印籠と言えば水戸黄門が悪党どもを裁く際に出す三葉葵のものが有名だろう、若い人にもこの印籠というものを知っている人はいると思う
しかしこの印籠というものはいくら武家や公家のものとは言え万能ではなかったということが最近の研究で判明している、今日はこれにまつわる話をしよう
印籠は主に薬入れや印鑑と朱肉入れとして使われていたものだが、御紋入りのものは身元や身分を保証するものでもあった
武家や公家の立場を悪用しようものであれば当然咎めを受け、悪用されでもすれば良くて切腹、悪ければ打首、町人が悪用などしようものなら獄門である
印籠とはこういったメリットとデメリットを併せ持つ『便利にして最後の手段』なのである
さて事は有力な武家である曽生(そしょう)家の者が供を連れた諸国漫遊の途中で、追田(現在のT県A市周辺)の宿場に行き着いた折に始まる
宿を取りしばしの休息を取っていたが、しかし長旅の疲れからかいつの間にか全員眠りこけてしまったのである
目が覚めた供の者は荷物が荒らされている事に気づいた、財布だけではない、命よりも大事な印籠すらも盗まれていたのである
主や他の供の者を起こして宿の者に怪しいものはいなかったかと訪ねて回ったが出入の多い宿ゆえに知れず、市中を走り回ってもまったく手がかりは得られなかった
このままでは藩の沽券にかかわる……、焦燥感に駆られ絶望感にも苛まれながら茶屋で乾いた喉を潤そうと足を踏み入れかけた時だった
─曽生の印である 図が高し、控えよ(訴訟するぞ 頭が高い、控えろ)
通りの向こうからこう叫ぶ男の声が聞こえた、よもやと思い様子を見に行くと、男が曽生の印籠を突きつけながら他の町人に威張り散らしていたのだった
男に気取られぬよう威張り散らす男の話を聞いていると、どうやら『自分は曽生藩の御落胤である、これがその証だ』と大法螺を吹いているようだ
男が『今まで俺を馬鹿にした奴らをこの曽生(訴訟)の印で屈させる』と怒り肩で風を切ってこちらに歩いてきたところを取り押さえ、一行は印籠を取り戻した
男に話を聞くと『金に困ってやった、金持ちそうな一行が宿に入って行ったのを見て裏口から入り盗んで逃げた後でこの印籠に気が付いた』という
武家や公家の立場を悪用すれば死罪の中でも最も重い獄門である旨を伝えると、男はそれを聞いて震えだし助けと情けを求めてひれ伏した
しかし男の身勝手さに呆れ果てた一行、そのまま男を番屋に突き出すと宿に金を払い追田の宿場を後にしたという
『他人の威を借りて調子に乗ると後でとんでもない目に遭うからやめましょう、反論するにもせめて自分の言葉で語るべきである』という教訓としたい
最終更新:2020年03月09日 18:20