小町2
2スレ目 >>222
彼岸花(ヒガンバナ):
単子葉植物綱ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草。
学名は、Lycoris radiata (Herb)。
鱗茎にアルカロイド(リコリン)を含む有毒植物。
異名が多く、曼珠沙華、死人花、地獄花、幽霊花、剃刀花、狐花など、四百の別名があると言われ、不吉であると忌み嫌われる事も多い。
花言葉は、「悲しい思い出 」。
――――――――――――――――――――――――――――――――
現在幻想郷を賑わせている花の異変の調査に乗り出して以来、魔理沙のレーザーに後ろの初めてを失礼されたり、
鈴仙の座薬弾に新たな世界を開拓されたりしながら、何時の間にやらこの無縁の塚まで辿り着いていた訳だが……
「……何だよ、これ……」
辺り一体を覆い尽くす、彼岸花の赤、赤、赤…………
「そして上を見上げれば紫の桜、か……」
何とも、気の滅入る景色だった。
はて、明らかにおかしな所だが、何がどうおかしいのやら……
「ま、じっとしてても始まらない、か」
とりあえず辺りを少し歩いてみようかと足を踏み出した瞬間、
「こら!! まだ死ぬには早い!」
「うわっ!?」
ブー――――ッ。
いきなり上空から怒鳴られ、驚いた拍子に、今まで散々痛めつけられた尻が緩んで屁も噴き出した。
「な、何だ?」
声のした方角から、風変わりな和装に身を固めた、見るからに蓮っ葉な少女が降りてきた。
「まったく、ただでさえ仕事が増えて難儀してるってのに……って、ぐはあっ!! 何この臭い!!」
「……あ~、すまん。いきなり怒鳴られてビックリした拍子に」
ちなみに、今日の朝食はニンニクの芽のニンニク炒めと納豆、あとは里芋の煮っ転がしだった。
「う、う~ん、死にたがっている者とは思えない、パワフルな臭いだ」
「誰が死にたがりだ、誰が。それより、君は?」
「ん、あたいは三途の川の水先案内人、小野塚小町。いわゆる死神さ。お前さんは?」
「ああ、俺は……」
簡潔に自己紹介を済ませる。
「……それで、死にたがっている訳でもないお前さんが、この無縁の塚に何の用だい?」
「いや、ここに用があるというより、花の異変を調べている内にここに辿り着いたんだが」
「うん? 花の異変?」
「ああ、異常だろ? この花の多さ。幻想郷は今、何処も彼処も花や幽霊だらけだ」
ざっと辺りを見回してみる。ここの彼岸花は特別であるにしても、花の総量だけ見れば、他も大して変わらない。
「……確かに、彼岸花どころか紫の桜まで咲いてるねえ……」
小町の額に、大粒の汗が浮かんだ。
三途の川の水先案内人……この塚の異常なまでの彼岸花と桜…………ひょっとして。
「なあ小町。ひょっとして今回の異変、君のせいなのか?」
「ぎくっ。い、いやまあ、実害も無いんだし、のんびり行かないかい?」
「馬鹿野郎!! 実害出まくりだ! 俺の家の周りがどうなってると思ってる!!」
「な、何さ、いきなり。この塚でそんないい加減な事言ってると、閻魔様に舌を抜かれるよ?」
いきなりブチ切れた俺の剣幕に、小町がやや気圧された風に切り返してきた。
小町の言葉を、頭の中で反芻してみる。
(閻魔様に『下』を抜かれる……)
「こ、怖ええぇぇ……」
あまりの恐怖に色々な所が縮み上がり、思わず内股になる。
小町が呆れた様子で頭をかいた。
「……あー、色々と勘違いしているみたいだけど、あたいは突っ込まないよ?
大体、花が咲いたくらいでどんな害が出るって言うのさ」
「…………」
無言で懐から新聞を取り出して、小町の方に差し出す。
「ん、この新聞がどうかしたのかい? ……うえっ」
俺から受け取った文々。新聞をバッと広げ……小町は絶句した。
『恐怖!! 地獄の腐臭小屋!!』という見出しに、一枚の写真がデカデカと載っている。
上空から撮られた写真の中心には一軒のあばら家が鎮座し、その周辺一帯を……ラフレシアの花が埋め尽くしていた。
「う、うへぇ……これ、お前さんの家?」
「そうなんだよ……」
おかげ様で今では誰も家に寄り付いてくれず、鼻も麻痺して今まで食べられなかった納豆まで食べられるようになる始末だ。
「ま、まあ、いつかは枯れるだろうし、ここは気長に……」
「主犯者が何だらけた事言ってやがる!! 今すぐキリキリ働いてどうにかしろ!!」
「何だい。これだけ仕事がかさんでるんだから、少しくらいノンビリしたっていいだろう!?」
この期に及んでそんなたわけた事を言う小町のサボり根性に、ついに俺の堪忍袋の緒が切れた。
「もう怒った!! お仕置きしてやるから、そのでっけえケツこっちに向けろ!!」
香霖堂で購入して以来、ずっと愛用している我が武器、木製バット『天国666号』を何処からとも無く取り出した。
「やなこった! ったく、あたいの仕事のペースを乱そうって言うのなら、容赦はしないよ!!」
そう叫ぶなり後ろに大きく跳ねると、小町は右腕を振るった。
「――ッ!」
首を捻り、風切り音を上げて飛んできた武器を紙一重でかわす。
「……投げ銭か」
いかにも死神風な武器に、ニヤリと口元を歪める。
それを受けて小町も同じように笑みの形に面を崩したが、その目は決して笑ってはいない。
「ほう、一発で見切るとはやるねえ。続けていくよっ!!」
小町が啖呵を切ると同時に、四方八方から投げ銭が襲い掛かってくる。
「甘いぞ小町ッ!! こんなキレの無い棒球で俺を討ち取れると思うなッッ!!!」
――俺流「三冠王の打撃」
必殺のスペルカードを切り、迫り来る全ての投げ銭の軌道を瞬時に見切る。
――スカカカカカカカンッッッ!!!!!
「きゃんっ!!」
襲い掛かる投げ銭をことごとく左右中広角に打ち返し、その内何発かが小町の体を捉えた。
まさかこのような反撃を受けるとは思ってもみなかったであろう、小町の瞳に本気の色が宿る。
「ぐっ……やるねえ、燃えてきたよ。それなら、これでどうだ!!」
今は亡きザトペックモーションで大きく振りかぶり、小町のスペルカードが切られた。
――投銭「ヒガンカミソリシュート」
「っ!?」
あふれる力と情熱の篭もった投げ銭が、殺意さえ迸らせて向かってくる。
先程のそれを遥かに上回る球威とキレに気圧されつつも、俺も慌てて次のスペルカードを用意した。
――若大将「チャンスにセカンドポップフライ」
スカッ…………チーンッッ。
振り抜いたバットが空を切り、鋭く食い込んできた投げ銭が俺の股間を直撃した。
「はうっ!! ……ちょっ、これ……洒落にならね……」
『おおっと、これは女には分からない痛み!』
脳裏に、みのさんのナレーションが流れる。
「ふっ……使うスペルを誤ったね」
背骨が痺れるような痛みに意識が薄れゆくのを感じながら、視界の隅に気持ち良さそうに額の汗を拭う小町の姿が映った。
「……無念……」
かくして禁断の秘打、三本足打法をカミソリシュートによって粉々に打ち砕かれ、
俺の今回の探索はStage8で幕を下ろす事になった……
…………
「ん……」
「おっ、よかった。目は覚めたかい?」
上体を起こすと、隣に腰掛けていた小町が、カラカラと笑った。
「悪い、診ててくれたのか。俺、どれくらい寝てた?」
「なに、ほんの十分程度さ。ちとやり過ぎちまったね。大丈夫かい?」
「ああ、もう大丈夫。……はあ、俺の負けだから、今回は大人しく引き下がるよ。
のんびり自分のペースで頑張っておくれ」
「あはは、言われなくてもそうさせて貰うよ。いい仕事には、適度な休憩が肝心だ」
……まったく、よく笑う死神だな。
白い歯を見せて朗らかに笑う小町の横顔を、不思議な気分で眺める。
――ぐうぅ~~~~~。
と、不意に俺の腹が豪快に鳴った。
そう言えば、今日は朝食以降何も口にしていない。
「そう言えば腹が減ったな。……失礼」
腰に下げたポーチから、備えとして持って来たリンゴを一つ取り出し、齧り付いた。
「ん、旨い」
皮のほのかな渋みと、蜜の詰まった身の甘みが、絶妙に口の中で混ざり合う。
「…………ん?」
何やら粘っこい視線を感じたので小町の方を見てみると、
「…………あ、ああ…………(うっとり)」
ショーウィンドウに張り付いてトランペットを欲しがる子供みたいに目を輝かせていた。
「お、美味しそう……」
じゅるり。
「……」
無言で口元のリンゴを股間の辺りまで下げてみる。
小町の視線も、それに釣られて下がった。
「お、美味しそう……」
じゅるり。
「……」
男としての自信が、ムクムクと湧いてきた。
……って、こんな虚しいセクハラをしても仕方が無い。
「なあ小町。ひょっとして、リンゴ好きなの?」
「う、うん」
物欲しそうにそわそわする小町を見て、どこぞの少年誌の残虐サスペンス漫画を思い出した。
「そっか。もう一個あるから、あげるよ」
ポーチからもう一つのリンゴを取り出し、小町の方に放り投げる。
「わっ、ありがとう。へへ、あたいもお腹が減ってたんだ」
宙からリンゴをかっ攫うなり、豪快に大口を開けて齧り付いた。
「んぐんぐ……こりゃ、確かにいい味してるね。これ、外の?」
「ああ。日の国は青森が誇る『ふじ』だ。幻想郷ではお目にかかれないだろう?」
一度里で実ったリンゴを頂いた事があったが、少し酸味がきつく、外の世界のリンゴに比べれば二歩三歩及ばない代物だった。
香霖がいらないと言うから木箱ごと頂戴して来たので、まだまだ家に戻れば腐るほどある。
それを小町に伝えると、彼女の瞳がパッと輝いた。
「じゃ、じゃあさ、あたいにも分けとくれよ! 何か礼はするからさ」
「それは構わないが……そうだな。まずウチの周りだけでも、どうにかならないか?」
「う~ん、ラフレシアに宿るなんて、生前は余程の変態趣味だったんだろうねえ……
分かった。そういう霊を中心にじゃんじゃん運んでみる事にするから、それでどうかな」
その後は運次第という訳か。まあ他に妙案がある訳でもないだろう。
「いいだろう、交渉成立だな。でも、全部一度には運べないぞ?」
さすがにリンゴが一杯に詰まった木箱をここまで運んで来い、というのは無理な相談だ。
「ああ構わないよ。一日に二、三個も持って来てくれれば十分かな」
「おいおい、毎日ここまで来いって言うのかよ……」
「ふふん。勝ったのはあたい。敗者は勝者の言う事を黙って聞くもんさ」
「……うう、それを言われると、返す言葉も無い」
……実の所、面倒だという気はまったく起きなかった。
むしろ、ここに来る口実が出来た事を嬉しく思ったくらいだ。
俺は、今日初めて出会った、この豪気で蓮っ葉だけどどこか可愛らしい死神を、相当気に入ってしまったようだった。
それから俺の生活に、リンゴを抱えて無縁の塚に通う、という妙な習慣が加わった。
小町の休憩時間に合わせて、二人でリンゴを齧りながら他愛も無い話をする。
霊たちと話をするのが好きと言うだけあって、彼女との会話は非常に含蓄に富んだ面白いものだった。
「なあ小町。ちゃんと約束守ってくれたんだな。
すっかりウチの周りも綺麗になったよ。ありがとう」
あれから程なく、我が家の周りを占拠していた怨敵ラフレシア畑も、一週間ほどで見る影無く枯れ落ちていた。
「あはは。そんなにたくさんの霊を運んだ、って訳でもないんだけどね。
あんたの家に全部集中してたんじゃないの? 類は友を、ってよく言うじゃない」
平然と失礼千万な事を言いながら、カラカラと笑う。
つい先日から、俺に対する呼び方が『お前さん』から『あんた』に変わっていた。
「そう言えば、ウチの周りだけじゃなくて、全体的に事態が落ち着いてきたな。……頑張ってるんだ?」
あれだけ幻想郷を賑わした花々も、徐々にではあるが、その数を減らしつつあった。
「まあね。その日の仕事を早めにしっかりこなせば、誰はばかる事無くこうしてのんびり休憩できるってもんさ」
あまりに意外な台詞に、ポカンと大口開けて間抜けな表情で固まる羽目になった。
「……お前、本当に小町か?」
「何だい、その失礼な反応は。……こう見えても、あんたが来るの、結構楽しみにしてるんだよ?」
ぶっきらぼうな言い方とは裏腹に、小町の頬にほんの少しだが赤みが挿しているようにも見えた。
「……怪しすぎる。熱でもあるんじゃないのか?」
小町の額に手を伸ばし、
――むにゅ。
己の意思とは裏腹に、手の平が彼女のふくよかな胸に押し付けられ……と言うか、鷲掴みにしていた。
恐るべし、万乳引力!!
宇宙の大法則を前にして、ちっぽけな人間でしかない俺はあまりに無力だった。
「……な、ななな」
「うーん、熱は無いな…………しかしこれは……」
むにむにむに。
「いきなり何するんだこのエロガッパ!!!!!」
――ズドンッ、ズドンッ、ズドンッ!!!
「ぐぼっ」
いきなり顕現した鎌の柄尻で後頭部を三発打ちのめされ、蛙のように顔から地面に叩きつけられた。
「こ、この瑞々しく弾ける水饅頭のごとき弾力……小野塚はん、何ちゅうもんを触らせてくれたんや……」
痛みを凌駕する至福の感触に、涙があふれるのを禁じ得なかった。
「だーっ、もう喋るな!! このデリカシー無し!! 死ね、死ね、死ねっっ!!!」
――ズドンッ、ズドンッ、ズドンッ!!!
「っ、っ、っ」
杭を打ち込むような勢いで柄尻が落とされ、みるみる俺の顔面が地面に埋まり、喋るどころか呼吸も出来なくなった。
「ちょっ、ちょっと、小町! 何やってるの!」
「きゃんっ」
俺の頭が半分ほど地面に埋まったところで、上空から第三者の救いの手が入った。
「ぶはっ」
埋まってしまった顔を地面から引っこ抜いて立ち上がると、小町よりも幾分小柄な少女が傍らに立っていた。
「こらこら小町。こんな所で人間を痛めつけて、自分の仕事を増やす気?」
「い、いえその、ついカッとなっちゃって……」
おお、あの小町が完全に萎縮してしまっている。何者だ?この人。
「なあ小町。この人は?」
「ん、ああ。この方は私の上司、いわゆる閻魔様だ」
「え、閻魔様……」
……幻想郷ってのは、つくづく何でもアリなんだなあ……
「はじめまして、小町がずいぶんお世話になっているようで。
四季映姫・ヤマザナドゥと申します」
「は、はぁ……」
相手だけに名乗らせる訳にもいかないので、俺も名乗るだけの簡潔な自己紹介をしておいた。
「それにしても、どうしたんですか、映姫様。まだ休憩時間は残ってますよね?」
「ええ、まだゆっくりしてくれて構わないわ。
最近変人の霊ばかり送って来たり、何故か真面目に仕事をしているので、何かあったのかと見に来ただけだから……そうしたら、ねえ」
そう言って閻魔様は俺と小町に目を配せると、手に持った笏を口元に当てて含み笑いを漏らした。
「あーいやその、これは違うんです。済みません、済みません!」
「何で謝るの、小町。
ちゃんと仕事さえしてくれるのなら、別に休憩時間に誰と何をしようと、私は構わないわよ?
……それはそうと、そこの貴方」
小町に笑いかけたかと思うと、突然目つきが変わり、俺に笏を突きつけてきた。
「お、俺?」
……何だろう。この全てを見透かされているような、度し難い威圧感は。
睨みつける訳でもなく、その何処までも深い眼差しでただ俺を見据えながら、閻魔様が重々しく口を開いた。
「――そう、貴方は少し助平過ぎる」
「…………」
「…………」
――ひゅうううううううう。
無縁の塚を、一陣の風が吹きぬけた。
場の空気が、妙に生温く湿ったものに変質する。
そんな状況に構わず、顔を引きつらせた俺に対して、閻魔様は訥々と説教を始めた。
「このまま自分を抑える術を覚えなければ、貴方は何時か大切な人の心に、取り返しのつかない傷を刻む事になるでしょう。
そうなれば私は、貴方を地獄に落とさなくてはいけなくなる」
「……ああ、小町……俺、閻魔様にすんげえ情けない説教されてる、よ……?」
隣の小町に話しかけたつもりが、彼女は何時の間にやら逃げるように離れてこちらを見ていた。
「ほら、こっちを見る! ちゃんと聞いていますか?」
「は、はいぃっ! あの、それで俺は、一体どうすれば……」
「素行はこれから改めるとして、これまでに一人の女性を傷つけた罰を、今この場でその身に受けなさい!」
閻魔様の一喝と共に弾幕が展開され、慌てて距離を取った。
「じょ、女性を傷つけただって? 畜生、まったく女性に縁の無い生活を送ってきた俺に対する嫌味か、この野郎!!」
まるで心当たりが無いので、逆ギレ気味に閻魔様を『この野郎』呼ばわりしてやった。
そんな俺に、閻魔様はさらに面を険しくして、叫ぶ。
「その自他への鈍さとて既に罪!! 裁きを受け、その怠けきった頭を少しは巡らせなさい!!」
それが最終的な判決だったらしく、一斉に卒塔婆の弾幕が俺に襲い掛かる。
「ごっ、ごっつぁんですうううううう!!(ttp://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/7b /5b856fc0c29828a2f14791ddd8475501.jpg)」
広告塔のロボコップ力士の物真似をしながら永谷園チックな弾幕に叩きのめされ、俺の意識は急速に途切れていった……
「自分の心情を理解し、他人を慮ること。
これが今の貴方が積める善行よ」
…………
「う、う~ん……」
「あぁ、よかった。大丈夫かい?」
意識が戻り、重たい目蓋をこじ開けると、心配そうに覗き込む小町と目が合った。
いつかと同じような光景。
「ん、悪い。また寝てたか……って、小町?」
ただあの時と違い、俺の頭が草っ原ではなく、小町の柔らかな腿の上に乗っかっていた。
「わっ、悪いっ。すぐに退くから……痛てててっ」
慌てて上体を起こそうとした拍子に、全身に鈍い痛みが走る。
小町は俺の額に手の平を押し付け、少し乱暴に元の位置に俺の頭を押し付け直した。
「いいよ、特別サービスだ。ったく、あの裁きを避けもせずに全部まともに受けるような奴、初めて見たよ」
「いや、何だか避けていいものじゃないような気がしたんで……」
「……あはは。あんたは、馬鹿だし鈍い奴けど、本当に大事な事は、ちゃんと何処かで理解してるんだね」
そう言って苦笑いを浮かべると、小町は俺の頭を優しく撫でてくれた。
「…………」
閻魔様の説教の内容を思い出す。
「…………なあ、小町」
「何だい?」
「……ごめん。俺が悪かった」
「……いいよ。あたいも少々やり過ぎた」
小町の手の平と太腿から、彼女の体温が優しく沁みてくる。
罪色の花々に彩られた寒々しい風景の中、俺たち二人の周りだけが、ぽかぽかと陽気に包まれているような気がした。
……初めて会ってから、たかだか十日程度。
……何時の間に、こんなに好きになっていたんだろう……
――――――――――――――――――――――――――――――――
ごんしゃん ごんしゃん どこへゆく
赤いお墓の ひがんばな
きょうも手折りに 来たわいな
ごんしゃん ごんしゃん 何本か
地には七本 血のように
ちょうど あの児の 年のかず
ごんしゃん ごんしゃん 気をつけな
ひとつ摘んでも 日は真昼
ひとつ後から また開く
ごんしゃん ごんしゃん なし泣くろ
いつまで取っても ひがんばな
恐や 赤しや まだ七つ
――――――――――――――――――――――――――――――――
それから大体二週間。
大きな変わり映えの無い日々が続き、これからも続いていくのだろうと、比較的楽観していた訳だが。
終わりは、唐突に訪れた。
「……おいおい……」
リンゴが、最後の一個になってしまったのを知り、愕然とした。
木箱を隅々までひっくり返し、果てにはバラバラにしてみたが、出てくるのは木屑ばかりだ。
「……参った」
大義名分が、無くなった。
片や人間。片や死神。
冷静になって思い返してみれば、そんな二人が毎日会って談笑しているなんてのは、酷く歪んだ風景だ。
このまま生きた人間がダラダラと塚に通って、小町に迷惑がかからないとも限らない。
「潮時、か……」
身支度を整えた鞄を部屋の隅に投げ棄て、その場に腰を下ろし、壁に背をもたれ掛けた。
『自分の心情を理解し、他人を慮ること。
これが今の貴方が積める善行よ』
弾幕で叩きのめされた後の閻魔様の台詞が、脳裏をかすめる。
「……はいはい、分かりましたよ……」
不貞腐れた面持ちで、俺たちを繋ぎ合わせてくれていたリンゴたちの、最後の一個に齧り付く。
「……」
あれだけ瑞々しく美味しかった筈のリンゴが、酷く軽薄な味に感じられた。
…………
それからさらに二週間。
塚に通う以前の、大きな変わり映えも無く平穏な、しかし何となく気の入らない空虚な日々。
……最近、気になる事がある。
以前ほどの勢いではないにせよ、再び幻想郷を花々が覆い始め、
俺の家の周りに、今度は幻想の毒花ゲルセミウム・エレガンスが生え出した。
「またアイツ、サボってやがるのか……それにしても、何でウチの周りだけこんなえげつない花が咲くんだ?」
このままでは、住処を移す事も考えなくてはならない。
どうせなら如意樹とかソーマとかバイアグラとか、もっと縁起のいい植物その他諸々は生えては来ないものか。
「はぁ……まったく」
――ガラガラ、ピシャーン!!
爽やかな朝にも拘らず、度重なる難事にため息をつくと、突然窓が開け放たれ、見知った顔を覗かせた。
「ごめん下さい!!」
「うわあっ! え、閻魔様? 何で窓なんかから……」
「いや、入り口のドアの所がびっしりサボテンで埋め尽くされていましたので」
「ま、マジですか……」
一晩寝ている隙にそんな事になっていたとは。呪われてでもいるのか、この家は。
「……俺が一体何したって言うんだよ……」
「まあ、そんな些事はどうでも良いのです。それよりも、貴方」
そう言って閻魔様はいつもの笏ではなく、何故か『突撃! 隣の朝ごはん』と書かれた巨大しゃもじを突きつけてきた。
「最近塚に来ていないみたいじゃないですか。一体どうしたんです?」
「言いつけを守って、誰にも迷惑をかけないように大人しくしているだけですよ……これ、どうぞ」
ムッとしながら言い返しつつ、用意してあった朝飯の皿から、炊き込みご飯のお握りを閻魔様に手渡す。
「あら、どうもありがとう。……もぐもぐ。美味しいわね…………って、違います!
もうっ、何で幻想郷の人たちは、私の言う事を全然理解してくれないのかしら」
忙しなく表情を変えながら、閻魔様はプリプリと何やらお怒りのご様子だが、さっぱり心当たりが無い。
「いや、自分なりに理解したつもりだったんですけど……どうかしたんですか?」
「どうもこうもありません! いいから、来なさい!!」
「えっ、とっとっ、うわあっっ!!!」
閻魔様は俺の襟元をふん掴むなり、そのまま窓から引っぱり上げて飛び立った。
「お、俺の朝飯いいいいぃぃぃぃぃぃ~~~~…………」
遠ざかっていくいつもの朝の風景に、俺は思わず涙した。
…………
「……ったく、何なんですかいきなり」
もう二度と足を踏み入れないと誓った塚を視界の果てに捉え、俺は手を引いてくる閻魔様に向けて渋面を作った。
「いいから、自分の過ちが招いた結果を、しっかりと見据えて悔い改めなさい」
……辿り着いたかつて通い慣れた塚に降り立ち、大好きだった少女の姿を視止め…………俺は思わず声を失った。
「…………来る…………」
ぶちっ。
力無くしゃがみ込んだ小町の手元に、一輪の彼岸花。
「………………来ない……………………」
ぶちっ。
あれだけ威勢の良かった陽気な表情は見る影も無く、目の下には青黒いクマが出来ていた。
「…………来る…………来ない…………来る……………………来ない…………」
…………ぶちっ…………ぶちっ…………ぶちっ…………………ぶちっ…………
「こ、怖えぇ……何ですか、あれは」
元々辛気臭い場所ではあったが、小町の周りだけ、薄墨をぶちまけたかのようにさらに暗く視えた。
「……貴方が来なくなってから、ずっとあの調子なんですよ。
お陰で、こっちもまったく仕事になりません」
「……でも、俺は」
彼女の事を考えて、身を引いた筈だった。
「あのね、だから貴方は私の説教を全然理解していない、と言ったの。
貴方は結局自分の秤でしか物事を考えず、小町の心情を一切考慮に入れなかった。
その結果あの子を傷つけ、間接的にではあるけど、その他大勢の人たちにも多大な迷惑をかけた」
「う……」
……全部、お見通しだったって訳か。
「その……俺、ここに来ても良かったんですかね」
「あの時言ったでしょう? 自分の本分を違えなければ、外で誰と何をしても構わないって」
「……はい」
そう言えば、そんな事を言っていたような気もする。
「早く小町を元気づけてあげて、ちゃんと仕事に戻れるようにする事。
これが今の貴方が積める善行よ」
そう笑って、閻魔様は俺の頭を巨大しゃもじで軽く小突いてきた。
裏面には、何故か『安産祈願』の筆文字が躍っていた。
色々な事を考えながら、小町の元に歩を進める。
靴が足元の彼岸花を噛む音に、小町がハッとしてこちらを振り向いた。
「……お久しぶり、小町」
「…………ぁ、あぁ……」
俺に幽霊でも見るかのような目を向け、のろのろと立ち上がり、二つ、三つと足を進め……
「この馬鹿っ……!」
――ドガッッ!!!
「ごはっっ」
――いきなりドロップキックを見舞われ、俺は地獄車のごとく地面を転がりながらブッ飛んだ。
「何だコノヤロー!!!」
予期せぬ攻撃に、顎をしゃくれさせながらファイティングポーズをとって……俺は唖然とした。
「……っ、……うぅ……あたいが……今まで、どれだけ寂しかったと……思って……」
――俺の事を睨みつけながら、小町が泣いていた。
「……すまん。来る理由が無くなったんだ……」
「……馬鹿っ、理由なんて無くてもいいんだ!!
あんたと話をするのが楽しかった、あんたが笑うのが嬉しかった、あんたの顔をただ眺めるのが好きだった!!」
そこまで一息で言って、彼女は顔を真っ赤にして、一際大きく息を吸って、そして……心のままに叫んだ。
「あたいは、あんたが大好きだ!!
あんたが会いに来てくれないのに、もうこんな仕事やってられるかっ!!!」
「……………………は、はは……」
……もう、笑うしかなかった。
俺は、こんなにも幸せ者だったのか。
「……小町……上司の前でそれはキツいです……」
後ろで閻魔様が顔を引きつらせていたが、比較的どうでもいい事なので気にしない事にした。
「小町、ごめん。俺が色々と馬鹿だった」
一つ詫びを入れて、彼女の気持ちに応えるべく、負けじと大きく息を吸った。
「……俺だって、理由なんて無くても、ここに来たかった!!
小町と話をするのが楽しかった、小町が笑うのが嬉しかった、小町のゴム鞠のような胸をただ眺めるのが好きだった!!」
何だか余計な事まで言ってしまった気がしなくも無いが、割と事実なので訂正する気も無い。
そこまで一気に言って、顔を真っ赤にした彼女に、一際大きく息を吸って、そして……心のままに叫んだ。
「俺だって、小町が大好きだ!!
俺が人間じゃなければ、お前を嫁にして×××を×××に××××して、あまつさえ××に××××したいくらいだっ!!!」
「……………………う、う~~ん……」
閻魔様が、耳から桃色の煙を吹いて失神した。
……ほんの少し、自分に正直になりすぎた気がしなくも無い。
と言うか、この場で地獄送りにされても、文句は言えない気がした。
「…………小町?」
恐る恐る、小町の顔を窺ってみると。
「…………ぅ、嬉しい……あたいの事、そこまで想ってくれてたなんて……」
……嬉しいのかよ。
俺が言うのもアレだが、彼女の反応も相当アレだと思う。
しかしまあ、お互い気持ちを確かめ合ったのは間違いない。
俺は、瞳を潤ませながら笑顔で鎌を振りかぶって走って来る小町を受け止めようと、両手を広げ――――
「……はい? 鎌?」
――ずばんっっっ。
口を衝いて出た疑問に脳が追い着く前に、小町の振るった鎌が、俺の体を二つに割り裂いていた。
…………
「……ん……」
「お。目は覚めたかい?」
意識が戻り、重たい目蓋をこじ開けると、俺の顔を優しげに覗き込む小町と目が合った。
いつかと同じような光景。いつかと同じような感触。
いつかと同じように、俺は彼女の膝枕の上で目を覚ました。
無縁の塚は、俺が寝ている間にすっかり夜に呑まれ、鬱蒼とした闇色をさらに濃くしている。
「あ、あれ……? 俺、確か……あれ? どうなって……」
確か、あの時、小町に斬られて……
「なあ、小町。俺、一体どうなったんだ?」
「ん? ああ……あたいの鎌の力で、死神になった」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………えっと……冗談だよね?」
「冗談じゃないさ。ほら、アレ」
小町が俺の顔を軽く捻ったその先に……
「えーと……何? アレ」
何だか俺によく似た人間の体が、腰から上下にスッパリ別れて転がっていた。
「あんたの亡骸」
「んんんNooooooooooooooooooooooッッッ!!!!! ひでえ、ひでえよ!!
確かにちょっと酷いセクハラだったかもしれないけどさあ!!」
あまりにショッキングな風景に、膝枕から飛び起きて空中で一回転し、見事に着地を決めた。
まさかセクハラで殺される羽目になろうとは、田代まさしでも思うまい。
「わっ。ちょっと待ってよ。
言っただろ、死神になったって。あんたは、決して死んじゃあいない」
「……? どういう事?」
真っ二つになった元・俺の体を見る。
……あれを死と呼ばず、何を死と呼べばいいのだろうか。
訝しがる目を向ける俺に、小町はモジモジと恥ずかしそうに呟いた。
「だ、だってさ、言ってくれたじゃない。『俺が人間じゃなければ嫁にしたい』って。だから、その、さ……」
「…………あ、あのなあ…………それで俺を、その……死神に?」
開いた口が塞がらないとは、まさにこの事だった。
「うん……こうすればずっと一緒にいられるって思って……
ね、ねえ。ひょっとして……まずかったかい?」
「…………ふぅ……」
小町の瞳に不安の色が宿るのを見て……俺は、腹を据えた。
「……よっ、と」
「きゃんっ! ……ちょ、ちょっと、どうしたのさ」
彼女の体をお姫様抱っこの形に抱き上げ、告白した時と同じように、あらん限りの声を張り上げる。
「……馬っっっ鹿野郎、まずい訳あるか!!
大好きだ小町!!! 嫁にでも何でもしてやるさ!! もう、ずっとずっと一緒だからなっ!!!」
もうヤケクソだった。ここまで好きな女に愛されて、むしろ本望だ。
俺の宣言に小町は可愛らしく頬を染め、らしくも無くしおらしい返事を返してきた。
「うっ……あ、ありがとう……そ、その、不束者ですけど……その、よろしくお願いします……」
――パチパチパチ。
「……一件落着ですね。一時はどうなる事かと思いましたが」
「ん?」
後ろからかけられた拍手と声に振り向くと、閻魔様……いや、映姫様がニコニコ顔で立っていた。
「何はともあれ、めでたい事です。さて、貴方も死神になった訳ですから、これから覚える事がたくさん……」
「……まだいたんですか、映姫様」
「え?」
「そうですよ。あたい達、これからもっとイチャイチャするんですから、さっさと帰って下さい」
「え、え?」
『……………………』
お姫様抱っこの体勢のまま、空気の読めない上司に、二人してじっとりと湿った視線を投げかける。
「う……あ、貴方たち、上司に向かって何て態度を……」
「おい見ろよ小町。あれが外の世界で言う所の『行かず後家』だ。
これから幸せな俺たちに嫉妬して、一人身の憂さを存分に晴らす気だ」
「う、うう……」
「ああ……あたい達、これから謂われの無い難癖を次々つけられて、鬼上司にネチネチいびられるのね……」
「う、う、う……」
俺たちのラブラブ嫌味光線に当てられ、映姫様の顔がみるみる歪み……
「うわああああああああんっっ!!!
羨ましくなんてないわよおおおおおっっ!!!
お前ら二人とも死んじまええええええぇぇぇぇぇぇ~~~~…………(フェードアウト)」
とても閻魔様のものとは思えない捨て台詞を残して、映姫様は泣きべそをかきながら空の彼方へカッ飛んで行った。
「……なあ、今映姫様、頭身縮んでなかったか?」
「う~ん、まあどうでもいいじゃないの。それよりも、さ」
そう言って小町は悪戯っぽく微笑むと、俺の唇に人差し指を宛がってきた。
「覚悟しなよ? 死神の生業ってのは、永く退屈なもんだ。
それでもあたいは、ずっとあんたを放してやらない」
「望むところだ。こっちこそ、お前みたいないい女、永遠に放してやるもんか」
死神としての生というのは彼女の言う通り、人間だった俺には想像する事さえ適わない、今まで歩んできたものとはまるで異質な、長い永い道なのだろう。
それでも、今俺の腕の中で笑っている飛びっきりにいい女が、一緒に歩いてくれるんだ。
――退屈なんて、出来る筈も無いだろう?
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彼岸花(ヒガンバナ):
単子葉植物綱ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草。
学名は、Lycoris radiata (Herb)。
鱗茎にアルカロイド(リコリン)を含む有毒植物。
異名が多く、曼珠沙華、死人花、地獄花、幽霊花、剃刀花、狐花など、四百の別名があると言われ、不吉であると忌み嫌われる事も多い。
花言葉は、「悲しい思い出 」、そして、
「想うはあなた一人」、「また会う日を楽しみに」。
「ウィ~ッ、こここ小町のヴワッキャロォォオオオオイっ。
こちとら好きで一人身やってるんじゃねえってんだよおおおおぉぉぉ」
「お、お客さん? そろそろやめにしといた方がいいわよ~~?」
「うるっせえやバッキャロオオオオオオオ!!!!
つべこべ言わずに酒持って来いってんだ、こんのチンチン雀!!」
「ひっ、ひいいいいっ、堪忍して~~~」
夜の屋台から、何故かネクタイ鉢巻を締めた行かず後家の怒号と、哀れな夜雀の鳴き声が虚しく響き渡った……
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>>242
「小町ー! 遊びにきたぜー」
「もー、お仕事終わるまでおとなしく待っててね、って言ったでしょダーリンったら♪」
「ごめんよハニー。でも、どうしてもハニーの顔と胸が見たくて我慢できなかったんだ」
「ダーリン…… あたい、嬉しいっ☆」
「というワケで仕事ほっぽらかして遊ぼうぜ。そうだな鬼ごっこにしよう。
俺が鬼な。ほーら捕またぞハニー」
むにゅ。
「やーんもうダーリンのえっち☆」
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「……というプレイを映姫さんに見られてなぁ…」
「それで何で私の家に来るのよ……」
地獄裁判長から 「今日一日無縁塚出禁」 を言い渡された俺は
人形使いの家お邪魔していた。
「良いじゃんホラお菓子とか持ってきたしさぁ」
「それで愚痴に付き合えって事ね…はぁ」
「出禁はひでーよぅ。ぜってーアレ私怨入ってるぜ」
「仕事をサボってたのがいけなかったんじゃないの?」
「いやいやアリス。だってあの人 『あなた達は少し 羨まし過ぎる!』 とか言うんだぜ?」
「あら私怨」
「私怨だろ?」
そんな話をしながらゲラゲラ笑っていた俺とアリスだった。
ちなみに
陽も落ちてきたので退散する事にした俺を玄関の外まで送ってくれた彼女は
自分の家が永谷園っぽいものによってハリネズミの様になっているのを目の当たりにする事になる。
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最終更新:2010年05月11日 15:28