文25



Megalith 2011/09/15


 ――ぼやけた白い風景の中、一人の少年が泣いていた。何度もしゃっくりを起こしながら溢れ出る涙を拭い続ける。
   どれだけの時間が過ぎたのだろうか。一人の少女が彼の側に現れ、少年を優しく抱きしめた。
   慈しむように優しく頭を抱きかかえ、よしよしと頭を撫でる。そして彼をあやすように囁く。

  「大丈夫ですよ。これからは、私が○○さんのお姉さんになってあげますから、もう泣かないでください――」



 その情景から意識が浮き上がっていき、少しずつ瞼を開けると自分の顔を覗き込む文の姿があった。

「あっ! だ、大丈夫ですか!? 痛いところはありませんか!? 変なとこぶつけていませんか!?」
「う、うん……大丈夫、どこも痛いところはないから、心配しないで」

 文はよかった、と溜息を吐くと○○の髪を梳き始めた。彼は何故こんなことになっているのかを少しずつ思い出そうとしていた……



 ◆     ◆     ◆



 ある朝自宅の郵便箱に文々。新聞と一緒に一通の手紙が入っており、家の中でその手紙の内容を確認することにした。

『○○さんへ。お久しぶりですね。お元気ですか? 私はそれなりに可もなく不可もなく、日々を過ごしております。
 そして少しふがいないことなのですが、新聞の資料を探していたらつい部屋の中全てひっくり返してしまい取り返しのつかない状況になっています。
 よろしければ片づけするために力を貸しては貰えないでしょうか? それに私自身、久しぶりに貴方に会いたくもあるのです。
 今日、都合が良ければ私の家まで来てください。                                        射命丸 文』

 手紙の内容を見た○○は彼女の達筆に懐かしさを覚えて、久しぶりに会いに行こうと思い立ち、身支度を整えると家を後にした。
 文の家まで来て、呼び鈴を鳴らすと何かに躓いたような、大きな物音が立ったあと玄関が開かれ、少しバツの悪そうな顔をした文が顔を出した。

「あややや……。○○さん、お久しぶりですね。お待ちしておりました」
「久しぶり、義姉さん。相変わらず新聞のことになると他を顧みないみたいだね」
「そ、それは言わない約束ですよぉ」

 軽いあいさつを交わして○○は文の家にお邪魔する。
 彼が文のことを義姉と呼ぶのは、幼いころの事故が関与している。ある時山で土砂崩れがあり、運悪くそれに巻き込まれた家族があった。
 その事故で両親を失い、ただひたすらに泣くことしかできなかった少年。
 その第一発見者である文は、そんな彼を見捨てることができず、養子として家族の一員になることを決めた。
 反対する意見が多い中、文はしっかりと彼を育て上げた。その手腕には人妖共に称賛の言葉が多くあがっていた。
 しかし、ある時期を境に○○は文から距離を置く。理由として、彼女に見合いが多く寄せられることがあげられる。
 彼はいつしか文に家族愛ではない、恋心を抱くようになる。しかし、お互い人と妖怪、決して相容れぬ存在ではないが、やはり妖怪同士の方が伴侶としては合うであろう。
 ○○は彼女に捨てきれぬ想いを抱きつつも、普段通りに接しようと思った――

 …………………………
 ……………………
 ………………

「……うわぁ、これはひどい」
「い、いつもは綺麗にしてますよ! ほ、ほんとですよ!」

 足の踏み場もないような部屋の惨状を見て、○○は文らしいと思ってしまう。昔からこの義姉は新聞のことになると傾ける情熱の違いを分かっている。
 徹夜をしても良い記事を書こうとする横顔に見惚れたことは数少なくない。
 とりあえず、中に入ってから、どこから手をつけようかと○○は思った。
 そしてゴミの山に手を入れて何やら手触りのいい布を引っ張りだした。

「あっ!? そ、それはだめですっ!」
「えっ? あっ!? こ、これって……!?」

 彼は黒い紐の下着をむんずと掴みあげていた。それも洗濯してあったようなものではなく軽くしわになっていて、ちょっと股部分が汚れてみえるような状態であった。
 慌ててそれを離そうとしたが、足元の紙を踏んづけてしまい、わたわたと両手を振り回し、そのまま仰向けに転んでしまう。

「あややーっ!? ○○さん大丈夫ですか! ○○さ……」

 心配して駆け寄ってくる文の声が遠くに聞こえていき、○○は意識が遠くなり始めていた。



 そして状況は物語序盤に戻る。ちょっと頭を強く打った○○は脳震盪を起こして気絶をしてしまっていたのだろう。
 優しく髪を梳きながら文はぽつりぽつりと独り言を零すように○○に話しかける。

「実を言いますとね、部屋の片づけなんて口実に過ぎないんです。○○さん、急に私から離れて行ってしまって、その、なんて言いますか、寂しくなってしまいましてね。
 部屋の片づけなんて理由付けをすれば、久しぶりに○○さんの顔を見れないかと、思ったわけです……。ああ、もう、口に出して言うと、は、恥ずかしいですね……」

 そうだ。いつでもこの義姉は自分のことになると心配性になる。かつて盲腸で永遠亭に運ばれたときも、破裂寸前まで我慢をしていた記憶がある。
 理由の一つに文の心配してくれる表情が見たかったというのがある。文の泣いている顔がすごく美しく、愛おしく見えるから。
 どうやらそれなりに日も暮れてしまっているらしい。外から虫の鳴き声が聞こえて、オレンジ色の光に照らされる文の顔は微笑んで○○を見つめている。

「ねぇ、○○さん、私は貴方になら何でもしてあげたいんです」
「何でもって……」
「何でもは何でもです」
(何でもって……そんな都合のいい話は……)

 ○○は寝返りをうち、文のお腹に顔を埋めるような姿になった。そして自分の迂闊さに気がついた。
 この格好では文の匂いに包まれ、どうしても彼女に対する想いがはちきれそうになってしまう。
 そして、下半身に血が集まるのを感じ、抑え込もうと努力をしたが、生理現象はそう納めることはできない。
 必死になって頭の中を空にしようとするが、ふと文の表情を見ると上気して、ある一点に視線が集まっているのに驚きを隠せなかった。
 なぜならそんな彼女の顔など今まで見たことがなかったから……。

「○○さん……何でも、してあげますから……嫌じゃなければ」
「えっ? ね、義姉さん?」

 慈しむような手つきで股間の膨らみをそっと撫であげる。

「でっ、でも義姉さんは義姉さんだしっ」

 言葉を紡ごうとする○○の口を指で押さえて、額をこつんとぶつける。

「昔みたいに呼んでください」
「あ……文姉っ」

 そう呼ばれた途端文の瞳に涙が溢れて、またその名で呼んでもらえた喜びで恍惚の笑みをうかべた。

「――あ、文ねぇ……んっ、んっ、んん……」

 初めて口にする文の味はとても甘いものだった。頬を寄せ合い、髪を梳かし合い、身と思いを重ねるように強く抱きしめあった時、二人は完全に酔った。

「さぁ、○○さん、お願いします……」
「文姉っ、文姉っ……」

 文は自分ではどうしようもない、自分の空いた部分を彼でいっぱいに満たされ、そしてぬるりと包み返し、痛みはあったものの、

「ひぅ」

 その刺激すら悦びに変わり、抱き締めを更に強くされた。
 お互いに欲して、くねるように絡まり、泣くような声をあげて求めに応えもした。

「あ、ん、深っ……深いっ……」

 今まで離れていた分を取り戻そうとたくさんし続けた。
 そして唇を重ねると言うより、震える呼吸をお互いに伝えあうように貪りあい時間を掛けて幾度も一緒に満たし、満たされた。

「あ、や、だめ、あっ、ああっ、あッ――」



 ◆     ◆     ◆





 日が暮れて、辺りが夜闇に包まれた文の家の縁側で二人は並んで座っていた。

「……俺、ずっと文姉が好きだった。いつか文姉が誰かと一緒になるんだとしても……むぐ」

 ○○の唇を人差し指で塞いで、いたずらの成功したようなどこか無邪気さの混じる笑みを浮かべる文。

「ああ、それの話ですか。お見合いの件なら皆断りました。何ででしょうか?」
「え……」
「ふふっ、お姉ちゃんは気が長いのですよ」

 そう。文はずっと義姉ではなく、○○の文姉のまま、○○の――





 ずっと一緒にいますよ……


Megalith 2011/12/26


冬のある日、神社に来て欲しいと早苗さんに呼ばれた。
外界の自分でないと難しいことらしい。

はやる気持ちをおさえつつ神社へ続く山道を行く。
成人男性の自分をもってしても厳しい言わざるを得ない道のりで
ただでさえ険しい山道が雪に包まれているものだから風景を楽しむ余裕も無い。

早苗さんが待ってくれているんだと思えば力も出るが
いかんせん現実は二重の意味で冷たい。

空を見上げれば平和そのものなのに。
そのとき視界の隅のあたりで黒い何かが目に入った

「どうも清く正しい射命丸です」
瞬きをする間にカラス天狗が目の前にいた。

「どうしたんですか人間がこんなところに。自殺でしたら他所でやってください」
さらっと怖いことを言う。

こんなに寒い日だというのに彼女の姿はいつもと変わらない。
ノリのきいた白いブラウスに、黒のミニスカート。
スカートからのぞく健康的な肉付きのふとももがなんとも悩ましい。
外の世界の女子校生たちを思い出さずにはいられなかった。
学生たちは気合で耐えてるって聞いたけど文さんの場合はどうなんだろう。
妖怪だから似てるように見えても身体のつくりが違うしそもそも寒いと感じないのかもしれない。

それにしてもこの見えそうで見えない――ん、今日の色は
「一体どこを見ているんですかねぇ」

しまった、ガン見しすぎたか。
「まったく、人のテリトリーに勝手に入り込んでおきながら」
「これはもう次の特集は決まりましたね。『ハレンチ!下着みたさに妖怪の山を登る人間』明日の朝には配り「勘弁して下さい」

そんなことをされたら世間から冷たい視線を浴び続けるだけじゃない。
無縁塚で首をくくるしか選択肢がなくなってしまう。

「そんな目的では来ませんよ」
「そんなとはあんまりじゃないですかね?私のスカートは鉄壁と評判なんですよ!?」
「知りませんて」
「それじゃあ何をじろじろと」
「非常に素朴な疑問なんだ。その、寒くないのかなって、脚」

くるぶしまである靴下とスカートの間は肌がむき出し。
まして彼女は風を真に受けて飛ぶ。
その速度は幻想郷最速。

彼女は一度視線をはずす。
「じゃあ、さすって、温めてくれませんか?」
言葉で理解する前に喉が鳴った。
この脚を?俺が?なにそれドッキリ?
「え……いいんですか?」
「じょ、冗談ですよ!いやですねぇこのヘンタイさんは!」
ちょっとの間を置いて、顔を赤くして否定する。

もったいないことをしたな。これなら確認せずにさすればよかったか。

ワザとらしく咳払いをして言葉を続ける。
「話を戻しましょう。この山に一体何用です?コトによってはおかえりいただきます」
すっかりいつもの調子に戻ってしまった。
太ももへの未練に後ろ髪を引かれつつ答える
「呼ばれたんですよ、早苗さんに。何かお願いしたいことがあるらしくて」
早苗という単語を聞いた瞬間、文さんが一瞬表情を曇らせた。
「山の巫女ですか。一体何を……」
「山に用事があるなら、言ってくれればわざわざ上らずとも運んであげましたのに」
「いや第一会わないじゃないですか」
「じゃあ文々。新聞をこれから毎回取りましょう、是非そうしましょう!○○さんなら特別に手渡しでお届けしますよ?」
「結構です」
即答する。新聞って外の世界でもそうだったが段々溜まってゴミになるんだよなぁ。
いちいち縛るのも面倒だし、重いし――ってあれ、なんだか様子がおかしい。
どうやら本気で落ち込んでいるようだ。
「えぇ、いいですよ新聞に頼らずともいずれ――」
小声で何かをつぶやいていたが聞き取れなかった。

「分かりました、それじゃあ神社まで連れて行ってあげましょう」
「あんまり人間にうろちょろされても困りますからね」
「すいません、助かります」
昼前の到着を見込んでいたけどこれなら早く着きそうだ。

文さんが背後に回り腕を前に回してきた。
後ろから抱きしめられる形となり、否が応にも柔らかな感触を意識してしまう。

「さ、いきますよ」
「いきますよ、じゃないですよ。こういうのって手を掴んでいくものではないんですか?」
「他の人にそうしてもらったんですか?」
「そういうんじゃないんですが……」
「腕が千切れてしまったらどうするんです」
それはいやだな。でもこの体勢はちょっと、いやかなり刺激が強い。

「それにこの方がしっかり掴めて安全なのですよ」
たしかに、彼女の飛ぶ速度を考えれば両腕でやれば安全だろう。
しかしまだ問題があった。
「でもですよ、情けない話なんですが、俺高所恐怖症なんですよ。下なんて見たら意識が飛んじゃいます」
「仕方ないですね、じゃあこうしましょう」
ニタリとした笑みをたたえて一度解放してくれる。

少しだけ浮き上がった文さんから真正面から抱き締められた。
視界を埋め尽くすのは彼女の胸。
ああもう精神は遥か上空に浮かんでいる――じゃなくて!

「これで落とさずに済みますし、下も見なくてオーケーですね!」
「何かあってはいけません。万全を期すために"ゆっくり"飛ぶことにしますね!」
胸に埋もれて抗議も声にならなかった。
無情にも地面から足が離れると、自分も彼女の背にただ腕を回すしかなかった。



「快適な旅はいかがでしたか?」
境内に降ろし問いかけてくる。
色々と気力を消費しすぎて返答するのも辛い。

「気持ち良すぎて言葉も出ませんか?」
言葉に出さなかったのはせめてもの男の矜持。
沈黙を肯定ととったのか彼女は満足そうに頷く。

「私はこういうことはしない主義なんです」
「でもあなたならいつでも歓迎ですよ――特別ですからね?」
それってどういう意味と聞く前に、翼を羽ばたかせどこかへ消えてしまった。

残されたのは彼女を示す黒い羽根。
それを弄りながら先ほどまでの温もりをしばらく懐かしんでいた。





後日談

はたてさんに呼び出された。

「ねぇ、ちょっと気になるものが写ったんだけどさぁ」

そこにはこの間文さんと一緒に飛んでいた場面がバッチリと写っていた。
いきさつを知らない者にとってはただ抱き締めあっているようにしか見えなくて――

「どういうことか教えてもらえるよねー?ちゃあんと記事にしてあげるからさ!」



Megalith 2012/12/18



「流れが遅いだと……!?」
 いつもの様にスレを眺めていた俺は驚愕した。流れが遅い――それはつまり嫁への愛を語る者が少なくなったという事だろうか。
「……いや、違うな」
 俺はかぶりを振る、その理由がすぐに思い浮かんだからだ。
「自分の文章に自信が無いのか……」
 そういった発言がスレ内の至る所に見られた。恐らく先人達の優れた文章に気圧される面もあるのだろう。実際、俺も投稿する勇気が湧かない時があった。
「……別に愛を叫ぶだけでも良いんだよな、ここは」
 そもそも、このスレはそういった場所だ。そしてこのスレの住民は余程の事が無ければ全てを受け入れてくれる。しかし、より良い物を書きたい、という向上心を持つ事自体はけっして悪い事ではない。
「よし、ここは一つ、俺が一肌脱ぐとしますか」
 俺の文章なんて所詮は下手の横好きに過ぎない。しかし嫁への愛は偽りではないのだから問題なんてない筈だ。
「さて、どんな文章にするかな……」
 最愛の女性の笑顔を思い浮かべながら俺はノートパソコンに向かって思案し始めた。



「……少し休憩するか」
 開始から2時間、流石にそろそろ集中力も切れてきた所だ。そう思い、立ち上がろうとして――
「あら、何してるのよっ♪」
 後ろから柔らかいものに押し潰された。あぁ、やぁらかい……じゃなかった。
「……何すんだよ、文?」
 抱き着かれるのは男として嬉しいが、その所為で俺は危うく顔面を机に強打するところだったのだ。ちょっとムッとした顔で文を睨む。
「あやや、ごめんごめん。ん、これって……」
 実際そこまで怒っていない俺の心を見透かしたのか、文は冗談めかして謝る。そこでふと、文の視線が机の上に移った。そちらに目を向けるとノーパソが開きっぱなし、という事は――
「うわっ、ちょ見るなっ!」
 俺は慌ててノーパソを閉じる。別にやましい事はしてないが、完成していない文章を人に見られるのは少し恥ずかしい。
「もう遅いわよ、全部読み終えたから」
「早いっ!?」
「ふふん、新聞記者を舐めるんじゃないわよ?」
 驚愕する俺に対してどーだと言わんばかりのドヤ顔を披露してくれる文。流石に幻想郷最速だなんだと巷で囁かれているだけの事はある。
「大体、何恥ずかしがってるのよ? どーせ公開するんでしょ?」
「いや、本人に見られるのは少し抵抗があるというか……」
 そう、俺が書いていたのは文と俺の話なのだ。本人に見られたら恥ずかしくない訳がない。
「それに俺の文章なんて文と比べたら下手糞だし……」
 ――そう、俺だって本当は自信がないんだ。偉そうに御託を並べても自分の作った文章を誰かに見せる勇気なんて無いんだよ。心がどんどん暗い底へと沈んでいく。
「……そうね、確かに稚拙な文章だし、語彙力の無さも致命的だわ」
 そんな俺を見て文は呆れた様に腰に手を当て、俺の文章にある問題点を指摘していく。
「うっ……」
 その的確な指摘にぐうの音も出ない。そんな俺を見て文は溜め息を吐く。ああ、馬鹿な事をやっていると幻滅されてしまっただろうか、こんな下手糞な文章に登場させた事に怒ってしまったんだろうか、もしかして嫌われてしまったんじゃないだろうか――
「――こらっ!」
「痛っ!?」
 ぴしっと文のデコピンが俺の額を直撃する。今度こそ完全に油断していた俺はもろに食らって少し涙目になる。
「……何すんだよっ!」
「何すんだ、じゃないわよ。どーせいつものマイナス思考に陥ってたでしょ?」
「うっ……」
 やはり俺は顔に出やすいのか、文に図星を指されて言葉に詰まる。まったくもう、といった様子で文が俺の頬を引き寄せる。
「あ……や……?」
「良い? ……確かに貴方の文章は下手糞かもしれないわ、でもね」
 文は語りながら俺の瞳を真っ直ぐ見つめてくる。文の瞳の中に映る俺が見えるくらいの距離に近づいて――
「私への愛情が篭ってるのは伝わってきたわ」
「っ!?」
 ――あぁ、そうか。
「私は嬉しいわよ? だって、貴方が私の事をこんなにも愛してくれてるんだって、改めて分かったんだから」
 ――どんなに稚拙な文章でも、恰好良い台詞が思い付かなくても。
「だから、これは私からの返事よ?」
 ――大切な人に想いが伝われば、それで十分なんだ。
「んっ……」
 ――そっと触れるような優しい口づけは、俺の心に明かりをともしてくれた。



「……伝わったかしら?」
 少し頬が赤くなっている文がそう言って笑う。何だか少し照れ臭くてそのまま胸元に抱き寄せる。
「……文」
「ん、なぁに?」
 耳元で話しかけた所為か、文はくすぐったそうに身をよじる。
「……俺、決めたんだ。この文章、公開するよ」
「そう? やっぱり私の言った事気にしてる?」
 文は少しばつが悪そうに羽をぱたぱたとさせる。その仕草が愛おしくてぎゅっと抱きしめる。
「いや、違うよ」
 ――きっとこの文章を見てくれた人の中には、さっきまでの俺と同じ様に愛する人への想いを文字に表す事を躊躇している人がいるだろう。
「そんな人の背中を少しでも押す力になれたら良いなって、思ったんだ」
「……そっか、じゃあ私にもっともっと愛のメッセージをくれるって事よね?」
 悪戯っぽく笑う文に善処するよ、と苦笑しつつまた一つ唇を重ねた。
 これからも最愛の女性への愛を語っていく為に――



うpろだ0037





「おはようございます」
「…………おはよう」

朝起きたら烏天狗に押し倒されているような構図になっていた、まだ夢の中にいると思いたい。
しかしどう見ても現実であり、何が楽しいのか烏天狗、いや、文はニコニコしながらこちらを見ていた。
自分の服を見る、昨夜のまま。昨日の記憶を思い出す、うん、一人で寝た、酒も飲んでない、大丈夫だ。

「寝顔、可愛かったですよー」
「男には嬉しくない事をありがとう」
「いえいえ、ちゃんと記事にしますから」
「…………もうあの世に行かなきゃいけないのか、残念だなぁ」

行ったら行ったで死神にからかわれるのは確定な気がするがな。
冗談ですよぉ、と何故か拗ねられた、拗ねたいのはこっちのはずなんだが。
ともあれ、だ。

「とりあえずどいてくれないか。起きれないんだが」
「じゃあおはようのキスでも」
「間に合ってます」
「え……?恋人、いるんですか!?誰!?誰なの!?」
「おちつけぇ!首攫むな!しま、絞まる!」

何でこういう冗談は通じないんだこの天狗は!?
素になってまで狂乱しだした文を必死に止める、じゃないと殺されそうだから。
何でこんな風になったのかはわからんがとにかくやばい、あの目はマジだ。
朝っから何でこんな疲れる事をさせられてるんだ俺は……っておい、まて、だから首はやめろ!






「それで、何で朝から家に不法侵入しにきたんだ」
「いやぁ、ちょっと偵察を」

何のだよ。
でもこの分なら大丈夫そうですねーと言われた、意味が全くわからない。
文はよくわからない事を言いながら俺に風呂敷を渡してきた。

「朝御飯作ってきたのでどうでしょうか?射命丸特製お弁当ですよ」
「………………言っちゃいけなそうな事なんだが言っていいか?」
「何でしょう?」
「お前、料理できたんだ……」
「………………」

笑顔で殴られた、さすがに反省はしている。
ぷんすか怒りながらも俺の分を渡してくれたのでありがたく頂戴する。
おにぎりと、漬物と、おっ山菜の和え物もあるな……

「まったく失礼な人ですね、一人暮らしの長い女性はみんな料理できるもんなんですよ?」
「何かそれはそれで虚しさが……すまん」

さすがに目が笑ってない状態でのスペルカードは危ない。
ぶすっとしながら漬物をボリボリと食べる姿は正直に言うと少し可愛いとは思うが。

「ふん、中々私の御眼鏡に適う男性がいないだけなんですよ、失礼な事を言わないでください」
「まー天下の文々。新聞のお眼鏡に適う奴はそうはおるまい」
「……私だって恋愛くらい、するんですよ?」

なぜかじと目で睨まれた、それはつまり……

「誰か好きな奴がいるってことか?」

文の動きが止まった。

「……いるって言ったら、どう思います?」

彼女に誰か好きな男がいる……俺はそれを知ってどう思うか……?
応援する?意外過ぎて驚く?嘘だとからかう?

いや、どれも違う。

ただ一つ今わかるのは……何故かとんでもなくムカついたということだ。

「……さぁ、な」

何故か彼女から顔を背けてしまった。
視線を受けているのはわかるのだが向く気にはなれなかった。
それ以後お互い無言のまま食事が進んでいき、結局彼女が帰るまでこの居心地の悪い空気は続いた。
何故俺は何も言えなかったのか、何故彼女に好きな男がいると思うとムカっときたのか、結局わからなかった。







「あーすいませーん、さっきペンを忘れて……あら」

どうやら彼の家にペンを忘れてしまったようなので戻ってみれば彼は縁側で柱によりかかって眠っていた。
その顔は何か夢を見ているらしく、微妙に不機嫌だった。

「あ、わたしの」

そしてその横には私のペン。
どうやら渡す為に待っていたけど寝てしまった、というところかしら。
片膝を立てて寝ている姿はなんとも……あ。

「……ちょっと失礼させてもらいますか」

膝を立ててない方の足に頭を乗せて横になる。
気がつくかと思ったけど彼は全く気付かなかった、やっぱりこの人は鈍い。

「朝だって、何も気付いてくれなかったわよね……」

誰か好きな人がいるかだなんて、残酷な事を知らずによく聞いてくれたものだと思う。

私が貴方を好きだなんて、全然考えてもくれてないんだから。

「私がどうして定期的に貴方に会いに来てるのか、わかってないんだから」

でもその後の彼のあの不機嫌そうな顔は何だったのだろうか。
もしも私に好きな人がいるから腹を立ててくれた、なんて嬉しい事だったら……後でつついてみようかな。

「……文」

「っ!?ね、寝言ですか」

いきなり名前を呼ばれたらびっくりするじゃない。
さっきまでの不機嫌そうな顔は相変わらず続いていた。

「……行くな、文」

「えっ……?」

どういう夢を見ているんだろう。
私が彼の前から姿を消す夢でも見ているんだろうか。
起きて彼の顔に近づく。

「大丈夫ですよ、私は貴方の前から消えたりしませんよ。
 だって貴方は、貴方は私にとっての特別、なんですから」

彼の額にキスをした。
心なしか彼の顔が安らかになった気がする。
そして再び彼の膝を枕にし、少し寝ようと瞼を閉じる。

彼が起きた時、どんな反応をしてくれるのか、とっても楽しみだな、と思いながら私の意識は落ちていった。



Megalith 2014/09/20


 冬には戻ってくると、この地を発ったアナタ。
 もう秋ですよ。
 おりおり野山のみどりも、紅葉してくる頃です。
 着る服も、そろそろ衣替えをしなければなりません。
 あなたの帰りをずっと待っていますが、もし帰る日程が決まりましたら、是非ご一報をくだされませ。はじめて会った時のように、ひょっこり帰ってくるようなことがありましたら、あなたを恨みますよ? あなたを想うだけでもわたしの心臓ははりさけそうなのに、そんなことをされたら、卒倒してしまいます。
 できればこの手紙には返答が欲しいのですが、筆不精のあなたのことでしょう、私は期待しておりません。ですから、せめて帰る日程が決まりましたら、どんな簡単なものでも良いので、ご一報をくだされませ。

 …………わたしらしくないかな、と、射命丸文は一読して自ら思った。
 もうすこし軽いノリで書き上げたほうが、自分の気持ちが真摯に伝わって、あの人のこころを打つかもしれない。文は書き上げた手紙を、くしゃくしゃにして屑かごに投げ込み、白紙の紙にあたらしく思いの丈を綴りはじめた。机上にともしたランプの火は、息をするようにほのかにゆらめいていた。
 文はとうとう小夜更けるまで書きつづけ、すでに終わる頃には、東雲の空がしらじらと明けそめていた。
「……ふぅ」
 文はちいさく息をついて、自分のまわりに雑然とちらかる手紙の反古をながめやった。山盛りになった屑かごを見た。文はふふっとほほえんで、妙な愛着から、くしゃくしゃになった一通を手にとってみる。ふしぎとまだ眠くなかった。

 冬には戻って来るんでしょう、君はっ
 こっちはもう秋だよ?
 もみじもそろそろ赤く染まる頃だし、着る服だって夏のままじゃ、すこし肌寒いくらいだよ。
 もちろん、わたしは君の帰りをずっと待っているけれどさ、はじめての時みたいに、突然あらわれでもしたらイヤだからね。あのときだってびっくりしたんだから。だからゼッタイに今回は、前もって連絡してよね。
 ああ、返事はいいよ。とはいえ不精な君のことだから、わたしが言わなくとも返事をしなかっただろうけど。でもお願いだよ、帰る日が決まったらゼッタイ連絡してよね。

 これはちょっと軽いな、と文は思わずほほえんだ。ここまで軽いと、却って自分の気持ちが嘘っぽくなる。やはり真剣に書いた文章には、気迫がこもるようだ。その手紙をくしゃくしゃに丸めた文は、また、反古になった一つを取り上げて、眠れるままに読んでゆく。

 拝啓 〇〇さま
 秋の夜長にいかがお過ごしでしょうか。冬には戻ってくると言ったあなた様には、もみじ葉に色づく錦繍の山々をお目にかけることはできませぬが、おりふし色づき出した楓から、ひらひらと果敢無いもみじが散っております。わたしがその落ち葉を浴びて立つとき、思うことはたった一つ、あなた様の俤でございます。あなた様をとなりに感じるその一刹那だけが、このかなしい境遇を慰める、ただ一つの手立てであります。ああ、女の身はなんと果敢無いものでしょう。白楽天を言っております、女人の身に生まれたが最後、頼みの綱は男のみであると。まさしくそうであります、見せる甲斐もない衣替えほど、悲しいことはありますまい。
 ああ、あなた様に擁かれたあのまどろみの時、あの刹那を思い出すだけで、わたくしの身体は、雪解を思わせる春意の時を想わずにはいられませぬ。ああ、愛しい方、最愛の方、なぜわたくしを置いて行ってしまったのです。
 しかしあなたはつれない方、文の一通を送ってくれればいいものを、なぜ送って下さらぬ。文は、あなたの浮薄に胸をいためております。せめて帰日を記した一通を、このむなしい境涯に身を沈める文に、送って下さらぬか。あなたさまを一途に愛し続けるこの女に……。
 閨にひとり、むなしく伏せる寒き身の、木の葉髪をいじりながら、あなたのご多幸を祈って、この手紙の結びといたします。
敬具
 なんつー手紙を書いているのだ、と文はおどろいて、すぐさまゴミ箱に押し込んだ。あんな手紙はだれにも見せられない、まして〇〇にはゼッタイにダメだ。夜中の妙なテンションで書いたとはいえ、こんな艶書めいたものを送っては、まだそういうことを及んでいないのに、こちらから誘っているように見えるではないか。
「ダメだ、寝よう」
 文はふらふらと立ち上がって、自分のベッドにどさりっと倒れた。ああ、ランプの火を消し忘れたと思ってそちらを見たが、もはや消す気力さえ文には残っていなかった。昧爽のすがすがしさが窓辺から流れ込む頃、机上のランプは、主の寝息をうかがうようにひっそりと燃えていた。



「文ぁ~?」
 姫海棠はたては、まだ、ほんとうの恋愛を知らない。
 ああ、この人良いかもと思っても、それは一時の思いであって、文のような大恋愛をしたことはなかった。それはうらやましいと思って、はたては日頃、文から〇〇の話を聞いているのだが、今日、その〇〇へ、思いの丈をしたためた手紙を送るのである。文から直接、その手紙を出すときは、なんだか不安だし一人でいるとさびしいから、いっしょに居てと頼まれたのだが…………。
「文ぁ~?」
 もう正午だというのに、家はひっそり閑として返答がない。まさか一人でいったわけでもあるまいし、どうしたのだろうと、曇った窓ガラスから内をのぞいてみると、
「…………」
 整えられたベッドの上で、実にやすらかに、子どものように眠っている文の姿があった。まわりにちらばっている文殻を見れば、書いては捨て、書いては捨てをして、夜を明かしたことがわかるが、しかし、もう正午である。かの地に向かう郵便配達夫は、今日の午後、この地を出発する予定なのだ。かりに、まだ手紙が仕上がってなかったとすると、いまから大急ぎで書きあげても、間に合うかどうかわからない。おまけにこれを逃したら、また一か月の間待たなければならない。
 とにかく起こさないと、と、はたては窓ガラスを叩いた。よほど熟睡していたと見え、しばらくの間起きなかったが、根気よく窓際でさわいでいると、さすがに文のほうでもその音に気付いたのか、正午の光に顔をしかめながら、はたてのほうに顔を向けた。そうしてハッとしたようにベッドから起きると、ぷりぷりするはたてを家に招じ入れ、言い訳するようにこう言った。
「朝まで書いてて」
「それはわかってる。っで、完成したの?」
「ええ。たしかそこに」
「どこ?」
「そこ……って、アレ?」
 文は首をかしげ、落ち葉のように手紙にあふれる机のうえを、目当てのものをさがして片付けはじめた。が、どうもなかなか見つからないらしい。見ていたはたても一緒に探してみるが、一向に、文の言う「関心の出来」は、見つからなかった。
「どうしよう……」
 いまにも泣きそうな顔をして、文はこちらを向く。はたてもどうする術もないので、とにかく簡単なものを書けと机の前に座らせるが、目元をうるませた文は、
「そんなお座なりを書いたら、きらわれちゃう」
 と言って、ペンさえ持とうとしなかった。
「じゃあわたしが書くっ、そこをどいて」
「ダメっ、それじゃあ意味がないっ」
「じゃあ自分で書きなよ」
「それは……」
「ならわたしが書く」
「ダメ」
「……どっちだよ、自分で書くのか、わたしが書くのか?」
「…………」
「あああああぁぁぁ、イライラするッ。『会いたい』って一言書けばいいのよッ、それで万事オッケーなのッ!! ほら、書けないのなら、わたしが書くっ」
「ちょ、ちょっと」



 〇〇の仮住まいに、妙な手紙が一通、直筆でとどいた。
「なんだこれ」

 会いたい。
 これはわたしじゃないです。



ひさしぶりに書いてみたが、うん、スランプ気味だ。


避難所>>21



文「七夕ですねぇ。なので取材です」
○○「久々だね」
文「あはは、勿論取材内容はわかりますよね?」
○○「『短冊にはどんな願いを書いたか』でしょ?」
文「そうです。答えてください」
○○「そりゃあ勿論、『いつまでも文と一緒にいられますように』だけど」
文「『勿論』なんですね。私も勿論、『いつまでも○○さんと一緒にいられますように』ですけど」
○○「…叶うようにしようね」
文「…そうですねぇ」


避難所>>190


 文「『ういすきぃぼんぼん』というのを作ろうと思って
   舶来もののお酒を仕入れたんですが……
   ちょっと味見したところ味も香りもなかなか結構で。
   これがまたチョコレートとよく合うんですよね」
○○「もうなんとなくわかったけど、それで――」
 文「気が付いたら材料がほとんど底をついてまして……
   ほんっとに、ごめんなさい…………!」
○○「いやいや、気持ちだけでも十分ありがたいよ。
   一緒に暮らして普段から愛情はいっぱい受け取ってるし」
 文「でも、○○さんにチョコをあげたかったのは本当なんですよ。
   特別な日の愛情もきちんと渡してあげたかったんですけど
   ……もうショットグラスに一杯分のお酒と、一欠けのチョコしか」
○○「じゃあ半分ずつにして、二人で食べよう。
   美味しいチョコとそれによく合うウイスキーなら、
   そんなバレンタインもいいんじゃないかな」
 文「ありがとうございます。ええ、美味しさは保証しますよ。
   それじゃあ、グラスをもう一つ――」

  「「乾杯!」」


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最終更新:2024年08月11日 12:46