文23



料理人と文~四月馬鹿編~(新ろだ2-079)


 三月の最期の日。いつものように目が覚める。いつものように○○さんと朝ごはんを食べ、
いつものように私は幻想郷を飛び回って、○○さんは料理屋を開く。
 今日はいつもの一日でしたが、私はちょっとした悪戯を計画していました。
 普段多少の嘘は素で聞き逃してしまうだろう○○さんを心底びっくりさせる。そして思い切り
抱きしめて、笑い飛ばす悪戯。そう、明日はエイプリルフールなのです。


 料理人と文~四月馬鹿編~



 頭の中を澄ませていく。まずは頭の中で○○さんの反応をシミュレートしてみることにした。
 何事も予測と計画が大事だから、それに、あの分かりやすいようでわかりにくい○○さんだ。
すんなり騙されるのか、スルーされるか、騙されても笑って済ませるのか、本気で怒るのか、わからない。
 まずは予測を立てる。今までの○○さんとの思い出をベースに、その彼に対して。

 …………

「……え? 今なん……て」
「別れましょう、私たち」
 ○○さんの顔が驚きに充ちる。今までに見たことがないくらいに動揺しているのがわかる。
「え、ちょっ、ど、どういう風の吹きまわし?」
 狼狽する○○さんはなんだか、泣きそうにも見えます。
「風邪でも何でもないです。他に好きな人ができました」
 「寝取られ」というものは世の男性に非常に強い衝撃と絶望感を与えるらしい。そんな
本を読んで勉強した結果、この理由が一番衝撃的だと判断した。
 これなら流石の○○さんも……と、あれ?
「そっか。……文がそういう気持ちになってしまったなら、仕方がないな……」
 ところが○○さんはその事実を受け入れてしまった。確かにとてもつらそうなのだが、この展開は予想外だ。
「え、い、いいんですか?」
 思わず確認してしまう、が
「心がここに無い人をいつまでも縛り付ける訳にはいかないからね、君と過ごした時間は
とても幸せだったよ」
「いや、えと、その、○○さん?」
 悲しそうな、諦観の表情を浮かべた○○さん。そのまま私から背を向けて
「さよなら、文」


「ってダメじゃないですかッ!」
 シミュレーション失敗です。冗談だと告げるタイミングが難しすぎます。というか
ただの性質の悪い冗談になっている気がしますし。これで嘘ですなんて言ったら絶対口きいてくれなくなる……。
「流石○○さん、一筋縄ではいきませんね……」



 呼吸を整え、もう一度シミュレーションを再開する。
 今度は趣向を変えてみよう、心のダメージは恐ろしいので、具体的に生命の危機的状況で。

 …………

「○○さん、私は妖怪なのは知ってますよね」
「知ってるよ」
 後ろから近づく。
「妖怪は人間を食べるものなんですよ」
「うん、知ってる」
 そんな私に完全に気を許して、本を読んでいる○○さん、その信頼が嬉しくて、これからする悪戯に
少しだけ罪悪感を覚えた。
「私だって、人間を食べるんですよ」
「……え?」
 ○○さんが振り向く。その顔が驚きに見開かれて、
「……血!?」
 私の服についた血と、血まみれの爪。虚ろな目に○○さんを映して、空寒い笑顔を浮かべる。
「あ、文? 一体どうしたんだ?」
 あ、慌ててる慌ててる。なんか、驚いたけどどちらかと言うと、心配してくれているような、
そんな○○さんを騙すのは正直心苦しいのですが。
「お腹が空くんですよ、○○さん」
 そのまま○○さんの肩にとびかかり、
「っ!」
 床に押し倒す。これで○○さんはまな板の上の恋ですね。したごころ満載なので。
「もう、我慢できません」
「ちょっとまて文、話せばわかr」
「いただきま――」
「っっっっっ!」
 おびえ切った○○さんがギュッと目をつぶって体を固くしたところに
「っ!?」
 キスをした。包丁はその辺にほっぽって、○○さんに抱きつく。
「ふふ、冗談ですよ、4月馬鹿です♪」
「あ、文ぁ~……」
 情けない声を上げた○○さんがかわいくて、ますます強く抱きしめる。
「びっくりしました?」
「心臓が止まるかと思ったよ」
「あややや、大成功ですね」
 抱きあって笑い合う、で
「あ、僕も血まみれだ」
「洗濯しますから、脱いじゃってください」
「ちょっとまって、脱がすな脱がすな」
「早く脱がないとしみになっちゃうんですよ~♪」
「あ~れ~!?」


「これです、この感じです!」
 パーフェクト、最高にでぃ・もーると・べねってヤツです。この方法で行きましょう。


 間。

 しかし血のりをどうやって手に入れるか、そもそも服が汚れるから嫌だ等の理由で2秒で不許可の判定。
残念。なんとか別のシチュエーションを考えなければなりません。




 基本設定はそのままに現実的な線を探る。状況構築を屋外に移動、逃げ場なしを演出して
目のハイライトを落とせばきっと怖がってくれるだろう。

 …………

「○○さん、ピクニックに行きましょう!」
「ん、いいよ」
 どうせお店だって開店休業なんだから(言ってて悲しくなるが)、たまにはお出かけしたっていいはずだ。
そう言ってくれると思ってお弁当も用意しておく。一式の準備があるから、身一つでも大丈夫だ。
 二人で山を登っていく。目指すは山頂の大きな桜の木。飛んでもいいのだけれど、こういうのは
ムードを楽しむものだと思う。
 ほどなくしてそこにたどり着いた。どこまでも広い青空に薄桃色の花をつけた桜の木。
幻想郷を一望できるパノラマに、○○さんが嘆息をもらす。
「うぅ~、景色がいいねぇ」
 大きく伸びをする○○さん。その後ろから抱きつく。
「まだわからないんですか?」
「ん? 何を?」
 その首に手をかける。
「あ、文?」
「私は妖怪なんですよ? 人を食べる恐ろしい妖怪なんですよ?」
 ここでようやく事態を理解したらしい○○さん。そのまま、桜の木の幹に押しつける。
「……僕を、食べるつもりなのか」
「ええ、今日まで楽しかったですよ」
 その手に少し力を込める。爪が肌に少しだけ食い込んだ。
「……っ」
 息をのむのも、びくりと反応するのも手に取るように分かり、加虐心が湧いてきました。
指の先で血管が脈打つのがわかります。
「ふふ、じゃあ、いただきまーす♪」
「っ!」
 そこで後ろから思い切り耳を甘噛みする。
「ぬはぁぁあっ!?」
「ぶっ、あはは♪」
 変な叫び声。それに思わず笑ってしまった。
「……ひどいな、文、僕を騙して」
「あはは、ごめんなさい、4月馬鹿だったので、でもほら、お弁当も持ってきましたし、
ピクニックは本当ですよ?」
「はぁ、まったく……この悪戯天狗めっ」
 思い切り抱きしめられグリグリされた。痛いけれど、なんだか心地いい。
 それから桜の木の下でご飯を食べていたら白黒あたりに見つかってにぎやかになったり
酒盛りが始まったりしてもいいかもしれない。


 これだ。これでいこう。
 用意するのはお弁当とピクニックシートくらいですか。明日は○○さんお休みのはずなので、
早起きしてもばれないはず。
 私は計画の成功を確信して、布団に入りました。


 翌日。四月の最初の日。
 いつもより早く起きて、お弁当の用意をする。ついでに朝食の準備も。
 おにぎりや豚肉のから揚げ、ゴボウサラダに卵焼きにきゅうりの浅漬け、デザートにフルーツ入りヨーグルトも。
 準備万端、ミッションスタートです。

「おはようございます、○~○さん?」
 と、ドアを開けると、開けっ放しになった窓に、カーテンがたなびいていて、○○さんはいなくなってました。
 いえ、それだけではなくて、何か、ふだんと違って部屋が散らかっています。布団も乱れたままだし。
「あれ?出かけたんで……!?」
 ふと机を見ると、ナイフが机に刺さっています。慌てて近づくと、それは一枚の紙を留めていました。

『○○ハアズカッタ 山頂の大桜ノ下ニテ待ツ』
 と、乱暴に書いて有るのを見たとき、私の背中が粟立つのを感じました。頭が真っ白に
なります。取るものもとりあえず全力で飛び出して、全速力で空へ舞い上がりました。
 頭の中は嫌な想像でいっぱいです。その妄想を必死に振り払いながら、目的地、大きな山桜の下へ急ぎました。

 どうして、なぜ。そんな気持ちばかりが渦巻きます。起きてから、○○さんの様子を見に行っていれば、
こんなことにはならなかったかもしれないのに。ああ、そうか、これは私への罰なんですね。
 大事な人をだまそうとした、愚かな私への罰。
 私には祈る事しかできません。○○さん、無事でいてください――!

 私は祈りながら、願いながら、加速度を高めて山の頂上目指して飛びました。


















 で。
「これは一体……どういうこと?」
 到着して早々に私は困惑ました。なぜか桜の木の下が大酒宴になっています。
幻想郷の面々が、ブルーシートの上で飲んで騒いで踊って、楽しそうに笑って。
 向こうの調理場に至っては○○さんがをはじめ、数人が楽しそうに料理しています。

 と、そんな私に気づいたのか
「「あ、文さんこっちですこっち~」」
 と、椛とにとりが手を振り、
「おう、おそかったな、悪いとは思ったんだがもう食ってるぞ~」
 と、ニヤニヤしている白黒の魔法使いを
「そんなこと言って魔理沙、誰よりも早く食べてたじゃない」
 と、巫女が嗜め、
「みんなでお花見するのも悪くないわねぇ」
 などとのんびりすごいスピードでご飯を平らげる花より団子な亡霊姫がいれば
「あ、幽幽子さまお肉ばっかり食べすぎですよ、もっと野菜を……」
 と、食事のバランスを気にする従者が居たり。
「乙なものねぇ、こういうの」
 と、声のするほうを見やれば、スキマ妖怪も来ていて、
「紫様、橙。ご飯とってきましたよ」
「わーいごはん~」
 式たちと普通にレジャーを楽しんでいるようで。
「これで曇っていれば文句なしだったのだがな」
 と天気に文句をいう吸血鬼は、
「お嬢様、それでは桜の美しさが半減です」
 と冷静に突っ込みを入れる瀟洒なメイド長。その横で
「……焼きしいたけが美味しい……」
 と、ここでも本を読む(正直ながら食いは感心しませんが)図書館の主が一緒に宴を楽しんでいます。
 と周りのみんなが声をかけてきます。遠目に見れば永遠亭や守矢神社や地霊殿の人たちや妖精達も来ているようですし。
「さ、今日は何の日?」


 そう、悪戯兎が聞いてきたところでようやく私は気づきました。


「四月馬鹿ですか……」
「そういうこと」
 いつの間にか後ろから抱き締められていました。声だけで、ぬくもりだけで誰だか分ります。
「……○○さん」
「ごめんね、みんなノリノリだったもんだからさ」
 見事に騙されました。気が抜けたとたんに少し涙が出てきました。
「あ、文!?」
「っく、すごく、すごくすごく心配したんですからね!」
 振り向いて大好きな人の胸の中へ。ぎゅ、と抱きしめられると○○さんの香りに包まれます。
さっきまで騙そうとしていたのに、都合がいいですよね、私。でも、○○さんが悪いんです。
絶対に○○さんが悪いんですっ!
 何も言わずに優しく抱きしめてくれる○○さんの温かさが心地よくて、もっと甘えたくなります。

「○○さん?」
「ん?」
 見上げるといつもの優しい○○さんの顔。
「今度、改めて二人きりでお花見に行きましょう?」
「喜んで」

「おらそんなところでイチャイチャしてないで、○○も飲め~!」
 鬼少女が騒ぎ立てます。少し赤くなった○○さんはもう一度私を強く抱きしめ直すと離れて、
「ほら、いこ?」
 と、手を差し伸べました。
「……はい!」
 その手を取って、酒盛りに加わることにしたのです。もう、気分はすっかりと晴れて、
春の陽気はぽかぽかしていました。


 10分後。
「あーうー……せーかいーがーまーわるー……」
「弱いなぁ、○○は」
「あぁん?だらしねぇな、ほら、もう一杯いけ!」
「ごめ……もう、むり」(ばたん)
「ま、○○さーんっ!?」
 ……今度来る時はお酒は弱いのにしておきましょうね、○○さん?


 番外・四月馬鹿編 了




@後日談的何か

 帰ってきたところで気付きました。
「あ、お弁当……」
 ぐったりする○○さんをかかえて戻ってきた私の目に留まったのは、テーブルの上で
寂しそうに鎮座するバスケットでした。
「結局、無駄になっちゃいましたね……」
 バスケットを撫でる。色々頑張って用意したのに、なんだか残念です。とりあえず感傷に
浸る前に、○○さんを寝室に運ばないといけませんね。
 ○○さんを二階の彼の部屋まで担いでいくのはいささか大変でしたが、なんとか到着。
コックコートのままですが、○○さんをベッドに寝かせました。
「むにゃ……」
「気持ちよさそうに寝てますね……うりうり」
 なんとなく悪戯心が芽生えたので、ほっぺたをつついてみます。○○さんはくすぐったそうに
顔をしかめましたがそれ以上の反応を見せませんでした。しばらく、○○さんのほっぺたを、
いじめていると、不意に
「んー……文ぁ……」
 と、呼ばれました。○○さんの様子はさっきと変わらず、安らかに寝息を立てています。
これは寝ぼけて、いや、どちらかというと、寝言ですか。
「明日も……お花見……毎日……お花見……」
 どんなですか。万年春妖精でも頭の中に住まわせたでしょうか。
「私も寝ますね、○○さん」
 そう言って、部屋を出て行こうとすると、呟きが耳に入りました。
「明日は……二人でいこうな……」
 ええ、絶対ですよ、約束。護ってくださいね?

 なんだか今日はぐっすり眠れそうです。
 明日のお花見スポットを思案しながら、私は○○さんの部屋の扉を閉めました。
「○○さん、おやすみなさい」

 了



チルノの裏
どうも、あややネタ以外かけません書く気がありません。
久々に書こうと思ったら、全く筆が進まず、困りました。
根性と愛で4・1に間に合わせてそのまま投下。


新ろだ2-222


「あなたに想い人はいないのですか?」
 稗田の家で面白い資料が読めると聞いた私は、早速阿求さんを訪ねて話を伺っていた。
 しかし残念なことにネタになりそうな物はほとんどなかった。なければさっさと帰ってしまおうと思っていたのに、
 せっかくの来客だからと丁寧なおもてなしをされて、おまけに矢継ぎ早に話を振って来るものだから完全に帰るタイミングを逃していた。
 適当に相槌を打ちながら聞いているけど話のほとんどが色恋沙汰で、こちらも聞いていて特にネタになりそうだとは思えない。
 里の誰それはあの子が好きで、だけどあの子は別の人が好きで……。
 話をしている阿求さんの表情。それは本当に楽しげで、人間の女の子はこういうご飯の種にすらならない話が好きなのだろうかと思う。
 水を差すのは悪いけど、どこか頃合いを見計らって退散しよう。そう思ってタイミングを待っていたのだけど、
 今度はその話題が私に振られて、そのまま考えなければよかったのに深く考えてしまったものだから、
 見事阿求さんの大きな釣り針に引っかかってしまったと言ってもいいのかもしれない。
「私、ですか? ……そうですね、あまり考えたことがない、ですね」
 一瞬思い浮かんだその優しい表情に首を振りながら私は答えた。そんなまさか、と思う。
 阿求さんは私の反応を見て、少しつまらなさそうに湯呑をすすった。
「そうですか。人間も妖怪も変わらないものと思っていましたが、やはり妖怪は違うのでしょうか……」
「で、でしょうねぇ」
 あっけらかんと笑って見せたけど、
 一度出てきたその笑顔が何度も何度も絶え間なく出てくることが気になって、私は段々笑い飛ばすことができなくなっていた。
 想い人。あの人が? まさかと言いたいけど……。だけど気になってしまったものがどんどん大きく膨れ上がっていくのを感じた。


「よい、しょっと。……ふぅ。霊夢、とりあえずこれだけ落ち葉とか集めたんだけど!」
「あら、ご苦労様○○。そうね、それだけあれば十分でしょ。とりあえず石畳の上じゃなくてどこか土の上に移してくれる?」
「わかった。だけどこんなに集めてどうするんだ? また何か儀式みたいなことするのか?」
「今日は違うわよ。実は紫が大量のさつま芋を持ってきたの。今日は芋宴会ね」
「あ、え、一気に焼くのか、これ……?」
 木々に隠れるようにして神社を見降ろすと、境内では何やら二人が楽しそうに盛り上がっていた。
 ほうほう、今日は神社ですか。神社でやる宴会は本当に人妖様々な輩が集まるから、ネタには本当に困らない。
 だけど……。
「あの二人、ちょっと距離が近すぎではないで……」
 思わずこぼれた言葉をせき止めて、無意識に手で口を覆った。向こうに聞こえるほどの声量じゃないとわかっているのに、
 それならどうして自分の言葉を塞いでしまったのかわからなかった。
 あの二人は傍から見ていて、いつもあんな様子で仲の良さが窺える。私の調べでは霊夢さんは恋愛感情に少し無頓着というか、
 まるで興味がなさそうなので間違っても相思相愛という関係にはならない……と思う。私は何を安心してるんだ。
 そう、二人にきっとそんなはずはない。そんなはずはないと思いたいけど、もしもの可能性を考えると胸がざわつくのを感じた。
 それを振り払うように二人を観察すると、そばには大量の落ち葉が山積みになっている。
 風でも起こしてイライラしながら集めなおす様でも見てみようかと思ったけど、
 彼がその役を被ってしまうことを考えると動くことをためらった。迷惑がかかる。迷惑ね、そんな都合、考えたこともなかったのに。
 やっぱり私は彼が……。確かに○○さんは誰に対してもあんな感じで好感は持てるけど……。
 いつまでもここでもやもやしたまま突っ立っていても意味がない。真実を求めて最速で行動する、それが私射命丸だ。
「でも焼き芋ばっかりじゃ、さすがに飽きるんじゃないか?」
「それもそうね。大学芋とか作っておこうかしら」
「おっ、いいね。実は俺大好きなんだ」 
「あらそう? なら腕によりをかけて……あら?」
 二人の目の前に新聞を滑り込ませると、まず先に気付いたのは霊夢さんの方だった。
 いつもの面倒そうな反応。と思いきや、彼女にしては珍しく、今日は顔を輝かせながら新聞を拾い上げた。
「あら、ちょうどよかったわ。落ち葉が足りなかった時にでも使えそうね。たまにはあの天狗も気を利かせるじゃない」
 あやや。彼女の新聞に対する興味の無さは深く判っていたつもりだけど、まさか真っ先に焼こうとするなんて苦笑いしか出てこない。
 それはそれで新聞の使い方が間違っているので、また恐ろしい悪戯をする必要がありそうだ。
「ちょ、待った待った。ダメだって、それって最新号だろ?」 
 霊夢さん、そんなことをすると新聞の神様が怒って……。そう踏み込んでいく前に、慌てた様子で○○さんは彼女から新聞をもぎ取った。 
 霊夢さんは呆れた様子で目を丸くしているけど、それは私だって同じことだった。
「えぇ? 確かにそうだろうけど、あの天狗が書いた物よ? 内容はともかく嘘だらけ……って、もしかして読む気なの?」
「だって文が書いた新聞だろ? 霊夢はバカにしてるけどさ、意外と面白いよ? 文の書く記事」 
「別にいいけどさぁ。あんたも物好きというか、暇人なのねぇ」
「そうかなあ? これとか面白くないか?『白黒の魔法使い、ついにメイド長に撃退される!』って写真がおも……これ、魔理沙か……」
 何かの冗談なのかと思ったけど、どうやら本当に彼は新聞を読んでいるみたいだった。
 確かに読ませるための記事を書いているつもりだけど、今だけは「どうして?」という思いで一杯だった。
「これとかほら、今日の芋宴会の案内だよな。今唐突に決まったっていうのに、相変わらず速いなぁ、文って」
「そうですよ。なぜならば、私が幻想郷最速だからです」
 私は無意識の内にお決まりの文句を言いながら、二人の間に飛び出していた。
 自分でも不思議だった。多分、久々に新聞が面白いと絶賛されたから嬉しくてたまらないから。きっとそれだ。
 私が飛び出していくと○○さんは楽しそうに、霊夢さんは呆れたように私を見た。
 霊夢さんはともかく、楽しそうに私を見てくる人だってそうそういない。みんな大概煙たそうにする。……ああ、そうだったのか。
「はぁ、やれやれ。○○、天狗の相手お願いね。私は忙しいから」
「あやや。霊夢さん、つれないですね。せっかく号外を届けに来たというのに」
「はいはい」
 私の軽口に手をひらひらさせながら、霊夢さんは奥へ引っ込んでいってしまった。これは好都合だ。
 ……好都合? どうして、なんて考えることは今はやめよう。
「霊夢はあんなこと言ってるけどさ、今からさつま芋で色々作るみたいだから仕方がないんだ。ごめんな」
「え、えぇ。霊夢さんはいつもあんな感じですから、慣れっこですよ」
 他人のために謝るなんて本当におかしな人だ。こんな人、見たことがない。
 何か変だ、顔を見ることができない。落ち着け落ち着け、念じながら顔を見ても目が合うとすぐ逸らしてしまう。
 精々ポーカーフェイスを気取ることと、目を見ずに会話をすることしかできないなんて。
「あ、それでさ。今日の宴会、文も来るよな?」
「え? ええ、人間も妖怪も集まる宴会ですから、面白いことが起こらないなんてありえませんし」
「あはは。だけど本当にそうだよな。前にも白玉楼で宴会やった時に酔いすぎた妖夢の一発芸がとにかくすごくてさ、あ、でも」
「はい?」
「文はすぐに帰っちゃったんだよな。ちょっと残念だなって思ったからさ、だから今日は見られるといいな?」
 どこか照れ臭そうに鼻を掻く○○さん。え?
 確かにあの時はすぐに帰った。早速酔い潰れた椛が執拗に絡んでくるものだからという仕方のない面倒な理由なのだけど、
 それをどうして彼が知っている? あの時椛と飲み負けてすでに潰れてしまっていたのに……。
「あ、そうだ。この新聞、ちゃんと毎回読ませてもらってるよ」
「え、あ、はい。それはありがとうございます」
「霊夢は解約してくれって言うけど、俺は楽しみに待ってるからさ、またよろしくな?」
 彼は恥ずかしそうに、だけど屈託なく笑った。
 ああ、これだ。阿求さんの家で思い浮かんだその笑顔。きっとこの卑怯な笑顔に惹かれたのだ。本当に卑怯なくらい輝いた笑顔だ。
 もう考える必要はなかった。恥ずかしさは残るけど、私の想い人はこの人だったのだ。
 いつもの私なら軽く冗談でも交えて笑い飛ばせるのに、今はもうその笑顔を見ることができないくらい顔が熱い。


「それで、一番肝心な言葉を伝えずに逃げてきたわけですか。でもどうして私の所に?」
「……ひどいですね。こういう色恋話は阿求さんが一番適任だと思ったのに」
「まあ、その」
 本当は説明そのものが恥ずかしいわけだけど、このままもやもやを抱えたままでいるのは正直辛いし、
 他に話をするような人がいないことも事実だからこの際背に腹は代えられない。
 頭が真っ白になった私はあの後逃げ出してしまった。彼は怒ってないだろうか。がっかりしていないだろうか。変な奴だって思って……。
 嫌な想像ばかりが膨らんで、すすったお茶の味さえわからない。
 そんな私を見た阿求さんは苦笑しながら穏やかに口を開いた。
「でも、天狗だって関係ないのですね。あなたにもちゃんと想う人がいる。そういうことです」
「いえ、それはわかりましたけど……ところで一番肝心な言葉というのは……」
「らしくないですよ? ブン屋さんは常に真実を伝えるのでしょう? あなたの大切な気持ちだって例外ではありませんよ」
 驚いて顔を上げると、阿求さんはただ笑っていた。 
 そうだった。頭がぐるぐるしていてうっかり忘れてしまっていた。
 宴会までには時間がある。だけどこうしてのんびり時間を待つ暇なんて私にはない。
 常に最速。
 高鳴る胸に知らない振りを決め込んで、今度こそ私は言葉を伝えるためにあの人の元へと飛んだ。



新ろだ2-230


 七月六日、そろそろ日付が変わろうかという頃。
 どこからともなく広まった、博麗神社で七夕祭りという噂を聞きつけて沢山の人たちが集まっていた。
 もちろん人間よりも妖怪の方が多いので、というよりほとんど妖怪だった。
 妖怪が七夕祭り、なんてシュールなのだろう。
 縁日のようなほのぼのとした盛り上がりを想像していたけど、見知った顔ばかりが集まれば祭りはそのまま酒盛りになる。
 だけどせめて、短冊に願い事を書いてみるくらいはしたかったかなぁ。


 のんべえ達の飲み比べに呆気なく負けた俺は逃げるようにふらふらと歩き、縁側に座って酔いを覚ますように空を見上げていた。
 今日は夏の夜には珍しく、冷たい風が肌に心地よい。……もしかしたら、あそこでチルノが踊っているからかもしれないけど。

「そういえば、七夕のお祭りって七日の昼間くらいにやるものだと思ってたよ。今はちょうど七日になったくらいだし、早くないか?」

 けらけらと楽しそうに笑い合うみんなを見ていると自然と顔がほころぶ。きっと酒のせいだ。
 意外と暢気な妖怪たちに目を向けながら、同じように隣に座り、赤ら顔で水でも飲むように酒を飲む文にぽつりと尋ねた。

「そうですねぇ、この時間帯にやる神事として風習が残っていましたが結局のところは真夜中ですから。
 だから人間の都合で昼間にずらしたのかもしれませんねぇ」

 手に持った猪口に注いでいるのは水ではないかと思うくらい文は何度もつるりと飲み干すと、
 さらにまた徳利から注いで今度は俺に回してきた。
 正直見るのも辛いけど、そんな楽しそうな顔で飲め飲めと言われれば飲まないわけにもいかない。
 しかし飲んでみて……すごく、度数がありそうな酒だった。こんなものを飲んでいたのか……。

「しかしですね、○○さん。もうそろそろ天の川や牽牛星、織女星が見られる時間だそうですから。
 だからそれに合わせた神事なのではないかと私はそう思いますよ」
「へぇ……」

 しかし物知りだなあと感心していると、天狗ですからと文が言った。いつもながら思っていることが表情にでも出ているのかと思う。
 ぼんやりしながら騒がしく盛り上がっている宴会の光景を見る。あれでは七夕というより花見でも楽しんでいそうな光景だ。
 これじゃあ星を見る前に夢でも見そうだよな。そう呟くと、大して面白くもないとチョップされた。

「あら、あんたたちここにいたの。短冊配ってるんだけど、書くでしょ?」

 そんな他愛のない話をしていると、霊夢が大量の短冊を持ってやって来た。
 正直短冊なんて忘れていたのではと不安になっていたところだったけど、やっぱり霊夢はこういうことにしっかりしている。
 一言お礼を言って筆と緑色の短冊を一枚もらうと、何気なく思い浮かんだ願い事をさらっと書いた。

「霊夢さん、私にもひとつくださいなぁ」
「はいはい。だけど妖怪にも願い事があるのねぇ。ああ、あんたの場合はネタ発見祈願かしら」
「それももちろんありますけど、何より私にはぁ」

 とにかく上機嫌な文に霊夢はただ呆れ返り、話の途中で切り上げてさっさとみんなのところへ行ってしまった。
 それくらいでは今の文も気にしないのか、何事もなかったかのように黄色い短冊にさらさらと何かを書く。
 その筆は本当に楽しげに動いていて、一体どんな願い事を書いたのだろう。その光景を眺めながら俺は尋ねた。

「なあ、文。どんな願い事を書いたんだ? ちょっとだけでいいから教えてくれない?」
「あら、○○さん知らないのですか?
 願い事というのは他人に知られるとその効果を発揮してくれなくなるんですよ。でも私は○○さんの願い事を知りますけど、ね!」
「え、な、うわっ」

 意味のわからないことを言いながら、突然俺が持っていた短冊を奪おうとする文から間一髪で逃れる。
 目もどこか据わっていて、獲物に襲い掛かるような肉食獣のようだ。とても冗談のようには見えない。
 あれだけ度数の高いものを飲んでいたんだ、とっくに出来上がっていてもおかしくないのだろうけど……。

「……っていうか、見たいなら見たいって素直に言えばいいじゃないか」
「? あやや、それはすみませんでした」

 いきなり襲われるのだけはもうこりごり。軽いため息を吐きながら自分の短冊を見せようとして、慌ててそれを引っ込めた。
 完全に意表を突かれた文はきょとんとした顔をしているけど、自分が何を書いて、それを誰に見せようとしたのかを思い出すと、
 一気に酔いも覚めていく。他のみんなはともかく、文にだけは一番見られたくない恥ずかしい願い事だ。

「どうしました? 見せてくれるんでしょう?」
「え、ああ、ええっと……その」
「むー、今更出し惜しみですか。それほど叶えたい願い事なのですね、いいでしょう」

 いや、そうじゃなくて……。何か都合のいい言い訳を考えるけど、勘違いした文には通じるはずもなく。
 しかし意地でも見せずにいると諦めた文は頬を膨らませてそっぽを向き、また縁側に座り込んで酒を飲み始めてしまった。
 飲みながら時折じっと自分の短冊を見る姿は寂しげで、
 だけどこればかりは見せるのも恥ずかしいから躊躇っていると、文はまた突然笑顔になり俺の方を見た。

「そういえば○○さん。ところでこの短冊、どうして何色もあってカラフルなのか考えた事ってありますか?」

 一転して笑顔で手招きをする文の隣に座って、内心ほっとしながらその話題に乗る。
 女心と秋の空……かな。とにかく話題が変わってくれたことに感謝しながら、だけど考えたこともない問題にただ頭を悩ませた。

「適当に色紙を使ったから……とか」
「ブブー。適当なんて言ってると霊夢さんに退治されますよ?」

 それもそうか。これが神事なら霊夢だって真剣に臨んでいることだろうし、適当なはずがない。
 みんなに配られているバラバラの色の短冊を眺めながら文に答えを促すと、得意気な顔で指を振られた。

「まあまあ、こんな時くらいしか楽しめませんからとりあえず飲みましょう、ね?」
「え? あ、ああ……う、これもきつい。そ、それで答えは?」
「何色もあるのはですね、これが五行説にちなんでいるからですよ。
 そうなると本来は黒があるわけですが、それだと文字が書けないから配っているのは他の四色だけみたいですね」

 五行説。おぼろげくらいにしかその言葉もわからないのに、文は本当に物知りだ。
 新聞記者って知識が広いんだな、と思う。

「すごいなぁ、何でも知ってるんだな」
「霊夢さんの受け売りですけどね……とりゃ!」
「あっ!」

 感心しながらその得意気な表情をぼんやりと眺めていると、その隙を突かれて握りしめていたはずの短冊が呆気なく取られてしまった。
 もう大分酔いが回っているから咄嗟に取り返すという判断もできずに、ただまじまじと短冊を眺めている文を見ているだけだ。
 その文も、短冊を見つめたまま動かない。それもそのはずだ。
「文といつまでも一緒にいられますように」なんて書かれているのだから。
 これは一体何の羞恥プレイか。自分でもはっきりとわかるくらい顔が赤くなるのを感じていると、
 しばらくして顔を向けた文は特に何かを言うわけでもなく、さっきまでの上機嫌なままの文だった。

「とにかく知ってしまいましたから、このお願いはただの儚いお願いですね。
 このまま飾っても可哀想ですから私が預かっておきますよ」
「あ、ああ……。って、いや、そうじゃない! 俺のだけ見られたなんて不公平だ! 文のも見せろお!」

 きゃあきゃあと子供のように逃げ回る文を、こみあげてきた恥ずかしさを隠すように追いかける。
 ほとんど千鳥足の人間が天狗の足に追いつけるはずもなく、だけど走っている内に恥ずかしさなんて吹っ切れた気がして、
 自分でも不思議なくらい笑顔になりながら絶対に追いつけない鬼ごっこを楽しんだ。
 本当に、いつまでも一緒にいられたらいいよなぁ、と思いながら。


 ◇◇◇


 見せられるはずがありませんよ。でも、大丈夫。
 あなたの願いが叶わなくても、私の願いが叶ってくれれば。
 それはあなたの願いが叶ったことと同じですから。


最終更新:2010年10月16日 22:46