―――どうしてこんな事になってしまったのか。
私の隣には、目の前の目標をジッと睨み付ける新人のミュータント、家城由美子。
それに向かい合うように、二人の男女が座っている。河原田勇介と、霧島麗華。この二人は、M機関に所属しているわけではないのだが、ある事情同行することになり、今こうして対峙している。
家城がその目標に手をかける。真剣な顔つきは、さっきまでの気楽そうな顔とは違って引き締まっている。そして、ついに目標を掴むその手を引き抜いた―――
「うええぇ、またババ~っ!?」
「はい、上がりですわ」
電車の中の小さなテーブルの上に積み上げられたカードの束。
「ゆみさん、これで何連敗ですか?」
「うぅ、言わないでください~」
頭を抱え、唸りだす家城。頭かくしてなんとやら、その姿はさながら甲羅のない亀のようだった。
「ていうか、ユイさんがいいカード持ってないせいですよ!」
眼を潤ませながら私を睨み付けてくる家城。
「いや、そういわれても…」
「まぁまぁ、そう怒らずに」
「ということで、お昼はゆみさんの奢りということでよろしいかしら」
「霧島さん、容赦ない…」
「勘弁してくださいよ、今月のお給料もうほとんど残ってないんですよ、うぅ…」
和気藹々とした車内。私は、何かの温泉旅行のツアーと間違えたのだろうか。ひとつ、ため息をつく。
―――どうしてこんな事に。
事の発端は今から昨日の正午。
「調査任務…ですか?」
「ええ、できるでしょ?」
父の葬儀に唐突に現れ、任務を言い渡してきた人物は准将、神崎瑞穂。
「しかし…私には別の任が」
国連事務総長、醍醐直太郎の護衛。それは、常に私と共に存在する任務。警護については、准将も知っているはずなのに。
「……いやなの?」
威圧的な視線と共に繰り出される、何かどす黒いものをはらんだ微笑。
「いえ、やります…」
―――元より断る気はないのだが。
幼少の頃から教え込まれてきた、軍人としてあるべき姿。命令に従い、正確に任務をこなす。そこに善悪、私情は必要ない。父も、葬儀よりこの任に赴くことを望んでいるはずだ。
「ん、それじゃお願いね♪場所は、他の子達が知ってるから」
「…は?」
そして、何故か組まされたのがこの3人。
「あら根岸さん…どうかしまして?顔色が悪いですわよ?」
「あ、それだったら何か飲み物を…」
そもそも、この河原田と霧島はM機関の人間ですらない。
この腰の低い男、河原田勇介は地球防衛軍第3航空隊所属のパイロットだ。ドッグファイターの操縦にかけては類稀なるセンスを発揮するというが。
所詮パイロットはパイロットだ。戦闘機がなければ何も出来ない、ただの足手まといだ。それにこの女―――霧島麗華。
元は航空隊でエースと務めたという功績がある反面、一部では裏の人間として知られている。この女の噂は耐えない。黒い噂だ。情報操作、麻薬密売、スパイ、暗殺―――あくまで噂かもしれないが、そういった噂には、何かしら背景があるものだ。
私達の前では温厚的に振舞っているが…この女に心を許してはいけない。そして、隙あらばその仮面の下の素顔を暴いてやる。
そして、なにより問題なのは―――
「ひょっとしてユイ先輩、乗り物酔いとかするタイプですかぁ?」
隣に座る家城由美子が、腑抜けた顔で尋ねてくる。
そもそも、こんな平和ボケをした頭の中が一年中お花畑のような娘に、M機関の一兵が務まるのだろうか? 学生の演劇とは違うんだぞ。入隊させた機関も機関である。こんな空気の抜けたような女でも入隊できるようになったとは、風間少尉が健在したあの頃とは違って、随分甘くなったものだ…。
しかし、噂では先の
ヘドラ事件でヘドラにトドメを刺したという。…大方、情けで手柄を譲ってもらったのだろうが。
とにかく、こいつらに任せるわけにはいかない。私一人ででも、任務を遂行せねば…。
「あっ、見えてきましたよ!目的地が」
窓から家城由美子が指さした先にある、小さな孤島。澄み渡るほどに真っ青な海の端にちょこんと浮かんだその島には、かつてM機関の実験場があったという。
―――ゾルゲル島。人間の世界から隔離された、忘れられた島。
「頑張りましょーねっ!」
馬鹿でかい声ではしゃぐ家城に、二人はにこやかに返事をする。
―――どうしてこんな事に。
私は、深いため息をついた。そもそも何故、こんな連中と一緒に任務をしなければならないのだろう?
―――何か考えがあるのだろうか?准将の考えはわからない……。
答えの出ぬまま、私は目的地へ向かう船へと足を踏み入れた。
「これでよかったんですか、教官♪」
窓からの日差しを受けながら、午後の紅茶を楽しむ瑞穂が熊坂に尋ねる。なんだか楽しそうだ。
「ええ」
「でも、大丈夫ですかねー?」
「根岸なら大丈夫なはずです。そろそろ家城にも、軍人として自覚を持ってもらわないと」
一昨日、仕事を丸一日サボったゆみについに業を煮やした熊坂は、M機関の中でも特に忠誠心の高い、生粋の軍人である
根岸ユイをゆみの『しつけ役』として目をつけた。彼女はどんな状況でも任務を最優先にする…ゆみにペースを取られることはない。そうなれば、自然とゆみも何かが違う事に気づくだろう。
「でも、私は今のままでもいいと思いますけどね~」
カップを口に運びながら、笑顔でそんなことを言う瑞穂。
「いいえ、あいつはまだわかってないんです。M機関に入ったものとしての覚悟というのが」
「ふふ、親バカ♪」
「なんですか、それ。 ―――そういえば、後二人ほど同行させたようですがあれは一体…?」
「ふふ、ちょっと野暮用です♪」
首を傾げる熊坂に、瑞穂はいつもどおりの微笑みを向けた。
その島は、さながら深い眠りについているようだった。
鳥や獣の声さえしない。聞こえるのはシダの葉のさえずりと、自分達の足音だけ。逆にそれが、不気味さを醸し出していた。
「ユイせんぱ~い、ホントにこんな所にいるんですかね?」
先ほどまでの緩んだ顔つきから一変して、ひぃひぃと険しい顔をしながら必死に私の後を追う家城。
「それを調査するのが任務だ」
―――先日、この島の近海にいた漁師が、巨大生物の飛び去る姿を目撃したという。その巨大生物はすぐに飛び去ったという話だが、野放しにしておけばどんな被害が出るかもわからない。それに、先日からちらほらと活動が目撃されているX星人が何か企てているという可能性もある。そこで、巨大生物の真実の有無を調査しに私達が派遣されたというわけだ。
「それより、ちょっと歩くの速くないですかぁ? 私、そろそろ休憩したいんですけど」
家城が精気のない声で言った。見ると体中汗だくで、今にも座り込みそうな感じだ。
私達は鬱蒼としたとした森林の中にいる。どっちを見てもあるものは木や草ばかり。しかも無人の島である。迷ってしまえば遭難も十分にありえるだろう。
「…ついて来れないなら置いていくだけだ。私はお前個人のために任務を遅らせるつもりはない」
私情は関係ない。染み付いた記憶にある言葉。そう、有事は待ってはくれないのだから。
―――そもそも、この程度で根を上げるなんて…。やはり、この女は何もわかっていない。
「ま、待ってくださいよ!」
「一人置き去りにされるのが嫌だったら黙ってついて来い。私は待つつもりはない」
全く変わらない足取りで私は歩く。少ししてから、慌てて立ち上がった家城の足音が後ろから聞こえてきた。
―――そういえばいつだっただろう。遠い昔…私もまた、上官のペースに息が上がり、倒れそうになったときがあった。
「…もう、歩けません」
ひどく暑かったことを覚えている。砂漠の地面に膝をついて息を荒げる私に、あの人は言った。
「ならば、ここにいろ。オレは待つつもりはない」
彼が背中を向けた。そして、一歩、二歩と歩みを進めていく。砂を蹴る音だけが、虚しく響いていた。
―――本当に、置いていかれてしまう。
私は動かない体に鞭をうち、無理やり足を動かした。一歩、二歩。足が、棒のようだった。
「オレの使命は攻めることだ。守ることはしない。…足手まといになるなよ」
「……はい」
自分の身は、自分自身で守れ。あの人はそう言いたかったのだろう。そしてそれは同時に、無理をする私を案ずる言葉だったのだと思う。
砂塵の中に現れる巨大な影、アントラー。
「―――いくぞ」
足手まといは、嫌だ。役立たずと言われるのは―――もう、ごめんだ。
私は、風間少尉の背中を追いかけて跳んだ。
しばらく歩くと、開けた草原にたどり着いた。まさに未開の地といった感じで、流れる小川のせせらぎも、吹き抜けるさわやかな風も、その何もかもが澄んでいるようだった。
ここからなら、島を一望できる。異変があるなら、すぐに察知できるはずだ。
「うわぁ、綺麗ですね~!こんなところでキャンプとかやったら、それはもう最高でしょうね!」
まるで子供のようにはしゃぐ家城は無視して、私は小型の双眼鏡を取り出した。
「今のところ、特に異常はないか…」
そのとき、ふと視界に入った小さな建物。見たところ既に荒廃しているようだが、まだ動いているシステムも幾つかありそうだ。滑走路にはドッグファイターが一機。周囲を森林に囲まれたその場所は、まるでその空間だけ拒絶されているかのような違和感を持っていた。
こんな無人の島に、建物…?更に双眼鏡のグリッドを絞ると、その建物の壁に掲げられたシンボルのようなマークを確認できた。
―――それは、我々が見慣れたものだった。
「あれは…」
鷲と平和を象ったシンボル。…M機関の掲げた、象徴。
「霧島さん、ここは一体…?」
河原田が不安そうな面持ちで前を歩く霧島に尋ねる。
「もしかして河原田さん、恐いんですの?」
くすくす、と悪戯っぽい笑みを浮かべる霧島。河原田は、そんなわけないじゃないですか、といかにも無理しているようなひきつった笑いを表に出した。
目の前に聳え立つ、不気味な建造物。ツタが伸び、亀裂の走ったその建物はまるで廃墟そのものだった。
「それにしても、何か出てきそうな感じですね…」
「そのときは、わたくしを守ってくださるんでしょ、河原田さん?」
え、と思わず言葉を詰まらせてしまう河原田。そんな様子を楽しむように、霧島はもう一度恍惚の笑みを漏らした。
内部は薄暗く、至る所に埃が積もっていた。が、書物や機械はまだ綺麗に整理されていて、掃除さえすれば十分施設として機能できそうだった。
「ところで、准将の言っていた『探し物』って…」
「ただの報告書ですわよ」
「え、ただの、って…そんなために僕達派遣されたんですか?」
「…カッコいい最終兵器でも出てくると思いました?」
そうじゃないですけど、といいながら脱力する河原田。もうちょっとそれなりのものを期待していたのだろう。
一室のドアをくぐる。木製の扉はきぃ、と気味の悪い音を立てていとも簡単に開いた。
―――最終兵器、ね。
実は、あながち間違ってはいない。そこに記されているものは、ある兵器の開発プランだ。それも、世界の軍事バランスを一気に突き崩せてしまえそうなほどの。名を、オキシジェン・デストロイヤーという。数十年前、ある科学者が偶然開発し、初めて姿を現したゴジラを死に至らしめたという、究極の酸素破壊剤。それを再現しようと、この実験場は造られた。しかし、結果は失敗の連続。M機関本部からは、実験の中止を言い渡され、結局それの実現は成しえなかった。
しかし、何故今になってこんなものを回収しろというのだろうか。
瑞穂には処分するためと言われた。だが、それが今頃である理由が不明確だった。怪獣頻出の原因であったヘドラはもういない。製造するという理由であったとしても、それでは道理にあわない―――はず。
ふと、霧島は本棚の中の、ひとつの分厚い書物の前で足を止めた。二百項を超えそうなほどの記録書。時刻、内容まで事細かに記載されたそれが丁寧に重ねられ、留められている。
その内容を飛ばし飛ばしにめくっていく霧島。そして、あるページで手の動きが止まった。
「これは…」
どこかで見覚えのある顔が並ぶ。紙面の端は老廃し、ぼろぼろになってしまっているが。
ひょっとしてこれは、昔の―――写真?
だが、次のページをめくろうとした直後、まるでそれを意図的に邪魔するかのように建物全体が激しく揺れだした。
「な、何!?」
衝撃に、硝子が割れる。部屋一面に飛び散る破片。霧島は咄嗟に机の下に滑り込んだ。
地震か?
河原田が一足先に外に出る。
「いや…地震なんかじゃない!」
突風のように何かが駆け抜けた。木々をなぎ倒し、砂塵を巻き上げながらソレは澄み渡る空を蹂躙する。
独特の四枚の羽、四本の足。そして、何より人の目を引く両手に生える巨大なカマ―――それは、世間一般の蟷螂に酷似していた。ただ普通と違うのは、その大きさだ。40mは超えるであろうその巨躯に、河原田は一瞬たじろいだ。後から追ってきた霧島も、それに習う。
「目撃されたのは、この怪獣…?」
巨大蟷螂の、擦り切れるような甲高い咆哮。まるで、招かれざる客を追い返そうとしているようだ。
急に、河原田が走り出した。
「どうする気!?」
「ドッグファイターで応戦します!」
ドッグファイター。防衛軍の所有する主力戦闘機。だが、こんな捨てられたも同然の施設に置き去りにされた旧式ドッグファイターが、果たして動くのか?
しばらくして、低いエンジン音の唸りが聞こえてきた。昔、よく耳にした音。
「整備もされてないはずなのに…」
それは奇跡だったのか。滑走路を走りぬけ、霧島の長い髪を乱させながらドッグファイターは大空へと羽ばたいた。
空への道のように続く、飛行機雲。太陽まで一直線に続く、柔らかな一筋の道。霧島は、それを遠い眼差しで眺めていた。
「いつの間に、こんなに汚れてしまったんでしょうね、私は…」
海面に、白い尾を引きながら飛び回る巨大蟷螂。まるで誘っているかのような動きで、自分からこちらに攻撃してくる様子はない。
ならば。
ドッグファイターのミサイルが火を噴く。高誘導性の対空ミサイル。如何なる怪獣であれ回避することは不可能に近い。―――しかし。
あろうことか、敵の巨大生物はそのミサイルをかわしてみせた。鮮やかに空中に弧を描き、そのまま目標を失いよろめくミサイルを切り裂く。青い空に広がる、紅い炎と黒い煙。
「そんなっ!? だったらこれで!」
まだひるむわけにはいかない。今度は固定装備の機銃が唸りをあげる。しかし、蟷螂の動きに翻弄され上手く狙いが定まらない。
速さなら、むしろドッグファイターのほうが速い。しかしあの巨大生物は、それを補うだけの旋回性能があった。まるで、高速で飛び回る戦闘ヘリ。
空を切った弾丸は、静かに波打つ海面に虚しい音を立てて沈んでいく。
「くそ、どうすれば…!」
突如、機体全体を衝撃が襲った。気がつけば、後ろに付かれている。振り切らなければ。
だが、やはり放置されていた整備もされていないドッグファイターでは限界があった。攻撃されるたび、みるみるスピードが落ちていく河原田の機体。
コックピットからも火花が散り、警告音が耳を劈く。これまでか…
トドメの一撃とばかり、蟷螂は右手の大カマを閃かした。
そのとき、蟷螂の目の前を一条の閃光が駆け抜けた。突然のことに驚き、慌てて飛び去ろうとする蟷螂。
河原田の眼に飛び込んできたのは、岬に立つ根岸ユイの姿だった。しかし、それよりも眼を奪われたのは、彼女の持つ巨大な銀色の『何か』だった。
ドッグファイターから見てもはっきりと形のわかる、花びらのような―――桜を思わせる形のそれ。ユイの背丈を易々と越える大きさのそれは、まるで巨大な花そのものだった。
銀色の花、か。閃光はアレから放たれたのか?
まもなくして通信が入る。
「二等空尉は離脱しろ。後は私がやる」
これを使うことになろうとは。
私の手に握られた巨大な『砲塔』。砲身は植物の蔦のようなものが幾重にも折り重なり、有機的なものにさえ見える。
―――プラズマグレネイド。M機関が最新鋭技術を結集して開発した次世代兵器第1号。
『ある実験』により今日アウトロールされ、そのテストプレイヤーとして私が選ばれた。今回の任務には、実戦テストの意味合いも含まれていたのだ。
それにしても、予想以上の反動だった。まだ右腕の痺れが収まらない。更に、この蔦…あろうことか、私の手にしっかりと絡み付いてくる。まるで、ようやく見つけた宿主を離すまいとするように。まさか、本当に生きているわけではあるまいな…。
「せ、先輩大丈夫ですか!?」
はらはらした様子で近づいてくる家城。私がそんなに辛そうな顔をしているんだろうか。
「いい、お前は離れていろ」
「ですけど…」
「足手まといだと言っているんだ!いいから黙って見ていろ!」
何故かこいつの同情に苛立ちを感じていた。私が怒鳴ると、とうとう家城は俯いてしまった。
蟷螂の巨大生物―――
カマキラスは、一旦は落ち着いたようで、着陸態勢にあるドッグファイターに再び襲い掛かろうと急降下の体勢に入っていた。
「させるか」
2発目のチャージに入る。収束する光の粒子。痺れる腕に容赦なく襲い来る激しい振動。体が、分解しそうだ…。だが、チャージはやめない。この蔦の『意思』がそうさせているかのような感覚で、私の体は構わず攻撃に剥いていく。更に締め付けてくる蔦。痛みと痺れに、感覚が奪われていく。この腕が、自分のものかさえわからなくなってきた。
「…っく」
垂れてくる冷や汗もおかまいなしに、私はカマキラスに照準を定めた。
臨界まで溜まった紫色の光が、渦となって解き放たれる。光の奔流、それが一直線にカマキラスに向かって走り抜ける。標的しか見えていなかったカマキラスは、羽に攻撃をまともに受けてしまい、砂浜へ思い切り体を叩きつけられた。
「ぐっ…」
この身をえぐるような、息もとまりそうなほどの衝撃。撃墜した喜びなどどこにもない。撃墜を確認することすらままならず、私は肩膝をついた。
「ユイ先輩!」
家城が駆け寄ってくる。だが、それを相手にできるほど、今の私に余裕などなかった。
「もうやめてください先輩!」
「どけ…まだ敵は死んでいない」
「もう十分ですよ! それに、先輩の苦しそうな姿、みたくありません!」
家城は、今にも泣き出しそうな声を振り絞って叫んだ。
―――言われて、初めて自分の表情が苦痛に歪んでいることに気づいた。何故…殺すことにここまで必死になっていたのだ、私は。
この武器のせいか?
いや、恐らくは違う。これが任務だからだ。今までどおり、任務を忠実にこなしているだけ。例え、この身を削ってでもいつだって任務は最優先でなければならない。
―――ならば、この違和感はなんだ。この行動そのものを否定されているかのような、違和感。
私は最後の一撃を構える。心を、使命で押さえつけて。だが、横たわるカマキラスを捉える照準に、何かが割って入った。
―――ああ、そうか。お前がいるからか、家城由美子。
カマキラスを庇うように、彼女は砲塔の目の前に腕を広げ仁王立ちしていた。
「…どけ」
「どきません」
「どけ!」
「嫌です!」
はっきりと自分の『意思』を持って、家城は拒否した。
「どうして! どうしてそこまでして貴方は任務を優先するんですか!?命を消そうとするんですか!?」
「命、だと…? ならば、怪獣が命を殺めることは許すというのか」
「そうじゃない! 私は、もっと理解しあうべきだと思うんです。理由もなく暴れる生き物なんて…きっと、いないから」
「下らないな。…さっさとどけ。でなければ、私はお前ごとでも撃ち抜く」
私は、脅せばどくと信じていた。何より、学生のヒーローごっこ同然の女に、覚悟などないと思ったからだ。だが。
「撃ちたければ撃ってください。私は何があってもどきません」
「…わかっているはずだ。私は任務を優先する。後で後悔しても、知らないぞ」
「構いません。それで、貴方の目が覚めるなら」
まっすぐな、射抜くような視線。その視線に、私は相手の眼を見つめることができなかった。…腕の痺れはまだ収まらない。
「…撃たないんですか?ユイさん」
「この…!」
その言葉に、咄嗟に指がトリガーにかかる。無様にも、震えた指が。
―――撃たないのか? 今まで任務を優先してきた私が。私情を捨て、命令に服従してきた私が。 いや、そうじゃない…
―――撃てないのか?
「…勝手にしろ」
私は、表情を読み取られないように後ろを向いた。同時に、プラズマグレネイドをしまう。スイッチを押すと、それはビーズのように一瞬で光となって弾け、小さな腕輪として私の腕に収まった。プラズマグレネイドの真価は、その質量を自在に変化させることにあるのだ。
カマキラスの横たわる砂浜へ、一直線に走っていく家城の足音が私の背中に突き刺さった。
事態は終息した。家城の提案で、カマキラスはM機関で保護されることが決定した。今後の戦力にするか否かは、これから上層部が決めるだろう。
あの時―――もしプラズマグレネイドの3発目を撃っていたら、どうなっていただろう。家城はかわすことなく、自ら閃光の中に飲まれることを選んだのだろうか。
後日談だが、プラズマグレネイドの反動は予想以上に私の体を蝕んでいたらしく、もしあのまま使用を続けていたら命に関わっていたという。
ひょっとして、それを見越して?
しかし、すぐにいや、と首を振る。あいつはそんなに頭のきれるヤツじゃない。
それでも―――彼女のおかげで、『2つの命』はこの地球上から消えずに済んだのだ。
「ユイ先輩、腕…本当に大丈夫ですか?」
帰還途中、家城が心配そうに私の腕を覗き込んできた。何を思ったか、河原田と霧島は別の席にいたため、今は二人きりだ。
「ん、ああ…」
上手く言葉に出来ず、曖昧な言葉しか発せない私。
「無理…しないでくださいね?」
そういって、家城は私の腕をさすった。まるで割れ物を扱うように、繊細な手つきで。
―――それがなんだか暖かくて。その暖かさが、無くなっていた腕の感覚を取り戻してくれたように思えた。だから、思わず私は…
「―――」
「え? 今、何か言いました?」
「な、なんでもない…あまりひっつくな、暑いから」
「え~、いいじゃないですか♪」
きっと、暑いのは家城がくっついているせい。顔が、ほのかに赤いような気がするのは、きっと夕日のせい、だと思う。
「これが、今回の依頼で回収した報告書です」
「はい、ご苦労様♪」
草木も眠る丑三つ時。霧島は、渡しそびれていたゾルゲル島で回収した報告書を机の上に置いた。瑞穂は、いつもと変わらない表情でそれを受け取る。
「ところで瑞穂さん…あの場所は一体なんだったのですか?」
「あの基地のこと? さぁ…M機関設立当初に開設された施設のようだけど。それの調査も含めて、この報告書を取りに行ってもらったんだけどね」
「…そうですか」
「……どうかしたの?」
少しだけ不安げに、瑞穂は霧島を案じるような仕草をする。それを跳ね除け、「いえ、別に」とだけ残して霧島は踵を返した。
「…なるほど」
何を考えているのか、なんとなく読めてきた。この時期に、『あれ』を取りに行かせなければならなかった理由。…そして、何故あのような場所にカマキラスがいたのかも。
「私を、少々甘く見すぎているようですわね…」
夜空の中を振り返る。そこに映ったのは、高々と掲げられた地球防衛軍のシンボル。
不敵な笑みがこぼれた。―――そして、心の中に誓う。
私は、M機関を―――潰す。
最終更新:2007年11月17日 19:54