妹紅8



新ろだ1017



目を開けると強烈な光に幻惑され、ぼんやりしていた頭がノックされる。
最初は朝日なのかと思ったが、あまりにもその日差しがきつかったのですぐに「ああ、もう昼が近いのか」と俺は納得した。

ベッドの上で身じろぎする。布団から出ると少し寒い。

「あーうー」

どこかの蛙のような声が出る。妙に気だるい。
身体が何か足りないものを求めているような、そんな感じ。

足りないもの? それはなんだろうか。睡眠はたっぷり取ったはずなのに。
足りないモノ。それはとても大事で、愛しくて、暖かいものだったような気がする。ああ、だけど足りないと言いつつも満たされているような気もする。
身体は足りず、心は満たされ。そうか、そういうことなのかもしれない。

そんな意味の分からない思考がしばらく続いた後、俺は目をしっかり開けてモノを認識していく。

「あー……」

ベッドの上で起き上がる。パジャマから剥き出しの手足を冷たい外気が刺激し、「さむっ」と俺は小さく呟いた。
窓を見る。えらく高く上った太陽がさんさんと光を降り注いでいた。思ったとおり昼間に近い時間のようだ。

五感が働き始めると急速に眠気が覚めていき、それと共に鼻をくすぐる匂いにも気がついた。
どこか懐かしい匂い。これは多分、焼き魚。それとみそ汁の香りも混じっている。

「あ、起きたか?」

台所から寝室へと入ってきた少女が一名。俺を見て微笑んでいる。
白くて長い綺麗な髪を、今は頭の上で一つにまとめているのが一際目を引いた。
右手には鍋用のお玉。いつものもんぺ姿の上にエプロンをつけている。

彼女は俺の傍に近寄るとくすくす笑った。

「ほら、さっさと起きなよ。もう昼だよ」

彼女の左手の人差し指が、俺のおでこをちょんっとつついた。少し痛い。
けれどそれ以上にとても暖かいものがそこから注ぎ込まれてきて、気だるかった身体に力を与えてくれた。

たちまち視覚がはっきりしてきて、視界に彼女の顔がいっぱいに広がっていく。全部が全部、彼女で埋め尽くされていく。

足りないと思っていたモノが目の前にある。
そう思うともう止まらない。

「着替えるなり何なりしないと、いくら用事がないからって、んあ!」

俺は彼女の肩を引き寄せて、自分の胸に抱き締めた。
最初は驚いて抵抗していた彼女だったが、俺が離そうとしないことを悟ったのか、小さなため息をついて身体を任せてくれた。

柔らかい感触と心臓の鼓動。これは俺と彼女、どちらの心臓の音だろうか。

「……妹紅」
「ん?」

とても暖かい。どうして人肌ってこんなにも暖かいのだろうか。
身体だけではなく、自分の中の全てが暖められ、満たされていく。
ああ、これが幸せというものなのか。

その思いを言葉にしたくて、俺は妹紅の背中を撫でながら、呟いた。

「ありがとう」
「……はぁ、どういたしまして?」

何のことか分からないらしい妹紅は首を傾げるが、しっかりと俺の首に手を回してくれるのだからありがたい。
さらにギュっと抱きしめる。もっと幸せな気分になってきた。

しかしここから先には進めない。
恋仲になってから一度も「そういうこと」の経験がない俺達。
俺はもっともっと妹紅に近くにいてほしいと思って、強く抱きしめるけれども。

「妹紅……」
「ちょ、ちょっと! ダメだって、私はまだそんな……!」
「もこー!!」
「あーもう! 落ち着けー!!」

残念! 俺はここで燃やされました!



「バレンタインって知ってる?」
「へ?」

消し炭にされそうになった所をなんとか回避し、居間で一緒に朝食兼昼食の焼き魚を食べていると、妹紅が思わぬ単語を口にした。
驚いた俺は焼き魚の骨を落としそうになったが、なんとか口に含んでバリボリと食べてしまう。

「……○○、さすがに骨を食べるのはおかしい」
「あ、と。うん、そだね。歯茎が痛い」

どうやらかなり動揺してしまったようだ。魚の骨を吐き出し、深呼吸して心を落ち着かせる。
妹紅の口から出てきた単語は、俺にとって長年の不倶戴天の敵。

「妹紅」
「うん?」
「その言葉をどこで知ったんだ?」
「天狗から。違ってた? 今日がそのバレンタインらしいけど」
「射命丸か……余計なことを幻想郷に広めやがって」

俺は妹紅に気付かれないよう、チッと小さく舌打ちをした。

「○○?」
「ああ、バレンタインだったな、うん、今日がそのバレンタインだね」
「天狗によると、なんか男女のイベントごとらしいんだけど」
「……妹紅、違うぞ。『バレンタイン』は外の世界の呪いの言葉の一つなんだ」
「え、ええっ!
「この言葉を口にすると、世界中の男性の3分の1は興奮状態に陥り、3分の1は外見上の変化は見られなくとも心は異常なまでの躁状態になる。そして残り3分の1は……」
「ごくりっ……」
「『ウツダ……シノウ』を合言葉に家の中に引きこもる! そうして世の全ての男性は異常な感情に支配され、社会は壊滅してしまうんだ!」

ばんっとテーブルを叩き、拳を握り締める俺。口から白米を何粒が飛んでしまい、慌ててテーブルの上に落ちたそれを拾って食べる。

「そういうわけだ、分かったか妹紅。無闇やたらにその言葉を口にしないように」
「うん、嘘だよね」
「はいそうです、ごめんなさい」

笑顔の妹紅の背後にうっすらと陽炎が浮かんだので、俺は即座に頭を下げた。俺カッコワルイ。

「おふざけはともかく、結局どういうイベントなの」
「えーと、つまりはですね」

俺はバレンタインがどういうものか、適当にかいつまんで説明してやった。
曰く、女から男にチョコやら何やら送って、ついでに愛の告白をする等々。

「ふーん、じゃあやっぱり天狗の言ってたので間違いないわけだ」
「どんなことを言ってたんだ?」
「ん……今○○が説明してくれたのと同じかな」

頬を赤く染める妹紅、かわいいです。
じゃなくて、いったい天狗からどんな話を聞いたのだろうか……
あのゴシップ好きの天狗のことだ、あることないこと妹紅に吹き込んだに違いない。

「○○はどうして嘘なんてついたのさ」
「あー……積年の恨みというか、条件反射というか。お前が輝夜さんを見ると炎が出るのと似た感じだよ」
「ふーん」

どうもバレンタインと聞くと嫌な感情しか出てこない。
きっと外の世界で本命チョコを貰った経験がないからだろう……悲しい。

いや待て。
確かに外の世界での俺は、バレンタインにチョコを貰ったことなんてなかった。というか、恋人もいたこともないし女の子といい雰囲気になったこと自体ない。
しかし、しかしだ。今はどうだ? こうして目の前に、藤原妹紅というかわいらしい彼女がいるではないか。
しかもなんやかんやあって永遠の愛を誓い合った仲だ。男女関係に関しては牛歩の如き進展だが、しかし恋仲であることは間違いない。

俺の心は急速に浮ついていく。

そうだ。今年こそは、今年こそは母親以外からチョコレートを貰えるに違いない。
幸い妹紅はバレンタインに多少興味を抱いているようだし、ここは1発、こちらから妹紅の背中を押してみてはどうだ?
「バレンタインに興味があるのなら、やってみるか」とさりげなく。催促するわけではなく、妹紅の好奇心を満たすような形で。

(いける、これはいけるぞ。きっと成功する)

お、落ち着け俺。ここで焦ってはいけない。生まれて初めてのチョコが貰える、その可能性をここで潰してたまるか。

1つ深呼吸した俺は、できる限りさりげなく、しかし限りなく思いを込めて、妹紅にバレンタインイベントへの参加を提案しようとするが、

「○○」
「は、はい?」

ちょうど俺が口を開いた所で声をかけてきたので、変に高い声で返事してしまった。
妹紅が首を傾げる。

「どうかした?」
「いや、な、なんでもない」
「そう?」

誤魔化すように答える。妹紅は訝しげながらも納得してくれたようだ。

「で、妹紅は何を言いかけたんだ?」
「あっ……あのさ、プレゼントって、別にチョコじゃなくてもいいのかな」
「え、それはつまり……」
「さっきの説明だと、チョコ以外でもいいみたいだし」

オーマイガッ!

そうか、そうですよね。幻想郷でチョコなんて滅多に見かけないし、妹紅が作り方を知っているわけでもあるまい。
だったらチョコ以外の何かをプレゼントにするのも、納得できないわけではない。
いや、至極まっとうな思考とも言えよう。

しかしだ。
結局俺は今年もチョコ貰えない歴を更新してしまう。
どうしてだ。恋人いるのに。
チョコ欲しいよチョコ。

「いいと思うよ、うん、チョコ以外でもさ」
「そっか、うん」

妹紅が頷き、何事か考え始める。何をプレゼントにするか考えているのだろうか。

どうやら妹紅から何か貰えるのは確実らしい……しかしチョコ欲しいよチョコ。
いや待て。おかしいだろ俺。バレンタインで何か貰えるというだけでも大進歩じゃないか。
どうしてこんなにもチョコ「だけ」が欲しいと思うのだろう。なんか俺病気か? チョコ執着病か?

「○○」

自分のことが分からなくなって頭を抱えていると、妹紅が唐突にとても真剣な声を出してきた。
何だ?と思って彼女の顔を見ると、その表情はまるで戦へ向かう武士のように張り詰めていて、俺は思わず息を呑んだ。

妹紅は持っていた箸を机に置き(そういや俺ご飯食べてないよ)、「○○」と再度俺の名前を呼んだ。返事が欲しいらしい。
俺は居住まいを正して、「なんだ?」と応えた。

すると妹紅は決意に満ちた顔で話をし始める。

「えっと……その、私もそろそろ覚悟ができたというか、長い間生きてて本当に一度も経験がないから怖くって、
 あっ、○○が怖いわけでも嫌いなわけでもなくって、ただ不安なだけで」

「……何のことだ?」

どうも話の内容が掴めない。さっきまで真剣な顔だった妹紅が急にしどろもどろになっているのも変だ。
そんな俺の疑問の声に対し、妹紅は1つの咳を返す。

「私達が付き合い始めて、もうすぐ1年だよね」
「ああ、そうだな」
「もう1年も経つんだ。普通の男女なら、とっくの昔にやってたことだと思う。けど、私のワガママで○○をずっと待たせてしまった」

え、それは……

「今までごめん、○○。そして」
「う、うん」
「わ、わたしを貰ってくれないか?」
「……」
「○○?」


「いいいいいやっほおおおおお!!!」

突然その場で立ち上がって雄たけびを上げる俺。呆然とする妹紅。

もはや俺は狂喜乱舞していた。

え? これマジ? マジですか? そんなサプライズがあっていいのでしょうか?

だってもこたん、前からずっと「まだダメなんだ」とか「ごめん」とか苦しそうに俺の誘いを断るから、
ああそうか、もこたんはこういうことは嫌いなのか、だったら俺も犬のように迫るのはやめて紳士のように振舞おう、プラトニックラブ万歳とばかりに我慢しまくって、
だけど時々暴走してしまいそうになって、その都度もこたんに燃やされるから、そろそろパブロフの犬的に「そういう」行為と火傷とがリンクしてしまいそうになってたんだけど、

こんな日が来るなんて。信じられない。これは夢じゃないのか?

「ちょちょちょ、ちょーと待ってくれ。あれじゃないか、まだ俺は夢の中にいるわけで、今のもこたんの言葉は俺の妄想?
 あ、そうか、夢か。夢だったら今すぐもこたん押し倒してもOK? オーケー!!」

「ちょ、ちょっと○○! やめっ、あ、あう、もう落ち着けって!」
「うがー!」
「ああもう!」

はい、また燃やされました。

「あつかったよ、もこたん」
「もこたんゆうな。まったく、そんなに急がなくても、私は逃げないからさ」

俺が端っこの焦げた髪の毛をいじくっていると、もこたん、もとい妹紅が目の前に立つ。
微かに潤んだ目がとても綺麗で、その瞳に吸い込まれそうだった。なんか頬も赤い、髪の毛さらさらだとか思っていると、

「ん……」
「もこ、んっ!」

妹紅の顔がドアップになり、同時に唇に柔らかい感触がして、俺は目を見開いた。
あれ、これってもしかしなくてもファーストキスって奴ではなかろうか?
まさか妹紅からしてくるなんて。驚きだ。今までの彼女なら抱きしめられるだけで一杯一杯だったのに。

俺と妹紅の距離は0のまま。
唇の柔らかさだけでなくて、妹紅のフローラルな香りがとても心地いい。

俺は自然と目を瞑っていた。


2人にとっての最初のキスは、とても長いものだった。


「……○○」

妹紅の呟きと共にようやく唇は離れたが、身体の方はまだ俺の方にひっついている。
その柔らかさのせいで、なんだか目の前がぽわぽわと点滅している。妹紅菌に感染したのだろうか。熱が出そうだ。

「もこたん……」
「もこたんゆうなって、ん」

妹紅の頭をなでなで。目を瞑って気持ちよさそうにしている妹紅がやっぱりかわいい。

「本当に大丈夫なのか?」
「○○なら優しくしてくれるはずだし……違う?」
「もちろん、優しくする」
「だったらまた夜に、ね?」

やばいです、もこたん。そんな風にささやきながら俺の肩に頭を置かれたら、俺のリミッターが解除されてしまいます。

「なんか外に飛び出て叫びたい気分だ」
「なにそれ」
「それだけ嬉しいってこと……あ、そうだ、妹紅」
「なに?」

興奮を抑えつつ、囁く。妹紅は俺に身体を預けてくれている。信頼の証か。
だったら、その信頼を裏切らないようにしなければ。

「妹紅のこと、本当に好きだからな」
「な、何をいきなり」

途端に腕の中で暴れ始める妹紅を、優しく押さえつける。

「いや、あんな風に喜んでたら、身体目当てで付き合ってるとか思われたりしないかな、てな。
 そうじゃなくて、妹紅のことが全部好きだから嬉しいんだってことを知ってほしいというか」
「……分かってる。ずっと待っててくれたんだから、○○は」

少し離れて、目を合わせる俺と妹紅。
笑顔が眩しい。どうして彼女はこんなにもかわいいのだろうか。

「○○、これからもずっと一緒に……」
「ああ、ずっと一緒に」

もう一度、唇を合わせる。今度は短いキス。けど愛情はたくさんだ。

バレンタインデー。チョコは貰えなかったけれども、もっと大切なものを貰えました。



新ろだ2-085


「ん…ああ?」
目が覚めた
「あら?目が覚めたのかしら」
「ああ…今覚めたよ…わりいな、遊びに来てうたた寝しちまうなんてよ」
「ふふ、目をつぶって、そのまま行っちゃうんじゃないかって思ったわ」
「まだ、伝えてないことがあるからなぁ…」
すっかり衰えた体をゆっくりと起こした
畳の上で寝ていたからか、節々が痛い
いや…もう、柔らかい布団で寝ても痛いと思う
「あらあら、まだつたえてないことがあったの?」
そんな俺とは対照的に、若い姿を保つ輝夜は、不敵にニヤニヤと笑っている
「ああ、聞きたいことが一つ、言いたいことが、ひとつ…残ってるんだ」
「そう…ねぇ、本当に行くの?」
立ち上がって、杖を手に持ち、縁側から靴をはいて外に出ようとした俺を、輝夜は呼び止めた
「んあ?何をいまさら」
「相手にとって、迷惑じゃないの?」
「迷惑だろうよぉ、こんなおいぼれにいつまでも付きまとわれちゃあ…な…」
「なら相手のことも考えてやめたら?」
「それもいいな…だけどな、やりたいことやらなきゃ寝つきが悪そうだって思ってな」
「強がり言っちゃって、不安で仕方がないくせに…変わったのは姿だけね、中身は全然変わってないわね」
「ああ、お前と逆だ」
俺は思わずにやりと笑った 輝夜もにやりと笑った
「私も中身は変わってないわ…だって、今私はあなたを邪魔しようと思っているもの」
スッと輝夜は立ち上がった
「ん?こんなおいぼれの邪魔をしてお前さんは満足する器だったか?」
「おいぼれなんてどこにいるの?ここに今いるのは男と女…男が恋敵のもとへ向かおうとしているのに、止めたいと思わない女はいるの?」
「お前…」
思わず頭が痛くなったような錯覚にとらわれ頭を押さえた
「じゃあ…碁石で勝負しましょうか」
「ああ、文句なし一発勝負だ、勝ったら俺は行くぜ」
「ええ、もちろん…」
俺はもう一度縁側に座って、輝夜が持ち出してきた碁盤を見た
「じゃあ…よろしくね」
「ああ、俺の人生で一番重い碁だな…」
俺たちは打ち始めた

…碁石中…

「あら、負けちゃった…」
「へへ、相変わらず俺に碁で勝てないな…勝てないまんまだったな」
思わずにやりと笑ってしまった
「はぁ…貴方に勝ったことなんて、一度もなかったわね」
「へへ、約束だ、俺は行くからな」
よっこらしょ、と立ち上がって杖をついて永遠亭の敷地から出ようとする
「○○、最後に一言」
「ん?なんだ?」
最後の最後、輝夜に呼びとめられた
「…後悔しないことね、今ここで手に取れる絶世の美女を捨て置いてあんなバカのところに行く…後悔しないことね」
「二回言うな…ありがとよー」
手をぶんぶん振って俺は歩き始めた

「姫様」
「なぁに?永琳」
「ティッシュ持ってきましょうか?」
「それよりお酒お願い…一升瓶三本くらい」
「一升瓶五本くらいですね…」
「…○○のばーか…妖怪に食いちぎられちゃえ」
「やっぱりティッシュも持ってきますね」



「ふぅ…ふぅ…」
この竹林も、昔はよく迷ったものだ
しかし、六十年ほど過ごせば意外と迷わなくなる…
丸で俺がこの竹林の一つになったかのような感覚、道に、迷わない
迷いの竹林が聞いてあきれるな
「ふぅ…よっこらしょ…」
しかし体力の衰えと引き換えに、だ
無理をしたって仕方がない、妖怪もいなさそうだし、一息つくことにする
「はぁ…年老いちまったねぇ…」
自らの、手を見る
しわくちゃで、擦り切れていた
「まぁそんなことをいまさら気にする俺じゃないけどねぇ…」
顔もしわくちゃで、髪はいまでもふさふさだが、白髪のほうが多い
「あいててて…」
自らのなんと年老いたことか、しかし、それが普通なのだ、それが…自然なのだ
「さて…行くかな…」
また、歩き出した

「あれ?○○さん?」
竹林を歩く途中、そいつはいた
「…妹紅」
「どうしたの?妖怪が出るのに一人で出歩いて、危ないじゃない」
ああ…昔と変わらず…綺麗だなぁ…
「ふふ、今更妖怪に食われたって、そんなに変らんよ、もうすぐ俺もお陀仏だしねぇ…」
「また同じこと言ってる…○○さんが死んだら、悲しむ人がいるでしょ、ほら、家まで私が送ってあげるから」
こいつは…昔の俺への接し方と、全く変わってねぇなぁ…
「まあ待て、妹紅、実はな、今日はお前に話があって、探してたんだ」
ああ、年甲斐もなく心臓がバクバクする
「わ、私に…話?」
「ああ…ま、場所はどこでもいい、ここでもいいさ、五分程度で済む」
俺の真剣なまなざしを受け取って、妹紅はまじめな表情になった
「…俺が、こっちに来てさ…いろんな人に世話になったな…」
「え…うん…」
「紅白に金まきあげられたり黒白を窃盗罪で告訴したり…強制的に入信させられそうになったり…」
「○○…」
「夜の散歩で死にかけたこともあったな、主に貧血で…思い出せばきりがない」
ああ、昔のことが鮮明に、走馬灯のように、脳裏を駆け巡る
「そんな思い出を俺はこの幻想郷で色々もらったんだけどなぁ…」
「やめてよ○○…これじゃまるで…」
「そんないろいろな思い出の中で、俺が一番よく覚えてることは、なんだと思う…?」
「まるで遺言みたいじゃん、縁起でもないから、やめてよ…」
「妹紅…お前と初めて出会ったときの、お前の姿、美しさ、脳裏に焼き付いてる…」
「やめてってば…」
「煌々と輝く炎の翼と尻尾、それに照らされるお前の銀色の髪…夜の黒を赤く染め上げていたお前の姿…」
「ねえ、○○…やめてよ…」
「まあれが俺を妖怪と勘違いしてなきゃもっとよかったんだけどさ…その日から…だったな、俺のここでの暮らし…」
「やめてよ!!」
「人里に家を建てて新築祝い、そのまんまずっと独身だったけど…俺は楽しかったぜ…なんたって…いい女が毎日遊びに来てくれたからなぁ…」
「○○…お願い…やめてよ…」
泣き崩れる妹紅…ああ、これは俺地獄行きだなぁ…惚れた女を泣かせちまった
「そう、俺はお前といろいろ話をした、お前にいろいろ教えて、教えられた…でも一つだけ言ってなかったことがある」
「…」
「妹紅、初めて見た時からずっと、お前のこと、俺は好きだ…」
「…遅いよぉ…」
「年取ったら度胸がつくもんだなぁ…昔の俺はお前を見たら心臓バクバクしてたんだ…」
ああ…なんか、伝えたいこと伝えたらホッとしてきた…
足の力抜けちまったよ…あ、やべ、倒れちまった
「○○!?」
「ああ…相変わらず、お前、綺麗だなぁ…」
すげぇちかくに妹紅の顔がある…昔の俺なら顔から火が出てただろうなぁ…
「ねえ、○○!?どうしたの!?」
「妹紅…お前に聞きたいことがあるんだ…」
「○○…お願い!死なないで!!」
「お前は…俺のこと…どう思ってたか教えてほしいんだ…」
「死なないでよぉ…最後の最後で思い人に告白されて…そのまま逝くなんてずるいよぉ…」
ああ…世界で一番…俺が逝ってほしかった言葉…
「へへ…そうか…俺ってやろうおは大馬鹿だなぁ…こんないい女に思われて、それに気付かなかったたぁよぉ…」
「○○…お願いだからぁ…」
「やめろよ妹紅…手をそんな強く握ったら…いてえじゃ…ねぇ…か」
ああ…言いたいこと言いきって眠くなってきた
「○ !!ね !目  けて …」
もう何言ってるかわかんねぇほどまどろんできたなぁ…
「   !!  さま よ !!」
ちょっとひと眠りするから…静かにしてくれよ…
「     !!      !!」
そしたら…もっとお前といろいろ話したいことが…





―――――――スキマ―――――――――
○○の生き返る話をかこうと思ったけど、これはこれでいいかなーっと思って…
駄文だな―…


新ろだ2-089


○○「キスをしようと思う」
妹紅「はあ」
○○「やっぱり恋人同士のイチャイチャの基本と言えばキスだと思うのだよ。ディズニー映画だって最後はキスで締めるぐらいだ」
妹紅「ディズニー映画ってのが何なのかよく分からないけど、ようはイチャイチャしたいわけだね」
○○「そういうこと」

妹紅「何度もしてきたことなのに、何を改まって」
○○「何度もしてきたからこそ、新しい発見も必要だと思う」
妹紅「……そうか」
○○「色んなキスを試せば、俺たちの関係の刺激にもなるだろ。だから、キスしたい。いいか?」
妹紅「……そんな、真顔でキスしたいなんて言われるとちょっと恥ずかしいんだけど、それに」
○○「拒否しない以上、OKと判断する。というわけでまずはこれだ」
妹紅「んっ……」
○○「……」
妹紅「……んはぁ。い、いきなり何を」
○○「唇を合わせるだけの軽いキス。まあ、軽いジャブみたいなもんだ。恋人同士の挨拶にも近い」
妹紅(……いきなりやるのはずるい。ドキドキする)
○○「単純だけどなかなか奥が深い。特にキスしてる時間が重要だ。長い時間やると、けっこう効果的なもんだよな」
妹紅「そ、そうだね」

○○「次にこれ」
妹紅「ちょ、待っんん! ん……ちゅ、ン……」
○○「……」
妹紅「はぁ……ん、こ、このバカ……だからいきなり過ぎるってば」
○○「そんな文句は華麗にスルー。今のは唇を合わせつつ、相手の唇をついばんだり、はむっってしたり、舌で舐めたりしたものだ」
妹紅(唇がじんじんする……頭もなんだかぽーってしてきて)
○○「動きが加わった分、刺激も増すよな。それがなんだか気持ち良い。だろ?」
妹紅「う、うん……」

○○「じゃ、次はもう少し攻めてみよう」
妹紅「だから少し待っんぁ! あ、んは……ちゅく……ん、んん!」
○○「今は舌動かしちゃダメだ」
妹紅「け、けど! んん……ぴちゅ……そ、そんなとこっ!」
○○「……ん」
妹紅「んはぁ……はぁ、はぁ、○○、激しすぎ……」

○○「ふぅ。妹紅の口に舌をねじこんで、唇の裏とか歯茎を舐めてみた。ただし、妹紅の舌はあまり攻めてない」
妹紅(も、もう、腰が抜けそう……)
○○「これのポイントは攻め手と受け手がはっきりしていている所にある。受け手は基本的にされるがままだ。今の妹紅みたいに」
妹紅「お、お前が動かしちゃダメって」
○○「よしよし、ちゃんと言うこと聞いてくれてありがとう」
妹紅「あ、頭撫でるな! 怒れなくなるっ……!」
○○「ははは。やられっぱなしの受け手は、防御のできてないボクサーみたいにダイレクトにキスの快感を受け止めてしまう。
   だから不意打ちには効果的なキスの方法だな。上手にやれば簡単に相手をノックアウトさせられる。うん、ノックアウトされた妹紅かわいい」
妹紅「っ~~バカ!」

○○「よし、そろそろ本気でいこう。これだ」
妹紅「あっ、んちゅ――はむ!」
○○「妹紅……」
妹紅(あ、そ、そんな同時に頭を撫でられるとますます――!!)
○○「舌、動かして」
妹紅「ふぁい……ちゅ……れろ……ンちゅ、ら、らめ……んああ……あ、ん……ちゅ、ああ」
○○「ん……はい、おしまい」
妹紅「ちゅ……はぁ、はぁ」

○○「互いに全力で相手の唇と舌を求め合う。多分これが俺たちの間での本気だな」
妹紅(ぁ……もう何も考えられない)
○○「相手を一番身近に感じられるキスの方法だと思う。やりすぎるとどっかの魔法使いに『そこまでよ!』って言われそうなぐらい、激しいけどね」
妹紅(だけど、足りない。もっと……)
○○「舌の絡ませ方がポイントで、これにも色々と方法が――妹紅? 赤い顔して呆けて、どうした?」
妹紅「……○○ぅ」
○○「ん?」
妹紅「もいっかい……」
○○「んー……けど、新しい刺激を発見できてない」
妹紅「そんなのどうでもいい……はやく」
○○「あらら、スイッチ入っちゃったか。分かった、それじゃあ」

○○「どんなキスがいい?」



チル裏

バカですみません


新ろだ2-115


 桜の花見に行こうと僕の手を引いた君の笑顔。
 「仕方ない」と返事をしたけれど、本当は友人に着せられたという白と紅の着物に目を奪われていた。

「お酒はやっぱり必要だよね」

 酒瓶入った風呂敷を僕に持たせ、君は先を行く。
 履きなれないのがむしろ楽しいのか、カラコロカラコロ音を立て。
 かんざしで纏め上げた白髪が揺れるさま。僕はまた見惚れてしまう。

 人里を抜けていく道すがら、君の姿を見て振り向いた人達は何人いたろう。
 微かに香る花の香りは匂い袋のものか。草原を歩いていてもその香りが君の存在をどこまでも浮かび上がらせる。

「遅いよ!」
「はいはい」

 飛べば早い。そんな言葉はただただ無粋。君も僕も口にしない。
 ひいこら風呂敷背負う僕を、君は華の咲いた笑顔でからかう。

 君が先行く理由、それはきっと僕の追いつこうとする姿が好きだから。
 僕も君の後姿目指して踏み出すことは嫌いじゃない。

 一度過ぎた時は還らない。だから君は全ての道を先行く。
 けど、たまに掌が物足りないのはお互い様。
 足止め振り向きこちらを向いた君の寂しそうな笑顔。
 追いつけば、どちらともなく手を出し繋いでゆく。

 着物の袖が僕の腕をくすぐる。近い距離、僕も君も赤らんだ顔が収まらなかった。
 かつて距離が空いていた分、今こうして一緒にいることにいつまでも慣れない。

「ほら、あれ!」

 突然手を離した君がカラコロ走って指差した先に桜色の雨。
 川辺に一本だけ咲いたその大木は、君を笑顔にする十分な美しさ。
 陽光を反射する川面が、より強く桜と君を輝かせる。

 石の上、僕の上着を敷いて君を座らせ。
 酒で杯を満たし、「乾杯」と今日のこの時間を祝う。
 空の青が映り込んだ酒は少し苦かった。

 大木の下、風が強く吹けば桜色の雨が降る。
 花びらが君の髪を彩り、その秀麗さをからかうように僕は笑った。
 笑うなと膨れっ面をした君は僕の肩にもたれかかる。

 肩から感じる君の温かさは、燃える炎のように熱い。
 それが心地よく、そのまま言葉も交わさず時は過ぎていく。

 頬を撫でる風にくすぐられ、僕も君もふと笑った。
 酒は飲み干し桜を見る。頭上に広がる桜色の雲。
 一度枝を離れた花びらは二度と元に戻らず、その無常さを憂いて僕達は寄り添い合う。

「来年も再来年もまた一緒に」

 君の呟きは耳に心地良い。
 思わず口を噤んで聞き入ってしまう。
 けど一緒にいる一秒を無駄にしないために、僕は言葉を紡ぐ。

「じゃあ、十年後も二十年後も?」
「もちろん。三十年後も四十年後も」
「桜は残ってるかな」
「残るよ。花は散れども時は巡る。巡り巡って花は咲く」
「百年後は? 桜は残ってないかも」

 時は過ぎる。過ぎ去る時の中で変わるものは確かにある。
 そんな意地悪な質問。君は動じず答えた。

「私の髪についた花びらを肴にするよ」

 逆に僕の方が驚いた。やっぱり君はどこまでも先を行く。
 君が手を重ねてくれなければ、僕は君の想いの強さに打たれてただ泣いていた。
 僕はしっかり手を握り返し、君の想いに応える。

「だったら、もっとたくさん花びらをつけないと」

 紅の差した頬に触れれば、赤い瞳は閉じられる。
 風に吹かれて僕達の距離は零になる。

 慣れないけれども幸福な時間。過ぎ去ろうとも時は巡り巡る。
 また来年。この桜雨を見に来よう。君と共に。
 重なり合う一秒を何百万回と繰り返すために。



新ろだ2-169


現在、俺と妹紅は一台のDSを隔てて向かい合わせに座っている。
お互いに正座し、一言もしゃべらない。
タイトル画面で和やかな音楽を奏でているDSが妙にもの悲しい。

そのゲームのタイトルはもちろん「ラ○プラス」。
最近幻想郷において、このゲームがきっかけに様々な異変が起きているらしい。
主に恋人達やそれ以前の関係の男女、もしくは三角、四角関係の男女たちの間で愛と嫉妬にまみれた争いが起きている。
なんでもこのソフトを所有していた男性は、ことごとくひどい目に合っているとのこと。

そんな異変について耳にした俺は、いち早くこのゲームを枕の中に隠していたのだが(興味本位で買ってしまった)。
このほど、妹紅に見つかってしまいましたとさ。

「○○」
「は、はい」

真顔のままの妹紅。
DSをじっと見つめたまま口だけを動かす。

「このゲームの良い点は何?」
「え? 良い点?」
「いいから答える」
「ひゃい!」

静かで底知れぬ迫力が、じわりじわりと俺の心を地獄の淵へと追いやっていく。怖い。

「えーと、ですね。女の子と仲良くなるまでの過程だけでなく、恋人同士になった後のイチャつきっぷりを楽しめるというかですね」
「……イチャつき」
「恋人になったネネさんがこっちの好みに合わせて髪形とか性格とか変えてくれたりして、男心を刺激しまして、はい」
「……ネネさん、ね」

やばい。色々やばい。具体的に言うと部屋の温度が5度ぐらい上がってるのがヤバイ。

「○○」
「ひゃい」
「私達の関係を言葉で表すと?」
「俺のうぬぼれでなければ、こ、恋人です」
「そうだね。私もそう思ってるよ」

少し優しい声を出した妹紅。
しかし騙されるなかれ。その顔は真顔のままだ。

「……私とはイチャついてないかな」
「そ、そんなことはありません。日々妹紅に抱きついたり抱きつかれたりしております」
「私は○○の好みに合わないのかな」
「いえいえ、綺麗なお顔も白い髪も、ちょっと粗野だけど、クールで優しくて繊細なその心も俺の好みばっちりでございます」
「じゃあ、このゲームの良い点と私の良い点だったら、どっちが上?」
「それは、えとですね、そういうのは比べられる問題じゃ」

ない、と続けようとした所で、妹紅の目がギラリと光った。
まずい。本格的に燃やされる。主に俺と俺の家が。

「妹紅でございます」

一転、俺がひたすら頭を下げると、妹紅は満足いったように「よし」と頷いた。

「じゃあ、○○」
「ひゃい」
「このゲームで、何時間ぐらい遊んだ?」
「えーと、まだ始めたばかりだからそんなには……正確な時間はちょっと」
「その1万倍」
「は、はい?」
「その1万倍、私とイチャつくこと。分かった?」
「ぎょ、御意」

俺が冷や汗をかきながら同意した所で、ようやく妹紅が笑った。

「まあ、現実の浮気じゃないだけマシだけどさ」
「そ、そうですか?」
「うん。だって浮気だったら……○○がそれはそれはひどいことに」

そんな可愛らしくウインクしながら物騒な言葉を口にしないで欲しい。俺の背筋が凍るじゃないか。

生命の危機を感じて動悸、息切れすら出てきた俺に対し、妹紅はDSを取り上げ、電源を切った。

「このゲームは1ヶ月ほど没収」
「え、えええ!」
「なに? 文句ある?」
「いえ、ありません」
「よろしい。じゃ、今日は甘味屋にでも行こっか。○○が好きなだけ奢ってくれるなんて、嬉しいなー」
「そ、そんな」
「違うの?」
「いえ、違いません。どうぞ好きなだけお食べください」

駄目だ。もう完全に優位に立たれてしまった。
1ヶ月はこんな仕打ちが続くのだろうか……と俺が己の身の不幸――いや、身から出た錆びを嘆いていると、妹紅がおもむろに俺の目の前に立ち、

「帰ってきたらさ、○○のしてほしい髪型とか服装とかしてあげるかも、ね」

ちょんっと俺のおでこをつついた。

額に広がる温かな感触。ああ、どうして俺はあのゲームを買ったのだろうか。
やっぱり妹紅最高と思う今日この頃なのであった。


最終更新:2011年02月27日 00:23