乾いた風に乗って、おと が聞こえた。
それはとても軽快なリズムで、連なっていく。

―――――――『うた』、だ。

名古屋市内:どこかの廃屋
この街は静かな夜が続いていた。もはや人など数えるほどしかいない。廃墟となった街並みはまさしくゴーストタウンのそれだった。
そのひとつ、半壊した家屋に、わずかに人影が存在していた。
「おい、本当に大丈夫なのかね?私を匿っている事がバレたら君も殺されてしまうんだぞ」
白衣を纏った初老の男が言った。真船博士(まふねはかせ)。彼は、今命を狙われていた。原因は少し前の山梨での怪獣の戦い。彼の神獣、チタノザウルスが相手の三つ首の神獣によって倒されてしまった。そして、禍津日には掟がある。自らの神獣が失われた時、その主は神獣とともにこの世を去る。
―――――ふざけた掟だ。
心配そうな顔をして尋ねる真船に、若い男が答えた。二十歳ほどの好青年。肌白で、白人かとも思わせる外見をもっている。
「大丈夫だ、芹沢達は沖縄にいるはず、こんなトコに来る事はまずないだろうさ」
「しかし、もしもという事も・・・」
「ったく、心配性のじーさんだな。大丈夫だって!いざって時はオレが戦って守ってやるから!さあ、年寄りはもう寝な、体に毒だぜ」
「ああ、わかったよ。・・・・・しかし、大丈夫かね、あの娘・・・」
そういうと真船は部屋の隅で蹲っている小さな女の子の方へ目をやった。
――――もう嫌だ。少女の心にそんな想いがよぎった。沖縄から逃れてきた少女、海野雫はじっと固まったまま、その想いを何度も自分の心にぶつけた。
正直、彼女は争いというものが嫌いだった。大嫌いだった。たとえそれが言い争いごときの些細なものであっても。そんな雫が神獣を手にした理由は、2年前にあった。
父はその日、突然現れた巨大生物の取材にいくため、朝早くに家を出て行った。雫はその日は一人で朝食を食べた。母親は、1997年、アメリカへ出張しそのまま他界している。
一人なのは良くある事だ。父の仕事がTVアナウンサーなので、帰って来る時間はあまり決まっていないからだ。その日も、いつものように寂しく家を出た。
だが、帰って来た雫に、信じられないような報せが飛び込んできた。
―――――父が、死んだ。
父が乗っていたヘリは、吹き飛ばされた赤い怪獣に衝突、爆発してしまったのだという。
それを聞いた瞬間、雫は目の前が真っ暗になるのを感じた。そしてその家は、たった一人になってしまった。
それからの彼女は、ずっと部屋の隅で蹲っていた。学校へ行く事はもちろん、外へも一度も出ることはなかった。どうしようもない寂しさが、彼女の心を支配していった・・・。

そんなある日、誰も開く事のないはずのドアが開いた。雫は、ドアへと走っていった。ひょっとしたら、お父さんとお母さんが帰ってきたのかもしれない・・・、今の彼女にはそんな空想も現実に思わせた。果たして、それはやはり空想だった。入ってきたのは、最近方々を荒らしまわっている空き巣だった。人の気配を感じないこの家を、留守だと思ったのだ。雫の表情が、みるみる恐怖に変わっていく。
空き巣は手にナイフをとった。そして、生気のないその少女へ切りつけた―――――はずだった。だが、それをさらに別の男が止めた。左目に眼帯をつけた、どこか妖しげなオーラを放つその男。怒り狂う空き巣は、その男に標的をかえた。しかし―――――刹那、耳をつんざくような銃声が、家全体を包み込んだ。雫の前で、空き巣は紅に染まって倒れた。
「・・・あ・・・う・・・・!」
気が動転してしまっているのか、叫び声をだそうとしても上手く声がでない。近づいてくる銃を持った男。雫は頭が真っ白になった。・・・・殺される。いや、もうそれでもいい。そうすれば両親にも出会える。もう、失うものはない。雫は殺されるのをただ待った。

――――――しかし、男は手を差し伸べた。
呆然と立ち尽くす雫。そんな雫に、男はゆっくりと微笑んだ。

それから、雫の人生は変わった。眼帯の男は、雫に眩い腕輪をわたした。エビラとの出会いだった。エビラはすぐに懐いてくれた。そして、他の神獣達も。雫はその時久しぶりに笑ったという。雫にとって、それは最高の幸せだった。たとえ本当の自分を押し殺してでも、たとえ大嫌いな戦いを強要されても、エビラ達や、芹沢と一緒にいたかった。一人ぼっちはもう・・・絶対に嫌だった。
だが――――――――神獣達は死んでしまった。それは、芹沢に捨てられてしまったことを意味していた。それどころか、あの男は自分を殺そうとしている。あんなに優しくしてくれた芹沢が・・・。
――――もう嫌だ。また、同じ感情がこみ上げた。結局、また同じだ。大切な人は自分から離れていって、自分は部屋の隅でこうやって蹲って震えている。どうやったって、最後は一人ぼっち。もう・・・嫌だ。
―――――寒い・・。
そんな雫の肩に、何か暖かいものが覆いかぶさった。・・・・何だろう?
雫は顔をゆっくりと上げた。
目の前には青年が立っていた。知っている顔。そして、自分の肩にはその男が着ていた上着がかけられていた。
「こんな隅にいたら風邪引くぜ?」
「・・・・・・」
青年は雫の隣にそっと座った。
「そうやって塞ぎこむのは、あんまり良くないなあ」
「ほっといてくださいです・・・私は、芹沢さんに捨てられたんです。きっと殺されるんです・・。私、また一人ぼっちで・・・」
大粒の涙が、静かに流れ落ちた。
それを見ていた青年は雫をツンッと小突いた。
「だれが一人だって?」
「だって、結局あなただってこの騒ぎが終わればどこかへいっちゃうんでしょ?だったら・・・」
「バーカ、オレの事じゃねえよ」
「え・・?」
雫はきょとんとして青年のほうを見た。青年は自分の右腕を二回叩いた。ゆっくりと。

―――――あっ・・・・・・・

視線の先に、腕輪が映った。それはとっても輝いていて、・・・・・暖かかった。
「そっか・・・そうだね。・・・・・・ごめんね」
雫はその腕輪を優しく握り締めた。エビラ、ダガーラ、マグマも、それに応えるようにやわらかい唸りをあげた・・・。
それを見ていた青年、パトリックもまた、彼女の姿に安堵の表情を浮かべるのだった。
「でも・・・戦うのはもう嫌だな・・・。私元々そういうの嫌いだし、それに・・・またこの子たちを失っちゃいそうで・・」
「別にいいんじゃないか。何より一緒にいるって事が、一番大事だろ?」
「・・・うん。私ね、本当はガバラだって死なせたくはなかったの。でも、命令で・・・今思うと、本当馬鹿なことしたなって・・・あの子、可哀想だった・・・」
雫の目尻に、キラリと光るものが見えた。
「優しいんだな、お前・・・」
パトリックは雫の頭を撫でた。その時雫の顔は、わずかに紅みを帯びていた・・。

「ところで青年よ」
「わっ、なんだよじーさん、まだ起きてたのか?」
「ちょいと気になってな・・・まあ最も、もう心配はないようだがね。ところで・・・何故君は我々を護ってくれる気になったのだね?」
真船の問いに、雫もちょっと興味ありげにパトリックの方を向いた。パトリックは一瞬戸惑ったが、やがて静かにこう言った。
「嫌なんだよ。もう、あんな思いはな・・・」
二人は、それだけでは説明になってないと少々むくれたように言った。
だが、彼の脳裏には、はっきりとあの男の最期が映し出されていた。自分のせいで殺されてしまった、あの自信過剰な武将ひげの男の顔が・・・・。


二人はすっかり寝てしまい、パトリックもうとうととしだした時だった。突如爆音が響き渡り、都心が明るく照らし出された。
「な、何事だ!?」
パトリックの眠気は一瞬で吹き飛んだ。凄まじい音に、真船、雫も目を覚ました。
「街が・・・燃えてるです・・」
「青年、一体何が起こったのかね!?」
「・・・・・・・・とうとう嗅ぎ付けられたみたいだな・・」

名古屋市内。かつてジラとバランが直日の神獣と戦ったその場所に、今はまた違う神獣が立っていた。茶色い毛に覆われた体に、人間に良く似た動き・・・魔神キングコングだ。
「真船ーっ!いる事はわかってるんだ、さっさと出てきたらどうなんだ!?うん」
キングコングの頭上に立っている古江が勢いよく叫んだ。そして、真船を捜すように手当たり次第に建物を破壊していく。都心近くまで走ってきたパトリックは、その光景に舌打ちした。
「くそっ、自衛隊はまだ来ないのか!?」
「いくら待ったってきませんです」
「何!?」
「自衛隊は戦車、戦闘機、その他全兵力をゴジラ討伐に向かわせたです。芹沢さんはスピップ号の気象、通信、動力の三つのシステムにハッキングしてますから、この情報に間違いはありませんです。」
さっきまで弱気だった少女が、冷静な口調で説明していく。
「むぅ、私のせいでこんな事になってしまうとは・・・」
「しょうがねえな・・・お前らはここにいろ!俺はあのゴリラ野郎を止めてくる!」
パトリックはそう言うやいなや、燃え盛る炎の中に突っ込んだ。
「パトリック!!」

依代展開!!

パトリックの傍に、光の粒子が収束し、巨大なイグアナの姿が形成されていく。それに気づいたコングは大地が裂けそうなほどの雄たけびをあげた。
「能無しゴリラめ、ローストチキンにしてやるぜ!」
「おやおやパトリック君、これは何のつもりかな?うん。ひょっとして、僕と戦うつもりかな?うん」
「うっせーな!おれはもう・・・テメーらの言いなりになるつもりはない!」
「それは・・・つまり裏切る、ってことかな・・・?」
古江の目が妖しく閃く。
「そういうことになるかもな・・・行くぞ!」
言い終わったと同時にジラがコングに飛び掛る。しかし、コングはジラの巨体を受け止め、ビルに向かって投げつけた。ビルは崩れ、瓦礫がジラに雪崩のごとく降りかかる。さらに別の瓦礫を投げつけて追い討ちをかけるコング。だが、ジラはすぐにかぶさっていた瓦礫を払いのけ、パワーブレスで飛んでくる瓦礫を吹き飛ばした。一瞬驚くコング。だが、すぐにナックル攻撃に切り替えた。ジラも身構える。油断なく攻撃をかわすと、その長大な尾をコングの脚へと叩きつけた。足元をすくわれ、見事に倒れこむコング。さらにジラは空高くに跳び上がり、コングにむかってダイブした。ハイジャンプキック。ジラの強靭な脚が、キングコングの胸に食い込む。と、同時に悲痛な叫びをあげるコング。ジラは、主の気持ちに応えるような俊敏な動きでコングを圧倒したのだった。
「ジラ、トドメだ!」
再びハイジャンプキックの体制に入るジラ。パトリックは完全に勝利を確信した。だが・・・・
コングに到達する前に、ジラは何かにはじき飛ばされた。地面を転がっていくジラ。
「な、何!?そんなばかな!」
「・・・・・!!」
その戦いをずっと見守っていた雫達は、信じられないような顔をした。何とそこには、コング以外の神獣がもう一匹、ジラを睨みつけていたのだ。その神獣―――古代恐竜ゴロザウルスは、高らかに咆哮した。

沖縄:石垣島
「ふぅ、案外大した事なかったな・・・」
キングシーサーの頭上で、関沢は動かない三つ首の竜を見据えた。
「ふ、まあこれで障害はひとつ消えたんだ。喜ばしいことじゃないか・・・っと、芹沢に報告を・・・」
………?
僕は・・死んだのか?いや、まだかすかに体の感覚がある。だが・・・動くのはちょっと無理そうだ・・。
ひょっとすると、生と死の間をさまよってるのかも。何もない空間に、何か光が見えるのは、そのせいか・・・。

ジラの喉元に噛み付くゴロザウルス。喘ぎながら暴れまわるジラ。しかしゴロザウルスは全く離れようとしない。そんな二匹が組み合っている間に、キングコングはゆっくりと起き上がった。
「やれやれ、結局二体目を出す事になってしまったか・・・まあいい。僕には、僕の獲物がいる・・・。」
言い終わったと同時に、コングは真船の方へと体を向けた。真船は背筋が凍りつくような冷たさを感じた。そして、恐ばった表情のまま固まってしまった。
「ま、真船さん!しっかりしてください!」
雫は真船を揺さぶるが、真船は完全に腰をぬかして閉まっている。迫るコング。雫はパトリックの方を見た。だが、ゴロザウルスに精一杯でとてもこちらに来ることは無理そうだ。
―――その時、雫の腕がガタガタと震えた。エビラが、無理矢理に飛び出そうとしている?
「だ、ダメ!私は、私は・・・あなた達を失いたくないの!」
雫はエビラの依代をギュッと抑えた。だが、エビラは尚も出ようとする。
「やめてっ!もう、戦いたくなんて・・・!」
――――――逃げちゃだめだ!
「えっ・・・?」
どこからともなく聞こえたその声。だが、雫にははっきりとその声を聞いた。
「だ、誰・・・?」
キョロキョロと辺りを見回す。が、誰もいない。しかし・・・すぐに、雫にはそれが誰なのかわかった。
「ひょっとして・・・あなたなの・・?エビラ・・・」
雫は腕輪から手をそっと離す。腕輪は、いつにない輝きを見せていた。
そして・・・彼女は決心した。

依代展開!です!

コングの目の前に、光の粒子が収束し、巨大なハサミが姿を現した。
「魚介王エビラ!!」
一瞬後ずさるコング。しかし、古江はもう少し冷静だった。
「ほう、これは海野のお嬢さん。芹沢殿に捨てられてどこへ行ったかと思えば、こんな所においででしたか。・・・・失礼だが、僕はあなたに用はない。さっさとそこをどいてくれないかな。それとも・・・あなたも僕の邪魔をする気かな・・・?うん」
「・・・・・・。」
「いくら芹沢殿のお気に入りだった娘だろうと、容赦はしないよ。僕は」
古江は狂気の笑みを浮かべた。そして・・・音もなく闘いは始まった。

その頃、ジラはようやくゴロザウルスを引き剥がすことに成功した。
「くそ、指示もないくせに結構やりやがる・・・・ジラ、大丈夫か?」
無論といった様子で唸るジラ。
「よっしゃ、じゃあ・・・・行こうか!」
ジラは走りながら跳び上がった。それにあわせるように、ゴロザウルスも跳んだ。
ジラのハイジャンプキック、そして、ゴロザウルスのカンガルーキックが正面からぶつかり合う。交錯。その音は、薄暗い夜空に戦いの終わりを告げた・・・。

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最終更新:2007年05月06日 21:53