文7
うpろだ385
気温がそれ程高くない午前中は趣味に時間を費やすには最適な時間帯だと言える。
まあ趣味であるなら何時だってできる、というのも事実なのだけど。
「実にいい天気だ」
やってきたのは近くの森。木々によって丁度いい具合に日陰が生み出されている。
眩しくもなく暗すぎるわけでもない、昼寝をするには最適の場所だ。明るいうちは妖怪もいないしな。
だが今日は寝るために来たのではない。ちゃんと別の目的がある。
一本の木の根元に座り、傍らの本を静かに開いた。
読み始めてから十分。何処からか鳥の羽音が聞こえ、同時に足に何か重さを感じた。
視線を向けると非常に見覚えのある鴉が足に乗っていた。こいつがここにいるということは――
「何を読んでいるんですか?」
「本だな」
「いやそうではなくてですね」
声がした方に視線を移せば、こちらを覗きこんでいる天狗の姿。
「ご自宅にいらっしゃらないから探しましたよ。……で、何を読んでいるんですか?」
「森近さんから借りた小説だ。昨日から読み始めてな」
あの人が薦めてくる本だからどんな哲学書かと思ったが、これが中々面白い。
物語中には哲学的な部分があるが、読んでいるうちに段々と惹きこまれていくような文体になっている。
問題は保存状況が悪かったのか少し汚れて字が読みにくいことぐらいか。
「成程、確かにここは読書するにはいい場所ですね」
「それもあるが……やたらと落ち着きの無い妖怪が押しかけてくるんで家だと静かに読める保障が無くてな」
「はぁ、世の中には迷惑な妖怪も居たもんですね」
「お前のことなんだが」
その本気で判ってない顔はやめてほしい。なんか心がシクシクするから。
「それでは私も少し……」
そう呟いて文は俺の隣にちょこんと座る。
何をするのかと思えば、懐から文花帖を取り出し何やら書き込み始めた。
「こんな所でネタの整理か? 自分の家でやった方が効率がいいだろうに」
「そのために○○さんの家に寄ったんですけど……こちらでも特に問題ありませんので。
ある程度ネタが揃いまして、そろそろ次の新聞が発行できますから楽しみにしててくださいね」
「まあ期待ぐらいはしとくさ」
そう軽く言っただけだが、それでも文は嬉しそうに笑った。
この程度の台詞で喜んでくれるのなら、もう少し言ってやってもいいかなと、そう思った。
主人公がメイド好きの片鱗を見せ始めたあたりまで読んだところで、隣に視線を向ける。
文は文花帖を開いたまま目をウトウトさせていた。体も不規則に揺れている。
「暖かいですねぇ……何だか寝ちゃいそうです」
「眠たければ寝ればいいじゃないか。ここは昼寝をするにも最適だぞ」
「いえいえそういうわけには……また○○さんに寝顔見られるのも癪ですし……」
その台詞に何か言おうとして、やめた。
俺の隣に文がいるのは最早日常のようなものだし、今更何か言うのも面倒だ。
それに今は何か言うべき相手が他にいる。
「そろそろ降りてくれないか? いい加減暑いんだが……」
何故か俺の頭に乗っている文の鴉に呼び掛けるも、全く聞く耳を持とうとしない。
それどころか、早く次のページを、とばかりに額を突いてくる。
文学好きな鴉とは妙な奴も居たもんだ。文の使い魔をやっている時点で物好き確定みたいなものだが。
「何だか失礼なことを考えられた気がします……」
「完全に気のせいだな。あくまで間接的に――だから突くなって!」
当然のことだが突かれると痛い。大体そんなことせずとも俺だって続きは気になる。
眠気と戦っている文のことは気にせず次のページを開いた。
暫く本を読み進め、気付けば隣から寝息が聞こえ始めていた。
「……結局寝てるんじゃねぇか」
気持ちよさそうな寝息をたてている文に思わず苦笑してしまう。
寝顔を見せたくないと言いながらこれでは、いったい何がしたいのやら。
「まあそんなことはどうでもいいか」
本を閉じて傍らに置く。今は文の幸せそうな寝顔を見ていたほうが暇が潰せそうだ。
頭上の鴉が何か騒いだ気がするが、無視無視。
本当に安らかに寝ている。まるでこちらにまで眠気が移ってきそうな程に。
妖怪なのだから俺より年上だろうけど、こうして見ている限りは見た目も行動も普通の少女にしか見えない。
……いや普通ではないか。
とにかく、こう無防備に寝られると何かしたくなってくるというか。勿論性的じゃない意味で。
「…………」
前は髪を撫でてみたので、今回は頬にしておこう。
――むにゅ
「柔らかいな……」
「むにゃ……むぅ」
おっと危ない、せめて起こさないようにしないとな。
ここで起きられたらまた騒ぐだろうし、安眠妨害など俺の良心が痛む。
「よっと……痛!」
更に手を伸ばしたところで鴉に手を突かれた。そういえば居たんだったな、少し忘れてた。
流石に主人に悪戯されるのは嫌なようだな。使い魔だから当然か。
「悪い悪い。もうやめておくよ」
そう謝りを述べると、鴉は傍らの本のカバーを指差すかのように突いた。
どうやら文のことではなく本の続きが気になるだけのようだった。なんて鴉だ。
「まっ、しょうがないか」
少し名残惜しいが鴉もうるさいし、文の寝顔はまたの機会にしておくか。
最後に文の頭を一撫でしてから読書を再開した。
昼近くともなると流石に気温が高くなってくる。そろそろ戻るのが一番だな。
「文、起きろ」
放っておくのもアレなので、顔を覗き込みつつ肩を揺する。と、
「ふぁぁ…………ふぁっ!!?」
――ゴッ!!
突如飛び起きた文の頭突きが見事に顎にヒットした。
……言っておくがかなり痛い。文も頭を押さえてるし。
「こんの石頭が……いきなり起きるんじゃねぇ……!」
「そ、そう言われましても、というか何で○○さんが私の上に……
はっ、まさか私が寝ている間に何か変なことを……!」
「馬鹿言え、誰がお前の無い胸に手を出すか」
「失礼な! これでも霊夢さんや魔理沙さんよりはあるんですよ!?」
お前のほうがよっぽど失礼だ。確かにあの二人に胸は無いが、あの年でそんなにあっても怖いだろうに。
立ち上がってからも文は何処か苦そうな表情を浮かべてばかりだ。
「それにまたもや寝顔を見られてしまうなんて……」
「だったら見られないような努力をしろ。隣で寝るなんてもっての外だ。
そもそも違う場所に移ってから寝ればよかったろうに、何で移動しなかったんだ?」
「え? そ、それは○○さんがいるからなんですけど……」
何で顔を背けながら言うんだ。というかその理由おかしくないか?
「相変わらず理由から矛盾してるな。とりあえずその破綻理論を――何怒ってるんだ?」
「知りません! もういいです!」
急に怒り出されても理由が判らないのだからこちらは疑問符を浮かべるしかない。
まあ文が変なのはいつものことだし、話を続けよう。
「それでだ、まずお前は早寝から始めるべきだと思うぞ。
夜中までネタを探すのもいいが、睡眠はちゃんと取っておかなきゃな」
「何を言いますか。睡眠時間を惜しんでいてはスクープは手に入らないのですよ」
「その記者根性は素晴らしいと思うが……肌荒れるぞ」
「それは嫌ですね……」
本当に嫌そうな顔を浮かべる文。傍若無人な天狗もやはり少女ということか。
横を歩く文の頭を撫でるように叩き、
「折角綺麗な肌してるんだ。少しは大事にしろよ」
「え……」
「なに立ち止まってるんだ。置いてくぞ」
足を止めた文を無視して家路を進む。と、後ろから文が慌てて追ってきた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 何でいつもさり気ない風にしか褒めてくれないんですか!」
「俺は正面から褒めるのは苦手なんだ」
「……つまり本音だと思っていいんですか? お世辞ではなく?」
「お前の好きなように取ればいい」
俺の答えが曖昧で適当に聞こえたか、文は怒りの目をして頬を膨らました。
そういうところが可愛いんだって、勿論口には出してやらない。
「大体普段の○○さんは私に冷たすぎます。もっと優しく配慮してくれてもいいと思うんですけど!」
「ほぼ毎日飯を奢ってやってるんだから十分気にかけてると思うんだが。
お前の方こそ積極的に過ぎるぞ。少しは迷惑とか考えて自重してくれ」
「だって○○さん、それぐらいしないと反応も返してくれないじゃないですか!
前に胸当てたときも焦ってすらくれなかったし!」
「そんなこと期待してたのか……。さっきも言ったがお前の無い胸に――」
「また無い胸って言った! これでも――」
こんな調子で家に着くまで文との口論は続いた。
つっかかってくる文が面白くてからかってたなんて、とてもじゃないが言えないよなぁ。
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うpろだ443
「こんにちは~、またご飯を頂きに……あれ、これからお出掛けですか?」
「おお文、丁度いいところに来た。ちょっと一緒に出掛けないか?」
「ほ、ほんとですか!? ええ勿論、○○さんのお誘いなら何処へでも!」
「そうかそうか、それじゃ行くか――――山に」
「……はい?」
妖怪の山へと通じる道は、紅い絨毯を敷き詰めたかのごとく紅葉が降り積もっていた。
地面を踏みしめる度に足の裏に柔らかい感覚が伝わってくる。幻想郷はすっかり秋模様となっていた。
「あ~あ、遂に○○さんから誘ってもらえたと思ったら行くところがここだとは……」
そんな季節感を楽しみながら、のんびり歩き続けること幾十分。
漸く山の入り口にまで来たところで、文は残念そうに愚痴を漏らした。
「こっちから誘ったことに違いは無いだろう、文句言うな」
「言いますよ! しかも用事があって来たんじゃないですか、慧音さんの!」
「ああ……まぁそうだな」
流石に事実を言われるとばつが悪い。傍らに提げている手桶も重く感じるというものだ。
昨日里に出掛けたときのことだ。
いつも通り食料の買出しをしていたところ、丁度通りかかった慧音さんに呼び止められたのだ。
そこで、妖怪の山にある池から水を汲んできてほしい、と頼まれたのだ。
普段から受けている恩を少しでも返すにはいい機会だ、ということで勿論引き受けた。
慧音さんは『頼んでおいて何だが、妖怪には注意するようにな。無理はしないように』と心配していたが、
文を連れて行くから問題なし、と言ったら安心したような様子だった。
ただ何処となく微笑ましそうな笑顔だったのが気になるが、まぁ単なる気のせいだろう。
「あの人も色々と忙しくて手が回らないみたいだからな。引き受けたら喜んでたよ。
実際里の人間より妖怪慣れしてるし、お前という当ても居るしな」
「うーん、それでも慧音さんが人間に危険なことを頼むっていうのが信じがたいのですが……
この際○○さんを指名した理由は気にしないでおきます。それより目的の方ですよ。
大蝦蟇さんの池の水ってことは、神事でもするんでしょうか?」
「慧音さんが言うには……収穫祭だったな、確か」
人里はその準備のためにいつもより活気に満ちていて、余り里に出掛けない俺には新鮮に感じられた。
慧音さんもその手伝いで八方を飛び回ってるらしい。誰かに頼られる立場というのも大変だ。
「まあ何に使うのかはどうでもいいんだ。頼まれたことを達成するということには変わりないんだし。
そんなことよりもだ……文、いい加減離れてくれないか?」
左手に居る――間違えた、俺の左手に右手を組ませている文に問いかける。
反対の手に持っている手桶と相まって、歩きづらいことこの上ない。ここまで来るまで何も言わなかったのはなんとなくだ。
「嫌です。期待したのに肩透かしだったんですからこれぐらい我慢してください」
「はいはい……」
それ以上何か言うことを早々に諦めて溜息をついた。
事前了承を得ていなかった俺が悪いわけで、今日ばかりは仕方が無いが、文の好きにさせるしかない。
唯一の救いは文がどこか嬉しそうにしているところか。怒っているよりもよっぽどマシだ。
そんなこんなで歩くうちに、件の池が見え始めた。
池の周囲は茂った樹木によって薄暗い。木の間から差す光だけが、この周辺を微かに照らしている。
この辺りは余り秋の様子を感じられない。とはいえ、遠くから運ばれてくる木の葉はほんのりと紅い。
木漏れ日の中に微かに舞い散る紅葉は、辺り一面の紅葉、とは一味違った風情が感じられた。
「こういう雰囲気も悪くないな。とりあえず……社はどこだ?」
「それならあそこにありますよ」
文が指差した先に見える社に向かう。物事には順序があるように、場所によってはそこでの作法というものもある。
「確かお供えをするのが慣例だったよな。供え物が消えるということはちゃんと神様が祀られてるんだろうし」
「この前椛さん達がこっそり取っていくのを見ましたけどね」
「それは見なかった振りをしてやれ」
その椛というのが誰かは知らないが、天狗で山の入り口近くにまで来るということは白狼天狗だろう。
警備担当の天狗であるから一番注意すべきなのだが、それも文が居れば襲われる心配はない。ありがたい話だ。
「社と大蝦蟇さんへのお供えは別ですよ」
「判ってるさ」
答えつつ懐から、香霖堂で予め買っておいた紅白饅頭を取り出して供える。
一応手を合わせて拝んでいると、横目に文も一緒に手を合わせているのが見えた。
俺への礼節は全くわきまえないが、流石に神への礼節はわきまえているらしい。
いや、実際に神が存在しているこの幻想郷では当然のことなのかもしれない。妖怪のほうが人間より信仰心があるとまで言われてるし。
とにかく神が祀られている場所では参拝する。それだけで良く、堅苦しく考える必要は無いのだ。
博麗神社の神? 敬う以前に居るのか神様……
「さてと、後は水汲んで帰るだけ……む?」
隣から服を引っ張られる感覚に視線を移すと、文がこちらを上目遣いで見つめていた。
「……なんだ」
「折角来たんですから少し休んでいきません? ○○さんも疲れてるみたいですし」
「了解した……てかもう座ってんな」
見れば文は既に池の岸近くにまで移動していた。返事を聞く前に座ってしまっていれば世話が無い。
だが正直足が疲れていたので内心では感謝を、表情には苦笑を浮かべつつその隣に座った。
こういう気遣いが出来るところだけを見れば普通に良い女だと思う。他の点はまるでアレだが。
普段と違う場所だからといって何か特別なことを話すわけではない。俺たちには似合わないからな。
文が喋って俺が聞く。その基本姿勢を崩すことなく話すのは、ごく最近起こったばかりのことだ。
特別といえば特別だが、この幻想郷ではある意味起こるのが当然かもしれない話。
「……というわけで、霊夢さんにコテンパンにされたわけですよ。手加減はしたんですけどね。
まぁ本気で戦ったとして、あの方に勝てたかどうかは判りませんけど」
「あの巫女が相手なら仕方ないだろ。しかし山の上に神社か……」
つい先日、幻想郷で言うところの所謂『異変』というやつがあったらしい。
掻い摘んで説明すると、外から引っ越してきた神様が巫女とドンパチやりました。以上、説明終了。
それにしても神社と湖ごと引越しとは。流石は神様、やる事為す事スケールが違う。
「それでまぁ山はその神様と仲良くすることにしまして、連日のように宴会を行ってますよ。
神奈子さんにしても諏訪子さんにしてもいい呑みっぷりでしてねぇ。早苗さんは余り呑んではいませんけど。
萃香さん程ではありませんが、呑んでて楽しい方達ですね。○○さんも今度来てみます?」
「心の底から遠慮する。想像しただけで酒臭くてたまらん」
「それじゃあ博麗神社の方ならどうでしょう」
「行かねえって。俺が下戸だってことぐらい知ってるだろ」
幻想郷の実力者が集まる宴会とくれば、その場の酒臭さは想像するに難くない。
つまり下戸にとっては居るだけでも辛いのだ。文に誘われても宴会に出ない理由の一つはこれだ。
「○○さんはもう少し交友関係を広げたほうがいいと思いますよ?
折角楽しい方々が沢山集まってくるんですから、来ないのは損ですよ」
「俺みたいなただの人間が居ても他の奴らは面白く無いだろ。芸の一つも、取り柄も無いしな」
「やっぱり駄目ですか……」
その文の言葉に何か違和感を感じた。声のトーンが少し落ちたような……気のせいか。
「…………あの」
「どうした?」
「私の頼みだからでは、駄目なんでしょうか?」
「…………」
「一緒に呑めなくてもいいんです。隣に居てくれるだけでも嬉しいのですが……」
「……悪い」
真摯な問いかけに対して非常に答えづらかったが、それでも否定の言葉を告げた。
肯定したら強引に連れて行かれるかも、とかそんな心配じゃない。単純に俺の気持ちの問題だ。
文はこう言ってくれているが、本当に嬉しいこととは酒を酌み交わすことなのだ。
酒一杯でダウンする俺を気遣って妥協しているのだろうが、だからこそ俺は自分自身に腹が立つ。
共に酒を呑む、それすら出来ずに彼女を喜ばせることが出来ない。そんな自分が許せない。
こんな心境で一緒に宴会に行っても文は楽しくないだろうし、下手したら逆効果さえありえる。
自分なりの深謀遠慮の結果なのだ。我ながら不甲斐ないと自嘲する他無いが。
「ああ、そんなに気にしなくていいんですよ。訊いてみただけですから」
文はまるで訊く前から判っていた、というような表情だった。……申し訳ないな。
場の空気が重くなったことを直に感じる。周囲の薄暗さのせいで余計にそう感じるのかもしれない。
文は先程からずっと池の水面を眺めている。心此処に在らず、といった面持ちだ。
勿論俺だってこのままでいいとは思っていない。積極的になるのは自分らしくないが、そんなことを気にしている場合でもない。
意を決して横になっていた体を起こし、
「文」
「…………え……きゃっ!」
文の体を抱き寄せ、体の前で包み込むように抱いてやる。
文を背中から抱いている体勢だからその顔を窺うことは出来ない。だが体の硬直具合から相当驚いていることが判る。
こういう時にはお互い顔が見えないぐらいが丁度いいのだ。見てしまったら何を言うべきか判らなくなるから。
「いいか、一度しか言わないから良く聞け」
「…………」
まだ驚きっぱなしか。だがずっとこの体勢でいるのは俺が恥ずかしい。
だから、ひと思いに言ってしまおう。
「俺はお前が居てくれれば、それで十分だ」
「……あ……えっと…………」
「お前はさっき言ったよな。俺が隣に居るだけでいいって。
……俺も同じだ。お前が居てくれればそれでいい」
別に他の誰かと関わりたくないというわけではない。ただ、文が居る生活で満ち足りているだけだ。
我唯足るを知るではないが、満足してしまっているのだから別のことを望もうとは思わない。
望むことは、文が笑顔でいるかどうかだ。
「俺はお前と一緒に居れればいいし、お前も同じように感じてくれていたことが判って嬉しい。
だからこそ、例外的に楽しくなくなるだろうその場所だけは行きたくないんだ」
我ながら酷い言い草だ。再び自嘲気味になりそうなのを抑え、話を続ける。
「だからさ、宴会だけは勘弁してくれ。それ以外の場所なら、いくらでも一緒に居てやるから」
これが俺の精一杯だ。これ以上言うことは何も無い。
文は黙ったままだったが、暫く経って、
「……判りました。だけど本当にずっと隣に居てもらいますよ?」
「構わんさ。男に二言は無い」
「そうですか……それでは私からも言いましょう。
私も○○さんの隣にずっと居てあげます。女にだって二言は無いんですよ」
「……ありがとうな」
それだけ言い終えてから、声を出さずに笑った。
顔こそ見えないけれども、文も同じように笑っている。そんな気がした。
さっきまでの重い空気が消え去り、元の神秘的な雰囲気が戻ってきた。
だけど俺たちの周囲には少し違った空気が流れているような気がする。別に桃色ってわけでもないのだが。
そろそろ体を離そうとしたところで、文がこちらに寄りかかるように動いてきた。
「おいおい体重をかけてくるな。バランス崩すだろうが」
その言葉を気にすることなく、文は嬉しそうに笑う。
「えへへ、○○さんに告白されちゃいました~」
「俺は告白したつもりは無いぞ? するにしてもさっきまでは雰囲気が悪かっただろうが」
「ある意味雰囲気が出てた気もしますけどね。でもずっと一緒に居るっていうのは告白みたいなものだと思うんですけど」
「まあそうかもな。それよりもまずは離れ……っておい」
離れようとすると、逆に文は体を寄せてくる。何のつもりだこいつは?
「ずっと隣に居てくれるって言ったじゃないですか。離れちゃ駄目です」
「くっつき過ぎもどうかと思うぞ」
「宴会には行かないって言ったんですから、少しは私のしたいことを聞いてくれたっていいじゃないですか。男に二言は無いんでしょう?」
「命令権まで認めたつもりはないんだが……まあいいや。で、何をしてほしいんだ?」
「そうですね、ではまずは……もう少しの間この体勢で居させてください」
「了解した」
寄りかかってくる文を支え、同時に顔を覗き込む。安らかな笑顔がそこにはあった。
一頻り見つめあってから視線を外す。と、何処からか法螺貝の音が聞こえてきた。人里からか、それとも天狗の招集か。
そういえば慧音さんの頼まれごとで来たんだっけ。すっかり忘れかけていた。
だがまあ急ぎの用じゃないわけで、少し遅れたとしても問題なし。それよりも目の前の女が大事だ。
これから文と共に過ごしていく時間に思いを馳せながら、澄み渡る池の水面を眺め続けていた。
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7スレ目895
○○「遅いなぁ……文のやつ」
文「―――!」
ギューン
文「はぁはぁ……すいません!遅くなって……!」」
○○「構わないよ。それじゃ行こうか」
文「はい!」
○○「おや……今日も何か取材中だったのかな?」
文「あ、こ、このカメラはですね……その……」
○○「なんだい?」
文「あの……貴方と撮ろうかと思って……」
○○「ああ、そういうことか。じゃあ早速……」
文「?」
○○「お、丁度いいところに。おーい魔理沙ー」
文「ええ!?ちょっと○○さん!」
魔理沙「なんだ○○?っと、彼女も一緒だったか」
○○「まぁな。それで、ちょっと写真を撮ってくれないかな?」
文「え、か、彼女って……!」
魔理沙「おやすいご用だぜ。じゃあ早く並びな」
○○「ほら、文」
文「や、あの……その……」
魔理沙「ほらもっとくっつけよ、二人とも」
○○「だってさ」
文「あ、あうう……」
魔理沙「それじゃ撮るぜー。はい、チーズ!」
パシャ
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10スレ目>>503
私はあなたの事がだいすきです。
「こんにちはー、○○さんいますかー?」
こんこんと、窓を叩く。
それに気付いてくれるまでの時間、出迎えてくれる時間さえ惜しい。
彼に会いたかった。
彼の顔が見たかった。
彼の声が聞きたかった。
「・・・またお前か。文」
ちょっとだけ疲れた表情で彼が窓を開けてくれる。
これがいつもの出迎え。私は嬉しくてたまらずに笑顔になる。
「号外ならいらないぞ」
「もー、そんなんじゃないですってば。今日は単純に○○さんに会いに来たんです」
「いや、そんな事言ってしっかり取材はしていくくせに」
「あやや・・・ばれました?」
ペンと手帳を構える。肩にはカメラを常備。
「それでばれない方がおかしい」
「いいじゃないですか、悪い事は書きませんから」
私はいつも取材という名目で彼に会いに行く。それか、新聞を届けに行く。
それは私の役目。
しなくちゃいけない義務。
彼に会うと、いつも幸せになれるから。
だから今日も取材なんて建て前。
真面目に取材する時もあるし、彼のところには面白い物もたくさんあるけれど、
一番大切なのは彼に会って元気を補充する事。
女の子は、好きな人と会う時世界でいちばん幸せな女の子になれるんですよ?
私は今とても幸せなんです。
「まあ、ちょっと待ってろ。今お茶でも淹れてくるから」
「ありがとうございますっ」
これもいつものパターン。
彼は迷惑そうな顔をするけれども、絶対に私を追い返したりはしない。
頭をかきながら、台所の方へ向かっていく。
私は羽をたたんで静かに家の中へと入っていく。
外とは段違いに暖かい家。
決して広いとは言えない人里の家。
辺りには雑多に物が散らばっている。男一人しか住んでいないからか汚いという印象は拭えない。
でも、それでも温かいあなたの家。
「よっ・・・と。ふう」
適当な椅子に腰かける。
最初のうちはそわそわしていて緊張状態、ろくに取材も出来なかった。
ここには私と彼しかいないという事実に心臓がとてもうるさかったのを覚えている。
でも今は勝手知ったる人の家。
隅々まで取材したのでどこに何があるかなんてすぐに分かってしまう。
もちろん、彼自身の事もたくさん取材した。
好きな食べ物とか。趣味とか。休日の日は何してるのか、とか。
一つ情報を貰うたび、あなたに少し近づけた気がしてささやかな幸せに包まれる。
一つ質問を返してもらうたび、あなたと少し通じあえた気がしてちょっぴり嬉しくなる。
あなたの事は何でも知っていたいんです。
取材なんて卑怯な手を使ってごめんなさい。
でも、ストレートに質問するとあなたは恥ずかしがるでしょう?
顔を真っ赤にして。
そういうところも、全部好きですけどね。
「ほれ、お茶」
「あ・・・あったかいですね、これ」
「最近寒くなってきたからな。風邪ひくなよ」
そうだとしたらやっぱり嬉しいです。
「でも心配は御無用ですよ?私は天狗ですしね。
むしろ○○さんの方が心配なんですけど」
「ばか、天狗でもひく時はひくだろ。それに心配してもらわなくても大丈夫だ、俺は丈夫さには自信がある」
「もう、またそんな事言って」
本当にぶっきらぼうなんですから。
なんでこんな人好きになっちゃったんでしょうか。
「それはさておき、お前はいつもここに来てるが。来ない日の方が珍しいくらいなんだが・・・」
「え、どうかしました?・・・もしかして、迷惑でしたか?」
「いや、そうじゃない。別に来てもらってもあんまり構えないだけで迷惑はしてない」
「それはいいんですよ、私が好きで来てるんですから。・・・で、何です?」
彼は少し考え込むような顔をした。
その手には彫刻刀。もう片方の手には歪な木の塊。
彼はここで置物や子供の玩具などを作る仕事をしている。
だからあんまり構ってもらえないんですけど、でも取材にはちゃんと答えてくれるし、仕事をしている彼の顔を見るのは好き。
とても真剣で、一生懸命に何かに打ち込む姿。
彼曰く、私も取材している時は似たような顔だ、という事ですが。
「いや・・・お前、しょっちゅう人里に来てるがいいのか?」
「やっぱり・・・妖怪は来ちゃいけないんでしょうか」
「そういうわけじゃない。でも、そっちには色々あるんじゃないのか」
色々。
きっと天狗の社会の事を言っているのだろう。
まあ確かにあまり人里に通うのはいい顔はされない。
それも一人の人間の所に通いづめしているとなれば仲を疑われかねない。
天狗と人間。
やっぱり、その溝は深いんだろうか。
どちらも近づいた気でいても、根本的な距離は変わらぬままなのだろうか。
少し寂しくなる。
「・・・って、おい。なんて顔してる」
「え・・・?あ、す、すいません」
思いがけず顔に出てしまっていたようだ。
「・・・まあ、俺はいてくれれば嬉しいけどな」
「え」
なんですか今の言葉は。レア度高すぎ。
「ねえ○○さん、もう一回言ってください。もう一回!」
「ばか、誰があんな恥ずかしい事言うか・・・っておい、やたらとひっついてくるな!」
えへへ。こういうとこあるから○○さんって好きです。
もっともっと、優しくしてください。
「そういえば、私こういうの聞いたことあるんですけど」
「何だ?」
ひとしきり取材(という名のお喋り)を終えて、仕事してる彼の横顔をぼーっと見つめていた時。
ふいに、私はこんな事を思い出した。
「・・・男の人が何かを作りたがる理由って、知ってますか?」
○○さんみたいに。
「いや、知らないな。何かあるのか、そういうのって」
○○さんが丹念に彫り物を作っているように。
彼は相変わらずナイフと格闘している。
むう、こっちを向いてもらえないものだろうか。
「男の人って、自分がいなければ存在しないモノを作りたいらしいです」
「・・・自分がここにいた証、みたいなやつか?」
「そうですねー。その手で何かを残して、自分という存在を刻みつけながら生きる、みたいな」
お。こっちを向いてくれた。
「でもそういうのって女性にも言える事なんじゃないのか?」
「ええ、というかそっちが本題なんですけど」
立ち上がって、彼に近寄る。
もっともっと近く。本当は距離なんてなくしたい。
疲れているから、人肌でも恋しいんだろうか。
「・・・女の人は、子供を産む事が一番の方法なんですって。その子にとって自分は唯一であり全てであるはずだから」
「だから子供は特別なんです。自分の全てなんです。
男の人が何かを作りたがるのも、女の人が子供を愛するように。でも子供を作れないから物理的に物を作りたがるんですよ。
・・・私も、自分が生きてる証とか、残してみちゃったりしてみたいなあ、なーんて」
「・・・そう、か」
「もう、まだ分からないんですか?じゃあ具体的に言います、今日泊めてください!」
「っばか、何言ってるんだ!そういうのはな・・・!」
ぎゅっ、と彼を抱きしめる。
かれとのきょりがなくなった。
そして彼も、抱きしめ返してくれる。
その幸せ。
もう何度もしてもらったけど、その一度一度が最高の幸せを感じられる瞬間。
私に幸せを与えてくれる人の温もりが感じられる。
「・・・そういうのはな、もうちょっと待て」
「待ったらしてくれるんですか?えへ、○○さんやっぱり好きです」
「・・・あのな。こういうのは男から言うもんだろ。いつもお前から言いやがって」
「もう、ダメって言うんですか?普通嬉しいものですよ、好きな人から好きって言われるの」
彼は顔を真っ赤にして何も言わない。
でもそのかわり、くちびるを塞がれた。
すき。
あなたのことが、一番だいすきです。
他の事なんてかんがえられないくらい、私だけみててほしいんです。
私を好きになってくれてありがとう。
私を愛してくれて、本当にありがとう。
「・・・でも今日は泊まらせてもらいます。せめて添い寝だけでも」
「やめろ、俺の理性が保たなくなるから」
「普段素直じゃない分、・・・構いませんよ?」
両手いっぱいのお菓子もおもちゃも、金貨も宝石もいらない。
あなたの手さえあればいい。
その掴んだ手を放さないから、もう決して。
あなたが大好き、大好きってこと。それだけで十分。
大好き、大好き、大好き。あいしてる、ってこと。
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最終更新:2010年05月11日 17:55