三原山。そこにはポッカリと大口を開けた火口があり、そこには今も紅蓮の溶岩がまるでこの星の血潮のようにたたえられいて、時折それは海の波のように吹き出し、深い夜の闇を紅く染めていた。
その中で、ゆれる溶岩以外のものが蠢いていた。それは地底に住む者たち。
人間達は、それを怪獣と呼んでいる。
その紅い身体をもつ怪獣の名は
バラゴン。その名は、決して本人達が決めたわけではない。
ただ、人間達が決めた名前。それでも、その怪獣はバラゴン以外の何者でもない。
人間と、怪獣。
それぞれに、同じ命。
同じ時を歩んでいる。
ゴジラ ファイナルウォーズ リバース
~understand~
燃え滾る星の鮮血の熱でも、バラゴンには生きていける強固な皮膚と、生命力があった。
だが、それだけでは生きていけない。生き物というものには、食料が必要である。栄養を摂取せずに生きていくには、怪獣といえど難しい。もちろんバラゴンも例外ではない。彼らは時々地上に顔を出し、餌となる生き物を捕まえなければならないのだ。
今日もまた、バラゴンたちは狩りに出かける。
『達』といっても今はたった二匹しかいない。かつては数多く生息していたバラゴン達も、X星人の襲撃や、人間達の戦争に巻き込まれ、その数を激減させていったのだった。
三原山のふもとには、ちょっとした集落がある。彼らは、主にそこで獲物を収穫する。人間はほとんどいないが、代わりに彼らの飼う家畜がいる。それが狙いだ。
人間達が寝静まった頃、バラゴンの一頭は家畜の入れられた小屋に顔を突っ込む。そして次にバラゴンが顔を上げると、その口は火口のように真っ赤に染められている。
――――人間はグロテスクというかもしれないが、彼らにとってはコレが生きるということなのである。これが自然の姿なのである。これで何もおかしくはない。ないはずだ。
バラゴンが火口へと戻ってくると、ある異変があった。そこには、もう一頭のバラゴンがいた。だが、そのバラゴンは身体に無数の傷を負っていた。そして、そこからどす黒い血が絶えず流れ続けている。
バラゴンが駆け寄ると、もう一頭のバラゴンは蚊のようにか細く鳴いた。
このバラゴンは、新たな餌場を求めて遠出をしていたのだ。そこで・・・
――――人間達の攻撃を受けた。
人間達は、鋼の牙で容赦なくバラゴンを痛めつけた。ただ、野を進んでいただけなのに。
バラゴンは必死に傷を癒そうと口を当てて舐める。
しかし・・・誰の目にも、その命は絶望的だった。
それだけじゃない。もうすぐ三原山は噴火を始める。この地響きはそのせいだ。
たとえこの熱に耐えうる皮膚は持っていたとしても、溶岩そのものの中ではバラゴンといえど生きていけない。
バラゴンは、もう一頭のバラゴンを抱えるように地中を掘り進んだ。
地上に出れば、また新たな住居が見つかる。そうすれば、この傷も癒せる。
それを信じて、バラゴンは硬い土を掘り進んだ。進み続けた。
――――それなのに
「由美子です、バラゴン出現しました!」
地上に出たその場所は
冷たい鋼の鎧を持った、人間達の兵器に囲まれていた。
たった一頭、それも傷ついた仲間・・・いや、家族を背負って闘うことなど、もはや死を意味するも同然だった。誰もが、絶望するような光景だった。
背後では、いつもは穏やかな三原山が怒りを抑えきれないかのように紅蓮の溶岩を吐き出し、もうもうと煙を吹き続けている。
それでも、バラゴンは咆哮した。自らを奮い立たせるため、萎えかけた気力を振り絞るため、そして
仲間を守るために
…生きるために。
その瞳は強靭は眼差しを生み出し、何より透き通るように澄んでいた。
バラゴンの、その勇壮な咆哮は、燃え盛る三原山の噴火の轟音に混じり合い、同時にこの戦慄の戦場に漂い続ける静寂を切り裂いた。
冷徹の兵器から放たれる閃光。決して暖かくない、決して血なまぐさくない、この星にあってはならないもの。その閃光は夜の闇を容易く切り裂き、バラゴンの皮膚をも焼ききった。
苦痛の叫びをあげるバラゴン。だが、その程度でこの勇みは揺るがない。冷たい鉄の塊を咥えると、そのまま一気に噛み砕いた。
まだ、闘える。
メーサー戦車の放火の雨の中を突き進んでいくバラゴンの、その一歩一歩の歩みは、なんとも奮い立っていて、力強かった。
このまま
このまま進めば
このまま進めば、生き残れる
しかし、最後に待っていたのは生身の人間。それも、戦場には似合わない、凛とした少女。
その少女は、立ちはだかるようにバラゴンの目の前に立ち、その姿に似合わない巨大な棍を振り回していた。
「・・・おいで」
彼女は静かに言う。何かに取り憑かれたようなその瞳は研ぎ澄まされたような冷酷さに満ちていた。――――まるで、さっきとは別人のように。
バラゴンが爪を振り構える。しかし、それより速く彼女の切っ先がバラゴンの首の皮膚を切り裂く。さらに間を置かずに今度は腹をえぐられる。
声にならない悲鳴をあげながらのけぞるバラゴン。
負けじと、今度は角で突進をかける。だが、あっけなくかわされた。まるで最初からそうくることが分かっていたかのような、洗練された動き。そして、勢いで止まれないバラゴンの足に切っ先が触れると、バラゴンはあっけなく地に転がった。
彼女は、その様子をただ見ていた。笑うでもなく悲しむでもなく、ただ、次の動きだけを見ていた。
懸命に足に力を集中させるバラゴン。だが、立ち上がる前に今度は腕に激痛が走る。また起き上がろうとすれば、また別の場所を斬られる。
そうやって、バラゴンはまるでおもちゃのようにいたぶられ続けた。
どれくらいそれが続いたのか、いつしか空はしらみを見せ始め、三原山も落ち着きを取り戻していた。
既に、バラゴンの身体は自らの血で紅く染め上げられていた。元々紅かった体はまるでこれから昇る朝日そのもののようだ。
バラゴンの最後の咆哮は、そんな朝を呼び覚ますような、弱々しくも力強いものだった。
「そろそろ・・・終わりがいいよね」
まるで尋ねるような口調で、彼女は言った。
相変わらず変わらない、鋭い表情。だが、その奥にある感情は果たしてそれと同じものなのか。
最後の一撃が、バラゴンの皮膚に突き刺さる・・・
だが、バラゴンは死ななかった。いや、死ねなかった。
最後の一撃は、バラゴンの元へは届かなかったのだ。
代わりに、身体を貫かれたもう一頭のバラゴンが、目の前にいた。
声を出そうとするが、思うように口が動かない。貫かれたバラゴンは、こちらを振り返って、ただ優しく鳴く。
バラゴンも、ないた。
――――目の前の光景が歪んでいく。美しい日の出も、彼の目にはグシャグシャになって、何だかよくわからない。
バラゴンは、ないた。
貫かれたバラゴンの声が、バラゴンの目を覚ますように海岸へと突き動かした。
仲間に託された最後の命を無駄にしないために。死ぬ事を分かっていたもう一頭のバラゴンは、バラゴンが海へと飛び込むのを見届けると、その役目を終えたように崩れ落ちた。
――――満足げな表情だった。
彼女もまた、バラゴンを追おうとはしなかった。振り返ることもなく、その命を真っ当した真の勇者を称えるように、ただ見つめ続け・・・
それは、ただの人間の都合でしかなかった。
ただ、彼らはその生命をありのままに生きていただけなのに
ただ、仲間を守ろうとしただけなのに
ただ、怪獣というだけの理由で
彼は、彼らは、全てを失った。
弱りきった身体で海を掻き分けていくバラゴンの瞳は、溢れ出る雫に満ちて、それに反射する陽の光りが、キラキラと眩しかった。
人間は、自分達に都合が悪いというだけで、たった二つしかなかった命を弄んだ。
地球の生命にとって、本当の怪獣は意味なく生命を消し去る人間自身なのかもしれない。
その時、人間達は今の『怪獣』と同じように、退治されてしまうのだろうか。
――――それこそ、『地球防衛』の名の下に。
その日、対岸にたどり着いたバラゴンが、遺体で発見された――――。
最終更新:2007年06月03日 01:27