文4



4スレ目 >>604>>609(うpろだ0036、0037)


「――ってなわけで、本日の講釈は以上」
「はー、当時の経済は無駄の多い構造だったのですね」
「全く腹の減る話でな。ほい、レポートと資料だ。料理は任せる」
「では、これが前回の――」

 人里にある、相当に古びた一軒家。
 所々に新しい修繕跡が見え隠れしているが、造りは堅牢のようで、罅の入った漆喰も表面は
 僅かに艶を残し、頼りないと言うことは無い。


 未だ陽も高い昼時に、縁側の廊下に影を落とすモノ二つ。
 その影は人の形をしていたが、一方の影には人間には無いもの――翼が有った。


 ――からん。

 傍らに置かれた、二つの飴色のグラス。
 うち一つが持ち上げられ、中の氷が音色を立てる。

 この構図、察するに中身は麦茶。

「――ふぅ、それにしてもこの暑い日、よくもまあ顔色変えないものです。何か『向こう』で秘訣でも?」
「いやなに、空調施設が無ければ、向こうはこんなもんじゃないからな。涼しいもんだ」
「苦労があったんですねー……う゛~」
「自然の有難みだ、全身で噛み締めるべし」


 グラスの中身を煽り、手拭で汗を払うのは、翼の持ち主。
 輻射の厳しそうな黒い翼と、空いた手に持ったヤツデの扇を、団扇の様に扇ぎ、量を取ろうと図っている。
 が、その表情を見る限り、効果の程は芳しくないようだ。

 隣には、もう一つのグラスを弄ぶ、着流し姿の青年。
 額に汗こそ見受けられるが、その表情は涼しげだ。

 ――ちりん。
 一風が吹き込み、吊るしてあった風鈴を奏でる。

「……鴉天狗の羽毛が黒いという事を、加味して頂きたいのですが」
「すまんなぁ、こちとら人間様は、羽毛も無ければ空も飛べないんでな」
「そんなことを言うのなら、無理矢理にでも涼しくしますよ?」
「おーこわ――俺が悪かったー。だから風神一扇はやめてくれー」


 そそくさと青年が奥へと消え、残された『鴉天狗』は、再び溜息一つ。


 鴉天狗の名は、射命丸 文。
 一見すれば年端も行かぬうら若き少女という容姿だが、その黒い翼は、彼女が紛う事無き人外の類である事を
 主張していた。

「……えーと、今日の構成は、っと」

 この幻想郷でも、力ある種族の一角である彼女達は、新聞を造り、その部数を競い合う事を日課としている。

 大概において、この天狗の新聞はゴシップ好きの彼等の性分に則り、信憑性の疑わしい事この上ない内容となっている。
 その中で彼女の刷る新聞『文々。新聞』は、脚色が控えめで、記者の主観的見解を含めた、
 彼等的には『斬新な』内容に仕上がっている。
 記者は先ず『真実』ありき、とは彼女の持論。
 しかし反面、購読者と言う点で、天狗と言う種族の前評判とのギャップ、更にタブロイド的で娯楽に富んだ
 他の天狗に比べ印象が弱い、と、部数では伸び悩んでいた。


 そんな折。
 脚と耳だけは天狗仲間の中でも最速、という彼女の耳に、こんな一報が飛び込む。




 ――幻想郷の『外』から、人間の男が一人、流れ着いた。
   どうやら帰る目処は立たず、永住する場所を探しているらしい――



 これ幸い、とばかり。
 彼女は自身のコネを活用し、その『彼』――○○と名乗っている――に住居を提供。
 代価として、独占取材を契約させたのだった。


「お、熱心だな?ほれ、おかわり」
「あ、これはどうも」


 その結果は、彼女の予想を上回る形で上々であった。
 彼の話が、自身の異邦見聞に留まらなかった為だ。

 向こうで、現役の学生であったらしい彼は、流れ着く際に、様々な知識と物品を持ち込んだ。
 程々に突っ込んだ内容でありながら、その品数も多く、『広く浅く』を地で行くもの。
 さらに論述として程よく纏めており、彼の所有する資料もあって、説得力があった。
 何より、『幻想郷の外』の見聞である。話題性も印象も、これ以上のものは無い。

 唯一にして最大の懸念事項だった、博麗の検閲関係も、予想外な形で、懸念されることは無くなった。
 むしろその理由は、彼の話により一層の付加価値を与えることになった。

「慧音さんに聞いた。今回も好評だってな」
「ええ――『一昔前の』外界の物証つき実体験、話題としては鮮烈ですから」

 一度、博麗と隙間妖怪の協力により、外へ戻る目処が立った――のだが。


 その『外』は、彼が知り、生活していた『外』は、最早過去の物となっていたのだ。
 それも、10年や20年の話ではない。



 少なくとも。
 その世界に、最早彼の足跡は残って居なかった。



「こっちとしては、直接帰れないって事なんで、かなり堪えたんだがな」

 当然ながら、彼は随分と消沈した。
 が、それから紆余曲折あり、今ではこうやって幻想郷の住人として、腰を落ち着けることとなった。

「そーだな――感謝してる」
「何がです?」
「食い扶持とか家とか、色々だ」
「そこはお互い様です」

 そんな彼の生計は、『文々。新聞』専属のコメンテーター。
 元・現役学生の見聞を活かし、拙いながらも、異邦人ならではの価値観が生み出す斬新な切り口で、
 現在の『文々。新聞』の連載コラムを執筆するなど、現在の人気の一角を陰ながら支えている。
 彼は、新聞の収入の一部を『原稿料』として頂き、日々の糧に当てる、と言う訳だ。

「貰い過ぎ、とか有れば言ってくれよ?別に慧音さんとこの学び舎の助手とかもあるんだし」
「いえいえ、今でも少ないくらいですし――では」

 麦茶、ご馳走様でした――と、文が軒先へと向かう。

「まだ巡回と宣伝か?」
「そのつもりでしたが――」
 顰め面で、お天道を窺い、○○に苦笑いを返す。
「お天道様の機嫌が良すぎますんで、博麗神社に集金をして帰りますよ」
「……それが良い、な」
 ○○もまた、苦笑を返し――

「ほい」
「へ?」
 風呂敷で包まれた、弁当箱を突き出した。

「梅・シソと胡瓜入りのほぐし鰻散らし。昼飯まだだろ」
「あー♪良いんですか?」
「先週、評判だったからな」
 うきうきと満面の笑みで、弁当箱を受け取る文。

 他に○○が行っている報酬外のサービスとして、彼女への昼食を賄っている事が上げられる。
 完全に善意の賜物であり、届く度に『調達の手間が省けました』と、文からは大変な好評である。
 ――益々、自分で弁当を用意しなくなったが。

「あの顔、バッチリ保存してあるぞ」
「っぎゃあー!!思い出したー!」
 歯を見せて笑い、親指を立てる○○の手には、外界の式――『カメラ付き携帯電話』。
 流れ着いた彼が身に付けていた、唯一の『機械』。

 永遠亭やマヨヒガ、香霖堂などから買い取った外界の道具により、彼はこういった『文明の利器』を
 幻想郷でも扱えるようになっていた――型が古すぎる等、対応には困難を極めたようだが。

 流石に攻撃的なものは博麗により禁じられているが、生活雑貨の類は問題なく運用している。

「いーじゃないか、可愛い娘が美味しい物を美味しそうに頬張る姿は、人妖問わずの宝だぞ?」
「他人のプライバシーを勝手に掴まないでくださいッ!」
「安心しろ、個人使用なら、無料でも肖像権の――って文さん?」


 彼女は突然、満面の笑みとなり――その笑みが、鴉天狗の仮面に消えた。


 左手には符――スペルカード。


「面符【覆面記者】――変身」
『chenge crow』


「――へ?」
 スペルカードを手記に栞のように刺す。
 気が付けば、その肩には使い魔である鴉。
 空いた手で腰に下げた手記のページを、一枚ずつ送り始める。


『壱(one)・弐(two)・参(three)――』


 書かれた記述を、鴉が復唱する。
「鳥類なのにゼ○ター!!?色々間違ってるぞおいッ!!!?
 待て!?話せば解る!ジャーナリストなら平和的に行こう、な?」


 ページは【壱】【弐】と光を帯び――【参】を通過した瞬間、


「――ライター・キック」 
『writer-Kick.』



「あとそれ多分ファイナルbぇごぼぉッ!!!?」

 鴉天狗の膂力に風の加護を得た、疾風の如き回し蹴りが、彼の下腹部を射抜き、地に伏させた。


 面符【覆面記者(ますくどらいたー)】、及び蹴符【writer-Kick.(らいたーきっく)】。
 文が彼の持ち込んだ映像資料から編み出した、潜入用・静穏近接攻撃用スペルカードの試作品である。


「おばあちゃんが言っていました――肖像権を握ることは、その者の運命を握る事に等しい、と」
「お゛……ッ、ぉぉぉおおぉぉ……ッ」



 天の道を行き総てを司る男の家計は、鴉天狗の末裔――かもしれない。
 そんなどーでもいい事が、○○の朦朧とした意識に奔った。



「と、いうわけで削除削除ー」
「ごぉハっ……や、やめれ……」
 操作法は取材の一環で伝わっている。
 拙い手つきながら、文は対象のあるファイルを検めてみる――


「――あれ?」
 そして、問題のモノがあると思しきフォルダを発見。
 ファイル名は。


「……『可愛い笑顔の文』」


『頬染めて目を弓のようにして、また可愛いんだコレが』と、コメントが付いていた。


「……う゛」

 文は無言で、次のファイルを開く。
 その次、また次、そのまたまた次――。


 ――記念すべき再起動第一号。興味津々の約一羽。どうだ恐れ入ったか。

 ――鳥類を虐めるな、と怒られた。いやうちの鴉は鳥刺し食べてたんだが。弾幕暴力反対。

 ――帰る目処がついた。短い付き合いだったが、有り難い天狗だと思った。

 ――家に帰れない、の話を聞いた文。あの巫女さんも余計なことを。

 ――手前勝手な記者で済みません、と謝られた。話に付き合ってくれるのは有り難いのにな。

 ――甘ったれるなと怒られた。確かに、生きているうちはまだ負けじゃない。

 ――親や家の話をしたら泣かれた。……俺が泣きたいってのに、人の良い天狗だよな。

 ――新しい夢の話をしたら呆れられた。良いじゃないか。前向きに行こう。

 ――八目鰻の礼に、ひつまぶし。……何だ、その『そんな料理できたのか』って眼はッ。失礼な。

 ――執筆中の文。真剣な表情。こーしてみると、線が綺麗だよな。

 ――寝顔。うむ、居眠りで全て台無し。ついでに原稿も。

 ――水浴び中をつい(削除済)。綺麗だった。が。あーどーしよこれ。駄目だ。消す。


 日記帳のように、各写真はコメントが添付されていた。

 他にも幾つかあったが、特に文の写真のファイルのみ、コメント分の容量が大きかった。


「……まあ、その、なんだ」
 罰が悪そうに、伏せたまま顔を背けた○○の声。

「……一番、会う時間が長いの、お前だしな」
「……何時、撮っていたんです?」
「いやすまん、音関係はちと壊れてるみたいでな。動作確認音はしない。
 ――黙ってて悪かった。ごめん」

 文は俯いたまま――彼のほうに、携帯電話を置いた。
 そのまま『行きます』と踵を返し、翼を広げる。

「……」
「――次からは」
「ん?」


「次からは、綺麗に撮ってください。手ブレとか、許しませんよ」
 肩越しに振り返る文の声は、穏やかだった。
 目を伏せたまま、お小言を説く親のような仕草で。

「……顔が赤いんだが」
「暑いんです」
「そうだったな……」

 彼は、携帯電話を拾い上げ、

「良いか?今の顔、撮って」
「……何度も言わせないで下さいよ」



 ――今度は、手ブレ一つ無い、会心の一枚だった。



『――暑い日の、照れ顔。
 綺麗に撮ってくれ、だと。――言われるまでも無いと思った』


――――――――


「……惚気ね」
「ブン屋。確かに甘味は好きだ。が、私は夏バテなんで大盛りは要らないんだが」
「だーかーらー!!違いますって!」

 所変わって、博麗神社。
 本来の目的から、すっかり茶会にシフトしてしまうのは、最早定番である。

「でも、嫌じゃない、って自分で言ってるじゃないの」
「う゛」
「しかも、どうすればいい?なんて聞いてくるなんてな。自覚無いとは言わせないぜ」
「う゛う゛ッ」

 暑さ以外のもので顔を赤らめ、その照れを誤魔化す様に、敢えて暑い茶を煽る。

「――確かに、好かれているのは悪い気はしません」
「でしょ?」
「でも……」
「ん」

「どうせなら……面と向かって言って欲しいですね、そういうことは」


「……魔理沙」
「解った、暑苦しい奴を積極的に排除するんだな。
 やり方は知っている。私に任せろ」
「お二方ーー!?」


「おいっすー」
「あ、これは萃香さん」
「ち、鬼が出たぜ」
「豆は無いわね」

 文の絶対的窮地を救ったのは、呑み仲間の小鬼・伊吹 萃香。
 文字通りの神出鬼没ぶりにも動じない辺り、常連ならでは、と言った所か。

「へっへっへ、良い肴でしたぜ、お嬢さん」
「!!!!」

 ……どうやら、第三勢力だったようだ。

「壱・弐・参――」
「わ、ちょっと待ったちょっと待った」 
 怒髪天の形相で回し蹴りを放とうとする文を、珍しく素面で制する。


「最近、売れっ子だそうじゃないか」
「?有難う御座います」
「だから、ちょっと気になる事があってね」
「何です?」



「あんた、同業に嗅ぎ回られてるの、気付いてた?」




「ふーむ……」


 一方その頃。


「……にやり」


 ○○は、 縁側で一人、携帯電話のアルバムを見ながらにやけていた。
 色々と、終わっていた。



「……あのー、御免下さーい」
「は、はいッ!!!?」

 玄関からの呼び声に正気に返り、応対に走る。


「――○○さん、でいらっしゃいますか?」
「はい、確かに俺です――って」

 玄関先に立つその姿。
 一見、何の変哲も無い人のものだが――

「……鴉天狗?」
「はい。今日は、お言葉を頂きたくお尋ねしました」

 その背には黒い翼。
 文と同じ、鴉の羽。

「――申し訳ないんですが、俺は文と契約の身分で」
「いえ、別に貴方様の外界のお言葉を頂こう、と言うわけでは御座いませんので」
「は?」



「そう、お伺いしたいのは、同胞――射命丸 文の事なのです」

 そして、彼――男か女か、判断に困る印象だったが――は、新聞記事のスクラップを取り出した。


《スクープ!射命丸記者、熱愛発覚!》


「( ゚д゚)ポカーン」
 絵に描いたような表情で、絶句する○○。


「…だ、大丈夫ですかっ、お気をお確かに」
「はッ!?す、済まない、流石にアレな内容でな。
 ――でも、おかげで取材の理由も解った」
 こほん、と○○は咳払いをすると、


「この記事の真偽、だな」
「正解(いぐざくとりぃ)、で御座います」
「流行ったな」
「貴方様がもたらしたものですが」







「(  д)                                             ゚ ゚
 な……ッ、ななななななななななな―――」


「しょくーん、耳栓用ー意」
「あい、まむ」
「わーにんわーにん、すたんばーい」


「何  で  す  か  こ  の  記  事  は  ーーーーーーーーーーーーーーーーーー  ッ  !!!?」


 お約束としてみれば、至極当然のリアクション。
 射命丸 文 の とても すごい ハウリング。

 絶叫が、言霊となり博麗神社全体を揺るがした。

 遠くで、夜雀とか色々落下したが、其処は割愛しておく。


「ははは良いじゃないかこの売れっ子記者め」
「おほほ一度パパラッチされる気持ちを味わってみると良いわ」
「……正直、夢にも思ってませんでした」

 地面に跪き、赤ら顔で眼の幅涙を流す文。
 これも因果応報、と言うべきなのか。

「へー、こんな仲まで進んでたのか?」
「それだけは違いますッ」

「それは良いんだけど、さ」
「よくありませ――って、霊夢さん?」

 茶化す魔理沙とは対照的に、新聞に眼を通す霊夢の表情は、徐々に硬いものとなっていく。

「文、あんた、この記者に心当たりは?」
「えーと、どれどれ」

 言われ、記者欄を読み取る――と。

「……あー、この人ですか」
「評判悪いのね?」

 表情と声だけで、霊夢は自身の推測が読み通りであった事を悟ったようだ。

「悪いなんてものじゃありませんね。
 根も葉もない噂を立てれば、嘘だと丸解りでも購読者は来る――そう勘違いしてる三下です」
「あら、容赦の無い」
「こうやって実害を被ってますから。

 相手が同業だろうが、格下と見れば何だろうが容赦は無し。
 横柄で狡猾な割に、見る眼だけは『無い』ので性質は最悪。
 トラブルある所にその人有り――という話題性だけで人気を保っている傍迷惑な記者です」

 そして、ふと気付く。
「あれ?でもこの前お痛が過ぎて、発禁処分を喰らってますが」
「じゃあ、その新聞は何で――って萃香、あんた」

 それまで沈黙を守っていた萃香が、淡々と口を開く。

「ちょいと、森の中で、ソイツを見つけたんだ」
「え?」
「見慣れない天狗が、あちこちにバラ巻いてたね」
「個人生産のみですか……つくづく懲りない」

「で、この内容から察するに――狙われてるよ、文」
「……でしょうねぇ」
 そして新聞を突き出す。

「この新聞屋は、アンタと○○に、そうそう浅くない付き合いが有るのは知っていた。
 少なくとも、こんな記事が書ける程度には」
「ですね」
「で、こんな挑発的な態度に対し、アンタの対応は?」
「嘘吐きは狼に食べられてしまえばよいのです。と言うことで無視」
「そ。それが正しい対応」

「――萃香」
「察しが良いな、博麗の巫女」

 霊夢の表情は、青褪めていた。

「……先に謝っておく。悠長にここに来てる暇なかった」
「あんたのせいじゃないわ――文のせいでもない」
「え、えーとお二人とも、何を――」
 自身の知らぬ部分で進む会話に、慌てふためく文。
「まだ解らない?」
 既に萃香の眼には、焦燥すら浮かんでいる。




「この新聞は――あんたに無視させるのが目的なの」




「ああ、そういうことですか」
 ぽん、と何か合点が行ったらしく、手を付く文。
 が、依然として空気は剣呑のまま。

「大丈夫ですよ、噛み付かれても、返り討ちに出来ますし」
「あんたはな」


 ばさり。
 文の手にあった、新聞が地に落ちた。

「――ッ!!」
「え?な、何だぶぉわッ!?」

 訳が解らない、と首を散々傾げていた魔理沙を、激しい突風が襲う。

「――お?ブン屋は何処行った?」
 砂塵の納まった跡。
 そこに既に、文の姿は無かった。

「魔理沙、説明要る?」
 隣から、静かな霊夢の声。
 気が付けば、萃香の姿も無い。 
「あ、ああ。
 噛み付かれる、って何だ?」
「その記者に、よ。
 それまで大した部数を得てない文が、異邦人の話題一つで、人気記者の一角。
 そして自分は現在、発禁処分」
「八つ当たりには最適だぜ――でも、文には私も遠慮しかねるが」
「あんたや私、萃香なら知ってるわね、あの新聞屋の力はね。
 でも言ったでしょう?『見る眼だけは無い』って」
「だから噛み付く、と。ご愁傷様だぜ」




「――相手が文である必要は無いわ」




 漸く、魔理沙の表情が蒼白に変わった。
 箒を片手に、境内を全速力で駆け、助走――

「彗星【ブレイジングスター】!!!」

 箒に飛び付く様な跳躍と共に、スペル宣言。
 虹色の光輝となり、空を貫いていった。


「――あの天狗も、一人が長かったのね。
 こんな事に、気が付かないなんて」

 そう、その記者が文を標的としていたとする。

 その標的が居なかったとする。


 次は、関係者を狙う。
 実に明解な、短絡的思考。


「――くそ!」
「……対策は万全、か」
 霧となった萃香が、半分だけ萃まった顔で、悔しそうな表情を浮かべる。

「……風の結界。ご丁寧に柊やら鰯やら仕込み万全よ」
 この鬼と文が呑み仲間であると言うのは、語らずともそれなりに知れ渡っている。
 天狗同士の間柄で、知らぬはずが無い。
「……私の足だと、今から行っても文か魔理沙で事が進んでるわね」
 目を伏せ、溜息を一つ。






「後は――○○の運次第、と」






「――ち、使い方が全く解らん。…ッだから早く吐けッつってんだろがァ!!人間!!」



 庭に響く、打撃音の連続。



「ぐ……」
「この式から情報を抜き出す方法を教えろ、って行っているのが聞こえないのかッ!?ああ!?」
「聞こえているが……『人間の』日本語を話せ。ここは幻想郷だが、俺は『余所者』なん――」
「口の……減らない小僧がァーーーーー!!!」

 一際鋭い打撃音と共に、縁側から放り出される○○。
 既に度重なる応酬を受けている為、無傷な部分は何処にも無い。

「……ッが」

 だが、○○としても、その方法を唯で教える訳には行かなかった。

「(冗談じゃ無え……こんなアホには法螺のひとつも渡してなるかッ)」

 ○○が様々な手段で集めた、幻想郷では完全なガラクタの機械類。
 その中には、OA機器や記憶媒体も含まれる。
 そして、それらには断片的では有るが、博麗の検閲対象になるような、危険な情報も存在する可能性がある。
 罷り間違っても、近代戦の兵法などでも流されては、堪った物ではない。

 ○○が素人根性で齧った程度の知識でも、使い方次第で、人妖の関係を一変させ得るのだ。

 情報は時として如何な兵器にも勝る。
 その格言を、○○は苦痛の中で、噛み締めていた。

「(……死んだな、俺)」
 それは確実だろう、と確信していた。
 そも、この新聞屋の目的は、文を陥れること。
 その成否ははともかく、○○がその選択肢として利用された時点で、どう転んでも、身の保障は無い。

「ち……やっぱ虫の良い話か。ついでにネタを得ちまおう、ってのは」


 唐突に、天狗が腰の小柄を抜いた。


「しゃーねえな、てめえを頂いた後で、ネタをでっち上げるとすっか。
 ――そーだ、思いついたぜ」

 男女の区別のつかない、中庸な顔が、醜悪な笑みに歪む。





「≪人妖の愛、最後の手段は――記者、異邦人を食す≫――どーよ」
「……」
 この記者、人を怒らせることだけは、一流らしい。
 ○○の中に、雑草根性の闘志が沸いてきた。



「――そうだな……少しだけ、話す気に、なったよ」
「おぉ?今更命乞いかぁ?」
「喧しい、得したいんだったら聞いておけ……ッ、その機材、が見えるか……」

 ○○が指差したのは、縁側に置かれた、年期の掛かったCDコンポ。
 わざわざイヤホンまで探したが、肝心の規格としてMDが先に見つかった為、お払い箱となった物。

「ああ?これか」
「先ず、イヤホンを付けろ……で、後は……そこのCDを置くだけだ……簡単だろうが」
「……何が入ってるってんだ?」
「音声記録……丸ごと……持っていけば……困らんだろがッ」
「…変なモンだったら、生きたままハラワタ喰らってやる」

 ○○に一瞥をくれ、唾を吐き棄てて、縁側に戻る。


 かくして、天狗はたどたどしい手つきで、山積みになったCDをセットした。

 自動再生機能が働き――



「――――――――――――くぎゃぁあああああああああああッ!!!!?」
「……っくく、予想通りだぜ、馬鹿め」


 天狗は、一昔前のOA機器用CDを再生した。
 凄まじい雑音が、イヤホンにより一転集中。これは堪らない。

「ッぐ……人間様の意地を見たか……アホ面」
 痣と傷だらけの顔で、痛々しくも力強く笑って見せた。






 ――どすっ。

 それこそドラマや映画の中のような音を立てて、小柄が○○の腹に突き立った。


「が――」
「く……糞がッ。約束どおり――」

 握りこんだ手首を返し、アバラ側に向かって、小柄が突き上げられる。

「――開きにしてやらァあーーーーーーーーーーッ!!!?」
「――ッごぼ――っ、あ」

 一旦引き抜かれ、辺りに鮮血を撒き散らす。
 途端、湧き水のように広がる、紅い水溜り。


「死――」

 引き抜いた小柄を順手に持ち替え、振り下ろ――





「――あ?」

 される筈の小柄が、下腕ごと消失した。





 その様を、焦点のぼやけて来た眼で、○○は見ていた。







 ――間に合わなかった。


「我が敵を貫け――」


 そう悟ったとき、彼女は、


「【天狗烈風弾】」

 相手に宣言を聞かせるより早い一撃を、放っていた。


 ――相手の天狗の顔が、こちらを見て、恐怖に染まる。



 失礼な奴だ、と文は思い――


「こんにちは」
「ッばhぁ」


 先ず、その間抜け面を、風弾で血煙に変えた。

 そして――




「さようなら――」



 記者になって以来、殆ど使わなくなった爪を伸ばし――




「【風“神”・一“閃”】」


 その胴を、袈裟に両断した。




 僅かな返り血を受けた文に、表情は無かった。





「――○○さん」
 物言わぬ塊と化した同胞などには眼もくれず、○○に駆け寄る。
 鉤爪になっていない方の掌を傷口にあてがい、血止めを行うが――手応えは芳しく無い。

「……あ、ゃ、……かッ?」
 ごぼ、と吐血しながら、焦点の合わない目が、頼りなく文を見る。


「そうです――お弁当のお礼に来ました」
「……うま、……かっ」
「はい、とても美味しかったです」
「そ……かッ」

 表情の消えた顔のまま咳き込み、その血が更に文の頬を塗らす。
 最早、風前の灯火だった。


「――でも」
「――あ」
 鉤爪の伸びたままの手で、○○の血塗れた腕を、胸に寄せ抱く。


「まだ――満足していません」
「……ん」
 ぽたり。
 血が一滴、地に落ちる。
「…修練が、足りません」
「……ん」
 ぽたり。
 血が、また一滴。

「だか、ら」

 ――ぽたり。


「私の……お昼を、これからも用意してくださぃょぉ――」
 ――ぽたぽたぽた。
 文の血濡れの頬を、溢れる涙が洗っていく。


「…でないと……お腹がすくんです」
「――」
「空を飛ぶのは……とてもお腹がすく事です」
「――」
「お腹が、空き過ぎると――人間だって、あなただって、食べちゃうんです――見殺しは人殺しですよ?」


「――私は、あなたを食べるのは大嫌いです――大好きなのは、あなたのお弁当なんです。
 だから、お願いです――」

 ――ぽたぽたぽたぽたぽたぽた。
 とうとう文の顔は、涙と血でぐしゃぐしゃになった。 
 ○○は――最早、答えない。





「――私の傍で――生きてください!
 眼を開けて!笑って!怒って!泣いて――」
「――」
 叫ぶ――返事は無い。




「もっと!!!外の話を聞かせて下さい!!!」
「――」
 叫ぶ――返事は無い。



「私の話を、まだ聞かせてあげてません!!!例えば――」
「――」
 叫ぶ――返事は、無い。




「あなたをどれだけ――愛し」
「止めとけ。聞こえてない」



 ――場を制する声。

 激情に駆られ、文は鉤爪を振るい――


「……頼む、悪かったから相手を見てくれ」
 鋭い音を立て、爪撃が止められる。


「……魔理沙、さん」
「ああそうだ。――連れて来て良かったぜ、庭師」
「ったく……」

 ギリギリと噛み合う音を立て、鬩ぎ合っているのは、片手の脇差――妖夢の立てた、白楼剣。
 彼女は、魔理沙を突き倒して割り込む姿勢で、爪撃を止めていた。
 足元には、防御に失敗した箒が、無惨な末路を晒していた。

「……そろそろ、止めて欲しいんだけど」
「あ」
 慌てて、爪を引っ込める。
 やれやれ、と妖夢も納刀し、魔理沙を立たせた。

「……迎えにでも、来ましたか?」
 涙の残った、失意の表情で、皮肉を吐く文。

「それは、私の荷物を見てから行って欲しいな」
 返答する魔理沙の声は、自信に満ち溢れていた。


「――荷物一号、永琳!」
「既に掛かっているわ。二号、機材の準備は?」
「はいこちら荷物二号・鈴仙。バイタルの整備、準備、手順確認、全てよし!」
「三号の咲夜ですわ。新鮮な輸血が必要な場合、いつでもどうぞ」

「――あ」
「……四号、西行寺幽々子――ええ、まだ彼、息があるわ」


「そして護衛の五号。脅威鎮圧を確認しました。後は補佐に回ります」
「以上が、目録だ――霧雨魔法店の人材派遣サービスは、迅速第一だぜ?」


 当事者の中で、最も勘の鈍い魔理沙でも、飛び立つ時点で理解はしていた。
 幾らブレイジングスターといえど、先に飛び出した文を追い越すのは難しい。

 よって――二次策に奔走することにしたのだった。

「諸君!――行けるな?」
「「「「「いえす・まむ!!」」」」」
「みな゛……さ゛ん」

 文の表情が、再び涙に溺れた。

 その顔に、血糊は殆ど残っていなかった。




「――んじゃ、引き返すんだね」
「おう」
「良き哉良き哉――死神的には、美味しくないんだがね」
「悪いな」
「いやいやいや――あ、四季様」
「ご苦労様です、小町。
 さて、貴方に一言、贈るとしましょう」





 ――真実の価値を知り、使い道を誤らぬこと。
   それが今の貴方と、彼女に積める、善行よ――





「……だ、そうです」
「あんの閻魔、また偉そうに――よし、泣かす。本日の予定は決まり」

 ――向日葵畑。
 旬真っ盛りの畑には、規則正しく育った向日葵が、皆違わず、天道を羨ましげに望んでいる。

「貴女も大概ですねぇ」
「大概なのが妖怪ですから――はい、一輪サービス」
「あ、有難う御座います」 
 その黄色い畑に、二つの影が落ちている。
 一つは日傘。もう一つは翼を背負っていた。

「ま、縁起の悪い花言葉の物は無いから」
「ええ、それでは」

 翼を持つ影が、日傘の影に見送られ、飛び去っていく。


「人間と妖怪、ねえ」
「子供が楽しみな組み合わせね」
「あらま、気の早い」




「さて、準備体操、付き合ってくれるのね?――紫」
「いいえ――あなたが付き合ってくれるのよ?――幽香」





「――いよいよ退院よ、お疲れ様」
「……二週間程度で済む辺り、何をしたのか気になる……」
 最後の診察を終えた○○は、しかし何故か渋面で、自身の体を検めていた。
 健体である筈の彼の顔色は、日が傾いたとはいえ、未だ明るい晴れ空の青より蒼かった。

「別に、落ちが無いわけではないわよ?
 例えば、肝臓が三分の二に減ったから、お酒や過度な香辛料は駄目」
「む、痛いな」
 これでは文と酒が呑めない――と、下腹部を忌々しげに撫でる。
 それに苦笑する主治医が、処方袋に何かを詰め始めた。

「そこで取り出したるは不思議な桃――」
「水に放り込むと酒の味、だろ」
「あらご存知?」
「一応、伝承が残ってるんでな」

 貴重な物である筈だが、と首を傾げる。

 だが、そこは月の頭脳。
 きっと人には言えない、ナニかをしでかしたのだろう。と○○は納得することにした。

「胃腸も腎臓も減ったから、暴飲暴食も駄目よ?」
「うへー」

 流石に堪らない、と言う表情で、ベッドに突っ伏す○○。

「で、多分、過剰な運動も禁止、って言うんだろ」
「それは勿論」
「げげげげげ」

 あれだけの重症から、一命を取り留めただけでも幸運と考えれば、遥かに安い代償ではある。
 ある――のだが。


「流石に、この歳でデスクワーク組ってのはなあ――盆栽とか石磨きでも覚えろと?」

 うら若き男子が、例え趣味の範疇であっても、身体を動かし汗水流すことを禁じられると言うのは、存外に苦痛なのである。
「あら、良い知らせも有るわよ?」
「なに?」



「幸い、夜の方には、全く影響は無し――彼女さんも満足ね」
「ごぶふぁッ!!!?」

 ワザとらしく頬を染め、流し目を送る永琳に、大げさに仰け反ってみせた。


「――えと、ばっちり聞こえましたけど」
「最悪だーーーーーーーッ!!!?」
「あらあらあら」

 そこへ丁度、現れた鴉天狗の少女。
 両手には、抱え切れないほどの、花束。

「良い花束ね――じゃ、これ活けておくから」
「え?あの、もし」
「ごゆっくりー♪」
「鬼だ!!悪魔だ!!死神だあんたーーーーーーーーーッ!!!」
「「「失礼なッ」」」
「はいはい出歯亀は退散♪(ひゅっ)」
「「「ぬふう(とすとすとすぅッ)」」」

 素晴らしい手並みで、病室から撤収する天災医師と、廊下に居たと思しき何かども。
 こういう状況を作り出すのも、天災にはお手の物であった。


「「――」」

 気まずい、沈黙。

 空調の効いた室内――○○が扱い方を教えた――は、夏でも涼しいが、
 にも拘らず、二人の頬は紅潮していた。


「――あの」
「ん?あ、ああ……なんだ?」
 沈黙を破ったのは、鴉天狗の方から。

「あの時、聞こえて無かったでしょうから……その」
「?」

 そこで、すぅ――と深呼吸。



「私の傍で――私の為に、お弁当を作ってくれませんか?」
「――」

 ○○は、暫く呆然としていたが、


「弁当と言わず、三食作らせてくれや」
「――」
 文が、はにかんだ笑みを浮かべようとした――その時。


「しかし、条件がある」
「え?」
 その色が、不安に染まる。

 大したことは無い、と○○は続け――



「折角なんだ――晩御飯、お前の番な」

 そのまま、愛しき彼女を抱きしめた。

「あ――」

 文は眼を細め、身体を預ける。
 弓のようになった目尻から、一滴の涙が零れた。




「あ」
「どうしたよ」

 どれだけ、そうしていたのか。
 空は既に赤みが差し、ヒグラシの声も聞こえ始めた。


「今日の晩御飯も――ですか?」
「いや、今日までは制限付だ」
「それじゃ――こっそり、準備致しましょう」
「お、気が利くねぇ――って、手ぶらじゃん」
「ええ、大丈夫です――桃を一つ、頂けますか」

 ゆっくりと日の落ちる病室。
 かさ、紙袋を検める音が、暫し響く。


「知っているのか?」
「ええ、では――失礼」

 ――しゃく。
 今度は、果実を頬張る音が続いた。

「……って、食べてどうする」
「ん――鳥は、お好きですか?」
「そういえばずっと食べてないが。おいおい、趣旨替えか?」
「いいえ?ですけど――じつは、取って置きがあるんです」
「そーなのかー?」
「そーなのですよ。私のレパートリーで数少ない、鳥の料理です」



 ――暗い室内に、微かな羽ばたきが風を生み。




「鳥の身を酒に浸け――あとは蒸すなり何なり、のシンプルな物ですが、ね」




 ――衣擦れの音が、鳴った。




「――いかがでしょうか」
「……眼で楽しむ時点で及第点だ――食指が動く」
「ふふ――ちゃんと、味わってくださいね?御代わりも――ありますから」
「病み付きになりそうだ」




「ええ――これ以外、食べないで欲しいんで」
「守らなかったら?」
「その時は――あなたを美味しく頂きます」
「不味いぞ?」



「良いじゃないですか――好きなんで、もう止められません――っん」



 逢魔ヶ刻。茜色に染まる室内に、濡れ葉色の羽が舞う。 



 身を捩るような、羽ばたきの音だけが、響いている――



(省略されました。全てを見るにはトロンベ!な兄貴に利きドリンク勝負で勝利してください。)

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最終更新:2010年05月11日 17:29