「きりし、ま…さん………?」
あまりに唐突に突きつけられた裏切りの銃口。あまりに信じられず、わかりきっているのに僕はその正体に目を向けようとする。が
「動かないで」
その一言が、僕とコンスタン乗員全員の体を拘束した。
「……何が目的で?」
いつものように話しかける調子で、僕は尋ねた。かえって落ち着いている自分がいることに気づく。さすがの霧島さんも、これには眉をひそめた。
「随分余裕ですのね。置かれている状況がわかっています?」
「わかってますよ」
緊迫した空気がコックピットに漂う。パイロット達は、僕の様子にどういうつもりかと冷や汗を垂らしていた。当然だろう。若輩かつ代理の半人前艦長が、一体何を勝算に自信を持っているというのか。しかし、僕にはなんとなく分かった。霧島さんが、何をしようとしているのか―――
地鳴りを立てて、一陣の疾風(かぜ)がビルの隙間を駆け抜けていく。向かう先は漆黒の巨大な悪魔……ゴジラだ。疾風の名はアンギラス。無数の棘と、強固な甲殻を持つ防衛軍の鎧竜。それだけではない。その盾に付き従うように傍らを飛ぶ影。四枚の羽を持ち、両腕にカマを携えた姿はさしずめ矛とでもいうべき鋭さと繊細さを伴っていた。矛の名は
カマキラス。2つの月のような目もまた、ゴジラの影を鮮明に捉えていた。
しかし、ゴジラに近づくことは容易ではなかった。地獄と化した市街地を覆う
ガイガンが、侵入者たるアンギラス達を見逃すはずもなく、瞬く間に二匹は行く手を塞がれてしまう。
複数のガイガンに囲まれ、一瞬たじろぐカマキラス。対して、アンギラスに迷いはなかった。スピードを緩めず鼻先のツノを突き立てて突進する。飛んだ。120mの巨体が、軽々と宙を舞った。墜落し、ビルを瓦礫に変えながら呻き声を上げるガイガン。どうやら、前回現れた個体より能力は簡易化されているらしい。
これならやれる。怖気づいていたカマキラスにも動きの鋭さが甦った。振り下ろされる鍵爪を鮮やかにかわし、ガイガンの首にカマの一閃を浴びせると、醜悪な形をした頭部は簡単に吹き飛んだ。そして体が崩れることを確認する間もなく、次のガイガンの首に横筋を入れていく。
しかし、ガイガンの反撃も苛烈だった。数を武器に、降り注がれる拡散光線=ギガリュームクラスターの雨。暴竜怪球烈弾でガイガンをボーリングのピンみたいに蹴散らしていたアンギラスの進撃が止まった。いくら威力が劣化していたとしても、ガイガンの数は3匹4匹どころではない。回避を試みるもすぐに包囲され、四方八方から凶弾の嵐がアンギラスの鎧の体を覆った。血が飛び散ったみたいにひとつが無数に弾け、それに倣うように無数が無数を生む。鎧竜といえど、効果がないわけがなかった。拡散光線が止み、静寂が戻ったときアンギラスはコンクリートの地面に力なく体を横たえていた。
カマキラスもだ。自慢のスピードと旋回能力があるとはいえ、拡散光線の及ぶ範囲は広い。しかも、全方位から放たれれば回避などできるわけがない。たちまち閃光に飲み込まれ、堅い地面に墜落した。
そこから、2匹はたっぷり1分間なぶられ続けた。尾で叩きつけられ、腹を踏みつけられ、鍵爪で体を抉られ。まるで暴力を楽しむガイガンに、アンギラスは頬を震わせた。しかし、ダメだ。もはや体は思うように動かず、目もかすんできた。カマキラスはどうだろうか?
取り囲んでいるガイガンの足の隙間から、相手のなすがままにいたぶられる矮小なカマキリの姿が見えた。ここで2匹は動かなくなってしまうのだろうか。防衛軍の援軍は、この反乱という名の混乱の中では期待できない。反撃することもできない。ゴジラにたどり着くことすら許されず、こんな所で―――
だが、変化は起きた。2匹の頭上を駆け抜けた、青白い閃光によって。
光の奔流の横繋ぎが夜空を切り裂いたのは、6秒ほどの長い時間だった。同時に、ガイガンの動きが止まった。おぼつかない足取りで立ち上がるアンギラス。しかし、一体何故攻めの手が止んだのか?アンギラスが見上げた先に、その答えはあった。そこにあったのは、首から上が半円を描いて消滅しているガイガンだった。
何が起こったのかは、すぐにわかった。かつて、対峙する全てのものを恐怖のどん底へと叩き込む青き閃光。そんな芸当ができるのは、この地球上ではたった一匹しかいなかった。
アンギラスは震えていた。受けた傷に苦しんでいるわけではなく、武者震いをしているわけでもなく。
ただ、怪獣王の重圧に打ちひしがれて。
足音が鳴り響くと、既に力ないガイガンはまるでドミノ倒しのように崩れていった。残骸には興味なく、怪獣王・ゴジラは歩みを進めてくる。それにあわせて後退するアンギラス。勇猛なアンギラスといえど、格の違いを肌で感じているのだ。
ゴジラが吼える。重厚な咆哮は、アンギラスやカマキラスは勿論、EXMAやミュータント達をも震え上がらせた。しかし…
アンギラス達はやらねばならなかった。ゴジラを殲滅する。それが、瑞穂から与えられた使命なのだから。意を決し、アンギラスが大地を蹴った。
だが、その時である。飛び掛ったアンギラスを、何か強い衝撃が襲った。ゴジラの尾? いや、ゴジラは微動だにしていない。では何?
吹っ飛ばされ、瓦礫へと叩きつけられるアンギラス。既に満身創痍だ。アンギラスの身を案じつつ、牽制を仕掛けるカマキラス。ゴジラの目をアンギラスから背けるためだ。しかし、カマキラスもまた何かの衝撃にカマの一撃を止められた。カマを受け止めた形状は、言うならばクチバシのようであった。一瞬の硬直。その一瞬が、2匹を襲った『何か』の正体を晒した。
悠然とした巨躯。しかし、体のほとんどを占めているのは細い胴体よりも、虚勢のような威圧感を放つ雄大な翼。それは、ゆみのような羽の翼ではなく、
バランのような膜状の翼だった。ゆみには見覚えがあったはずだ。かつて、メガヌロンとの初戦でその姿を現し、双方を混乱の極みへと陥れた大翼竜の存在に。
ゴジラとは真逆の、甲高い唸りをたてて
ラドンは咆哮した。
咆哮の刹那、カマキラスは即座に身を翻した。力のぶつかり合いでは確実に勝てないと瞬時に理解したのだ。ならば、持ち前の運動性で勝負するしかない。カマキラスの旋回性とスピードは、並の相手は反応すらできないだろう。しかし―――ラドンは、そのスピードすら上回っていた。一瞬で間合いを詰められる。群を抜くその素早さは、例えるなら戦闘ヘリと音速戦闘機ほどの差があった。直線的なスピードでは振り切れない。
ならば、旋回で振り切る。ホバリングも可能な4枚羽なら、鳥のような翼よりも小回りが効くし、かく乱にもなるはずだ。多分。カマキラスは、風をまいて突撃してくるラドンをギリギリまでひきつけると、一気に体を捻ってラドンの脇をすり抜けた。と、同時に右腕のカマを振りかざす。すれ違いざまの一撃。相手のスピードを利用することで、強固な皮膚をも貫く一閃だ。しかし、紙一重でラドンは身を翻した。その反応速度は並ではない。―――もう一度。今度は螺旋を描いての上昇。だが、その前に翼に叩き落された。得意の翻弄戦法が、通じない…。圧倒的な力の差を前にして、カマキラスは高度数千mから地面へと吸い込まれていった。
巨獣対巨獣。その戦いを、ゆみはどこか他人事のようにみつめていた。次元が違いすぎる戦いに見惚れていたのか、或いは驚愕していたのか。とにかく、そこは自分が入っていくことのできない世界であった。しかし、ゆみはこれからその世界に挑まなければならない。それも、その世界で王の称号を持つ黒竜、ゴジラに。
相手に興味を失くしたのか、ゴジラはアンギラスを無視して歩みを再開する。舐めるな、といわんばかりにアンギラスが力に任せて突進する。だが、アンギラスは知らなかった。王を守護する盾が、ひとつではないことに。
突如割って入った暁色の閃光に、装甲を持つアンギラスの肩が貫かれた。バランスを崩し、誤ってビルへと巨体が激突する。ゆみの視線が、閃光の軌跡を辿った。それはゴジラのすぐ傍ら。さっきまで何もなかったその空間に、細身のボディを持った強足怪獣―――ジラは立っていた。…いつの間に? ゴジラが遠ざかっていく。阻止しようと、負傷した体を持ち上げようとするアンギラスだが、刹那に頭部を衝撃が襲い、再び地に伏した。またも一瞬、ジラはアンギラスの目の前に詰めより、踏みつけたのだ。視認すらできないスピード。スピードを武器にしてきたアンギラスが、視認できない速さ。更に尾の一撃が叩きつけられる。しかし、アンギラスも一方的な攻撃は許さない。叩きつけられた尾を紙一重で翻し、枝のように細い脚部に鋭い牙を立てる。悲鳴をあげるジラ。そして二匹は、そのままもつれ合うように爪と牙を交わしていった。
カマキラスvsラドン。アンギラスvsジラ。怪獣王を止める者はいなくなった。4体の熾烈な戦いを尻目に、王は悠然と去っていった。このとき、王は気づいていなかった。全ての覚悟を決めて王の後を追う、一人の少女の存在を。そして、その出会いが後に思いも寄らない数奇な運命をもたらすことも。
「要求はただひとつ。この
コンスタンティノープルで、私の指定するポイントへ向かってもらうこと」
霧島さんの要求は、随分あっさりとしていた。平静を装いながら、内心冷や汗が止まらなかった僕だったが、ようやく表情通りの感情を取り戻すことが出来た。というより、正直拍子抜けだった。もし本当にそれだけなら、わざわざ戦艦を乗っ取る必要なんてあったんだろうか? 霧島さんは昔、ドッグファイターの優秀なパイロットだったと聞く。ならば、隠密性に優れた小型機でも盗んだほうが速いんじゃないだろうか。
―――考えても、仕方ないか。
今は、霧島さんを信じよう。それくらいしか、僕にできることはない。モニターを見る。指定された座標ポイントと、そこまでの最短コースが示される。
「面舵! 船体を指定コース上へ」
そのポイントは、かつて遺体のゴジラを収容した防衛博物館だった。一体そこに何が? わからない。だが、この事態に全く関係がないということもなさそうだ。このタイミングで、新たなゴジラが現れたということも気になる。そして、コンスタン出撃を阻んだX星人の暗躍。
―――何か、裏がありそうだ。
が、その時。
「艦長! 空中の敵機が、一斉に我が艦に向かってきます!」
「なっ!?」
「っ…、ここなら気づかれないと思いましたのに」
直後、その報告を裏付けるように艦全体が激しく揺れた。囲まれている。小型の、鍵爪状のUFOから放たれるレーザーの雨。再び轟音、床がガクリと揺さぶられる。
「きゃ…」
何の支えも掴めず、霧島さんの体が前につんのめった。慌てて僕は腕を突き出す。間に合うか? 目の前で、霧島さんの華奢な体がすっぽりと僕の腕の中に収まるのがわかった。と、同時に腕に伝わってきた柔らかい感触。
「あ、あの、大丈夫、ですか…?」
「え、ええ、助かり…… !」
霧島さんは一瞬緩んだ笑顔を見せたが、僕の腕に気づいたのかすぐに飛び退いて顔を背けた。反射的に、僕も真っ赤にした顔を反らした。
「げっ、迎撃!」
慌てて、気づいていない素振り。
何やってんだか、僕は…。でも、今までずっと一緒に行動してきたけど、あんな顔をした霧島さんは初めて見たような気がする。あんなに冷血とか、非情だとか言われている霧島さんにも、あんな顔が出来るんだな…。
「くすっ」
「な、何を笑ってるんです!? べ、別に好きで転んだわけでは…!」
またも霧島さんらしくない、膨れた表情。その瞬間、僕の中の「なんとなく」が「確信」に変わった。紅潮した顔を横目に、僕はなんだかうれしい気持ちになった。何故なら
「霧島さん」
「は、はい?」
ようやく、霧島さんという人間と、向き合えたような気がしたから―――
「僕は、あなたを信じます」
「は、はぁ…?」
霧島さんの顔が、更に顔を紅くなった。
攻防は熾烈を極めた。100m進むごとに、数十機以上のドッグファイターとX星人小型鍵爪UFOが炎に包まれていく。その中を進むコンスタンも、無事で済むはずはなかった。敵から見て、この巨大な戦艦は恰好の的に見えるだろう。おかげで、いくら応戦してもビームの雨が降り止まない。それだけではなく、ドッグファイターの誤射も相まってかコンスタンの銀のボディは一瞬にして黒のまだら模様になってしまった。
しかし―――ドッグファイターの誤射には、何か意図的なものを感じる。まさか、事故にみせかけて霧島さんを…?
その予感は的中した。それは、警告の通信。
「コンスタンティノープル艦長に告ぐ。ただちに本部へ帰投し、霧島麗華を引き渡せ。拒否した場合、その艦ごと撃墜する」
その通信相手は、ユイさんだった。
「M機関は霧島麗華を敵対勢力の人間だと断定した。事態が事態だけに手段を選んではいられない。匿っているのなら決断は……」
「断ります」
仲間に対してでも躊躇がないのはユイさんらしい。でも、いくらユイさんが相手であろうと、僕の答えは変わらない。
あまりに予想外の即答で、ユイさんは少しフリーズしていたが、すぐに我に帰ると語気を荒げた。それだけ、混乱してるんだろう。この状況にも、霧島さんに対しても。
「わ、わかっているのか河原田勇介!先ほどの誤爆がどういう意味かくらい…」
「わかっていますよ。それでも………」
他人に流されているだけの、今までの僕とは違う。ゴードン大佐から、この椅子を託されたその時から。そして―――
僕が信じるものは、僕自身が決める。たとえ全てを敵にまわしたとしても。
「僕は、霧島さんを信じていますから」
「……」
強い意志―――それが、この席に座るもの…上に立つものの証。
「いいんだな……お前の答えが霧島麗華を擁護するというのなら、我々は貴艦を撃墜せざるを得ない」
「構いませんよ」
ユイさんは、何故僕がそこまでして霧島さんを擁護するのかわからないでいるようで、らしくない戸惑いの表情を浮かべていた。
「河原田さん……」
霧島さんもまた、同様の表情だった。
「大丈夫ですよ、霧島さん。あなたは僕が守る」
いくらか、霧島さんの顔が緩んだような気がした。
執拗な攻撃は続く。小型UFOは蚊トンボのごとく周囲を飛び交い、ドッグファイターは時間を追う毎に数を増していく。今は、それら全てが敵なのだ。その攻撃のひとつが、ついにコンスタンの機関部を捉えた。エンジンが低く唸り、もうもうと煙を立てる。このままでは本当に撃墜されてしまう。
僕は、あるひとつの決断をした。
「霧島さんは格納庫へ」
「え…?」
「この船はじきに墜落する。そうなれば、あなたは捕まってしまう」
「で、でも…」
「早く!格納庫には、かつてあなたの愛機だった『Migratory』があります。数年眠ったままでしたが、整備はされていたので飛べるはずです」
Migratory。かつて航空隊に所属していた霧島さん専用のドッグファイター。彼女らしい、黒いボディにステルス性を備えた特別仕様機。その性能なら、M機関に気づかれること無く防衛博物館にたどり着けるかもしれない。
「河原田さん達はどうするんです?」
「捕まるでしょうね…あれだけ大見栄きって言ってしまいましたから。まぁ、状況も状況ですから、そこまで重い罰はないと思いますよ」
はは、と僕は乾いた笑いを漏らした。守るといった矢先のコレは、ちょっと恥ずかしい。それに、コンスタンの仲間には迷惑をかけてしまった。上には、何とか罰は僕だけにしてもらえるよう説得しよう。できるかわからないけど…。
「……ごめんなさい」
その言葉は、少し意外だった。あの霧島さんが、しかも頭を下げて謝るなんて。
「全てが終わったら、必ずこの仮は返します。他の皆さんにも」
「い、いいんですよ、ですから早く。もうそんなに持ちそうにないですし」
「…ありがとうございます。…でも、最後にひとつだけいいですか?」
今や、僕の中の『なんとなく』は、『確信』へと変わっていた。手段を選ばず、人を騙すような人間はこんな状況で僕達の心配などしない。今にも墜落しそうな状況で頭を下げたりしない。いくら偽りの信頼を得ようとしても、捕まってしまっては元も子もないのだから。そして何より
「何故、そこまで私を信じてくれたんです? 私は…こんな女ですのに」
「そうですね………」
僕が信じる仲間を、疑ったりはしない。
「仲間だから、というのはダメでしょうか?」
僕が頭を掻きながら応えると、霧島さんは一瞬ほけっとした顔を見せたあと、小さく微笑みを漏らした。
格納庫のハッチに光が指す。開いた先に見えた光景は、やはり凄惨だった。あの炎の中に、一体どれほどの命が飲み込まれていったのだろうか。
―――早く、なんとかしなければ。
全ての計器が正常値を示し、エンジンが唸りをあげる。
『頑張ってきて下さい』
河原田さんの通信。いつもと違う凛々しい姿は、頼もしくもあり少し寂しい。
「全てが終わったら、あなたには本当のことを話します」
『はい……そのためにも、無事で帰ってきてください。…約束です』
「ええ……約束します」
―――知らず知らずのうち。彼に心を許している自分に気がついた。いつの間に? 信じるといわれたからだろうか。いや―――もっとずっと前から、かもしれない。
…こんな気持ちになるのは、本当に久しぶりだ。
(雪山の事件さえなければ、私も―――)
誰にも信じてもらえなくなってから。どうせ何をしても信じてもらえないのならと、いつしか人を騙しても何とも思わなくなって。やがて騙すことしか出来なくなって。
だが―――
もしも帰ることができたその時には、改めて彼にお礼を言うとしよう。
「霧島麗華、Migratory 発進します!」
叫びと共に、黒き翼が勢いよく戦火の空へと飛び出した。
ついにこのときが来た。長きに渡る、M機関の闇との決着。多くの人間を敵に回したとしても誰にも公言できない、孤独な戦いの終止符。彼ら自らが出したシッポを、決して離しはしない! 今日こそ、
国木田のM機関をつぶ―――
だがその時、何か赤い影が視界を覆った。それはあまりに唐突で、私は一瞬思考が停止してしまった。裂けた口のような形をした、悪魔の瞳……。
ガイガン―――!
この距離では、回避するには手遅れだった。
(あ――――――)
やられる。迫る胸の回転ノコが、スローモーションに見えた。
長く待ち続けたチャンスが、こんな、一瞬で………
しかし、更に次の瞬間、不思議な事が起こった。
「……?」
突如、ガイガンの首が消え去り、体がガクリと落ちていったのだ。わけがわからず呆然としていると、どこかから通信が入る。河原田さんではなかったが、割と見慣れた顔―――
根岸ユイであった。
『…っと、お前を狙ったつもりが、誤射してしまったようだな』
「根岸さん、あなた…」
『行くならさっさと行け。行かないなら、今度こそ確実にお前を撃墜する』
モニタ越しの根岸さんの声は、なんだか少し辛そうだった。それにしても、あれほど私に分かりやすい敵視をしてきた彼女が、一体何の心境の変化があったのか……今日はなんだか、面白くて不思議な日だ。
「…感謝します」
仮を返す人が増えたな、とほくそ笑んで、私は防衛博物館へと急いだ。
―――そういえば、こんなに笑ったのも久しぶりかもしれない。
黒いドッグファイターが頭上を通過していくのを見届けると、私はプラズマグレネイドを腕輪状に戻した。
「いいんかいユイっち、行かせちまって」
私のバイクの後ろに図々しく尻を乗せた信二が面白そうに言った。こっちは全く気分が優れないというのに。
「勘違いするな…ドッグファイターを落とそうとしたら、ガイガンが割ってきただけだ」
「ははっ、元々狙う気なんかなかったくせに」
「なっ…!わ、私は最初から!」
はいはい、と軽くいなされて、私ははぁ、と大きくため息をついた。この男には一生敵わないかもしれない。
だが………河原田勇介があれほどまで霧島麗華を擁護するとは。しかも、普段は弱気そうでいてあのいざという時の強情さ。正直、河原田に言われなかったら私は霧島麗華を逃がしたりはしなかったろう。…最も、今も完全に疑っていないわけではないが。
だがまぁ……普段おとなしい奴にあんな風に迫られたら、信じてやろうという気にならないこともない、かもな。
「とかいって、ほんとはもう気づいてんだろ? 霧島のねーさんが悪くないってことくらいよ」
「なっ!? だ、だから私は河原田の顔に免じて仕方なく…!」
「はいはい」
「またあなたはそうやって!大体私は……………………」
「…………ゴジラ……」
挑む者。
「もうすぐだ………ミュータント共……!」
謀る者。
そして―――
「霧島さん……」
護る者たち。
様々な思惑を孕みながら、戦いは咆哮の中で激化していく。これは、誰がための戦いか。
ミュータントか。
X星人か。
―――人間か。
その答えを知るものは、多分存在しない。そこに在るのは、己の正義の衝突。そこに悪など在りはしない。だが、散っていった命を正当する理由もまた、そこにはない。
野望、本能、正義。混沌渦巻く戦場に、果たして終着は来るのか。
最終更新:2009年09月04日 03:14