こんにちは、河原田勇介です。地球防衛軍で働いている新米兵士、歳は20。いつもは戦闘機のパイロットとして怪獣などと戦ったり、巨大戦艦の操縦などを任されたりする僕ですが…
「河原田さん、何をしているんです? 早く来てください、見失ってしまいますから」
「そ、そんなこと言われたって…」
人一人通れるかどうかも怪しい狭い街路樹を、風の如くするすると抜けていく霧島さん。とてもじゃないけど、僕にはそんな真似はできない。それに、元々僕はこんな所にいるはずではないのだ。
「はぁ、何で僕はこんなことを…」
「文句なら、瑞穂さんにでも仰ってください? 別に、私としてもこういったことは一人のほうが動きやすいですし」
ふふ、と窘めるような視線で僕をからかう霧島さん。うぅ、と小さくなっていると「冗談ですよ」と今度は悪戯好きな子供みたいにくすくすと笑われてしまう。僕、遊ばれてるのかなぁ…。

…ホント、何故こんな―――仲間のスパイなんてしてるんだろう…。

有賀サキ率いる強化ミュータント部隊が現れて以来、それまで怪獣退治に当たっていた部隊のほとんどが、ノーヴによって破壊された防衛軍本部の修復にまわされていた。巨大生物駆逐はEXMAに任せる、という国木田の判断だ。
しかし、誰もが納得できたわけではない。当然だ。突然どこの馬の骨とも知れないヤツラに、自分達の領分を取られたのである。それでいてデカイ態度を取られては気に入らないのも無理はない。そのせいか、ジッとしていられない性の者達は次第に修復作業に参加しなくなっていった。そして、特に参加者の少ないのが尾崎小隊…いや、新生『フラットウィング小隊』である。
「ふぅ…」
慣れない工具を手に、和泉怜はひとつため息をついた。ガイガンでの戦いで負傷した足は今や何事もなかったかのように完治したが、おかげで容赦ない労働を次々押し付けられていた。
「怜……お前、一人だけか?」
背後から声をかけてきたのは瑞穂と一緒に見回りをしている静奈だった。
「あ、隊長…」
振り返った怜の声は、浮いているような疲れ切った声をしていた。その瞬間、ぐらりと怜の体が崩れた。すかさず手を伸ばす静奈。
「おいおい、大丈夫か!?」
「この辺り…全部一人でやったの?」
瑞穂が尋ねると、静奈に抱えられた怜はコクリと頷いた。体育館みたいにだだっ広いコンスタン格納庫のおよそ半分。倒れるのも無理はない。
「ば、バカ!こんな量一人で無理に決まってるだろ!?信二は、家城はどこいった!?」
「し、信二さんはパチンコ行くって……ゆみは、おなか痛いからって…」
「嘘だっ!! 腹痛は絶対嘘だっ!いやパチンコも問題だけど! とにかく怜は休め、後はあのバカ共にやらせるから!」
もう一度静かに頷くと、怜は事切れた。
「死んでないけどね♪」

「全く、ウチの連中は何でああ問題児ばかりなのか……」
「賑やかで楽しいと思うけどね♪」
ずかずかと歩き、怒りを露にする静奈に、瑞穂はやんわりと応える。
「いいや、一度はっきり言ってやらないとあのバカは直らないっ!」
意気込む静奈に、あらあらと苦笑する瑞穂。
「あの二人だけじゃない! 松本も…」
松本の名が出た瞬間、場がシンと静まり返った。
「…ったく、何をしてるんだろうな……あいつは」

―――最近、巷を騒がせる事件があった。連続無差別殺人―――。それは、昼夜関係なく路地裏など人気のない場所で歩いていると何者かに襲われ殺されてしまうというもの。死因は全て―――――『日本刀のような刃物による殺害』。それだけならばまだよかった。
…その事件の前日から、松本実の姿が消えていた。そのことが、余計に事態を悪化させてしまった。国木田を初め、上層部は松本実を犯人と断定し、早急に確保することを命じた。もしこの事実が公になれば、防衛軍の存続にも関わる。そこで召集されたのが―――


「ほら河原田さん、もたもたしていたら本当に見失ってしまいますわ」
「わ、わかってますよ」
霧島さんが召集されたのはよくわかる。それは生業が探偵なら、この手の仕事は日常茶飯事だと思う。だけど、どうしてそのお付が僕なんだろうか? 僕は航空隊所属であって、さらに言えばミュータントですらない。例えば松本さんを取り押さえるようなことになった場合、僕では勝ち目はないのだ。僕を選んだ瑞穂准将は、一体何を考えているんだろうか…?
「もしもし?」
「うわあっ!?」
気がつくと、腕を組んだ霧島さんが目の前に、それも息のかかりそうなほどの距離に立っていた。おかげで、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「何を考えていたんです?」
「い、いえ別に……」
「もう…本当に、しっかりしてくださいね?」
少し苛立ち気味な霧島さんは、それだけ言うとプイと後ろを向いてしまった。
…霧島さんは、もし本当に松本さんが犯人だったとしたら、本当にためらいなく捕まえるつもりだろうか? やはり仕事と割り切るのだろうか。…そんな気がする。あまり情に揺らぐタイプとも思えないし。
「しまった…」
路地裏を覗き込む霧島さんから舌打ちに似た声が聞こえた。どうやら、見失ってしまったらしい。それにしても、松本さんもこんな路地裏に何の用が…? 
「行きますよ」
「は、はいっ」
やっぱり、切り裂き魔の正体は松本さんなんだろうか…。目撃情報では、確かに日本刀らしき刀を持った人間が人を斬りつけている姿が報告されている。日本刀を持って街をうろつく人間なんて、この日本にそうそういるはずもないのだから。
―――でも…やっぱり信じなくちゃ。一緒にガイガンを倒した仲間を。黒い噂を持っている霧島さんを信じるのと同じように。
と、その時霧島さんが僕を手招きしてきた。ひょっとして、松本さんを発見したんだろうか? 声を出せないということはきっと見つかるとまずい状況なのに違いない。僕は足音を忍ばせながら霧島さんのいる街路樹の出口付近まで近づいた。
「見つけたんですか?」
気づかれないように、声を潜めて囁く。
「ええ…」
やっぱり。これではっきりするかもしれない。僕は、もしも松本さんが逆上して斬りかかって来ても、説得できるように心の準備をした。
「そ、それで今はどうなってます?」
「かなり初々しい感じですわね。微笑ましいですけれど、じれったくもありますわ」
「そ、そうですか………」
……って、はい?
この人は何の話をしているんだ? 初々しいって殺人のこと…? いや、そんなはずはないだろう。僕はその言葉の真意を知るべく、頭だけを路上に突き出した。
人ごみの中に、見覚えのある後姿を見つけた。だが、それは松本さんではない。
「あ、あれって…」
オレンジ色のショートをなびかせる小さな体に、いつもの銀色の装甲姿を脱ぎ捨てたお洒落なワンピース姿。夏の日差しよりも数段眩しい彼女の姿は、いつもの子供っぽさを捨て去り、わずかに色気さえ感じさせていた。
そして、いつも隣にいるはずの和泉怜の姿はなく代わりにあったのは、見知らぬ男性が並んで歩いている様子だった。
「ゆ、ゆみさんですよね…? それにあの隣の人は…学校の友人でしょうか?」
友人の彼と話しているゆみさんは、何だかいつもよりずっと楽しそうだった。
「あの子も、デートくらいはするんですのね」
「で、デート!?」
「あの能天気な子がただの友達と遊ぶだけであそこまで気合入れてお洒落するとでもお思いですか?」
…確かに、色事には疎いというか……子供っぽいかな、と思う所はある。でも、お洒落をするかしないか…こればかりは女の子でなければわからない。
「さ、行きますよ」
僕が思案する間に霧島さんは次の物陰へと飛び出していた。しかも、その方角は明らかにゆみさん達の進む方角。
「え、ちょっ、松本さんの件は!?」
「そんな話より、こっちのほうが面白そうですもの」
「お、面白そう!?」
…ますますわからない。こんな自由奔走な人のどこを瑞穂さんは見込んだんだろう? どうせなら、根岸さんあたりに依頼した方がずっと確実だろうに…。
―――でも、確かに多少気にならないわけでもなかったりする。


「…ん?」
少しだけ振り返ってみる。雑踏。人波の中で、ゆみは一人立ち止まってみた。それに習って隣を歩いていた彼―――田口健太君も立ち止まる。
「どうかした?」
「……なんか、尾(つ)けられてる気がする」
「つ、つけられてる!? …って、誰に? まさか幹也と美里さん?」
眼を凝らしてみるが、怪しい人影は特に見当たらない。
「んー、なんか覚えのある視線を感じた気がしたんだけど…」
納得のいかない様子で首を傾げるゆみ。しかし、見れば見るほど肌色無色な波が流れていくばかり。
「気のせいじゃないかな…。それより、もうすぐ始まるみたいだけど、映画」
「…。 仕方ない、行こっか」
それでも、まだ腑に落ちないゆみは映画館へ入った後も怪訝な顔をしていた。

「危ないところでしたわね」
そう言う割には霧島さんの顔は常に涼やかで、心臓が飛び出しそうになった僕にとってはイマイチ信用できない台詞だった。
「もうやめましょうよ…」
今のですっかり疲れてしまった。スリルを味わう余裕もないくらい。
「もう、男なのにだらしないですね」
霧島さんは、行きましょう、と僕の腕を掴み、ゆみさん達が座る席の4つくらい後ろの席へと引っ張っていく。
スクリーンの光が照らし出した霧島さんの横顔。いつものクールな印象と違って、その時の霧島さんの顔ははしゃぐ子供のように楽しそうな顔をしていた。
―――ホント、僕の周りはわからない人だらけだ。
皆が噂するように、冷酷で非情な彼女。僕をくすりと笑ってからかう、ちょっぴり意地悪な彼女。そして、今隣で見せる、楽しそうな笑みを浮かべる彼女。
はたして、どれが本物の霧島さんの姿なんだろう? 或いは、その全てなのかも。
「どうかしまして?」
「あ、い、いえ別に……」
間近で小首を傾げる霧島さんにドキッとして、僕は彼女からさっと視線を逸らす。…不覚にも、僕は霧島さんに見惚れてしまっていた。
―――初めは苦手だと思っていた。つかみ所のない霧島さん、話せば話すほど彼女の本心は霧の中に隠れていってしまう。でも、周りから聞いていた黒い噂は僕の頭の中では結びつかなかった。
根拠はないけど―――多分この人は、いいひとだ。

「あの二人…何を話してるんでしょうね? 気になりません?」
う~ん、そうですね…
「そうだな…だが、私には他にも気になることがあるぞ」
……。
―――今の声、誰だ?
霧島さん? いや、この人は自分で言って自分で受け応えなんて間抜けなボケをかます人ではない。
「ってぇ静奈さん!? 何でここに!?」
今にもずり落ちそうなオーバーリアクションの僕に対し、霧島さんはあら、と特に驚くでもなく声の主のほうに振り向いた。
気がつけば、霧島さんの隣に静奈さんはどっかりと腰を下ろしていた。
「何でここに? それはこっちの台詞なんだがな」
目を合わせないのが逆に恐い。じーっとスクリーンを見ている静奈だが、明らかに映画の内容は見ていなかった。
「修理をサボる信二と家城を探して歩いていれば、何故か松本を追っかけているはずの誰かさん達が映画館に入っていったんでつけてきたわけだが…どうだ?デートは楽しいか?」
笑ってはいるが、目は完全に笑っていなかった。これは、非情にマズイのでは…。ここはなんとか穏便に…。
「ええ、とっても」
ちょ、霧島さん、何でそんな返答になるんですかっ!? 皮肉ですよ、相手のソレは!ていうかデートじゃないでしょ、僕たちはっ!
「…。何でこう私の周りは変人ばかりなんだか……おまけに仲間が疑われてるのに誰も気にかけやしない」
静奈さんが舌打ちする気持ちはよくわかる。和泉さんはともかく、ゆみさんはああしてデートを楽しみ、信二さんもまたぶらりと街を徘徊している。誰も、松本さんの事を気にかけてなどいないように… そんな薄情さが、静奈さんの怒りを募らせているのだろう。そしてきっと、仕事を放ってデバガメする僕たちもまた、その薄情な仲間の対象なのだろう。
―――ガイガンを倒す時は、皆あれほど協力していたのに。
と、その時携帯のバイブが小さな唸りを上げた。だが、僕のではない。
「…静奈です」
携帯を取る静奈さんの顔はまだ不機嫌そうだった。
『バカ野郎!!お前らこの一大事に何してやがるっ!?』
耳を劈くような声に静奈さんは吹き飛ばされたみたいに思わず受話器から耳を離した。
この受話器越しからもビリビリ響く声…恐らく相手は、熊坂教官だ。それにしても、一大事って…何のことだろう?
「何があったんです?」
『松本だ……奴が出てきた』
瞬間、戦慄が迸った。
『それも白昼堂々、市街地のど真ん中でやりあってるらしい…何考えてやがるんだアイツは!』
誰しも想像しない最悪の展開。静奈さんの表情がますます険しくなる。それに対して、霧島さんはやっぱり無関心な表情をしていた。
『にしてもお前ら!同じ部隊のヤツラが大変な時に何してやがる!? フラットウィングで捕まったのはお前だけだぞ?』
「ええ… そのうち一人は目の前で暢気に男とイチャついてます。どうせもう一人もその辺で油を売っているでしょう。 ……しかし和泉は?」
(おかしい。確か、和泉はM機関本部にいたはず。捕まえようと思えば簡単に捕まえられるはずなのに…)
だが、疑問はすぐに解けた。
『和泉なら、有賀少佐に呼び出されてどこかへ行った。だからお前らに連絡したわけだが…』
「…!?」
それまで微動だにしなかった霧島さんが眉をひそめるのを、僕は見逃さなかった。
(どうしたんだろう…?)
しかし、静奈さんの怒号がその疑問を掻き消した。
「よし、行くぞ!お前らもついて来い!!」
……しかしその直後、周囲の人々にドギツイ睨みをもらってしまった。一斉に人差し指を立てられ『静かに!』と無言の威圧をけし掛けられてしまった。
「………よ、よし、いくぞ~…」
今度は小声で、赤面しながらそろそろと歩き出す静奈さんだった。


閃光。オフィスビルの並ぶ市街地にそれが幾度かの瞬きを生み出す。だが、それはカメラのフラッシュなどとは違い、殺気を孕んでいた。
再度の閃光。同時にその場を支配する、金属同士のぶつかり合う甲高い音。
それらが正体を現したとき、何だ何だと集まった野次馬達がどよめく。人と人とに囲われたそこはそのまま戦いのリングになった。
そしてそれが再びその正体を隠す。
「…やはりお前か」
周りはおそらくショーか映画の撮影か何かだと思っているだろう。人ごみを掻き分け、辿り着いた先に立っていたのは―――紛れもない、松本実その人だった。
「な、何……が…?」
松本は全身、朱色に染まっていた。自分の血か、返り血なのかさえもわからないほどぐちゃぐちゃに混ざってしまっているそれに、河原田は一歩たじろいでしまう。
「松本、落ち着け! こんな市街地で剣を振るえば、益々疑われるばかりだぞ。
松本は何も言わなかった。まるで聞こえていない。ただ、どろりとした視線で目の前の『標的』を見据えている。
「あれは…!」
彼の標的。それは、静奈にも見覚えがあった。
大空に溶け入るような水色の長い髪。しかし、それとは対照的に服装は闇夜の漆黒をそのまま切り取ったような深い闇のコートを纏っていた。そして―――感情を隠すように顔を覆っている、仮面…。
「そういうことか…」
「えっ?」
あの時…太平洋に眠ったゴジラの調査に向かったものならば、全てを理解できる。松本が疑われることさえ厭わず『標的』の前に立った理由。
「今の松本が考えていることはただひとつ……リベンジだ」

滴る血液が、愛刀の魔断剣に伝う。松本は無言で駆け出し、それを振るった。それに呼応するように、仮面の相手も剣をかざす。殺意と、隠された殺意の交錯。青空に散りばめられる、紅い水玉の星。そのまま力に任せて斬り伏せようとする松本。しかし、相手は身を一歩引いた。水色の長髪が風の中に波を生み出す。空を切り、魔断剣はそのまま地面のコンクリートを打ち砕いた。コンクリートにめり込む愛刀を荒々しく抜き取り、再度切っ先を振るう松本。そこには怒りのようなものが伺えた。無の表情に向かって猛々しく突貫する彼を、仮面の相手はゆるやかな風のようにひらりとかわす。そして睨む彼に一瞥を向けるとひとつため息をついた。
「……残念」
―――それは、呻き声ひとつ上げたことのない仮面の下に覗く口から聞いた初めての言葉だった。
「…何?」
「あなたを引っ張り出すために、何人も殺したのに……」
きっと素顔が見えたなら、その視線は呆れていたのだろう。それが、さらに松本の怒りを煽る。
「……何がいいたい」
「…期待はずれ」
「貴様っ!」
その一言が、完全に松本の頭に血をのぼらせてしまった。我を失いがむしゃらに剣を振り回す松本。だが、その姿はあまりに滑稽だった。怒りに任せた動きを見切ることはたやすい。
その先の光景は、あまりに無残だった。縦に斬り伏せようとしても、横に振りかざしても、貫こうと突いても。何を為しても、その行動は虚無を生み出すだけ。
「…何してるの?」
会場のどよめきが…松本の怒り、そして焦りを掻き立てていく。まさかソレが本当の殺し合いとも知らず、騒音を撒き散らす野次馬に戦場は支配された。
「…人間って、低脳。 すぐ『隣』に殺意の刃が潜んでいても、全く気づかない。ヘドラの事件を始め、今まであれだけの事件が起こっていながら……見て、周りはまるで我関せずという顔。…自分に関係のないと思っている事件ならば、それはフィクションと同じ…」
黒のコートがゆらゆらと松本に近づく。話を聞いていたかもわからないが、淡白に言葉だけを紡いでいく目の前の仮面姿に松本はこれ以上ない憤怒を剥き出しにしていた。
「……戦う意味、あるの?」
―――シンと静まり返った。ざわめく、騒がしい空間の中で、松本ただ一人が無音の世界に叩き落される。

戦う意味。かつてそれを考えたことは幾度かあった。だが、いずれも答えを出すことはできなかった。だからこれまでただひたに剣の腕を磨いてきた。戦いそのものに何か意味を求めようとしていたのかもしれない。もちろん、結果は同じだった。それどころか、仮面の剣士への完全敗北によってさらにその悩みは深みへと沈んでいってしまった。
そんな悩みを、一時は解いたと思っていた。先日の、ガイガンとの戦いだ。仲間と共に戦う一体感は、自分に足りない何か―――戦う理由に起因するような――を掴んだような手応えがあった。
しかし…見渡す限り、仲間はここにいない。或いは、この人波の中に同じく騒ぎ立てているのか。傍観者として。もしそうだとしたら―――この仮面の言うとおり、戦う意味は失われる。ようやく手に入れたと思っていたものが、崩れていく…。

その時だ。
「バカヤローッ!!柄にもなく落ち込んでんじゃねえ!前見ろ!」
どこからともなく飛び込んできた稲妻のような怒声に、ハッと松本が顔を上げる。それでようやく、目の前に広がる膨大な殺気の固まりに気がつくことができた。
立ち昇った紅の光柱。天まで届こうかというその光の柱、空気中の気という気全てが相手の切っ先に収束していく。尋常でない光景に、周りの観客にもようやく危機感が舞い降りた。特に松本の後方に陣取っていた人々は、巻き込まれたらたまらないと一気に左右に開けていく。
―――そうだ、こんな所で悩んでいる場合じゃない。
「ばかっ松本、無茶するな!」
街路樹がざわめく。更に巨大に、醜悪になっていく柱。静奈の警告も耳には届かず、対峙する松本は大地を蹴った。振り下ろす前に、決着をつけるつもりだ。一直線に、迷うことなく奴の眼前に飛び込む。心に迷いなきことを偽って。そして、それを戦士の本能で押さえつけて。
「おおおおおおっっっ!!」
絶叫。震撼。松本が吼える。愛剣の煌めき、太陽に反射し閃光を放つ剣先が風を切る…駆け抜ける。

―――刻が、止まった。松本はその瞬間、相手を斬り伏せたと確信していた。
…しかし。
それは背後にあった。かわした…!? あの野太い殺気を掲げたまま? それとも、柱から放たれる光に惑わされたのか。
如何な理由はあろうと……
「……くそ」
絶望的な状況に陥ってしまったときは、むしろ笑ってしまうことを松本は知った―――

「松本っ!!」
「実―――――っ!!!!」
静奈と、先ほど叫んだ影…信二が叫んだ直後、松本は禍々しい朱柱の中に飲み込まれた。


   *   *   *


プロジェクトOD。かつてM機関が秘密裏に進めていた極秘プロジェクト。それは世界の軍事バランスをも変えてしまい兼ねない危険な計画だった。
―――オキシジェン・デストロイヤー。それは、1954年あのゴジラを撃滅した唯一の兵器。防衛軍はゾルゲル島をプロジェクトの拠点とし、それを再現しようとしたのだ。しかし、あまりの危険性に上層部が計画を封印。その関係者もそのほとんどが行方不明になってしまう。
その首謀者の名は…
「有賀咲……」
霧島麗華が、薄暗く小さな一室のパソコンを手にしながら呟いた。
「字は違うけど……」
有賀サキ。唐突に現れ、EXMAの隊長に就任した彼女。それだけではない。彼女は、あの神崎瑞穂と行動を共にしている所を度々目撃されていた。
「…やはり、彼女が」
と、その時淡い光が差し込んできた。部屋の扉が開いたのだ。入ってきたのは河原田勇介だった。
「どうでした?松本さんは」
霧島がパソコンを閉じながら尋ねると、河原田は静かに首を振った。

松本実の姿が巨大な魔剣の光に飲み込まれて以来、彼の姿を見たものはいない。周囲の意見では、跡形もなく消えたか、振り下ろした巨剣が砕いたコンクリートの地面の中に飲み込まれたか。誰も、言葉を発すものはいなかった。静奈も、信二も、ただ押し黙ったままソファに座り俯いている。信二の持つタバコの煙が、虚しく部屋の中に漂っていた。
ゆみは『自分がサボりなんてしなければ』と嘆いていた。怜がそれをなだめている。

「そうですか…」
しかし、霧島から悲しみの情は伺えなかった。彼女にとっては、それよりも重要なことがある。
防衛軍の奥底に潜むものを掴むためには、この機会を逃すわけにはいかないのだ。まずは有賀サキを押さえる。そして…
ようやく、M機関の尻尾を掴んだ―――
「このパソコン、霧島さんのですか?」
「!?」
油断していた。パソコンを覗き込もうとする河原田。まさかこんなデリカシーのない人だったなんて。
「あ、あの…!」
しかし、そこで霧島は手を止めた。そして、河原田の背中を眼下に止めようと伸ばした手をゆっくりと下ろした。
「? これは…」
「河原田さん。私、隠していたことがあるんです」
その霧島の声は、いつもの声色とは違った。妖艶さを含み、かつ表情は冷静で。
河原田が振り返ると同時に、霧島は静かに口を開く。



「私―――『スパイ』、なんです」







「……え?」
呆然とするしかなかった。…スパイ? わけがわからない。裏で雇われていた?それとも、独断で? そもそも、何のために―――?
眼を丸くしながら立ち尽くす河原田に、霧島は河原田の体に自分の身を委ねた。
「…聞きたいことがあるんですが、よろしいですか?」
闇夜の静寂の中で、霧島の顔は夜空と同じ冷たさを湛えていた。






最終更新:2008年04月20日 20:01