幽香8



新ろだ2-165


私の家には奴隷がいる
名前は〇〇
一年前、私のひまわり畑に行き倒れになっていたところを
気まぐれにつれて帰り、使っている
私のことを見て人間だと思っていた事から外の世界の人間だと分かったけれど
帰す気はないのだからどうでもいいことね
要領のいい男ではないけれど、私の言う事を真摯に出来る限り忠実に行おうとしてくれるところは
私ともあろうものがつい好感を持ってしまうほどで、いまではすっかり〇〇がいなくては夜も明けないといってもいいほど
重宝してしまっている


「〇〇、着替え」
「はい。本日は少々冷えますので、ストールも一緒にお持ちいたしました」
「〇〇、朝ごはん」
「はい。トーストに、本日は果樹園で取れた果物のマーマレードをお使い下さい
お嬢様お好みのイタリアンコーヒーもご用意してあります」
「〇〇、水やり」
「はい。本日は自家製の肥料を混ぜた水もご用意いたしました。元気が無いところにはこちらをどうぞ」
「〇〇、散歩」
「はい。本日の日傘はこちらをお持ち下さい。お供はいたしますか?」
「当然でしょ、早くしなさい」
「かしこまりました」


一事が万事この調子
珍しく宴会に呼ばれた際、最近の私の隣に〇〇がいない事がないのではと紫に揶揄されてしまった
言われてみればしっかり的を得てしまっていたため、怒るに怒れなかった事が今思い出しても悔しい
私の横で、相変わらずの涼しい顔を作っていた〇〇の口角が僅かに上がっていたのがよけいしゃくに触った


もっとも、〇〇だってはじめからこんなふうだったわけじゃない
もともと外の世界の「ほてる」というところで働いていたらしいから、使用人の真似事はできていた
それも付け焼刃にすぎないから、昔は毎日毎日失敗して私を怒らせてた
けれど〇〇は同じ失敗を決してしなかった
しょせん人間はと思っていたけど、いくら私でも自分を喜ばせるために失敗から学ぶ人間を嫌うわけがない
そして、私の好きな料理の味付け、私好みの花への水のやり方、お風呂の温度に至るまで〇〇は網羅してしまったのだ
今の〇〇は、私以上に私について詳しくなってしまっているような気さえする


けれどこれではいけない
また紫に宴会の時のようにからかわれては、幻想郷最強妖怪の名がすたるというものだ
そう思い、〇〇に休暇を出す事にした
「〇〇、今日は休日にするわ。村にでも行って羽を伸ばしてきなさい」
「え、それでは、お嬢様のお世話はいったい……?」
「今日くらい自分でやるわ。あと、これは命令」
命令とつけると、渋々といった感じで〇〇は従った
しかしわざわざ休暇を命令しなければならないなんて、聞いたことも無いわね


「お嬢様、コーヒーはキッチンにご用意してあります
先日収穫したイチゴはただ今井戸水で冷やしており、今が食べごろかと
それと他には……」
「わかったわよ。だいたいあなた今日は休日なんだから、少しは仕事から離れたらどうなの?
あと、いつものYシャツとタキシードは脱ぎなさい。村で恥かくわよ」
「これはお嬢様にお使えするときの服です
これを脱いでは、気が引き締まらないというか何と言うか……」
「だから、その気を緩めるのが休暇でしょうが!
ここに行き倒れてた時のシャツとジーパンがあるでしょ、それを着ていきなさい!」


そうして、村への手土産だという野菜を二箱を台車に乗せてやり、ようやく久しぶりに一人の時間が訪れた


「〇〇、畑に行くわよ」
「……」
「そうだったわね……」

「〇〇、お昼」
「……」
「またやっちゃった……」

「〇〇、食後のコーヒー」
「……」
「……習慣って怖いわね」


駄目だ、どうにも落ち着けない
いつも〇〇がやっている事を自分でやる、それにひどく違和感を覚える
〇〇が来る前は当たり前だった事なのだけれど
と同時に、あの仕事人間の〇〇がどう休暇を過ごしてるのか、無性に気になってきた


「そうだわ、やっぱり私の奴隷が休暇中に何をしてるのか知るのも主人のつとめよね」
「はっきり言ったらどう? 〇〇が何をしてるのか気になるって」
いつの間にか現れた紫が、コーヒーのポットを持っている
〇〇が今日入れてくれた分はそこにあるだけなので、あまり飲まないで欲しいんだが
「うわ ドロッドロで苦!」
「当たり前よ、イタリアンコーヒーは同じ量の砂糖を入れて飲むものなんだから
で、何の用なのよ。ただの暇つぶしなら、今は機嫌が悪いからコーヒー飲んでさっさと帰って
それと、誰が誰を気にしてるってのよ」
「さあ?
村に行く途中で山賊に襲われて瀕死の〇〇なんて、誰も気にしないわよね?」


その瞬間、スキマから上体だけを出していた紫の胸に、私の日傘が突きつけられた
「場所はどこ!?」
「聞いてどうするの?」
「決まってる。〇〇を永遠亭の医者に診せる
私の物に手を出した山賊は皆殺しにする
次に無駄口を叩けば、あんたにも零距離デュアルスパークを打ち込む」
さすがの紫の薄笑いも消える、かと思ったが、さらにその笑みは広がってきた
「う・そ・よ
うそうそみーんな嘘
私はただ〇〇が村で面白そうな事をやってるって言いに来たんだけど
久しぶりに一人になった幽香が[何かを]気にして面白い一人芝居をしてたから
ちょっとからかっただけよ」
「……」
キレそうになると、逆に声が出ないという事を紫に教えられた
講義料はデュアルスパークで十分だろう
「早く行かないと終わっちゃうかもしれないから急いだ方ががいいわよ じゃあね♪」
紫がスキマに逃げ込むほうが、私の渾身の一撃よりも一瞬早かった
そのまま壁の一部と日傘が消滅する これは明日〇〇に直させよう
何をやってるのか知らないが、紫に興味を持たれるような事をしていた
叱り飛ばす理由としてはそれで十分だから



そうして、思わず村まで来てしまったが、これは決して心配とかそう言うのではない
奴隷の不始末は主人である私の責任になるのだから、〇〇が何をやっているのか見届ける
いわば私の義務なのだ
だからこそ、〇〇が妙な事をしている現場を押さえるために、気配を消して物陰に隠れながら〇〇をさがす
そう、決して心配なんかしていない
「強がっちゃって」
スキマが小さく開き、また紫の声がする
黙殺
これ以上付き合っても腹が立つだけだし、だいいち〇〇に気づかれてはいけないのだから


「ほらほら、一人お一つでお願いします
おじさん、あなた二回目ですね。いけません、数には限りがあるんですよ
カボチャは一人一つ、葱は一本芋は5個、米は五合にイチゴは五粒までですからね」


さほど苦労もなく、〇〇は村の貧民外で見つかった
人間は〇〇の周りに集まっており、誰も私に気がついている様子は無い。好都合だ
それでもばれないように遠まきに見ているが、声は聞こえてくる
どうやらここの人間に持ち出した作物を配っているらしい
信用していたわけじゃないけど、紫の言うような事態になっていなかった事に、深く嘆息した
「あらあら、やっとホッとしたの?」
私が暴れられないのを承知で、紫が神経を逆撫でしてくる
「で、何が面白いのよ ただ野菜を配ってるだけじゃない」
「質問を質問で返すのは……まあいいわ、ちょっと黙って見てなさい
〇〇が、面白い事を言うはずだから」
はじめに話してきたのは誰よ
その言葉を飲み込んで、〇〇を観察する
そうこうしているうちに、この場所での配付は終わったらしい
去り際に、〇〇は言った


「皆さん、この作物は私のお嬢様―――風見幽香様からの下さり物です
どうか、お嬢様への感謝を忘れないで下さい」


「は?」
思わず声が漏れたのは〇〇の言った事に対してだけじゃなく、私はいきなり不意をつかれ、スキマに呑まれていたからだ
「紫! あんた何を」
「静かに」
そう言うと、暗闇のスキマに一筋光が入り、外の様子をうかがうことができた
見るといつの間にか、あの新聞屋が〇〇に話を聞こうとしている
なるほど。いくら気配を消していても、あれだけ近づかれれば間違いなくバレる
しゃくな話だけど、今回ばかりは紫に感謝しなきゃならないみたいね
「……ありがとう」
「あら、あの風見幽香がお礼を言うなんて珍しい
どういう心境の変化かじっくり聞いてみたいけれど、今は〇〇と天狗の話を聞いてみましょ」



「文文。新聞の射命丸 文といいますけど、〇〇さんですよね?
あの風見幽香の執事をされているとか」
「ええ、貴方とは一度宴会の際にお目にかかっております
それと、私は執事ではなく奴隷です」
「奴隷…執事か使用人じゃなくてですか?」
「いえ、奴隷です
そのような地位は私には不釣合いですので」
「……ずいぶん丁寧な話し方をするんですね
もうちょっとくだけた感じで話せませんか?」
「ご容赦下さい
もともと言葉遣いはぞんざいな方なので、一度気を抜いてしまうと戻すのが大変でして」
「そうですか
それじゃあ、ちょっとあなたのことについていろいろと取材をお願いしたいんですけれど」
「私のこと、ですか?
かしこまりました。記事になるような事があるとは思えませんが、なんなりとお聞き下さい」
「それでは、まずは〇〇さんが執事…じゃなくて奴隷になったきっかけは何ですか?」
「私が、何があったかはわかりませんが外の世界から幻想郷に投げ出され
ひまわり畑で気絶していたところを、お嬢様に拾っていただいたのが始まりです」
「けど、そこからどうして突然奴隷になると言う話に?
やっぱり、はじめは無理やりやらされたとかですか?」
「いえ、私の方から働かせて欲しいとお願いしたんです」
「それはまた、どうして?」
「…………」
「?」
「……下賤な話ですが、お嬢様が、あまりにお美しかったためです
助けられただけの縁で、そのまま離れたくないと思ってしまったのです
今考えると、分不相応もはなはだしいお話で、汗顔の至りですが」
「いいじゃないですか、奴隷と女主人
ロマンスや記事と言うものはそんなところから始まるんですよ!」
「からかわないでください」
「あはは
それで、今ではどうなんです」
「今では とは?」
「ですから、今も風見さんの事は好きなんですか? むろんLOVE的な意味で」
「……不敬なお話になってしまいますので、ノーコメントでお願いします」
「えー」
「今は、お嬢様にお使えする事が私の喜びです
これ以上はどうかご勘弁を」


「ですって、幽香」
「……」
「離れたくないと思われてたんですって、妬けるわねぇ」
うるさいうるさい、自分の顔が赤いことが分かるだけに、スキマ内が暗いのが本当に救いだ
「あ あったりまえでしょ
私ともなれば、そんな奴隷志願の男なんて星の数ほどいるわよ」
嘘だ 私の奴隷どころか、私を知って近づいてくる男というだけでも珍しい
「それじゃあ、そんな星の数ほどいる男の中でも、あなたが重宝してるのは〇〇だけなのね
やっぱり妬けるわぁ」
「……」
またデュアルスパークでも撃ち込んでやりたいが、それでスキマを追い出されても困る
私は少ない忍耐をどうにかやりくりしてしのごうと決めた


「それじゃあ本題ですけど、今は何を?」
「お嬢様からいただいた作物を、近隣の村に配って回っています
私が持っていてもしかたありませんからね」
「それは〇〇さんの意思で行ってる事ですよね?
しかし、村の人には風見さんからのプレゼントだと言っているのは?」
「一切嘘は申しておりません
私は、この作物はお嬢様からの下さり物だと言っているだけですので」
「そうですね。でも私が聞きたいのは詭弁じゃなく、意図なんですが」
「う……」
「だいたいの察しは着いています。けれど、私は本人の口から聞いたことを記事にしたいんです」


「そうね、私もそこが気になってるのよ」
なんで〇〇は、自分ではなくわざわざ私の名を騙って感謝されるような事をしたのか
「はぁ……幽香は本当に人心に疎いわね」
「分かったような事を言わないでちょうだい
人心なんて知りたくも無いわ」
「そう?〇〇の事なんて知りたくはない?」
「みんな知ってるわ。だって私は」
「〇〇の主だから?それならどうして、ほとんど面識のない天狗は分かってる事をあなたは分からないの?
それで主だと言えるの?」
感情が爆発しそうになったのは、今日だけで何度目だろう
けれども、紫の言うとうりだ 認めよう
私のことを知り尽くした〇〇と違い、私は〇〇のことを何も知らない


「知ってのとうり、お嬢様の人間への友好度は最低とされてしまっています
しかし、そのお嬢様が何の面識のない私を助け、お雇いくださいました
たとえそれが気まぐれでも
お嬢様が本当はお優しい方だというのは、僭越ながら私が誰よりもわかっていると自負しております
村の人々が思っているような悪鬼羅刹とは、お嬢様は違うのです」
「だから、そのイメージを払拭したい、と言うんですね」
「払拭は難しいでしょう。現にお嬢様は人間があまり好きでは無いようですので
しかし、お仕えするお嬢様があからさまに人間に嫌悪されているのは、同じ人間としてとてもつらいのです
勝手な理屈だと理解しております、なので、できればこの辺の事情はカットしていただければ幸いです」
「分かりました
ただし、あなたたちの間に何か進展があった場合はすぐに報せる これが条件です」
「それでは一生お呼びする事がないかと思われますが、承知いたしました」
「いえ、私の記者の勘が騒ぐんですよ この二人から眼を離すなって
何なら賭けません?」
「私は何も進展が無い方に、ですか?
止めておきましょう。身分違いの恋とはいえ、わざわざ自分を貶めて楽しむ趣味はありませんので」
「あれ? 風見さんへの感情についてはノーコメントだったはずでは(ニヤニヤ)?」
「……狙いましたね? 願わくば今のところもカットしておいて欲しいのですが」
「あ、それは無理です」


「あっの……馬鹿……!」
スキマを力任せに広げて出て行こうとする私を、紫が止める
「何を怒ってるのかしら
〇〇の独断行動?
優しいと勝手に思われてた事?
それとも、〇〇があなたを愛していた事?」
「全部よ!全部!」
「幽香、少し黙りなさい」
余裕が無くなっていた私は、不覚にも紫の威圧に気おされた
認めたくは無いけど、こいつだって一応は大妖怪なのだ(私ほどじゃないことは言うまでもないけど)
「〇〇は確かに身勝手で、勘違いをして、身分もわきまえない男かもしれない
でも、その行動の根幹にあるのは、みんなあなたのためなのよ
感情をぶつけるのも結構だけど、それくらいは考えてあげても考えてあげてもいいんじゃない?」
「……あんた、さっきからずいぶん〇〇の肩を持つのね」
「そうね
ただの人間が静かに、けれど一途に、本気で一所懸命生きている
それがまぶしいのか、うらやましいのか……嫉妬してるのかもしれないわ」
「……」


「最後に聞きたいんですが、怖いと思うことはないんですか?あの風見幽香の下で働くなんて」
「ないです」
「一度も?」
「ええ、お嬢様はそのお力と振る舞いのせいで誤解されやすいのです
しかし、先ほども言いましたが、お嬢様は本当はとてもお優しい方なのです
もっとも、お嬢様は素直ではないので、そう言われるのを極端にお嫌いになりますが」
「でも、あなたの仕える妖怪は人食いですよ
そんな現場に居合わせても、あなたは平然としていられますか?」
「そうですね……私は、奴隷である以前に人間です
情けない話ですが、そのような現場を見てしまった後に、お嬢様に恐れを抱かないかと聞かれましても
首を縦にふれるだけの自信が、私にはありません……」
「それはそうですよ
私の聞き方も意地悪でしたね すみません」


「……」
「あらあら、さっきまでの覇気はどうしたの?」
「うるさいわね」
「お優しいゆうかりんも、〇〇に恐れられるかもしれないとなって、ずいぶん堪えたみたいね」
「……もう帰るわ。あんた、〇〇を見ててあげてちょうだい、どうせ暇なんでしょ」
「いいわよ。〇〇は面白いものを見聞きさせてくれたもの
でもね、幽香」
ふざけた口調と雰囲気が、消える
何を言おうとしてるのかは、私にだってわかってる
「私たちは人食いの妖怪、それは事実であり、絶対に変わらない
そして、人間は基本的に同属を殺すものを忌避する生き物
そんなわかりきった事をことを指摘されただけで、あなたは何を悩んでいるのかしら」
分かりきった事を、噛んでふくめるように話す
知っていても聞きたく無かった事
言われなくても分かっている事が、胸に突き刺さる
「うるさいっ!
私は帰りたいのよ、さっさとここから出しなさい!」
そして、分かっているからこそ、そんな事に悩む自分自身に腹が立ってくるのだ
紫は何も言わず、私をスキマから追い出し、消えた
〇〇と新聞屋は、もうそこにはいなかった


私の家までは、飛べば数十分で帰る事ができる
けれど、今はその飛ぶために必要なほんの少しの集中さえできず、数時間の道のりを歩いている
それに、こうしていた方が今の私にはちょうどいい
家に残る〇〇の残り香を感じてしまえば、また余計な事を考えてしまう
幻想郷最強の妖怪が、一人の人間のせいでこんなに悩むなんてことはあってはならないのだ


「で、なんでここにいるの?」
「いいじゃない この神社は帰り道だし、私の話をまともに聞いてくれるのは霊夢くらいしか思いつかないの
あと、茶化されたり真面目に聞かれなかったりしたら、今の私は本気で暴れないって自信がないわよ」
「さりげなく脅迫するのはやめてくれる
それとここは神社よ。話を聞いて欲しいなら、相応の代価は必要だと思うけど」
「賽銭箱にならスイカの種を入れといたわ
どうせこれからも賽銭なんて入らないんだから、そのうち美味しいスイカが生るわよ よかったわね」
「賽銭箱に水をやるような事にはなりたくないわ」
その後、霊夢に泣きつかれ(今月は本気で苦しいらしい)賽銭を支払い、ここまでの経緯を話す

けれど、だんだんと霊夢が本気で聞いてるとはどうも思えない態度になってきた
「霊夢、真面目に聞かれなかったりしたら暴れるかもって、言ったわよね?」
これでも霊夢は妖怪退治のプロだ、なら私が本気だともわかるだろう
「惚気話なんか聞きたくも無いわ
悩みがあるって言うから、真面目に聞いてた私が馬鹿みたいじゃないのよ」
しかし、どうやら耐えがたかったのは相手も同じだったらしい
「誰が、いつ、どこでそんな話をしたって言うのよ」
「あんたが、今、ここでよ。 要約すると
[自分のことを何でも知ってる〇〇が自分を好きだと分かった
だけど自分は〇〇の事をどう思ってるのか分からない]
だからここに愚痴りに来た 違う?」
「違うわね
私は〇〇の事なんて奴隷としか思ってないわ」
「だったらいいじゃない
さっさと家から追い出してしまえば、あんたの頭痛の種はなくなるわよ」
「……」
それは分かってる、でもそういう問題じゃない

「これ以上惚気を聞かされるのはたくさん もうおなかいっぱい
でもね、一つだけ言わせてもらうわ 
あんたは奴隷としか思ってない男のために、自分の弱さを吐くような妖怪ではないはずよ」



あの巫女は何の役にも立たない
この胸のモヤモヤを吐き出すために賽銭も払ったというのに、余計に落ち込ませるとはどういうことだ
〇〇を追い出してしまえ? できるならとっくにそうしている
家事だけなら、去年まではずっとやってきた事だ 難しい事じゃない
けれど、今日一日……いや、半日で全て分かってしまった

私はもう、あの一人ぼっちの暮らしには戻れない

幻想郷最強のプライドにかけて、今まで寂しかった なんて絶対に認めない
それでも、以前一人で暮らしていた頃の生活には、今のような活気は無かった
〇〇は何も考えない毛玉や雑魚妖精とは違う
いつも私の言う事に従っているだけのようで、逆らう事も少なくは無かった
そんなやり取りも、私は嫌いではなかった

『お嬢様、畑の拡張は今ではなく、寒気が過ぎてからにすべきです』
『湯浴みは毎日すべきです、新陳代謝が活発になるのですよ』
『畑に近づく妖精も、悪気があるわけではないのです 問答無用で排除はいただけません』

意見するたび私に怒られようと、〇〇は簡単に意見を曲げなかった
そして、〇〇の言う事はいつも正しかった
そんなやり取りは嫌いじゃない、けれど私は逆らわれた怒りから〇〇をなじり、時には暴力を振るう事もあった
それでも、〇〇は私を優しいと言ってくれた
「私の何が優しいって言うの? わからないわよ、〇〇……」
夕焼けに染まる眼前に、ようやく私のひまわり畑がひらけてきた


「お嬢様」
「!?」
その畑の真ん中に、〇〇がいた
服はいつものYシャツにタキシード
私の帰りを待っていたのだと、一目で知れる
いつ戻るのか分からない私を、ここで?
「あなた……なにやってるのよ? 今日は休暇のはずでしょう?」
「そうなのですが、イタリアンコーヒーは時間がたつと味が劣化してしまいますので、新しく煎れ直しに戻りました
そうしましたら壁に穴が開いて、その近くにはお嬢様ご愛用の日傘の残骸が落ちているではありませんか
これは休んでいる場合ではないと思い、お勤めに復帰した次第でございます」
そう言って、定位置―――私の右隣に立つ
「……どうして私が泊り込んでくると思わず、ここで待っていたの?」
「お嬢様は、お出かけの際はどんな天候であろうと日傘を欠かしません
そこで傘掛けを調べましたところ、残骸となった一本以外はなくなっておりませんでした
この時点で遠出はしていないと当たりをつけました
そしてお嬢様は、日暮れまでにここに戻らない事はほとんどありません
ですので、夕焼けが出てきた頃にここにいれば、お迎えできると思ったのです」
屈託のない笑顔
それは、私の威厳を損なうから、と 誰かといるときには決してしない、私にしか見せない笑顔だった

憎たらしい
憎たらしいまでに 私のことを知っている
憎たらしいまでに 私のことを考えてくれている
憎たらしいまでに 私のことを思っていてくれる
憎たらしいけれど、認めたくはないけれど、確かに私は今、嬉しいと思った
けれど、駄目だ
この嬉しさ、優しさを享受してしまえば、私はきっと弱くなる
最強の妖怪ではなくなってしまう
そんな明確な恐れが、確信としてあった

「どうしてよ……」
「はい?」
「どうしてあなたは、私なんかのためにこうまで尽くそうとするのよ!
私は、〇〇とは違う、人食いの妖怪よ! 怖いんでしょ? 恐ろしいんでしょ!?
だったら逃げなさいよ! 許しを乞いなさいよ! お願いだから、そんな優しい笑顔で私を見ないでよ!!」
最後に、本心を吐いた
そうだ
私は最強の妖怪
その強さから、人間に恐れられるべき存在
その妖怪が人間に優しさをもらうなんて、出来の悪い笑い話か陳腐な御伽噺くらいなものだ
「……失礼します」

腕が、私の背に回る
眼の前に、暖かい体
首元の吐息は、まぎれもなく〇〇のもの
数秒、時が止まる

「お嬢様
私には、お嬢様が何をお悩みになっているのかわかりません
しかし、私はどんな時もお嬢様のお側にいます
私の居場所は、ここにしかないんです
奴隷の分をわきまえていないと思われるでしょうが、あえて言わせてください

私は お嬢様――風見幽香を、愛しています」

頬を伝うのが、数百年ぶりの涙だと気がつくのに数秒かかった
私は弱くなった
やっぱり、いまさら虚勢を張っても無駄だったんだ
私たちは比翼の鳥
片割れがいなくては、もう空は飛べない
「あなたは、ずっと私といてくれるの……?
病める時も 健やかなる時も
富める時も 貧しき時も
死が二人を分かつまで……」
「死してもなお、彼岸の彼方からでも、お嬢様の元へ帰ります」
〇〇なら、本当に帰ってきてくれる
今の私なら、心からそう信じられた

「ところでお嬢様、先ほどの言葉は……」
「分かってるでしょ……馬鹿」
〇〇の腕から離れ、見つめあう
きっと私の顔も、今の〇〇に負けないくらいに真っ赤になってるだろう
そのまま、距離がゼロになる
それは、お互い初めての経験だったんだと分かるほど稚拙で、つたなく、けれど甘い口づけだった










〈おまけ〉

「これでどうかしら?」
「あやややや さすが紫さんです! これは前代未聞の一大スクープになりますよ!」
「ええ、だって幽香は私に言ったのよ『〇〇を見ててあげてちょうだい』 って
それがいつまでなのか言ってないんだもの
だから、日暮れまでずっと〇〇に張り付いてたおかげで、こんな大ニュースを見つけちゃったのよ」
「くうっ! こうなると分かっていたら私も〇〇さんにはりついていたのに……!」
「いいじゃない、これで天狗の新聞大会優勝はもらったようなものでしょ?」
「そうですね。けれど、どうしてこんな大事を私に?」
「そうねぇ……しいて言うなら、あなたが一番[早い]から かしら」
「は?」
「幽香は、[最強の妖怪]っていう肩書きに見合うように、ずっと肩肘を張って生きてきたの
だから、今回の事が知れ渡れば、もっと伸び伸びと生きていける そう思ったのよ」
「……もしかして、紫さんて案外いい人ですか?」
「よしてちょうだい
私はこの幻想郷全てが愛おしいの
幽香もその例外に漏れない それだけの事よ」
「そうですか……それでは、明日の号外に間に合わせるため、戻って記事を書かせてもらいます
今回の埋め合わせはかならずしますので!」
「ええ、期待しないで待ってるわ」


新ろだ2-170


重苦しい、というより果てしなく冷たい空気を感じる現在の俺の部屋。

正座して床をひたすらに眺めているのが俺で、そんな俺を恐ろしい程無表情で見下しているが幽香。

もう30分位はこんな状態が続いているだろうか。

全ての発端は昨日の深夜頃。

命蓮寺の女傑から好意をよせられている男がラブプラスを発見されたのが始まりらしい。

そのニュースは幻想郷最速の天狗の新聞によって瞬く間に女性達の間に広まった。

幽香はそれを今日の昼に博麗神社で聞いてきたらしく、家に帰ると俺にDSの提示を要求してきた。

もちろん新聞を見てラブプラスの危険性を知っていた俺は後ろを向いてソフトを抜きDSを渡す。

ゲームの事を詳しく知らない幽香ならこれで大丈夫だろうと油断したのが失敗か。

一瞬で押し倒され、手に隠し持っていたソフトを奪われタイトルを読み上げられる。

そして表情の凍りついた幽香に正座を命じられ現在に至る。



「ねぇ○○?」

「は、はい何でございましょうか」

感情の感じられない平坦な声で話しかけられる。

静かでそれでいて激しいプレッシャーが俺を押しつぶそうとしている。

はっきり言ってめちゃくちゃに怖い。

「確かに私はそのゲームを貴方が持っていたら怒るつもりだったわ」

そう呟いた幽香の声には温度がない。

怒っていないのか。

いや、激しすぎる感情は目や声から感情を隠す。

これはまさしくそういう事なのか。

「でも問題はそこじゃないわ。どこだかわかるかしら」

淡々と告げる幽香の迫力に冷や汗がどっと流れる。

震える唇をどうにか動かして答える。

「隠した事でございます」

「そうよねぇ」

まるで子供に話しかける様に優しく、甘い声を出す。

それでも感じる迫力は一切の衰えをみせない。

「なら、なんで隠したのかしら」

「っ…………」

ここに来て、幽香の声に激情が混じる。

今まで感じていた物と比べるのが馬鹿らしくなるほど巨大なプレッシャーを受ける。

もはや呼吸すらぎりぎりといった塩梅だ。

何故隠したか、それは勿論――――

「悪いと思っているからよね」

「その通りです、申し訳ありませんでした」

土下座を更に深くして全力謝罪。

謝るときはタイミングを見計らう。

俺が社会に出て学んだ事だ、正直今になるまで謝る事すらできなかっただけだが。

深い土下座をしてから十数秒。

はぁ、と息を吐いて幽香がプレッシャーを治める。

許してもらえたのか?

「○○」

「はい」

頭を下げたまま答える。

いつもならここらへんで多少の暴力とか、少々無茶な命令とか、暴力とかが来るんだが。

「顔を上げなさい」

ビンタぐらい来ると思い顔を上げる。

と、膝立ちになっていた幽香に抱き締められる。

胸に顔が埋まり、とっさの事に俺の思考の全てが停止する。

「ふぁ、ふぁにを(な、何を)」

「ゲームでまで恋愛をするって事は、私じゃ足りないのかしら」

そんな事はない、と言おうとするが幽香の独白は続く。

「たしかに私は少々暴力的だわ。そこが駄目なのかしら」

それに何より、と言い。

「私達は妖怪と人間だもの、やっぱり考え方が違うのかしら」

一緒にいるだけで私は幸せなのにね。

寂しげに、ポツリと呟いた幽香の言葉にカッとなり、衝動のままに幽香を押し倒す。

「きゃっ」

「違わないさ」

かわいい悲鳴を上げた幽香の顔の両側に手をつき。

「確かに好奇心であのゲームに手を出したけど、俺は幽香の事を何より愛してる」

驚いたのか幽香が目をきょとんとさせている。

それに、

「考え方は違うかもしれない。でも幽香と一緒にいるだけで俺は幸せだ」

そこまで言い切ってから、どうだと目を覗き込む。

すると言われた事をまだ理解できていないのか、目をまんまるに見開いている。

そしてゆっくりと頬を朱に染めていく。

あっ、かわいいな、と思った瞬間幽香の手が俺の頬にそえられ顔を引きよせられる。

もとから近くにあった二人の顔はあっという間に近づき唇が重なる。

俺も幽香の腰と首に手を回して口づけを深くする。

「んっ、ん……………はあっ」

長い口づけを終え、息も絶え絶えになった幽香の濡れた瞳を視た俺は手を服に伸ばしていって…………








「ふふっ」

行為のあと片づけを終え、二人で途中に移動したベッドのシーツに包まっていると幽香がこちらを見て微笑んだ。

「どうしたんだ」

「だってこれだけ貰えたんだもの。女として幸せでしょう?」

お腹をさすりながらの幽香のストレートな言葉に赤面し声がつまる。

途中からあまりのかわいさに暴走しだしたが、もう少し恥じらってほしいというか何というか。

「もうあのゲームは必要ないかしら?」

言われて少したって言葉を理解する。

そういえば今回の発端はラブプラスだっけ。

元から興味で買っただけだし、殆どプレイしてないんだけど。

今さらそんな言い訳をする気もない。

なら俺がするべき返事は、

「勿論。俺には幽香がいるからな」

他に何も必要ないさ。

返事にはにかんだ幽香はシーツの中に顔を隠した。





――――――――――――(あとがき)―――――――――――

なんか最後のあたりがうまくいかなかった気がする

流れを視ての突貫工事だから誤字等はスルーして貰えると嬉しい

それでは ノシ

―――――――――――――――――――――――――――――






――――――1ヶ月後、ある日の昼

「結局幻想郷のラブプラス所持者は全員没収されたのか」

あれから日がたち、多くの同志の末路を聞いた。

没収されていちゃついたり、奢らさせられたり、いちゃついたり。

結局大多数がいいおもいをしているんじゃないか、という意見はスルーしておく。

「そういえば、あの日以来幽香が妙におとなしいんだよな」

それにいちいち可愛らしいし。

あー、思い出しただけで興奮してきた。

団扇で風を送って顔の熱を冷ましていると、外出をしていた幽香が帰ってきた。

「今帰ったわ」

そちらに顔を向けると、嬉しそうでどこかそわそわした顔をした幽香がいた。

「どこに行ってたんだ?」

「永遠亭よ」

台所に向かいながら幽香が答える。

なにか用事があったんだろうか。

まさか病気かと思ったが、あの表情なら違うだろう。

「俺も昼飯食って仕事に戻るかな」

「がんばって稼いできなさいね」

初めて言われた言葉にかたまっていると、台所から顔だけをのぞかせた幽香がいたずらな笑みで、

「来年ぐらいに家族が増えるんだからね、お父さん」


Megalith 2010/11/03



「ねえ、私のモノにならない?」

 輪郭を確かめるように、男の頬や首を優しく撫でながら幽香は笑う。
 その笑顔はこじんまりとした部屋の中で、そこだけ花が咲いているのではないかと思うほどに目を惹く美しさであり、何も知らぬ者ならばすぐに魅了され、無意識の内に首を縦に振っていたかもしれない。
 しかし男はその手を払い除けると、呆れた表情で彼女に返事をした。

「何度言われようがお断りだ」

 男のその言葉を、幽香は事前に予想していたのか『残念ねぇ』と軽く返す。
 そして少し離れた椅子に座ると、男が用意してあった紅茶を飲み始めた。

「こうして歓迎はしてくれるのにつれないわね」
「何度もやって来るから仕方なく用意しているだけだよ」
「その割には紅茶の淹れ方に気を使ってるようだけど」
「……機嫌を悪くされて、うちを破壊でもされたら堪らないからな」

 綺麗な花には棘がある、という言葉の信憑性は定かではないが、彼女もその言葉通り、ただの人間ではなかった。いや、人間ですらなかった。
 四季のフラワーマスター。それが、妖怪である彼女の持つ二つ名だ。
 しかも、危険度は極高で人間友好度は最悪などと、とある本にも記されている妖怪の中でもひときわ危険な存在だった。
 だが男はその鋭い棘を恐れて、逃げ出すようなことはせず、彼女を持て成している。

「家の心配よりも自分の心配をしたらどう?」
「どういう意味だ?」
「だって、あまりに無防備なんだもの」

 先程の笑顔と違い、今度は『くすくす』と怪しげに笑う。
 その先の言葉を聞きたがっている男の様子をじっくりと眺め、そして焦らすように紅茶を一口飲んだ後、ゆっくりと続きを口にする。

「あのまま私が貴方の首を締めていたかもしれないのに」
「……それは物騒なことだな」
「ええ、私は妖怪だもの。それはそれは物騒な存在ね」

 思わず男は首に手をやり、その無事を確認する。
 何もされていないことは理解していたが、反射的に首を締められる想像をしてしまったからだった。
 軽く深呼吸し呼吸を整えると、男は今の言葉の意図を考える。

「……脅しか、それは」
「さて、どうでしょうね」

 相変わらず楽しそうに笑みを浮かべ、はぐらかす彼女に男は重圧を感じていた。
 しかし、ただの人間である男は、ただの人間でしかないからこそ、強い意志をもって彼女に告げる。

「好きにすればいい」
「何を?」
「そうやって俺を言葉で脅してもいいし、首を締めて服従を誓わせようとしてもいいって事だ」
「そうしたら貴方は頷くのかしら」
「何をされても、何度やられてもお断りだ」

 圧倒的な力の差がある妖怪に対して、それでも男は引かなかった。
 そもそもそんな気があれば、とっくに行動しているだろうという予想があったし、行動されたらどうしようもないという諦めがあったし、何よりも彼女のモノにはなりたくない理由があったからだ。

「随分と勇ましいのね」
「お褒めに預かり、光栄だよ」

 飲み終えた紅茶のカップを置き、幽香は立ち上がると、そのまま男に近づいて行く。
 そして、始めにしたように彼女はまた男の顔を優しく撫でる。
 しかし、先程のような笑みはなく、その眼は男の眼をまっすぐと捉えている。

「ねえ、どうして私が毎回あんな質問をするか分かる?」
「それは……」
「どうして今日まで脅すような真似をしなかったのか分かる?」

 男の中で答えは出ていた。
 しかしそれを口にすることは出来なかった。彼女が撫でる手を首に移したからではない。
 本能的な恐怖も確かに存在したが、男にはこのまま殺されてもよいという覚悟があった。
 それよりも本当に怖いのは、臆病者の自分が恐れているものは。

「分からないなら……教えてあげる」

 互いの息が感じられるところまで二人の距離が近づく。
 首に腕が回され、男の視界と思考が彼女に埋め尽くされ、そして。



――――男は、幽香とキスをした。



「……んっ……んん……っはぁ」

 突然の行動に戸惑う男を気にせず、彼女はキスを続ける。
 一度行為に及んでしまったことで抑えが効かなくなったのか、それは貪るように長く激しく。
 そして男の息が続かなくなる寸前になり、ようやく二人の距離が離れた。

「どう、これで分かったかしら?」
「……んぁ……はあっ……はあっ」
「情けないわね、貴方」
「……そっちが、急に……こんなことを、するから……だろっ!」

 荒い呼吸を繰り返しながらも男は反論する。
 だが彼女の真剣な顔を見てすぐに別の事を言っているのだと気づく。

「殺されるよりも怖いというのね。私に拒絶されることが」
「……ああ、そうだ」

 私のモノにならないかと尋ねる理由も。
 脅すような真似を今までしなかった理由も。
 彼女がこうして何度もやってくる理由も。
 勘のいい巫女や、心の読める覚りでなくとも分からないはずがなかった。
 しかし男は、それを怖くて受け入れられなかったのだ。

「私のモノにはなりたくないのでしょう?」
「……ああ」

 ただの人間と強大な力を持つ妖怪が釣り合うはずがない。
 だから、始めてそう尋ねられた時はそれもいいかと、男は思っていた。
 けれど、それ以上に彼女と対等でありたいと強く願っていた。

「なら、そのぐらいの勇気は出しなさい。でないと次は本当に我慢できなくなりそうだわ」
「情けない奴だな、本当に俺は……」
「……始めは楽しんでいたのに、待てなくなった私も似たようなものよ」

 そっぽを向いてそう呟く彼女を見て、男は更に情けなくなる。
 対等でいたいと願う癖に彼女も同じように悩むことがあるのだと初めて気がついたからだ。
 人間と妖怪だから、と枠を作っていたのは他ならぬ自分だったのだと男は反省する。
 そして、今までの臆病な自分と決別するために、男は彼女に向き合い、はっきりと口にする。

「愛している、幽香。俺と付き合ってくれないか」

 これには流石の彼女も驚いたのか目を丸くする。
 けれど、すぐに意地の悪い怪しげな笑みを湛えると、不安気に返事を待つ男の様子をじっくりと眺め、焦らすようして頬を撫でた後に、ゆっくりと言葉を口にする。

「返事が分からないなら……また教えてあげる」

 それは、一度目の時よりもずっと長い彼女の答えだった。



一、二レスで収めようとしたら長くなったのでこちらに。
書いてみるとどうもイチャまでのテンポが悪くなりがちですが、これぐらいなら大丈夫かな?



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年03月27日 23:33