「ゆみ、そっちいった!」
「まかせて!」
4股竜、バラン・ラバが威嚇する。空が白みを見せ始めている静かな海岸線に轟く怒りに任せた咆哮。前脚の膜を広げ飛び掛ってくるバランラバだが、今のゆみの敵ではなかった。爪の斬撃を右にひらりとかわすと、握られたトンファーで一撃で地面に叩き伏せた。襲撃で、派手に砂利が飛び散る。そして、玉砂利を噛み潰しながらもがくバランラバに綺麗な曲線を描いた光刃の一閃が深く突き刺さる。怜の操る、ブラッド・スィーパの必殺の一撃。
「おーおー、二人共知らん間にたくましくなっちゃってまぁ…」
その光景を遠巻きに見つめていた信二が感心するようにため息をついた。
「お前が成長しなさすぎなんじゃないのか?」
二丁銃を撃ちながら静奈がフッと鼻で笑う。
「あ?おれぁ完璧にパーフェクトな男だぜ?つまり成長の余地なし!ちゃんと覚えとけ」
自信たっぷりに言い放つ信二だが、静奈はさっさとスルーして次の標的に向けて銃口を構えた。
(そもそも完璧な男が作戦も陣形も無視して突っ込んでくるってどうよ…? てかスナイパーって前衛に出て来ていいものなのか?)
静奈の眼前では、こっちに笑顔を向けながら後方のバランラバを狙い打つ信二の姿。
「なぁなぁ、シカトはやめよーぜ、な?」
「っさい…あいにく身勝手なドアホと話す口は私にはついてないんでな」
大体、ウチの部隊はどうしてこう自分勝手な奴ばかりなんだ。家城はよく仮病でサボるし、信二もパチンコやら競馬やら…和泉の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいと心底思った。そうすれば松本だって―――
…いや、その話はやめておこう。
「ホント、どいつもこいつも身勝手すぎる……」
遠くで、最後のバランラバを斬り伏せるブラッド・スィーパの嬌声が響いていた。

その日はそれでおしまい。皆今日は疲れたとか、どこそこに行きたいとか、そんな他愛もない会話をしながら宿舎へ帰っていった。
―――誰も、松本の事については触れなかった。ゆみも、怜も、静奈も…信二も。
そういう暗黙の了解で、彼らは日を消費していくことにした。

松本実が行方不明(現段階ではそう定義されている)になってから一週間が経とうとしていた。もちろん捜索などとっくに打ち切られている。上層部はそれどころではなかった。
X星人が白昼堂々現れながら対応に遅れたことについて、市民やマスコミの反感を買っているのだ。二人の戦いに巻き込まれた被害者は意外にも多かった。主な意見としては『事前に避難を呼びかけることはできなかったのか』、ということである。大多数の被害を出した『あの技』を発動するまでに長い時間があったことから、十分に避難が可能だったのではないかという意見。極論では軍の不要論にまで話が膨れ上がった。

毎日対応に追われ、身を削りながら帰ってくる瑞穂を見て、静奈は怒りを抑えずにはいられなかった。一回の失敗で掌を返されたことが気に入らないのだ。
「確かに、呼びかけなかったのは私のミスだ。しかしあの時…!」
「まぁまぁ、そんなに怒らないで♪」
こんな時でも、瑞穂はやんわりとした笑顔を絶やさなかった。ただ、確かに少しの影があったのも事実だった。
「瑞穂!」
「理不尽でもしょうがなくても、理解されなかったり裏切られたりすることくらい世の中にはたくさんあるもの。今更怒ったってしかたないじゃない? それに、自分の時だけ気に入らないなんてそれはちょっと自分勝手なんじゃないかな」
「でも……!」
「理想なんて、得てして裏切られるものだもの…」
少しだけ瑞穂の声色が落ちたことに静奈は少しだけ不安になった。どんな時でも笑顔を絶やさない彼女の影を落とした顔はひさしぶりだった。
「ま、それはそれとして♪」
だが、それを覆い隠すようにすぐに瑞穂は多少強引に話題を切り替えた。
「最近働き詰めでー、休みが全然ない~って思わない?」
「え!?  あ、あぁ、まぁそう…かな?」
正直休みのことなんか頭の片隅にもなかった。フラットウィングにとって、松本の一件はあまりに大きすぎた。そのせいか、ここの所それ以外の事柄は考えたことがなかったのだ。
そうか…休日、か。
確かに、随分前から休みなんてものとは無縁だったな…あいつらの疲労もそろそろ限界かもしれないな。家城と信二は例外にしても。それに7月のこのサウナみたいなバカ蒸し暑さ…。
「でしょ? だからぁ…♪」


「いや、だからって……」
一面に広がる、白波立つコバルトブルーの絨毯。静かなざわめきに、砂に混じって漂う潮の香り…そして、まだまばらではあるもののにわかに賑わいを見せる砂浜の上の眩しい肌色達。
「何で海に来ることに…」
「Yahoo!!!!来たぜ男の戦場にぃぃぃぃぃぃぃ!!」
既にノリノリで臨戦態勢の信二。まるで子供のようにはしゃげるのがある意味で羨ましい。
「見ろ尾崎!人がゴミのようだ!」
「何言ってんだお前は…」
「それはともかく、お前も早く着替えろ!女をキャプチャーしにいくぞっ!」
網でも持ってきそうな勢いで走り出す体勢の信二に、尾崎は困惑していた。正直フクザツな心境なのだろう。
「い、いや俺は……」
「バカ野郎っ、いつまでもウジウジしてる奴があるかっ、ほらGOGO!」
「ちょ、おい…」
結局尾崎は、子供が持つ浮き輪みたいに引きずられていってしまった。空気の読めない男は海でも健在か。
「はぁ…ったく、バカは元気だな…」
正直、私にはこの狂騒は頭が痛くなりそうだ。あまりに色々ありすぎたせいか、この陽気と降り注がれるカンカン照りの日光はただ鬱陶しいばかり。
「なーに暗い顔してるのかな?♪」
だというのに、あんなに疲れた顔をしていたはずの瑞穂はもうすっかり乗り気で私の手を取った。
「正直、休みをくれるんなら私はのんびりしたかったよ」
「ダメよー、そんなの引き篭もりみたいなの♪」
ぐいぐいと私の手を引っ張り、静かな波を打つブルーの中に誘おうとする瑞穂。いつでも楽しそうで羨ましいよ私は。
「あーいいよ…私はホテルででものんびりしてるから」
「んー、つれないのね…」
少し難しい顔をする瑞穂…だが、そこにすかさず突っ込んでくる奴が約1名。
「いいえ瑞穂さん。 静奈さんはただ、貧困に苦しんでいる自分のひんそーな胸部を人前に晒したくないだけですから」
「な゛っ…」
こんな陰湿な嫌がらせは、霧島麗華以外に考えられない。…というか、そもそも何でお前がいる!?
「こんな時だけ現れやがって…お前はさっさと帰って薄暗い部屋でパソコンでもいじってろ!」
「つれないんですのね…長い付き合いではありませんか。あぁそれとも、私と比べられるのがやっぱり嫌なんですね」
上半身中腹あたりをチラチラ見ながらコロコロと笑う霧島に、私はそろそろ限界がきていた。
「ま・な・い・た・♪」
ぷつん。
「き、さ、まぁ……」
「ゃん、こわーい」
瑞穂みたいな声を出して河原田の後ろに身を滑らす霧島。
「今日こそはお前を消し炭にするっっ!」
「ちょっ、ま、待ってくださいよ!」
私の突きつける銃に凍りつく河原田が目の前にいる気がするがそんなのものは関係ない。もうこのまま引き金を引いて霧島麗華の減らず口を消し飛ばすのだと決めていた。ああ決めてやったさ、もう止めても無駄だからな。
―――ところで、フラットウィング小隊の休暇にフラットウィングのメンバーが2人とはこれいかに?

「怜……いかなくて、よかったの…?」
地下演習場でのアンギラスとの模擬戦を終えた怜にタオルを渡しながらサキが尋ねた。
「え、い、いいのいいの。ほら、ブラッドスィーパの実戦データとか、色々とっておかないとね」
そういう怜は、なんだか何かを誤魔化しているようだった。無論、サキはそれを見逃さない。
「……嘘」
「う、う、嘘って何が?」
誰が見ようと怜は動揺しているようにしか見えない。サキは更に畳み掛けることにした。
「行かない理由…そんなんじゃ、ない」
「う゛…」
ぎくり、と怜がのけぞった。
「…何?」
「な、何って何? え、何もないって、うん」
せっかくふき取った汗が再び額から溢れ出てきてだらだら頬を伝っていく。
「………」
冷ややかな視線。意味をわかってかわからないかは知らないが、ガラス越しのアンギラスもその様子を子犬みたいな眼で見守っていた。
サキの視線があまりにも突き刺さってくるので、怜は耐えきれずその理由を耳元に囁いた。
「………泳げない?」
「ちょ、ちょっとバカバカ声に出さないでよっ!」
サキがあまりにあっさりと言ってのけるので、怜は思わず両手をサキの口に押し付けた。
「はぁもぅ……どうせ私は泳げませんよ」


既に大きな塊となって賑わう浜辺から少し離れたバス停。まるで世界から隔離され、違う時を刻んでいるかのようなその静かな場所に、二人の男女の影があった。どうやら今来たバスから降りてきたらしい。
「もぉ、結局ゆみ達来ないし…」
左右に束ねた髪を潮風に任せながら、ふくれ面をする美里。携帯電話の時計とバス停に張り出された時刻表を見合わせると、どうやら昼間のバスはあと2~3本程度しかないようだ。
「別に俺はいいぜ? むしろ美里と二人きりのほうが好都合だしな」
幹也が美里の肩に腕を回そうとするが、美里はそれを軽く跳ね除けた。
「もう、やめてよねー。朝からベタベタは勘弁」
「何でよ、いーじゃねーか。付き合ってもうそれなりに経つんだし、今更恥ずかしいはなしだぜ?」
「そーじゃなくて、そーゆーのキライなの」
ちぇっ、としぶしぶ体を離す幹也。
「それにしてもどうしちゃったのかなー? 昔から時間にルーズではあったけど…」
まさか寝坊だろうか。せっかく前々から計画を立てて来たのに…このままではせっかくのプランが台無しだ。と、美里が確認の電話を入れようとしたその時―――
「うひゃぁっ!?」
突如美里と幹也の前を通る一陣の風。いや、それはよく見ると風じゃない。爆音を立てながら疾走してきたそれは、バス停を少し過ぎたところで甲高い音を立てて急停止した。
「な、なんだあのバイク…」
二人が唖然としてそれを見つめていると、その発狂のバイクを操っていたであろう人物がヘルメットのままこちらに近づいてきた。まさか、強盗!?
と、思ったが、よく見ると服装は普通のワンピースにスカート。しかも、美里と同じようなバッグを手に持っている。それだけじゃない。後部席に乗っていたと思われるフラフラになっているメガネの男性―――これはもう間違いない。
やがて、ヘルメットの『少女』が柔らかい声と共に暢気に手を振った。

「やれやれ、まさかお前らがバイクでラブラブ横綱出勤とはな。つか免許は?」
「いや、あれ先輩さんのらしいけど…って、いやラブラブじゃないって」
ビーチパラソルを片手に苦戦する健太を横目にからかう幹也。ゆみと美里はまだ着替えに手間取っているようで、その間二人は足止めを喰らっていた。
「楽しみだな」
「は?」
「は?じゃねえだろ。海って言ったら水着だろ、水着!」

水着、かぁ…。言われるまでは気にも止めなかったが、そう言われると急に意識してしまう。
(ゆみさんの水着…)
輝く太陽の下に晒される眩しい白い肌、首から足まで全身綺麗に引き締まったボディ。そして何より、天使のような屈託のない笑顔……。
「おーい、健太」
幹也の声にはっと我に帰る。大げさに体が跳ねてしまった僕に幹也はニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべていた。
「顔、赤くなってんぞ」
さらにトマトみたいに紅くなる僕の顔。幹也はしてやったりと悪戯な笑みを浮かべている。くそう、幹也だって美里さんに似たような妄想してるくせに…。
「ったく、まだまだガキだな、お前もよ」
「う、うるさいな…」
「そんなだからゆみの奴に告りもできねーんだよ」
その瞬間、心像をえぐられるような衝撃が走った。体から火が出そうだった。
「な、何故それを…」
「付き合ってるにしちゃー余所余所しかったしな…いや、お前付き合っても逆にあがってそうなりそうな気もするが…で、実際のトコロどうなんだ?」
「どう…って、言われても」
確かに、この前の休日に一緒に出かけたけれど…あれを『デート』と呼んでいいのかどうかはわからない。特に彼女にその気はなかったようにも見えたし。
「…一応行っておくが、早いほうがいいぜ?」
「な、なんでだよ?」
僕は幹也とは違う。そんなにスパスパと物事を割り切れる性格ではないし、思い立ったら即実行するような行動力もない。だから、早くしろなんて他人に急かされても、あまりいい気はしなかった。
だけど…
「言える時に言えってことだよ。…女なんてすぐにどっかいっちまうんだ。後悔してからじゃ、遅いんだしよ…」
この時の幹也の言葉は、やけにリアルだった。それはあたかも、昔自分が何か大切なものを失ったときの悲しさ、寂しさ、そして―――後悔を含んだ言葉。
と、その時。
「おっまたせー♪」
この空気には似つかわしくない、角のとれた声が響いた。一人は恥じらいもなく大げさに手を振りながら。一人は落ち着いた笑顔を見せて。
…呆気に取られた。それは、彼女が僕の全く想像していた通りの天使のような姿だったからだ。
「可愛いぞ、美里」
「へへ、ありがと」
さすが幹也、一瞬でノロケに転身か。尊敬するよまったく…。
「あっはは、相変わらずラブラブだね~♪」
そんな二人の隣で無邪気に笑う天使のような彼女。こんな時、幹也だったら多分「俺たちもラブラブしようか」とか末期な台詞を口にするんだろうな。
「ほんじゃ、私たちもらぶらぶ~ってする?」
…はい?
えーと、疲れてるのかな? 何か、幻覚を聞いたような気がするんだけど。
…不意打ちすぎる! どう反応したらいいんだ? そうだね、なんてさわやかに言えってか?
上目遣いでじっと僕の眼を見つめる彼女。そういえば、初めて保健室で出会ったときもこんな距離だったよな…何を話したかは覚えてないけど。
なんてしばらく考え込んでいると、やがて彼女のほうから笑みが漏れた。
「あはは、やだなぁ冗談だって!そんなに固まらないでよ」
「え、あ、冗談…」
「そ、そこまで引かれるとは思ってなかったなぁ…はずしたか、ちっ」
そうじゃない。ちょっとだけ、裏切られたような気分になったのだ。僕は、冗談じゃないほうがずっと嬉しかったのに。
「ごめんごめん、気を悪くしたんなら謝るから。今のは忘れてよ。さ、そんなことより早くいこ?時間がもったいないし」
「え、あ、うん…」
忘れたくなかった。だから、忘れたかった。
はっきり言えない自分がもどかしい。僕からすればこれは、彼女がくれた最高のチャンスだったはずじゃないか。なのに…。
僕は、負けた。彼女が―――ゆみさんが僕を引っ張っていく眩しい笑顔も、その時はどこか遠くに見えて。だから―――
「……ただ、そうならいいなって、思っただけだから…」
そんな彼女の重い言葉も、僕は逃してしまっていた。

彼らは各々の過ごし方で、休日の一時を満喫していた。
女性に声をかけては逃げられる信二(と尾崎)。
瑞穂にUVカットの日焼け止めを塗りこむ静奈。を、からかって結局追いかけっこに発展するのは霧島のせい。ただ苦笑の河原田。
既に二人の世界に入りつつある美里と幹也。
いつ仮病がばれてもおかしくない状況であることなどつゆ知らず、無邪気にビーチバレーのボールを追いかけるゆみ。ただ、ミュータントであるゆみの渾身の力を込めて放たれるボールに、健太はビーチバレーがこれほどハードだとは思っても見なかったわけだが…

ただ、そんな黄色く眩しい皆の様子を一人冷静に見つめている人物が一人だけいた。根岸ユイである。瑞穂に無理やり連れてこられた彼女は、誰もが水着に着替えている中一人地味な私服のまま冷ややかな視線を仲間達に向けていた。
「ばかばかしい……海も砂もこの人ごみも…ただ纏わりついて、鬱陶しいだけではないか」
ユイは、風間と行動を共にしていた頃から随分変わったと自分でも感じていた。だからこそ、ガイガンとの闘いで仲間と息を合わせることもできた。しかし、未だに理解できないことも少なくはなかった。
(そもそも私など連れてきて何になるというのだろう? 頭数が欲しいのなら和泉でもいいようなものを…)
理解できない。何故、こんな意味の持たないことに労力を消費しなければならないのか。それで任務に支障をきたすようなことになったらどうするつもりなのか。
(そうだ、不要なものはいらない…)
風間少尉に不要なものと思われないため、ただがむしゃらに任務に没頭した過去を送ってきたユイ。彼女にとって、その考えは至極当然の回答だった。
「しかし意外だな…あの霧島麗華でさえこのような愚行に興じるとは…」
春日井静奈とじゃれあう(?)霧島麗華の優美な姿は、いつもの黒いものを付き纏わせた笑みではなく、本当に心から楽しんでいるような、穢れのない純真な姿をしていた。
霧島麗華だけじゃない。いつも勇壮に闘う彼らも、今はまるで子供のように笑い合っている。そんな彼らを見ていると、何故か自然に小さな笑みが漏れた。
(やはり変わったな…私も)
昔の自分なら、今の隙だらけな様子に、もし今敵に襲われたら…などと心配していたことだろう…と、自嘲気味の笑みを重ねる。そして不思議と、その空気に惹かれていく。


―――だが、一歩足を向けた時、はっとした。隙だらけの霧島麗華…
彼女が隙を見せることはほとんどない。だから『黒い噂』も確信には至れず『噂』の範疇を出ることができないのだ。そして私は見たのだ…リオとの戦闘から遮二無二逃れた私の目の前で、ノーヴによって壊滅したM機関本部の中霧島麗華が浮かべたあの不敵な笑みを。
滅多に見せない、霧島麗華の隙。そうだ…
全てを暴くなら、今しかない…!
私は、彼女に気づかれないよう慎重に次の一歩を踏みしめた。

だが、その一歩とほぼ同時に、砂の地面が激しく揺れた。
それまで暖かい色を保っていた雑踏が、一気に恐怖の色に染められていく。
「な、なんだ!?」
異変に、それまで隙だらけだった彼らの顔つきが一瞬で緊張感のある表情に変わった。すぐに瑞穂のいるパラソルの下に一同が集結する。
「地震か?」
「いや…どうやらそうでもないみたいだぞ」
尾崎が海面に指さし、視線がそこに集中する。水柱を幾つもあげる海面が怪しく発光し、穏やかで平和だった海は一瞬で荒れ狂う。
そして…ついに水面を突き破ってその巨体は姿を日の元に晒した。
「が…ガイガン!?」
海中から形を見せたそれは、確かに先日倒したはずのガイガンと酷似していた。だが、そのガイガンには誰の目にも明らかなある奇妙な点があった。
現れたガイガンは、そのまま意志もなく再び海面に体を横たえた。あの裂けた鋭利な紅眼にも光が宿っていない。そして何より……そのガイガンには、腹から下が『なかった』。
「どういうことだ…?」
まるで何かに『引き裂かれた』かのような無惨な切り口を晒すガイガンの屍に、その場にいた全員が同じ疑問を浮かべる。
(あのガイガンを、一体誰が…?)
だが、すぐにその疑問も明かされた。再度立ち上る水の柱。火山噴火のようなその水の奔流の中に蠢く、不気味な影。
「おい……冗談だろ?」
楽観主義な信二が、半ば呆然と呟いた。ぼろぼろになったガイガンの下半身を咥え現出したのは土色の体に、両腕にふわりと備え付けられた皮膜。それはあのバラン・ラバのシルエットに相違ない。ただひとつ違うとすれば、それはスケール。今まで戦ってきたバランラバはせいぜい2~3mだったが、目の前のこいつは優に40mは越えている。
そして、バランは通常ほとんど成体になることはない。それは、天敵であるショッキラスやゴロザウルスによってそのほとんどが捕食されたりされてしまうためだ。しかし、ゴロザウルスもショッキラスもヘドラの一件のせいで数が激減してしまった。つまり、それだけ成長しやすいことになる。
そして―――成長すれば、バランは最強に生命体だ。無惨に力尽きたガイガンがその全てを物語っていた。
誰かの悲鳴が海岸に響くと同時に、究極生命体バランの張り裂けんばかりの咆哮が砂浜を恐怖に埋め尽くした。
「っ…せっかくの休暇を台無しにしやがって……瑞穂、すぐに本部に連絡して戦艦一隻以上の要請を頼む」
「大丈夫、それはもう済んでるから♪」
自慢げに微笑む瑞穂。
「さすがだな。よし、河原田はドッグファイター搭乗の準備、信二、ユイ、尾崎は私と一緒にあのデカブツを迎撃する!」
「了解しました!」
「あいよ、隊長さん」
「…了解」
ひとつため息をついてから走り出す静奈の肩に、ぽんと尾崎が手を置いた。
「ん? どうした尾崎?」
「俺のいない間、しっかりやってくれてたみたいだな。今のを見て安心した」
「はぁ? なんだ、唐突に。それに、この程度褒められるほどのことじゃないさ」
自嘲気味に笑う静奈に、尾崎はいや、と微笑み言葉を紡いだ。
「正直ここまで部隊がまとまってるとは思わなかったからな…腐れてた俺の代わりにここまで頑張ってくれて、感謝している。…これからも頼むな、『隊長』」
「はっ、冗談はよしてくれよ。あんたがさっさと隊長に復帰してくれよ…いい加減、信二やゆみの子守は体に応える」
二人は笑いあった。それは、言葉意外の会話をしているような、不思議と通じ合っているようなものがあった。
「さて、行くか…」
「ああ…!」


「ねぇ、なんだかあっち、騒がしくない?」
くわえたストローを上下させながら美里が少し先の海岸線を指差す。幹也と健太が美里の指差す方向に視線を向ける。そのせいで健太にビーチバレーのボールがぶつかってしまったが。
確かに、賑わいの声が先ほどとは違かった。いや、賑わい、というよりは…それは悲鳴だった。だが、何が起こっているのかまではさすがに眼を凝らしても判別することはできない。首を傾げるばかりの三人。だが、ゆみは違った。確かに何かを感じ取り、そして急に険しい顔をする。健太が声をかけようとしたが…彼女はその前に喧騒のする方向へと駆け出してしまった。
「大丈夫だから、ここで待ってて」
これだけ言い残して。




最終更新:2008年05月26日 01:38