、それは見えないことにしてくれ!!
えっと、その、うん」
では、白いも。愛してるも、魔理沙と付き合っているのも全部、自分の早とちりだったというのか。
「…………」
輝夜はもう一度、愛してると書かれたチョコレートを見た。
○○は、魔理沙がふざけて書いたと言った。
本人がそう言うのだから、そうなのだろう。
しかし、色んな感情が際限なくあふれ出る。
押し殺していた想いも、未来への希望も。
輝夜は、声を出す事も忘れて、そのチョコレートを抱き締めた。
「お、おい。汚れるぞ」
○○の心配する声が輝夜の耳に届く。
そうすると、瞳の奥で我慢していた大粒の光の源が様々な思いを乗せて、零れ落ちた。
床にある涙は光沢を含んでいた。
「な、泣くなよ。そんな意外だったのか?」
輝夜は泣き声を出さないように唇を噛んで、頭を横に振った。
ポニーテールが大きく揺れているのが感じられた。
「じゃあ」
「嬉しかったから」
○○は唖然としている。
彼女も口から出た言葉は自分のものではないように聞こえた。
しかし、輝夜はチョコレートを放さないように強く抱き、
「…………ありがと」
震えるぼやけた自分の声でそう言って、まだ、○○の顔を真っ直ぐ見れなかったが、輝夜はぎこちなく笑う。
「お、おう」
照れくさそうにする○○がそこに居るだけで、輝夜はもう何もいらなかった。
これ以上、何かを望んだらバチが当たるに違いない。
いや、彼女はただ、このろくでもない世界に願いを込めたかっただけだ。
いつか、二人を結ぶ赤い糸が見つかりますようにと。
「でも、泣くなんてな。もしかして、俺に恋してた?」
○○が、無遠慮に茶化したような口調で言った。
いつもの輝夜なら確実にムッとしただろう。
今日の輝夜――――も勿論、ムッとした。
「バカじゃない」
余った涙を袖で拭って、輝夜はふくれっ面をして、不機嫌を装った。しかし、口角が少し引き攣って、彼女は怒っているのに笑っているという妙な表情になっていた。
「バカってなんだよ。俺は真面目だぞ。魔理沙だったら、真っ赤になってたのになぁ」
「私だってなるわよ。今は泣いてるだけでさ」
「何で張り合ってるんだよ」
「確かにね」
二人はいつものように笑いあう。
「つーか、なんで泣いたんだよ? 情緒不安定みたいなやつか?」
「だって、魔理沙と○○が付き合ってるって思ってさ」
「俺と魔理沙が?」
「うん。そう考えたら。もう二人とも相手してくれないのかなぁーって。でも、これからも相手してくれるって思ったら、嬉しくてさ。だから、泣いちゃったのよ。こういうのって泣き虫っていうんだってね」
「ははっ。そんな薄情じゃねーよ。まぁ、魔理沙は分からないけどさ」
「――――私だって、そんな薄情じゃないぞ」
ひょこと玄関から、ニヤニヤしながら魔理沙が現れた。
「なんで、お前が」
「ん。コレ」
魔理沙が親指で反対側をさす。
すると、指差す先から、うどんげも魔理沙と同様にニヤニヤしながら、登場する。
「ちょっと、うどんげッ!! なんで、勝手に連れて来てるのよッ!!」
「だって、姫様が落ち込んでるんですもの。ペットとして、飼い主の機嫌を直すのは義務ですからね」
「バカウサギ。余計なことを」
「そうか、かぐやん。誰もいなかったら、○○にお持ち帰りされて、ピーをする予定だったのか……」
魔理沙に怒鳴り返そうと息を吸い、口を開いたが、こちらを見つめる○○の顔が目に入って、輝夜は言葉を出せなくなった。
「お、おい。そこは黙るなよ」
「○○がこっち向いてるからよッ!!」
「え!? 俺のせい!?」
「そうよ!! バカ○○!!」
「そんなことを言うなら返せよ。チョコレート」
○○は手を伸ばして、そのチョコレートを取り上げようとしたのだが、輝夜はひょいと後ろに跳び、○○の手から回避して、
「嫌よ!! 絶対返さない!! 『ずっと』ネタにしてやる!!」
先に暗い闇を落とす廊下を走り出す。
「おま、ちょっ、待てよ!!」
○○の声とともに、騒がしい足音が一つ増えた。
○○が自分を追う。
「怪我しないでくださいねぇー○○さんもぉー」
うどんげの心配する声が可笑しくて、輝夜はそっと笑った。
――――怒るんじゃないんだ。
「待てよ!!」
この長い廊下は無機質に冷たく、先には光がなく暗い。
しかし、この廊下は常に一直線だ。
だから、この文字を取り返そうとする○○は、たとえ赤い糸がなくとも、必ず自分を追ってくれるのだろう。
――――輝夜は一歩前へ進んだ。
相当、早いですが、ホワイトデーネタで書いてみました。
甘さはブルーハワイですよ。
ビターとは違います。多分。
姫様の精神年齢が退行しているな。うん。
うpろだ0024
「最近思ったんだが…」
「ん?なによ」
「お前って…よくその綺麗な黒髪保っていられるよな」
前々から思っていた事を聞いてみる
「毎日の手入れの賜物よ」
「自分でやっているのか?」
「……(ニコニコ)」
「……(ジトー)」
「そうよ!永琳や鈴仙にやってもらってるわよ!」
「だろうな」
「わ、悪かったわね!自分でやろうにもそこまで私の言う様にやってくれる人が……あ」
「あ……じゃあ俺はこれで(ガシッ)」
手首を掴まれ逃げられなくなってしまった……これが自業自得って奴なのか
「俺は不器用なんだ」
「まだ何も言ってないわよ」
「どうせ手伝わせるんだろう?」
「当たり前でしょう?私の生涯の人なのよ」
そう言われたら逃げられないよな……相変わらず人の扱いが上手い
「さてと……じゃあまずは基本ね」
「基本?そんなものがあるのか」
「当たり前じゃないの」
「髪ってこう……グシャグシャジャバァで終わりじゃないのか?」
「……呆れて物も言えないわね」
「じゃあ教えてくれよ、俺なりに努力はするからさ」
「分かったわ。じゃあまずお風呂に行きましょうか」
「……え?」
「え?」
「いやいやいや!まだ朝だぞ?」
「いいじゃない、一糸纏わぬ私の体が朝から拝めるのよ?」
「了解だすぐ行こう」
生憎俺は欲望には忠実なんだ、押し留めて置いても無駄なんです
「まぁいいわ……やる気があるようだし」
「さぁさ行きましょう姫様」
「貴方って人が時々分からなくなるわ……」
~移動中~
「しかしここにも風呂ってあったんだな」
「何よ、意外?」
「まぁな、てっきり使ってない物かと」
「鈴仙とかがよく使うのよ」
「あぁ……髪が長いなそういや」
「それに永琳が気に入っちゃってね」
「あの綺麗な銀髪にはそんな裏があったのか」
「えぇ、永琳なりに努力はしてるみたいよ?」
「努力が報われるといいな……」
「そうね……」
あの人何気に努力してるんだ……今度化粧水持って行ってあげようかな
「さぁて!お楽しみの朝風呂タイムだぜ!ヒャッハァ」
「さっきとは大違いね」
「そりゃあな、んで?着替えは何処で?」
「水着に決まってるでしょ?」
「……裏切ったなァ」
「私何か言ったかしら?」
「言ったぞ!『一糸纏わぬ姿が拝める』って」
「証拠はあるのかしら?」
「お前わざと言ってるだろ」
「さぁ?いいから早く来なさい」
「え?俺……このまま?」
「濡れて当然なら別に今のままでもいいでしょ?」
「グヌゥ」
「ハイじゃあさっさと行って準備なさい」
「着替えシーンくらい良いじゃないか!」
「どうせ下に着てるもの」
「潔く諦めます……」
「よろしい」
なんて用意周到な……輝夜は俺の心でも読んでるんじゃなかろうか
ジャアアアアアアアアア
「っつぅ……ちょっと!もうちょっと優しく洗えないの!」
「あ、すまん……いつもの調子が抜けなくてな」
「はぁ……もう少し優しくお願いね」
「了解です姫様」
思っていたより輝夜の頭皮は軟らかい物だった
やっぱ男に比べて様々な面で女性は脆そうだ
この前もほっぺた触ってたら搗き立ての餅みたいにふにふにしていた
もう少し輝夜と接する力の量を抑えるべきなのだろうか
「そうそう♪いい感じよ」
「……」
「フッフッフ~ン♪」
「……」
「ん?やけに静かね、どうかしたの?」
「……いや」
「もしかして……もう疲れたの?」
「……(ギクッ)」
「……はぁ、随分軟弱ね」
「う、うるせェ!」
「別に見栄張らなくてもいいのよ?」
「はぁ……やっぱ緊張するんだよね」
「私に遠慮は不要よ?」
「いんや、そういう事じゃないんだ」
「じゃあどういう事なの?」
「ん~……やっぱお前に気持ち良くなってほしいからな」
「その努力の所為とでも?」
「まぁな」
力加減が難しくて思ったより体力を消費してるってのが本音だ
それと水着姿なんでこう……さ、色々あるわけだ
「そこまでしてくれなくてもいいのに」
「生憎やるからにはとことんやる性質でな」
「フフッ、じゃあお言葉に甘えようかしら」
「何なりと」
「じゃあ髪がそろそろ馴染んだ頃でしょうからそこの石鹸取って頂戴」
「石鹸でいいのか?」
「その辺にあるのは鈴仙が使っている奴よ」
「お前はこのベダルサスーンやポンテーンは使わないのか?」
「あぁ、使ってみたけど私の髪質には合わなくてね」
「そうか、案外有名メーカーも万能じゃあないんだな」
「役立たずよねぇ」
案外辛辣なお言葉を頂いてしまった。まぁ万能ってのはこの世に存在しなさそうな物である
「んで?後はどんな風に?」
「まずは下から頭頂部に向かってゆっくり洗って頂戴」
「おう、痛かったら言ってくれ」
「優しくしてね」
「へいへい」
「んぅ……う~ん良い感じじゃない」
「おや、お気に召したようで」
「大分最初より良い感じね」
「じゃあこの調子で頑張るな」
「お願いね」
だんだん頭頂部に近付くにつれ顔が近くなってきた
輝夜の顔はすごく良い笑顔をしていた、床屋のシャンプーみたいなものか
しかしまぁ……改めて綺麗だなと実感する
さながら日本人形の様で……
「何よ?」
「おわっ!」
「人の顔まじまじ見てるんじゃないわよ」
「だって……綺麗だったし」
「お世辞は結構、喋る暇があるなら腕を動かしなさい」
「厳しいねェ」
「姫ですもの、我儘で悪いかしら?」
「悪くありませんよ」
彼女になっても輝夜の我儘は相変わらずだった、まぁ彼氏としては
やることが決まっているようなものだから嬉しいっちゃ嬉しいのだが
それで機嫌がとれるわ喜ぶわの一石二鳥だ
「じゃあ最後は濯いで……あれ?どこ行ったの?」
「あぁ、すまん少し私用で」
「そういうのは私の用事が終わってからしなさいよ」
「じゃあ濯ぐぞ」
「えぇ(ギュッ)」
「……可愛いなァ」
「早くしなさい、疲れるのよこれ」
「了解です」
ジャアアアアアアアア
うちの輝夜は水が嫌いだ。何回かこっちに来たときに溺れかけた事があるのが原因で
最初などは風呂などの深い水などに彼女は極端に怯えていた。でも俺と一緒に過ごしたいの一心で克服したらしい。
愛は偉大であると改めて思った。でもやはり後遺症は残っているらしく手を握っていないと泣きだす始末だ
「手、離さないでね」
「おう」
「ん~っ!」
「大丈夫だ、俺が付いてるよ」
「ん~~~」
「そこまで歯を食いしばらなくてもいいんだぞ」
「ん~~~!」
「ちゃっちゃと終わらすか」
~5分後~
「ふぅ……すっきりしたわ」
「それは何より」
「貴方センスあるわよ、今度からも手伝ってみない?」
「ご遠慮だ」
「謙遜は無意味よ?」
「いんや、俺がこんなのやってたら禿げ散りそうだわ」
「ウフフフ、そうね」
「もう水は平気なのか?」
「まだ少し怖いわ」
「でも大分改善されたな」
「貴方のおかげよ」
そう言われると照れる、俺は何もしていない。頑張ったのは輝夜なのに俺は何もしてやれなくて随分悔やんだものだ
「ほら、こっちこい」
「ん?何?」
「我慢してたんだろ?震え」
「知ってたのね」
「当たり前だ、ほれ(ポンポン)」
これが俺にできる罪滅ぼしの様な物だ、彼女にとってはお気に入りのサービスようだが
「じゃあおもいっきり甘えるわよ」
「ご自由に」
「(ポフッ)ふにゅうぅぅ」
「可愛いな、そういう仕草とか」
「当たり前じゃにゃいにょ、これでみょ月にょ女神っていわれてたんだかりゃあ」
「完全に蕩けてやがる」
「貴方丁度良い硬さなんだみょにょ」
「(ナデナデ)今日はよく頑張ったな」
「貴方が居てくれたから頑張れたのよ、ありがとうね」
「俺は何もしてねェよ」
「謙遜はやめなしゃい」
「へいへい」
そんな毎日
最終更新:2013年07月05日 23:41