文22
新ろだ547
暑い。幻想郷の夏は暑い。
これほどまでに暑いのに夏を司る妖精や妖怪をいまだに見たことがない。不思議だ。
俺は今桶に水を張って裸足をそこに突っ込み、氷の入った茶をすすり縁側で日を遮って必死に暑さと戦っている。断じて涼んでいるのではない。
くそっ、夏妖怪を見かけたら(そこまでよ!)とか(そこまでよ!)とか…いや待てよ、(そこまでよ!)なんてのもいいなぁ…。
「おーい!○○ー!」
ん、誰だ?
陽射しのまぶしい空に見えたのは涼しげな青い服を着た妖精だった。
チルノか。
この時期のチルノは救世主みたいなもんだ。
「おう、よく来たな。こんな暑い中遊びに来たのか?」
「うん!」
「めっちゃ暑いんですけど。動きたくないんですけどぉー?」
「えー?なんでさー!あたいと遊べばそんなの気にならなくなるって!」
「アホか!こちとら恒温動物なんだよ!動いたらその分暑くなるわ!」
「なにさー!こーおんどーぶつってなによ!あたいさいきょーだもん!」
「チルノ、ちょっとこっち来い」
「?」
呼ばれるまま俺の所に飛んでくるチルノ。お、今日も白か。
しかしこれは俺の罠だった!かかったなアホが!
「で、なーに?」
「とぉっ!」
「うわわ!」
チルノを抱きしめる。たっまんねええええ。この暑さとチルノの体表からの冷気が中和されてちょうどいい感じの冷たさを生みだしている。
「ああああの○○……」
「ん?」
「しばらくこうしてていいか?」
「う、うん…」
チルノが頬を赤らめて照れている。まあ急に男に抱きしめられたら恥ずかしいだろう。
だが関係ない。
ちょっとチルノの向きを変えて、後ろから抱きしめる形にして膝の上に座らせる。
「うぇっへっへ…。チルノは誰にもわたさねぇぜ…」
「えへへ、○○ぅ…」
チルノは目を細めて嬉しそうにしている。あぁんもう馬鹿な子可愛い!
俺はしばらくこのほのかな冷たさと時間を満喫していた。
が、またも来客がやってきた。
「お、あれは」
空に見える黒いシルエット。ミニスカートに下駄なんてファッションは一人しかいない。射命丸だ。あ、こっちに気づいた。
幻想郷最速の速さでこっちに向かってくる。おっと、今日は青の縞か。なかなかマニアックなもん穿いてるな。
「こんにちは○○さん。っと、ずいぶんお暑いことですねぇ」
顔から汗を流しながらにこやかに聞いてくる。
「おのれ射命丸。貴様俺とチルノの仲を妬んでおるのか」
「あたいと○○はらぶらぶなんだぞー!」
「…そうだったんですか?」
「いや、この暑さを考えろ。チルノ見かけたら誰だってこうしたくなるはずだ」
「それもそうですねぇ」
「がーん!○○はあたいをもてあそんだのね!うわきものー!」
「ちょっと待て、俺は誰とも付き合ってないし、浮気もした覚えはないぞ」
「あたいは○○大好きだよ?」
「○○さんも悪い人ですねー。この間だって守矢神社で三人とずいぶんと仲良さそうにしてましたし」
「あっ、てめ!それも見てたのかよ!」
「天狗に隠し事はできないんですよ?」
くそう。この出歯亀天狗に思い知らせてやる。俺はチルノを降ろし、文に向き直る。
「な、なんですか○○さん。え、えっと、私用事を思い出したのでこれで…」
「文」
「ッ!」
今度は文を抱きしめてみる。予想していない行動だったのだろう、目を丸くして真っ赤になっている。
「ちょちょちょっと○○さん何して…」
「お前だって本当はこうしてほしかったんじゃないのか…?」
耳元で囁くように言う。
「馬鹿なこと…言わないで…ください…っ…」
「それにしちゃあ離す意思が見られないが?」
「…私だって」
「あー、○○なにしてんのー!えい!」
「ふぐぉっ!」
後ろからチルノが飛びついてきた。その衝撃で頭が文の胸にうずもれる形となる。
おおう、何たるパラダイス。しかしこのままでは息が苦しい。
「は…はひゃ…ほろほろはあしへふへ(あ…文…そろそろ離してくれ)」
ポンポンと背中を叩いてアピールするも余計強く抱きしめられてしまう。
嬉しいがこれは苦しい…っ!
「…○○さんが悪いんですからね……」
「顔あかいよー?」
「ふふふ、チルノさんのおかげで正直になれました」
「ふえ?」
そしてやっと解放される。
「っはぁ!!ぜーっ、ぜーっ…。あ、文、どうしたんだ…」
「…○○さん」
「は、はいっ」
真剣な目つきで俺をしっかりと見つめる文。これは逆らったら盛大に死ぬ。七回転くらいして死ぬ。
すると突然表情が満面の笑顔になり、
「好きです!」
「へぇい?!」
「おー」
間抜けな声を出す俺と驚くチルノ。チルノは依然として頭に乗っている。
「いやいやいや、さすがにそれはドッキリだろ? どうせそこの草むらんとこにプラカードもった椛が隠れてるんだろ!?」
「…最初は興味本位で取材のために近づいたんです」
「……」
冗談じゃなさそうだ。もう俺も覚悟を決めなければいかんということか。
「ああ、そうだな。博麗神社の時も守矢神社の時もか。というか、遊びに行った先々ほとんどにいたよなあ、文」
「…はい。あなたのことを取材してるうちに新聞のために、ではなくて自分でも知らない間にあなたが好きになってしまって…」
「なんかおかしいと思ったんだよな。取材されてる割には新聞に載らなくて不思議だと思ったんだ。自分で言うのもどうかと思うけど…、なんで俺なんかを?」
「もうきっかけとかどうでもいいじゃないですか。…○○さんじゃないとダメなんです」
まあ俺だって実のところ文は気になってたしそれなりに好意は抱いていた。
でも、こんなこと言われたら男が断れる理由がなくなるじゃねぇか。やっぱ天狗は卑怯だ。
だから応えてやる。
「俺も文じゃないと、もうダメそうだ」
らしくないセリフを吐いて笑顔で答える。こいつの想いに応えてやれるくらいきっと俺は好きになる。
そう言って、もう一度文を抱きしめた。文も背中にその細い腕を回してくる。
夏こそ、燃えるような恋を。
炎々と照りつける太陽が、それをしつこいくらい熱く見守っていた。
…ところで何か忘れてないか。
そういえば頭が軽い。
………あ。
「しゃめーまると○○がらぶらぶだぞーーーーー!!」
「「うわあああああぁぁぁぁぁ!!」」
チルノが三面記事になる前に幻想郷中に俺たちの春を伝えにいった。今は夏だこの⑨め。
「今回ばかりは特ダネ…持ってかれちゃいましたね」
「……あぁ」
「…でも、この幸せは皆さんに知ってほしいですから」
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あとがき
長編の続き書いてる途中に息抜きがてら。
今年のイチャスレも夏に負けず劣らず熱いものとなりますように。
新ろだ634
始まりは唐突だった。
気付いたら僕は見知らぬ森の一角に座り込んで眠っていた。
「んん……。此処は何処だろう?」
そんな事を呟きながらずれた眼鏡と服装を正しながら考える。
だが自分が何故こんなところで眠っているのか見当もつかない。
とりあえずは現状を把握しようと思い眠りに落ちる少し前を思い出そうと記憶を遡っていった。
中規模会社に入社して行き成り技術部に配属されて一年が経ち、ようやく仕事に慣れて来た頃。
何時ものように試験機の衝圧テストなどが終わり休憩していたら、連日の業務のせいか少しうとうとしてしまった。
「ふぁぁ……。うう…眠たい…」
軽く目を瞑るだけのつもりが眠ってしまったのだろう。
……。
仕事さぼって寝てしまった事しか把握できなかったorz
「……まさか寝てたからって僕をこんな所まで置いて行ったのか!?」
現在おかれている状況がまったく解らないのであり得ないことを口にしてみる。
「……そんなわけないか」
が、実際に口にしてみるとそんな可能性は無いことに思い至る。
仕事中にそんな事するのは時間の無駄なで本末転倒だからだ。
「ううむ……此処で考えててもしょうがないな。とりあえずその辺を歩いてみよう」
とりあえず僕は現状を打破するために森の中を移動し始めた。
……見知らぬ森の中を歩き回るって死亡フラグな気がしたのは内緒です。
僕が歩き出して暫くが経った。
歩けど歩けど一向に開いた場所には出ず青々とした木々が生い茂っているだけだ。
最近ではあまり聞かなくなった小鳥たちの囀りまで聞こえてくる。
「ふふ、昔はこう言う所が好きだったな」
ふと、小さな時に「冒険だ!」などと言って林に入っていった時のことを思い出し苦笑する。
今は良い年をしているので走り出すことはないが、自分が子供のように興奮しているのを感じ取っていた。
そんな事を思いながら歩いていると少し広い場所に出た。
目の前には一際大きな樹が生えている。
桜か何かの木だろうか?
「こんな所がまだ残っていたのか」
思わず感心してしまう。
自分の家の近くにも少しだけだが木花はある。
が、どれもほっそりとしたものでばかりで、目の前にある巨木と呼んでも差支えない程のものは残念ながら見たことが無かった。
登ってみたいなどと子供じみた欲求が湧き出てくるが自制する。
そして木の根元まで行き休憩するために座り込み軽く目を閉じた。
「あれ…? 見慣れない人が居ますね」
「ん?」
休憩しはじめて少し経ったとき聞きなれない女の子の声が聞こえてきた。
僕は頭をあげ目をあけて辺りを見回す。
まず右を見る。誰もいない。
続いて左側。誰もいない。
もう一回右を見てみる。やはり誰も居ない。
「あれ? さっき声が聞こえた気がしたんだけどな」
僕は狐に化かされたような気分で首を捻る。
「まあ良いか」
しかし気のせいだと思いまた目を閉じる。
そして辺りは何事もなかったように静かになる。
微かに聞こえる風が木々を撫でる音が心地良い。
暖かな日差しが優しく僕を抱きしめる。
そして僕はまどろみの中におt「って、人が話しかけてるのに寝ないでください!」れませんでした。
「うぇぁ!?」
今度ははっきり女の子の声が聞こえた。
若干怒っているようなニュアンスだった気がする。
そして僕は慌ててまた周りを見る。
が、またしても見当たらない。
「声はするのに姿は見えない……?」
結局僕は見つからないと言外に込めて呟く。
「上ですよ!。上!」
「へ? うわ!」
「な、なんですかいきなり!?。」
教えてくれたので取りあえずは上を見上げる。
そこには……白じゃなくて黒い翼を背に持つ女の子が居た。
「え…と…君は何?」
数瞬固まった後僕は再起動した。
そして恐る恐る聞いてみる。
「何者ではなく何? ですか。なんとなく失礼な響きも含んでますが答えてあげます。私は天狗です!」
「なるほど……天狗だから飛んでるんだ」
「あ、あれ? えらく淡白ですね。最初の反応からもっと驚いてくれると思ってたんですが。」
どうやら彼女は天狗のようだ。
普通ならこの子は何を言ってるんだ?などと思う所なのだが……背中の辺りに羽があってしかも飛んでるのでは否定しようがないです。
とりあえずは天狗かどうかはこの際如何でも良いとして、彼女は普通の人間じゃないと思うことにする。
ちなみに淡白なのではなくて驚きすぎて冷静になってしまっただけだったりする。
「え、あ、驚いてますよ! ただ驚きすぎて逆に冷静になったと言うか何と言うか……」
「ああなるほど。そう言う事ですか」
納得したのか彼女は一旦口を閉じる。
そして沈黙が訪れる。
(な、なんだこの微妙な間は……)
今知り合った自称天狗の少女と向き合ったまま僕は困り果てていた。
「もしかして貴方は外の世界から来た人ですか?」
「外の世界から来た? どう言う事ですか?」
この少女と向き合っていても仕方ないと思い無理やり会話を終わらそうか?等と考えていたら彼女は奇妙な事を口にした。
先ほどの天狗発言と同じく普通なら無視するような言葉だが、今は普通ではない用なので一々反応してしまう。
気付いたらまったく見知らぬ場所に居て、その上自称天狗の女の子に出会ってしまうのが普通な訳がない。
そこで僕は話を聞いてみることにした。
「んーそうですね。ものすごく簡単に言うと此処は貴方の居た所とは違う場所なんですよ」
「ええ…と。世界が違うってことは……」
「納得できるんですか!?」
「御免なさい。処理できる限界を超えました」
「で、ですよね」
という感じに教えてもらうのだった。
天狗の少女――射命丸文さんと言うらしい――が教えてくれた話を纏めるとこうだ。
どうやら僕は幻想郷と言う僕たちの世界からは隔離された世界に迷いこんでしまったらしい。
そしてこの世界はたまに僕のような迷い人が来る事があるようだ。
ここ幻想郷には外の世界と違い人以外に妖怪が存在するらしい。
半信半疑ではあるが目の前にいる文さんも羽とかあるし妖怪だそうだ。いまいち実感できないが取りあえずは理解しておく。
ちなみにこの世界、一度出たら簡単には戻ってこれないようなので、迷い人の中には永住を決める人もそれなりに多いらしい。
せっかくなので僕はしばらくこの世界に居てみることにした。
その間は自分がいた世界での生活がどうなっているのかは考えないようにする。
……憂鬱になるので。
「ここなら誰も使ってないので、お掃除したらそれなりに雨風を防げると思いますよ」
「おお!。これなら十分ですよ」
僕がしばらく幻想郷で生活してみると言うと、文さんは人里から離れてはいるが何年も誰も住んでいない空き家を教えてくれた。
最初は良いのだろうか?等と思っていたが結局住む場所にあてがあるわけでは何ので使わせてもらうことにする。
「しかし何から何までお世話になりっぱなしですね……申し訳ないです」
「いえいえ気にしないでください。困った時はお互い様です!」
ふと文さんにお世話になりっぱなしな事に気が付き少し情けなくなる。
しかしそんな僕に文さんは微笑みながら気にしないでと言ってくれた。
「……ありがとうございます」
彼女の笑顔のせいか僕も微笑んでお礼を言えた。
「き、気にしなくていいですって! そ、それじゃあ近いうち取材に来ますので! では!」
真正面から感謝されるのは慣れてないのか彼女は矢継ぎ早にそう告げると僕に背を向けあっという間に飛び立ってしまった。
辺りが赤く染まり始めた黄昏時の所為かもしれないが、去り際の彼女の頬が少し桃色に染まっていたような気がした……
こうして僕の幻想郷での一日は終わりを告げたのだった。
新ろだ749
人里からの帰り途、私は山の中腹で見知った顔を見かけて止まり
ました。いつもなら軽くからかって通り過ぎるところですが、今日
は腰を据えて話す気満々です。なぜなら……苛立ちをぶつける相手
を探していたからに他なりません。それが下の立場のものであれば
尚よろしい。私が見つけたのはそれにうってつけの相手でした。
「お疲れ様です、射命丸さま。今お帰りですか?」
「ええ、椛。あなたも哨戒任務御苦労さまです」
眼下に見える白狼天狗の犬走椛はこちらの姿を認めると、携えた
剣を納めて会釈をします。私はその目の前に音もなく降り立ちまし
た。
「こちらに立ち寄られるなんてなんとお珍しい……どういったご用
件でしょう? まさか、私の取材では!?」
「取材などではありませんよ。ただの世間話です」
「ふぇ、そうですか……」
「時間は大丈夫ですね?」
「……私の千里眼を常に光らせておりますから、大丈夫です。人の
子一人通しません」
「ではしばしの間付き合いなさい」
そうして椛は腰を落ちつけられる哨所に私を案内します。
「射命丸さまが取材でもないのにこんなお時間を取られるなんて。
烏天狗とは寝る間も惜しんで取材に飛び回ってばかりいるものだと
思っておりましたが」
「……私にもどうにも虫の居所が悪いときがあるということです」
「あの方角からだと、人里からお戻りになられたのでしょうが……
何かあったのですか」
「察しが良くて助かります」
「そうでなければ哨戒任務は務まりません。射命丸さまが人間相手
に遅れを取るなどということはないと思いますが、そんなに機嫌を
悪くされているなんてよっぽどのことがおありになったのでしょう
……もしや紅白の巫女や白黒の魔法使いの仕業では? 天狗を虚仮
にしている人間などそうはおりませんから」
「いえ、違うのです椛……あの二人など手玉に取るのは容易いこと
です」
「それでは一体……?」
私は里であったことを椛に話しました。脳裡に浮かぶのは、どん
な皮肉をぶつけても笑って受け流すあの軽薄な態度の人間の男のこ
とです。人間の分際であやちゃん、あやちゃんって……私は人間の
小娘と同じ扱いですか! 全く、信じられません……。おまけに今
回が初めてではないのです。最近里に行くたびに私のことを目ざと
く見つけては気安く話しかけてくるから困ったものなのです。
結局私はその人間を振り切ろうと飛び去ったのはいいものの、思
わず取材まで放り出して山に帰ってきてしまいました。特ダネ一番
乗りよりも、この落ち着かない気持ちをどうしてくれようかという
ことのほうが先に立ってしまいました。これじゃあ、新聞記者失格
ですね……。
「ははぁ……きっとその人間の雄は、射命丸さまに好意を持ってい
るのですね」
「……どうしてそうなるのです。あの人間はきっと外来人でしょう、
妖怪の恐怖を知らずに生きてきたからこそ、私を玩ぼうなどと思え
るのです」
「それは違います、射命丸さま! 人間の雄は好意を持つ雌に対し
てはそういう態度を取るものなのです!」
「山を下りたこともない椛が、どうしてそんなことを知っているん
ですか……」
「そ、それは……ここだけの話にしてくださいよ」
山の上の守矢神社へ向かう里の人間が、哨戒天狗にこっそり袖の
下を渡して通っているらしいという噂を耳にしたことがありますが、
裏は取れていませんでした。妖怪は金では動きません。しかしそれ
が外の世界の書物だったりすれば、興味がそそられてしまうのでしょ
う。先ほどの発言も、そこから得た知識のようです。哨戒天狗たち
は娯楽に飢えているからとはいえ、まさか椛がそのクチだったなん
て。
「それにしても、先ほどから射命丸さまの顔、赤いですよ。その人
間の雄の話をしてから……照れてらっしゃるんですか?」
「何を根拠にそのようなことを……」
椛に言われて頬に手を当ててみる。心なしか熱い……気がします。
熱病にでも罹ったのでしょうか。
「……射命丸さま、それはきっと”恋”ですね」
「あややややや……椛、何を言っているのです! そのようなこと
あるわけないじゃないですか!」
「ですが射命丸さま、私にもそのような経験があります。春先にな
るといてもたってもいられなくなって、気になった雄の天狗にちょっ
と話しかけてみたりするのですけど、どうにも話が噛み合わなくて
苛々したり、ほんのちょっとだけ共通点があっただけで喜びが込み
上げてきたりします……これは私が妖怪になる前の名残りだそうで
すけど、今の射命丸さまのお話を聞いておりますと、共通点は多々
あるような……」
「それは恋ではなくて発情では……」
そうは言ってみたものの、これでは私が発情していることにされ
てしまいます。それだけはありえないし、だからと言って恋などと
は……。
「それに少し前、文々。新聞でも妖怪と人間のつがいの記事が載っ
ていたじゃありませんか。それを見ておりましたところ、もしかし
たらそうなのではないかなぁと」
「そんな囲み記事までよく見ているのですね、椛……」
「その雄も果報者ですねぇ、よもや射命丸さまの恋心を賜るとは…
…」
「だからっ、違うと言っているでしょうに!」
「そうやってムキになるところが怪しいです」
「っ……!」
確かに、その通りです。取材をしているとしばしば遭遇しますが、
対象がこうやってムキになって否定している事件は大抵事実なもの
です。
私は椛にこの話をしたことを若干後悔していました。私は椛に愚
痴を言い、それに同意をしてくれればよかったはずなのに、これは
どういうことでしょう? むしろ椛に諭されています。
「もういいです、椛に話した私が馬鹿でした」
「えぇ、そんなぁ……私はただ射命丸さまのことを思って」
「時間を取らせましたね、他の白狼天狗たちにもよろしく言ってお
いてくださいっ!」
「あっ」
腰掛けから立ち上がったと同時に飛び上がり、一気に加速して哨
戒天狗たちの哨所を飛び出しました。あのままあそこにいたら、椛
が何を言い出すかわかったものではありませんし、他の天狗たちへ
の面子もあります。もしただの人間と懇意にしているなんて噂が流
れでもしたら、天狗の社会での権威失墜は免れません。
「はぁ……何をやっているんでしょうか私は……」
山の拠点に戻るつもりだったのにまた山から遠ざかってしまって
いました。しかし椛のせいで熱くなってしまった頭を冷やすには、
風を切って飛ぶのが一番でしょう。生憎今日は記事にできるネタを
逃してしまいましたし、このまま幻想郷を一周してネタを探しに行
こう、そう自分に言い聞かせます。
「恋なんて……人間の考えたくだらない概念です。私は新聞記者で
すから、あくまで中立の視点を貫かなければいけないのです」
私のことをあやちゃんと呼んでくる、あの人間のことを思い浮か
べます。まさか名前を呼ばれただけであんなにひどく恥ずかしい思
いをするだなんて、思いもしていませんでした。……じゃあ私が呼
んでみたらどうなってしまうのでしょう。ちょっと、言ってみよう
かな。
「○○。……○○、さん。あぁ……」
名前を呟いてみると、なんともいえない不思議な感覚が喚び起こ
されます。温かくて、恥ずかしくって、苦しい気持ち。これが恋…
…なんでしょうか? 急速に全身が熱くなって真っ直ぐに飛行する
のも困難を極めます。もう飛んでいても一向に熱が冷める気配があ
りません。眼下には既に湖が見えていました。この熱はきっと氷精
でも下げることができるかどうか、怪しいものです……。
おしまい
新ろだ796
「――とまあこんな感じで」
「うわぁ、もう終わったんですか」
「うん。短めの話だったしね?」
「それにしたって半刻程度しか経ってないんですけど」
「あはははは……その分中身も薄いと思ってるよ、自分ではね」
「あや。それなりに好評を頂いてるんですけどね、○○さんのコーナー……
どうして中身が薄いと思うんです?」
「感覚と……経験不足、かな?」
「?」
「ああ、ちょっと分かりにくかったかもしれないね。
そこらの書店に並んでいる恋愛小説に目を通すとしようか」
「はい」
「傍目から見たらそりゃまあ気味悪いという前提があるけれど、
甘々シーンに突入すると、何故か僕は悶える」
「うわぁ」
「想像しないほうが身のためだよ?
大の男がうねんうねん悶えるところなんて精神衛生上よろしくないし」
「デスヨネー。……それとこれと何のつながりが?」
「他者の書いたものを見て、悶える。ただ自分が書いたものを見てもぴくりとも来ない。これが根拠」
「またしょうもない……」
「五月蝿いやい。もう一つの経験不足っていうのは……うん」
「……あからさまに落ち込みましたね」
「彼女いない歴=年齢がリアルタイムに更新してるからね。
経験が無い以上、あちらこちらの描写が薄っぺらいものになるのは必至なのさ。
勿論、物書きとしての経験もこっちきてからだから……まだぺらぺらだね」
「なるほどなるほど……○○さんは現在フリー……と」
「何メモしてるのさ」
「気のせいです」
「なんだか嫌な予感がする。それを僕にも見せるんだ」
「お断りします。乙女の秘密を知ろうだなんて……○○さんったらやらしー」
「下心は一切ないからね。さあ、それを僕に寄越すんだ」
「いーやーでーすー……あれ、気がついたら後ろが壁……逃げ道はどこっ」
「そろそろ観念したらどうだい、文」
「あややや……そのわきわきにぎにぎと生々しく動く手は何ですか○○さん!」
「悪い子にはオシオキをしないとねー?」
「だっ、誰か助けっ……あゃーーーーっ」
~青年教育中~
「……ふぅ、満悦満悦。文花帖の該当項目も墨で無かった事に」
「あぅ……もうオヨメに行けない」
「大げさだなぁ文は……ちょっと全力でくすぐっただけじゃないか」
「乙女の身体を弄んだことに間違いはないですよぅ……うぅ」
「いやぁ、それにしてもいい声で"啼く"んだね、文は」
「ふぇっ?」
「正直たまりませんでした」
「あ、あや……や……」
「羞恥で顔を朱に染めた烏天狗……うむ、これでもう一筆いけそうだ」
「!?」
「さーて、早速執筆さぎょ……あの、文?」
「なんでしょうか」
「ここ、編集所」
「そうですね」
「何故団扇を出しているのかな?」
「……てっけんせいさい?」
「そこで疑問系!?いえ何でもないというかごめんなさいというかお願いだからその団扇を下ろして」
「い・や・で・す。それとも責任取ってくれますか?」
「この際謝罪でも責任でもなんでも……責任?」
「ええ。私がカラダを許したオトコとしての責任ですね」
「所々言い方が卑猥だよ!?」
「……」
「うんだからその団扇を下ろして……ね?
というか僕なんかでその責任取れるの?」
「むしろ○○さんじゃないと取れないですね。……さて、それでは御覚悟♪」
<<食べられました>>
新ろだ2-065
妖怪の山、ふもと付近。
今日もこの扉を2回、ノックする。それが最近の私の日課になっていた。
「○○さーん、私です、射命丸です」
彼の家の扉には鍵がない。無用心極まりないが彼はさほど気にしていないらしい。
一応私も礼儀としてさっさと家に立ち入るなんて真似はしないが、いつか彼が痛い目を見るのではないかと心配している。
どたんばたんと彼が騒々しく扉に近づいてくるのが聞こえる。そんなに急がなくてもいいのに。
「おはよう。いやあ、にしても記者さんは朝も早いなあ」
と寝ぼけ顔ではにかむ彼はつい半年前ほど前にこの幻想郷にやってきた外界人である。
丁度彼が幻想郷に来て間もない頃、妖怪に襲われているのを助けてから親しくなった。
「ジャーナリストはスピードが命ですからね。これくらいは正に朝飯前って感じです」
「や、僕なんてのは本当に色々と遅いね。緊張感がないんだろうね。……まあともかく、中へどうぞ」
「昨日の原稿、書き終えたよ。いや人間ならまだしも神様相手の相談は難しいね」
彼は外の世界でカウンセリング、つまり悩みの相談についての勉強をしていたらしい。
彼自身人と話すことが好きらしく、久々の外界人ということで私が取材をしたときも饒舌そのものだった。
不思議と彼とは話しやすく、この幻想郷のことも彼はすぐに吸収していった。
そしてあるときの会話の中で私は彼に『私達が出している新聞にちょっとした相談コーナーを書いてみないか』と提案したのだ。
そのときは異変や別段これと言った特ダネもなく、新聞の売り上げが伸び悩んでいた。
我々天狗の仲間内でも、目新しいことをしないと売り上げは落ちるばかりだ、という声が多かった。
何より穏やかな人柄と意外と豊富な知識を持つ彼にぴったりだ、と思ったからだ。
こんな自分に仕事をくれるなら何でもやろう、と彼も快く了承してくれた。
「お疲れ様です。それでは早速、今回分のご相談をお渡ししますね」
「うん、どうも。……わ、今度は守矢の御柱様かあ。また凄い人……、あいや、神様が投書したもんだ」
私の観察眼は正しかった。
○○さんは少し自信が無い様だったが、それは杞憂に終わった。
相談コーナーを設けて数回もしたら、文々。新聞の編集部に毎日多くの投書が来る様になった。
購読者からの声も相談コーナーについての内容のものが多くなったし、新規購読者も増えた。
今では一回につき一人の相談に答える形になってしまったが、彼が原稿を落としたことは1度も無い。
「あ、それで、今日の本題はこれなんです。本の出版の件で」
「ああ、本かあ。僕は構わないんだけれども、そんな本が本当に売れるのかい?」
「またまたそんな謙遜しないで下さい!我が文々。新聞の看板コーナーなんですから!」
記者さんが言うんならきっとそうなんだろうね、照れるな──と頭を掻く彼。彼が恥ずかしがるときにする所作だ。
彼が来てから半年、私はほとんど毎日彼と顔を合わせている。前述の通り日課である。
彼の家を訪ね、仕事の話をして、それから他愛も無い話をして談笑する。
もしかしたら仕事というのは免罪符に過ぎず、私は純粋にこの人と一緒に居たいと思っているのかもしれない。
結局今日は本についてのよもやまの話といつもの世間話に費やした。
明日の夜は博麗神社で宴会が開かれる。そのための体力温存を彼から提案されたので、私はいつもより早くにお暇した。
いつもなら宴会前夜はスクープ写真を撮るぞ、とかそんなやる気に燃えていたのだが……。
……今回ばかりは彼と二人っきりで呑んだりしたいなと考えていた。
ただ気になるのは彼に女っ気が無い故に嫉妬の炎を燃やさなくてはいけないかもしれないのだ。
女っ気がない上に、誰にでも分け隔てなく接するのが彼だ。人気の男性なのだ。
きっと皆彼を狙っているだろう。仕事のときとは、いつもとは違う種類のやる気が湧き上がってきた。
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「じゃあ、○○の本の出版も祝って、かんぱーい!」
宴会も盛り上がってきたところで、白黒の音頭で○○さんの祝福が行われた。
グラスの当たる音がそこかしこで響く。彼は酒の所為かもう耳まで赤く染まっていた。
先ほどから彼は次々に酌を受けていたようだった。鬼、永遠亭の医者、スキマ妖怪等々。まったく、お人よしにも程がある。
「わは、わははは。お酒には弱いって言ってるじゃないですか。もう、もう飲めないって。わははは」
で、出来上がってる……
「何言ってんだよ、まだまだこれからだろぅ?○○」
「そうそう、夜は永いのよ」
とそれぞれ○○さんの両腕に抱きつく鬼とスキマ妖怪。
スキマ妖怪に至っては腰をくねらせたり、吐息を吹きかけたり。若干色仕掛け入っていた。……あーっ!どこ触って……!
「いや、もう駄目。無理ですって……わははは」
彼は別に酒乱ということでもないようで、いつもの通り穏やかに接していたが……
その所為で、皆段々調子に乗ってきたようだ。
……ちょっとは気にして欲しい……。
宴の熱気も高まってきた頃、
「あー、少し……気持ち悪くなってきた」
そんな苦しそうな彼の声で我に返った。
「大丈夫?医者もいるんだから、診て貰えば?」
「いや、大丈夫です。少し……」
彼が私をちらと見たのを私は見逃さなかった。
「……風に当たってきますね」
「わ、私もっ」
彼が立ち上がると同時に、私も立ち上がって彼の後を追いかけた。
「……ふう、みんな際限なしに飲むね。予想以上だ。参ったよ」
静かな境内。いつもと同じ調子の彼の声がよく響く。
……実際、彼は私のことをどう思っているんだろう。
命の恩人なのか。それとも仕事仲間なのか。親しい友人なのか。それともそれ以外の何かなのか。
私は何を話せば良いのかわからなくなってしまい、黙りこんでしまった。。
「…ブン屋さん?」
「……え?あ、はいっ」
突然名前を呼ばれたので、びっくりした。
反応が遅れたのは、いつも彼が私を呼ぶときの『記者さん』ではなく、きちんと名前で呼ばれたからだった。
何故……?驚きと困惑で、心拍数が上がるのを感じた。
「ブン屋さんも飲みすぎた、とか?」
「い、いや、そういう訳では、ないんですけれどもね……」
「じゃあ、ちょっと……」
と言いながら、彼はどこからともなく御銚子と御猪口を二つ取り出した。
御調子を揚げ、飲むか否かのの質問のサイン。私は迷わず頂くことにした。
「乾杯」
「……乾杯」
御猪口が静かに音を立てた。そのお酒は不思議な味がした。
「この御調子と御猪口、何だか分かる?」
御猪口を乾し、彼が言った。どちらも不思議なところは見当たらなかった。
「これね、僕が新聞の記事の仕事決まったとき、ブン屋さんとお酒飲んだ一式」
「あ……」
白磁に烏。そうだ、これは私がお祝いにと祝杯を上げた時、彼が持ち出したものだった。
「僕さ、この郷の人は皆良い人だと思ってるんだ。皆優しいし、現にこうして宴会にまで呼んでくれるしね。
お酌してくれたりさ。皆飲め飲めって、少し強引だけどね。凄く……有難いよ」
「……」
私は少し俯いてその話を聞いていた。
「でもさ、やっぱり一番感謝してるのは、ブン屋さんなんだ。命を助けてもらったり、その上仕事まで紹介してくれてさ……」
「やっ……やっぱり」
「ん?」
聞かずにはいられなかった。彼の口から答えてもらわないわけにはいかないのだ。
「それだけ、なんでしょうか……?」
彼が私に視線を移した。今までの彼には見られない、真剣な眼差しだった。
少しの沈黙があった。私はすぐにでもそこから逃げ出したい衝動に駆られた。
彼が視線を空に向けた。私は怖くなってまた俯いてしまったが、きっと綺麗な空なんだろう。
彼は少し困った風にため息をついて口を開いた。
「……毎日、会いに来てくれて。話をしてくれて。そんなことが続くからさ、最近僕少し欲が出始めちゃってるんだよ」
「……」
怖い。彼は私の質問を、どう受け止めたのだろうか。
「……『毎日会う』、とかじゃ駄目なんだ。物足りないんだ。もうずっとさ、一緒に居たいとか考えちゃう」
え……?
今、この人は何と言った?
「もうこの人じゃなきゃ駄目なんだ。他の誰でもない、この人だ、ってね」
今度はきちんと耳にした。聞き間違えなんかじゃない。
びっくりして私が彼の方を見ると、彼は酒が入っているときよりも耳まで顔を真っ赤にしていた。
「……文さん」
「え?あ、はいっ」
きっと初めて名前を呼ばれたせいか、すこし反応が遅れてしまった。
それから彼はこれ以上ないと言うような照れくさそうな顔で、
「……好きです。とても。……これだけじゃ、いけないかな?」
私の心拍数も振り切れそうだった。
耐えられなくなって、私は全力で彼の胸に飛び込んだ。
「十分ですっ、十分ですっ……わああああ」
「わ、ちょ、ちょっと、記者さん?」
嬉し涙というのは初めてかもしれなかった。際限なく溢れてくるし、止まってくれとも思わなかった。
いままで胸につかえていたものが流れ出るような感覚だった。
「そっか、十分か……」
と彼は私を優しく抱きしめてくれた。包み込むように、しっかりと。
応えるように私も、彼を抱きしめ返した。
「……まだ酔いは覚めないけどさ。もうちょっと、酔ってもいいよね、文さん」
「……はいっ。でも、もうすこし、このままで……」
「……喜んで」
……夢も、酔いも。まだ、覚めないでほしい。そう思った。
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最終更新:2010年10月16日 22:44