文10



12スレ目>>728 うpろだ870


 扉を押すと、簡単に開いた。
 足音を立てず、物音も立てずにある一点を目指す。
 未だに外は暗く、朝だと告げるものは一つも無い。

(……まさか、起きているっていう事は無いでしょう)

 よぎった不安を無視し、音に注意しながら捜索を進める。
 改めてこの中を見てみると、およそ似つかわしくない物ばかりである。
 融けない氷だとか、消えないランプだとか、魔法で創られた物が多種多様に置かれている。
 彼は外の人間だ。
 なのに、割とあっさりとした努力で魔法を覚えてしまった。
 それが、教えた人物が良かったのか、はたまた彼自身の才能かは分からない。
 しかし、ここにあるのは『外界人』○○ではなく、『魔法使い』○○と言う事実のみである。

 少し、初めて会った日の彼が居なくなったような気がした。
 あの頃は、まだ無茶な言動が目立つ、言ってしまえば早死にするタイプの人間だった。
 しかし、あの台詞は一字一句違わずに思い出せる。

「俺は生きる為なら割と何でもしますよ」

 果たしてこれが望んだ『何でも』なのだろうか。
 彼の言う、生きるとは、例えば化け物に成り下がってでも生命を繋ぐ事なのだろうか。
 疑問は本人にぶつければ済む事だが、答えが返ってくる保証は無い。
 いつもの微苦笑ではぐらかされるかもしれない。
 もし、答えが返ってこなかったら。
 彼が手の届かない何処かに行ってしまったようで、少し寂しい。
 それでもやはり彼が人間である事に変わりは無く、彼が言う『生きる為』には程遠い。
 寝ている彼を見つけた。





 彼が紅魔館に進入したと聞いて、すぐに飛んで行った。
 焦りを覚えた自分に嫌気が差しながらも、出来うる限りの速さで。
 着いた先に見たものは、談笑しながら図書館の主に魔法を教わる○○の姿だった。
 呆けた自分を見ながら彼は

「あれ? 貴女も読書ですか?」

 と、暢気に聞いてきた。
 少しばかり、何に対してか分からない怒りを覚え、それでも手加減した風で○○を吹き飛ばした。
 ニヤニヤ笑う図書館の主と司書を背にして、その日はそのまま帰った。



 博麗神社で宴会の時。毎回彼は酒が飲めないからと渋り、それでも妖怪だらけの宴会にいつも参加していた。
 連れてくる人物は、毎回違っていた。

 博麗神社の巫女が彼の家へ赴き
                         白黒の魔法使いが里に居たのを拉致してきて
 人形遣いが誘って
                         山の上の神社の巫女が必死に説得して
 それに二人の神様が加わって
                         とある妖怪のスキマに落とされて
 薬師に薬で脅されて
                         吸血鬼の妹にせがまれて
 鬼に霧散させられて
                         花の妖怪に笑顔で迫られて

               私が、連れてきて。



 何時の宴会かは忘れたけど、誰かが。そう、誰かが彼に

「彼女とか作らないの?」

 とか聞いて、彼は飲んでいた酒吹き出した。
 しばらく言葉にならないほど驚いていたが、あれは面白かった。
 でも、その問いを聞いていた人物は皆答えに期待していただろう。
 結局、はぐらかして有耶無耶になってしまった。



 きっかけは些細な事で、恐らく彼の記憶には残っていないだろう。
 しかし、決定打はとても記憶に残る出来事だった。
 数日、食料も無しに幻想郷中を駆け巡っていた。理由は様々あるが、言うのは控えておく。
 いい加減お腹と背中がくっつきそうな所で、気を失った。
 飛ぶ事は止めておいたから、墜落はしなかったけど地面の冷たい感触を頬が捉えていた。
 目が覚めたら、周りを妖怪が囲っていた。食肉的な意味で食べるつもりなのだろうか。
 どうでもいいや、と思考を放棄したところに一つの声が聞こえた。

「ありゃ、何やってんですか」

 何も答える事が出来なくて、それでも「逃げて!」と、たった一言だけ叫んで、意識は完全に闇の中に。



 目が覚めると、体は柔らかいベッドの上に横たえられていた。
 寝転がったまま天井を見ていると、扉を開けて○○が現れた。

「もうちょっと、命は大切にしましょう」

 お前が言うな、と心の中で言っておいてから、人が傍に居る事に安心して再び眠った。

 次に目が覚めたら、眠そうな目を擦りながら○○がベッドにもたれながら何かの本を読んでいた。
 何だろう、と思って覗き込むと、それに彼は気付いたらしく、慌てて本を閉じた。
 何、と聞くと、何でもない、と常の微苦笑を携えて。
 有り難う、と言うと、どういたしまして、と言いながら部屋から出て行った。
 すぐに戻ってきて、手に持っていたのはあまりに普通の料理だった。
 食べれます? と聞いてきて、私は食べる、答えた。
 何故か、食べていると涙が出た。



 言葉にすると安いもの。
 命を助けてもらって、ご飯を食べさせてもらった。たったそれだけの言葉で表せる出来事。
 でも、私の、大切な出来事。





 無防備に眠る姿はどう見ても迫り来る死に対応出来ない弱い人間である。

(どうでもいいですけど、うつ伏せに寝て苦しくないんでしょうか)

 ○○はうつ伏せで、顔を横に向けて眠っていた。
 鼾とか涎とかは見られない。規則正しい呼吸音だけが寝室に満ちている。

(触っても、大丈夫ですよね……)

 わざわざ朝早くに来た理由はただ、突然会いたくなったからである。
 そして、どうせだからと朝早くに来て寝顔を拝みに来たわけであるが。

「え、っと。触りますよ?」

 呟いて、そっと頬に触れる。



 瞬間、その手を掴まれた。



「ひっ!」
「……だれ」

 酷く不機嫌な声と無表情がこちらを見ている。
 眠りを妨害された事への怒りだろう。乱れた髪の隙間から目が此方の姿を見ている。

「……急ぎの用事でもない限り、寝ますよ」
「あ、あのですね、その、お早う御座います」
「おはようおやすみ」
「ま、待って! その、……用事が、あるんです」
「ご用件を、どうぞ。あー、眠気無くなった」
「え、っと。とりあえず寒いのでお布団に入ってもいいですか?」
「やらしー。ま、確かに寒いけどね。適当にどうぞ。俺はとりあえず外走ってくるかなー」
「あ、ちょっと、待って下さい」
「えー、更にやらしー。で、俺を布団に置いて貴女は布団に入って何をするつもりですかー?」

 妙に間延びした言葉なのはやはり寝起きだからで、眠気が飛んだといっても再び容易に眠りにつけるのだろう。

「よいしょっと。えっと、暖かいですね」
「そりゃ人一人分の暖かさはありますから。それで?」
「……あの」
「うん」
「ずっと、ずっと好きでした。これからも、一緒に居ていいですか?」
「んー? 別に良いんですけど」
「良いんですか!?」
「話し聞けバーロー。俺が先に死んでいいのなら、ですね」
「そ、それは! ……そんなの、ずるいです」
「死んでから他の人とイチャイチャしてたら祟ってやるー」
「……操は、守り続けますよ?」
「いや、ずらした俺が言うのもなんですけど論点はそこではないんですけど。俺が死んでから耐えられるのかっていう」
「死んでからもどうにかなりますし、幻想郷では」
「そういやそうか。じゃ、おやすみ。眠い」
「え? ちょ、ちょっと○○さん! 抱きつくの止めてください!」
「いーじゃん。これ以上は師匠が降臨するのでやらないし。あったかいし」
「う、うー……。これじゃ生殺しですよ……」
「なーんもしませんてー」



「あれ?」

 目が覚めたら、日はとっくに昇って朝という時間は過ぎつつあった。

「何も、されてませんよね?」

 起き上がりながら自分の服を見る。
 若干の乱れはあるものの、あの後何かされた、というわけではないらしい。

「あ、お早う御座います、射命丸さん。遅い朝食、食べます?」
「あ、はい。いただきます」



 朝食が済んで、外に出ると○○が自身の洗濯物を干していた。
 しかし、こうしてみると何か夢を見ていたようで、
 もしかしたら全部夢かもしれないと思ってしまって、思わず声を上げた。

「○○さん!」
「何でしょうか?」

 作業を止め、此方を向く。

「あの、私は○○さんの、彼女、で、……いいんですよね?」
「……」

 その言葉に対して○○は手招き。
 不安に思いながらも傍まで行って、顔を見上げる。

「あの、○○さんむっ!?」
「んー……。どうです? 立派な証明だと思うんですが」
「……はい」

 寒空からさす光は寄り添う二人を照らし、まるで幻想郷自体が祝福しているかのようであった。



―――――――――

○○の台詞中における師匠とは魔法の師匠という意味でパチュリーさんの事です。

そこまでよ!

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12スレ目>>783


文ってなんか抱き心地良さそうだよなぁ

「というわけで抱きしめてみた」
「何が『というわけで』ですか」
「文は嫌か?」
「嫌なわけありません!…あの、できれば、その、もっと、ぎゅーって…」
ぎゅーっ
「(あー、やっぱり抱き心地いいな)」
「……(顔真っ赤)(でも凄く嬉しそう)」
「文ってば、可愛いし良い匂いするし可愛いし柔らかいし可愛いし」
「…あの、○○さん?」
「というわけでいただきます」
「何が『というわけで』ですか!それにまだ昼間…あっ…」

(検閲されました。続きを見るには家永訴訟の歴史を変えてください)

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12スレ目>>951


前日、
「おー、何となく熱気を感じるぜ・・・
 まあ文から一個貰えるから義理の為に媚を売る必要は無いか」


当日、
「まあどうみても義理だが皆律儀だなー・・・
 まさか幻想郷中から義理チョコが来るとはおもわなんだ。
 さて、買い物行ってくるかね」


帰宅
パチパチ・・・
「さて大量にチョコがあるから夕飯は少なめに・・・てのまぁっ!?」
「あ、○○さんお邪魔してますよー」
「おじゃ、お邪魔じゃなくて何焼いてるんだよ文!」
「何って・・・この愛情も篭って無いクソみたいなチョコじゃないですか」
「愛情とかそういう意味じゃなくて・・・今夜のおかず・・・」
「チョコが好きなら私が食べさせてあげますよ、一生」
「そうじゃな・・・むがっ!」
「私の愛がたっぷり入ったチョコです・・・残さないで下さいね?」
(苦っ!なんか苦っ!何これ鉄!?)


ゴックン
「美味しかったですか?」
「うーん、まぁ・・・ちょっとビター過ぎない?」
「あややややや、それは失敗しましたね。
 次は隠し味でもう少し薄めるとしましょう」
「待て文、何故手首にナイフを宛がう」
「隠し味です」
「鉄味の原因はそれか!」


お持ち帰り
「まあ、とりあえず私の意見ですが」
「あぁ、言ってみろ」
「○○さんが私以外のチョコを食べるのが気に入りません」
「まぁ・・・義理だがな」
「全く・・・誰の血が混ざっていたかもわからないのに・・・」
「普通ーの人は隠し味に血ーなんか入れませーん」
「まあ結果として○○さんを味見の名目で拉致出来ればそれで良いんですけどね」
「そういうのは前日にやりなさい」
「あれあれ?良いんですか?やっちゃいますよ?拉致」
「ほう、この一言を聞いてまだそんな不埒な考えを持てるかどうか」
「あやや?何ですか言ってご覧なさい?」
「その・・・文が作った物ならなんでも美味しいんだから、また同じの作って欲しいな・・・と」
「・・・」
「・・・」
「今晩のおかずに私なんかいかがですか?」
「えらくストレートだなおい」

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13スレ目>>37


「外でさ、『七つの子』っていう烏の歌があって。
 烏に七歳の子がいるのか、七羽の子がいるのかわかんなくなるんだよね」
「……私は○○さんとの間になら、
 七歳の子が七人いたって何の問題もないですけど」
「……あややややや」
「私の台詞を取らないでくださいよ。
 ―とりあえず、タマゴを七つ生まないといけませんね」
「…………がんばります」

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13スレ目>>193 うpろだ960


 空には暗雲が立ち込めている。
 人里の側、草原の中。
 開けた一角に、三つの人影があった。

「さあ、早苗」

 帽子をかぶった背の低い影が、声をかけた。

「はい、諏訪子様」

 呼ばれた影は小さく頷き、精神を集中する。

「……そこです!」

 指差した場所を見て、もう一つの影がニヤリと笑う。

「よし、後は私の出番だな」

 大きく両手を上げる。それに呼応するように、宙に巨大な柱が現れた。
 落下した柱は高速で回転しながら大地を削り、
 地の底を目指すかのように掘り進んでいった。








「……とまあ、そんなことがあったわけです。
 次号の文々。新聞はこれでいきますよ!」

 そう言って文は、ほぼ書き上がった原稿を見せてくれた。
 いいネタが入ったから先行公開ですよ、と言って文が俺の家に来たのはついさっきのことだ。
 以前も取材と称してよく来ていたが、
 近頃は原稿書きもここですることが多く、半分同棲のようになっている。
 まあこちらとしても、恋人と一緒に過ごす時間が多くなるのは嬉しい。
 ……それにしても、『怪奇!謎の儀式と地を穿つ柱』ってなあ。

「この写真どう見ても守矢神社の皆だろ。記事にしちゃっていいのか?」
「甘いですね○○さん。ジャーナリズムの前には神も身内も容赦はしませんよ」
「ふーん……じゃあ、俺も?」

 問いかける俺に、文は楽しそうに笑いながらにじり寄ってくる。

「そうですね……もう何度も、○○さんに取材して記事を書きましたが」

 ずい、と顔を近づけてきた。

「こうして恋人同士になってからは、まだ○○さんの記事は書いてません。
 ……プライベートを暴露されたくなかったら」

 実のところ、最近の俺のプライベートは即ち文のプライベートでもあるので
 記事にしようもないのだが黙っておく。
 文の方も、それがわかってやっている顔だ。

「口止め料を、いただけますか?」

 目を閉じ、唇をそっと突き出す文。

「まったく……悪い記者さんだな」

 苦笑いを作って見せながら、俺も顔を近づけていく。

「○○さん、こんにちはっ!文さん来てますか?」

 今まさに唇が重なろうとしたところで、
 戸を開ける音がして、椛の元気な声が聞こえてきた。



「まったく……何の用かしら?まさか邪魔しに来たわけじゃないわよね?」

 不機嫌さを隠そうともせず、文は天狗モードの話し方で椛を問い詰める。
 初めてこの口調の使い分けを聞いた時は、自分との丁寧な話し方は営業用なのかと落ち着かなかったが、
 今はもう気にならない。

「そっ、そんなことないですよ!記事の参考になるかと思ってこれを持ってきたんです。
 さっきそこで配ってるのをもらったんですけど」

 そう言って椛は一枚の紙を取り出した。
 色彩豊かなそれは、何かのチラシであるようだ。

「えーと……『守矢神社分社 温泉銭湯もりやの湯』?なんだこりゃ?」

 チラシによると、この度人里の側に守矢神社の分社を建てたが、
 ちょうどその場所に温泉を掘り当てたのでついでに銭湯をオープンすることにした、らしい。
 今晩から入れるのでぜひお越しください、ということで、丁寧に地図まで載っている。
 地図を見た俺は、その場所になんとなく心当たりがあった。
 具体的には、ついさっき聞いたばかりであるような。

「文、この銭湯の場所ってさ」
「……はい」
「さっき文が教えてくれた場所だよな。
 あの話って、この分社兼銭湯を作ってるところだったのでは?」
「……そのようですね」
「……謎でも何でもなくなってしまったような気がするんだが」
「ああああ、全部書き直し!?」

 さっきの原稿は割と力の入った出来だったようだが、
 謎の人影(まあ、バレバレだが)が謎の儀式を、という内容だったため、
 内幕が明らかになった今、もはや使えない紙切れとなってしまった。
 文は元原稿とチラシを見比べながら頭を抱えている。

「あの……何か悪いことしてしまったんでしょうか……」

 椛が心配そうに見ている。耳を伏せ、尻尾を巻き、叱られた犬状態だ。

「ああ、たぶん大丈夫。椛は気にしなくていいと思うよ」

 少なくとも、新聞を発行するより前にはこのチラシが出回っていただろう。
 ショックを受けている文も、立ち直りは早い方だから心配あるまい。

「……こうしてはいられません!」

 案の定、文はあっという間に精神を立て直したようだ。

「取材を兼ねてこの銭湯に行きます!……で、つきましては」

 拳を握り締めて大げさな決意表明をし、くるりとこちらを振り向いた。

「○○さん……その、一緒に行きませんか?」
「?……いいよ」

 取材を手伝うのはやぶさかではないが、
 一緒に銭湯に行くのはそんなに力を入れることでもないような気がする。

「ではちょっと、支度をしてきます!夕方迎えに来ますから!」
「いや、支度ってタオルぐらい文の分も……もういないか」

 それにしても何であんなに力が入ってるんだろう?

「○○さん、チラシよく読みましたか?」
「ざっと目は通したけど……」

 何か変わったことでも書いてあったろうか。
 もう一度よく見ようと手を伸ばしたが、取られてしまった。
 後のお楽しみというのもありますから、などと言い残し、
 椛はチラシを持ったまま帰ってしまった。

「……何なんだろう」

 とにかく実際行けばわかるだろう。
 俺は文が来るのを待つことにした。





「お待たせしました、○○さん」

 入り口の外で文の声がする。
 タオルを肩にかけ、出迎えようと戸を開けた。

「どうですか?似合いますか?」

 文は半纏を羽織り、石鹸箱を入れた桶を小脇に抱えていた。
 首にはマフラーを何重にも巻いている。

「うん、よく似合ってる……けど、なんでそんな格好を?」
「外の文献でその……若いカップルが、銭湯に行く時はこういう装いをするものだと」

 どちらかというと一昔前の装いであるような気もしたが、
 そんな風に言われるとこちらも意識してしまう。

「じ、じゃあ、そろそろ行こうか」

 顔が赤くなるのを感じつつも、努めて平静を装いながら歩き出そうとする。

「あ、待ってください」

 文は長いマフラーを少し解くと、伸ばした側を俺の首に巻きつけ、ぴたりと擦り寄った。

「―もうそろそろ寒いですから。寄り添った方が暖かいですよね」
「…………」

 完全に撃墜された。
 顔が熱い。
 文の空いている方の手を握ると、ぎゅっと握り返してくる。
 そのまま、俺達は夕焼け空の下を並んで歩き出した。





「いらっしゃいませ……あ、○○さん、文さん、いらっしゃい」

 銭湯の入り口をくぐると、目の前の番台には早苗と神奈子様が座っていた。

「開店……いや分社かな。とにかくおめでとう。ずいぶん本格的な銭湯だね」
「ええ。信仰を集めるにはまず人を集めるべきだということになりまして。
 どちらかというと温泉の方に力が入っているんですよ」

 少し困ったように笑いながら早苗が答える。
 確かに、玄関の横にあった小さい社と比べると明らかにこちらの方がメインだ。

「まあ、この温泉自体が守矢神社のご利益のようなもんだからね。
 早苗が奇跡の力で脈を呼んで、私がオンバシラで掘り当てて、
 諏訪子の力で制御してるんだ。利用客が増えればそのまま信仰につながるわけだ」

 神奈子様はどことなく自慢げに語っている。もしかすると、発案者は神奈子様なのかもしれない。

「それでは、まずは利用客として入らせてもらいますね。後で取材をさせてください」
「はい。喜んで」
「ちゃんと宣伝になるような記事にしてくれよ?」

 二人とも取材には好意的だ。これなら新しい記事もできるだろう。
 文が持ってきていた俺の分の石鹸を受け取る。

「じゃあ、また後で」
「ええ、後で」

 文に声をかけてから、番台の下にあった賽銭箱に二人分の湯銭を入れる。
 休憩所の中を通り、『男湯』と書かれた暖簾をくぐろうとしたところで、文の声が聞こえた。

「入り口は別なんですね」
「ああ、さすがに脱衣所と洗い場は男女別だよ」

 入り口『は』?脱衣所と洗い場『は』?何となく気になって振り返る。

「あの、ここの温泉って……」
「あれ?○○さんチラシは読まなかったんですか?」
「奥の露天風呂は混浴になっているんだ。ざっくばらんで良いだろう?」

 ああ、椛や文の様子に何となく違和感があったのはこれか。
 俺から文への『後で』は湯上りのことだったが、
 文から俺への『後で』は露天風呂でということだったらしい。
 ……落ち着け。落ち着こう。
 残念ながら……いや、幸い気温が低いから湯気が立ち込めているだろうし、
 そんなに大変なことにはなるまい。
 お互い見たって差し支えのない間柄だが、実際見たことはないので
 こういう不測の事態に遭遇すると心臓がフル稼働し始める。

「あんまり中でイチャついてのぼせるなよー?」

 暖簾をくぐる俺の背中に、神奈子様の冷やかしが投げかけられた。





 脱衣所を見たところ、男性客は俺一人というわけではないようだった。
 身体を洗うために、洗い場の隅に積んである椅子と桶を取ろうとする。

「やっぱりな」

 銭湯のお約束か、諏訪子様の趣味か。
 桶は『ケロリン』のプリント付だった。
 どこから持ってきたのだろうかなどと思いながら、
 一通り身体を洗ってお湯を浴びる。

「……よし」

 内湯も一応あるが、ここでくじけるわけには行かない。
 意を決して、露天風呂への第一歩を踏み出した。





 予想に反して湯気は少なかったが、お湯は褐色なので
 肩まで浸かってしまえば水中は見えない。
 ほっとしたような、残念なような。
 タオルを頭に載せ、階段状の入り口から足を踏み入れる。
 程よい温度で、これならゆっくり浸かって芯まで温まれそうだ。

「やあ、○○」

 かなり広い湯の中を進んでいくと、香霖堂の霖之助さんがいた。

「こんばんは霖之助さん。
 ……メガネがくもったままですが」
「ああ、これはわざとこうしているんだ。
 向こうに顔見知りが来ているから、
 うっかり目を合わせずに済むようにね。
 もし目を合わせると……」

 霖之助さんの知り合いといって思い浮かぶのは女性ばかりだ。

「痴漢呼ばわりされるんですか?」
「いや」
「おー、○○だー!まあ一杯飲みなよー!」
「……鬼に酒を飲まされるんだよ。じゃ、僕はこれで」

 奥から萃香がやってきた。
 霖之助さんは素早く退散し、俺は萃香に捕まってしまった。
 横にはお盆に載った徳利とお猪口が浮かんでいる。

「温泉で飲む酒は格別だよー、ほらほら飲みなよー」
「ちょ、萃香、あんまりひっつくなよ」

 いつものごとく出来上がっている萃香は密着して酒を勧めてくる。
 これは逃げられないかと思ったところで急に誰かに引っ張られた。

「萃香さん、私の○○さんに裸でくっつかないでください」
「あ、文!?」

 俺を萃香から引き離し、腕を抱え込むようにして確保しているのは文だった。
 助かった、と思ったが今度は文と俺の身体が密着している。
 さすがに衆人環視の中でこれは恥ずかしい。

「文、当たってる、当たってるって」
「……あやややや」

 慌てて離れる文。
 ちょっとだけ、いやかなり名残惜しいが仕方ない。

「お、これはいい飲み相手が来たね。ま、一献」
「あ、これはどうも」

 こちらの事情は一向に気にしない様子で、萃香は徳利を持ち上げた。
 文もいける口なので、お猪口を取って酒を受ける。

「○○さんもどうです?」
「……どうしようかな」

 正直回りの早い湯の中でこの二人に付き合ったら沈んでしまうと迷っていたら、
 盛大な水音を立てて何かが落ちてきた。
 後に続いて、見たことのある黒白の服を物干し竿のようにかけた箒が
 ゆっくりと下りてくる。

「ふー、ちょっと着水に失敗したかな?」

 上空から降ってきたのは魔理沙だった。
 寒空の中、箒の上で服を脱いでダイブというのはなんとも器用だ。

「ちょっと魔理沙、ちゃんと入り口から入ってきなよ~」
「いや、ちょうど上を飛んでたんでな。これで湯銭が浮いたかな?」
「……何はともあれ、魔理沙さんも一杯どうです?」
「お、いいじゃないか。いただくぜ」

 どうやら矛先がそれたようだと安心したところで、
 今度は水中から何かが浮かび上がってくる。
 ……この温泉本当に大丈夫かなあ。

「ちゃんと湯銭払わないとたたるよ~」

 浮かんできた諏訪子様は、
 かぶったままだった帽子を脱いで差し出す。
 魔理沙は空中にある服のポケットから取り出した小銭を渋々その中に入れた。

「ありがと~。それじゃあ開店祝いの宴といこうかな」

 帽子から徳利が何本も出てくる。中身がちゃんと入っているらしい。
 あの中はどうなっているのだろう。

「ほら○○さん、まだまだありますから」

 話が戻ってきてしまった。観念した俺は文に酒を注いでもらうことにした。









「う~」
「文、大丈夫か?」
「天狗が酔ってるなんて珍しいぜ」
「おっかしいなー、そんな強い酒じゃないんだけどなー」

 飲み始めてしばらくして、文がふらふらしてきた。
 普段なら一樽飲んでも酔わないぐらいなのに、
 これなら俺の方が酔っていないぐらいだ。

「○○さ~ん」
「うわっ!?」

 突然文がもたれかかってきた。
 ああ、柔らかいなあ……じゃなくて。

「○○さんはあったかいですね~」
「文、本当に大丈夫か?少し休んだ方が」
「失礼ですね~。私が酔うわけないじゃないですか~
 ……そんな失礼なことを言う○○さんはこうですっ」

 そう言うと、文は全体重を俺に預けてくる。
 色々と危ない。具体的には俺の理性と文のバランス。

「む~、○○さんは私とくっつくのは嫌なんですか?」
「……嫌なわけないだろ、ただこの体勢だと危ないから」
「二人とも仲いいねー」
「こっちの方が湯あたりしそうだぜ」
「見てないで助けてもらえないか……あっ」

 不安が的中し、肩に巻きついていた文の腕が離れた。
 慌てて振り向いたが時既に遅し。
 文の姿は褐色のお湯の中に沈んで見えなくなってしまった。

「うわあっ!?早く、早く引き上げないと!」
「そんなに深くないんだから落ち着きなさい○○」

 諏訪子様はお湯に潜ると、程なく文をサルベージしてきた。

「はい○○、運んであげてね」
「は、はい」

 受け取った文をなるべく直視してしまわないようにしながら抱える。

「……で、どこへ?」

 女湯に俺が入るわけにはいかないが、文を抱えて男湯を通るわけにもいかない。

「私と萃香が運ぶから、○○は休憩所で待っていてくれ。
 ほら、萃香脚の方持てよ」
「はいよー」
「すまない、頼む魔理沙」

 二人に文を任せ、俺は休憩所に走った。





「なんだ、やっぱり中でイチャついていたのか?」

 呆れたような神奈子様をよそに、俺は魔理沙達と一緒に文を囲んでいた。
 額に濡れタオルを当ててあるが、まだ顔が真っ赤だ。
 とにかく、冷ましてやらないと。

「何か扇ぐものないか?」
「はいこれ」
「……文の葉団扇じゃないか。大丈夫なのかこれ」
「人間が使う分にはただの団扇だよー」

 一抹の不安は残るが、とにかく扇ぐ。
 しばらく扇ぎ続けたところで文が目を開けた。

「うーん……」
「あ、気がついたみたいだよ」

 文は周りを見回し、状況を把握したようだ。

「すみません……ご迷惑をおかけしたようで」
「気にするなよ。でも天狗が酔いつぶれるところなんて初めて見たぜ」
「いえ、お酒はたいしたことないんですが、普段あまり長湯はしないもので」
「―なるほど」

 烏の行水なんて言葉もあったな、と思い、
 俺はなんとなく納得がいったのだった。





 まだ少し文がふらふらしているので、
 大事をとって取材は後日とし、今日はもう帰ることになった。
 萃香と魔理沙はもう少し飲み直してから帰ると言って、
 また温泉に戻っていった。

「あの、もう大丈夫ですから」
「いいっていいって。俺もあったかいし」

 すっかり暗くなった道を、背中に文を背負って歩いている。
 軽いけれど確かな重さと温もりが心地よい。

「……その」
「ん?」

 俺の肩を掴む手に、力が加わる。

「また、一緒に入りましょう。
 今度は倒れないようにしますから」
「そうだな。じゃあ今度は空いてる時間を狙っていこうか」

 俺の家まではもうすぐだ。
 だがもう少し、遠回りしていきたいような気分だった。

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13スレ目>>293 うpろだ966


 一口に酒に強いと言っても、
 つぶれない、翌日に酔いが残らないという場合もあり、
 まったく酔わない、という意味だとは限らない。
 俺はそれを痛感することになった。





「今回の文々。新聞は売れ行き好調だったので、
 今日は私がおごりますよ」

 そう言って、文が俺と椛を引き連れて出発したのが
 かれこれ3時間ほど前。
 ミスティアの屋台に着いて、

「文々。新聞の読者増と焼き鳥の撲滅を目指して!」

 という文の音頭で乾杯したのが2時間ほど前。
 他の客もいない中、文を真ん中に3人並んで飲み始め、
 美味しい八目鰻と熱燗を楽しんでいたのだが……




「きゅぅ~ん……」

 さっきまで文を挟んで左にいたはずの椛がいつの間にか右隣に座っていて、
 俺は二人に挟まれる形になっていた。
 そして今、ちょうど人懐っこい犬のような感じで、椛が擦り寄ってきている。

「ちょっと椛……何してるの?」

 反対側の文から殺気が噴出すのを感じ、酔いが醒める。
 椛を撫でてやろうと無意識に出しかけていた手をあわてて引っ込めた。

「そ、そうだぞ。そういうことは文にしなさい」

 だが椛は一向に離れようとせず、とろんとした目でこちらを見上げてきた。

「だって、文さん最近○○さんの話ばっかりでかまってくれないんですよぉ……
 責任とって、代わりにかまってくださいよぉ」

 そう言って、さらに力をこめて頭を擦り付けてくる。
 ……いかん、酔っている。
 椛も天狗である以上酒には強いはずなのだが、甘え上戸というやつらしい。
 リミッター抜きで、かまってオーラ全開だ。
 押し留める理性が折れそうになる。

「○○さん、何してるんですか……」

 左側の殺気がさらに膨れ上がる。
 恐る恐る目を向けると、文がこちらをにらんでいる。
 その背後には燃え盛る嫉妬の炎が見えた気がした。

「いや、何もしてないって」
「そんなことを言って、
 私というものがありながら椛に走るつもりではないでしょうね」

 目が据わっている。
 こちらもやはり酔っているらしい。

「ご、誤解だって!そういうつもりは全然ないから!」
「だったら!」

 左腕がしっかりと抱きしめられる。
 酒が入っているせいか、伝わってくる体温は普段よりも熱い。
 文の頭が預けられ、肩に重みがかかった。

「……撫でてください」

 ……素面の時でもこういったコミュニケーションは時々
 ―いや、かなりしている。
 だが、ほんのり朱に染まった頬が、幾分早い鼓動と息遣いが、
 普段と違った魅力を感じさせた。
 例え言われなくても、俺は手を伸ばしていただろう。

「…………あ」

 小さく吐息がこぼれる。
 さらさらした髪は、手を置いただけで自然に滑っていきそうだった。
 手のひらから伝わる感触を味わいながら、繰り返し撫でる。
 柔らかさが、温かさが、たまらなく愛おしい。
 文も気持ち良さそうに目を閉じている。






 が。
 酔っ払いの思考は流れを無視して飛ぶ。





 突然文が目を見開き、カウンターを叩いた。

「な…何?」
「足りません」
「……え?」
「愛情が足りません!」
「ええっ!?」

 さっきまでのまったりと甘い雰囲気がなかったことのように、
 文はえらく怒っているようだ。
 俺としては愛情を込めたつもりだったが、
 そもそもどこに判断基準があるのかわからない。

「隣の椛に気を取られてるんじゃないですか!
 そんなにわんこが好きですか!
 散々私の心を掻き乱しておいて、
 からすなんかお呼びじゃないって言うんですか!」
「そんなことない!俺は文を愛してる!
 確かに椛はかわいいけど、それは庇護欲を掻き立てられるというか、
 えーと……父性愛?」

 どうしたらわかってもらえるのか迷っているうち、
 そんな言葉が口をついた。
 納得がいったのか、文の勢いが止まる。
 やれやれ、どうにか落ち着いてくれたようだ。
 俺は一息ついて、お猪口を口に運んだ。

「そんなに父性愛を発揮したいなら……
 私と○○さんの子どもにすればいいじゃないですか!」
「むぐっ!?」

 危うく吹き出しそうになった。
 何とか抑えたが、気管に少し入ったようだ。 

「あれ、もうおめでた?」

 我関せずと蒲焼を焼いていたミスティアが顔を上げて聞いてくるのに、
 首を横に振って答える。
 あいにくと、その結果に至る原因すらまだない。

「聞いてるんですか○○さん!
 わんこをかまってる暇があったらですね!」

 左にはテンションの高い文。
 右には相変わらず「撫でれ」という顔でこちらを見ている椛。
 視線を上げ、助けを求める。
 ミスティアはあきらめ顔で、黙ってお銚子を出してきた。
 ……ある意味では適切な回答だ。
 説得は不可能、天狗が酔いつぶれることも考えにくい以上、
 終わらせるには自分がつぶれるほかない。
 俺は酒を注ぐと、ぐいとあおった。










 ……気がつくと、朝だった。
 ぼんやりとした記憶を手繰る。
 確か、酒が回ってうつらうつらしていたら屋台が閉店となり、
 まだくっついてくる椛を苦心して引き剥がしてから、
 ようやく沈静化した文に連れられて何とか家まで帰ってきたはずだ。
 布団から身を起こし、立ち上がる。
 燗酒は醒めるのが早いが、それでも結構な量だったので、身体が重い。

「おはようございます、○○さん」

 一緒に帰ってきて、そのまま泊まっていた文は既に起きていた。
 あれだけ酔っていたのに何事もなかったかのように元気だ。

「ああ……おはよう、文」
「その……昨日はすみませんでした、色々と……」

 酔っていた時の記憶はしっかり残っているらしく、
 心底申し訳なさそうに謝ってくる。

「いや、まあ、酒の上だから……」
「本当は、○○さんがちゃんと愛情を込めてくれてるって、
 わかってたんですけど……ついやきもちを焼いてしまって」

 ……ああ、ちゃんと伝わっていたなら何よりだ。

「だから、その、改めて……撫でて、くれませんか?」

 おずおずと、頭をこちらに差し出してくるのが愛らしい。
 手を伸ばし、優しく撫でる。

「……よしよし」

 文は目を細め、嬉しそうにしている。
 二日酔いも忘れて、しばらくの間そうして文を撫でていた。

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13スレ目>>244


BGM~天狗が見ているry

やって欲しいのか?
「な、そんな訳無いじゃないですか!椛は天狗の一族だと言うのにみっともないです!」

BGM~天狗が見ているry

やっぱりやってほしいのか?
「違いますって!これは記事になると思ってレポートを・・・」
よしよし
「ぅん・・・」
よしよしよし
「ん・・・ぁ」
よしよしよしよ・・・
「・・・ぇ?」


「ぁ・・・」
やっぱりやってほしいのか?
「ぅ・・・〇〇さんはずるいです///」


文かわいいよ文

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最終更新:2010年05月11日 18:24