追田の地は主要街道沿いという性質から様々な交易品がやりとりされる市が日々そこしやかで開かれ賑わっていた
その中には越三国の特産品として名高い薬類も含まれていた
質の良い薬が集まるため、この地には流れの医師が立ち寄ることも多く、それを目当てに病に苦しむ近隣の民が訪れ、
高級宿などでは医師による病人治療、「御治事(おちごと)」が盛んに執り行われていた
木製の薬箱に収めた薬を売り切った行商人は、箱を薪材として二束三文で売り払い、他の商品を仕入れて帰路に就く
だがこの地の住人たちは、手触りもよく仕立ても丁寧なこの木箱を薪にするのは少々勿体ないのではなかろうかと考えるようになり
何か良い知恵はないかと村一番の「新徒(にいと)」(新しい物事に通じた風流人の意)と名高い「比米木丹駆(ひめきたんく)」を訪ねた
丹駆は少し思案を巡らせたのち、おもむろに木箱を切断しだしたかとおもうや、あれよあれよという間に観音開きの付いた木枠を作り上げた
「これに春画を収めれば人目に付きにくく汚すこともあるまい」
丹駆が作ったのは、人目を憚りたいが粗末に扱うのも気が引ける、そんな春画を収め、さらには取り回しに適した寸法となっている木枠であった
越の国の薬箱を再利用して作ったこの木枠はいつしか「越越跡枠(えちえちあとわく)」と呼ばれるようになり、追田の地の男衆の間では
ごくありふれた日用品になっていくのであった
最終更新:2020年03月09日 19:30