眼下に燃え盛る炎。その中に揺らめく、殺陣と閃光。だが、数では圧倒的に勝っているはずの部下達が劣勢を強いられていることは、火を見るより明らかだった。
「…やはり、思念も持たない量産型の雑魚では話にならない、か……」
モニタに映るX兵の無数の残骸。舌打ち混じりに呟く彼―――ゴロザウルスの一件でゆみと戦った少年、樋室ジン。
モニタの中の戦闘はほぼ終息を迎えようとしていた。次第に、動くもののほうが少なくなってくる。相手の活躍ぶりは目覚しいものだった。無数の雑魚を相手になぎ倒していく彼らには、敵であれ賞賛を送るべきであった。特に―――この男。
たった一人でX兵をなぎ倒していく男が映し出される。
―――やはり、カイザーの力は一線を画しているということか。
先鋒の侵略部隊、前統制官を倒した男、尾崎真一。同じカイザーでありながら、その力は圧倒的だったという。半ば信じられずにいたが、自分の目で確かめてみればそれは確かに認めざるをえないものだった。
「仕方ないな…ちょっと早いけど、そろそろ本番にしよう」
ジンが両腕をすっと頭上に伸ばす。
「……しかし、絶対やらないといけないのか、これ?」
やや赤面しつつも、これは伝統だから仕方ないと割り切ることにした。そして、咳払いひとつ彼は張り裂けんほどの叫び声とともに両腕を振り下ろした。
「ガイガーーーーーーーーン きどーーーーーっ!!!!」





ユイの駆るバイクが到着した頃には、M機関本部は天まで届きそうなほどの炎に包まれていた。炎の壁を前に、ゆみは呆然と立ち尽くす。さすがのユイも、一瞬動揺を隠せなかった。
―――今や第二の故郷といっても過言ではない、M機関。入隊試験や訓練の日々、ゴキブリ騒動…短い間でも、たくさんの思い出がある。しかし、その全てが今は、狂乱の朱に染まっていた。
「…っ!」
拳に力と想いを込め、ゆみは今直燃え盛る炎に向かって走り出した。
「遅いぞ!どこで油を売っていたんだ!?」
初めに私達を出迎えたのは敵ではなく、物凄い剣幕をした地球防衛軍少将の国木田さんだった。険しい顔で私達を睨み、腕を組んで仁王立ちしている。
「すみません…担当していた事件に手間取りました」
ユイさんに釣られるように、私も頭を下げる。
少将が荒ぶるのも無理はなかった。…報告があったのだ。

「こちら防衛博物館警護班長の春日井…瑞穂、聞こえるか!?」
「は~い、聞こえてます♪ …どうかしたの?」
通信越しに聞こえる静奈の声。その必死の剣幕に、M機関上層部に緊張が走った。
「至急、一機以上の戦艦の出動を要請する」
「せ、戦艦…? 一体何が起こってるの?」
「いいから急いでくれ!ヤツラ、ついに……」
「え?何? …静奈、応答して!」
いつもは丸い声の瑞穂が鋭い声を発する。しかし、遠くで聞こえる喧騒が邪魔をしてしまって、静奈の声がかき消されてしまう。
―――その時、その喧騒さえも覆い隠してしまいそうなほどの、耳を劈く甲高い唸りが響いた。通信機越しからも激しく空気を振動させる甲高い、金属音のような唸り―――いや、それは唸りではなく咆哮と呼ぶにふさわしかった。
「この声…まさか」
瑞穂だけではない。切り裂くような咆哮は、その場にいる全てのものに恐怖と、絶望を刷り込ませた。そう、それは覚えのある咆哮音だった。
彼らの知りうる限り、このような機械質を孕んだ音の主はひとつしか思い浮かばない。
咆哮の主、それは―――



「―――ガイガン
ゆみの、全身が震えた。それは、隣にいるユイから見てもはっきりと分かるほど。
これまで、あの能天気な少女がこれほど恐怖に顔を歪めたことがあっただろうか?
手や膝は狂ったようにガクガクと打ちのめされ、眼はもはや焦点があっていなかった。
確かに、ガイガンは今まで戦ってきた怪獣とは格が違う。だが…ここまで恐怖するものなのか?ラドンや、ゴロザウルスとたった一人で戦った少女が。
「ところで、敵は…?」
とにかく今は、少しでも状況を打破しなければならない。おそらくここが攻撃されたのは、ガイガンを攻撃されないための妨害だ。ならば、ここを押さえれば多少なりとも向こうの思惑は崩れるはずだ。
「とっくに奥に侵入している。恐らく今はドッグファイター格納庫周辺にいるはずだ」
格納庫にはラドンとの戦いで損傷し、いまだ修理の終わっていない戦艦『コンスタンティノープル』もある。もし、発進する前に破壊されてしまったら…ガイガンを、野放しにするわけにはいかない。
「敵はまとまって行動しているのか…それで、敵の数は」
ユイがそう尋ねた途端、国木田の顔が一層険しくなった。そしてその瞬間―――更なる衝撃が走る。
「……1体だ」

「…サ、キ……?」
朦朧としていた意識が、だんだんと覚醒してくる。ぼんやりしていた目の前の少女の姿…初めは幻とも思ったそれも、はっきりと輪郭を現す。
「な、何で…なんで、こんなところに…」
はっきりと姿を認めても、私はまだ半ば信じられないでいた。だって、サキは…。
彼女―――有賀サキは、何も言わずこちらを見据えている。無の表情のそれに、私は少し戸惑った。まるで、亡霊を見ているようで。
サキは、私が立てないと思ったのか…すっと手を差し伸べた。蒼白な、血の気の引いた、右手。
「……!」
やはり、これは…亡霊? 彼女の、右手…『あの時』の記憶が、一瞬脳裏をよぎった。
差し出されたその手に、私は恐る恐る手を伸ばす。
―――確かに、触れた。
私は、『あるはずのない』彼女の右手に支えられて、ようやく起き上がった。
「…怜」
サキの声が遠く炎の中に響く。あの時と変わりない声。だが、抑揚のない声。
「…あの人が、待ってる……怜の事」
「…え?」
やっぱり、私の目の前にいる彼女は、亡霊なのかもしれない。だって、サキは『あの時』―――死んだはずだから。

奥に進むほど、炎は勢いを増した。そして、血を流しピクリとも動かないミュータント兵士達の姿も。目を覆いたくなる光景だった。
「…名うての兵士もいたはずだ……それを、たった一体で…?」
救護班と消防が慌しく動いているのを見つめながら、私は半ば呆然としていた。
「ユイ先輩…」
「ん?」
「ダメ、ですよ……」
深刻な表情をみせるゆみ。体の震えは、まだ収まっていない様子だった。ほとんど錯乱状態に近い彼女を、私は目を覚まさせるようになだめる。
「落ち着け…なんとかなる」
「無理です…無理ですよ。これだけの数がいても倒せなかった敵を…私達だけでなんて、無理に決まってるじゃないですか。それに、ガイガン、なんて……ダメ、ダメだよぉっ…!」
髪の毛をくしゃくしゃに掻き乱しながら崩れこむ家城。朱の炎に共鳴しているように、オレンジの髪が暴れる。
―――確かに、私とこんな状態の家城でははっきり言って勝ち目はないと思う。
しかし―――
『守ることじゃない…攻めることが使命だ』
そう…負けるとわかっていても、戦わねばならない時がある。それが、例え死に最も近い場所であろうとも―――
だが、その時。
「ええ、無理ですよ」
「…!?」
突如響く、第3者の声。私と家城以外、誰もいないはずの部屋。しかし、その直後殺気が襲った。高速で回転する、鋭利な『何か』が私達に牙を剥く。
「避けろ!」
私は、何も気づいていない家城の前に立ちはだかった。
「えっ…?」
呆気に取られる家城、次いで私の太ももを掠める高速回転する物体。
「ユイ先輩っ!」
「心配するな、かすり傷だ。…それより」
滲む紅い傷を押さえつつ、私は目の前の影を睨み付けた。
いつの間に姿を現したのか、目の前には漆黒を彩った赤髪の青年が立っていた。
闇夜に映える服装と、手に握られた鋭利で、物騒な代物を見ればわかる。金属質を持ったヘッドバンドが炎の中に鈍く光る。
家城や、松本少尉の遭遇した個体とは違うようだが、恐らくそれは―――
「私の名はリオ…リオ・レオリナ。君達のいうX星人です。以後、お見知りおきを」
その青年は、高貴貴族のような紳士的な礼とともに答えた。
―――やはり。…にしても、随分と礼儀正しいヤツだ。いや、有無を言わさず武器を投げつけてきた相手に礼儀も何もないかもしれないが。
「はぁ、どうも…」
「そこ、返さなくていい」
それにしても、コイツがたった一人でこの惨状を作り上げたのか?確かに不意打ちは食らったものの、はっきり言ってこの程度の攻撃でM機関そのものが危機に陥ることはまずありえない。何か王手となるものを隠し持っているのか。それとも…
「どうかしましたか…根岸ユイさん? ―――安心してください。これは私が成した事ではありません。この惨劇のすべてを行った、あなた方の追うべき相手はこの先にいます」
イヤミのない微笑みが、逆に私の神経を逆撫でした。全てを見透かしたような、優美な構え…それに、私の名前まで知っていた。この男、まさか読心術でも使えるのか?
だとしたら次に為す行動も、作戦も、すべて筒抜けということになる。そうなれば心理戦…?相手に行動を読まれないためには、複数の心情を張り巡らすか、心を無にするしかない……ああいやしかし、隣にいる能天気娘にはそんな芸当はできそうもない…
「色々複雑に考えていらっしゃるようですね…自分の考えを読まれまいと必死のようですが…安心してください。そこらの漫画や何かのように、心を読むなどという行為は私にはできませんから」
「ぐ…」
完全に遊ばれた…それも、たった一つの言葉で。いや、もしや私が一人で自滅しているだけなのか?
損な性格だな、と自分にため息をついた。
―――本題に入ろう。
ガイガンを止めるには、空中戦艦コンスタンティノープルで撃退するより他に対抗策はない。しかし、今その切り札は未知の敵によって破壊されようとしている。この惨状を作り上げた相手…倒せないのなら、足止めするしかない。だが、恐らく目の前の悪質宇宙人紳士はそれをさせてはくれないだろう。彼を倒して進めれば越したことはないが、あいにくそれほど時間的猶予はない。ならば…
最善の選択。ベストを尽くしても不備な点は多々あろう。だが―――
「家城、先に行け。…こいつは私が引き受ける」
今は、この選択が最善だ。
「い、嫌ですユイ先輩!…そんなの、無理です…だって、私一人じゃ……」
今にも泣き出しそうな声で、家城は私を見つめた。まるで、助けを求める子犬のよう。私は、震える肩に手を置き、声を振り絞った。
「心配するな…お前には力がある。ゴロザウルスだって、一人でなんとかできたんだろう?怪獣を一人で倒した奴など、ミュータントでもそうそういないんだ……だから、自信を持て」
「うぅ、でも…」
尚も戸惑う家城の背中を、私は少しだけ力を込めて押した。
家城はそれ以降、振り向くことはなく、壁のようにそそり立つ炎の向こうへ消えていった。
―――随分、身勝手な押し付けだったな。
「一人が囮になり、もう一人が戦艦を狙う『一機』を叩く。正しい判断ですね…さすが、命令に忠実なマシンとまで言われるだけのことはあります。しかし…周りの惨状から判断して、戦力を分散して大丈夫ですかね? …それとも、よほど先ほどのお嬢さんに期待しているのですかね?」
挑発するようでいて、それは穏やかな口調で言った。本当に何でもお見通しのようだ。
…しかし、ふとした疑問がわきあがった。恐らく、これは見方によってはどうでもいい疑問だろう。だが、私の中では、それは真っ先に片付けなければならない問題だった。
読心でもなく、では何故そこまで私の事を知っているのか。
敵だから?
相手の情報から戦局を見ることは確かに兵法の基本でもある。現に、防衛博物館とココと、戦力が分散した今を狙ってきた事も、一重に情報の持つ力だろう。だが、これほど簡単にM機関の個人情報が漏示されていいものなのか。日本でも有数のセキュリティーを誇る地球防衛軍が?いや、それならもっと確実な方法を取ってくるに違いない。ガイガンをわざわざコンスタンティノープルの修理が終了したこの時期に出現させる必要もない。
では、何故? 単なる挑戦?
―――この胡散臭い紳士に聞いても、恐らく意味はないだろうな。
いかにも偽善っぽい笑みを浮かべるリオに私は吐き気を催し、視線を大きくそらした。
その時。一瞬視界の端に映った何か。違和感と混沌を持ち合わせたそれは、恐らく視線。
今、 何 か い な か っ た か ?
私の疑問は何だった?
情報の漏洩。だが、私は情報詮索に最も長けた、ある人物を思い出していた。…その姿が、目の前で見えたから。
確かに、ココのセキュリティーはそう容易く突破できるものじゃない。だが……『協力者』として行動するのであれば、皆不審がることもない。ましてや、あの神崎准将のお墨付きならば。初めから疑問視するべきだったのだ。碌な報酬も出ないココで、『彼女』が協力者として名乗り出た理由を。そして、一度軍を去った者が、突然再び姿を見せたわけを。
―――今はもう闇に紛れてしまってわからない。だが、確かに見えた長い亜麻色の髪を、見間違うはずはなかった。
あ の 女 か

家城由美子が駆け抜けていった、照明の落ちた廊下の闇の中。確かに、霧島麗華はそこに在った。


ひりひりと肌を焼く灼熱の炎を超えて、私は薄暗い廊下を無我夢中で走った。全力疾走。
どうして、こんなに焦っているんだろう。ユイ先輩に言われたから?怒られるのが恐いから? ―――いや、多分違うと思う。
戦闘機の格納庫まで一直線。ほとんど視界の利かない冷たい通路を抜け、私は目的の場所へと辿り着いた。そこには、普段と変わらず整然と並ぶ戦闘機、ドッグファイターの姿があった。
―――よかった、何もいない。
私は思わず、安堵のため息を漏らす。
…って、何を安心しているんだろう。敵がどこかにいることは確実なんだから。さっきの惨劇を忘れたわけじゃないでしょうに。
だけど、いざ一人になると抑えていた恐怖という感情が溢れてきてしまう。
―――ガイガン。滝のようなどしゃ降りの雨の中、泣きじゃくるしかなかった私の無力な姿を、あの裂けたような鋭い単眼で見つめていたアレは、幽鬼のようにただ、私を狂わせていった。
ガイガンの姿は、雨の創り出している霧のせいか、私の瞳にぐしゃぐしゃになって映っていた。
それでも、その姿は私の心の中にはっきりと見えていて。心に映るそれが、憎しみなのか哀しみなのか―――恐怖なのか、わからなくて。
でも、一つ確かな事。それは、あの一瞬で、私の周りにあった全てのものが消えてなくなったということ。

―――外では、ガイガンが暴れているんだろうか。
雨の音はなかった。どうやら、今日も快晴みたいだ。だからこそ、遠くで聞こえる炎の燃える音は私の中で一層激しく響き、それに伴って襲い来る震えが、私から理性を少しずつ奪っていった。砂を削っていくように、本当に少しずつ。


音が聞こえた。鉄がひしゃげるような、硬い音。そして、次に聞こえたのは、ドスン、という何か重いものが落ちてきた時の音。振り返ると、さっき通ってきた通路への道が、降ってきた鉄骨の残骸と、崩れた壁によって塞がっていた。炎の音が、一層遠くなる。
―――だが、音が止んでも、震えが止まることはなかった。
塞がった通路の前に、岩のように座する銅鉄のボディ。メタリックブルーに彩られたソレは、銀と黒の空間の中に鈍く光っていた。
これが、今尚起こっている惨劇の、元凶―――?
今まで見てきた巨大獣ほどでないにせよ、その姿は見上げるほどに巨躯で、人々の恐怖を駆り立てるには、十分なほど醜悪な姿をしていた。
一番目を惹かれるのは、異様に肥大化した右手と、両腕に備え付けられたガトリング。武骨な上半身に引けを取らない3本の節足。まるで、モノを掴む作業用のアームがそのまま生を持ったみたいだ。とはいっても、その動きに生き物的な生々しさはない。ただ、規則正しく、寸分と狂わぬ同じ動作でこちらに向かって迫ってくるだけだ。
私は、臆病な想いと恐怖を小さな胸の中に押さえつけ、ぐっと身構えた。

「独立型金属機甲兵器『ノーヴ』―――」

―――表情が、ない。
頭部に見える目や口は、というよりも模様と呼ぶにふさわしかった。そして、腹部と肩部に怪しく煌く、オレンジ色の光球。私の髪の色と同じそれは、まるで心臓のように、無機質なソレの凶器たる存在そのものを表しているかのようだった。
それは、殺戮兵器そのもの。
―――恐がってる場合じゃ、ない。
両太もものホルスターから勢いよく引き抜いた相棒―――ストライクトンファーを力強く握り締め、私は殺戮兵器の前えと躍り出た。…攻撃してくる様子はない。動きに翻弄されている? ならば、今しかない!
「はああああぁっ!」
トンファーが、私に一体となってその凍てついたマシンを一閃する。狙うは胸にむき出しになった、心臓部(恐らく、動力部だと思う)。その一点を貫き、一撃で勝負を決める。
だが、届かない。あの時―――X星人の男の子と戦った時と同じような障壁が立ちふさがる。多分、突然不気味に光りだした両肩の球体がその障壁、シールド発生装置か何かなのだろう。
―――なら、それを破壊して…!
だが、一旦距離を取ろうと後ろに跳んだ私の体に、肥大化した腕の一撃が迫ってきた。その巨大さに不釣合いな、銃弾のように素早い拳。その巨大さと俊敏さに、一瞬私の足がすくむ。眼前に迫る強大な一撃。
「っ!」
私は咄嗟にトンファーを前面でクロスさせて防御体制になる。回避は間に合わないと思ったからだ。よく体が素直に動いたと思う。少し前ならば、慌てている間に一撃をモロに受けていたに違いない。
だが、その破壊力は凄まじかった。拳がトンファーに触れると同時に、痺れるような衝撃が全身を駆け巡った。同時に数メートル先まで吹っ飛ばされ、体制を崩されてしまう。なんて威力なのか。反動に思わず腰が地面を打つ。その瞬間、今度は両腕のガトリングが火を噴いた。たて続けに流れ出る紅き閃光。群れを成すように襲い来るそれを、私は間一髪横に飛び退いてかわした。だが、それだけではかわし切れない。私は、なんとか起き上がろうとよろける体を無理やり起き上がらせ、ふらついた足取りのままがむしゃらに走りだした。高速で回転する砲塔、留まるところを知らない閃光の束が、数十数百と格納庫を彩る。その流れ弾は次々と出撃前のドッグファイターを直撃、そのたびにオレンジの炎がまるで花火みたいに打ちあがっていく。誘爆が誘爆を呼び、一瞬のうちに格納庫が煌びやかなオレンジへと染まっていく。その爆風に、私の体はあっさりと攫われてしまった。
「うああっ…つぅ」
前のめりに倒れたせいで、したたか打ち付けたおでこがジンジンと痛む…。だが、痛みに構っている暇などなかった。オレンジの中に不気味に輝く殺戮マシンは、すぐ後ろまで迫ってきていたのだ。
立たなくては。そうでないと、殺されてしまう。だが、そう思えば思うほど立とうとする足はもつれ、焦る心は空回りするばかり。
―――お願いだから…立って、私の体!
しかし、想い虚しく私の体は巨掌に摘み上げられ、一瞬のうちに宙に投げ捨てられた。
小石のように軽い私の体は、ミサイルみたいな速度で遥か遠くの壁にめり込んだ。
「う、ぐ…」
ひしゃげそうな体から、呻き声が上がる。額からは血液がとめどなく流れ出し、それに比例するように、だんだん意識が真っ白になってくる。まずい…しっかりしなくちゃ。まだ、動けなくなるには早い。
が、間髪いれず今度は体の自由が奪われる。これは、触手―――?
マシンの、節足の関節から伸びる細長い、オレンジの光。それが、私の手と足を壁に縛り付ける。動けず、逃れようと必死な私の反応を楽しむように、凍てついた殺戮マシンはゆっくりと私に近づいてきた。
なんとかもがいてみるが、触手も、体も、びくともしない。武器は、この手にあるのに…もどかしい。自分で自分が、情けなかった。
巨腕が、無防備な私の首を締め付ける。あまりにちっぽけな私の、今にも折れてしまいそうな首は、たった一本の指の中にすっぽりと納まった。締めるというよりは、つまむような感覚で。それでも十分、私の呼吸は奪われていって、すぐままならなくなってきて。相手があとほんの少しだけ力を入れたら、本当にこの体はただの肉塊に変わってしまいそうだった。
「……ぅ」
呻き声も、遠くなって…戦場を彩る炎の音も、遠くなって―――

―――炎。『お父さんのために』、と。小さな想いで、私はここに来たけれど。
あの日から、変わろうと想い続けた私。だけど
―――お前には力がある、と。ユイ先輩には言われたけれど。
私は…小さかったあの頃と、何も変わっていない。
―――私は無力なんかじゃない、と。X星人の男の子に勢いよくいっては見たけれど。
無力で、こんなにもちっぽけな存在。
―――私の中の狂気に頼るのはやめよう、と。『相棒』と戦い始めてからひたに隠してきたけれど。
所詮私は、誰かに助けてもらわなければ、何もできない…
よぎる戦いの記憶。そのほとんどは、誰かの力を借りていたような気がする。
バラン・ラバヘドラ…色んな怪獣と一緒に戦ってくれた、小隊の皆。
一歩前で、私を見てくれているユイ先輩、それと熊坂教官。
いつも心配しながらも待っていてくれる、美里ちゃんや健太君、みっきー。
そして
―――いつだって、私の隣にいてくれた、怜ちゃん。
私が困っていた時…辛いとき…殺されそうになったとき。一体今まで、何回、助けてもらっただろう。

『あぁもう、無理するから―――』
え…?
『大丈夫?』
あぁそういえば…M機関にきてから初めての戦いの時も、こんな事言われたっけ…。
『もう…心配、かけないでよ……』
―――ありがとう。
『ん、別に』

『―――立てる?』
それは、和泉怜という少女に出会って、初めて彼女の口から聞いた言葉だった。
あの炎と同じ、オレンジ色の夕日の中で。差し伸べられた手と、不器用な無表情は、柔らかく、暖かく。
気がつけば、数えられないほどの『ありがとう』を、私はもらってた。
―――ありがとう。
『そう。じゃ…行こうか』

時間にして、それは5~6秒ほどの出来事だった。先ほどと状況は何も変わっていない。いや、むしろ悪化しているかもしれない。でも―――
―――夢―――
私の体中を、確かに『それ』は駆け巡って、浸透していって。
『それ』は確かな暖かさを持って、私に力をくれた。

触手が、突然ビーズのように弾けた。だが、ノーヴは何もしていない。
それは簡単な答えだった。彼女が、『引きちぎった』のだ。それまで瀕死だった少女からは想像もつかない、
躍 動
一瞬の揺らぎを突いてノーヴの掌から隼のごとき俊敏さで逃れる。一瞬のことで、ノーヴは対応に追いつかない。きっと、これは機械なりの『焦り』なのだろう。

「ESXS―――」
私の両手に握られた二つのトンファー。それが今、一つとなり、生まれ変わる。
トンファーは見る見る形を変える。柄が本体と一体になり、そしてつがいの物は惹きあうように、一つとなる。そこに生まれたのは…一本の、槍。
あの涙を見てから。
―――もう迷わないと、決めたから。
一直線に伸びるこの槍は、決して曲がることのない、私の、決意の証。
「―――ブレードランス」
静かな光が、翼を広げた…

―――それは、片翼の羽

舞い散る羽根は、炎に溶け込むように 決意のように 強く、強く 光を放っていた。

殺戮兵器のガトリングが再び高速回転する。だが、決意を秘めた一閃の矛はそれを弾き返す。もちろんすべてではない。掌で回転させるランスをかいくぐって、太ももや肩を掠めていく銃弾。それでも、躍動の一歩は揺るがなかった。
「はあああああああっ!」
咆哮とともに振りかざされる光の矛。眼前に殺戮マシンの心臓部がある。
貫いてみせる、この意志と共に!
憎悪の右手が迫り来る。それでも、私は突貫をやめようとは思わなかった。
確かな確信を持って。私は大地を蹴った。

―――交錯する、巨腕と、光の槍。静かに羽ばたきを収める、片の翼。一瞬だけ、全ての時が止まった。
呻き声が上がる。軋むような、鈍い音。それと同時に…メタリックブルーの胴体が、目の前でがらがらと音を立てながら崩れていった。
小さな土埃の後で。
「…やっ……た…」
どっ、と力が抜け、私はその場にぺたりと腰を下ろした。
―――やっぱり、助けられたのかな。
結果的には、だけど。
少しは私……あの頃から、変われたのかもしれない。それはやっぱり―――怜ちゃんが、いてくれたから、だと思う。

「さ、ユイ先輩のところに行かないと…」
これでコンスタンティノープルは発進できる。あとは、ガイガンは何とかしてくれるはず。
少しだけ安心して、私は今尚続いているであろう先輩とX星人、二人の戦いの場へと駆け出した。
―――のだが。
「え…?」
唐突に、私の意識はぷっつりと途切れた。私はただ、呆気に取られるしかなくて。そんな事を悠長に思っている間に、何もわからなくなった。
ただ一瞬、崩れたはずの殺戮マシンのガトリングから、煙が見えたのを最後に。

「独立型金属機甲兵器ノーヴ―――あれは、『ある特定の種族の殺戮』のために製造されたものでしてね。その種族と戦闘するときのみ、その能力の真髄が明かされるのです。きっと今頃は―――」
リオは得意そうに解説を入れる。

「『初めて』にしては、よく出来たと思いますよ…ゆみさん」
背中の片翼が散り、意識の無くなった彼女を見つめる、闇の中の瞳。
ある特定の種族。それは―――
「カイザー…」
ノーヴが勝利の咆哮を轟かす中、闇の中に潜む霧島麗華は静かに呟いた。
炎の中で、花びらのようにゆらゆらと舞う光の羽根。
翼に込めた想いは、舞い散る羽のように、散ってしまったのか―――







最終更新:2007年12月29日 19:56