太平洋。深い、蒼い、鬱蒼とした底のない水の大地が水平線をも越えて広がっている。
そこにもまた、生きる生命がある。ちっぽけな魚、巨大なクジラ。プランクトンだって、立派な生き物である。
海は、時に穏やかに、時に荒々しく、その表情を変える。
今日は、波一つもない本当に静かな、穏やかな海だった。
――――あの怪獣が現れるまでは。
ゴジラ ファイナルウォーズ リバース番外編
~ZILLA~
突然、海が盛り上がった。それは小山をも易々と超えるくらい大きく、広大な海を切り裂くように突き進んでいた。
だがその時、その山がもう一つ現れた別の山に衝突した。
飛び立つ水しぶき。そしてそれに混じりあうようにその山は正体を現した。
液体のような身体を持ちながらしっかりと固形を保つその身体。それでも、一部は蒼い海を黒く染めながら水に溶け込んでいる。
公害怪獣へドラ。
ヘドラは海上に顔を出すやいなや紅蓮の瞳を発光させて憤怒した。そしてヘドロに覆われた手から紅い光の奔流、ヘドリューム光線が放たれる。
穏やかな波を引き裂いて、ヘドリューム光線は先ほど現れたもう一つの山を直撃する。一気に水蒸気があたりを満たし、穏やかだった波はいつの間にか高さを増している。
光線の爆音が収まるともう一つの山も、その姿を水蒸気の中からゆっくりと現した。身体つきはまるで爬虫類のイグアナそっくりで、その背中には立派な背ビレが備えられている。
甲高い唸り声を上げながら、強足怪獣ジラは天を仰いで咆哮した。
ジラは再び水に身を潜まようと蒼黒い海中に飛び込む。
身体を横にうねらせながら、どす黒いヘドロの塊へとその身を滑らせていく。
そして足らしき部分に自らの牙を喰い込ませる。しかし、まるですり抜けたように手応えがない。気づいたヘドラはもう片方の脚でジラの脇腹に蹴りを入れる。
今度は岩のような硬さを持ってジラの身体にしっかりと突き刺さる。迸る激痛。思わずのけぞり、海上へと飛び出してしまうジラ。更にその不定形な身体には似合わぬ強烈なパンチ。
1万トンを超える重量を持つジラの身体が簡単に吹っ飛んだ。海面に叩きつけられる。苦痛の咆哮が水しぶきの中で幾重にも折り重なってこだまする。
かつてジラは、ここ一帯の海を牛耳っていた。それもたった一匹で。
だが、一匹は巣作りのために人間の密集する眠らない島、ニューヨークに上陸し絶命。もう一匹も突然狂ったようにシドニーに上陸し、命を落としてしまった。
それ以来、ただ一匹となったジラはこの太平洋で静かに暮らしていた。
だが、他の生物より優れた感覚が水質の微妙な変化を察知した。それが、ヘドラだったのだ。
元の穏やかな海を取り戻すには、この悪魔のようなヘドロの塊を倒さなくてはならない。そうしなくては、ジラ自信はもちろんの事、他の罪無き魚や哺乳類たちまで住む事ができなくなってしまう。
しかし、このヘドラは予想以上に強い。
態勢を立て直すように身体を揺さぶるジラ。それで、少しでも闘志を奮い立たせたのだろう。
ジラ特有の長大な尾がヘドラの顔面を叩きつける。しかし、やはりその攻撃はすり抜けてしまう。まるで雲を相手にしているかのような感覚。
あざ笑うかのようなヘドラの奇声。それと共に放たれるヘドリューム光線。
水蒸気が立ち昇り、水しぶきはまるで突き刺さるようにジラの体に鋭く張り付く。
打撃では全く勝ち目はない。なら・・・
ジラは首をもたげながら、勢いよく息を吸い込む。同時に身体に入りこむように目の前から消えていく蒸気。そして、次の瞬間巨大な大気の渦がヘドラを吹き飛ばした。パワーブレス。吸い込んだ酸素を口内で蓄積し、二酸化炭素に変換して一気に吐き出す技。海に生息するため、肺活量が大きいからこそできる技だ。
ヘドラの身体は発泡スチロールを崩したように弾けとんだ。
ヘドロの雨が降る中、ジラの勝利の咆哮が天を切り裂く。
バラバラになったヘドラを確認し、ジラは海中へ戻ろうと身を沈めた。
――――だが。
ジラの身体に突如襲い来る、焼きつくような痛み。再び紅い閃光が海を荒らす。
ジラは驚愕した。そこにいたのは、塵と化したはずのヘドラだったのだ。
しかも、飛び散ったヘドロを吸収し、どんどん大きくなっていく。見上げるほどに巨大なヘドラ。
もはやパワーブレスも意味を成さなくなった。ジリジリと後退するジラ。こうなっては自分にはもうどうすることもできない。
先ほどのお返しとばかりに襲い来るヘドリューム光線の雨。その中で、腕に、背中に、胸に次々傷を負っていくジラ。満身創痍。薄れいく意識の中で、ジラは死を覚悟した。
その刹那、青白い閃光がジラの真上を駆け抜け、ヘドラの腕を貫いた。
苦痛の叫びを上げるヘドラを尻目にその閃光が現れた方向へ振り向くジラ。
そこにあったのは
そそり立つような漆黒の身体は夜の闇よりも黒く染まり、何者も寄せ付けぬ鋭利な背鰭は光りのように白く透き通り、そして巨大な重々しい咆哮は、貫禄を感じさせる、まるで王者のような威厳にあふれたものだった。
ヘドラの矛先が漆黒の怪獣へと向けられる。さっきの攻撃がよほど頭に来たようだ。閃光の束が降り注ぐ。見るからにさっきよりも強力だ。その全てが漆黒の身体に突き刺さる。
迸る爆音。立ち込める爆煙。
緊張が走る。あの怪獣は・・・死んだのか?
だが一瞬後、爆煙を突き破って青白い閃光が大空を切り裂く。
そして、ゆっくりと煙の向こうから姿を現す―――怪獣王。無傷の身体を見せ付けるように天を仰いで咆哮した。
口内が熱で揺らぐ。危機を察知したヘドラはヘドリューム光線を乱射した。しかし、効果がないことはさっきの攻撃で誰もがわかっている。
その時だ。その怪獣が、こちらをじっと見て、何かを合図した。
―――撃てというのか?一緒に。
だが、あいにくジラは光線を持っていない。それでも、その怪獣は自分を待っている。
―――できるのか、自分に。
わからない。だが、その怪獣は自分を待っている。
ならば・・・
ジラは、思い切り大きく息を吸い込んだ。たとえできなくても、助けてくれた怪獣の足手まといになるのはごめんだった。
漆黒の怪獣が蒼き熱線を放つ。そしてジラも溜め込んだ息を一気に解き放った。
その時、ジラが吐き出したのは・・・パワーブレスではなかった。
自分でも初めて見る、紅色の熱線。それは確実に、自分の口から伸びている。
眠っていたものが呼び覚まされたように、それはジラに応えてくれた。
そして蒼い熱線と紅い熱線、その二つは徐々に折り重なっていき、紫煙の光へと変貌していく。ヘドラにはもはや、成すすべなく消え去るほかなかった。
ヘドラが蒸発し、海は静けさを取り戻す。
ゴジラとジラ。2頭はお互いを称えあうように見つめあっている。
その瞬間―――最強の仲間〈タッグ〉は誕生した。
ゴジラは東へ向かう。目指すは遥かな故郷、日本。ジラもまた、日本へと身体を進める。ゴジラが我が海を護ってくれたように、今度は自分がゴジラを守護する、と。
空に昇った夕日は、2頭の出会いを祝福するかのように、海の蒼を紅く染めていた・・・。
最終更新:2007年06月03日 01:27