文18



新ろだ78


起――何があろうとしているのか。

 人里から少し離れた森の中。ひっそりとたたずむ料理屋がある。
 昼前のそこは今日も今日とてとてものどかだった。

「ますかーれい!ますかーれい!ぐらびゃーますかーどんびーれい!
げらぅ!げらぅ!うぃーでぃすがいず」
「何を言っているんですか……」
 呆れ顔の射命丸に突っ込まれたが、今日は十月三十日。ハロウィン前日なのだ。浮かれたっていいじゃないか。
「うむ、これはやはりお菓子を用意せにゃあなあ」
「こんな辺鄙なところに来る子供がいますか」
 住居スペースに料理人とカラス天狗がソファに座りながらそんなことを話していた。
 たしかにここは少し里から離れているし、入ってすぐとはいえ森の中にある。
「いや、来るね、間違いなく来る。僕の勘は間違いない」
「あー……でも慧音さんが連れてくるかもしれませんね。確かに」
「いや、さっき慧音先生に行くからって言われて菓子材料もらってきたところだ」
「勘でもなんでもないじゃないですか」
 明日のために何をしようか、今日は開店休業状態。何かするなら今しかないな。

「とりあえずお菓子作るのは確定でいいよね」
「いいですね。私も手伝います」
 とりあえず作るものをリストアップする。
「キャンディは作れなくも無いけど香霖堂にあったはずだ。文、確保をお願いできる?」
「わかりました~」
「ケーキとクッキーはここで作れるから僕が作る。久々だから心配だけど」
「どれくらい作ればいいんでしょうかね?」
「かなりの数、作れないとまずいと思う。慧音先生が来るなら子供の数も馬鹿にならないし、
子供達のほかに来ないとも限らない、というか来るに10000ガンプラ」
「そ、そうですねー……」
 ジト汗の射命丸。さすがにその事を考えると数を用意しないとまずい気がする。
 そんな事を話していたら、もうお昼も大分過ぎた時間だった。客は来ない。
 遠くでちんちんと鳥の鳴く声が聞こえたりもする。まだ真昼間だと思うのだが。
「静かだねえ」
「静かですねえ」
 まったりと二人、お茶をすする。すごくのどかだ。


 おもむろに皿に遣った手が空を切る。見るとお茶菓子が切れていた。
 甘味が足りない。
「……文」
「はい?」
「……キスしよっか」
「……ん」
 唇が触れる。どんなお菓子よりも甘いそれは、僕専用の大好物。
 麻薬のようであり、極上の菓子のようであり、禁断の果実のようでもあり。
 触れればとろけてしまいそうで、味わえば病み付きになる。
「ふふ、なんか幸せですね……」
「だねぇ……」
 そういって笑いあう。
 こうやってのんびり彼女と過ごす秋の一日も、またいいものだ。
 そんな事を思いながらもう一度唇を重ねようと


「おーい、いつものだぜー」
「遅めの昼ご飯ね」
「ちょっと遅れちゃった、って誰もいないんだね、珍しい」
「大方奥でイチャイチャしているんじゃないか?」
 向こうから聞こえてきた箒を立てかける音となじみのある声に遮られた。

「むー……」
「残念だがお客さんだ。文、続きはまた夜に、ね」
「え、ええ……よ、夜……!?///」
 口をパクパクさせる文をおいといて厨房へ入った。




「そろそろツケを精算しろよー」
「死ぬまでに払ってやるから安心しろー」
「あなたがお賽銭を入れてくれるなら考えてあげなくも無いわ」
「すいません、そのうち払いますから」
 しばらくするとそんなやり取りが聞こえて来る。射命丸も立ち上がった。
「さて、私もやるべき事をやりますか」
 そう呟くと、彼女はどこかへ飛んでいった。





承――それをどうするか。


 その日の夜から作業は始まった。クッキー生地を大量に用意する為だ。
 バターも砂糖も小麦粉も、ストックがなくなりそうだ。また、買出しに行かなければ。
 そんな事を考えながら、最後の生地もラップに包み終わる。
「というわけでクッキーはこのくらいか」
 大量のタネ生地を冷蔵庫にしまいながら、呟く。
「これだけあると焼いて、袋詰めするのに骨が折れそうだ、あんまり考えたくないな……」
 まぁいいさ、お祭りは楽しくやらなきゃ。
 既に店先はお化けかぼちゃのくりぬき型や蝋燭ですっかりハロウィンの飾り付けだ。
「さて、寝たい所だけど……」
 まだ射命丸は帰ってきていない。むう、どうしたものか。


「ただいま帰りましたー! おお、もうすっかり出来てますね」
 そんな事を考えていると丁度いいタイミングで射命丸が帰ってきた。肩からかけたかばんがパンパンだった。
「お帰り。どこかいってた?」
「ええ、取材とかいろいろです」
 かばんから結構な大きさの袋を取り出す。
「ふむむ?」
 渡された袋には大量のキャンディが入っていた。ああ、香霖堂か。
「ありがとう、お疲れ様」
「いえいえ、○○さんこそお疲れ様、ですよ」
 労いの言葉がありがたい。まぁ、なんにしろ明日は当日。お菓子も作らないとだし、
「そろそろ寝ようと思ってたんだけれど」
「あ、はい、おやすみなさい……あの」
 おずおずと射命丸が僕の服のすそを掴んだ。
「ん?」
「……お昼言ってた、あれ、……覚えてます?」
 真っ赤になってうつむく射命丸が可愛かった。

 うん、もう少し夜更かしするのもありだろう。愛はすべてに優先するさ。



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中略
~ヨッシーのクッキーやると無性にクッキー食べたくなるよね!(○○・談)

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「……うー……うーん? ……そこまでよっ!?」
 起きた。何を言っているんだ僕は。なんか凄く大切な事をすっ飛ばされた気がする。
「ぅ……おはようございます……」
 横にいた射命丸も起こしてしまったようだ。まだ眠そうだ。
「おはよう射命丸。もう少し寝てていいよ」
 そういうと、じゃあもうすこしだけ~、と暖かい布団をかぶってしまった。
 起きて服を着替える。時計を見るといつもより二時間寝過ごしていた。


 とりあえず顔を洗って頭をすっきりさせる。
 コックコートに着替えて僕はケーキの準備に取り掛かった。焼き物が多いからあまり余裕は無いと思う。
 生地を作るより先にオーブンを暖める。クッキーも平行して焼かなければ、間にあわなそうだ。
 ケーキを作りながらクッキーを焼く。なんというか、クッキーとキャンディだけでも良かった気がする。
 しかし、作ると決めたからにはやり遂げねば。意地があるのさ、オトコノコには。


「ふぁぁ、おはようございます」
 最初のクッキーが焼けたころ、射命丸が降りてきた。
「おはよう文、顔、洗っておいで」
「あふ、ふぁい……」
 のろのろと外に向かう彼女。おっと、次のクッキーを焼かなければ。
 焼けたクッキーを大皿に移し、次のクッキーの準備を始める。
 均一な厚さに生地を切って、シートの上にそれを並べる。並べたらオーブンへ。
「いい匂いですね~」
 すっかりいつもの調子の射命丸が戻ってきた。
「朝御飯向こうに用意してるから一緒に食べようか」

 朝食: ごはん、かぼちゃの煮つけ、ベーコンサラダ、わかめとあぶらげの味噌汁

「もぐもぐ、なんとかなりそうですか?」
「もぐもぐ、まあ何とか。それよりクッキーの梱包をお願いしたい」
「了解しました。もぐもぐ、あ、この煮付け美味しいです」
「そうかい? 今年のかぼちゃは良く出来てるっていってたからなあ、もぐもぐ」
「そうなんですか、……ん? 何かにおいません?」
「もぐもぐ……あ、クッキー焼きっぱなしだtt」
「あややややや」
 結局その回のクッキーは半分くらいだめにした。ケーキの土台にでも使うか。


 お菓子作り再開。ケーキを作る僕と、クッキーを焼いては並べ、袋詰めをする射命丸。
「あ、これ、ちょっと焦げてますよ」
「どれどれ、ああ、ほんとだ。どうしようか、食べるかい?」
 味見がまだだったなあ、そういえば。
「はい、じゃあいただきます」
 半分に割ったクッキーを口に放り込む。しばし咀嚼。
「うーん……やっぱりちょっと苦いですね」
 そう言ってもう半分を咥える。
「ああ、苦いなら無理して食べなくてmんむっ!?」
 咥えた唇が僕の口に重なった。真ん中でクッキーが割れる。確かに少し苦かった。しかし
「ん……んぅ……ちゅる……」
 口の中のクッキーを咀嚼する。そこに射命丸の舌が割り込んでくる。
「むぅ……ちゅっ……ぁむ……」
 お互いの口の中のどろどろになったクッキーが混ざり合う。
 一瞬で苦味がどうでもよくなるくらいに甘くなった。
 たっぷりと舌を絡めて唇が離れる。二人とも真っ赤。一息ついて、
「……甘い」
「甘くなりました、ね」
 うんそうだね射命丸君。嬉しいけど料理中だよ? という目で見たら、
焦げたクッキー食べさせる彼氏はダメですよ?という目で見られた。
 なんだか納得してしまったので焦げてないちゃんとしたクッキーでもう一回やったら、
またクッキーを焦がした。何をやっているんだ、僕らは。



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中略
~焼き菓子は秒単位で素材に火が通り食感が変化する……
 オレは何をボケていたんだ、この料理の勝敗は時間が全て!!
 イチャついている間に、料理(つく)れ!!(職業中華の覇王・談)

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 無事にケーキが焼けた。バットから外ししばらく荒熱を取る。その間にまたクッキーを焼いたり。
 熱の取れたスポンジケーキにクリームを塗ったり、フルーツをまぶしたり。
 フルーツケーキ、それも結構大きなサイズ。これをカットしていく。
「うん、こんなもんか」
 目の前には山のような袋入りのクッキーと何枚ものケーキ、大量のキャンディ。
 正直作りすぎかな、と思ったが、クッキーもケーキもなんとかあるだけ焼いた。
 時刻はもう夕方。子供たちも来るころかもしれない。
 傍らの彼女を見やると、写真機を構えて、
「せっかく綺麗にできたんですから、新聞に使わせていただきますよ♪」
 と、楽しそうに作ったお菓子の写真を撮っていた。
 僕は店先から声が聞こえてくるまで、そんな射命丸をずっと眺めていた。





転――驚くべきことは特にないけれど


 外から声がすると思ったら、
「ごきげんよう、人間の料理人」
「いたずらしちゃうぞー」
「おや、紅魔館のお嬢様方。ご機嫌麗しう」
 子供より先に吸血鬼姉妹が来た。二人ともいつもの装いではない。
 姉のほうは緑色を基調としたゴシック名ロングドレスにヘッドドレス、人形のような美しさを放っている。
 対して妹のほうは青を基調とし、半ズボンに白いタイツ、シルクハットをかぶり、手に鋏が危なっかしい。
 彼女の後ろにぞろぞろといるのは……
「お嬢様、紅茶の準備はできております」
 なぜかずいぶんと背中を反って歩きながら紅茶を淹れている黄色と黒の色使いが時を止めそうな冥土長と
「ここがあの天狗の恋人の店ですか」
 とものめずらしそうにこちらを見る間の抜けた犬のきぐるみを着た中国少女と
「えぇーと、あの男から消極的にお菓子を脅し取るには……」
「脅かすなら任せてください!」
 と本を読みながら物騒なことをつぶやく図書館主とその使い魔……は普通だった。
 あの吸血鬼、何を着ていてもカリスマはカリスマなのか。恐ろしい。

 とりあえずお菓子の袋を振舞った。
 人が来ないことだけを祈ることにする。あと槍とか剣で店が壊されませんようにも。


「ふむ、行くだけでお菓子がもらえるイベントか、中々悪くない。今度は館総出で来るとしようか」
 カリスマ全開でお菓子の袋にご満悦の吸血鬼。
「喜んでいただけたなら恐悦至極にございます」
 でも総出は勘弁して欲しい。
「相変わらず紅魔館に来る気は無いようだな」
「ええ。残念ながら」
 答えるのと「渡しません!」って顔で射命丸が腕を絡めるのとほぼ同時だった。
「まぁ、その様子だと招くのも大変そうだな」
 少し微笑む吸血少女。まるでその反応を楽しんでいるかのようだ。
 というかこの前外界人の人間が料理長になったと聞いたぞ。まだ人手が足りないとでも言うのか。
「そろそろお時間です、お嬢様、ハロウィンパーティの時間が近づいておりますが」
「ええ、今行くわ」
「またね~」
「ご馳走様です~」
「……(ぺこり)」
「お菓子ありがとうございました~」
 それぞれに何か言いながら遠ざかっていく吸血鬼ご一行。
 それを見ながらも射命丸は黙ったままだった。不安がらせちゃったかもしれない。
「文」
「……」
「僕はずっとそばに居るよ」
「……はい」
 少し緩んだ腕は、絡まったまま。とりあえず慧音先生はまだ来ない。



「おーい○○~」
 次に来たのは永遠亭の方々。
「ん、ああ、こんばんわ、悪戯兎。お菓子をやるから今日はゴメンしてくれ」
「悪戯兎言うな、私にはてゐって名前があるんだ」
「はいはい、あ、八意先生、その節はどうも」
「いいえ、あれはあなた方の愛の勝利よ」
 八意先生はいつもどおりの落ち着いた笑顔で答える。しかし愛の勝利って何だ。
「もうやだ永琳さんったら」
 射命丸の恥ずかしがり方を含めて恥ずかしくなった。僕まで赤くしてどうする。
「で、やはりそれですか」
 永遠亭の皆さんは思い思いの格好をしている。カボチャの被り物に黒マントの鈴仙をはじめ、
本格的な魔女の格好の八意先生、ホッケーマスクに作業ツナギで斧を持った妹紅さん。そして一番恐ろしいのがてゐ。
頭に黒くて丸いものをつけて黒いセーターに赤いオーバーオール、大きな靴と大きな白い手袋……って語るのが怖い。
「あれ? 輝夜さんは」
「姫様は今日はG狩りがあるらしく……」
 さいですか。リアルよりネットを優先したら負けだと思うが。


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中略
 ~利権商売、ダメ・ゼッタイ(職業地上兎代表・談)

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「ありがとね~」
「悪いわね、こんなにお土産までもらっちゃって」
 と結構な量のお菓子を持った兎が二匹。
「いえ、お留守番しているイナバさんたちにも楽しんでもらいたいですし」
「そう思ってもらえるあの子達は幸せね」
 そう言うと八意先生は嬉しそうに笑った。
「また怪我したときはいらっしゃい。特別効く奴を処方してあげるわ」
「そうならない事を願っていますよ……」
――担ぎ込まれる時はろくなことが起こる気がしないな。
 帰っていく一行を見送る僕の背筋に嫌な汗が伝った。



 ぼけっとしてたらまた来客。
 普段からこれくらいお客様が来ればいいんだけどな。なんて考えてしまう。
「文さん、どうです? そちらのセイカツは」
「それはストレートすぎだよ、椛さん……」
 と、犬走さんとにとりがやってきた。仮装はしていなかった。
 まぁ射命丸なら何かするわけでもないだろうからいいけれど。
「えーとそれはもう毎日のように……ってなに言わせるのよ! 話はそれだけ!?」
 射命丸が真っ赤になってそれだけ言う。天狗としての口調になっている。
 赤くなければ怖いが、これだと逆に可愛らしいぞ。
「なんだか里が騒がしかったので気になって物見遊山で来てみました」
 暇なんだな、と言ったら非番なんです、と怒られた。
「ええと、とりあえずこれどうぞ」
 お菓子の袋を渡してみる。受け取る二人はこれは仮装して来ればよかった、と笑いながら言っていた。
 去り際、犬走さんとにとりに挨拶をすると
「文さん、たまには大将棋の相手してくださいね~」
 と言っていた。
「そういえば最近あっちに帰ってないな、文」
 傍らの彼女は
「あ、そうですね、今度ちょっと行ってきますね」

 その少しの違い、射命丸が『帰る』ではなく『行く』と言ってくれた事がなんとなく嬉しくなって
後ろから抱きしめて射命丸の頭を撫でた。
 しばらく撫でていたけれど目を細めた彼女が
「あ、ほら、きましたよ」
 と、前を指差した。道の向こう側から近づいてくるろうそくの明かりが見えてくる。
 さあ、そろそろ忙しくなるかな。



「とりっくおあとりーと!」
「とりっくおあとりーと!」
「はいはい、順番だよ」
 子供達が来ると店の前はごった返しになった。
 その思い思いの姿に仮想した並んだ子供達にどんどん手渡す僕と、後ろからお菓子の袋を渡してくれる射命丸。
 用意したお菓子はキャンディとクッキー、それにフルーツケーキ。
「すごいですね、人がゴミのようです!」
 そのネタはヤバイと思うぞ、射命丸。鳥目になっても知らないぞ。
「こらそこ、列を乱したら駄目だぞー」
 慧音先生のもと、子供達は割とお行儀良くお菓子を受け取っていった。
 慧音先生の手にもクッキーの袋。彼氏の方と一緒にどうぞって言ったら真っ赤になってた。
「おじさん!ありがとう!」
「ぐっ」
 地味になんか凄くショックだ。もうそんな年に見えるのか……。
「す、すまん○○。子供のいうことだ、許してやってくれ、な?」
 笑いを我慢したような申し訳ない表情で慧音先生に謝られた。
 なんかむしろこっちの方がショックだった。後ろを見ると射命丸が(^д^)gmってやってたので
あとでヒィヒィ言わせてやろうと思った。
「わぁ、あまーい!」
「おいしー!」
「おじさんがつくったの? またたべにきてもいい?」
 ケーキとキャンディとクッキーを美味しそうに食べる子供達を見ると、おじさんとかそういうのはどうでも良くなってくる。
「ああ、またおいで、こんどは美味しいシフォンでも焼いてあげよう」
「わぁ!」
 子供達の喜ぶ顔を見るだけで、満足だ。
 皆を送り出す。子供達の蝋燭がゆらゆら見えなくなるまで二人で眺めていた。

「子供っていいですね……」
「ああ、無邪気だねぇ、欲しくなった?」
 ほんのり頬を染めた射命丸。
「いいえ、○○さんとの子供ならいつでも欲しいですから」
 からかったつもりがこちらが赤面する羽目になった。
 悔しかったから強めに抱きしめてみた。思い切り胸に顔をうずめてくる文が可愛かった。


「……あー……お取り込み中すまないぜ?」
「「ッ!!??」」
 後ろからの突然の声に思わず、ばっとはなれる。
 見ると、箒に乗った黒いガンダムがいた。と思ったら魔理沙だった。
「あ、ま、魔理沙か……」
 ご丁寧に左肩に『03』とか書いてある。
「よう、とりあえずお菓子を喰いに来てやったぜ」
 ハロウィンはそんなイベントじゃない。たぶん。
 そんな彼女の後ろから声がする。
「まったく、魔理沙ったら早すぎるのよ」
「やっと追いついた……まだお菓子は無事?」
 後から飛んでくるのは、なぜか白い悪魔(モビルスーツ的な意味で)のコスプレをした霊夢と、
黄色い丸い物体で手足がにょろっと出ている……ま、●●なのか!?
「「「トリック・オア・トリート!」」」
 なんて三人にいわれたら、そりゃもう店が壊されないうちにお菓子を食わせたほうがいい。おお、こわいこわい。
「……」
 戻ろうとする僕の目の端に何かが映った。慌てて振り返る。
 真っ白いスーツ、白い髪。そして杖と白いヒゲとメガネ。手には赤い紙バレル。
「やあ、ばれてしまったねそんな君にプレゼントだ」
 紙バレルを渡される。懐かしい香り。油で揚げた、国産ハーブの……『あれ』。
 (多分)香霖さんまずいってそれは。鳥料理は、鳥料理は撲滅なんだって!

 目の前の射命丸も既に臨戦態勢で構えている。
 ……ちょっと射命丸さん? その葉団扇はちょっと勘弁、店が、店がああああアッーーー!

 轟音とともに二人の男が宙を待った。


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閑話休題
~さすがに天狗烈風弾は酷いと思わないか?(雑貨屋経営者・談)

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「ばりばり……やっぱり○○のお菓子はうまいな!」
「本当にいけるわね、これ……今度作り方をぱりぱり」
「もぐもぐ、このケーキも美味しいよ」
「ふむ、このクリームとフルーツがなかなか……もぐもぐ」
 少女二人はクッキ-をぱくつき、男二人はケーキを食べている。
 僕は現在、射命丸の膝枕でぐったりしていた。
 あのあと僕はなぜかカーネル……いや、香霖さんの巻き添えで、天狗烈風弾を貰って気絶した。
 しかし見てみると香霖さん(と紙バーレル)は無傷だった。一体全体どうなってるんだ。
 むくりと起き上がってみると皆楽しそうだったので、どうでも良くなったけれど。
「○○さん、もう大丈夫ですか? もう少し横になっていたほうが」
「いや、もう大丈夫さ、ありがとうな、文」
「「「「……」」」」(ヒソヒソ……モットクッツイテレバイイノニー……オンナゴコロノワカラナイヤツダナー……ヒソヒソ……)
 射命丸が少し残念そうな顔をし、四人には微妙な顔で見られた。
 なんだよぅ、僕が何したってんだよぅ。
 それはそうと、見るともう皿のお菓子もほぼ底をついている。
 最後のクッキーを霊夢が●●と『はんぶんこ(方法は諸氏の想像に任せる)』しているところだった。
 人目を考えろと思う。って人の事言えないか。ついでに魔理沙が真っ赤になっているのが面白かった。

 それからしばらく紅茶を飲みながら談笑していたが、
「さて、お菓子も食べたし、帰るか」
 と、黒いガンダムが言うと
「そうね」
「うん、お腹一杯だ」
 白い悪魔と黄色い物体も同意し、
「さて、僕も帰るか」
 香霖さんも立ち上がる。ハロウィンもそろそろおしまいだ。


「お菓子、旨かったぜ。またよろしくな」
 ああ、そのときこそ強制執行のときだ。
「今度作り方を教えてね」
 喜んで。●●とあまあましてるといいs(ごす
「ご馳走様でした。また明日」
 ああ、また明日。ご馳走様って言ってくれたの君だけだよ……。
「美味しかったよ、そうだ、今度お菓子をうちで置いてみるかい?」
 それはとてもありがたい、検討させてください。
 ……どうせ黒白あたりに持っていかれそうですけど。

 そんな風にして皆を見送った。
 再び静かになる店先。
「疲れたねぇ」
 昨日からの一連の事を思い出してみる。
「楽しかったですね」
 一緒にがんばって準備して、お祭りのような時間が過ぎて。皆で笑い合って。
 終わってみて、こうして秋風が心地よいのも、隣に彼女がいるからこそ。
「……そうだね」
 一部の画像は差し替えた。





結――今日も平和な一日でした。


「あ、ちょっと出かけてきますね」
「え? こんな時間に?」
 皆が帰ってからしばらくして射命丸が立ち上がった。ちょっと用事があるらしい。
 何だろう。首を傾げつつも、まあいいかと思い、皿やら何やらを洗う作業に戻る。
 しばらくしてドアがノックされた。こんな時間に誰だろう。


「とりっく・あんど・とりーと」
「……何してるんだ? 文」
 なぜかそこには空手の道着(しっかりサラシを巻いてるのでチラリはなさそうだ)で、
普通の鉄下駄を履き、さらに真っ赤な天狗の仮面をかぶっている射命丸がいた。背中から黒い羽が見えている。
 ……射命丸、だよな?
「むー、気づかれちゃいましたか。まあいいです。とりっく・あんど・とりーと」
 ……何を言っているんだこの天狗娘は。さっきちゃんと味見してただろうに。
「お菓子をくれないとイタズラしちゃいますよ~」
 というかtrick & treatじゃお菓子をあげても結局イタズラされるじゃないか。
「残念だが文。君も知ってのとおり、あれでお菓子は品切れだ」
 そこで漸く彼女がお面をあげる。少し赤くなっていたのは息が苦しかったからだろうか。
「そうですか、では仕方がありません。イタズラだけにしますねっ♪」
 言うが速いか玄関先で押し倒された。幸い、頭は打たなかったけれど。
「覚悟してくださいね~」
 顔が近づいてくる。手で頭が固定されて動けない。
「○○さん……」
 唇が触れた。
「ちゅ……ん……ふっん……ちゅっ……んんっ……ちゅ……」
 何度も、何度もキスされる。首筋に、頬に、額に、目に、鼻に、耳に、唇に。
 時に浅く、時に深く、時に優しく、時に激しく。啄ばむように、貪るように。
 頭の中には甘い靄のようなものがかかってしまったような僕は、ただただなすがまま、
彼女の『イタズラ』の嵐に翻弄されていた。


 啄ばまれること数分、ようやく彼女は顔を上げた。
「ふふ、どうですか? 私のイタズラは」
 いたずらっ子の笑みはわずかに上気していて、なんだか色っぽい。
「……もう、なんというか、すごすぎ。もう僕白旗。降参~……って」
 両手をひらひらさせる。ふと見ると玄関が開いていた。
 風が入ってくる。顔中がアレな液体でアレな感じなのでいろんな意味で寒い。
「すまんが、まずは玄関閉めようか」
「あ、あやや、そうですね」
 ぱっとはなれ、玄関を閉め、彼女の鉄下駄を脱がせ、横抱きにする。
「あれ? え、○○さん? な、何を」
 戸惑う射命丸。攻守逆転に戸惑いを隠せない様子。気にせずそのままずんずん階段を登っていく。
「treat(施し)がまだだったなと思ってさ」
「え、えと、その」
 うろたえる彼女にとどめの一言。すでに部屋の前だし。
「まったく問題はないさ、さっきのイタズラの分までたぁ~っぷりと『施し』てあげるよ。
……ベッドの上でね」
「あ、あややややああーーーーー!?」












































「……ドア開けられないから一旦下ろすね」
「オチがそれですか!!」


 終幕。


















@お菓子のおまけ

 僕は彼女をベッドに下ろしてからそれに気づいた。
 ベッドルームに紙袋。はて、僕はこんなもの買った覚えも貰った覚えも作った覚えも、
あまつさえどこかの魔法使いじゃないから盗んだ覚えもないぞ?
 そんな事を考えると
「あ、それ、私がもらってきたお菓子ですよ」
 ああ、お菓子だったのか。どうりで少し甘い匂いがすると思った。何のお菓子?
 言いながら中身をあらためてみる。
「……焼き菓子です」
 へぇ。天狗のおやつとかそういうの? あ、ほんとだ、焼き菓子だ。
「ええ、知ってるんですか?」
 いや全然。それにしても何ゆえベッドルームに焼き菓子?

 そんな目で見やると、顔を赤くした彼女は少し視線を泳がせて
「えと……天狗のおやつ……滋養強壮に、効くんです。その、とても」
 それってつまり……。
「え、えへへ」
 はにかむ彼女が愛おしい、だが、だがッ!

 この僕の昂ぶりを見てもなお君は滋養強壮に手を出すつもりか!?
「そ、それは……」
 精神コマンド ニア 捨て身

 今は・・・いや、昔から僕は道具などに頼らない! 己が愛を貫き通すだけだ!

「あやや、失敗だけど大成功ですぁぁぁあっ♪」

 「はいそこまでよ、と」

(省略されました。続きを読むにはパチュリー様を糖分たっぷりに黙らせてください)

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新ろだ101


「○○さん、いますかー?」

 ちょうど出かけようとしていたところに、椛がやってきた。

「お、いらっしゃい。一人で来るのは珍しいな。文は?」

 椛が俺の家に来る時は、たいてい文と一緒だ。
 と言うより、恋人である文が俺の家に来る時、たまに一緒にやって来るのだ。

「えーと……きょ、今日は文さんいないんです。これ、山で取れたからおすそ分けに」

 そう言って椛は手に提げていた川魚を取り出した。
 秋も深まってきたこの時期、魚にも脂が乗っておいしそうだ。

「ありがとう。重ね重ね悪いんだけど、ちょっと留守番しててくれないかな。
 里の方に用事があって出かけないといけないんだ」
「はーい」

 快く引き受けてくれた椛を残し、俺は外に出た。
 ―なんとなく、椛がこの間会った時と違って見えたのは気のせいだろうか。





 用事を済ませ帰ってきた家の前で、俺はふと足を止めた。

「こら椛、暴れないの!」

 あれは、文の声だ。

「文、来てたの……うわっ!?」

 戸を開けた俺の目の前に、白い塊が飛んできた。
 これは……毛玉か!?

「あ、○○さんおかえりなさい」
「文、この毛玉は」
「?ええ、毛玉ですけど」

 何でそんなに落ち着いているのだろう。
 まあ、文にしてみれば弾丸一発でどうにでもなる相手だろうが、
 それでもこんな風に家まで入ってくるものではないはずだ。

「あっ、椛!」

 ふと目を向けると、文の側にいたらしい椛が走ってきた。
 そのまま俺の後ろに回りこむ。

「もう、逃げちゃだめじゃない」

 そう言う文の手にはちょっと固そうなブラシが握られている。

「うー、だって文さんにやってもらうの痛いんですよ」

 俺を盾にした椛が抗議の声を上げた。
 ふさふさした尻尾が揺れるたびに、白い毛玉が宙に舞う。
 ―毛玉?

「あれ、これって」
「椛の夏毛ですよ。生え変わりの時期だからブラシをかけてあげますって言ってるのに、逃げ出すんですよ。
 ようやく○○さんの家で捕まえたのに、また逃げようとするんですから」

 そう言って、文は肩をすくめた。
 そうか、出掛けに何となく椛に感じた違和感は、冬毛と夏毛が入れ替わる時期で尻尾が膨らんでたからか。
 外界にいた頃は、犬とか猫とか、換毛期のある生き物と一緒に暮らしたことはなかったからなあ。
 椛には悪いけど、ちょっと興味が湧いてきた。 

「なあ椛、俺じゃだめかな」
「え?○○さんですか。だめ、じゃないですけど……」

 椛はちょっと迷ってからこくりと頷いた。

「男の人にしてもらうのは初めてで……優しくしてくださいね」

 ……あれ、何だろう、いけないことをしているような気がする。
 ブラッシング、だよな?

「というわけで文、ちょっとそれ貸してくれる?」
「……………………どうぞ。結構、密かな楽しみなんですけどねー」

 なんだか複雑な表情で、文はブラシを渡してくれた。







「よし、こんなもんかな」

 ふう、結構熱中するもんだな。
 抜け毛が出なくなり、尻尾の膨らみもだいぶ落ち着いたようなので、俺はブラシを置いた。

「ありがとうございましたー!」

 振り返った椛が、笑顔を見せる。
 幾分すっきりして見える尻尾が、ぱたぱたと振られた。

「痛くなかった?」
「ええ、全然痛くなかったです!これなら次の生え変わりの時期もお願いしたいですね」

 良かった、こういうの初めてだったけど上手くいったらしい。
 達成感に浸っていると、背後から服の裾が引っ張られた。

「あの、○○さん」
「ん?」

 振り返ろうとしたら、腕を絡められた。

「その……私の髪も、梳いてくれませんか?」

 おずおずと櫛を差し出す文の顔は、ほんのりと赤かった。





「櫛、いっつも持ち歩いてるんだ?」
「女の子の身だしなみですよ」

 普段あまり使っていない椅子に腰掛けた文の背後に回り、髪を梳き始める。
 艶やかな黒髪に櫛を通すと、引っかかることもなく滑るように進む。
 梳くごとに立ち上る甘い香りが、気持ちを安らかにさせてくれるようだ。

「気持ちいいです……」
「そう言ってもらえると、やりがいがあるよ」

 言いながら覗き込むと、文は目を細めて本当に気持ち良さそうな顔をしていた。
 こちらも嬉しくなって、櫛を動かす手にも気合が入る。
 さっきの椛の尻尾と違い、夏毛が一通り取れたら終わり、と言うわけではないし、
 なんだかいつまででも梳いていたくなる。

「椛を見ていたら、何だかうらやましくなったので私もお願いしたんですけど」
「うん?」
「―好きな人に髪を触ってもらうのって、嬉しいものですね」
「そういうものかな」
「そういうものですよ。何だか特別な関係だなっていう気がします」

 だから他の女の子にしちゃだめですよ、と文は笑う。

「えー、じゃあ尻尾のブラッシングは……」
「私がやるわ」
「そんなぁー!?ようやく逃げられたと思ったのに!」





「ところで……」

 髪を梳き終え、三人でお茶を飲みながら一息ついていると、文がこちらに手を伸ばしてきた。

「○○さんの髪、だいぶ伸びてきましたね」

 つい、と前髪が引っ張られる。言われてみれば伸びてきたかな?

「この間里の床屋に行ったのいつだっけな。そろそろ行ってくるか」
「あ、待ってください!さっきのお返しに……」
「ん?」
「私が切ってあげます!」

 やる気たっぷりの笑顔で言い放つ文。
 正直、それを聞いた時俺の顔は引きつっていた思う。
 文の腕前がどれほどかは知らないけれど、
 普段文に懐いている椛があんなにブラッシングを嫌がるところから推し量るに、
 あまり期待はできそうにない。

「いや、こういうのはやっぱりプロに―」
「あ、疑ってますね。大丈夫です、こう見えて私、結構器用なんですよ?」

 助けを求めようと椛に目を向けると、あきらめ顔で首を横に振られた。
 こうなったら止められません、ということか。
 駄目だ、逃げられそうにない。





 すっかり観念した俺は、何故か家の中ではなく外に置かれた椅子に座っている。
 椛がどこからか引張り出してきた風呂敷を首に巻いてくれた。
 そう言えば、床屋用のハサミなんて家にはなかったな。
 いくらなんでも文だって持ち歩いてはいないだろうし、どうするんだろう?

「それじゃ、始めますよー」

 あれ、なんだか後ろにいる文の声が遠くから聞こえるな。
 ぼんやりとそんなことを考えていた俺の耳元を、鋭い風がかすめた。

「えっ」

 笛のような細い音とともに、数本の髪が宙に舞った。

「お、おい文!?」
「あ、動いちゃだめですよ○○さん」

 振り向いた俺の視界の隅に、葉団扇を構えた文の姿が映った。
 慌てて前を向き直す。

「―器用だって言うから、てっきりハサミとかの扱いが上手いのかと」

 まさか鎌鼬とはなあ。

「何言ってるんですか。精密な狙いに、髪だけを切って皮膚には傷一つつけない力加減。
 『風を操る程度の能力』と一口に言っても、この器用さは我ながらたいしたものだと思いますよ」

 そう言われてみれば確かに、器用と言えなくもないか。
 事前に抱いていた不安に反して、痛かったりすることもない。
 とはいえ……

「ちょっと、物足りないかなあ……」

 直接触れられないのは、寂しいような気もする。

「あ、ご心配なく。伸びてるところを切り終わったら、ちゃんと梳いてあげますから。
 私としても、その……○○さんと触れ合いたいな、っていうのがメインですし」
「……照れるね」
「えへへ……へくちっ」

 可愛らしいくしゃみの音が聞こえた一瞬後に、俺は一際強い風が頭の上をかすめていくのを感じた。
 なんだか、頭のてっぺんが涼しくなったような気がする。

「あー……これは、やっちゃいましたね……」
「あのー、文さん?」
「は、はははははいっ、なんでしょうか!?」
「俺の頭、どうなってる?」

 痛いとかいうことは全くないけれど、やけに涼しい。
 そう、例えて言うならまるで頭頂部だけ坊主にされたような……

「だ、だだだ大丈夫です○○さん!
 例え○○さんに髪の毛がなくたって、私○○さんのこと愛してますから!ほら、私天狗ですし、そういうの気にしませんから!」
「おい待て、答えになってるようで答えになってない!あ、椛、俺の頭どうなって」
「き、気にすることないですよ!山にいる私の友達とか、そういう髪型の知り合いいっぱいいますし!」
「その友達って河童じゃないのか?なあ、河童だろ?なあ―」
「ご、ごめんなさぁーい!」





 ……よく効く育毛剤でもあれば程度の期待で行ってみた永遠亭で、
 まさかこれほどあっという間に髪が元通りになるとは思わなかった。

 偉大なる永琳先生曰く、

「毛根が死滅した状態からでも大丈夫よ」

 とのこと。外の世界にいた頃、ハゲと水虫と風邪は治せたらノーベル賞もの、とか言う話を聞いたけれど、
 永遠亭の技術はとてつもなく高いレベルにあるようだ。

「うう、すみません……」

 永遠亭からの帰り道、行き帰りとも俺を運んで飛んでくれた文は、すっかりしょげていた。

「いや、気にすることないって。別に命に関わることじゃなかったし、
 伸びるまで時間かかるかと思ったけど、すぐ元に戻ったし」

 さすがにあの状態だと外出はしづらいだろうけど。

「まあ、切るのはちゃんと床屋に行くことにするけどさ」

 気まずい空気を変えようと、話しかける。

「帰ったら髪、梳いてもらってもいいかな。文と違って気を遣うような髪でもないけど、
 触れてもらうのってやっぱり気持ち良さそうだし」
「……いいんですか?」
「お願いしてもいい?」
「……はい、喜んで!」

 文はようやく元気な笑顔を返してくれた。
 ……椛の反応を思い出すと一抹の不安がよぎるが、背に腹は代えられない。





「ところで」
「はい?」

 家に帰ってきた。
 文は帰り道での頼みに応えて、俺の髪を梳いてくれている。
 いざやってもらうと、絡まった抜け毛を取るブラッシングではないこともあって、文の手つきは優しいものだった。
 櫛が通る感触はなるほど気持ちがいい。梳いてくれているのが恋人ともなればなおさらだ。
 ついつい眠ってしまいそうになるのだが、一つさっきから気になっていることがある。
 俺はその疑問を文に尋ねてみることにした。

「なんで椛は、自分の抜け毛を集めてるの?」

 椛は室内のあちこちに飛んだ白い毛玉をせっせと袋に集めていた。
 俺達が永遠亭に行っている間も作業を進めていたらしく、もうあらかた集め終わっているようだ。
 櫛を動かす手を止めた文は、意外そうに目を見開いた。

「あれ、知らなかったんですか?幻想郷を飛んでる毛玉は、白狼天狗の抜け毛から生まれるんですよ」
「……嘘!?」
「嘘ですよ」

 ああ、びっくりした。流石にそれはないよな。

「でも使い道はあるんですよ。ほら、私達天狗の服についてるポンポンがあるでしょう?あれの材料にするんです」
「ああ、あれか」
「白狼天狗は自分の毛であれを作って、親しい天狗に送ったりするんですよ。
 私もいくつか椛にもらいました」

 自分の毛で作ったポンポンを笑顔で渡す椛は、想像するとなんだか微笑ましい。

「私も白狼天狗だったら、○○さんにプレゼントするんですけどねー。
 ……そうだ!私の羽根、今度抜けたのを集めて何か作ってあげましょうか?」
「文の羽根かあ」

 黒くて綺麗だし、文を近くに感じられるような気がして嬉しいけれど……
 羽根で作るものって何かあるだろうか?

「羽箒とか?」
「……確かに私もあんまり思いつきませんでしたけど。羽箒はないですよ」

 何か他にいい考えがあったら教えてくださいね、と言って、文は再び俺の髪を梳き始める。
 いつもよりゆったりと時間が流れているような感覚の中でうとうとしながら俺は、
 羽根ペンとかどうかな、とか、晩御飯は椛が持ってきてくれた魚を焼いて三人で食べようかな、とか、
 取りとめのないことを考えつつ、幸せに浸っていた。

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最終更新:2010年05月11日 18:53